そこは失敗だらけの虹夏ヒストリーだよ   作:ファン2023号

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前向きにループするとの転がるのって、似てるけど違うんですよね。

それでも出会ってしまうから、運命って言うんでしょうね。


#01 Now Rolling...

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4月△日

 

なんとなく思い付きで宝くじを買ってみたら当たった。

リョウとお金を出しあって買ったから半分に分けた。

 

それぞれ五千円という大金を手にした私たちは、早速楽器とごはんにつぎ込んで全部失った。

有意義な日だった……。

 

忘れてるだけかもしれないけど、今までに当たった記憶はない。

これはいい傾向なのでは?

まあ、悪くてもなんとかするけどね。

 

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5月□日

 

積極的なバンドメンバーの募集はしないことにした。

必要性を感じなかったわけじゃなくて、長続きしないのを知ってるから。

無駄になるってわけじゃないけど、切り捨てる気持ちを持って接するのは不誠実だと思う。

 

しかーし! 来る者は拒みません!

喜多ちゃん以外にも、誰か来てくれそうな人がいたらいいな。それまで練習!

 

そういえば、あの公園で会った子、結局連絡くれなかったな。

慌ててたから、番号間違えてたのかもしれない……。

だから、今回見つけたら絶対お礼しよう! 時々、あの公園にも行こう。

 

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8月○日

 

リョウがバンドを抜けたので即勧誘!

まるで来るのを知ってたみたいに加入してくれた。

決断が早いのはうれしいけど、二つ返事で了承してくれるのは意外だった。

それは置いといて、ベーシストの枠はこれで不動。あとはギタリストがいれば完璧!

 

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10月△日

 

今回は文化祭に出ないことにした。

なんでかって? 人数が足りないからです……。

まあ、文化祭自体はまだ機会があるし、その頃には大丈夫だと思う。

 

受験シーズンが間近に迫ってて厳しいって意見もあるけどノープロブレム。

なんてったってSTARRYがあるからね!

 

お姉ちゃんに頼めば、たぶんいける。

いけるよね……?

いけなかったら抗議してシフトを減らしてみよう。強硬策だ!

 

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1月○日

 

お姉ちゃんと初詣に行った。

バンドが組めるように神頼み。効果あるといいな。

 

それより、前に喜多ちゃんが入ってくれた理由って何だっけ。

リョウ目当てで入った気がするけど、路上バンドだったかな。

 

……今回やってないじゃん!!

 

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1月□日

 

急遽路上ライブ開催決定!

お姉ちゃんに聞いた路上ライブの知識と、リョウが詳しい警備の巡回ルートの情報で効率よくライブができる、はず。

 

うわー! 自信なくなってきた。

これでギタリストが足りなかったらどうしよう。

まあ、その時はその時考えよう!

 

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4月○日

 

喜多ちゃんが入ってくれた!

でも今回は路上ライブとか、リョウが目当てではない感じだった。

もしかして私目当て……!? そんなわけないか。

 

以前STARRYでライブをやった時のタイミングを考えると、今回は本当にギリギリだった……。

今回はちゃんと連絡先も交換したし、ライブハウスの場所も教えた。

これで完璧だ!

 

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4月□日

 

喜多ちゃんと練習予定が合わない。

まあ高校も違うし、忙しいのかもしれない。

連絡は取り合ってるからなんとかなるでしょ!

 

それでも来なかったら探してみよう。

入ったり抜けたりは、結成直後のバンドにはよくあること。

なんとかなるでしょ!

 

なんてったってこのバンドは、私の体感で五年くらいやってる気がするし!

……本当に五年で足りるかな? 考えるやめとこ……。

でも私って何歳になるんだろ……怖っ!

 

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5月○日

 

いろいろあった!

いろいろありすぎた!

でも、纏めるとしたらたったひとつだけ!

 

STARRYでの初ライブは大成功! ありがとう、ぼっちちゃん!

以上!

 

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「あっ、ギター!!」

 

 

ブランコで佇んでいた私に飛び込んでくる影。

柵を乗り越えて、片方だけ結った黄色い髪を揺らして近づいてくる誰か。

 

誰? 何者? 誰かの間違いじゃ?

自衛と否定の言葉が折り重なって出力されるものの、喉がまったく追いついていない。

へなちょこアウトプットにより生み出された情けない悲鳴が、閑散とした公園にぽつんと漂った。

 

 

「うわぁぁ」

 

「やっぱり居ると思った……じゃなかった! それギターだよね? 弾けるの?」

 

 

知らない人、見るからに陽キャ。

存在感がありありと放たれた誰か知らない人に委縮してしまう。

 

使っていなかった喉が震える。

視線を逸らして俯く。

思わず握ったジャージの袖を見る。

このまま両手を差し出せば、そのまま逮捕されるのかな……。

 

 

「あっ」

 

 

握った手を見て思い出す。

時計が逆に回るようにゆっくりと意識が戻る。

 

どうして忘れてたんだろう。

握られた手が引き金になって、思い出が溢れてくる。

 

そうだ、謝らなきゃいけないことがあったんだ。

もう一度会いたくて、それでも会えなかった。

 

せっかく友達になれるかもしれないと思った相手。

震えてる場合じゃない。

私は体を折り曲げて必死に頭を下げた。

 

 

「ご、ごめんなさい。虹夏ちゃんに連絡先もらったのに……手汗でボロボロになって……」

 

「……えっ? ええっ!?」

 

 

響き渡る驚愕の声。

そうだよね、怒られるよね。

 

頭を下げていると少し楽な気分になってくる。

重力でもっと下がっていく気がする。

そう考えると土下座ってすごく効率的な体勢なのでは……?

 

宙を舞って飛んでしまいそうになる意識を辛うじて押さえつける。

だって今は、やっと虹夏ちゃんに会えたんだ。

もう一回やり直して、連絡先をもらって、それから、それから────

 

 

「…………え?」

 

 

……え? 連絡先?

自分の口から出た言葉に疑問符が浮かぶ。

 

どこかで会ったこと、あったっけ?

狭いというか、存在しない交友関係を探っても出てこない。

そりゃそうだ。友達いないんだから。

 

あっはっはっは。

 

はぁ?

 

 

「虹夏ちゃん……?」

 

「そう、だけど……覚えてるの? 私のこと」

 

「だって、あの時ノートの端っこに書いてくれて……え?」

 

 

混乱が場を支配する。

私の頭の中も疑問符でいっぱいだ。

 

目の前の初対面の友人は、見たこともないのに名前を知っていた。

それが当然のはず。でも知らない。

考えていると頭が傷んだ。

 

誰かが世界の上からこの場面を俯瞰して見ているようだ。

その世界の中央で、今にも蹲りそうなシルエットが描かれる。

虹夏ちゃんに探るような視線を向けられながら震えているこの不審者は、誰?

 

……私だ!

 

どうしようもない。どうしようもなさすぎた。

口をついて出た言葉が当たっているなんて、そんな奇跡は起こるはずもない。

不審なストーカーとして順当に逮捕かネットの世界で袋叩きか、なんて思っていれば、気まずい沈黙は勢いよく破られた。

 

 

「ってそれどころじゃなかった! とりあえずライブハウスへゴー!!」

 

 

だ、誰!? 知ってるけど、知らない!

私のぐちゃぐちゃな記憶領域に踏み込んでくる虹夏ちゃん(だれか)

自分自身の言葉と記憶に絡まってどうしようもない中で、勝手を知ってるみたいに手を引かれた。

 

 

「途中でちゃんと説明するから!」

 

「な、なにを……」

 

 

足がもつれて転びそうになる。

近くで感じる熱に焼かれそうになる。

当たり前のように繋がれた手に、勘違いしてしまいそうになる。

 

 

「あっ、名前聞かなきゃ! あなたの名前は?」

 

 

それがなぜか、すごく心地よかった。

 

 

「あっ、ご、後藤ひとり、です」

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとね、ぼっちちゃん! また連絡するからね!」

 

「じゃあまたね、ぼっち」

 

 

そうして、流れ流されて結束バンドに入った。

ライブをやって、失敗して、それでも当たり前みたいに迎え入れてくれた。

ついでにあだ名までもらえた!

 

メンバーは、明るくて優しいドラムの虹夏ちゃんと、不思議な雰囲気を纏うクールなベースのリョウさん。

ふたりとも、段ボールに入ってギターを掻き鳴らす私に、全く引くことなく接してくれてうれしかった。

私も、なんだか緊張せずに弾けた気がする……。

 

だからもう、私は人生の有頂天に居た。無敵だ!

……いや、思い返すと隙だらけだったかもしれない。

 

 

と、とにかく、それからはもう、いろんなことがあった。

バンドミーティングをしてみたり、逃げた喜多さんが入ってくれたり、アー写を撮ったりした。

 

作曲もして、みんなで店長のオーディションに受かった。路上ライブもした。

ギターヒーロー名義じゃない、私のファンもできた。

 

これから私の人生では到底出会えないような奇跡を歩んでいる。

夢かと勘違いするくらい、豊かで満ちている日々だった。

 

その間に、夢かと勘違いするくらい不思議なことが何度か起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、リョウさんに歌詞を見てもらう時だった。

 

 

「ぼっちは気づいてると思うけど」

 

「えっ?」

 

 

もう行きつけになった喫茶店で、カレーを食べ終えたリョウさんが話しかけてくる。

ふたりでいつもの指定席、窓から景色が見られるカウンターに隣り合わせで座っていた。

リョウさんは口元にブラックコーヒーを運びながら、いつの間にかこちらを見ている。

 

その視線はどこか遠くを見ているようで、私を通して誰かに話しかけているような、そんな雰囲気だった。

歌詞を見てくれているときよりも、熱の籠もった視線で射抜かれる。

 

 

「記憶、あるでしょ」

 

「記憶……?」

 

 

真面目な顔で変なことを言われた。

思わず目を丸くしていると、リョウさんは頤に手を当てて考えるようなポーズをとった。

 

私だって人間なんだから、記憶くらいある。

えっ、これって私、からかわれてる?

いや、表情を見るとそんな風には……でもいつもと同じ表情だからわかんない。

もしかして、私って記憶ないの?

 

人間としての自信と自覚がどんどん薄れていく私。

宇宙空間に放り出されたような疎外感を覚えて沈黙していると、すぐそばにリョウさんの瞳が迫っていた。

 

 

()()()()()()()()()()、でしょ? 聞いたけど、私も同感」

 

 

その言葉に、店内の音楽が止まったような錯覚に陥った。

ひとりだけタイムスリップしてしまったように、眠りにつく少し前くらいの揺蕩う感覚。

 

他のお客さんのフォークと食器がぶつかる音。

サイフォンの中でコーヒーの雫が落ちる音。

店内の時計が進む音。

自分の鼓動の音。

 

フラッシュバックする、どこかの店頭でぶつかった出来事。

もう一度手繰り寄せられる、公園で語り合った出来事。

それらが鮮明に思い出される。

 

私が結束バンドに入ったのは、本当にこれが初めて……?

違うような、そんな気がした。

違う。初めてじゃ、ない。

 

 

「記憶、ある……あります」

 

「やっぱり」

 

 

どうして忘れてたんだろう。

あんなに劇的な出会いをしたのに。

額に手を当てて考えると、さらなる疑問が湧いてきた。

 

 

「……いや、そんなはずない」

 

 

現実的に考えておかしい。

私が虹夏ちゃんと出会ったのは公園。それも、結束バンドのサポートギターとして加入した記憶だ。

ほかに覚えはあっても、それが妄想の域を出ないのは明白だ。

 

でも、私は虹夏ちゃんが名乗る前から名前を言い当てた。

駆け足で進む日常のおかげで有耶無耶になってしまっていたけど、よく考えれば説明がつかない。

そもそもなんでリョウ先輩がこのことを知って……あっ、虹夏ちゃんから聞いたのかな?

でも、そもそも聞くって言ったって、現実ではありえない話なのに……?

 

そんな疑問でいっぱいになった私に、リョウ先輩は当然のように言い切った。

 

 

「そんなはずない……という事実もまた存在しないんだよ」

 

 

やけに哲学的な話だった。

リョウ先輩の向ける視線は先程より随分と優しい。

すごく大人びている輪郭なのに、全く違和感がない。

それどころか、このシチュエーションを見たことがあるような錯覚を覚えて、また記憶にない思い出が蘇るようだった。

 

 

「私はね、虹夏を追いかけてるうちに気づいたんだ」

 

 

いつか見た、リョウ先輩の眼差しだった。

窓から見える景色の、何を追いかけているんだろう。

 

 

「強い後悔とか、喜びとか、忘れがたい思い出が……知らないところであったんだろうね」

 

 

リョウ先輩はカップを傾ける。

忘れがたい思い出なのに、他人事みたいに言い放ってしまう様子は、あの日の虹夏ちゃんに重なった。

 

 

「ぼっちはどれだけ覚えてる?」

 

「いや、言われるまでは全然でした……でも、結束バンドに入って、四人で活動したことは、なんとなく覚えてるような……」

 

「そっか」

 

 

リョウ先輩は納得したように頷く。

渡していた歌詞ノートを一瞥すると、もう一度笑みを見せた。

 

 

「ぼっちにとっては、結束バンドは忘れがたい思い出なんだね」

 

「……そうですね」

 

 

だって、私の人生を一気に変えることになる仲間なんだ。

忘れることなんてあり得ない……さっきまで忘れてたけど。

 

そもそも、自分の周りで起こるすべてにおいて、私が強く心を揺さぶられるほどの出来事は起こらない気がする。

だって、そういう場所に出ないし……友達もいないし……。

すごく重要な手がかりを得た反面、私の人生の狭さを理解して落ち込む。

 

でも、この出会いが鮮烈すぎて忘れられないくらい、大切に思ってたんだなぁ。

不思議な気分だ。

ないはずなのにあって、あるのになくなってる。

 

私が知らない何かが他にもあるのかもしれない。

深く探求したくなってきた。

逸る気持ちを抑えて、リョウ先輩の顔色を窺ってみる。

声をかけるなら、今だ。

 

 

「あの」

 

「だからね、ぼっち」

 

 

視線が合い、私たちの声が混ざった。

好奇心に揺られた私の表情が、ひどく濁ったリョウ先輩の瞳に映り込んでいた。

 

互いの睫毛の長さすら計れそうなほどの距離で、お互いに言葉を失う。

普段なら戸惑ってしまいそうなはずなのに、肩に触れた手の冷たさがそれを許さなかった。

 

 

「ぼっち。虹夏を最後まで支えてあげてね」

 

 

それはお願いというよりも、祈りのように感じられた。

肩から冷たさが離れていく。

その悲しげな表情の意図は読めない。

 

わけもわからないけど、リョウ先輩がそのまま消えてしまう気がした。

引かれた手を掴む。

触れた掌は、思いのほか温かった。

 

 

「それは、リョウ先輩も! ……そ、それから喜多ちゃんも、一緒に、ですよ」

 

「……ふふ、そうだね」

 

 

あまり表情を変えないリョウ先輩の珍しい微笑み。

それが印象深く、視界に焼き付いた。

 

 

「あ、この話は虹夏には内緒だよ。変に気を遣うだろうから」

 

「えっ」

 

 

それが最後だった。

短い言葉を簡単に言い残して、()()()()()との会話は終わったように思えた。

 

 

「……ん? 顔に何かついてた?」

 

「あっ、いえ。すみません……」

 

 

思った通り、瞬きをすればすぐに、いつものリョウさんがいた。

顔を近づけすぎた私に向かって照れるような仕草を見せて、すぐに何食わぬ顔でコーヒーを飲み始めた。

少なくなってる、なんてわずかに困惑しながら。

 

あまりに普通な対応に、私も遅れて顔を離す。

それと同時に、世界から音が返ってきた気がした。

 

なんだったんだろう。

今度、虹夏ちゃんに聞いてみようかな。

 

でも、意味が分からないことを言って困らせるかもしれない。

なんで知ってるの気持ち悪い、なんて言われたら立ち直れないかもしれない。

あっ、想像しただけで、心が割れそう。あっあっ。

 

リョウさんに歌詞ノートを見てもらいながら、頭の中が不安と好奇心でいっぱいになる。

とりあえず落ち着こう。混ざり切っていないまだら模様のアイスカフェオレに口をつける。

しかし残念なことに、混乱していた私はストローとマドラーを間違って咥えていた。

 

 

「あ゛っ」

 

 

見られてない、はず。

いや、このくらいならいつもの方がやばいのでは?

普段の奇行を振り返っては自爆する私に向かって、リョウさんは呟いた。

 

 

「やっぱりぼっち、いいね」

 

 

ノートに向けられた穏やかな視線。

その呟きが、歌詞についてなのか、私の無様な姿についてなのかは、リョウさんは最後まで答えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、喜多さんとギターの練習をしてる時だった。

 

 

「後藤さん、変なこと聞いてもいい?」

 

「え? なんですか?」

 

 

てっきりギターの奏法について聞かれると思っていたら、喜多さんの重苦しい表情に首をかしげる。

一体何をそんなに……ま、まさか、恋愛相談とか!?

勝手に消し飛びそうになる体をなんとか抑え込み、死にかけながら耳を傾けた。

 

 

「あのね、後藤さんも気になってると思うけど……」

 

 

この切り口は前にも覚えがあるな、なんてフレーズが浮かんだ。

その真剣な眼差しは、かつて見たことがあるような気がしてならない。

私の脳が処理落ちして黙っているのを肯定とみなしたのか、喜多さんは訥々と語り始める。

 

 

「伊地知先輩って、痩せすぎだと思わない?」

 

「へ?」

 

 

予想と全く違う質問が飛び出てきて、思わずピックを落とした。

肩にかけたギターの弦に触れ、情けない音色が響く。

 

虹夏ちゃんって痩せすぎ……なのかな?

思い出の中の天真爛漫な虹夏ちゃんの姿を思い浮かべると、別にそんなことはないような、よくわからないような記憶しかなかった。

全然役に立たなくてごめんなさい。

 

こういうときはどうするべきなんだろう。迷う。でも迷いながらでも首は縦に動く。

流れに身を任せすぎて意思がないのは陰キャの性。私は迷えるラジコン後藤です……。

 

 

「そうよね? 後藤さんもそう思うわよね?」

 

「は、はひ」

 

 

ち、近い。

陽キャのオーラにあてられて息苦しくなる。

ただ、喜多さんは何かの判断基準でそう思ったようだ。

 

どっちかというと喜多さんの方が痩せてるような……いや、これって私が太ってるってこと?

昨日の晩御飯のから揚げが脳裏で飛び回る。もしかして食べすぎ?

もりもり食べてるわけじゃないけど、平均の食事量なんて知らない。

だって、聞ける友達がいないから。あっ涙が零れそう。

 

スマホで何度も見たダイエット関連の広告が浮かんでは消える。

もはやギターの練習という体を成していない謎の集まりが続く。

首にかかったストラップが次第に熱を失っていった。

 

 

「ねぇ、今度みんなでパーティとかしない? ご飯を作ったり、お菓子を持ち寄ったりして」

 

「ぱ、ぱーてぃ?」

 

「そう! みんなで集まって、一緒に遊ぶの」

 

 

あまりにも聞き馴染みのない単語に拒絶反応が出かけた。

それってナイトプール……じゃなかった、私もパリピデビューってこと!?

ついに情報がオーバーフローし始めた。それって国の許可とか申請しなきゃいけないんじゃ……。

 

でも、バンドとして集まって何かやるのは青春っぽくていい。

想像すると、集まりの場にいる私が人の形から逸脱していくような景色が一瞬だけ見える。

耐えられずに風に乗って飛んでいきそう。粉というか、胞子……?

い、いやまだそうなると決まったわけじゃないし!

 

想像の世界に入り浸っていれば、喜多さんの声が近づいていた。

あっ、途中まで聞いてなかった。とりあえず頷いておこう。

 

 

「そうと決まればさっそく連絡しましょ! 後藤さんはいつ空いてるの?」

 

「いいっ、いつでも大丈夫です」

 

「ふふっ、それなら安心ね! いつがいいかしら……近いところでいうと、やっぱり夏休み?」

 

 

つい反射で答えてしまったものの、予定なんかあるわけない。

息をつく暇もなく、私の休日の予定が確定してしまった。

 

陽キャの行動力に溺れそうになる。すごいなぁ。

私もパリピかぁ。感慨深いなぁ。

 

自己防衛のためか、他人事のように処理することで自我を保っている自覚はある。

とっても惨めで私っぽいのが悲しい。

 

しみじみと感想を漏らしていると、喜多さんの雰囲気が少し落ち着いた。

この現象には何となく覚えがある。

なるべく直視しないように顔色を窺えば、ちょっとだけ不安そうな顔をした喜多さんが居た。

 

既視感が生まれる。

誰かに成り代わったような、あまりにも違う色を纏った姿。

そこにいるのは、喜多さんではない誰かだ。

 

でも、私はその人を知っている気がした。

 

 

「変なこと言い出してごめんね。あんなに腕も細くて……見てて心配になったの」

 

 

虹夏ちゃんってそんなに腕が細かったかな?

思い返せば、確かに前に会った虹夏ちゃんはそうだった。

全体的に痩せてて、目元に隈があって……でも、今は違う。

 

そんな些細でいて壮大な矛盾に引っかかりを覚える。

何か、おかしいような……。

 

 

「私、その手を振り払っちゃった」

 

 

消え入りそうな声。

私が矛盾に気を取られていると、喜多さんの影はより一層濃くなっていた。

 

それがあまりにも象徴的で、目が奪われる。

本当に苦しいとき、人はこういう顔をするんだろうな、なんて冷静に分析できた。

 

 

「やっぱり私って、本当にダメよね」

 

「あっ、いや、そんな」

 

 

いやいやいや、そんなこと考えてる場合じゃない!

このままじゃダメだ。

なにか言わなきゃ、なにか言わなきゃ!

なにか、なにか、なにか。

 

 

「あっ」

 

 

突如として、痺れるような閃きが私を襲う。

誰かに背中を押された気がした。

触り慣れた硬い指先が、確かに背に触れていた。

 

だから、押された勢いのまま、素直に言葉が飛び出てしまった。

 

 

「わっ、私も一緒に謝ります! 戦力にはならないかもしれませんけど……」

 

「えっ?」

 

「私も、後悔はいっぱいあります。だけど、諦めるのはまだ、早くて、その……」

 

 

言葉が走りすぎて転ぶ。

勢いはそこで止まってしまった。

 

私は、何の話をしてるんだろう。

私は、誰に伝えてるんだろう。

私は、どこに向かえばいいんだろう。

 

支えを失った私は踏ん張るだけの力はない。

だから、いつも通りにやるしかない。

盛大に転んだって、転がったって、伝えなきゃいけないんだ。

 

 

「ダメなら、私がなんとかします!」

 

 

言い切った。

終わった。

 

安堵と後悔が混ざって頭がぐちゃぐちゃになる。

失敗した。また失敗した。

私ごときに何の力があって、影響力があって、そんな自信が生まれるんだろう。

 

ギターを抱えたまま床に蹲って、消えたいという願望を全身で表しているミジンコ以下の私。

床が冷たい。

額に当たる感触に現実であることが理解できて、悲しいけど安心した。

そんな風に空回りしている姿に投げかけられたのは、嘲笑ではなかった。

 

 

「……やっぱり、ひとりちゃんに相談してよかったわ」

 

 

どうして、という疑問に心が塗りつぶされる。

腕の隙間から覗き見た喜多ちゃんの表情は明るい。

やっぱりって、何? 

 

こんな世迷言みたいなことを言い出した私で、何がよかったんだろう。

何も解決してないはずなのに。なんで。

 

床に落ちたピックが視界に入る。

それを拾い上げたのは喜多ちゃんだった。

 

 

「びっくりしちゃった。だって、あの時と同じことを言ってくれるんだもの」

 

 

あの時って、いつ?

 

……いや、違う。私が一緒に謝りに行って、結束バンドに入れてもらったんだ。

虹夏ちゃんは怒るどころか泣いて喜んでくれて、リョウ先輩も笑って……。

 

そうだ、そうだ!

全部うまくいったんだ。私の決死の土下座は無駄じゃなかった。

ライブハウスの冷たい床の感覚は今でも覚えてる。

だからこの感触は────

 

……でも、これっていつの記憶なんだろう。

わからないけど、素直に出た言葉と湧いて出た記憶が偽りだとは思えない。

 

導かれるように顔を上げれば、涙目の喜多ちゃんがこちらを見ていた。

 

 

「ひとりちゃんのおかげで不安がなくなったわ」

 

「そ、そんな、私は何も……」

 

「ありがとう。これからもよろしくね」

 

 

手渡されたピックが重い。

抱え込んだギターが解放され、苦しげに音を鳴らした。

そうだ、私はこの言葉を聞いたことがある。どこかで、忘れがたい思い出として。

 

さっき聞いていたのは、明らかに前の虹夏ちゃんの話だった。

今回の出来事も、私の記憶のうちに確かにあったことを鮮明になぞっていた。

もしかして、喜多ちゃんもリョウ先輩と同じで────

 

 

「……あら? 何の話だったかしら?」

 

 

気づいた時には遅く、もうあの()()()()はいなくなっていた。

 

スマホに届いた通知はふたつ。

ここにいないふたりの了承を得て、パーティの開催が決定していた。

 

喜多さんは喜びつつも不思議そうに首をかしげる。

 

 

「後藤さん、これって何のパーティをするんだっけ?」

 

 

喜多さんが発案者なのに……!

具体的な話が浮かばない私はとっさに適当なフレーズを口ずさむ。

青春っぽくて喉につっかえたけど、これしか思いつかなかった。

 

 

「あの、えっと、がっ、合宿、みたいな」

 

 

自分で言っていてしにそうになる。合宿って何?

外国語? えっ、国語辞書に載ってる? 嘘だぁ。

その聞き慣れない青春っぽい言葉に火が付いたのか、喜多さんの声が轟いた。

 

 

「合宿! いい響きね!」

 

 

すさまじい勢いに押され、体がひっくり返りそうになる。

ギターをなんとか支えにして立ったものの、喜多さんの表情は限界を超えたように満開だ。

これ、私がどうにかしないといけないのかな……?

 

その日はハイテンションのままの喜多さんをなんとか宥めつつ、私のできる精一杯の対応を行った。

……って言っても何もできてないんだけど。

 

最後はギターの練習どころでなくなってしまい、早々にお開きになる。

でも、こういうのも青春っぽい。

スケールは小さくても、コンプレックスを刺激されても、私にとっては十分すぎるイベントだ。

 

 

「後藤さん、当日はお願いね」

 

「わ゛っ」

 

 

お手本のようなウィンクに悩殺される。

眩しい! 眩しすぎる!

 

顔全体を覆っていた両手を剥がした後に見えた、喜多さんが私へ向ける視線はいつも通りだった。

 

 

 

 

 

 

そんな体験をしていれば、自然と気にもなってくる。

私は覚えていないようで覚えていることを、虹夏ちゃんは知っているのだろうか。

 

記憶に残る虹夏ちゃんの姿はどうだろう。はっきりとは思い出せない。

それよりも今の、何事にも前向きにぶつかって、たまに失敗してもへこたれない姿が浮かぶ。

あまりにも違いすぎて、現実味がない。

 

夢でも見たのかもしれない。

妄想の記憶かもしれない。

でも、説明できないことが多すぎた。

 

 

「聞いて、みようかな」

 

 

だから、ほんのちょっとだけ勇気を出す。

虹夏ちゃんに、私の思い出について聞いてみよう。

 

たぶん、怒られたりはしないと思う。

そういう願望の可能性も否定はできないけど、違ったら忘れてもらおう。

 

初ライブが迫る中、私は小さな決意をする。

それが正しくなくても、誰かに答えをもらえれば安心できるような気がした。

 

もし、この思い出が本物だったら、その時は────

 

 

「その時は、どうしたらいいんだろう」

 

 

狭く暗い押入れの中、書き込んだノートに語り掛ける。

白い部分をほとんど埋め尽くしてしまったそれは、書き上げたフレーズ以外の言葉を返すことはなかった。

 

 

 

 

 

それから数週間、私は常に考え続けた。

 

 

 

ライブが近くて練習に気合が入ってて言いづらい。喜多さんもうまくなってきてるし止めたくない。今日は聞くのやめとこう……。

 

虹夏ちゃんが遊びに来てくれたけど喜多さんもいる。変な空気にさせるのはよくないし次の機会に聞こう……。

 

無事にバンドTシャツもできたし、みんなの思いも纏まってきた。変に水を差すのはやめとこう……。

 

明日はライブだし、集中できなくなるかもしれない。また今度聞こう……。

 

 

ライブ当日に空気を乱すなんてもってのほかだ! 今は聞けないな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……ぁ……」

 

 

後藤ひとりの意志の弱さは自分がよく知ってる。知りすぎてるくらいに。

だからちょっと決意したくらいじゃ、自分の世迷言を事実かどうか本人に確かめるだなんて大胆なことはできない。

 

私なら一番わかってたはずなのに。

私なら一番わかってたはずなのに!!

 

あまりの不甲斐なさに、哀愁漂うバラードが一曲書けそうだった。

でも手元のギターはケースの中で眠っている。

なぜかって? それは、この場所がライブハウスじゃないから。

 

 

「メニューのここからここまで全部食べたいな」

 

「リョウ、お前……奢るって言っても限度あるからな」

 

「店長。ゴチです」

 

「リョウ先輩、好き嫌いなく食べられるのって素敵です」

 

「私はお酒の追加~!」

 

「お前は水でも飲んでろ。すみませーん、枝豆だけくださーい!」

 

 

 

打ち上げ場所の居酒屋のささやかな騒がしさに、私の怨嗟の想いは掻き消される。

そうだ。ここはお祝いの場なんだ。変に考えるのはやめとこう。

 

グラスに入ったコーラを呷れば、喉元を過ぎる刺激に心が洗われるようだった。

そして目の前で和気藹々と話しているみんなを見て、少しだけ安心した。

 

今日の初ライブは確かに成功した。

台風が来たせいでお客さんの入りは確かに少なかったけど、それでもいろんな人が見てくれた。

 

いつも見ているものよりスケールは小さいものの、まるで夢のような出来事だった。

……あれ? もしかして今見てるのも夢?

 

刹那的な恐怖に視界が真っ暗になりつつも、漫然とポテトを口へ運ぶ手は止まらない。

素朴でおいしかった。たぶん現実だ。

 

 

「後藤さん、どうしたの?」

 

 

隣から喜多さんが話しかけてくれる。

慌てて話題を探そうにも、止まっていた思考回路はうまく回らない。

なぜかはわからないけど、あの相談に乗った日から、喜多さんの距離が近くなったような気がする。

うれしいと思う反面、困惑する気持ちも強い。

 

 

「え、えっと、なんでもないです」

 

 

めちゃくちゃ面白くもなんともない返しが出た。

これじゃ壁に話してる方がマシなんじゃ……。

もたれかかった居酒屋の壁に、尊敬と申し訳なさを感じていると、喜多さんは何かに気づいたように目を見開く。

 

差し出されるメニュー。

リョウさんが名残惜しそうに見ているそれは、私の手の内におさまった。

 

気づけば、そこに店長の視線が注がれる。

加えて、リョウさんの視線も現れる。

 

えっ、なにこれ。

なんでみんな、ニコニコしてるの?

 

 

「何か頼みたかったんでしょ?」

 

「おお。ぼっちちゃんは何頼む?」

 

「ぼっち、メニューの左上から読み上げて」

 

「あっ、あぁ」

 

 

次々に話しかけられて思考がパンクする。

さっきまで何を大事なことを考えてた気がする。

考えなきゃ、整理しなきゃ、えっと、えっと……。

 

視界が文字で埋め尽くされる中、唯一シンプルに表されたピクトグラムが目に入った。

そうだ、これだ!

 

 

 

 

「すみません、私、トイレに……」

 

 

 

 

 

 

 

慌てて逃げた外の景色は程よく明るく、街灯がイルミネーションのように輝いている。

吹いてきた夜風が心地いい。

ふと見上げた星空が、怖いくらいに近くに見えた。

 

そしてすぐそばに、ひときわ目立つ輝きがひとつ。

 

 

「ぼっちちゃん」

 

 

私はその背中をずっと探していたような気がした。

自動販売機の人工的な明るさに照らされた星は、堪えきれないように張り詰めた顔をしていた。

 

その姿はいつか見た、いつだって見たことがない様子で。

どこかブレた輪郭を帯びた姿が幻想的で。

 

ふたりきりの今がチャンスかもしれない。

この()()()()()なら、答えを持っている気がした。

 

 

「どうしたの? 抜けてきたの?」

 

「あっ、はい」

 

 

他愛のない会話の切り口だった。

それが、探りを入れられているように感じるのは、私の考え過ぎかもしれない。

 

熱に浮かされていたあのライブの瞬間は過ぎ去った。

それでも緊張が止まないのは、なぜだろう。

 

 

「虹夏ちゃんに、聞きたいことがあって」

 

「なに?」

 

 

首を傾げる姿はあどけない。

結った髪の毛があの日のブランコのように揺れる。

 

彼女は何かを言いたそうにしている。

それでも、じっと私の言葉を待ってくれていた。

 

都会の夜は、思いのほか静かだ。

壁を一枚隔てた先では、みんなが確かに騒がしく話しているはずなのに、この世界には彼女と私のふたりきりで閉じ込められてしまったようだ。

 

 

「虹夏ちゃんは、ぶつかった私にチョコをくれましたよね」

 

 

思い出した出来事を伝える。

それから私は勇気を出せず、下北沢に二度と足を運ぶことは無かった。

その後は……もしかしたら、虹夏ちゃんに会う機会があったのかもしれない。

 

 

「虹夏ちゃんに、私は偉そうに説教しましたよね」

 

 

思い出した出来事を伝える。

連絡先をもらった私は、その手の中に手がかりを溶かした。

その後は……虹夏ちゃんと再会できたのかもしれない。

 

 

「初めてサポートで入った時より前……虹夏ちゃんとの思い出があります」

 

 

他にもたくさん、思い出があった。

どれもこれも語りたくなる。でも、確証があるのはこのふたつだった。

 

普段は鍵がつけられていて、見ることができないアルバム。

きっかけさえあれば、引き金を引くように簡単に開けられる。

その記憶の中には、開けば無限に語れるほどの忘れがたい思い出がたくさん詰まっているに違いなかった。

 

滞らずに回る口に自分でも驚く。

それ以上に驚いている虹夏ちゃんの姿は、人工物の灯りに照らされて影をふたつに分けた。

 

 

「だから……私は、虹夏ちゃんに会った時、名前を知ってたんです」

 

 

夜道を通る人はいない。

この広い世界で、隠しもせずに内緒話をしているのに、その内容を伺うものはどこにもいなかった。

 

沈黙が続いた。

虹夏ちゃんは驚いた顔をそのままに、ゆっくりと瞬きをする。

 

……もし、虹夏ちゃんが全然知らなかったらどうしよう。

 

やばい人だって、思われたかもしれない。

後悔が滝のように押し寄せる。

街灯の眩しさを言い訳に顔をそらしてしまう。

 

言わなきゃよかった。

言わなきゃよかった!

言わなきゃよかった!!

 

 

「ぼっちちゃんも、私みたいに繰り返してたの……?」

 

「……え?」

 

 

言って、よかったんだろうか。

 

顔を上げると、そこにはいつか見た彼女と同じ顔をした虹夏ちゃんが居た。

 

どんどん思い出す。

体験していないはずなのに、あの日の後悔に苛まれるような気分だった。

 

滲んだ手汗を拭うのも忘れて、私は彼女の手を取った。

このままじゃ居なくなってしまうような気がしたから、それはもう、必死に。

 

勢いで頭も下げる。

顔を見られないうえに、申し訳ない気持ちでいっぱいになったから。

それはもう、必死に。

 

 

「いやっ、その、断片的に覚えてるだけで、私みたいに暗くてジメジメした陰キャに話しかけてくれる思い出があったかな、なんて、妄想かもしれないと思ったんですけど、やけにリアルだったから聞いただけで、それにリョウ先輩も、喜多ちゃんとも話をしてたら違和感があって、なんか、なんか知ってるなー、みたいな、既視感っていうんでしょうか、いや、見てないんですけどね、知ってるのに知らないって変ですよね……でも結束バンドは四人でずっと一緒にやってて、うれしくて、とにかく……!」

 

「わーっ!? わかった。わかったから落ち着いて、ぼっちちゃん。落ち着こう?」

 

 

急に壊れたロボットのように話し出す私を宥めてくれる虹夏ちゃん。

これじゃどっちが心配していたかわからない。

 

自分より慌ててる人を見たら冷静になる、っていう実例を初めて見た気がする。

冷静に傍目から見たら奇行だった。忘れて、忘れてください……。

 

酸欠で回らない頭を抱えていると、頭上から声がする。

さっきまでの張り詰めた声じゃなくて、程よく緩んで伸びた口調だ。

 

 

「じゃあ結局私だけかぁ……。いやぁー……いつから気づいたの?」

 

「えと、急に思い出したというか、なんというか、教えてもらったというか」

 

「教えてもらったって、誰に?」

 

「えっと……」

 

 

たった二言。

リョウさんが残した言葉が思い返される。

 

だからといって、小粋な切り返し方も思いつくわけもなかった。

 

 

「えっと、その……虹夏ちゃんには、秘密です」

 

 

眼を泳がせながら告げたその言葉は、夜の闇に響き渡った。

それを聞いて、虹夏ちゃんは不満げに顔をしかめながらも、しっかりと笑っていた。

 

 

「なんで秘密なのー? まあ、だいたいわかるけど」

 

「アッ」

 

 

己の交友関係の狭さを呪う。

こんな話ができる人、というか教えてくれる人なんて限られすぎていて簡単に当てられてしまう。

私の混乱を他所に、頭の中のリョウさんは口元を隠して笑っているような気がした。

 

 

「あのね。ぼっちちゃんに会ったのは初めてじゃなかったよ」

 

 

その答えに、すごく安心した。

 

これは、水中の泡を掴むような荒唐無稽な話。

不安定な薄氷に立った妄想かもしれない仮定の話だった。

 

それを虹夏ちゃんは、ごく普通のこととして受け止めてくれた。

少しだけ、寂しそうに口元を歪めて。

 

 

「最初に私の名前を言い当てちゃうから、何かあるなーとは思ってたよ」

 

 

その頃の私は自覚がなかった。

その時点から思い出していたと誤解されても困る。

どう伝えようかと言い淀んでいると、虹夏ちゃんは今度こそうれしそうに笑っていた。

 

 

「私の努力は、無駄じゃなかった……のかな? なんてね」

 

 

それは、噛みしめるような呟き。

私にはわからない、重さを含んだ言葉だった。

 

大きすぎて口には出せない願いだけど、虹夏ちゃんの告げた努力のすべてが報われたらいいな、なんて思ってしまった。

夜空はこんなにも、彼女を照らしているんだから。

 

 

「じゃあ未来を知ってるぼっちちゃんなら、私の言いたいこともわかる?」

 

「えっ」

 

 

いつの間にか詰められた距離。

さっきまで手を伸ばしても届かない距離に居たのに、今ではつま先が触れそうなほど近い。

 

灯りが逆光となって顔色が見えない。

月よりも遥かに狂気的なふたつの星が、こちらをじっとりと見つめていた。

 

 

「それは、どう、いう」

 

 

いつもと違う。

こちらへと手を伸ばす虹夏ちゃんの姿には、超然的な雰囲気が漂っている。

 

色気にも似た、目を惹きつけすぎる動き。

それは、不気味なほど洗練されていて、鋭く砥ぎすまされていた。

 

見えない瞳から強い感情を感じる。

それが何か、私には見当もつかない。

 

 

 

私は、ただ迫りくる手を、避けられなかった。

逃げるように眼を閉じたのは、正解だっただろうか。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

やけに近く聞こえたその音が、私を再び目覚めさせる。

肌に触れた熱が、焼けるように熱い。

 

ただわかったことはひとつだけ。

背中に回された手の意味を知らないほど、私はバカじゃなかったんだ。

 

 

「にっ、虹夏ちゃん……?」

 

「ありがとう。私を助けてくれて」

 

 

自分の心音なのに、重なって聞こえる。

汗をかいてるはずなのに、いい匂いがする。

夜なのに、こんなにも眩しい。

 

 

「全部、全部、全部! ぼっちちゃんが私を見つけてくれたおかげ!」

 

 

わからないことばかりだった。

お礼の意味も、この混ざった記憶も。

 

私を見つけてくれたのは、間違いなく虹夏ちゃんで。

見つけてくれたことに感謝するべきなのは、間違いなく私で。

 

ぎゅっと抱きしめられると、こんな感じなんだ。

こんなに満たされた気分になるんだ。

 

初めての感情と感触に戸惑いしか感じない。

顔のそばで揺れる虹夏ちゃんの髪の毛がくすぐったい。

 

思考が纏まらないまま宙に舞う。

空を見上げると星空が広がっていた。

 

ただ、空に瞬く星がこんなにも綺麗なのは、私が頑張ったからだったらうれしいな、なんて。

そんな風に思えた。

 

 

「ねぇ、ぼっちちゃんがギターヒーロー……あれ? ぼっちちゃん? おーい……って息してない!? し、死なないでーッ!!」

 

 

 

 

瞬いた星の隙間。

虹夏ちゃんに似た、大人の女性の姿が見えた。

満足そうな微笑みがそっくりだ。

 

その人は私を見た途端、うっすら透けた顔色を真っ青に変えると、必死の形相で私を戻してくれた。

虹夏ちゃんに似てる人は、みんな虹夏ちゃんみたいに優しいんだなぁ。

 

その格言みたいで格言じゃない、未練が残りまくりそうな思いを遺言に、後藤ひとりの生涯は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

       ─完─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!!!」

 

 

ひどい!!

ひどい夢を見た気がする!!

 

ばさりとシーツが舞う。

静かな暗闇。エアコンの音。時計の針が進む音。

窓から見える風景は、見慣れているようで初めて見る。

 

 

「あ、あれ……ここどこ……?」

 

 

手探りで宙を藻掻いても何も見えない。

電気の位置もわからないし、スマホも近くになさそうだ。

月明かりに目が慣れるまで、私はおとなしく待つことにした。

 

 

「……」

 

 

じっと目を凝らせば見えてくる。

ベースをはじめとするいくつかの楽器。それにハンガーラック。

本棚っぽい何かと何かと何か。なにこれ?

他に、棚にはぬいぐるみがあって、近くには大量の紙がぶら下がっていた。

 

 

「なんだろ、これ」

 

 

見えるようになった足元を目視しながら、すり足で移動する。

この紙は何? 写真?

あんまり触るのもよくないし、どうしよう。

 

もう一歩、近付く。

 

 

ぐにゅ。

 

 

「ぐぇ」

 

「ァッ!?」

 

 

何か踏んだ!!

やわらかい床!! 今の何!?

 

転びかけて体勢が崩れるのをなんとか堪える。

瞬間的にパニックを起こした私の足元から聞こえた悲鳴は、なぜか聞いたことがあるような声だった。

 

 

「……あ、ぼっちちゃん起きた?」

 

「えっ……虹夏ちゃん?」

 

「うん。電気つけるね」

 

 

暗闇の中でのそのそと何かが動く。

迷いのない挙動に怯えながら待っていると、部屋に輝きが満ちた。

 

それは、私の犯した罪が確定した瞬間だった。

虹夏ちゃんを足蹴にしたという重罪が。

 

私の視界は床に吸い込まれた。

慣れた挙動なのが自分でもわかる。かなしい。

 

 

「すみませんッ!!」

 

「うわっ、頭上げてよ。ぼっちちゃんが怪我しなくてよかった」

 

 

背中に手があてられた。

優しさの権化のようなその慈悲に涙すら出そうだ。出た。

 

 

「いやー、ぼっちちゃん気絶しちゃったから驚いちゃった」

 

「えっ?」

 

「ほら、居酒屋から出てさ、ふたりで話したでしょ?」

 

 

記憶を辿る。

確か、虹夏ちゃんにぎゅっとされて、それから。

それから……? 記憶がない。

 

 

「放っておくわけにいかないし、ウチに連れてきたんだよ。終電なくなっちゃって……色々ごめんね」

 

 

言葉を理解するのに時間がかかった。

ご両親に許可はもらった、なんて言葉が右から左へ抜けていく。

私の罪はひとつだと思っていたが、そうじゃなかったらしい。

 

まず意識を失って虹夏ちゃんに運ばれた。

そして虹夏ちゃんの部屋にお邪魔することになった。

その上で家主を放り出してベットを占領して爆睡した。

挙句に恩人の虹夏ちゃんを踏みつけた。

 

腹を切るほかないのでは?

 

 

「死にます」

 

「ここで死なれたらもっと困るんだけど!」

 

 

決死の覚悟は半笑いで受け止められた。

じゃあ、どうすればいいんだ?

 

 

「そういえばぼっちちゃん、何か探してたの?」

 

 

困惑する私を他所に、虹夏ちゃんは何気ないトークを始めた。

私のせいですっかり目が覚めてしまったみたいで申し訳ない。

なのでこれをせめてもの償いとするべく、恐る恐る、ここへ至った経緯について供述した。

 

 

「その、それが気になって」

 

「あぁ、それ? そこはね……」

 

 

虹夏ちゃんはぶら下げられた写真を指で揺らした。

クリップで連なったそれが次々に揺れる。

 

その中で、虹夏ちゃんが子供のころの写真は、ごく一部だけだった。

ほとんどは今と変わらない姿のものばかり。

そのどれもが、誰かと笑って映っていた。

 

 

宝くじを持っているリョウさんとふたりの写真。

楽器を持ったリョウさんとふたりだけの写真。

 

クラスメイトらしき人たちと遊んでいる写真。

店長と神社に来ている写真。

 

路上ライブで撮られたらしい、リョウさんとの写真。

喜多さんを中心にした写真。

 

そして、馴染み深い結束バンドのアー写。

 

 

どれもこれも、笑顔が絶えない楽しそうな思い出。

そんな思い出が連なる場所。

虹夏ちゃんにはしみじみと、懐かしむように呟いた。

 

 

 

「そこは失敗だらけの虹夏ヒストリーだよ」

 

 

 

失敗なんて微塵も感じさせない写真たち。

その裏にどんな道のりがあったのか、その表情から窺い知ることはできない。

 

それでも、私が感じ取れるくらい簡単にわかることがあった。

 

 

「失敗なのに、うれしそう……?」

 

「それも全部ひっくるめて、私の夢だからね!」

 

 

夜中の部屋の中で輝く、ひときわ目立つ眩しい光。

その傍にいれば、私も輝けるような気がした。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、虹夏ちゃんに似た人に助けられました」

 

「私に似た人……? 誰?」

 

「はい。なんだか透けてて、浮いてました」

 

「えっ!? それ幽霊じゃない!? ぼっちちゃん、ほんとに大丈夫なの!?」

 

「あっ、はい」

 

 

 

 

 

--------------

 

 

8月△日

 

台風が来たけどなんとかライブ成功!

ライブ中のパフォーマンスで、ぼっちちゃんがギターヒーローだったっていう衝撃の事実が判明した。

感極まって抱き着いちゃったら気絶されて、それはもういろいろびっくりした。

 

もし、次に私がやり直しても、これまでのことをちゃんと覚えてるかはわからない。

ぼっちちゃんがギターヒーローだって知ってたら、絶対に期待して、求めて、今回みたいにうまくいかないと思う。

 

だから、私は夢を全力で楽しむ。

後悔しないように。全部じゃなくて、なるべく取りこぼさないように。

 

じゃあ次はアルバムとか作ろう!

それでもっと、思い出も作ろう!

そうやって、私の歴史を埋めていくんだ。

 

明日は何をしようかな。

時間はいっぱいある。

 

夏休みはまだ、折り返したばかりだから。

 

--------------




そして原作へ……。


・虹夏ちゃん
 我らが結束バンドのリーダー。ループの影響で数多くの思い出を残す。
 伊地知先生の今作に、強くご期待ください。


・ぼっちちゃん
 我らがギターヒーロー。ループの要因となる存在にニアミスした。
 誰よりも多く記憶を持ってるのは、結束バンドの日々すべてが忘れがたい思い出だったから。


・リョウ
 前回あたりから虹夏との思い出に気づいていた幼馴染。
 メンタルを病んでいく姿が強烈に残って、頭が焼かれて死にそうになった。
 いつかの世界で虹夏を立ち直らせてくれた輝かしい存在が誰かというのがやっとわかってスッキリ。


・喜多ちゃん
 他の交友関係が強く記憶は少ないが、逃げたのが悪い思い出。
 ぼっちによる迫真の土下座によって救われたのがいい思い出。


・結束バンド
 実はどのループでもいずれは結成されることになるバンド。
 どう足掻いても、後藤ひとりが居る限り結成の運命からは逃れられない。






・この物語の誕生秘話

ぼっちちゃんに出会えた運の良さとか、ぼっちちゃんへの献身とか、夢への覚悟を持ってる割に楽観的な虹夏ちゃんの姿勢とか、そういうすべてに対する自分なりの解答として、5巻でのセリフを主題に拙作が誕生しました。

虹夏ちゃんの成長物語を描こうとするにあたり、原作開始前から始めたいという気持ちがありました。
しかしそうすると、ぼっちちゃんたちの加入前や結成後の展開が本編から大きく逸脱したオリジナルになってしまい、軽快で爽快感があって、うっすらと危うさを秘めている「ぼっち・ざ・ろっく」の原作の良さを全く生かしきれなくなり、非常に頭を悩ませました。

その経緯から、描写がある程度アニメで補完され、背景が固まった部分を繰り返すループものとして描くことになりました。
リョウのバンドを抜ける時期、「文化祭に出てない」という文言に合わせるために強引な理由付けになった感じは否めません……。

それでも、最後まで楽しんでもらえたのなら幸いです。



ここまで見てくれてありがとうございました。
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