そこは失敗だらけの虹夏ヒストリーだよ 作:ファン2023号
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4月○日
高校を卒業した夢を見た。
バンドのメンバーが集まらず、夢を叶える第一歩にすら及ばなかった悪夢。
あまりにも無力で、どうしようもなくて、神様にお願いすらしたんだ。
もう一度あの頃に戻れたら、やり直せたら、って。
そう願ったら、高校一年生の登校初日……今日になってた。
不思議だ。
これから起こることは、夢の中で全部見たことがあるんだから。
担任の先生の名前も、隣の席になる人の名前も。
ぶっきらぼうなリョウの自己紹介も。
細かいことは正確には覚えてないけど、すごく長い夢だった。
もしかしたら未来が見えるようになったのかも?
そうなれば、私の夢も叶えられる気がする。
うまく、やるんだ。
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4月△日
小テストがあった。知ってる問題だったから、簡単に解けた。
リョウは勉強してないって言ってたから、出る問題をいくつか教えたら、同じく満点を取れたらしい。
今なら当たるかも、と言って宝くじを買ってたけど、当たるかどうかは知らない。
あくまでも私が覚えてる範囲しかわからないんだから仕方ない。
もしかしたら当たるかもしれないと思って、私も便乗して買った。
当たったら何買おう?
ドラムセットとかかな。
まあ、外れると思うけど。
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5月○日
宝くじは外れて、じとっとした目でリョウに見られた。
私はそうだろうと思ってたから問題ない。さよならドラムセット。
今日はSTARRYの次のライブの打ち合わせで、お姉ちゃんが遅くなる日だったはず。
理由は忘れたけど、夢では喧嘩になった覚えがある。
先に寝とけ、とか言われたんだっけ。どうだったかな。
だから、冷めてもおいしいご飯を作っておこうと思ったんだけど……。
やっぱり思いつかないので、今日はお姉ちゃんを待ってから作ろう。
授業の内容も覚えてるし、ちょっとくらい寝不足でも平気だよね。
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6月✕日
学業も家事もばっちり。
でも肝心なメンバーが集まらない。
部活に入ってる子が多くて誘いづらいのもある。
帰宅部でもいいけど、初対面で会って誘うのは難しい。
楽器の経験があれば……と思うのは高望みかな。
リョウは今のバンドが気に入ってるみたい。
私も早くメンバーを集めたいなあ。
中学時代に組んでたメンバーは、音楽をやめた子もいる。
サポートで入るのは慣れたけど、やっぱり自分たちのバンドを組みたい!
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7月○日
全国模試の国語で満点を取ったみたい。
みたい、というのは全然実感がないから。
自覚がないまま流されて、ささやかだけどクラスで表彰された。
難しいテストだったから、授業で復習をした記憶がある。
リョウに教えるために読み込んだ問題と解き方は、案外しっかりと覚えてた。
いい機会だったから、その場を借りてメンバーを募集してみた。
何人から反応があって、今度話をする予定になった。
うまくいくといいな。
リョウは応援してくれた。
お姉ちゃんに伝えたら興味なさそうだった。さびしい。
今回は一応リョウのおかげだし、帰りにアイスを奢った。
気兼ねなく満点を取ってね、とか言われたけど、表彰されて舞い上がってるように見えたに違いない。
なんか恥ずかしいな。
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7月△日
ぐぇぇ。メンバー加入者ゼロ。
反応してくれた子たちは、どうやらバンドのことよりも私が勉強を見てくれる方に興味を持ってたみたい。
成績のよさをアピールした結果に留まっただけ。発表の場が悪かったかあ。
リョウがフォローしてくれたけど、舞い上がってたのは私だけだった。
お姉ちゃんは今更模試の結果に気づいたのか、びっくりしながら褒めてくれた。
面白い光景だったから、ケーキ食べたいって言ったら本当に買ってきてくれた。
それが今日のハイライト。いい思い出。
ありがとうお姉ちゃん。
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「バンドのほうじゃなかったのかぁ」
「私は知ってた」
「言ってよぉ〜」
机に突っ伏して嘆く虹夏の姿を見るのは、高校に入ってから何度も見た光景だった。
動物みたいに小さく唸る姿は小動物みたいで弱弱しい。
募集に反応したクラスメイトたちが、バンド目当てじゃなくて虹夏目当てなのは明白だった。
勉強を見てほしい、なんて理由を挙げれば、虹夏は断われない性格だ。
それを数ヶ月で見抜かれたのは、虹夏の落ち度ではないと思う。
「まあ、メンバーの募集を知ってる人が増えるのはいいことだよね」
「サインも考えとかないと」
「それは気が早い」
端的に言って、虹夏は雰囲気が変わった。
以前は落ち着きがなかった……というと語弊があるが、もう少しエネルギッシュだったような気がする。
不安なときは不安そうに、嬉しいときは嬉しそうに、はっきりと感情表現をしていた。
今は、ちょっと淡白になった。
面白くないとは思わないが、追いかけていたバンドが突然路線変更したときのような、寂寥感に似た衝撃を覚えた。
ときどき未来を見てるような、達観した表情をしているときもある。
もしかすると、私の性格が感染ってきたのかもしれない。
それは、私のせい?
「どしたの?」
「凄いことに気づいたけど、虹夏には内緒」
「そっか。また今度教えてね」
「……気が向いたらね」
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8月○日
そろそろ、リョウが中学から続けてたバンドを抜けるはずだ。
ライブ中の知らないバンドの、ギタリストの冷めた瞳を見て思い出した。
お客さんにドリンクを渡した後、あの人と不意に目が合ったんだ。
お店の前で少し揉めてて、お姉ちゃんが対応してくれたんだっけ……。
典型的な音楽性の違いというやつで、部外者の私には何も口出しできない。
夢で見たリョウは、抜けたあとは無気力だった。
音楽や楽器への興味は薄れてなかったけど、バンドをもう一度組むことはないくらいに、中途半端に燻ってた。
……もしかして、今なら何かアドバイスができるかもしれない。
リョウがバンドを続けてくれるのは、素直にうれしい。
贔屓目に見ても、リョウの迷いのない音楽は好きだ。
なんとかできないかな。
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8月✕日
うれしいことひとつめ、夏休みになった。
うれしいことふたつめ、リョウがバンドを続けてくれた!
紆余曲折あったけど、今は方向性を探ってる段階だって納得してくれたみたい。
せっかく組んだバンドなんだから、長続きしてくれたほうがいい。
でも、本当にしんどくなったら抜けてもいいんだけど。
思い返してみれば、私のエゴで誘導した感じだ。
本当にこれでよかったのかな。自信なくなってきた。
しかも、私はまだメンバー集めの真っ最中だし……。
最近増えてるのは友達の連絡先ばっかりだ。
惜しいのか、そうでないのかはわからない。
友達の連絡網からメンバーを募集するしかないか!
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8月△日
リョウがやっぱりバンドを抜けた。
やっぱり、私のお節介だったみたい。
夢で見たときよりも、関係がこじれてしまったようだ。
リョウはすっきりしたって言ってるけど、私はそんな風には思えない。
この夏はSTARRYで、リョウの演奏が聴けると思ったのに。
仕事に身が入ってないって、お姉ちゃんにも怒られた。
なんでもできるような気がしてたけど、そんなわけなかった。
知らない方に進んだら、私の手には負えないに決まってる。
私の対応できる範囲は、私の知っていることだけ。
持っている情報は、ひどく曖昧だ。
その優位性に寝転がって何もしないまま、もう半年が過ぎた。
私の対応できる範囲は、私が、知っていることだけ。
じゃあ
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「じゃあ、いつまで経っても進めないじゃん……」
ぽつりと呟いた言葉は、夜の暗闇に飲まれて消えてしまった。
私が知っている情報なんて、たかが知れてるのに。
夢の中で見た夢のように、あまりにも不確かで儚い記憶が滲む。
あのときの私の気持ちが鮮明に思い出せるのは、それが夢じゃなかったから、だったとしたら。
「そんなわけ、ないよね」
途中まで書いた日記帳の文字を消す。
その行いは、私の歩みも消しさってしまうような罪深さを感じた。
電気を消してベッドに入る。
眠りにつくまで、穏やかな未来のことを考える。
逃避にも見えたそれは、この非現実から逃れる唯一の行いだった。
その一連の動作を続けて、続けて、つづけて。
痺れるような瞬きが増えて、ふえて。
わからないことを理由に、にげた。
そして、誰も知らないはずのあの日がまたやって来た。
「結局、集まらなかったなぁ」
私は、あっという間に高校生活を食いつぶしてしまった。
遠巻きに見ている友人たちの声に、少しだけ憂鬱になる。
何を間違えたんだろう。
だけど、しょうがない。
漠然とした将来の不安は尽きないけど、大学でもメンバーは集められる。
「よーし、やるぞ!」
私の夢は、まだまだ始まったばかり。
リョウもようやく振り切れたみたいで、そろそろ次のバンドを組む予定らしい。
私も頑張ろう。
心機一転して卒業式を終えた私の、次の日。
「……うそ」
目覚めると、日付は変わっていた。
長い夢から覚めるように朧気なはずなのに、ひどく鮮明に映った。
差し込まれた日差しには、温かみを感じない。
味わったことはないけど、二日酔いっていうのはこんな気分なんだろうか。
甘ったるい頭痛と穏やかな吐き気。
髪を結う指先に伝わる落ち着いた震え。
切った紙の端と端を繋いで、テープで止めた輪っかみたいだ。
そんなチープで単純な光景に懐かしさすら覚えた。
捲られたカレンダーが呆気なく捨てられる。
味のしない朝食を、漫然と口に運んで気づく。
また、ここだ。
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4月○日
高校を卒業した夢を
夢なんかじゃない。現実だった。
これから始まることは知ってる。何があって、どうなるか。
それは、私ひとりの力じゃどうしようもないのかもしれない。
でも、始まったことは止められない。
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神様にお願いすらしたんだ。
もう一度あの頃に戻れたら、やり直せたら、って。
そう願ったら、今日になってた。
じゃあ、夢を叶えなければ、どうなるの?
「虹夏……何かあった?」
「あっ、わかる? 心機一転して頑張ろうと思って」
「ふーん、そっか」
「聞いたくせに興味なさげなの、おかしくない?」
リョウの言葉に軽口を返す。
見知った通学路を横切る黒猫と目が合う。
春の香りに真新しい制服。
キズのないローファーにカバン。
見覚えがありすぎる全てに目眩がした。
「今回こそ、うまくいく」
その音は、喉から出たはずなのに、頭の中に反響して消えなかった。
・虹夏ちゃん
夢だけど夢じゃなかった! っていう気分。
・リョウ
虹夏の雰囲気がなんか違うな~くらいの気分。
最後まで見てくれるとうれしいです。