キヴォトスの皆様!お待たせいたしました!   作:全身鱗マン

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Ep.13 ビスケット・ハンマー(2)

 

『こちらクロノス報道部の川流シノンです! 現在エデン条約について緊急特番を組みお伝えしております! エデン条約会場に向けて撃ち込まれたと見られる巡航ミサイルは空中で消滅。先ほど光線のようなものが発射されたジックラト周辺には連邦生徒会交通局より航空規制が発令されており、これについて連邦生徒会からのコメントはまだ……』

 

 プルタブを引き上げる動作は、少しだけ銃のリロードに似ている。そんなことを考えていた。

 炭酸飲料を開封する手応えと、手に伝わる確かな冷たさを感じながら、尾刃カンナは缶を口元に運んだ。

 先日までいた百鬼夜行の寒冷地帯と異なり、この子ウサギタウンは晩夏らしい暑さが支配していた。木陰が多いためかぎらつくような日差しは届かないが、漂う空気自体が加熱されている。

 

「……ふう」

 

 缶を傾けると、独特の味と香りが口に流れ込んでくる。いまさら、こんな時でもコーヒーを選んでしまう自分に苦笑する気も起きない、とカンナは思った。どうやら自分のワーカーホリックは随分深刻なレベルに達していたらしい。本格的に交通安全局への転属を検討しようか、と考えてみるが、それに伴う慰留の嵐を想像すると、食欲まで減退してくる心地がする。

 

 カンナは一瞬目を瞑って、アスファルトの上を歩み出した。背後のスマート自販機からは依然として緊急ニュースが垂れ流されており、一歩踏み出すごとに蝉の鳴き声に搔き消されていく。

 

 

D-DAY AM 12:10

 

子ウサギタウン 子ウサギ公園入口

 

 

 

 カンナがかつてヴァルキューレ公安局長として包囲した陣地化された公園の入り口は、意外なほどすっきりしていた。

 物騒な重機関銃は土嚢の向こうからこちらを向いているが、そこに射手の姿は無い。彼女は黄色い立ち入り禁止テープを片手で持ち上げその下を潜った。耳の先端に少し当たるが、気にしない。

 

 空を見上げると、小鳥の鳴き声とうるさいほどの蝉の声がする。ドローンも、ヘリも、ロケット弾も飛んでくる気配はない、何の変哲もない昼下がりの公園の風景だった。

 

「動くな」

 

 背に硬い感触を感じて、カンナは歩みを止めた。

 

「手を頭の上に」

 

 言われた通りにする、と見せかけ、カンナは一瞬で背後の人物の腕を蹴りぬく。そのまま身を屈め射線から外れると、中腰のまま私物の自動拳銃を腰から引き抜いた。非番時に携行するために用意したが、その実ほとんど発砲したためしのない、綺麗なままのサブウェポンが、日光にきらりと反射する。

 

「動くな。ミランダ警告は必要か?」

 

 こんどはモエが動きを止める番だった。驚愕の表情で数回瞬きをしたのち、すぐ顔をへにゃりと歪ませる。

 

「くひひ……それくらい知ってるよ。だって私達も正義のお巡りさんだったんだから」

 

 彼女は手を頭の上にあげたまま、それを見せびらかすように振る。ポップな包装紙に包まれた、未開封の棒付きの飴玉だ。

 

「飴にそんなに驚いてどうしたの? ヴァルキューレの”狂犬”さんらしくないんじゃん?」

 

 カンナは呆然と飴玉を見上げていた。会話の空白に、蝉の声が流れこむ。

 

「……ああ。今は狂犬を休職中だ。だから、今はただの尾刃カンナだ」

 

 モエは目を細めると、飴玉の包装紙を解いて口に含んだ。

 

「そ。私たちはこんなんでも、まだSRTだけどね」 そのままテントの方へと向かって歩き出す。「ようこそ子ウサギベースへ。他のみんなは任務で出払ってるけど、お茶くらいなら出すよ。なにか聞きたいことがあってきたんでしょ?」

 

 

 

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D-DAY AM 12:15

 

多目的施設ジックラト 埋立地 沖200メートルの洋上

 

 

 カモメが低く滑空して、魚を掴む瞬間を狙っている。空は相変わらず快晴だが、どうやら風が強くなってきたようで、水面には三角の波が立ち始めていた。

 と思うと、にわかに水の中が泡立ち、波を割る様にして人影が現れる。青いウェットスーツにスキューバダイビング用のボンベを背負った人物は、上半身を海中から出してハンドサインを送った。するとすぐゴムボートが軽快なエンジン音と共に接近してきて、彼女を船上へとピックアップする。

 

「はあ、フロッグマンの訓練を受けていてよかった」

 

 サキがスキューバダイビング用の装備を外すと、隙間に溜まった海水がザパリと落ちてきて、ボートの中を濡らした。

 

「RABBIT2よりRABBIT1へ、1200(イチニーゼロゼロ)よりの哨戒より帰還した。海中に不審な物体や設置物は発見できず。報告は以上」

 

 サキがここまで一息で言う。しかしそれに対する返事は無かった。「RABBIT1?」

 

「……ミヤコ?」

 

 サキは船上のミヤコに向かって再び呼びかけた。ぼうっとしていたミヤコは、急いでサキに向き直る。

 

「あっ……はい。RABBIT1了解しました。引き続き周辺海域の警戒を続けてください」

 

 はぁ、とサキはため息をついた。

 

「ちょっと気が抜けてるんじゃないか? 久々のSRTらしい任務だぞ。公園を守ってるのとは違う。施設の海上警備なんだ」

 

 やる気がみなぎっているサキからして、ミヤコはどこか上の空のように見えていた。そしてそれは実際のところ間違っていない。

 

「……はい、ごめんなさい。ちょっと緩んでいたようです。でも……今回の任務、本当に引き受けてよかったんでしょうか」

 

「……あの妙な兵器か。確かにあれはパワーバランスを変えうる」 

 

 サキも陸の方を見遣った。波の向こうに見える人工的な埋立地には、天を突くような巨大な塔が聳え立っている。あれが噴火する火山のように、膨大なエネルギーの奔流を吐き出したのは、つい先程の事だった。その瞬間を水中から見たサキですら、猛烈な閃光が目に焼き付いているように感じていた。

 

「でも、良いことじゃないか。連邦生徒会が実行力を欲しがるなら、私達SRT特殊学園の復活も近いってことだ!」

 

「連邦生徒会?」 ミヤコは引っ掛かりを覚えた。

 

「私たちの今の主は、連邦生徒会……なんでしょうか」

 

 海上を吹きすさぶ風が、向こうの空からどんどんと雲を運んできている。船上の隅に縮こまってスコープを覗くミユが、「あっ」とか細い声を上げた。

 

「会場の皆さんが室内に移動していきます」

 

 ミユの視界は、カクエを先頭にジックラトの内部へ吸い込まれていく人込みを捉えていた。ミヤコはちらりとスマホの時計を確認して、頷いた。

 

「事前打ち合わせどおりですね。それでは私たちは引き続き警戒に……」

 

 スマホがゴムボートの底に当たり、鈍い音を立ててバウンドする。操舵台へ移動しようとするミヤコの腕を、サキが掴んでいた。

 

「RABBIT1。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、要人を警護するという任務は、私たちの正義に対しないはずだ」

 

 だから迷いを捨てろ。言葉にせずとも、サキは目でそう訴えていた。

 ミヤコは言葉を詰まらせる。

 自分たちの正義を信じることで、ここまでなんとかやってきた。そのはずだった。

 

 

 

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D-DAY AM 12:20

 

多目的施設ジックラト 中枢メインタワー内

 

 

『ご来館の皆様へお知らせいたします。当施設は保安上の理由から、銃火器その他危険物のお持ち込みを制限しております。特別な許可を申請されていない場合は、専用のロッカーへお預けいただくようお願いいたします。なお、無断にて持ち込まれた場合は……』

 

 私は慣れない手つきで弾倉を引き抜くと、自動拳銃と共に耐爆ロッカーに入れた。扉を閉めると自動でロックが掛かり、通知と共に手元の端末にキーが発行される。

 モダンで無機質な、(端的に言ってミレニアムかぶれな)ロッカールームには、エデン条約におけるゲヘナ・トリニティ双方の実務に関係する生徒達が案内されていた。

 

 私はそっと周囲を見渡した。皆戸惑いながらも、各々の銃火器をロッカーに収納してくれているようだ。中には、どこから取り出したんだという量の手榴弾や閃光弾、プラスチック爆弾をぎちぎちに詰め込んでいる人もいる。一体全体、戦争でもするつもりだったのだろうか。

 

(これはナギサさんがパラノイアじみてくるのもわかる)

 

 私は心の中でそっとため息を吐いた。なにがどう発火するかわからないのに、条約という形で巨大な二校を呉越同舟させようだなんて、よっぽどの理想主義者か、気が触れているやつの発想だ、と実感する。銃が暴発しただけで戦争が起きかねないのだ。原作三章の冷たすぎるようにも見えるナギサさんの気持ちが、今になって良くわかるようになってきた。

 当事者になった今これを言うのは不謹慎かもしれないが、きっと全てがおじゃんになった後に一番スッキリしたのはナギサさん本人だろう。

 

()()

 

 ぞわりと、まるで脳髄を直になぞられるような不快感が襲って、私はとっさに振り向いた。エレベーターの中はトリニティのティーパーティーたちが纏う白い服とゲヘナの万魔殿が纏う黒い服で満ちており、全員の瞳がこちらを向いている。私は少したじろぎ、バランスを崩してよろめく。

 

「え……先生って……?」

 

 震えが隠せない私の声に、むしろ呼びかけた方が戸惑っていたようだった。黒い略帽を被ったゲヘナの生徒が、おずおずと口を開く。

 

「いえ……田中カクエ先生。ドアが開いています」

 

 私は振り返って目の前を見た。すっかりぼうっとしていたようで、すでに管制室に繫がる階へと到着していた。

 

「あ、あはは……少し疲れが溜まっているようです。こちらです、ご案内します」

 

 良く磨かれた廊下を、皆を引き連れて歩く。イロハさんが足を速めて追い付いてきて、私にそっと耳打ちした。

 

「サボれとまでは言いませんけどね。適度に休まなきゃ駄目ですよ」

 

「いやぁ、ありがとうございます。体調は悪くないはずなんだけれど……」

 

 否定しきれないのは、妙に最近、我を失っているというか、気が遠くなっている瞬間が多くなってきた実感があるからだ。やはり疲れが溜まっているのだろうか?

 私にとってサボるという言葉は、明太子味のポテトチップスと紐づけられていた。そういえば最近は財調室に居る時間が減り、あのパリパリ音もしばらく聞いていない。今がらんどうの管制室に響いているのは、たくさんの無機質な靴音だけだ。

 

「皆様はここで、ゲヘナトリニティ両校に生じる諸問題の調停に当たっていただきます」

 

 一段と高い、艦橋に当たる場所で、カヤ先輩とコユキちゃんたちが起立しているのが見えた。作戦机や各種モニターの説明を連邦生徒会から来た係員に任せて、よっこいせ、とじじくさい声を上げながら自分の席に腰を下ろす。

 

「カクエちゃん、お疲れ様です」

 

 胸元に手をやって連邦生徒会の蒼いタイを緩めていると、横からマグカップが差し出された。湯気と共に、良い香りが鼻腔を擽る。眠気を誘うほど、どこかリラックスできるような……。

 

「あ、これ、もしかして……グアテマラ?」

 

 備え付けのコーヒーマシンを使えばいいのに、カヤ先輩はわざわざハンドドリッパーを持っていた。私のつぶやきに細い眼を少し見開くと、拗ねたようにそっぽを向いてしまう。

 

「……豆の違いが分かるだなんて、聞いていません」

 

「ふふ」

 

 私からしたら何気ない贈り物を、どうやらずっと覚えてくれていたらしい。私が思わず笑いを漏らすと。カヤ先輩はいよいよ拗ねてしまった。

 

「なーんか青春してるところ悪いんですがー」

 

 コユキちゃんはコーヒーへたくさんの砂糖とミルクを入れ、うんざりしたような顔でそれを呷っていた。しかし空いた片手は凄い速度で情報の海をさばき続けている。

 

「これ。ジックラト上空の封鎖空域に侵入しそうな航空機があるんですけど」

 

「航空機?」

 

 コユキちゃんがコンソールを操作して空中に衛星画像を表示する。真俯瞰から見た視点で、それはまるで巨大な銀の鯨の腹のように見えた。

 

「クロノススクールが飛ばしてるモニター飛行船みたいですね。警告は自動で出てるんですが、操舵システムの破損で風に流されてるって言ってきてます」

 

「ああ、あのうるさいやつですね」

 

 そう答えるカヤ先輩と、最初は私もまったく同じ反応だった。原作PVでも繰り返し出てきていた、あのヘイロー付きで、どてっぱらに巨大モニターを構えた飛行船の事だろう、と。

 その時、私のポケットが鳴動した。画面を見ると、今は洋上にいるはずのRABIIT小隊からの発信だった。原作夏イベント等の活躍を覚えていたため、高級弁当や装備の更新と引き換えに頼み込んで協力してもらっていたのだ。

 

 電話に出ると、サキさんのまくし立てるような声色が耳に飛び込んでくる。何かのエンジンが響かせる爆音が通話を邪魔するが、その合間から漏れ聞こえてきた全ては、急に事態が悪い方へ傾き始めたことを表していた。

 

『こちらRABIIT2! あの飛行船はただの飛行船じゃない! 巡航ミサイルを抱えていて、操縦席に誰もいない! オートパイロットで突っ込んでくるぞ!』

 

 大モニターを全部使って、塔に据え付けられた全方位カメラの映像が映し出される。白くペイントされ、ロゴやモニターまで偽装してあるが、それでもその空を泳ぐ鉄のクジラの横に長い巨体には見覚えがあった。ブルーアーカイブに登場する二つの飛行船のうち、爆発炎上する方だ。この管制室に招待された全員が、口を半開きにしてその物体を注視していた。

 

「ゲヘナに贈られたはずの、硬式飛行船……」

 

 衛星砲は明らかに間に合わなかったし、仮に間に合ったとしても自分を貫く可能性があった。対空兵装はまだ万全でなく、飛行船めがけて散発的に射撃してはいるが、阻止できていない。おまけにAMASを行動不能にするジャミング電波まで出ていた。いっそ美しいまでに、この塔の懐に潜り込むことに特化した装備だと気づき、総身の毛が逆立つ感覚を覚えた。だがもう遅すぎる。

 

 私たちの見ている中で、その飛行船はジックラトに突き刺さる。

 

 塔の外壁へめり込み、可燃性ガスを抱いた飛行船が総身を爆発させながら、腹に抱かれた巡航ミサイルのモーターへ点火する。

 ほぼゼロ距離で発射された飛翔体は、塔の中央に杭のように撃ち込まれた。

 分厚い外壁の鋼板が、まるでコピー用紙のように飛散し、舞い散っていく。こうした全ての描写がどうでも良くなるくらいの、極大の破壊へのイントロとしてだ。

 

 カメラの映像が白飛びしてロストした数瞬の後、私たちを恐ろしい振動が襲った。

 

 地面が怒り狂っているかのように歪み、そして次に顔面に光と熱さを感じる。

 

 

 

 

 その日の午後の私の記憶は、そこで終わっている。

 

 

 

 

 

 

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D-DAY AM 12:40

 

 

某所

 

 

 まるで滝のようなコンクリートと鉄骨の奔流が、埋立地を今もなお灰燼へと変貌させている。ただ火の手と言うのも牧歌的に思えるような紅蓮の炎が、視界を著しく悪化させている。

 この破壊と混乱を伝える言葉はもはやなかった。いや、今もなお様々な情報がスタジオにて交わされているが、そのすべては錯綜する雑音となって、無意味な存在へと帰していく。

 

 いまやクロノス報道局のニュース特番画面の中で、瓦礫と化して崩れ落ちる巨塔以上に意味のある物はなかった。彼女は、キヴォトスの標準からしたらやや旧式の傍受装置に映る風景を確認した後、口の中で何度も繰り返した言葉を反芻する。

 人間の成してきたあらゆる業も、全ては虚無に帰す。それだけが救いであるがゆえに。

 

「チームIからVへ。現時刻を持ってアリウススクワッドは行動を開始する。必ず”先生”を探し出し、確実に殺せ」

 

 無言で散開していくメンバーを見送り、サオリはキャップを目深に被り直した。

 

 

 全てが虚無なのであれば、彼女にはこれしか活路はない。

 

 

 

 仮にもし、全てが虚無ではないのだとしたら─────なぜもっと早く教えてくれなかったんだ?

 

 

 

 

 

 

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