イリアステルの尖兵ルート   作:凍寒

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微かに希望が芽吹く季節

 荒廃したサテライトで夢や希望を軽々しく口にする者は誰もいなかった。未曾有の大災害──ゼロ・リバースは一瞬にして大地を裂き、多くの命を奪い、生き残った人々の心に暗い影を落とす。

 明るい未来を語ろうにも出口のないサテライトで過ごす日々は虚しくなるばかりで、住民の心が腐り乱暴者(デュエルギャング)が我が物顔で振る舞うようになったのも、朽ち木が倒れるように当然の出来事だった。

 

 サテライトに明日はない。

 

 誰もがそう思っていた。不動遊星、彼でさえ諦めの境地に達しかけていた。そんな時だ。彼の前に突如、鬼柳京介と名乗る男が現れたのは。

 

 鬼柳はサテライトの息苦しさを語り、荒廃したエリアに漂う閉塞感を吹き飛ばすにはデュエルで満足するしかないことを説いた。デュエルモンスターズはどんな時も喜びを与えてくれる。各地区にのさばるデュエルギャングを倒して全ての地区を統一すれば生きる気力が湧き、退屈な日々をも脱却できる──夢について熱弁を振るう様子に、サテライトで燻っていた遊星の胸は仄かな高揚感に満たされていく。それは紛うことなきカリスマだった。

 結果として同じ孤児院(マーサハウス)で育ったジャックやクロウも巻き込む形でチームサティスファクションは結成され、四人は停滞を抜け出すことになる。

 

 サティスファクションの結成後も遊星はジャンクパーツを探す日課を怠らなかった。廃棄品の中から使える金属を取り出し、少しでも生活に役立つ物を作ろうと考えていたからだ。他人には単なるガラクタの山に過ぎないとしても、彼にとっては宝の山である。サテライト統一という目標を掲げる以上、デュエルで相手を拘束する道具も必要だった。

 

 

 

「ねえ、何してるの?」

 

 廃材を漁る手を止め、回顧する遊星を現実に引き戻したのは聞き慣れない少女の声だった。

 

 少女はイデアと名乗った。

 サテライト住民にしては上質な服を着こなしている。艶のある銀髪は光に透け、常に澱んだ空気に包まれているサテライトとは隔絶した雰囲気を醸し出していた。過去の記憶を辿ってみても、遊星は孤児院で暮らす子供たちの中にイデアの姿を見かけた覚えはなかった。むしろトップスだと言われたほうが腑に落ちる。突然現れた年若い少女をまじまじと見つめ、しばらくして言葉を搾り出した。

 

「使える金属を集めている」

「……じゃあ手先が器用なの? 羨ましいなあ、わたしじゃ無理かも。あなたみたいに機械いじりが得意だったら凄いロボットを作るのに!」

 

 敵対するデュエルギャングがチームサティスファクションの様子を探りに寄越したのかもしれない──咄嗟に浮かんだ考えは少女の無邪気さに打ち消された。クロウが率先して世話を焼く孤児たちやラリーの姿が重なり、警戒心を忘れさせる。

 

「そうだ、名前を教えてくれる?」

 

 正直に答えた遊星に、イデアは奇妙な既視感を覚えて首を捻る。理由はわからない。サテライトの誰も知らないことだが、少女は自分の名前とデュエルモンスターズ以外の記憶をすべて失っていた。ただ、遊星と相対すると胸が疼く気がした。

 初対面の相手に向ける感覚(デジャヴ)をイデアは純粋な好意なのだと解釈し、柔らかく微笑んだ。

 

「いい名前。それじゃあまたね!」

 

 脈絡のない別れの挨拶だった。

 そのまま歩き去ろうとするイデアを咄嗟に引き止め、遊星は疑問をひとつ投げかける。

 

「待て、お前はどこから来たんだ?」

「…………あっち!」

 

 来た方向に指をさす。要領を得ない答えに遊星は眉を顰めた。現在のサテライトを子供一人で出歩くのは危険行為だ。デュエルギャング狩りに乗り出す遊星たち(サティスファクション)の地区はまだマシで、他の地区ではデュエルに飢えた人間が跋扈している。イデアが右腕に装着しているデュエルディスクを見て因縁をつけられる可能性もある。遊星の元まで辿り着けたのは、気配を消すのが得意なのか、あるいはデュエルの腕によほど自信があるのかもしれない。それでも一人でできることには限界がある。遊星はイデアの身を案じた──彼女が助けを求めているならば、孤児院で生活できるようにマーサに頼み込むつもりだった──しかしイデアは助けを求めなかった。

 

 代わりに少女が望んだのは遊星と話すことだけだった。それからというもの、二人は同じ場所で毎日顔を合わせるようになる。互いに己のバックグラウンドは語らなかった。黙々と状態の良いジャンクパーツを探し、パンを頬張り、夕方に解散する日々。その日も繰り返しで終わるはずだった。

 

「イデア」

 

 表面にバターを塗ったパンの味を堪能するイデアに声をかける。遊星は相変わらず右腕に装着されているデュエルディスクに視線を向け、自分のデッキを取り出した。デュエルモンスターズを通して少女の内面を知りたいと思っての行動だった。

 遊星の意図を察し、パンを平らげたイデアも立ち上がる。デュエルディスクを構え、彼女にとって二度目のデュエル──以前対峙した粗暴な男とのデュエルはあまり楽しめなかった──に心躍らせながら「先攻はあなたから?」と訊ねてみる。

 

「先攻は譲る」

「やった! それじゃあ遠慮なく──」

「「デュエル!!」」

 

 

 

       LP 4000  Yusei

Vs

Idea  LP 4000      

 

 

 

「わたしのターン!」

 

 すぐに手札を確認する。手元に舞い込んだのは、たった今ドローしたカードを含め六枚だ。

 

①《アンサイクラー》

②《魔性の月》

③《時の機械-タイムマシーン》

④《命の砂時計》

⑤《裁きの代行者 サターン》

⑥《希望の光》

 

 《魔性の月》は獣戦士族モンスターに装備できるカードで、《希望の光》は墓地の光属性モンスター二枚をデッキに戻す効果がある。

 急造したデッキを使っているとはいえ──サテライトで拾い集めた数十枚のモンスターが眠っているにも関わらず──引いたのは半数が魔法・罠カード。偏りがあるのは否めない。上級モンスターである《裁きの代行者 サターン》の存在は心強いが、このターンで召喚する条件は揃っていない。少しばかり残念に思いながら盤面にカードを置く。

 

「フィールドにモンスターを守備表示で召喚! カードを2枚伏せて、ターンエンド!」

 

《アンサイクラー》守備表示

星1/地属性/機械族/通常

ATK 100/DEF 100

 

 先攻の番が終われば、次に主導権を握るのは後攻の遊星だ。山札からカードを一枚引く。

 

「オレは《ボルト・ヘッジホッグ》を召喚」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》攻撃表示

星2/地属性/機械族/効果

ATK 800/DEF 800

 

「機械族……!」

 

 フィールドに現れたボルト・ヘッジホッグにイデアの目は釘付けになっている。無邪気な喜色に溢れる様子に遊星の口角が僅かに上がった。

 だがデュエル中の油断は思わぬ失敗を招く。すぐに真剣な面持ちに戻り、先を見据えた。

 

「《アンサイクラー》に攻撃!」

 

 体当たりを受けたアンサイクラーはよろめいて体勢を崩す。墓地に送られた瞬間、イデアは伏せていた罠の効果発動を高らかに宣言する。

 

「ここで(トラップ)オープン、《時の機械-タイム・マシーン》! 呼び戻すのは当然わたしの《アンサイクラー》だよ。さあ、戻っておいで!」

 

《アンサイクラー》守備表示

星1/地属性/機械族/通常

ATK 100/DEF 100

 

 カードの効果によって墓地の機械族モンスターが蘇る。この瞬間にアンサイクラーが破壊されれば、イデアは次のターンで上級モンスターを召喚することができなくなってしまう。祈るように視線を向ける──遊星は(トラップ)カードに動じることなく、自分フィールドにカードを伏せることもせずターンを終了した。少女はほっと胸を撫で下ろす。

 

「わたしのターン、ドロー! ……まずは魔法(マジック)カード《火あぶりの刑》を発動するね」

「……」

 

遊星

LP 4000 → 3400

 

 フィールドに火の渦が出現し、遊星のライフポイントが僅かに削られる。勝利に一歩前進だ。手札を確認し、現状はイデアにとってエースモンスターと言えるカードを見て唇をほころばせた。

 

「わたしは《アンサイクラー》をリリースして《裁きの代行者 サターン》をアドバンス召喚!」

 

《裁きの代行者 サターン》攻撃表示

星6/光属性/天使族/効果

ATK 2400/DEF 0

 

 崇高なる紫の羽根と共に、フィールドに天使が舞い降りた。神に忠誠を誓う代行者は目前の敵対者を見定めるように佇んでいる。当のイデアはソリッドビジョンによって生み出された姿を見て嬉しそうに頬を染め、意気揚々と攻撃を宣言した。

 針鼠は咄嗟に身体を丸めたが、天使の一撃から身を防ぐことはできなかった。攻撃の余波を受けて遊星のライフポイントが大きく減少する。

 

遊星

LP 3400 → 1800

 

「やるな」

「それほどでも。……わたしはこれでターンエンド。さあ、次は遊星のターンだよ!」

 

 遊星が勝利するには場に陣取っている天使をどうにかして突破しなければならない。彼は対峙するイデアをじっと見つめた。高い攻撃力を持つモンスターを召喚したことで気を緩めるデュエリストは多いが、少女もその例に漏れないようだった。

 

「モンスターを守備表示で召喚」

 

《スピード・ウォリアー》守備表示

星2/風属性/戦士族/効果

ATK 900/DEF 400

 

「カードを伏せてターンを終了する」

 

 遊星のフィールドに一枚のカードが沈み込む。スピード・ウォリアーの守備力は低い。伏せカードは気になるが、問題なく突破できるはずだ。そう考えながらイデアは新たに引いたカードを見る。

 

(《磁力の召喚円(マグネットサークル) LV2》……最初に引ければ良かったけど。だったら次のカードは……)

 

「わたしは《命の砂時計》を召喚!」

 

《命の砂時計》攻撃表示

星2/光属性/天使族/通常

ATK 700/DEF 600

 

 二体目の天使族モンスターがフィールドに現れる。命を司る天使はサターンの周囲をパタパタと飛び回り、やがて大人しくなった。そのあいだも時の砂は一定の速度で落ち続けている。

 

「二体のモンスターで攻撃!」

 

 スピード・ウォリアーが墓地に送られる。勢いに乗りダイレクトアタックも仕掛けようとしたところで、サターンは鉄の案山子に道を阻まれた。

 

「リバースカードオープン、《くず鉄のかかし》! 相手モンスターの攻撃宣言時、攻撃モンスター1体の攻撃を無効化する。……発動したこのカードは墓地へ送らずそのままセットする」

「攻撃を無効に……!?」

 

 フィールドに再び伏せられた罠は厄介な効果を持っている。カードを破壊する、または除外する手段を取れない以上、ターンを明け渡す以外に選択肢はなかった。案山子の出現を合図にしたかのように、デュエルは終わりに向かって加速する。

 

「フィールドにチューナーモンスター《ジャンク・シンクロン》を攻撃表示で召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》攻撃表示

星3/闇属性/戦士族/チューナー/効果

ATK 1300/DEF 500

 

(チューナー……)

 

 自分の中に残っているデュエルモンスターズの記憶を辿り、イデアは遊星が行おうとしていることの正体にようやく思い至った。エクストラデッキから強力なモンスターを鮮やかに呼び出す召喚法──シンクロ召喚だ。モンスターが現れる瞬間を見逃さないように遊星の一挙一動を凝視する。

 

「《ジャンク・シンクロン》のモンスター効果! 召喚に成功した時、自分の墓地のレベル2以下のモンスター1体を守備表示で特殊召喚する。来い、《スピード・ウォリアー》!」

 

《スピード・ウォリアー》守備表示

星2/風属性/戦士族/効果

ATK 900/DEF 400

 

 メインフェイズはまだ続く。

 

「自分フィールドにチューナーモンスターが存在する場合、このカードは墓地から特殊召喚できる──甦れ、《ボルト・ヘッジホッグ》!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》攻撃表示

星2/地属性/機械族/効果

ATK 800/DEF 800

 

 遊星のフィールドに今、シンクロ素材となるモンスターたちが二体とも出揃った。

 

「レベル2の《スピード・ウォリアー》にレベル3《ジャンク・シンクロン》をチューニング!」

 

 輝きに目を奪われる。

 

「────集いし星が新たな力を呼び起こす! 光差す道となれ! シンクロ召喚!」

 

 二体のモンスターが粒子になり、やがて眩い光の束と化す。仲間たちの想いは一体のシンクロモンスターに託された。周囲を照らしていた一条の閃光が途切れ、赤い双眸が露わになった。

 

「出でよ! 《ジャンク・ウォリアー》!」

 

《ジャンク・ウォリアー》攻撃表示

星5/闇属性/戦士族/シンクロ/効果

ATK 2300/DEF 1300

 

「攻撃力2300……?」

 

 イデアが戸惑いの声を漏らす。

 己を所有する決闘者(デュエリスト)の身を守るようにして、屑鉄の戦士は天使の前に立ち塞がった。攻撃力は僅かに及ばない。だが、今は仲間と隣り合っている。それがデュエルの勝敗を分ける分岐点(ターニングポイント)だった。

 

「《ジャンク・ウォリアー》の効果発動! 自分フィールドのレベル2以下のモンスターが持つ攻撃力の合計分《ジャンク・ウォリアー》の攻撃力はアップする。パワー・オブ・フェローズ!

 

《ジャンク・ウォリアー》攻撃表示

ATK 2300 → 3100

 

 ジャンク・ウォリアーの全身に絆の力が漲り、僅差で優位に立っていた戦況が裏返る。所有するモンスターの中でもっとも高い攻撃力を誇る天使、それを上回るパワーにイデアは目を見開く。

 勝負の行方は明らかだった。

 

「《ジャンク・ウォリアー》で《裁きの代行者 サターン》を攻撃! スクラップ・フィスト!

 

 天使が墜落する。地上に両翼の先端が触れる直前にソリッドビジョンの像は消滅した。

 

イデア

LP 4000 → 3300

 

「凄い……!」

 

 劣勢に立たされる中で感じたのは焦燥ではなく憧れだった。シンクロモンスターの効果を活用することで形勢を一気に覆す──サテライトをあてどなく彷徨う日常で求めていたのは、間違いなくこのデュエルだったのだ。イデアはそう確信した。

 込み上がる感動をよそに、遊星はボルト・ヘッジホッグに攻撃を指示して砂時計を破壊する。

 

イデア

LP 3300 → 3200

 

 閑散としたフィールドには、最初のターンに伏せた《希望の光》しか残っていなかった。墓地には光属性モンスターが二体眠っている。しかし、発動したところで逆転できるとは思えなかった。それでもデュエルは終わっていない。最後まで勝負を放り投げず、イデアはカードを手に取った。

 

「……ドロー!」

 

 カードを裏返す。

 引いたカードは《最終戦争》だった。手札を五枚捨てることでフィールド上のカードを全て破壊する効果を持っている。彼女の手元に手札を増やすカードがあれば、あるいは魔法で一発逆転の可能性も芽生えたかもしれない。しかしジャンク・ウォリアーが狙っている今、己に次のターンが回る機会など来ないだろう──イデアは敗北を悟った。

 

 ターンの終了を宣言する。イデアの予想通り、次のターンが回ってくることはなかった。ジャンク・ウォリアーのダイレクトアタックによってライフポイントが尽きる。デュエルが終わり、興奮さめやらぬ表情でイデアは遊星に駆け寄った。

 

「遊星!」

「……なんだ?」

「遊星って凄く強いデュエリストなんだね。それにシンクロモンスターもカッコよかった! プロ入りする時はわたしにサイン書いてくれる?」

 

 その目は期待に満ちている。サテライト出身の決闘者(デュエリスト)がプロになるなど、あまりにも荒唐無稽な話だ。けれども遊星は知っている。自分にサテライト統一という夢を語り、目標達成のために日々燃えている男の姿を。だからこそ彼は笑わなかった。しかしプロデュエリストに憧れているわけではなかったので、サインは丁重に断っておく。

 

「わたしも遊星みたいに強くなりたい。そのために機械族モンスターたちをもっと集めなきゃ」

「機械族が好きなのか?」

「だって頑丈で強くて凄いんだもの! えっと、さっきは全然召喚できなかったけど……」

「なら、このカードを使うといい」

 

 初対面時と同じように機械を褒め上げる動作のひとつひとつが微笑ましく、遊星の目には少女が好ましく映った。一枚のカードを手渡す。

 

「《サイファー・スカウター》?」

「相手の戦士族モンスターと戦闘を行う時に攻撃力・守備力が上がるモンスターだ。今度このカードを使ってオレとデュエルしてくれないか」

「……いいの? 本当に!?」

「ああ、約束だ」

 

 イデアはデュエリストとして未熟だ。言い換えれば可能性(のびしろ)がある。生きてさえいれば人間は必ず成長するからだ。今後、遊星の渡したカードを使って今日よりも強いデュエリストになるだろう。その時を想像し、彼は再戦を待ち遠しく思った。

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