そこは失敗だらけの虹夏ヒストリーだよ   作:ファン2023号

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虹夏ちゃんが逃げます。
逃げたドラマー!!


Loop? 輝き

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4月×日

 

学校を休むことになって一週間が経った。

今でもまだ、ご飯が食べれらなくて、スティックがうまく握れない。

お姉ちゃんが心配してたけど、無理矢理説得して事なきを得ているのが現状だ。

 

たぶん、無理をしてたんだと思う。

だから今回はお休み!

 

今回で終わるかもしれないけど、それはそれでいいのかも。

次から私は、自分の夢にちゃんと向き合えるかどうかわからないから。

 

これは最後のずる休み。

私の気持ちに区切りをつけるための儀式だ。

 

そう思わないと、うまく笑えない。

 

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4月□日

 

久々の学校!

登校からずっと、リョウがぴったりくっついて離れなくなった。磁石みたいだった。

せめてお弁当を食べるときくらい手を離してほしいんだけど、あんな表情をされたら何も言えない。

普通の風邪だって言ったのに、私ってそんなにわかりやすいのかな。

 

あぁ、また迷惑をかけてる。また心配させてる。

何も変わってない。何も進んでない。

 

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5月×日

 

ドラムの練習はまだできてない。

手が震えるから。

 

ギターヒーローさんの動画は欠かさずに見てる。

まっすぐな音色を聞いていれば、気持ちが落ち着くような気がするから。

たくさん努力しているんだろうなって伝わってきて、その姿を見ていると安心できるから。

早く新曲出ないかな。

 

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6月△日

 

STARRYでの仕事もかなり慣れてしまった。

何度も繰り返したことで、事前に起こるトラブルは予測できる。

でも、少し先に起こる出来事は、靄がかかったようにはっきりとは思い出せない。

 

もう終わりなのかもしれない。

迫りくる終わりを思うと、つい安心してしまう自分が嫌いだ。

 

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7月○日

 

模試があった。高得点だった。

進学する予定はあんまりない。卒業したらSTARRYに面接なしで入社だ!

未来は明るいね! なんてね。

 

お姉ちゃんは私の容態を、私以上によくわかってるのかもしれない。

夢を託した私がどうなってるのか、私以上によく知ってた。

 

だから、託されたバトンを返そうと思う。

バンドを再開してほしいってお願いしたら、真剣な顔で考えてくれてた。

ということで、今度はお姉ちゃんの夢を応援する番だ。

 

経営とか、覚えなきゃいけないこともたくさんあるんだろうな。

でも、今の私に差し出せるものは時間くらいしかない。

 

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7月△日

 

お姉ちゃんが各所に謝って、もう一度バンドを復活させた。

もちろん私も精一杯手伝った!

思ってたより早く復活して、思ってたよりみんなの仲が良くて安心した。

 

現役時代はレーベルから声を掛けられたりしたって言ってたし、すぐに有名になるかもしれない。

私も裏方からフォローするぞ!

 

私の中で思い出になってたケーキを記念に出したら、お姉ちゃんは喜んでた。

もともとお姉ちゃんからもらったもののお返しだから、複雑な気分だ。

前に買って来た理由って、なんだっけ?

覚えてないなら大したことじゃないのかもね。

 

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8月×日

 

夏休みシーズンに入って、STARRYは賑やかになった。

お姉ちゃんのバンド目当てに来てくれる人が増えてるのは一目瞭然だ。

ライブが終われば喧嘩ばっかりしてるけど、順調なようで安心安心。

 

それとは別に気になることがあった。

 

介抱した廣井さんに心配された。

私ってそんなにヤバそうなの……?

自信なくなってきた。もとからあんまりないけど。

 

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まどろみに包まれている。

温かく、穏やかな波の中で揺られている気分だ。

 

 

「……あれ」

 

 

目を覚ますと、路上じゃなかった。

いつも着ていたワンピースではなく、少し小さめなパジャマに身を包んでいる。

少し頭が痛むのは、二日酔いの残りだろうか。

 

 

「ここどこ……いや、知ってるような気が……」

 

 

自分の声に頭を痛めながら、周りを確認する。

パステルカラーに彩られたベッドに、いくつかのファンシーなぬいぐるみ。

おしゃれな古着が並んでいるハンガーラックがあれば、その隣に私のベースも置いてあった。

部屋の隅には、家族で撮ったらしい写真がぶら下がっており、エアコンの風で無造作に揺られていた。

 

 

「あっ、廣井さん。起きました?」

 

 

ドアが開いて、部屋の主が姿を見せる。

なるほど、妹ちゃんの部屋だったかと、合点がいった。

 

学生にしては異常なまでに落ち着いた彼女は、中学生までの熱量をどこかへ置き去りにしてしまったように音楽から離れてしまった、らしい。

先輩の口から聞いたそんな事実は、私にはあまり想像がつかなかった。

 

ポケットに手を伸ばそうとして、いつもの服じゃないのに気づく。

今はアルコールに逃れられない。

 

 

「いやー、ごめんね。着替えまでさせちゃって」

 

「シャワー浴びたあとにそのまま寝てたから、仕方なくですよ」

 

 

やや渋面を作った彼女の口ぶりは、やはり落ち着いていた。

お酒たちが洗濯機の中で目を回していないかと気になる私に、リビングに置いてあると伝えるくらいに。

 

エプロン姿の彼女は私の隣に腰掛ける。

ベッドのスプリングは軋まなかった。

半袖の服の隙間から見えた手は白く、折れてしまいそうなほどに細い。

 

 

「もう少しでご飯が炊けますけど、食べていきます?」

 

「えぇ? そんなにしてもらうわけにも……」

 

「昨日の服、まだ乾いてないですよ」

 

 

お言葉に甘える以外の選択肢はなかった。

その仕草はなんとも手慣れていて、こうやって人を魅了するんだろうな、なんて手練手管を間近で見てしまった。

何を隠そう、彼女はSTARRYの看板娘なのだから。

 

先輩が言うには、妹ちゃんは人の心を読んだようなことを言うことがある、らしい。

それによって未遂のまま解決した問題は数知れず。

先輩が辞めたバンドにすんなりと戻って再結成できたのも、たぶん妹ちゃんのおかげだろう。

 

事実として、私の身柄をここに拘束することで、今日の私はライブに遅刻せずに済むだろう。

体験したことで、彼女の持つ不思議な予測力が気になってくる。

 

声を掛けようとして、一瞬だけ戸惑った。

暗転した彼女のひび割れたスマホの画面に反射した、仄暗い瞳の色に。

 

じっと何かを待っている……ようには見えない。

ただ、鏡に映る自分を見つめているように見えた。

 

その姿が、ライブ前に緊張で苦しんでいたときの自分の姿と重なった。

……いや、それ以上か。

 

あまりにも儚げな姿に、言葉が口をついて出た。

 

 

「……どうしたの? 電話待ってる、とか?」

 

「ああ、いえ……。そうだ、廣井さん頭痛薬とか飲みますか?」

 

「頭痛薬?」

 

 

妹ちゃんはぼーっとしていたのもつかの間、足早に薬箱を持ってきた。

その中には、いくつかの絆創膏とたくさんの薬が入っている。

一般家庭で使うにはあまりにも多すぎる種類に、思わず目がくらんだ。

 

薬はあまり好きじゃない。でも、飲むときは飲む。

でも、今はタイミングがよくないらしい。

アルコールに残された口づけが色濃く残っているせいだ。

それを見ると頭がさらに痛くなってくる。

苦手なにおいに鼻をつまみながら、適当な答えを返した。

 

 

「じゃあ、妹ちゃんがいつも飲んでるやつとかで……」

 

「それなら、これとこれ……あとこれと、これですね」

 

 

そんなに飲んでるの、という言葉を飲み込んだ私を褒めてくれる人はどこにもいなかった。

私にとってのお酒が、彼女にとっての薬なんだ。

これは重たいから食後の方がいいですよ、なんて薬にもならない優しい助言を聞き流しながら、私はなんとか答えをひねり出す。

 

 

「……私でもよければ、話聞こうか?」

 

「……えっ?」

 

 

 

 

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9月○日

 

今日は台風のせいで、急遽仕事が休みになった。

お客さんの相手に没頭してないせいで、考えなくてもいいことまで思いついてしまう。

そんなとき、私は動画を見るようにしてる。

 

ギターヒーローさんの動画を見てると安心する。

私みたいに迷いがなくて、憧れる。

 

憧れてるだけじゃ駄目なんだけどなぁ。

応援のコメントを残していても、もちろん返事はない。

 

動画の概要欄だけでは、私と違ってすごく充実した生活を送ってるみたいだ。

でも、逆に考えると、読んでわかるような上辺しかわからない。

 

どんな人なのか知りたい。会って話してみたいなぁ。

私みたいにじめじめして、すぐ逃げるような弱虫だったり、しないよね。

 

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10月□日

 

文化祭があった。

私もあのステージで演奏したんだ、なんて思うと感慨深い。

隣で別の出し物を見てたリョウにそう伝えたけど、覚えてるわけなかった。

変なこと言っちゃったな。

 

私が話してる途中、何か思い出したみたいな顔してたけど、何も言ってこなかった。

凄いことに気づいた、みたいな驚き方してたけど、何だったんだろう。

 

もしかして私、覚えてないだけでリョウにお金貸してたかもしれない。

今度聞いてみようかな?

でも、答えはなんとなく想像つくし、やめとこ。

 

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12月△日

 

冬休みだ。

リョウが家に来てごろごろしてるから、余計なことを考えなくて済んでる。

年越しそばは豪華なものがいいって言ってるから、何か案を考えないと。

 

最近はもう、未来の出来事で覚えてることは少なくなってきた。

だからかな? 今回は何があって、何がなかったのか区別がつかなくなってるのかもしれない。

 

でも、間違えて前と今が混ざった話をしても、リョウは適当に聞いてくれるから助かる。

リョウの乗りに乗った路上ライブの演奏、また聞きたいな。

 

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1月□日

 

お姉ちゃんのバンドが、アルバムを作ることになった。

まだインディーズに過ぎないけど、声をかけてくれた先はそこそこの大手だ。

メジャーデビューしたバンドも少なくない。

 

これで、私の夢は叶うかもしれない。

だったら、私の長い長い夢も、今回で終わりになるかもしれない。

 

今日だけは頭痛が止んだような気がした。

 

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3月○日

 

お姉ちゃんは遅くまで収録。リョウとふたりきりだった。

リョウはいつの間にかバンド活動をやめてしまったようで、フリーで楽曲を作ってるみたい。

その夢を応援したいって話をしたら、逆に私の夢について聞かれた。

 

答えられなかった。

 

私の夢は終わった。

じゃあ、次も考えなきゃいけないんだ。

 

考え中だって濁した私に、リョウは何度も聞いてきた。

真剣だったからちょっと怖かったけど、急に聞かれても答えなんて出るわけなかった。

でもリョウは、私の答えをいつまでも待ってくれるらしい。

 

どうしよう。

何か考えなきゃ。

 

……誰のために?

 

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5月○日

 

何を悩んでたんだろう。

何のための夢だったんだろう。

 

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ブランコに揺られていると、時間だけが過ぎていく。

世界に置いていかれるような、ひとりぼっちの空間。

本当は走って追いかけなきゃいけないのに、私はずっと後ろ向きで止まったまま。

 

こんなのだからいつまで経ってもバンドも組めないんだ。

大学に行けば組めるかな……そもそも大学に行けるのかな……。

益体のないことばかり考えているうちに、また世界に置いていかれる。

こんなにも広い世界なのに、私はひとりぼっちだ。

 

周囲を見てもひとりぼっちなのは私だけ。

遊びに来る子どもたち、家族連れ、学生集団、そしてひとりの女の子。

 

 

「あれ……?」

 

 

ひときわ目立つ、ベンチに座った黄色の髪の女の子。

あの子もひとりぼっちだった。

スマホを見てるわけでもなく、景色を眺めてる感じでもない。

傍らに置かれた鞄と身に纏った制服から察するに、同学年のようにも思えた。

 

私の中の知らない誰かが、彼女はもっと上手に笑えるはずだと告げている。

それは、わけのわからない直感だった。

 

抜け落ちた表情に視線を引かれる。

どうしたんだろう。

放っておけば、今にも消え去ってしまいそうな怖さがあって目が離せない。

 

知らない人のはずだ。どこかで会ったことも、会うような機会に恵まれることもない。

それでも、知らず知らずのうちに目を向けている。

 

 

「ん゛ん゛……」

 

 

そうは思っても、私に声をかけるだけの勇気と元気と度胸と、それから……とにかく何もかもが足りない。

ジャージの襟元をぐいっと上げて、何でもない風を装いながら観察する。

目が合わないようにしつつ、それでもなおしっかりと顔の向きだけを合わせる。

陰キャ生活十数年のキャリアが産んだ観察スキルは伊達じゃない!

 

 

「……あっ」

 

「ゔアッ」

 

 

すぐ気づかれた!

なんで? 完全に気配は消して────

 

 

「あ」

 

背中に聳えた黒い柱と目が合う。

そうだ、ギター(こんなの)持ってたら目立つに決まってる!

 

己の浅はかさを呪い、人の形から逃れようとするけど間に合わない。

 

ここから不審者として通報されて、瞬く間に職務質問されて緊急逮捕。

そして執行猶予なしの有罪判決。

JKをいやらしい目で見た罪で死刑。

 

さようなら、私のどどめ色の高校生活……。

 

 

ゆっくりと近づいてくるその子から逃げることもできず、ブランコに縫い留められる私は大罪人。

安楽椅子にしては安定感のない鎖の手すりをガタガタと震わせながら、迫りくる運命に身を委ねた。

 

 

 

 

「ねぇ、ギター弾けるの?」

 

「……え?」

 

 

運命は、思ってたのと違った。

声音は軽やかで、落ち着いたものだった。

だから、思わず口から声が出たのも仕方ないし、話せたのも奇跡に違いなかった。

 

 

「ハヒッ、ひけ、弾けます……けど期待されても、そんなにというか、すみません……」

 

「そっか……バンドとか組んでるの?」

 

 

彼女は何も言わずに背負った鞄を下ろし、隣のブランコに座った。

あまりの自然な距離感に戸惑う。言うなれば、そう、友達の距離感。

私相手になんでこんなに距離が近いのか、誰かに教えてほしかった。

 

何かの勧誘かな? 何かノルマの数量分買わされたりするやつ?

口下手な私は言いくるめられるに違いない。

私の足元を見る。ダメそうだ。逃げ出す足が竦んでいなければ、可能性があったのに。

 

どちらにせよ、通報されることはなさそうだ。

ただただ出てくる誘導尋問に対し、本音と虚偽を織り交ぜたミジンコ以下のトーク技術を展開する。

 

 

「ばっ、バンドは、組んでません」

 

「そうなんだ……私と一緒だね。どんな曲聞くの?」

 

「えと、流行りのやつです……」

 

「へぇー、そうなんだ」

 

 

嘘じゃない。今のところ。

だって最近上げた動画も、おすすめ動画として出てきた流行りのロックだ。

スムーズに相槌を打ってくれる彼女の様子をちらりと窺うと、変わらない表情で言葉を紡ぎ始めていた。

 

 

「私もそんな感じかな。特に……あんまり青春っぽくないやつ」

 

「……ッ!?」

 

 

その一言に衝撃を受ける。

青春っぽくないやつとは、そういうことなのか。そういうことなの!?

こんな陽キャオーラに溢れていて、実はそうなんだろうか。

同じコンプレックスを持つ者としてのシンパシーを感じる!

言うなればこれは陰キャセンサー! それの激しい鳴動を感じる!

 

ごくりと唾を飲み込み、少しだけ顔を向ける角度を調整する。

かわいい顔だった。でも思ったより……やつれているように見えた。

あっ、いい匂いする……。

 

 

「ああ、あの、青春っぽく、ないやつって」

 

「あぁ……私の好きな人がね、よく弾いてるの。だからそのうち好きになっちゃった」

 

 

あっ、これ違う。恋人とかのやつだ。

踏み込んだ足を即座に引っ込めながら顔の向きを戻す。

 

烏滸がましいとは思わないのか後藤ひとり! どうなんだその辺りは!

脳内の誰か偉い人に叱責される。グッバイ陰キャフレンド!

私と同族なわけがないんだ。こんなに優しそうで私に話しかけてくれる人が。

この何にでも反応するポンコツセンサーは返品だ!

えっ、内蔵してるから取り外し不可……?

 

 

人の器に収まらない後悔が産まれる。

自分が嫌になる。社会はやっぱり怖い。

逃げてしまおうか、駆け出してしまおうかと思った矢先、ふと笑い声が聞こえた。

 

柔らかい笑顔を浮かべているのを初めて見た。

それもそのはず。会ったのはこれが初めてなんだから。

 

ブランコが揺れ始めているのに、自然と意識が向けられる。

言い始める前から笑みが漏れているくらいだ。

この人は、何か楽しいことを話してくれるという予感が芽生えた。

 

 

「ギターヒーローさんって知ってる? ギターがすっごくうまい人なんだよ」

 

 

まるで好きな人のことを語るみたいに、うれしそうだった。

そんなふうに思われる人は、きっとすごく幸せな人なんだろうな、なんて思えた。

 

 

 

「え?」

 

 

その、ギターヒーローって人、誰?

背に触れているギターが教えてくれる。

 

 

それって私ぃ……ですよね?

望むがあまり現実が歪んでしまったのか、正しく認識できてないのかのどっちかだ。

そもそも、私なんか誰にも興味なんて持たれてないはず。

これ、本当に現実?

 

浅い深呼吸をして、目をぱちぱちさせてみた。

目の前にあるのは、どこか自慢げな彼女の姿だけ。

無様な私の醜態には、ちっとも気づいてはいない。

 

 

「私のあこがれなんだ」

 

「フヒュ……そそ、そうなんですね」

 

 

自分でもわかるくらい気持ち悪い声が出た。

彼女は気づいていないみたいだけど、さっきまでと表情が全然違う。

 

ギターヒーローの話は次々に出てきて止まらない。

こんな子にも応援されてたんだと思うと、承認欲求がみるみるうちに回復して、上限突破し始める。

 

 

「この前の新曲もよかったんだよ!」

 

「そ、そうなんですね……へへっ」

 

 

彼女はどうやら結構な古参ファンらしい。

次から次に出てくる感想は、こんなにかわいい子に直接伝えられることもあって、それはすごくうれしかった。

 

ありがとうございます。ありがとうございます。

これで武道館も夢じゃなくなった。あとはバンドメンバーを募集するだけ……。

 

そんな妄想が両手から零れ落ちた途端、彼女の軽快なトークとブランコが止まる。

えっ、私のせい……?

警告するようにスマホの通知音が響いていた。私のは鳴らないから、きっと別の誰かの音。

 

空気が変わったような気がした。

私の顔がそんなにアレだっただろうか。

驚いて、つい正面から顔を見てしまう。

 

 

「……」

 

「……えっと」

 

 

目を逸らしていたのは、私だけのせいじゃなさそうだった。

バキバキに割れたスマホの画面に、細い指が触れている姿が目に入る。

 

そこには、まるで生気というものが感じられなかった。

さっきまでの口ぶりが嘘みたいに、別人に入れ替わったんじゃないかと思うほど、纏う空気感が違っていた。

 

全然気が付きもしなかった目元の隈に彩られた瞳は、今にも死んでしまいそうなほど、ドロドロに澱んでいた。

 

 

「あっ、あの……」

 

 

このまま放っておいたらどうなるだろう。

自分を傷つけてしまうんじゃないか、なんて悪い想像が出てくる。

 

でも、さっきまで他人だった相手に、私に何ができる?

普通の人にだってちゃんと話せない私が、どうやって気持ちを汲み取ってあげられる?

 

できっこない。

そんな真似、何度やり直したってできるわけない。

 

ブランコが揺れる。

彼女はすっと立ち上がると、鞄に付いた土を適当に払って背負うと、改めてこちらに向き直った。

 

 

「邪魔してごめんね。それじゃあ」

 

 

私を縛り付ける遊具の前の柵を避けて、彼女は静かに立ち去った。

足取りは重そうで、背中は丸まっているように見えた。

 

それを黙って見てる私は、すごく、ひどく、おそろしく惨めだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、あのっ!!」

 

 

 

 

ブランコが揺れた。

私はぎこちなく立ち上がると、歩いていた彼女を呼び止めた。

 

私を縛り付けていた遊具を飛び出して、柵をなんとか飛び越えた。

その足取りは軽やかで、自信に満ちていたら、うれしい。

 

どうして声をかけたんだろう。

知らない人なのに。知らない人なのに。

 

心の中で陰鬱に響く声に首を振る。

 

知らない人?

違うだろ。

 

彼女は私の、後藤ひとり(ギターヒーロー)のファンなんだから。

 

 

「な、悩み事、ですか!? わっ、わた、私でよければ……聞きます、いえ、聞かせてください!!」

 

 

何をわけのわからないことを言ってるんだろう、私は。

結局、猫背なのは私だ。

前は向けないまま、地面に向かって吠えた声が空虚に木霊する。

 

それでも、背負ったギターの重みが、私の役目を思い出させる。

意を決して、もう一度前を向いた。

 

 

「聞かせて、ください」

 

 

誰かとあんなに話すのは、私の尺度では長い方だ。

そんな長い時間で、初めて相手の目が私を射抜いている。

 

呆気にとられたような表情は、さっきと違って年相応のあどけなさがあった。

 

だからだろうか。

私がそんなに緊張しなかったのは。

 

 

「あの、お時間がよかったら、ですけど」

 

 

嘘だ。やっぱり緊張はした。

それでも、尻ごみして弱弱しく告げた私に返って来たのは、嘲笑ではなかった。

 

 

「……いいの?」

 

「もっ、もちろんです!!」

 

 

喜んだような、悲しんだような、複雑な笑みを浮かべた彼女は、スマホを少しだけ触って答えた。

 

 

「ごめんね。じゃあ、ちょっとだけ話してもいい?」

 

「おっ、お願いします!!」

 

 

まさかの了承の返事に、思わず頭を下げてしまう。

これじゃあどっちが相談する側なのか、さっぱりわからない。

 

世界から切り取られたように、私たちふたりしかいない公園に笑い声が響く。

重力に引かれて存在感を増したギターの重みが、背を押してくれた気がした。

 

 

「いやぁ、悩みごとってほどでもないんだけど」

 

「は、はい」

 

 

場所を変えてベンチへ腰かけた私たち。

そんなありきたりな語り口から始まった彼女の物語は、想像よりも遥かに重たい二の句が告げられた。

 

 

「私ね、何やってもうまくいかないんだ。正確には、うまくいきそうになったときに失敗するの」

 

「失敗……ですか?」

 

「そう。私のせいで台無しにしちゃうんだ」

 

 

私から目を逸らし、遠くを見つめる姿は透けるように儚い。

ぎゅっと握られた両手は、自分自身を強く保とうとするように固く結ばれていた。

 

私も、絶大な成功体験というものを経験したことはない。

その逆に位置する、とんでもない失敗というのは馴染み深いものだった。

 

でも、私の想像する失敗と語られている失敗の間には、見えない強固な隔たりがあるようにも感じられる。

私の失敗談を聞いてもらえば、社会的な死を得る代わりに元気を出してくれるだろうか。

そんな楽観的な思考をしていた自分が、遠く離れていくような気分だ。

 

 

「何回やってもダメで、自信がなくなっちゃったのかな……なんてね。あはは……」

 

「……」

 

「あっ、あんまり気にしないでね。そんな大したことじゃないから」

 

 

息を呑んだのは、視線の合わない作り笑いが痛々しいからではなかった。

 

手持ち無沙汰に指を弄ぶ姿は、失礼にも、失礼すぎるけども、ちょっとだけ自分の仕草に重なってしまった。

居心地の悪い気持ちを落ち着かせるように、何かから気を逸らそうと努力している様子が見て取れる。

 

彼女はこれを、初めて誰かに打ち明けるんだ。

だから慣れてなくて、話の途中に目を逸らす。余計な言葉をつける。

自分との会話自体が、あってもなくても問題ないように、忘れてもらっても構わないように取り繕う。

 

似ていた。

 

当たり前だけど、見た目も声も違う。

趣味の特技もたぶん違う。

同じなのは年齢くらいだろうか。

 

どうして目を惹かれたか、不思議で仕方なかった。

不安定気味な姿に、どうしても目が離せなかった。

それは、私を見てるみたいだったから……かもしれない。

 

気づけば自然と手が伸びていた。

小さい頃お母さんにされたみたいに、まったく違和感なく。

 

落ち込んで俯いた彼女の頭に触れてしまったのは、どう考えたって私の無意識が悪さをしたせいだ。

でも、私はこうしてもらえるとうれしかった。

 

 

「よしよし。ちゃんと聞いてるからね」

 

「えっ」

 

「…………アッ!!!」

 

 

バッタも驚くほどの勢いで、座ったままの姿勢で跳躍する。

ベンチが鈍い音を立てる。ぶつけた足が痛いけど直立して着地に成功する。これは芸術点が高い!

 

勢いのあまり翻る髪の毛に視界が覆われる。

その隙間から見える彼女の顔は真っ赤で、初めて色づいた果物みたいに綺麗だった。

 

……じゃなくて!!

 

 

「すみませんすみませんすみません」

 

「い、いや。いいんだよ! こっちこそ驚いちゃってごめんね!」

 

「殺すならいっそ一思いにやってください!」

 

「発想が急すぎるよ! なんでそうなるの!?」

 

 

ファンの前で醜態を晒すのはこれで何度目か。

どこかに後藤ひとり惨めカウンターを導入したら、きっととんでもない桁数が必要になって誰も使えないだろう。

 

軽い頭を下げるたび、惨めカウンターを押す知らない人の顔が歪んでいく。

イマジナリーフレンドに蔑んだ目で見られることに納得してしまいかけたところで、錯乱した私は落ち着いた。

目を合わせた彼女の表情は、照れた頬の赤みが誤魔化しているものの、若干虚ろ気だった。

 

 

「相談する相手、間違えたかな……」

 

「エッ」

 

「あー違う違う。えっと、何の話だっけ?」

 

「あっ、失敗の話です」

 

「そっか」

 

 

さっきまでの狼狽えた姿とは変わって、彼女はまた冷めた目をしている。

あれが本来の表情なら、今のこの姿が信じられなくなる。

 

散ってしまった桜の木が風に煽られて揺れる。

乗っていたブランコが、まだ肌寒いと抗議の声を上げている。

 

私たちの視線は一向にかみ合わないまま、当たり障りのない会話が続いた。

 

要領を得ないまま、ふわふわとした文言が飛んでいく。

雲になれない呟きが雨のように落ちて、誰にも見てもらえないまま土へと還る。

 

私の下手な相槌でペースを掴み切れずにいる彼女は、訥々と話し続けた。

そして、いつの間にか終わろうとしていた。

 

何分だろう、何時間だろう。

相槌を打つだけの作業が、オウム返しをするだけの問答に、ここまで没頭できたのは初めてだった。

これは本当に、会話になっていると言えるのだろうか。

 

空の色が変わっていた。

今度こそ立ち上がった彼女は、もう戻らないという決意を固めたように、少し前に見たことのある表情を貼り付けていた。

 

 

「……聞いてくれてありがとう。ごめんね」

 

 

立ち上がりつつ告げる口元は笑っていない。

何も変わっていないのは明白で、気休めにもならなかったに違いない。

私から引き止めておいて、しかも悩んでいる相手に時間まで取らせて、挙句に何もできなかった。

 

そんな結末でお別れなんていやだ。

私も釣られるように立ち上がった。

 

何か言わなきゃ。

何か言わなきゃ!

何か言わなきゃ!!

 

 

「なんでそんなに、頑張るんですか」

 

 

自分でも何を口走ったかがわからなかった。

困惑と緊張が浮かんで、それが拭いきれなくて口元を抑えた。

代わりに出たのは冷や汗だった。

 

お互いに無言の間に頭を回す。

自己分析を目一杯やって、自分の言葉のルーツを必死で追いかけた。

なんでそんな言葉が出たんだろう。

 

 

「だって、そんなに苦しんでも、何かをしようとしてるから」

 

 

そうだ。興味があったんだ。

その一端がどこにあるのか、どこから始まったのかを知りたくなったのかもしれない。

 

この短い期間で見ていた彼女の姿と言動はなんとなく曖昧で、どこか他人事みたいに白けていた。

感情なんかないみたいに、達観しているようにも見えた。

 

比べる対象としては烏滸がましいけど、私なんかとはあまりにもかけ離れている。

それはどうして?

 

 

「なんでって言われても……夢を叶えたかったから、かな?」

 

 

返ってきた答えも曖昧だった。

自分のことなのに、どこかの誰かについて考えるように他人行儀だ。

何がか根本的に違う。それは誰の目から見ても明らかだった。

 

彼女も自分の言葉に思うところがあったのか、会話をやめて逡巡する様子を見せた。

でも、すぐにそれを否定するように首を振る。

 

 

「まあ、叶わないから無駄だったんだけど────」

 

 

その一言で頭に火が付いた。

ギターを弾く指が、カッと燃えるように痛んだ。

 

 

「無駄なんかじゃ、ないです!」

 

 

大きな声だった。

 

近所に迷惑かもしれない。

驚かせたかもしれない。

 

それが私の声だとわかるまで、数秒かかった。

 

私もギターを弾けるようになるまで時間がかかった。

バンドメンバーは集まってないし、叶ってもない。

 

だけど、これまで積み上げてきた練習時間は無駄じゃなかった。

この時間のひとつでもなければ、私はここにはいないんだ。

それが、正しいかどうかはわからないけど。

 

そう伝えたいのに、うまく言葉が出てこない。

涙のように滲み出るだけの未熟な語彙が、泥にまみれながら、方向性を間違えながら転がってゆく。

 

 

「夢は義務じゃなくて、なんていうか……その……もっと楽しいものだと思います」

 

 

私の口から出たとは思えないような、理屈っぽい言葉。

誰に説教をしてるつもりなんだと口を噤みたくなるのに、体が震え出しているにも関わらず、声は続いた。

 

 

「楽しいから好きで、好きだから楽しくて……好きだから続けられるから、だから、だから……」

 

 

呼吸ができない。

こんなにも話すのは久々で、誰かに聞いてもらうのも初めてで、息継ぎができない。

こんなにも苦しんで、私は何を伝えたいんだろう。

だんだんと纏まり始めた言葉が、束になって溢れてくる。

 

 

「頑張ったら、頑張れた自分を褒めていいんです。だって、話を聞いてるだけでも、頑張ってるのがわかります。私が聞きました、だから……」

 

 

そんな私の言葉を聞いてか、意気に押されてか、彼女の顔は真っ白だった。

急に偉そうにしてごめんなさい。

急に勢いよく話してごめんなさい。

 

でも、彼女は私から目を逸らさなかった。

だから、私は彼女から目を逸らせなかった。

 

 

「私は、夢なら楽しい方がいい、です。たぶん、私の中では、そう思います……」

 

 

紛うことなき本音が漏れる。

あまりにも拙くて、あまりにも滑稽で、あまりにも情けない世迷言。

自分の愚かさに涙さえ出てきそうだ。

 

思いの数パーセントだって伝わってないかもしれない。

変に威圧しただけの結果になったかもしれない。

 

私だって夢を叶えたわけじゃない。

そんなこと言える立場じゃない。

 

私はこんな気持ちを、初めて誰かに打ち明ける。

だから慣れてなくて、余計な言葉をつける。

自分との会話自体が、あってもなくても問題ないように、忘れてもらっても構わないように取り繕う。

 

それでも、言い切れた。

初めて目を逸らさなかった。

 

後悔と吐き気と恐怖と冷や汗と、ほんの少しの達成感が混ざって押し寄せてくる。

それもつかの間、地面に落ちていた星が産声を上げた。

空模様と正反対すぎるくらい、今にも雨を降らせそうな曇り顔で。

 

 

「私も、楽しい方がいい」

 

 

その顔が、今まで見た表情の何よりも魅力的で。

訴えた単純な言葉に、音楽さえつければ歌になるくらいに、ぐっと引き込まれて。

 

それが彼女が発露した、初めての感情だったのかもしれない。

今日初めて、私は誰かと会話ができたような気がした。

 

 

----

 

全部ひっくるめて夢なんだ。

失敗したときに後ろを振り返っても、後悔しかないような思い出なんていらない。

 

回りくどく考えすぎてた私には到底思いつかなかった答えだ。

シンプルで、まっすぐで、迷いがなくていい。

まるで、ギターヒーローさんの音みたいだ。

 

それは思わず涙が出そうになるくらい、私の心に直撃した。

 

----

 

 

「なんでそんな、単純なことに……」

 

 

------

 

どうしてだろう。いつからだろう。

夢を叶えたいって気持ちがこんなにも苦しくなったのは。

 

誰を巻き込んで、失敗して、次は失敗しないようにして。

できなかったら苦しんで、それでも辞められなくて。

 

------

 

 

「あ、あの、大丈夫、ですか……?」

 

 

----------

 

バンドを組んでそれで終わり?

たとえば武道館を埋めたって、音楽を嫌いになってしまえば苦しいだけ。

理想のメンバーを集めたって、そこに繋がりがなければ虚しいだけ。

 

誰のための夢?

誰が、誰のために叶える夢?

 

夢が叶えば成功?

叶わなければ失敗?

 

そんなルール、誰が、どこで、いつ、何のために決めたの?

 

----------

 

 

「あわわわわ……!」

 

 

私の言葉で動かなくなってしまった。

そのうちに表情がどんどん変わって、青くなって赤くなって、そして真っ白になる。

異常なのは明らかだ。私のせい?

これって何罪? 警察呼ぶ? それとも救急車?

 

手元に手繰り寄せたスマホが振動する。

バイブレーション? 違った、私の震えだ。

 

取り落としかけた寸前、別の何かが零れた。

 

 

--------------

 

何を悩んでたんだろう。

何のための夢だったんだろう。

 

 

 

そんなの決まってる。

 

--------------

 

 

「だーっ!! 私のバカ!!」

 

「!?」

 

 

突然取り乱して髪をぐちゃぐちゃに搔き乱す。

舞う黄色に空のオレンジが混ざる。

 

細すぎる腕にそんな力があったなんて思えないほどに強く、嘆くような声しか出せなかった喉はしっかりと言葉を発していた。

目の前のエネルギッシュな生命体は私と対照的すぎて、目を疑う。

 

さっきまで暗がりの中に身を潜めていた穏やかな人だった。

支えなければ立てなさそうな弱弱しさが根底にあった人だった。

ちょっとシンパシーを感じてしまうくらい、比較するのは失礼だけど、私に似ていた。

 

……じゃあ、この人って誰!?

 

 

「ありがとう! ほんっとうに、ありがとう!!」

 

 

ベンチを吹き飛ばすような勢いで迫られ、持っていたスマホごと両手をわしづかみにされる。

掌に込められた熱は強すぎて火傷しそうなほど。

 

さっきまで直視して見つめ合っていたくらいなのに、今ではもう輝きに目がくらみそうだ。

ああっ、手が塞がってるから目を隠せない。焼かれる、焼かれる!

 

太陽の陽は、陽キャの陽。

陰が死ぬほど濃くなるのを感じながら、よくわからない感謝を一身に受け止める。

 

エネルギーがすごい。

人の身ではもう耐えられない!

 

ふと気づけば、近くで何かの通知音が続いている。

もしかして私の心電図? 陽キャ警報アラート?

今になって鳴り出したって遅すぎるし、今更どうしようも────

 

 

「あーっ!!」

 

「!?」

 

 

血相を変えて叫び声をあげられて白目をむいてしまった。

耳を劈くような二度目の衝撃。たぶん私は次で死ぬ。

 

 

「めちゃくちゃ……の連絡来てた……やばい」

 

 

聞こえない中で何かが聞こえる。

輝きの根源が両手を離し、スマホを操作しているのが辛うじて見えた。

眼が、眼が……。そして耳が、耳が……。

 

失われた視力と聴力を回復しようと集中していると、近くでまた声がかかる。

 

 

「ごめんね。私行くよ。ありがとう!」

 

「あっ」

 

 

手元に何かを押し付けられる。

これは、紙……? 千切れてるけど……ゴミじゃないよね?

 

顔を上げると、快活な彼女の姿が遠ざかっていくのが見える。

顔色がまるで違うのが、ぼやけていてもわかる。

 

 

「それ、私の連絡先だから! このお礼、必ず、ちゃんとするから後で連絡して!」

 

 

慌てて鞄にノートをしまう仕草が見えた。

そのために渡してくれたんだろう。

 

こういうとき、なんて言えばいいの?

学校では教わらない返答のレパートリーが少なすぎて、声にならない言葉が喉を伝う。

 

 

「わ、わわ!!」

 

「またね!! ありがとう!!」

 

 

手を振られたから振り返す。

反射に似た行動をとって、ようやく私の脈拍は元通りになった。

 

太陽みたいで、嵐みたいで、捉えられなかった。

初めてだらけの体験に、思い出すだけで胸が熱くなる。

……これ、胸やけかな。

 

 

「へ、へへへ」

 

 

何に対してかわからない笑い。

その声は、手元に向かって発せられた。

 

手汗で湿った紙切れ。これが彼女と私を繋ぐ目印になる。

走り書きで書かれたIDと思わしき英数字と、彼女の名前。

 

虹夏ちゃん、っていうんだ。

私が初めて作った、誰かとの繋がりの証。

それを無くさないように胸に抱いて、眠るように目を閉じる。

 

うれしいな。

お礼ってなんだろう。またチョコくれるのかな……。

 

 

「……んん? また?」

 

 

 

 

-------

 

 

5月×日

 

昨日はリョウにすごく心配かけちゃった。

全然返事しなかったから探しに来てくれてたんだって。超反省。

 

でも、リョウも謝ってきた。

夢のことで追い詰めてごめん、なんてよくわからない謝罪だった。

別に追い詰められてたわけじゃ……いや、めちゃくちゃ追い詰められてたなぁ!

まあ、そんなの気づいてなかったからいいんだけど。

 

それよりも、昨日得たものは多かった。

私がどう夢と向き合うべきかがよくわかった。

名前も知らないあの子には、感謝という言葉だけでは足りないくらいだ。

 

だから決めた。

失敗してもしなくても、いい思い出を作る。

それを全部、私の歴史にする。

夢を歩んだ過程のひとつひとつに後悔したくない。

 

ということで、次はまずリョウをバンドに入れることからだ。

でも、もし断られたら

 

-------

 

 

そこで筆が止まる。

疲れ切って寝ていたはずのリョウに目を向けると、細められていた瞼が開いた。

 

 

「あれ、起きてたの?」

 

「目を離したら、またいなくなるかもしれない」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 

昨日は私の帰りが遅すぎて、至るところを走り回って探してくれたリョウ。

そう言われると立つ瀬がない。

 

今までの行動から見ても、失踪したと思われてもおかしくなかったはずだ。

もう笑い飛ばせるようになった頭痛や吐き気を遠くへ追いやりながら、寝転んでいたリョウの傍へ寄った。

何の気なしに差し出した手は、瞬きするよりも速く握られた。

 

 

「ねぇ、リョウ」

 

「なに」

 

()からも、私とずっと一緒に居てね」

 

 

繋いだ手に力が込められた。

それが私のものなのか、リョウのものなのかはわからない。

 

わからないまま、私たちは見つめ合った。

 

 

「あたりまえ」

 

「……だよね!」

 

 

本人から出た許可だ。

僅かに残った不安は消し飛んだ。

 

 

「じゃあ、ごはん食べよ」

 

 

私のベッドを占領していたリョウを引き起こす。

だらけきった体は重たくて、ひとりではなかなか持ち上げられない。

 

 

「起きろー!」

 

「ぷぷ、非力」

 

 

こんな風に何気ないやり取りをしたのは久しぶりな気がした。

遠慮なんかいらなかったんだ。

そう気づいたとき、心の澱が消えたような気がした。

 

 

 

カーテンの隙間から見えた星空。

月の周りに瞬く様子が見えて、流れ星が落ちる。

 

祈ることはたったひとつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

---------

 

 

4月○日

 

見ててね、お母さん

 

---------

 

 

 

 

 

 

春の香りに真新しい制服。

キズのないローファーにカバン。

 

見覚えがありすぎる全てが私を応援しているように見えた。

 

 

「とりあえずやるぞーっ!」

 

 

心の底からあふれ出た、嘘偽りのない本音。

景色は前とは違って見えた。

 

 

うまくいかなかったときは、その時考えればヨシ!

この行き当たりばったり感、すごくバンドマンっぽいなぁ。

その気楽さが、私にはちょうど良かった。




・虹夏ちゃん
 なにも悪くない。


・リョウ
 毎話曇らされるベーシスト。突然連絡がつかなくなって本気で焦った。
 探し回っている中、色んなことを思い出してた。ちょっと泣いた。


・後藤ひとり
 言いたいこと言えたけど言って後悔。でも間違いじゃなかった。
 やってることは実質ファンサ。
 がんばれぼっち。経験を積んで立派なギタリストになるんだ。


・廣井
 虹夏ちゃんにシンパシーを感じて親身に話を聞いてくれる。
 メンタルキープに関しては一家言あるけど信用するとアル中になる。


・店長
 妹から託されたバトンをしっかり受け取って成功へ導く。
 謎のバンドマンから激励を受けて復帰した妹を見て喜びすぎて泣いた。
 その気持ちの荒ぶりを新曲にしてアルバムに入れたら売れた。


・ギターヒーローさん
 虹夏ちゃんに勇気を与える孤高のギタリスト。きっと素晴らしい人物。
 ちなみに最新動画は流行りから離れた悲恋の曲だった。
 なに悲しいことがあったのかもしれない。


・喜多ちゃん
 今回誘われてない。
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