そこは失敗だらけの虹夏ヒストリーだよ   作:ファン2023号

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虹夏ちゃんが曇る話。
でも最終的に原作に繋がります。


Loop3 焦り

 

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4月△日

 

前と同じ小テストがあった。私が前に満点を取ったテストだ。

リョウには範囲を教えるついでに、少し大きめの声でアピールした。

早めにバンドメンバーを集めたいから、ちょっとだけ露骨に。

 

変な人だって思われてるかもしれないけど、リョウはそれ以上に変だからいいか。

いや、よくないかな? まあいいや。

 

出題範囲を教えたのに、なぜかリョウの点数は悪かった。

なんで?

 

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「そことそこ、抑えてればいいと思う」

 

「虹夏先生の教えを信じる」

 

「うむ、信じなさい」

 

 

なぜか自信に満ちた様子で告げる虹夏は、どことなく挙動が怪しかった。

慣れない通学路なのに抜け道を知ってたり、校内を淀みなく歩いたりする。

 

どこか決意に満ちたような、覚悟を決めたような強い表情をする。

かと思えば、取り繕うように普段通りに戻す、なんてローテーションを繰り返していた。

 

 

「虹夏」

 

「なに?」

 

 

そんな挙動はどうでもよくて、単純に顔色がよくない。

無理をしているような振る舞いに、私は指摘するべきかを逡巡した。

 

少し遅れ気味だけど、高校デビューというのを華々しく飾りたいのかもしれない。

変わりたいという欲求は誰にでもある。

今のバンドでも、そういう話が出たことがある。主に、私以外の口から。

 

ただ、目の前の屈託のない表情を浮かべる姿は、そういう感情のベクトルとは異なるような気もして、躊躇いが生じる。

 

 

「なんでもない」

 

「えー、なんだよぉ」

 

 

普段通りな気もする。でも違う。

こんなにも近いのに距離感を測りかねるような違和感。

 

迷っているうちに、先生がドアを開けた。

座席に着きはじめ、徐々に静まる教室。

そんな中に差し込まれた声は、異様なほどよく通った。

 

 

「あー、バンドやりたい人、いないかなあ」

 

 

 

 

 

 

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6月×日

 

今日は軽音楽部に勧誘に行ってみた。

結果は……メンバーがひとり確保できた!

ギターが弾けるしボーカルもできる!

これで一歩前進だ!

 

と思ってたけど、仕事中に浮かれすぎてリョウと一緒に怒られた。

一歩後退……。

 

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6月□日

 

バンドメンバーがひとり抜けた。

親の都合で転校することになるんだって。

リョウが気を利かせてくれたのか、即席でセッションだけした。

 

なかなか合わなくて音はバラバラだったけど、楽しかった。

いい思い出になった。

 

ただ、リョウに比べると私もまだまだだ。

しっかりリズム感を覚えよう。

 

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7月○日

 

全国模試の日!

 

……だけど私は病院にいる。なんで?

お姉ちゃんに聞いたら、ダイエットのしすぎだって言われた。

そんなのしてないんだけど?

 

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「……」

 

 

点滴に繋がれた虹夏の姿は、涙でぼやけてよく見えなかった。

学校で倒れたって聞いたときは、心臓が止まったかと思った。

仕事が夜からで良かったと、つくづく思う。

 

医者であるリョウの親から言われたのは、栄養失調による貧血。

大事には至らないとも聞いたが、内心は穏やかではいられなかった。

 

虹夏は最近、わざとかどうかは知らないが、食べる量が減っていた。

話によると、バンドメンバー集めに必死らしい。

私より真っ青な顔をしたリョウが……他でもない間近で見てきた幼馴染が言うんだから間違いない。

原因はそれだ。

 

身じろぎしてシーツが揺れる。

目を閉じたままの制服姿の虹夏が、眩しそうに目を細めた。

 

 

「んん……あ、れ? お姉ちゃん……?」

 

「おはよう。調子はどうだ」

 

「……わかんない。私、倒れたんだっけ」

 

 

身振りは普段通りにしているが、顔色が優れない。

思考も纏まらないようだ。

 

無理をさせていたのに気づかなかった自分に腹が立つ。

握りしめた拳に、静かに力が加わった。

店の仕事で多忙だとはいえ、夢のバトンを託す相手を見失うほど馬鹿なことはない。

 

何かに耽溺するような思考は姉妹そっくりだと、後ろ指を指されている気分だ。

そんな継ぎ接ぎした取り繕った私の笑顔に、虹夏はぎこちない笑みを返した。

 

 

「お姉ちゃん、顔怖いよ」

 

 

笑えてなかったらしい。

強引に両手で顔を揉み解す。

 

せめて言葉だけでも、マシな伝え方をしよう。

 

 

「うるせぇ。それより、倒れたのはダイエットのしすぎだって言われたぞ」

 

「えぇ……? してないよ?」

 

「いいから。メシ、ちゃんと食えよ」

 

「うん……食べてたはずなんだけど」

 

 

点滴の雫が落ちる音すら鮮明に聞こえる。

ふたりもいるのに、家で過ごしている時のような言葉も音も聞こえない。

あまりにも静かな空間が、異質さを浮き彫りにさせる。

 

 

「あぁ……今日、模試がある日なんだよね」

 

 

静寂を破る呟きは、あまりにも場にそぐわないものだった。

遠くに投げるはずのボールを、投げる前に取り落としたような、軽い失敗を嘆くような気軽さ。

それは僅かに、諦観の色を含んでいた。

 

 

「成績に関わる試験じゃないんだろ。気にしなくていい」

 

「うん。でも、満点取りたいなって思ってたから」

 

 

その強気な言葉に違和感はなかった。

なぜなら、私とは違い、虹夏の成績は伸びていたからだ。

 

将来の夢も叶えられるよう、なるべく勉強は出来たほうが良い。

ただ、その実力に裏打ちされたであろう自信は、どこか他人事のようにも聞こえた。

 

 

「満点だったら、お姉ちゃんに……ご褒美に、ケーキ買ってもらおうと思ってたから」

 

「そんなの、いつだって買ってやる」

 

「それじゃあダメなの」

 

 

何が、と言う声は黙殺された。

虹夏の眼差しはそれくらい、ステージに立つ誰かを思い出すくらいに、危うい鋭さを覗かせていた。

 

 

「ダメなんだ、それじゃ」

 

 

 

 

 

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8月×日

 

最近、リョウが目に見えて過保護になってるような気がする。

学校でもぴったりくっついて離れなかったし、夏休みの今も家にもよく入り浸るようになった。

ちょっと可愛げがあるようで、やっぱりないような気もする。

最近暑くなってきたからなぁ。汗をかく時期は気になるので距離を離してもらいたいな。

バイトのシフトを増やしてくれるのはうれしいんだけど。

 

お姉ちゃんも、用事がない日は早めに家に帰ってくるようになった。

ご飯もしっかり食べてるし、もう倒れたりしないんだけどなあ。

 

バンドメンバーは増えたり減ったりしている。

一番多かったのは四人だ。未経験の子も居たけど、楽しかった。

 

リョウいわく、私に会いたいから集まってるって話だけど……私にそんな魅力ある?

バンドよりもアイドルのほうが向いてたりして。そんなわけないか。

 

ドラムを叩けるロックアイドルとか、ないかな?

でも私、踊れる自信あんまりないな。

 

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8月□日

 

ドラムの練習で動画を見てたら、ギターの動画もおすすめに入ってた。

動画を投稿するくらいだから、やっぱりうまい人が多い。

うちのバンドにも、こんな風に上手な人が入ったらいいのに。

 

そうなると、私ももっとうまくならなきゃダメだ。

繰り返し蓄えた知識はあるけど、腕のほうが思い出してないみたい。

筋トレするかぁ。むきむき。

 

そういえば最近、リョウが練習してる姿を見ない。

ベースが泣いちゃうぞ~、なんて言ったら鼻で笑われた。むかつく!

 

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9月□日

 

いつも連絡を取り合ってた、転校したギターの子から重大な報告があった。

近々、こっちに戻ってくる予定があるらしい。

 

その期間は、高校の文化祭の時期とばっちり噛み合う。

リョウに相談したら、私と同じことを考えてたみたい。

 

これは、一日限りの再結成が……ある!

 

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10月○日

 

文化祭でライブすることになった!

リョウも、自分のバンドは文化祭のステージに立つ予定はないから暇なんだって。

時間もそれほど多くないけど、有名な曲のコピーならできそう。

とりあえず合わせる時間を作って、練習して……。

 

一歩どころじゃなくて、百歩ほど前進だ!

これから忙しくなるぞー!!

 

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10月×日

 

文化祭に向けての準備は順調。

ステージの時間も決まって、ちょっとだけ確認しに行った。

 

STARRYみたいに設備が整ってるわけでもないし、次に続くバンドもない。

だけどこれが、私の夢の足掛かりになる最初のステージだ。

 

うまくいくと、いいな。

 

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10月△日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しっぱいした。

 

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「虹夏……!」

 

「いやー、やっちゃった」

 

 

虹夏の表情は、不自然なまでに明るい。

右手に巻かれた包帯が、その傷の重さを如実に表していた。

 

 

「割れたコップって、あんなに切れるんだね」

 

 

後遺症や傷跡は残らない、らしい。

何かを握るような動作は、しばらくはできない。

 

だから、直前に迫った文化祭ライブの参加は、できない。

 

 

「いやぁ、あの子にも謝らないとね」

 

「虹夏」

 

「字もうまく書けないから、リョウが代わりにノート取ってよ」

 

「虹夏っ!」

 

「……どうしたの、リョウ。顔、怖いよ?」

 

 

虹夏には、こっちの真剣な表情を茶化すくらいの余裕があった。

この数週間の間に、どれだけの熱意と想いが込められていたか、私にはわかっていたはずなのに。

虹夏がこんなことで泣いたりする性格じゃないのは、知ってたはずなのに。

 

頬を伝う何かが、夏の夕陽に溶けて消える。

手を縛る無機質な白と、それを照らすぞっとするような赤さの対比が、グロテスクにすら思えた。

 

 

「ごめんね」

 

「違う。虹夏は悪くない」

 

「ううん、ごめん」

 

 

そっと隣に寄り添われる。

この時期に感じる体温は熱い。

燃えるよりも冷たく火を放つ虹夏の気持ちは、既に決まってしまっていた。

 

虹夏と、文化祭で演奏するのが楽しみだった。

それを見透かされた。

後ろで虹夏がドラムを叩く姿は夢にまで見た。

その負担を強いた自分の気持ちに、今になって気づいた。

 

 

「また次があるよ」

 

 

そう言った虹夏の表情は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。

 

普段と逆の方にかけたカバンがずり落ちる。

虹夏は不慣れな手付きでそれを戻すと、傷ついた手を隠すように背中へ回す。

あまりにも儚げで、どこかへ消えてしまいそうになる姿に、思わず声をかけてしまった。

 

 

「次って、いつ頃の予定?」

 

「うーん……二年後くらい!」

 

 

やけに具体的な数字に面食らった。

順当に行けば、私たちが高校を卒業した後くらいの時期になる。

 

その時、私は虹夏の隣に居られるのだろうか。

 

不安を潰して隠すように、いつものように手を繋いだ。

この焦げて燻った、捉えようのない気持ちが伝わればいいな。

なんて願いながら。

 

 

「私がついてる」

 

 

ぼやけた夕焼けに投げかけた言葉は、頼りない力強さを見せびらかして、あっさりと消えた。

そんな情けない悲鳴に対する幻聴が聞こえたのは、たぶん気のせいだ。

 

 

「……ありがと」

 

 

 

 

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11月×日

 

てのけがは、なおりつつある。

まだいたいけど、ましになった。

 

ほうちょうはにぎれる。ペンはまだいける。

こまかくうごかすと、やっぱりいたい。かんじはつらい。

 

リョウがまえより、わたしのへやによくくる。

ごはんのよういもあるから、はやめにいってほしい。

 

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11月□日

 

さいきんは、どうがをよくみる。

ギターとか。ドラムとか。いろいろ。

げんきがでるから。

 

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12月△日

 

手の怪我はほぼ治った。ドラムもたぶん叩ける。

たぶんというのは、技量的な面ではなく、精神的な面での保険だ。

うまく叩けるかというと、さっぱり自信がない。

でも僅かに手が震えるのは、寒さのせいだ。

冬休みに入って時間は山ほどあるのに、気持ちがドラムに向かない。

 

リョウは、私の前で音楽や楽器の話をしなくなった。

お姉ちゃんも同じような感じ。

 

私は夢を諦めるつもりはないし、諦めた経験もない。

今回はいい感じだったから、その流れを覚えていれば次はうまくいく。

でも、今回はダメだ。

 

ベースを弾かなくなったリョウ。

言わないけど、バンドを抜けたのは知ってる。

 

それは私のせいだ。

 

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4月○日

 

無事に進級した。

クラスはまたリョウと同じだった。

去年なら、クラスメイトの席順や名前は覚えていたのに、今年は曖昧だった。

創作でよく聞くタイムパラドックスなんかが起こっているかどうか、それすらわからない。

リョウの席は覚えてるんだけど……。

 

私の世界の半分くらいはリョウが占めてる。部屋に私物も増えてきたし。

このままじゃまずい。クラスの子とも交流を深めたほうがいいかな。

 

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4月△日

 

告白される回数が増えた。

毎日じゃないけど、結構な頻度でラブレターをもらう。

 

モテモテ、なんてリョウからは言われるけど、あんまりうれしくない。

なんでそうなってるかもわかんない。

 

今回は夢を追わないことにしたけど、恋人を音楽の代替品みたいに扱うのが嫌で、ずっと断ってる。

ごめんね。

 

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5月○日

 

すごい動画を見つけた。

guitarheroってアカウントの演奏動画だ。

 

音楽の話題を避けてるリョウには話してないけど、それはもうすごかった。

人を引き付ける音で、誰にも媚びなくて、真っ直ぐなギターだった。

知ってる情報から安全なところに向かう私とは真逆。

 

いいな。

この人みたいに気持ちよく演奏してくれる人が、私のバンドに入ってくれたらなぁ。

一緒に演奏してみたいなぁ。

まあ、もう有名になってるから無理だと思うけど。

 

……もしかして有名になる前なら、チャンスがあるかも?

なーんて。

 

どこに居るかもわかんないし、現実的じゃない。

まあ、私の体験そのもの現実的じゃないんだけど。

 

次の卒業で、この体験が終わったら、いやだな。

 

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「あっ、わっ」

 

「わーっと! ご、ごめん! 怪我してない?」

 

 

お店から誰かが出てきてぶつかった。

見覚えのない制服姿の、リボンが似合う同年代くらいの女の子。

 

万年ジャージの陰キャには不釣り合いすぎる笑顔と声。

私の方は大したことないけど、買っていたらしいお菓子が散らばっていた。

 

 

「すすす、すみません!」

 

「あっ、いいよいいよ。私が悪いんだし」

 

 

片方に結ったサイドテールが尻尾みたいに揺れる。

眩しすぎる笑顔に焼かれる私。歩くだけで迷惑をかける女。

前髪で顔が隠れていなければ、顔を向けることすらできなかっただろう。

 

私がもたもたしていたうちに、人が集まってきた。

散歩していたお姉さんも、近くにいたおじいさんも、走ってくる子供も。

彼女は地元で有名らしく、色んな人が拾うのを手伝ってくれていた。

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

それに対して、気持ちよく返す彼女の姿が鮮明に映った。

私がなにか失敗をして、フォローしてもらっても、あんな風に笑えるだろうか。

 

いいな、なんて羨望の眼差しを向けること自体が愚かにも思えた。

 

 

「ごめんね。全部拾えたから大丈夫だよ」

 

「あっ、いっ、いえ、スミマセン、スミマセン……」

 

「いいんだって! もう、そんなに謝らないでよ〜」

 

 

おどおどしている私にも気を使ってくれている。

申し訳なくなる。消えてしまいたくなる。

 

陽キャ特有の距離感が、私には息苦しい。

今にも溶けて消えてしまいそうになる。

 

それもこれも、学校帰りの生徒が群がる人気店の行列を避け続けてしまったせいだ。

避け続けて、帰り道を大きく逸脱して、こんなところまで来てしまった。

 

そうやって何かに導かれた結果、人とぶつかって迷惑をかける。

人を割って進めない悲しい性。つらい。変わりたい。

 

自責の念に駆られる私に、目の前の女の子は手を叩いてアピールする。

 

 

「そうだ。ここで会ったのも何かの縁だよ! これあげる!」

 

「えっ、なっ」

 

 

唐突に袋を破る音が聞こえた。

手持無沙汰に下げていた手を取られ、そこに個包装されたお菓子が載せられた。

食べやすい、一口サイズの小さなチョコレート。

突然のささやかなプレゼントに戸惑いが押し寄せてくる。

 

私からもお返しをするべきなのでは……!?

身につけているもので最も高価なもの。抱えていたケースに手を回す。

 

 

「わっ、私には、これしか……」

 

「ええっ、ギター!? いらないいらない!」

 

「じゃあ、これとか……」

 

「あ、これ流行りのバンドのラバー……じゃなくて! 何もいらないって!」

 

 

こっちが迷惑をかけたのに、無償で?

天使か女神か、そのあたりの存在?

 

私の淀んだ視線が、人を見るそれから崇める存在を見るものに変わりつつある。

じゃあそんな存在に怪我を負わせかけた私の罪状って何?

国家レベルで裁ける罪じゃなさそうだ……。

 

 

「そんなにお返しがしたいなら……そうだ。また今度私が困ってたら助けてね」

 

「えっ」

 

「じゃあ、そういうことで。またねー!」

 

 

これが貸しだ。

そう宣告されたような気が……いや、本気で気にしてないようだった。

 

駆け出す彼女を引き止めることも叶わず、小さくなってゆく光景を見続ける。

陽キャデビューに失敗し、誰にも声をかけてもらえなかった私に、なし崩し的にとはいえ話してくれた人。

ケースだけでもギターのことがわかってたし、バンドのことも知ってるようだった。

 

 

「もしかして……」

 

 

もしかすると、可能性があるかもしれない。

いや、これは陰キャ特有の偏向した思考だ。

でも、お返しもしなくちゃいけないから……。

 

路地へと逃げ込みながら、周囲を見回す。

周囲に広がるお洒落な店舗。

楽器を抱える人、学校帰りの集団。手に持ったよくわからないドリンク。タピオカ。

渦巻く思考が恐怖を加速させ、やがて人の姿を保てなくなる。

 

 

「週に一回……いや、月に一回くらい、来てみようかな。いや、やっぱり……」

 

 

 

 

 

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5月×日

 

今日はギターを持ってた子を見た。

いっぱいバンドのグッズもつけてたし、かなりの経験者のようにも見えた。

だけど、急いでたから名前を聞いてなかった。

 

まあ、ジャージだったしこの辺に住んでるのかもしれない。

次の機会があれば、バンドに誘ってもいいかも。

 

高校生活も残り二年を切った。

この短い期間のうちに、なんとかして

 

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「いや、今回はダメだよね」

 

 

書いた文字を消すのにも慣れた。

握った手には、もう痛みはない。

それでも、どこかが強く傷んでいるような気がした。

 

 

思いのほか、精神的な疲労は少なかった。

何度やってもうまくいかない、なんて回数じゃないからかもしれない。

やり直しているうちに、なんとなく結末が見えてきたからかもしれない。

 

 

「次のために、色々用意しとかないと」

 

 

沸かしていた鍋が揺れる。

それを思い出して、ペンを置いてコンロまで寄る。

昆布と鰹節がきいた出汁のいい匂いが漂ってくる。

 

お姉ちゃんの今日の帰りは遅い。

これはリョウの分のご飯だ。

 

スマホをいじってごろごろしているはずのリョウに声をかける。

振り向くと、なぜかすぐそばに来ていた。

 

 

「リョウ、ご飯できたよ~……って、うわっ近っ」

 

「今日はうどんだ」

 

「立ってるならお皿とって」

 

「わかった」

 

 

 

 

そうして一日が、一週間が、一月が、一年が過ぎた。

 

 

 

 

 

 

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4月◇日

 

四回目だ。

 

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「……虹夏?」

 

「あっ、そうか。ごめんごめん」

 

 

リョウの言葉に思い返す。

今は別に、手を繋ぐことはなかったな、と。

慌てて離した手を隠す姿を見て、リョウは口元に弧を描いた。

 

 

「噂とかされたら、恥ずかしいし」

 

「登校初日に噂も何もないでしょ」

 

 

見知った通学路を横切る黒猫と目が合う。

 

春の香りに真新しい制服。

キズのないローファーにカバン。

 

見覚えがありすぎる全てに、何も思うことはない。

 

 

 

「今回は、どうかな」

 

 

その音は、喉から出た。

やけに機械的な口振りは、どこか他人事のように聞こえた。




・虹夏ちゃん
 気持ちが焦りすぎて失敗続き。ロックと引き換えに社交性を得た。
 心理的な疲労がデカい。


・リョウ
 夢を諦めた虹夏ちゃんが消えてしまいそうで必死に繋ぎ止めてる。
 心配だから常にそばにいるし手も繋ぐ。料理中も近くにいる。


・店長
 妹が切羽詰まってて心配。家事も手伝うようになった。


・ジャージ姿の陰キャ
 帰り道が塞がってて迷って下北に辿り着いた謎の人物。その正体は──?


・ギターの子
 今回の結束バンド(予定)のボーカル兼ギタリスト。原作に居ない人物。
 虹夏ちゃんの夢を応援してくれている。
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