後藤直樹は激怒した。必ずや後藤家に夏休みの思い出を作ってみせると決意した。後藤直樹は人類に対して博愛的な感情を持ち合わせていなかった。
けれども家族愛には人一倍敏感であった。後藤直樹は組織に出向き遅めの連休を取得して家族に宣言したのだった。
「家族旅行に出掛けよう!!」
・
・
・
そうして現在私達はリヴァプールに向けて生まれて初めて飛行機に乗ってるという訳です。あ"あ"あ"あ"あ"行きたくねぇ!いや、この言い方だと語弊が有りますね……本当は行きたい!
特にリヴァプールなんてロックの聖地!ロックミュージシャン目指してるんなら一度は行っておきたい所!あの横断歩道を渡りたい……。
しかし私のような陰キャ指数の高い者が行けばたちまち魔女狩りからの火炙り。よしんば炙られなくても川に投げ込まれて浮かんだら魔女、沈めば人間という生還する手段の無い魔女裁判を受けることになるでしょう(偏見)。
まずは国内旅行で経験を積んでから海外に行きたいと思ってたのに……いや国内も無理だな。湘南とかパリピの巣窟に連れ込まれた日には爆ぜること間違いなし。
「お姉ちゃん……」
ふたりが心配そうな顔をしてジャージの袖を摘まむ。そうでした。私が初めてということはふたりも初めて。不安な感情を見せては行けませんね……。
にしてもこんなことになるとは想像も付きませんでした。まさか乗った飛行機がハイジャックに遭うなんて……。
「お前ら動くんじゃねぇぞ」
覆面を被ったゴツい女性二人組が乗客にピストルを向けて威圧しています。とても恐ろしいです。
しかし不幸中の幸いと言うべきでしょうか……。とりあえず飛行機は離陸出来ない状態です。このままいけば家族旅行は中止となるでしょう。
お父さんの好意を裏切るような感じで山々ですが……さすがに英国は無謀すぎる……。まだ国内旅行でさえ満足にクリアしていないのに海外は無いです。
ギター触ったばかりの子にフジロックで演奏させるくらい無茶です。
まぁ現代の日本でハイジャックなんて成功するわけ無いだろうし……飛行機が飛ばなければ私も苦しまずに済みます。
そんなことを思ってるとハイジャック犯の会話が聴こえてきました。
「なぁ姉貴……やっぱり私達には無理じゃないかな」
「え?」
今のは私の声です。
「乗客を見てみたけど何だかヤクザみたいなのが多いし……」
「確かに……私達の方が人質みたいな気分になってきた……」
「やっぱ自首しようよ……。今なら誰も傷つけてないし罪も軽いから大丈夫だよ」
ちょっと待て!!それはちょっと早すぎるんじゃないか!?
不味いですね……今解決したら家族旅行が再開されるんじゃないでしょうか?だけど……いくらなんでもハイジャック直後にそんな……いやあの両親ならやりかねない!!
かといってこの人達をけしかけて事件を長引かせるマネは出来ません……。いくら私がロックでも犯罪に加担するほど腐っていません!!
そう……やはりココは犯人の自首を願うべきなんです一市民として!!
「そうだな……お前の考えはよーく分かった。よし!!じゃとりあえず飛行機を飛ばそう」
「ち、ちょっと待ってください!!」
「え?」
犯人の突拍子の無い言葉に思わず声を掛けてしまいました。犯人達が私を睨んできて怖いのですがここで退いては撃たれてしまいます。
覚悟を決めろ!後藤ひとり!!
「あ、あの……『え?』じゃありません!い、今の話の流れからすれば改心して自首した方がいいって話になっていくべきじゃありませんか!!ああなた『よし分かった』とか言っておきながら『飛行機を飛ばそう』って全然話繋がってないじゃありませんか!!ひヒコーキだけに話が飛んでるなんてなんて通用しませんよ!!」
よし!言い切った偉いぞ私!私の怒涛の言葉に文句を言われるとは思わなかった犯人達がたじたじとなっている。
「すまん……実は私飛行機乗るのが初めてなもんで気が動転しちゃって」
「な、何ですって?わ私もです……気持ちはよく分かりますが一度冷静になって話を進めてみましょう!!」
「そうだな……だけど私……人がいっぱいいるとアガっちゃってダメなんだ……出来れば人の少ない所で話し合いがしたい」
「よ、よーし!!み皆さん飛行機から降りてください!!」
「え~!!家族旅行はどうなるの?」
「私のチョコ食べていいから!」
ふたりが家族旅行について心配しているが私の高等な交渉テクニックで退けさせる。
十数分後。外からニュースキャスターらしき声が聴こえた。
『人質の大半が解放された模様です!!現在機内に残っているのは犯人二名と機長。そして女子高生が一名だそうです!!』
そんな声を聴き犯人達が話し合いを始める。
「いや~人が少なくなってホッとしたよ」
「姉貴は人見知りするからな……」
「そ、そうですか……よかったですね……」
覆面の上からでも分かる彼女らの安堵の表情を見つつどうして私は飛行機から降りなかったのだろう。
「なんだかアンタがいると心強くなってくるぜ」
「え?」
「そうだよ!!この人の言う事を聞いてりゃ無敵だよ。もう自首しようなんて気はサラサラなくなってきたね!!」
ヤバい……いつの間にか共犯者みたいになっている……。しかも自首どころかハイジャック犯が私に指示を仰ごうとしてるし……。
「これからどうするアネキ!?ちなみに私達はやる気マンマンだぜ」
ア、アネキ!?
「ちちょっと待ってください……えーと……」
これはマズイ。どうにかしないと……。
「よ、よし!で、では日本政府にとんでもなく無理な要求をしてください!!」
「よーし分かったぜ!」
「じゃ大きく出て20億持ってきてイギリスに飛べって要求してやる!!」
姉貴分が電話をどこかに掛ける。おそらくそういう系の所にだろう。よく電話番号知ってるな。
しかしコレでいいでしょう。無理な要求をすれば国も簡単にはOKを出さない……。こうして時間を稼いでおけば警察も動いてくれるはず!!私も飛行機から降りられる……。
「OKだってよ……」
「ううそ!?ちちょっと待って!!」
こうして速やかに20億円が積み込まれ飛行機はイギリスへと飛び立った。
なんだかスゴい気持ち悪いです……。これは初めての飛行機という事による乗り物酔いもさることながら私のせいとはいえ20億円を奪った犯人の人質になっているというプレッシャーもあるに違いありません!!
「何だかボスの元気が無いな……」
「そうだね姉貴……」
「わ私はボスじゃありません!!」
・
・
・
そんなわけで私は今、なんだかんだあってリヴァプールにいる訳なんですが……どうしましょうか……。日本とは違う風景に行き交う人々。
情報量が多すぎて体が溶けそう……いや、ちょっと溶けた。
「Hey!!そこのピンク女!」
「アッハイ!なな何でしょうか……?」
「怪しい奴だな。職務質問をする」
慌てていると後ろから警察官の方に声を掛けられました。イギリスにも職務質問というものが有るんですね。しかしこれは渡りに船。この警察官に私の事情を説明すれば日本に帰れるかもしれない……。
ちなみに今の会話は全て英語で話されています。洋曲の勉強をしたお陰もあり実は私、英語話せれるので……。すいません。調子に乗りました。
「じゃあまず身分を証明するものを出せ」
「………………あ」
そういえばパスポート持ってきてなかった!!
こうして私は不法入国者として人生で初めて留置所で夜を明かしたのだった。STARRYの皆は今頃何してるんだろ……さすがに私のことを心配してるよね?
しかし状況が最悪なせいか脳裏に浮かぶのはネガティブなことばかり……。
『新しいギターだよ!』
『後藤さんと同じくらい上手です!』
『しかも金持ち』
「あびゃぁあ!!?私の居場所が!?」
「おいうるさいぞ新人!ようやく酒が抜けて寝れそうなんだ!」
「すすいません!」
「まったく……」
同室の方に怒られてしまいました……。少し経って白髪の老人が私に背を向けて寝息を立てます。私も寝ようとした時、一つ気になりました。
老人のベッドの下にギターケースがあることに。この人もギタリスト何でしょうか?
・
・
・
一方STARRY 。
「後藤さん大変でしたね。乗った飛行機がハイジャックに遭うなんて」
「無事で何よりだよ」
「まぁそうだな」
「すごく言いたいことが有るんだけど……言っても良いのかな私?」
虹夏はリョウと喜多を奥に連れていくと後藤について尋ねた。
「ねぇぼっちちゃんなんだか変わったと思わない?特に見た目が!」
「え?そうですか?」
そう言って喜多は椅子に座る後藤を見る。
「あー確かに椅子に座っていますね……普段ならゴミ箱の中に入っているのに……」
「夏休み特有の高めのテンションなんだろう。きっと」
「そうじゃなくて顔だよ!覆面着けてるじゃん!」
「伊地知先輩。いくらなんでも顔について言うのは……」
「体もゴツくなってるし別人だよ!」
「私はそうは思わないな」
「リョウ先輩!」
「虹夏……よく思い出してほしい。ぼっちはよく体を変形させていた。ゴジラ並みの巨大生物から微生物。気体や液体、名状しがたい不定形にもなった……」
「そ、そうだけど……」
「それをふまえると少し体がゴツくて覆面被ってるくらい誤差みたいなもんだと思うけど」
「うっ……そう言われると何だかそんな気がしてきた」
「まぁでも普段と様子が違うのは確かだし何か有ったのかもしれない。この夏休みプライベートでぼっちと会った人はいる?」
「すいません。私は友達と遊んでて一度も……」
「私も家族といたから会ってないね……」
「私も映画見てたから会っていない」
「誰とも会ってないんだね……ぼっちちゃん……」
その後、店長の提案で結束バンドは練習を中止にし夏休みの思い出を作るために江ノ島へと遊びに行くことになった。
一方、マスクの下で後藤は冷や汗を流した。
(マズイ……とりあえずの潜伏先でアネキのバイト先でやり過ごそうと思ったが……まさかロックバンドをやってるとは……。いやそれよりも……)
後藤は表情を変えないように無表情を貫く。
(今の私は指名手配犯。江ノ島という観光地に行ったらバレるかもしれない……というかなんで今バレてないんだ?普段顔を会わしてるメンバーならバレるかもと思ったが……)
「後藤さん?大丈夫?」
(このお節介の赤髪はどうやら姉貴と同じ高校のようだ。怪しまれるとマズイし……行くとするか)
「Tropical Love Forever」
「ほら伊地知先輩!いつもと同じ後藤さんですよ!」
こうして結束バンド一行は江ノ島へと出掛けた。海の家でしらす丼を食べたり、ソフトクリームを食べたり、いかせんべいを食べたり……食べてばっかりの現状に喜多さんキレる!
「食べてばっかりじゃないですか!」
「いや~美味しそうでつい……」
「デザートは別腹」
「メキシコには無い食事でつい……」
「メキシコ!?まぁともかく私はもっと記憶に残る思い出を作りたいんです!」
「このいかせんべいも充分記憶に残ると思うんだけど」
「こう……皆で何かやった。そんな記憶が欲しいんです!」
「例えば?」
「アレです!」
そう言って喜多は山の頂を指差した。近くの看板には展望台
と書かれている。
「ま、まさか……これを登るのか?」
「皆で観に行きましょう!」
キターンという効果音と共に喜多が山田の背を押す。
「自力で登る景色ほど良いものは有りませんよ」
「いや、そんなのはいい」
「ほら、伊地知先輩も後藤さんも!」
「いや~私は……」
「私も……」
と断ろうとしたが二の句を継ぐことが出来なかった。この時、江ノ島は快晴。喜多の陽キャパワーは日の光を浴びたことにより当社比200%の上昇を遂げていた。
結束バンドに登らないという選択肢は消え去った。
こうして中段まで登ったが喜多と後藤以外は既に疲労困憊。立つことすら覚束ない有り様であった。
「もう!皆さん頂上まであと少しですよ!」
「き、喜多ちゃん少し休ませて……」
「もう無理……」
そんな時、後藤は警戒の為に周囲を見渡した。その時、人だかりが出来ている所に目を向けると有るものを発見した。
「ん?」
「どうしました後藤さん?」
「エスカレーターで行けるらしいぞ」
「「おお~っ!」」
「自分の足で登りましょうよ!」
喜多が駄々をこねるが既に三人の意識はエスカーに向けられており自然と足も乗り場へと向かっていた。しかし……。
「えっ?これお金とられるの?」
山田は絶望していた。既に金が無かったからである。
「いらっしゃいませー」
「すいません!」
「はい?」
「実は私お金持ってなくて……ベース結構良いの持ってるんです!なんなら二本付けます!」
「えっ?うちそういうのやってないです」
「三本付けます!」
しかし店員さんは職務を全うしチケット購入を薦める。そんな様子を見てた後藤が山田の肩を引っ張る。
「山田。変われ」
「ぼっち……」
「交渉がなってない。私はこう見えて交渉に慣れている。私に任せてくれ」
「任せたぞ後藤……!」
後藤が山田の前に出て売り場へと行った。
「あの~すいません」
「うわっ!強盗だ!!け、警察ッ!!」
「ええっ!?」
・
・
・
「まったくもうぼっちちゃんったら……」
伊地知はため息をついた。
「何とか覆面を着けてるのが日焼け防止の為という言い訳を信じてもらえたから良かったものの……気をつけてよね!」
「す、すまん……」
「まぁエスカーに乗れたことですし良いじゃないですか」
「楽チン楽チン」
「リョウ。代金は給料から差し引いておくから」
「あぁ無情無情」
そんな会話のやり取りをしているとエスカレーターは頂上へとたどり着いた。景色は絶景。伊地知はもちろんのこと陰キャよりの山田も珍しくはしゃいだ。
「写真でも撮りますか!」
「おっ良いねぇ!」
「Hey!チーズ」
「「チーズ!」」
「急にテンション上がってる……」
こうして展望台へと向かった結束バンドは程々に景色を満喫しつつ展望台から出ていった。
「あっさり!あっさり過ぎます!!」
「まぁ景色見たから良いじゃん。当初の目標も遂げたことだし」
「さて帰るか」
「もう一つ!もう一つ何か思い出を作りましょうよ!」
「思い出と言っても……」
「じゃあ皆でお詣りに行きませんか?」
「お詣り?」
「ここ江島神社には妙音弁財天という女性の神様で音楽、芸能の神様なんです。皆で江ノ島に行くなら絶対に行きたいって思ってて」
「そうか……じゃあ私達結束バンドの今後の活躍をお願いしないとね!」
四人は賽銭箱にお金を入れて手を合わせた。
・
・
・
「ぼっちちゃん。何か真剣に祈ってたね」
お詣りを終えると伊地知が後藤に話し掛けた。
「確かに長かった」
「真剣な願いだったんですね!」
「まぁな」
(言えない。警察から逃げ切れるようにと、祈ってたなんて……)
そんなことを後藤が考えていた時だった。後ろから声を掛けられた。
「おうこんな所に居たのか!」
「えっ?」
後藤が振り向くとそこには後藤と大差ないゴツい女が三人立っていた。T-シャツの胸元には旧日本プロレスと書かれている。
「最初は怖じ気ついちまったのかと思ったがなるほど弁財天か……芸能の神に祈願していたとは殊勝な心掛けだ」
「えっあの~何かと勘違いしてませんか?」
「あぁ?ふっまぁ確かにプロレスなんだから戦いの神に祈った方が良いかもしれねぇ。弁財天に祈るなんて勘違いと言いたいかもしれねぇ」
「違います」
「だがよ。私らプロレスラーは観客有ってこそだ!観客の声援に応える為ならどんな神にでも祈って良いと思うぜ」
「はぁなるほど……」
「さて……そろそろ試合だ。行くぞ」
「あの~」
「なんだ?」
「人違いだと思うんですが……私は普通の女子高生です」
「どこの世界に覆面被った女子高生が居る!!連れてけ」
「「了解ボス」」
後藤は二人のプロレスラーに両脇を抱えられて連れていかれた。残った結束バンドにボスが近づく。
「アンタらアイツの友達か?」
「えっまぁはい。一応……」
「チケットが余っている。応援しに来てくれ!」
「アッハイ……ありがとうございます」
そう言ってボスは立ち去っていった。
「良かったね喜多ちゃん。忘れられない思い出が出来たよ」
「そうですね……」
「ぼっちの犠牲付きだがな……」
こうして結束バンドは有る意味でいえば記憶に残る夏の思い出を皆と作ることが出来た。
ちなみに後藤は本場メキシコで学んだルチャリブレで場内を沸かしたがそれは本編には関係の無い話なので割愛する。
とりあえず新しい後藤の名前を決めておかないといけませんね。アンケート取ります。ちなみに初期構想ではこの女子はクロマティで後藤の他にクラス代表を決める戦いに出た女子という設定を考えていましたが掘り下げるのが面倒になったので止めました。
覆面を被り後藤に成り代わった女の名前。
-
マスクド後藤
-
ジェット後藤
-
後藤ザグレート