キヴォトスの皆様!お待たせいたしました!   作:全身鱗マン

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Ep.4 グッド・ドリームズ

 

 

 

 

 防衛室の暗い室内に明かりが差し込み、私の影を長く伸ばしている。

 

 その先には銃を構えるRABBIT小隊とカヤ先輩が、まるで映画の一シーンで再生停止したように、修羅場の様相を呈したまま固まっていた。

 私は肩で息をしながら心の中で安堵した。どうやら決定的な破局の前に間に合ったらしい。痛む全身をなだめながら、自分の悪運の強さに感謝する。

 

「なんで……意識不明のままなんじゃ……」

 

 空井サキが震える声でそう言う。銃の照準がぶれてしまいそうだ。

 

「そんな、私がこの手で」

 

 ミヤコの叫ぶような声へ、私は被せるようにして言葉を発する。

 

「月雪ミヤコさん、わたくし田中カクエはあんなことでは挫けません。政治家ってね、しぶといんですよ」

 

 あるいはしぶといやつじゃないと淘汰されていく世界ともいえる、と心の中でつぶやく。つぶやくだけで、ここでは言わない。

 

「どうも最近腹の調子が悪くてね、あのショックはよく効きました。むしろ健康になったくらいですよ」

 

 ブラインドが下ろされた室内を、もう一度見渡す。この場の注意が全て集まっている事を確認して、私は気を引き締め直した。

 

「撃っちゃう前に、ちょっと状況を整理しましょう。それからでも遅くないと思いませんか?」

 

 もつれ絡まったこの物語の糸をほどいて、元の真っ直ぐなラインに戻すチャンスが、今なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の昼に時間は遡る。子ウサギタウンに訪れた私は、折り畳まれたオペラグラスを組み立て、しきりに公園を覗いていた。

 

「うん? ピントの調整ってどうやるんだっけ? ミレニアム製の機械は高機能すぎてよくわからない……」

 

「お姉ちゃ~ん! あそこにへんなひといる~!」

 

「シッ! 目を合せちゃダメ!」

 

 外周のしげみから奥を覗く私は、道行く人々から完全に不審者扱いを受けていた。一応弁明しておくと、そうせざるを得ない事情があったのだ。

 

 何の変哲もない寂れた住宅地にある、よくある市民公園。その入り口には黄色い封鎖線が渡され、”危険!”の張り紙がしてある。

 原作の四章で描写があったように、この世界線でも、RABBIT小隊は占拠した子ウサギ公園へ夥しい数のブービートラップを設置していたのである。迂闊に踏み入ってはもう二度とお天道様を見れないだろう。

 

「その手の機械はね、横のボタンを押せば自動でピントを合わせてくれるんですよ」

 

「あっ、ありがとうございます!」

 

 親切な人もいたものだ、と笑顔になりながら、グラスのボタンを操作する。そうか、この赤いボタンを押せば向けた先へオートフォーカスされるのか……。 

 

 私は慌てて背後の通りを振り向いた。淡い桜色の狐耳に、このキヴォトスでは珍しい、王道のカラーリングをしたセーラー服の後ろ姿が、遠くに見えていた。こちらの視線に気付いたのか、後ろ手でひらひらと別れを告げている。

 

「そっか、当然居るよね」

 

 流れる冷や汗を拭い、私はオペラグラスを覗き直す。地雷原の向こうに隔てられた生活空間が良く見えるようになった。

 積み上げられた土嚢と機銃陣地、その先にテントが設置されており、食糧や弾薬箱、通信機器と思わしき箱が置かれている。メンバーは全員どこかへ出払っており、キャンプはちょうど留守の状態になっていた。

 

「若干悪いことをしている感覚がある……」

 

 原作の背景スチルをできるだけ思い出して比較してみる。あれは占拠してしばらく経った状態だという事を勘定に入れても、そう変化しているようには見えない。自分の中の疑惑が、確信へ変わっていくのを感じる。

 

「RABBIT小隊はカヤ先輩の支援を受けていない……?」

 

 ヴァルキューレ警察学校への編入を拒んだ彼女らが、一方で防衛室の影響力を容認するのは、理にかなっていない。この違和感が私の喉に小骨のように引っかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 でも、最初から支援を受けていなかったとしたら……つまりあの夜、RABBIT小隊が何らかの指令を受けて私を襲撃したわけでは無いとしたら、RABBIT小隊の行動には一定の理屈が付く。

 

「RABBIT小隊は最初から防衛室長の支援を受けておらず、三週間前のあの夜、()()()()()で私を襲撃した……。違いますか?」

 

 視線の先で、月雪ミヤコは僅かに身じろぎした。しかし視線はまっすぐこちらを見据えて、あくまで毅然とした態度で口を開く。

 

「ええ、そうです。SRT特殊学園の正義は、例え防衛室長であっても曲げることが出来ません、田中カクエ財調室長」

 

 私はゆっくりと頷く。推論の第一段階はクリアだ。

 

「それで結構です、ミヤコさん。防衛室長が支援をちらつかせたかは分かりませんが、少なくともRABBIT小隊にそれを受け入れる選択肢は無かった。防衛室は路頭に迷ったRABBIT小隊に対し、私を襲撃、いや、”摘発”するように仕向けるため、別の物を提示したのではありませんか? 例えば汚職の証拠とか、襲撃で正面玄関が使用不可能になった事、そういった、検証すれば真実と出るよう先回りして用意された、個々の事項を」

 

「じゃ、じゃあ子ウサギタウンの再開発をしていたのは」

 

「はい、私の私企業は子ウサギタウンの再開発を請け負っていません。あそこに手を付けたのは、カイザーコーポレーションだよ」

 

 私は子ウサギタウンで見たものを思い出す。私の私企業の車両が多く駆り出され、更地になった住宅地へ駐車されていた。

 

 急いで本社に確認を取ったところ、大規模工事による不足を理由に、私名義の建設会社から多くの建設車両がカイザー傘下の企業へ貸し出されていた。現場が分からない形で工作に使われていたのだ。

 

 筋書きはこうだ。RABBIT小隊は接触を図ってきたカヤ先輩から、こう伝えられた。「子ウサギタウンの再開発を巡り、田中カクエは不正を行っている。SRTが閉鎖されたのは発覚を恐れたからなのだ。共に奴の身柄を拘束して、SRT特殊学園の閉鎖を覆そう」。

 

 RABBIT小隊は子ウサギタウンに用意された”証拠”や会社の登記を確認し、演出された陰謀を真実と思い込んだ。そしてあの日襲撃に至ったのだ。

 

「そんな……私たち、そんなつもりじゃ……」

 

 霞沢ミユが、その場にうずくまる。KVハイウェイを通る車のヘッドライトが、私たちを鋭く照らし出した。あの低い地鳴りのようなさざめきが聞こえる。

 

「ごめんっ……なさいっ……」

 

 月雪ミヤコは、震える手でハンドサインを出した。霞沢ミユを引き起こし、そのまま静かに窓から撤退していく。すぐにヘリコプターのローター音が響きだし、やがて小さくなっていった。

 

「はぁ……なんでこんなことになっちゃったんだろう」

 

 私はRABBIT小隊を窓の外に見送って、頭を掻いた。こんなに追い詰めるはずじゃなかったのに。皆去り際は沈痛な面持ちをしていた。

 私は子ウサギタウンでテンションが上がるくらい、前世からRABBIT小隊の皆の事が好きだったのだ。好きな人たちの不景気な顔って、あまり見たくない。

 

「財調室長、いや、カクエちゃん」

 

 私はがらんとした部屋の奥の方を見た。一部始終を黙ってみていたカヤ先輩が、あのどこを見ているか分からない糸目で、こちらを見ている。私だけをじっと見ている。

 

「防衛室長」

 

「私はあなたの事を、邪魔に思っていました」

 

「はい、知っております」

 

「あなたは、今回の件、全てわかっているのでしょう?」

 

「まあ、はい。裏口の監視カメラの件なら。あれは()()ですよね」

 

 

 襲撃の夜、風倉モエのハッキングによって周囲の監視カメラは皆沈黙していた。

 しかしなぜか一本だけ、鮮明にRABBIT小隊のヘリコプターを捉えた映像が、連邦生徒会のデータベースに存在している。

 玄関真向いの空きテナントに設置された、オフラインの監視カメラ。事件の三日前に三脚で仮設されたそれは、RABBIT小隊の襲撃を、特等席から見つめていた。

 

「防衛室長の目的は、SRT特殊学園の復活じゃない。襲撃の映像を握ってRABBIT小隊を子飼いにする事だったんでしょ? ずいぶん派手に一石二鳥を狙いましたね」

 

 誰にも肯定されない正義は、無力だ。ヴァルキューレ警察学校へのカイザーPMCの浸透を手助けしつつ、消せない罪をちらつかせて、RABBIT小隊をコントロール下に置く。それが昨日の昼に気付いた、カヤ先輩の動機だった。

 

「……これから行政委員会で不信任決議案でも出して、私を失脚させるつもりですか。それとも秘密裡に私を処分する?」

 

 カヤ先輩は翡翠色の目を見せた。

 山羊やヒツジのような、横に割れた綺麗な目。

 これから生贄に捧げられることを確信して、諦念が揺れている目だ。

 

 

「……」

 

 私は防衛室の机に無言で詰め寄った。部屋の隅の影が慌てたようにざわめく気がするが、気にしないで近寄る。

 

 

「防衛室長、いやカヤ先輩。あなたは、超人になったんでしょう?」

 

 

 

 目を閉じてあの日の事を思い出す。

 

 

 

 

 

 連邦生徒会の糊のついた制服がまだ体に馴染まない頃、私とカヤ先輩は出会った。

 特殊な経歴もあり、派閥闘争の中で浮いた私は、きっと悪目立ちしていたのだろう。あまり話し掛けられない私を、カヤ先輩はよくボードゲームに誘ってくれた。

 

─────超人になりたいんです

 

 陽光が柔らかく差し込むある日、チェスの駒を指先でずらしながら、カヤ先輩は対面の私にそう打ち明けてくれた。まるで世間話でもするように。いや、その時はまだ、本当に世間話の感覚だったに違いない。

 

─────超人ですか? 哲学の話はよくわかりませんが。

 

─────いえ、私の超人は、具体的な姿を持っています!

 

 きっとカヤ先輩の瞳には、一人の姿しか映っていなかったのだろうと、今ならわかる。春の風のようでありつつ、しかし絶対的なカリスマを持ってキヴォトスを統治する、その人を評して超人としか言えない誰かさんの事だ。

 

 互いに駒を進める。カヤ先輩のポーンは入城し、プロモーション(昇格)してクイーンとなった

 

 

─────これは忠告ですが、やめておいた方が良いですよ、それ。

 

─────なぜですか?

 

─────妄信は、その人を追い詰めます。チェスのキングは一人になってもキングですが

 

 

 次の手で、私のルークが盤面を直進し、チェックメイトを決める。

 

 

─────本当の王様は、一人では王様でいられません、良くも悪くも。

 

 

─────そうかもしれませんね。

 

 

 

─────でも、いい夢だと思います。

 

 

 

 

「私は超人じゃない……」

 

 カヤ先輩が、幽鬼のように立ち上がる。

 

「超人でいるためには、シャーレは邪魔で、行政官も邪魔で」

 

 首を絞められる。そう思ったが、彼女は私のネクタイを掴んだだけだった。重さが首筋に掛かるが、足に力を入れて耐えた。

 

 

「でも、財調室長……カクエちゃん、あなたも邪魔になってしまったら」

 

 今度はハイウェイを通るヘッドライトの光じゃなかった。

 

「超人でいる意味が、なくなってしまう……」

 

 ビルの谷間がにわかに明るくなってきていた。今明けようとしている最後の夜空が、私たちを照らす。

 

「”悪い奴ほどよく眠る”のは、のうのうとしているからじゃなくて、きっと悪い夢を見ているからなんでしょうね」

 

 しなだれかかったカヤ先輩の肩に、私は静かに手を置いた。

 

 手を出さずに見守ってくれていたのであろうFOX小隊の人々が、静かに引き上げていく気配があった。私は心の中で感謝を告げる。

 

 悪い夢から目覚めた時の虚脱感が、私たちの間に漂っていた。

 

 

 

 

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 その後の話をしよう。

 

 その日の仕事を急いで終わらせた私は、再び子ウサギ公園へとやってきていた。

 

「どうも~」

 

 公園に踏み込んで挨拶をした瞬間、足元が抜け、私は首元まで地面に埋まった。

 唯一空気へ露出した頭へ、複数の金属音と共に、ぐりぐりと銃口が押し付けられる。

 

「またヴァルキューレか!? ここらへんで一度みせしめにした方が……」

 

「私です私! 財調室長の田中カクエでございます!」

 

「え!? 田中カクエ!?」

 

 慌てた空井サキによって、私は大根を収穫するがごとくして穴から引きずり出される。

 

「いまさら何しに来たんだ! まさか今度こそ復讐に……」

 

 再び銃を構えるサキちゃんを前に、私は抜かれたままの姿勢であわててホールドアップの姿勢になった。気分は犯罪者である。

 

「いや、違くて! むしろ謝りに来たくらいですから! 連邦生徒会内部の対立に巻き込んでしまってごめんなさいって!」

 

 即座に手に持った紙袋を差し出す。中身は弁当屋で人数分を買い付けてきた少し高級な焼肉弁当だ。

 

「それは……どうせ賄賂だろう!? お前のような汚職政治家の手口はもう知っているんだ!」

 

 サキちゃんは特殊部隊仕込みの声を張り上げて拒む。しかし袋から漂う匂いに耐えかねたのか、それよりも大きなお腹の音が鳴り響いた。

 

 顔を真っ赤にして固まるサキちゃんに、私はおずおずと持ち掛ける。

 

「ほら、私の分もあるでしょ? 暇な汚職政治家が執務をサボってピクニックしに来ただけと思って、一緒にどう?」

 

 

 

 

「サキ見て、あっちにトラップに掛かった犯罪者が!」

 

「えっどこだ」

 

「焼肉一枚もらいっ」

 

「あー! お前そういうことするな!!」

 

 モエちゃんとサキちゃんが焼肉をめぐって喧嘩しているのを横目に、私は白米を咀嚼する。この弁当は焼肉はもちろんだが、受け継がれてきた伝統のたれがすごくおいしくて、よく染みたご飯までも、おかずになってしまいそうな魅力を持ちはじめるのだ。

 

「財調室長……」

 

「カクエでいいですよ」

 

「いえ、財調室長と呼ばせてください。あの時の事、RABBIT小隊を代表して謝罪します……」

 

 月雪ミヤコは、そう言って頭を下げた。空色のサイドテールがふわりと揺れる。この野宿生活の中でも柔らかい状態で保たれている事に、内心驚きを覚えた。

 

「信じられない……」

 

「はい?」

 

「あ、いや、なんでもありません。先ほども言いましたが、こちらこそ謝りたいくらいですよ」

 

 本来なら、ここでRABBIT小隊が動くことは無かった。私の存在が原作を歪めてしまった可能性を考えると、いくらシャワーの度に傷が残った腹部を見ても、彼女らを責める気にはなれなかった。

 

「私が汚職政治家なのは、本当の事だし……」

 

「何か言いましたか?」

 

「なんでもありません」

 

 あの後、”首輪”──襲撃の一部始終を記録した映像は、財調室長の権限でファイルを移動した後、抹消した。私を襲撃したのは”SRT特殊学園の一部隊”であって、RABBIT小隊ではない────そういう結論まで持ってくることに成功したのだ。彼女たちはまた振出しに戻り、この公園で孤軍奮闘しながら、SRT特殊学園の復活を訴え続けていく事になる。

 

「……」

 

 カヤ先輩の裏の顔を知るといったアクシデントはあったが、なんとか原作の状態へと戻すことが出来た。このまま先生と出会い、所確幸(所有せずとも確かな幸せを探す集い)と小競り合いをしたりドラム缶を探したりして信頼を深めてくれれば、全てなんとかなるだろう。4thPVで示された悲惨な未来は、きっと訪れない。

 

 私は焼肉弁当を食べ終えて、割り箸を桐の容器に置いた。名残惜しいが、お別れの時が来たようだ。

 

「ミヤコちゃん、私たちの行く道は、もう交わらないでしょう」

 

「ええ」

 

「どうかお元気で。決定は覆りそうにありませんが、いち早くSRT特殊学園が復活できるよう、連邦生徒会でもできるだけ粘ってみます」

 

「できるだけクリーンな手段でよろしくお願いしますね?」

 

「ははは、頑張ります」

 

 

 ミヤコちゃんに別れを告げ、私は子ウサギ公園を去った。待っててもらった車に乗り込み、運転手をしてくれている生徒に礼を言って、サンクトゥムタワーまで出してもらう。

 

 あれから防衛室長はカヤ先輩のままだ。私も元のポジションに復職し、溜まってしまっていた仕事に追われている。全てが元通りではないが、また日常に回帰できたことは間違いない。

 

 窓から流れる街を眺めた。街中の大型モニターにゲヘナとトリニティの校章が踊り、クロノス所属のキャスターがその意義をまくし立てている。その様子が、周囲の窓ガラスに乱反射している。

 

「エデン条約……」

 

 最後に残る懸案がひとつ。爆発したら全員が死ぬ、最大の爆弾が私の頭上に浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





「え、な、なんだろう……」

 霞沢ミユは、食べ終わった弁当の殻を重ねている最中、ある事に気付いた。底に何かが貼りつけられている感触がある。

「……封筒?」

 四つの弁当全てに、同じような封筒が貼り付けられていた。良く無い予感を感じながら、RABBIT小隊の面々は封筒を開ける。

「ひ、ひえ~……」

「これって……」

「合計で私たちが五年食いつなげるだけあるぞ……」

 ミヤコもまた慄然していたが、頬を叩いて気を取り直し、きっぱりと宣言した。

「慈善団体に寄付しましょう」

 キヴォトス中でウサギの名を冠する謎の善人が話題になるのは、それからしばらくしての事であった。

 ミヤコは汚職政治家摘発への決意を新たにした。

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