キヴォトスの皆様!お待たせいたしました!   作:全身鱗マン

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今回少し短いです(繋ぎなため)


Ep.2 スケルトン・ライアー(2)

 

 

 

 

 厚底のゴム靴が床を叩く、硬い音が響いている。

 

 

 

 

『こちらRABBIT1。作戦を変更、あれを使います。RABBIT2とRABBIT4は防毒装備を着用。RABBIT3、隔壁の封鎖にどのくらいかかりそうですか?』

 

『えー、やっぱあれ使っちゃうの? 派手じゃないし、あんまり気乗りしないなぁ……、三分ちょうだい』

 

 

 

 ───遠くの靴音よりも、心臓の音の方がうるさい。

 

 まるで爆発寸前の蒸気機関のように、全力で血液を末端に送り込んでいる。

 それなのに、なんで私の顔は蒼ざめたままなんだろう?

 

 明かりの消えた自販機、その横の冷たい空間にうずくまって、震える手でポケットを探る。

 

 スマートフォン、財布、身分やセキュリティ情報が記録された連邦生徒会の学生証。そしてエンジェル24でポテトチップスと一緒に買った多少の物。

 

 とりあえずスマートフォンを起動するも、その画面の明るさに慌ててすぐ手で覆い隠す。青白い光が一瞬辺りを満たしたが、幸いにも気付かれなかったようだ。

 

 複数の足音が遠ざかっていくのを確認して、電話アプリのアイコンをタップした。

 

 

「もしもし!? 今サンクトゥムタワーで戦闘ヘリに襲われていて……」

 

 電話を掛けた先はヴァルキューレ警察学校の緊急通報だ。はたして、数コール以内に応答があった。そのまままくし立てるように話す。

 

「警備システムも稼働していないようです。できるだけっ、できるだけすぐ来ていただけますか?」

 

『サンクトゥムタワーで!? 了解致しました! ご安心ください、いますぐ公安部が……えっちょっとなんですかやめて』

 

 

 どうやら向こうで邪魔が入ったらしく、揉み合う音と共に会話が強制的に切断された。

 代わりにひずんだ音で流れ出したのは、メリーさんのひつじのオルゴールだ。保留中のままもう二度と繋がらない。

 

「っ!」

 

 舌打ちしてこちらから電話を切った。防衛室長(カヤ先輩)の手はこんなに長かったのか? おそらく既にヴァルキューレまで手が回っているのだ。

 原作を思い出す。生活安全課のあの二人ならあるいは……と考えてみるが、面識も連絡先も無いのだから意味がない。

 そもそも、守りを固められていたとはいえ、カルバノグの兎編冒頭ではカンナ率いる公安局ですらさんざんに伸されていたのだ。本当に来てくれたとして、頼りになるかは分からない。

 

「いて……くそ……」

 

 さっきヘリの射撃を食らった時に付いた傷がじくりと痛む。静まり返った空間に、まだあの咆哮のような音がこだましている。

 おそらく監視カメラは外でホバリングする風倉モエに掌握されているだろう。

 前後の時間帯の映像を参照し、私の姿を追跡されてさえしまえば、今いる位置がバレるのも時間の問題だ。

 

 畜生、今までもたくさんの棘の多い門松を潜り抜けてきたんだろう。だから動け、私の脚。

 

 

 私は散らばった私物を再びポケットにねじ込み、思い切って飛び出した。

 被弾面積を減らすためできるだけ身を屈め、来た道とは反対のエレベーターホールを目指す。50メートル先の明るい開けた空間までたどり着けば勝利。

 

 あきらかにRABBIT小隊側が短期決着を狙っている以上、騒ぎが大きくなるまで逃げおおせるしか勝ち目がない。逆に言えば、彼女らの撤退が難しくなるフロアまでエレベーターで上がってしまえば良いのだ。自分にそう言い聞かせる。たとえ希望的観測だろうと、縋らないわけにはいかなかった。

 

 息が切れるが、押し殺して前へ進む。幸いにもエレベーターホールに人影はない。コンソールに駆け寄り、上階行きのボタンを押す。

 ボタンのランプが点灯した瞬間、目の前の壁が粉々に弾け飛んだ。何が起こったのか一瞬思考がフリーズする。

 

 ───()()()()

 

 吹き抜けのエレベーターホール、その上階の廊下から狙撃されている!

 エレベーターはちゃんと作動してくれたが、表示板は無慈悲にも高層階を差し示し、まだ降りてくる気配がない。

 

 無我夢中で身を転がし、植え込みの影へ逃げ込む。

 まるでヘラを差し込まれたみたいに、傷が余計ひろがる。

 息が、心臓が苦しい。二キロ先から狙撃できる狩人が相手なら、私の方がウサギ。誘導され、ただ狩られるだけの存在──────。

 

 

『ら、RABBIT4、ターゲットをポイントS(シエラ)で確認……』

 

『ガス散布完了。空間を密閉してから使用し、確実に吸引させる……ははっ、教範通りだな』

 

 

 遠くに無線が聴こえる。それにさっきから視界が白っぽくなってきて、妙にまとまらない。

 現実から遊離して、まるで安らぎを求めるようにして、意識が深いところに落ちてゆく。

 

 白い。何処までも白くて……

 

 白? あの雪原の景色、あの記憶の中の家族を私は──────。

 

 

 気付いたらポケットの中に手を伸ばしていた。しかしそこに入っているはずのスマートフォンは無い。自販機から飛び出した時落としたのだ。そして代わりに、なにかいびつで、ごつごつした球状の物体が手に触れた。

 昼間の襲撃の後、とりあえず適当に何か武器が欲しいと思ってエンジェル24で買った、()()()()……。

 

 朦朧とした意識でピンを引き抜き、レバーを開放して植え込みから投げ出した。

 その塊は大理石の床でバウンドし、カーンという反響音をエレベーターホール中に響かせた後、爆発する。

 そして一気に、店頭に並んでいたポップなパッケージと同じような極彩色の煙が立ち込める。コンビニで売っていたパーティー用の手榴弾だ。いやパーティー用の手榴弾ってなんなんだよ。ともかくも使い方を覚えていてよかった。

 

 

『! ターゲットが爆発物を投擲した! 姿が見えない……!』

 

『RABBIT2はそのまま警戒! そちらに向かいます!』

 

 

 立ち止ったら眠りに落ちてしまうだろう。意識をギリギリで保ち続け、手ぶらになった両腕を必死に振って、最後の突撃を敢行する。もう全身ズタズタで、無事な場所なんてないように感じる。

 

 

 煙を掻き分け、千切って走る。

 永遠に感じる一瞬。

 スローモーションになった世界を破ったのは、チン、という状況にそぐわぬ軽快な音だった。

 

 

 

 ドアに向かって倒れるようにしてもたれかかり、後退り、よろけながら鉄扉の先の空間へ立ち入る。

 

 もう限界が近い。

 

 額から流れる血で赤く染まった視界の中。扉の向こうの爆煙から、一つの影が歩み出てくるのが見えた。

 淡い空色の髪を私と同じようなサイドテールでまとめ、ガスマスクを被った女。

 

 

「…………」

 

 RABBIT小隊の中で最も危険な人物は誰か? 火力と破壊を偏愛する風倉モエでも、苛烈なまでに厳格な規律を求める空井サキでも、極端に自己肯定感が低い霞沢ミユでもない。

 

 理路整然とした思考回路で現状を考察したその結果、いつバラバラになってもおかしくない部隊を維持し、勝ち目の薄い戦いを続ける事を選んだ、指揮官にして、小隊の思想的な指導者。

 

 

「月雪、ミヤコ…………」

 

 

 彼女の表情はガスマスクに隠されて良く見えない。無慈悲に、無感情に、手にした銃の引き金が引かれる。

 

 私は腹部に強い衝撃を感じつつ、閉まり始めたドアに獣の爪痕のような弾痕が入るのを目にする。

 

 

 それでもエレベーターは微かな振動と共に上昇し始めた。

 

 最先端の技術で制御された重力加速度が、私の体を包み込むように重くしていく。それは天国に行く瞬間にも似ていて──────

 

 

「──────ああ、でもきっと」

 

 

 楽園で手を汚し続けるような奴は、

 

 天国には、行けないんだ──────。

 

 

 

 

 

 ふっと、頭上のヘイローが消えた。

 

 

 

 

 

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 チン。

 

 

 

 軽快な音がして、エレベーターのドアが開く。

 

 もうもうと噴き出す煙を背後に、一つの小柄な人影が歩み出た。

 

 夜闇を反射した藍を湛える、近未来的な施設の床へ、口の中に溜まった血を吐き出す。

 そのまま顔を手で拭うと、袖に刺繍された見事な桜花へ、新たに紅い跡が描き足された。

 

「ケッ」

 

 大したことねえな。そう嘯いて前へ踏み出す少女の歩みは確かなものに見える。C&Cの同僚たちでなければ、それが普段と比べて弱々しい事に気付けないほどに。

 

 ミレニアム最強のダブルオー(00)。C&Cのネルは、おもむろに来た道を振り向いた。

 開いたままのエレベーターの奥には、ボロボロの外骨格を纏ったトキ(04)がもたれかかっている。気絶しているのか、それとも決定的な敗北を受け入れたのか、じっと沈黙を保って動かないままだ。

 

 トキが搭乗したアビ・エシュフの驚異的な回避能力は、エリドゥ全体の演算機能を使用し発揮されていた。

 だがC&Cとヴェリタス、ゲーム開発部との戦いの中で、急激な加速度の変化に対応しきれないという弱点を晒してしまう。

 ここから見出されたアビ・エシュフの攻略法とは、急激に垂直方向へ加速するエレベーターに乗せ、その中で戦闘をするという物だったのである。

 

 この時エレベーターのハッキングを担当し、そして勝利に貢献した各務チヒロはしかし、手にはっきりと残る違和感を覚えていた。

 

「エレベーターの操作がし易すぎた……もしかして誰か先回りして手伝ってくれたりした?」

 

 チヒロは新しく開けた数本目の妖怪MAXを片手に、ヴェリタスの部室にいる面々を見渡す。一日がかりのオペレーションに、部員の疲労もたまり始めている頃合いだった。

 全員が疲れた顔を見合わせる。しかし名乗りを上げる者は一人もいない。

 

「おかしいな。最初から制御プログラムに急激な加速を発生させるモードが仕込まれてる……まるで遊園地のアトラクションか、カクテルのシェイカーみたいな……」

 

 しかし、その些細な疑問も、事態の次なる急展開の前に消え去っていった。

 

 塔の最上階で、ネルの想いはゲーム開発部と先生に託された。次に待ち受けるのはビッグシスター、そして玉座を守る(Key)

 

 全てはアリスを救うために。

 小さな冒険者(プレイヤー)たちは、最後の困難に立ち向かっていく──────。

 

 

 

 

 

 

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 消毒された匂いが鼻を衝く。

 

 真っ白な病室は、差し込むやわらかな自然光さえも無機質な物に変えてしまう力を持っている。

 

 心拍数を数える機械の電子音が、空虚へ木霊していた。広い病室にべッドは一つだけで、その傍に一脚の椅子が置かれている。

 入り口には筆で面会謝絶と書かれた貼り紙がしてあり、その前に花束の山が出来ている。

 

 私は、ベッドに寝たまま目覚めない私を、横に立って見下ろしていた。険しいとも安らかともつかない無表情が呈された顔で、私はまだ眠り続けている。

 

「アホみたいな寝顔だなぁ」

 

 私はふとぼやいてみた。こちらの体の私はなぜか自由に歩いて行動できるらしい。病衣ではなく真新しい連邦生徒会の制服を着ている。着崩しているせいで付いた変な折り目も見当たらない。

 

 花の山を眺めてみる。送り主が想像できない無個性な色彩の山の中に、知り合いの痕跡を見つけた。明太ポテトチップスの袋、高級そうな紅茶の缶、海洋生物を特集した雑誌、3Dプリンターで出力された、悪趣味な造形のロボットのフィギュア。『殺すまで勝手に死ぬな』とメモ書きされた、ロケット弾の弾頭。

 

 あれからどの位経ったんだろう? 私はどのくらいこうして寝ているんだろう?

 

 みんな上手くやったのだろうか? すれ違いは、裏切りは、消せない過去は、清算できたのだろうか?

 

 疑問は尽きない。けど、生徒たちと、それを見守る先生が居れば、きっと大丈夫だ。

 

 私は今度こそ目を閉じようとする。そうすれば全部終わると、そっと本能が教えてくれたような気がしたから。

 

 

「カクエちゃん」

 

 急に、後ろで声がした。振り返ると、一脚だけ置かれた椅子に、長い足を揃えて誰かが座っている。

 

「──────生徒、会長………?」

 

 私の声は届いていないらしい。彼女はベットの上の私を覗き込んで、ゆっくりと話し掛けている。

 

「こんな事を背負わせてしまって、ごめんなさい。リンちゃんに任せられないような事も、あなたになら託せると、甘えてしまっていましたね」

 

 

 背負う……? 何を? 疑問を感じると同時に、頭がズキリと痛む。

 

「生徒会長、一体何を言って、」

 

 立ちくらんで、ぶれる視界が、異様な光景を捉える。赤く染まった空に聳え立つ、空に入った亀裂のようなそれ。

 捻じれた黒い尖塔(虚妄のサンクトゥム)が、D.U.を、キヴォトスを、いや、この世界そのものを削り取って行っている。

 大地の破片が舞い、ビルは砕け、ここにある全ての意味が毀損され、まるで鋳直されるように形を変えていく。

 ついぞゲームでも見る事の無かった、本物の終末の到来。来るはずのないクライマックスが、窓いっぱいに広がっていた。世界の幕引きを演じる、典礼劇(サクラメント)のように。

 

「これは、何……?」

 

 理解が追い付かない、というレベルではない。脳が理解を拒んでいると自覚する。

 三章にて、セイアが視たはずの、そして先生たちの活躍によってすんでで回避されたはずの未来が、何故演じられているのか?

 

なぜ、今の私に見せる?

 

 

「それとも、私の、せいで、こうなったの……? 私がいたから……?」

 

 

「カクエちゃん」

 

 生徒会長は、なおも落ち着いた声で言った。

 

「あなたのやり方は、多くの人に許されない、沢山の人の怒りを買う物だったのかもしれない。でもそのお陰で、初めて希望を持てた人もいるんですよ」

 

 

「え……」

 

 

 いつのまにか、生徒会長のその澄んだ双眸は、窓の前に立つ私に向いていた。彼女の口が動き、無言の言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

 だから、最後のお願いがあります。全部を背負わなくていいから、その希望にだけは、答えてあげて──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は今度こそ目を覚ました。消毒された匂いに、広い病室。でもさっきと違い、私は今度こそベッドの上に寝ていた。

 

 心拍を数える機械が音を刻む中、ぱり、ぱり、という軽快な音も木霊している。

 

「お、ようやく目を覚ました~? これじゃお見舞いって言ってサボれなくなっちゃうね。大丈夫? ちゃんと私の事覚えてる? プレミアム明太子ポテチ、食べる?」

 

 

 私は、乾いてかすれ切った喉を震わして、目覚めて最初の言葉を紡いだ。

 

「た……」

 

「た?」

 

 

「食べる…………」

 

 

 

 

 なお、後からかけつけたお医者さんに、モモカはこっぴどく叱られていた。曰く、昏睡から目覚めたばかりの患者にポテトチップスを食わせるとは何事か、という事だ。まあその通りである。

 

 が、しかし、本当に美味しかったなぁ、と思いながら、こっぴどく叱られる連邦生徒会幹部という、普通だと中々見ることが出来ない光景を、いつまでも眺めていた。

 

 

 

 

 




普段より空井サキちゃんの特に笑顔を好んでいるのですが、描こうとすると今のところ若干邪悪になってしまうという次第であります
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