キヴォトスの皆様!お待たせいたしました!   作:全身鱗マン

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Ep.6 ザット・ハウス

 

 

 

 

─────天国ってあるのかな、と、バスタブに浸かる誰かが言った。

 

 

 

 

 当時小学生か中等部生だった誰かは、こう答えた。「証明しようがないから、わからないけど」

 

「キヴォトスは良い人ばかりだから、天国があったらきっと人間が多すぎて溢れちゃうだろうね」

 

 

 

 気付いたら、私は雪原に立っていた。

 後ろを振り向くと、雪の白に足跡が点々と続いていて、それは私の足元に伸びている。自分の付けたものだと気づくのに、また数瞬の時間を要した。

 

 信じがたいほどに小さな、吹雪の中で一時間もあれば掻き消えるのに十分な足跡たち。足元から視線を戻しても、景色は変わらずホワイトアウトしたままだ。

 

 歩き出すと、ぎゅっと湿った新雪を踏みしめる感触と共に、また同じ形の足跡が刻まれて行く。

 頬に当たる吹雪の冷たさは、いよいよ冷え切ってきた肌に、逆に温かく錯覚される。

 

 ここは天国だろうか? と、いつかの問いについて考えてみる。

 

 もし、ここが天国だとしたら─────

 

─────何故誰もいないのだろう?

 

 気が付いたら、私はまた足を止めていた。

 白い陶器のような物が、雪の中に埋もれている。つるっとしていて、なにかの青磁器や工業製品のように見える。

 かじかんだ指で少し雪を掻くようにして掘り出し、地面から取り上げた。さらさらとした雪が中の空洞から零れ落ちていく。空洞と言うか、二つ並んだ穴は眼窩と言った方がより正確だろう。

 紛れもなく人の骸骨だった。

 

 

「もうちょっと寝ててもいいんじゃない?」

 

 私は半覚醒のまま、ぼやっとした眼で部屋の中を眺める。崩れそうな書類の山の向こうに、くしゃっとしたマゼンタの髪が揺れていた。

 

「モモカぁ~ いま何時? 私何時間寝てた?」

 

 いてっと言いながら、完全に固まっている半身を持ち上げる。

 

「えぇ~? 教えてあげなーい。今忙しいし」

 

「忙しいって言ったってここに来てサボってばっかりじゃ……」

 

 私はモモカの手元に視線を向けた。ホログラムで沢山の資料とメールボックスが展開され、整理が進められている。列車や各種交通機関の運行状況に関する、複雑な行政手続きがリアルタイムで展開されている。

 

「モモカってそういえば交通室長だったね……」

 

「そういえばってなにさ!」

 

 その特徴的なギザギザの歯を剥き出しにして怒るモモカを前に、私は嘆息した。何故忘れていたんだろう? 最近どんどん忘れっぽくなっている気がしなくもない。

 ふら付きながらデスクを立って、壁時計の時間を確認する。

 午前十時の三十二分。徹夜明けの仮眠としては、思ったより長く眠ってしまったらしい。

 

 這うように壁際に移動し、棚の上の電気ポッドのスイッチを入れる。マグカップを一つ取り出す。ドーナッツ屋のポイントカードで貰った、ニコライのかわいくないやつだ。

 

「じゃあ、交通室長どのもコーヒー飲む?」

 

「えー、いつものインスタントでしょ? どうせならあの高そーな豆で淹れたらいいのに」

 

「豆?」

 

 そう疑問の声を上げてから思い出した。新しく買ったコーヒー豆の袋が、棚の中に入っている。

 

「あー、それは自分で飲む用じゃないんだ。というか勝手に漁らないでよ。この前荒らしたのもモモカでしょ」

 

「この前って?」

 

 モモカの反応は芳しくない。

 

「Rab……あのー、正体不明の武装勢力の襲撃で入院してた時。帰ってからなんか違和感あるなと思ったら、部屋の物が動いてたんだよ」

 

 私はそう言いつつ、額縁の四隅を持って角度を直した。上に溜まってた埃が舞い、慌ててコーヒー粉が入ったマグカップを避難させる。

 

 金庫の上に掛けてある、油彩で描かれた骸骨の静物画だ。骸骨と言ってもメタルバンドのTシャツみたいな絵柄ではなく、全体的に暗い画面に埋没するように描かれているから、まあ不吉でもないかと思って掛けたままにしていた。絵の内容はいいとして、何か、そこに大切な文字が書かれていたような……

 

「カクエー、カクエー?」

 

 寝起きで少しぼうっとしていたらしい。モモカの呼ぶ声で、お湯が沸騰している事にようやく気付いた。

 

─────そもそもいつ貰ったものだったっけ? そんな疑問は、インスタントコーヒーの粉と共に、お湯の中へ溶けて、輪郭を失った。

 

 

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 〇月〇日の行政委員会定例会議の記録。なお防衛室長は欠席、次長が代理として出席。

 

 冒頭、リン生徒会長代行より、失踪した生徒会長の捜索に依然として成果が無いことを報告。全会一致で続行が決議。

 

 カイザーグループとの業務提携について、以後の手続きを財調室が引き継ぐ事を決定。

 

 調停室、子ウサギ地区再開発についてのパブリックコメントを報告。

 

 D.U.における犯罪率の増加と連邦生徒会の求心力の低下について防衛室より懸念が示される。

 

 財調室による「エデン条約機構における中心的施設(仮称)」建設の進捗報告。財務室より財調室の行動は内政干渉に当たるのではと糾弾。財調室長は連邦生徒会の果たすべき人道的意義を説明し回避。

 

 代行が今月のシャーレの活動状況について報告。予算の不透明な使途については生徒会長権限を理由に説明を拒否。

 

 

「などとまあいつものごとく長ったらしかったですよ。予算会議に行くまで五時間ですよ五時間! 必要な事とは分かっているんですが、どうにかならないものか……」

 

 私は目の前の扉に話しかける。物理的、電子的にハイレベルなセキュリティに守られた、キヴォトスでも中々見られない厳重な扉だ。

 

「ハイネさんも心配してましたよ。じゃあ書類は投函しておきますので、余裕があったら軽く見といてください」

 

 タワーマンションのある部屋の前で、私はインターホンに向かって話しかけながら、まるで風邪で休んだ同級生にプリントを届けに来たみたいだ、と思った。キヴォトスの教育はBDと電子メールで行われるので、そういったプリントの類はあまり発生しないのだが。

 

 私がひとしきり要件を伝え終わると、最後まで無音のままだったインターホンの通話ランプが、ふっと消えた。私は少し肩を落としながら、連邦生徒会のマークが入った、分厚い封筒を郵便受けへ差し入れる。

 

「おっ」

 

 思わず声を上げる。差し入れた封筒から手を離さないうちに、向こうからぐっと引っ張るような手ごたえがあった。

 

 ガチャリ、と、扉の向こうで鍵が開く音がする。掛け渡されたチェーンの向こうに、久しぶりに見る顔が覗いていた。髪は寝癖だらけで乱れているし、目の隈はすごいし、あの人を食ったような笑みもないけれど、相変わらずアホ毛は頭上に踊ってるし、それは確かにカヤ先輩だった。

 

「カクエちゃん、貴方がこんなに性格の悪い人だとは思いませんでした。そうやって私の派閥の利権を奪いつくした後、失脚した愚人を嘲笑いに来たんですか?」

 

 それとも不要になった私を改めて消しに来た? そう疑うカヤ先輩を前に、私は天を仰いだ。

 

「……なんですか、そのポーズは」

 

 怪訝な顔を隠さずにカヤ先輩は言う。

 

「いやぁ、思ったより重症だなと思って」

 

 自信満々だった防衛室長はどこにいっちゃったんだろう、と思わせる衰弱具合だ。

 

「先輩もわかってるでしょう? わざわざそんなことしないって。ま、いいから上げてくださいな」

 

 カヤ先輩はしばらく視線を地面に落としていたが、一旦扉を閉めて、チェーンを外してくれた。

 

 

 

「さすがカヤ先輩、コーヒーミルもサイフォンもちゃんとあるんですね」

 

「豆から挽くのは、優雅な者の嗜みですので」

 

「そっか」

 

 カウンターキッチンは思ったより綺麗なままだった。私は袋を開け、コーヒーミルに豆を流し込みながら、カヤ先輩のセーフハウスを見渡す。インテリアも悪くないし、人並みに几帳面な人の部屋という印象だった。その風景の中、リビングの中央に置かれたソファーに、カヤ先輩は座っている。

 

 少し痩せた寝間着のカヤ先輩はなんだか妙に居心地が悪そうで、私より他人の家に来たみたいだった。

 

「豆はグアテマラです。お店の人にリラックス効果のある物を選んでもらいました」

 

 そう言いながらコーヒーミルを回そうとする……固くて中々回らない。キッチンで苦悶の声を上げていると、横から手が伸びてきて、ミルのハンドルを奪っていった。

 

「もう、貸してください。カクエちゃんは非力なんですから……」

 

 どうしてこんな凡人に負けたんでしょう。そう言いながらカヤ先輩はコーヒーミルを回す。静かな室内にゴリゴリと音が響き、コーヒー豆はきれいに粉砕された。

 

「ぼうっとしてないで、お湯を用意してください……なに笑っているんですか?」

 

「ああいや、了解です」

 

 瀟洒なつる首のやかんへ水を濯ぎ、IHコンロに掛ける。お湯が沸くのにはまだ少し時間がかかるだろう。

 

 

 静かな室内に、時計の音と、僅かな作業音だけが響いている。

 

「カクエちゃんは、失脚させようとして、あまつさえ襲った私の所に、どうしてしつこく来るんですか」

 

 カヤ先輩はフィルターののりしろを折りきれいな円錐に整えながらそうつぶやいた。

 

「そりゃ、普通に心配だからです」

 

 カヤ先輩はその眼を見開く。改めて室内の光の下で見ると、翡翠色の綺麗な瞳をしているのがわかった。

 

「……私は当然、責任を負う必要があります。恨まれても仕方ないんですよ?」

 

「意外な言葉ですね。超人は人間関係を超克できるんだー、だから責任は負わないんだーって、悪びれないと思ってました」

 

「そんなこと……」

 

 カヤ先輩は手を止め、言葉を切った。少し考えているようだ。

 

「……あるかもしれませんね」

 

「でしょ?」

 

 もうすっかり薄れてしまったが、原作のカヤ先輩はそんなんだった気がする。回想しながら、私はやかんをコンロから降ろした。

 

「淹れるの、お任せできます? 私じゃ上手くできなさそうだし」

 

 カヤ先輩は少し手を伸ばしたが、引っ込めてしまった。

 

「あっ、素手だと熱いですよね」

 

 あわてて鍋つかみを渡そうとするのを、カヤ先輩は止める。

 

「ハンドドリップはカクエちゃんがやってください。私が指示を出しますので」

 

「それでいいんですか?」

 

「ええ…… まずはお湯を丸く回すようにかけて、豆全体に浸透させてください」

 

 言われた通りに注ぎ入れると、逆円錐形のドリッパーからぼわっと湯気が立ち昇る。

 

「しばらく蒸らしたら、真ん中に”の”の字を描くように注いで……そうすると盛り上がってくるでしょう?」

 

「おお」

 

 豆とお湯が混じった状態の物が、中央にできた穴からぷっくりと盛り上がり、ドーム状を成した。

 

「これで豆の香りを閉じ込めるんです。水位が三分の一になったら小刻みにお湯を足していってください」

 

 ぴったり二人分を淹れ、えぐみが出ないうちにフィルターを取り除く。出来上がったコーヒーは物凄くいい香りだ。

 

 

 マグカップからひとくち含むと、グアテマラの豊潤な香りが鼻に抜けていった。

 

「美味しい……」

 

 思わず声が漏れる。部屋全体にいい香りが広がっていく。

 

 一口飲んだカヤ先輩は、カップを握ったまま、水面を見つめて何かをずっと考えているようだ。

 

「さっき言いましたよね、私がカヤ先輩を気にかけるのは心配だからって」

 

 コーヒーを啜りながら言葉を続ける。インスタントとは違う豊潤さに、癖になってしまいそうだ。

 

「まだ誰にも言ったことがない秘密なんですけど、私って人生二回目なんです。だから、子供だし大人なんですよ」

 

「大人……というか二回目って」

 

「二回目ってところは自分でもあんまり上手く説明できないので、そこは勘弁してください。ただ、大人として過ごした記憶がある、とだけ。だから、責任論で言ったら、大人が子供を導く責任も私にあるんですよ」

 

「でも誰にも問われません。それは問いようがない」

 

 カヤ先輩は、何か焦ったように言葉を繋ぐ。その様子に、私はなんだかおかしくなった。

 

「誰にも問われないからってじっとしていると、モヤモヤして居ても立っても居られないんですよね。私は凡人だから」

 

「それは……」

 

「でも、私はずっと大人ってわけじゃありません。普段は連邦生徒会所属の生徒で、カヤ先輩の後輩でもありますから」

 

「それは、ずいぶん都合が良い理屈ですね」

 

「子供の理屈でしょ? 政治家って、案外こういう子供の理屈で動いているんですよ」

 

 

 それを聞いて、不知火カヤは少し笑った。やつれた姿はそのままに、肩を震わせる振動で、今にも崩れ落ちてしまいそうに。

 

「だからカヤ先輩も人生二度目だと思って……みたいな常套句(クリシェ)は吐きません」

 

 マグカップを置いて、私は片手を差し出した。二度の人生で真っ黒に汚れた手を。

 

「私と一緒に、敗者復活戦をしませんか?」

 

 

 

 

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正午 D.U.沿岸部 新規開発地区

 

 消失点に吸い込まれるような真っ平らの地面。その向こうに、自動運転の新交通システムが往来している。ミレニアム製の新品だ。

 

 正午、晴天。まだ南中しない太陽が、遮る物のない埋め立て地へ燦燦と降り注いでいる。

 

「カヤ先輩、今日はいいサイクリング日和ですよ!」

 

 かすかな潮の香りがなければここが海の傍であるという事を忘れてしまいそうな、人工物でできた島の上を、私達は進んでいた。地面に二人乗りした自転車の影が落ちる

 

「サイクリングって、これあれじゃないですか! チャリじゃないですか!」

 

 後ろにしがみついたカヤ先輩が喚き散らす。半ば強引に連れだしてきたせいで、パジャマに連邦生徒会の上着を羽織った、かなりちぐはぐな格好になってしまっている。

 

「チャリって言わないでください! 我が財調室の公用車第二号です」

 

 普段から建設地の敷地内では小回りの良い自転車を使っていた。

 問題は、モノにこだわらなさ過ぎて、シルバーのいわゆる通学用自転車を調達した事だろうか。

 ちゃんとしたツーリングバイクを調達しなかったのは、どこか砂漠の方から熱視線を感じたからだ。まあ私は普通に高校生なんだし、これで満足している。

 

 

 言い合っているうちにどれだけ漕いだだろうか。どこまでも続いて見えるコンクリートの向こうに、突然、白く輝く突端が見え始めた。

 

「こうして実際に見ると、すごい迫力ですね……」

 

「ええ。あれが、”エデン条約機構における中心的施設(仮)”…… 財調室内で決定した正式名称を、多目的施設ジッグラトと言います」

 

 

 D.U.沿岸部の埋め立て地に造られた多目的施設ジッグラト(ハコモノ)は、海上を横断する巨大な直通ハイウェイと鉄道システムによって、ゲヘナ・トリニティへ接続される。

 

 延べ床面積100万6990 m2。各種会議やイベントの平行開催が可能な、5000万人という膨大な収容能力を持ち、また各種テナントが出店できる自由な商業区域としても用いられる。普段は両校の交流の場として用いられ、有事の際のためにエデン条約機構の重要な実行力を格納する。

 最先端の技術で織り成される、合理性を追求したアーチの集合体。まるで逆さにした竜巻のような白亜の塔の頂上は、800メートルに達する。高さではサンクトゥムタワーに負けるが、その裾野の広大さを視界に入れれば、どんな人でもD.U.第二のランドマークと認めざるをえない威容だ。

 

 

「この塔が、トリニティとゲヘナを強固に結び付けるのです」

 

 ジッグラト。

 前世ではメソポタミアの都市にそびえていた聖塔のことを指す名前だ。一説には旧約聖書におけるバベルの塔のモデルになったとされる。不穏な雲を頂くバベルの塔の末路は、よく知られている通りである。

 人々が苦労して築いた塔も、神様にとってみれば、人間の傲慢を象徴する地上のささいな突起に過ぎなかったらしい。

 

 爆音を立てて大型の輸送ドローンが資材を運んでゆく。太陽が遮られ、一瞬の日食のように辺りが暗くなる。

 

「トリニティとゲヘナを強固に結び付けてしまうのです……例え両者の多くがそれを望んでいなくてもね」

 

 カヤ先輩は目を細めて塔を見上げる。日光の熱さからか、その額には汗がにじんでいた。

 

「カクエちゃんは、王様になりたいんですか?」

 

 

 バベルの塔の逸話の結末に、ニムロデ王がどうなったかは描かれていない。

 でもきっと、ろくでもない最期を迎えたに違いない。私はふと、そう確信した。

 

 

 

 

「王様になんて、なりたいわけ無いじゃないですか。もし王様になっても、誰もが望む世界なんて作れないもの」

 

 

 

 

 また潮風が吹いた。

 





そしてカヤ株が


暴落した
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