キヴォトスの皆様!お待たせいたしました! 作:全身鱗マン
「ちょ、ちょっとお待ちください! アポイントメントはございますか!?」
段ボールを持った集団が、新しく作り直されたサンクトゥムタワーの正面玄関を通過していく。警備員である生徒は必死に呼び止めるが、白い舗装に伸びる影は、途切れる気配を見せない。
「通してください! これから大切な会議が!」
「警察学校が何の用だ!」
「これは明らかな越権行為ですよ!」
通路に沿って展開された警察学校の生徒たち。その透明なライオットシールドの向こうでは、連邦生徒会の職員たちが口々に抗議の声を上げている。
生徒会長を失った連邦生徒会はこの頃、常に綱渡りの自転車操業を強いられており、ただでさえ疲労と不満が蓄積されているのだ。
昼前の業務が突然中断され、その場にいる誰もが大なり小なりいらついていた。誰かが投げつけた書類の束が盾にぶつかり、辺りにひらひらと舞う。
カンナは地面へ落ちてゆく書類を眼で追いながら、心の中でため息を付いた。
先程飲んだコーヒーのほろ苦い味が、いやに口の中に残っている。
「これは先日発生した財調室長襲撃事件の捜査の一環です! どうかご協力を!」
吼えてから、そのまま口の中に残ったミントの飴をがりりとかみ砕いた。職員たちは一瞬怯えた顔になるも、むしろ火に油を注いだらしく、抵抗はより激烈になっていく。
「うるせー!」
「お役人を舐めんなよ!」
「予算でドーナッツばっかり食いやがってよー!」
強行突破しようとした職員が取り押さえられ、転がされる音が響く。カンナは思わず手で顔を覆ってうめいた。
これでは命じられた目的を果たす前に、また無闇に補修業者の仕事を増やしてしまいかねない。
これ以上騒ぎを大きくする前に、誰かが泥を被らなければならないのは明白だった。狂犬とあだ名されるこの女は心底うんざりしつつも、この現場での自分の役割を果たそうとする。
「っ」
威嚇射撃やむなし。ホルスターに伸びた手が、しかし寸前の所で止まった。人垣の向こうに良く見知った姿が現れたからだ。
「これは何の騒ぎですか?」
人のよさそうな印象を与える、その常に細められた瞳が、一瞬カンナの方を向いて開く。しかしすぐに糸目に戻り、彼女はいかにも困ったように眉根を寄せた。
「ヴァルキューレ警察学校の捜査権では、ここまで立ち入る事は認められません! 防衛室長の名において、即時の撤収を命じます」
混乱した場が一瞬静かになり、彼女の声が良く響く。防衛室長!と職員の誰かが叫び、場は同調する歓声で満ちていく。
ドアの周りを固める警察学校の生徒が、不安そうにカンナの顔を覗いた。横へ流された髪の影で、彼女の表情は良く見えない。
「……すぐに撤収だ。目的の物は見つかったか?」
「それとおぼわしき物は………。しかし収められた金庫が相当特殊なようで、開錠に手間取ってます」
カンナは重厚なドアの隙間から室内を覗いた。執務室には処理を待つ書類が積まれており、各派閥からの贈り物が安置されている。机の下に隠された金庫には鑑識の生徒たちが群がり、様々な道具を広げて開錠を試みていた。
ふと、その上に掛かった一枚の絵画に彼女の目が留まった。頭蓋骨とリュート、銀貨の入った財布を描いた、小さな静物画だ。年季の入った額縁には、何かの文字が彫り込まれている。
「”Vanitas vanitatum. Et omnia vanitas” 古代語か……?」
「ああ、それですか? 田中カクエが気に入っている絵ですね。なんでも、前向きで良い意味なんだとか」
「………………」
雑多な室内にあってあまり目立たないが、内装から浮いた題材の異質さは、彼女の直感になにか訴えかけるものがあった。
「局長! この金庫、複雑すぎてもう破壊的な手段でしか開けるしかありません! 指紋認証に加え、見た事もない形式の錠がかかってます」
鑑識の声が、カンナの意識を引き戻す。
「今日はあきらめるしかないな。アレはもう回収できた以上、ここにこだわる理由はない。帰るぞ。出る時に原状回復を忘れるな」
臨時財務調整室と表示された部屋から数人の捜査員たちが退出し、ドアが静かに閉められた。まるで海が割れるようにして、人垣がさける。
玄関からヴァルキューレ警察学校の捜査車両が滑り出すまでの間、彼女の瞳は、奥へ去って行く不知火カヤの後ろ姿をただただじっと見つめていた。
本当の狂犬は相手を選ばない。目の前にあるそれが例え飼い主の腕であっても、躊躇なく噛みつくのだろう。
カンナは狂犬ではなかった。なりきれなかったと言ってもいいかもしれない。
車内の助手席で、またため息を付いた。逃げるような幸せなんて、少しも残っている気がしなかった。
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”連邦生徒会襲撃事件発生 SRT特殊学園の一部隊が実行か”
”ヴァルキューレ警察学校公安局長が本誌にコメント 『警察力の強化に努めたい』”
”ミレニアムプライス最速レポート 新設された特別賞に輝いたのは”
”特集 エデン条約とは ~私たちの生活はどう変わるのか~”
”ヴェリタスの部長はやはりケチケチ性悪問題児!? 本校へ脅迫動画届く”
”品質VSコスパ 五社の銃弾を徹底比較!”
私はベッドに並べられた三冊の週刊誌を前に、潰れたカエルのような呻き声を上げた。
「結局三週間も昏睡していたのか……」
寝っぱなしだった三週間の間で、さすがにいくらキヴォトス人とはいえども、身体がかなり弱ってしまっている。だがペンを持てなかったり、立ち歩けない程衰弱してはいない。
問題はむしろこの部屋の外にあった。私が目覚めないでいる間に、私を取り残して様々な状況が進行してしまったのだ。
「どうせ三週間も休んじゃったんだからさ、もうちょっとサボってもいいんじゃなーい?」
「いやあ、う~ん……流石にそれはクビになっちゃうよ」
いや事実、状況を分析していくと、クビ寸前まで追い込まれていると言ってよかった。それも私の過失ではなく、明らかに外的な力でだ。
私が目覚めてから二日。ベッドの周りには、アユム先輩に持ってきてもらった資料が散乱している。
一週間前に可決された財務諸表、その会議の際に取られた議事録。SRT特殊学園の廃止手続きに関する書類の写し、ヴァルキューレ警察学校内での捜査の経緯。どれもここ三週間に起こった情勢の変化を纏めた物だ。
私は思考の海に沈みながら無言で資料をめくる。
(原作に無かった私の遅延工作に業を煮やしたカヤ先輩が、RABBIT小隊に支援して私を再起不能とする事を目論んだ……?)
この時念頭にあるのはカルバノグの兎編、そして最終章にて明らかになった彼女の謀略だ。カイザーコーポレーションと結託したカヤ先輩は、工作によってリン先輩の失脚とシャーレの廃絶を目論む。
事実、一週間前に行われた行政委員会での採択は、この推測を裏付ける物だった。
ヴァルキューレ警察学校への追加予算についての調整は、財務室長であるアオイ先輩へと引き継がれた。
私に不信感を持つ彼女、及びに原作でもSRT特殊学園の閉鎖を実行したリン先輩。彼女らの居る行政委員会は、この予算案をすんなりと通した。仮にこれが計画された物であったとしたら、カヤ先輩の目論見は私への襲撃によって達成されたと見て間違いない。
(でも、何か、何か違和感がある)
私は天井の蛍光灯を見上げて、改めてあの日の事を思い出した。
奥崎ケイカによって駄目になった正面玄関。それを知っていたかのように回り込んできた戦闘ヘリ。
恐らく私を狙って探していたRABBIT小隊、エレベーターが閉まる間際に見た彼女の姿。
─────空色の髪をサイドテールでまとめ、ガスマスクを被った月雪ミヤコ。
理路整然とした思考回路で現状を考察したその結果、いつバラバラになってもおかしくない部隊を維持し、勝ち目の薄い戦いを続ける事を選んだ指導者─────。
「おかしい」
思わず出た声に、おー? と、散らかした雑誌を読んでいたモモカが気の抜けた声を返す。
そもそも原作において、月雪ミヤコがヴァルキューレ警察学校への編入を拒み、公園で戦い続ける事を選んだのは、SRT特殊学園という独自の正義の形を守る為だった。
どこの生徒会にも影響されないが故に、絶対に権力にその形を歪められない、シンプルな正義。
彼女たちが野宿し、廃棄弁当を巡って争うような状況でも手放さなかったのは、そういう物だったはず。
─────仮にカヤがなにかをちらつかせたとして、彼女たちは、私を再起不能になるまで攻撃するだろうか?
少しでも正義を実行するためなら、多少の妥協は仕方がない。そういう理屈を最後まで飲み込めないのが、RABBIT小隊の一番の強さであったはずだ。
恐らく、金銭的な支援だとか、SRT特殊学園の再興を人質にするとか、そういう手段は通用しないはず。
物言わぬ彼女は、ガスマスクの下でどんな顔をしていたんだ?
(あの襲撃には、まだ見落としている要素がある)
確かめなければ。それには、この対立軸から離れた視点が必要だ。
私は病衣から制服に着替えると、病室を出た。必要な資料以外を全部シュレッダーにかけながら、止めてくる医者や看護師に多少のお礼を掴ませ、完治の診断書を書いてもらった。
痛む腕を抑えつつ、私は新しくしたスマートフォンでタクシーを呼び寄せる。
「どちらへ向かわれますか」
「子ウサギタウンの子ウサギ公園へ」
よっしゃよっしゃ、どこぞのブラックマーケットに行った廃校対策委員会に倣って、まずは地道な聞き込みと行こうじゃないか。
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外を走る車のヘッドライトが、ブラインドを通って、天井へまだら模様を描く。それは角度の変化と共に太くなり、ピークに達したところで唐突に途切れる。
明かりの絞られた室内に、まるで海のさざめきのように、KVハイウェイの雑音が聞こえていた。
またヘッドライトが差し込む。光条はさっきとは別のルートを通って、黒々とした一つの人影を浮かび上がらせる。
「”悪い奴ほどよく眠る”……という言葉がありますね」
暗闇に、その見開かれた眼が、らんらんと輝いていた。どこか山羊を思わせる、翡翠色の眼だ。
「じゃあ、眠らない私たちは、悪い奴じゃない」
防衛室の最奥、自分の椅子に腰を下ろした不知火カヤは、目の前に並んだ生徒たちを見渡して、言い含めるように言葉を並べる。
「そういうことになりませんか?」
またヘッドライトの光が過ぎ去って、対峙する四人の少女たちを照らした。
空井サキ、風倉モエ、霞沢ミユ、そして中央に立つのは、月雪ミヤコ。
「どうだかな」
サキが、眩しさに目を細めて返す。
「少なくとも、SRT特殊学園にその問いは意味がない」
「それはなぜですか?」
「私たちがSRTである限り、悪い奴にはならないからだ」
「なるほど」
カヤは、数度頷いて椅子により深く身を預けた。
「私は『超人』です。『超人』とは、善悪の彼岸にその身を置く者──。私にも、やはり意味のない問いかもしれませんね」
それまで黙っていた月雪ミヤコが、静かに口を開く。
「田中カクエはクロ、こちら側の捜査で、その確証は既に取れています」
あら、と微笑む声に、ミヤコは少し眉を顰めた。
「じゃあきっと、今はぐっすりですね」
「しかし、」
ミヤコは語気を強めた。他の三人は思わず身を固くする。踏ん張る足に、力を入れ直した。
「いくら相手が犯罪者で、SRTの正義の執行に邪魔だからといって、あなたのやり方もまた、私達の正義とは相容れません。防衛室長」
ばきり、とペンが砕ける音が聞こえた。
「やりすぎたのはあなたたちでしょう?」
ミヤコははっとしてカヤの眼を見た。今までに見たことないほど開かれた目が、こちらを睥睨している。
「私はただ、軽く気絶させて、捕縛しなさいと言ったはずですよ。なのに、カクエちゃんをあそこまで痛めつけて、何がプロフェッショナルですか!」
これまでに見たことがない剣幕にRABBIT小隊の面々は身構えた。まるで、目の前に爆発寸前の手榴弾が落ちてきた時のような、極限の緊張が場を支配する。
「私は軽く気絶させて捕縛しなさいと言ったんです。罪を償うまで少し大人しくしてもらっている間に、あなたたちの立場を回復する、それが計画と言いましたよね」
「っ」
「『超人』は私一人で完結しません。
そう言い放つカヤから、ミヤコは一切視線を逸らさなかった。
小隊メンバーへハンドサインが送られる。
RABBIT小隊の各々が、一度信用してしまった
「ちょーーっと待った!」
静寂を切り裂く声と共に、扉が吹き飛んだ。扉の上の人影が、むくりと起き上がる。体当たりしたのだ。
少女は服の埃を払い、腕を差し上げた。それはまるで広場に集まった大衆を相手にするようで、しかしその眼はただただ、RABBIT小隊とカヤにのみ注いでいる。
「防衛室の皆様!お待たせいたしました! 田中、カクエでございます!」
夜、誰もが明日に備えて寝静まるこの暗闇に、中々眠らないやつらが出そろった瞬間であった。