社会の最下層たるサテライトには救いようがない
鬼柳とてその一人だ。今日明日を生きるために他人を騙すのは日常茶飯事。先の見えない深い孤独で生き続けるなか、唯一の光がデュエルだった。デュエルをしている時だけは現状の惨めさや寂しさ、将来に対する不安を忘れられたからだ。
弱者を痛めつける輩を苦心して組み上げたデッキで叩き潰すのは爽快だったし、次第にサテライト制覇という目標を持つようにもなっていた。
シティで何不自由なく過ごす住民にとってクズはクズでしかないのかもしれないが、少なくとも鬼柳は変わった。心に余裕も生まれている。
だからこそチームを結成して本格的に動き始める矢先、仲間がアジトに幼い子供を連れ帰ってきても動揺することはなかった。扉を開けて早々ブッ飛んだ発言をしてくるのは軽く驚いたが。
知り合って間もない鬼柳はまだしも、長い付き合いのある幼馴染二人の衝撃は凄まじいものだったに違いない。普段は寡黙な男の提案にクロウは「はああ!?」と目を剥き、そのまま掴み掛かろうとしたほどだった。ジャックが遊星の正気を疑う横で、イデアと名乗る少女を鬼柳は注視する。
遊星の服の裾を離さず室内をきょろきょろ見回す子供は
片腕に身につけているデュエルディスクは傷一つなく、初対面の人間相手に怯えで瞳が揺れる様子も見受けられない。底辺の吹き溜まりで生きる自分たちとは明らかに住む世界が違う人間をチームに勧誘しようとしているのだと知っても、鬼柳は否定的な態度を取らなかった。傍から見れば仲間に厚い信頼を寄せているからこその静観、しかし理由はそれだけではなかった。遊星が紹介するよりも前から彼はイデアのことを認識していたのだから。
「本気でチームに入れる気かよ? まだ子供だろ……鬼柳も何か言ってやってくれよ」
「オレは構わないぜ、デュエルさえ強けりゃ文句はねえ。仮にそうじゃなくても今後力をつけていけばいいだけの話だ。それに遊星がわざわざ名指しするなんて気になるだろ、なあジャック?」
ジャックは無言のまま表情を険しくした。遊星が自分たちになんの相談もなくイデアを連れてきたことに腹を立てているのが明白だ。サテライト制覇という途方もない夢に小さな
渦中の人物は四人が揃って着ているジャケットに目を輝かせており、剣呑な雰囲気に気づいていなかった。
「…………本気なんだな?」
「オレだって鬼じゃねえ。連中との縄張り争いに今すぐ連れてくわけでもないんだし、
イデアに歩み寄って頭を撫でる鬼柳の姿に遊星の口角が上がる。チームメンバーの半数が同意している状況で、その内の一人が最終的な決定権を持つリーダーとあっては反対派の二人も不満を飲み込むしかなかった。そもそもクロウもジャックも鬼柳という男に厚い信頼を寄せているため、強硬に反対しようとまでは思わなかったのだろう。
お揃いのジャケットをねだる少女の言葉を「今後の働き次第」と誤魔化した鬼柳はその場でデュエルを申し込んだ。イデアは鬼柳のデッキに手も足も出なかったが、ある程度は予想していた結果だったので実力に失望することはなかった。
彼女との付き合いが比較的長い遊星も、クロウも同様の感想に違いない。チームの中でジャックだけが冷めた視線を向け続けている。鬼柳はそれに気づいていたが、何も言及せずにスルーした。そこまでカバーする気はなかったとも言う。
最終的にチームの見習いとして扱われることが決まったイデアはチームサティスファクションのアジトに頻繁に出入りするようになる。
少女は底抜けに明るかった。
サティスファクションの本拠地に現れた時点で察せるものだったが、無愛想な遊星相手に物怖じせずコミュニケーションを取る姿は何度見ても仰天物である。普段は遊星やクロウに積極的に話しかけて親交を深めており、鬼柳ともデュエルモンスターズの雑談で盛り上がることは珍しくない。
代わりにジャックの不在が目立つようになったものの、クロウが文句を言っても馬耳東風。なんだかんだ時間が解決してくれるだろうと考える遊星と鬼柳にも渋い顔をするクロウだったが、
チームに吹く新しい風は一週間も経てばアジトに居て当たり前の存在になり、今ではジャケットを着ていなくともサティスファクションの一員として受け入れられている*1。他の仲間に匹敵する実力さえ身に付けば文句なしだと鬼柳は思う。
その日のイデアはアジトで暇を持て余しているクロウに話しかけ、詰めデュエルで時間を潰す気になったらしかった。遊星は部屋の隅で黙々とパソコンのキーボードを叩いており、その隣に腰掛ける鬼柳が机越しに向かい合う二人を眺める。
初日のデュエルで惨敗する様子を見ていたからか、クロウ考案の詰めデュエルは難易度が低めだ。しかし数秒で答えを導き、次に出された問題──相手が魔法・罠カードを複数枚フィールドに伏せている状況で局面の打開を求める内容──もすぐに解いてしまったので、鬼柳は感心した。
「驚いたぜ、このクロウ様の問題をこうもあっさり解くとはイデアもやるなあ。次はもっと難しいのを考えてくるから楽しみにしててくれよ」
「ありがとう! とっても楽しかったけど少し外に出てくるね。またね、クロウ!」
「ああっ、ちょっと待て! せめてオレか遊星が送──って、聞いちゃいねえ…………普段面倒見てるガキどもよりじゃじゃ馬かもな」
瞬く間にアジトを飛び出すお転婆娘。
キーボードを叩き続けながら「オレと初めて会った時もああだった」と遊星が呟く。イデアが来てからというもの、遊星の発言量が以前の数倍に膨れ上がっているのは喜ばしいことである。
「未だに不思議だぜ、遊星が仲間を連れてくるなんてよ。女の子なのも予想外だしな」
「クロウもジャックも相手がちびっ子で驚いてたもんなあ。んでもって、見かけによらず気概のあるヤツだった。さっきのでデュエルタクティクスの程度も充分わかったし、遊星が気にかけるのも納得だ。その上でひとつ聞きたいんだが……」
「なんだ?」
長時間パソコンの画面と睨めっこしていた遊星がようやく手を止め、顔を上げる。
「前々から聞きたかったんだがよ。なんでイデアを気にかけるようになったんだ?」
「それは……」
この七日間、誰もがそれを疑問に思いながらも口にはしなかった。自ら打ち明けてくれるのを待っていたからだ。遊星の口下手は今に始まったことではないとはいえ、いい加減
クロウも鬼柳と同じ気持ちなのだろう、二人分の視線を受けて遊星が短い沈黙を破る。
「一人でいるアイツを放っておけなかったのもあるが、初めてデュエルした時に言ったんだ。オレみたいに強くなりたいと。……あの時のイデアは本気だった。だから力を貸したくなった」
「ふうん……けどよ、女の子を危険な場所に連れていくのは気が引けるんじゃねえか?」
チームサティスファクションの仲間になるということは、必然的にデュエルギャング同士の争いに巻き込まれることを意味する。今でこそイデアは新入りで、揃いのジャケットを着ていないのもあって他の地区の輩に顔が割れていないが、それも時間の問題だ。情報が知れ渡った時、チームでもっとも非力な者を狙いに来るのは明らかである。
「このサテライトに危険じゃないと断言できる場所はない。それにイデアは強くなる。オレたちとそう変わらない実力を身につけるはずだ」
「なるほどな、よくわかった。で、協力するからには具体的にどんなことを考えてる?」
懸念事項をあっさり流されたことで静観していたクロウの眉が上がったが、腕の立つデュエリストならば厄介事に巻き込まれても適切に対処できるのは事実。本人も強くなるため一生懸命に取り組んでいるのだから応援すべきなのだろう。
遊星が「やはりシンクロ召喚じゃないか」と返答したのを皮切りに、溜飲を下げたクロウも会話に混ざって賑やかな時間が過ぎていった。
遊星
好感度レベル4。子供は庇護されるべき存在だと思っているが、特に困っている様子を見せず、ただ自分との会話を望む少女に当初は戸惑った。カードを拾い集めて地道にデッキを組んでいるイデアに親近感を持つ。定期的に趣味のジャンクパーツ探しを手伝ってくれるのもあり好意的。
クロウ
好感度レベル3。子供は庇護されるべき存在だと心の底から思っている人情家。色々思うところはあるが、あの遊星がアジトに連れて来るほどの友好関係を築いた点や本人の意思を考慮した上で鬼柳の判断に従った。チームの一員として認めてはいるものの、なるべく対デュエルギャングの活動に巻き込まないよう今まで以上に弾ける鉄砲玉。
鬼柳
好感度レベル2。遊星の話を聞き、強くなることを目指すイデアの上昇志向にシンパシーを感じた。明らかに年下の子供をチームに加えるのに躊躇いはない。オレたちとどでかいことやってお前も満足しようぜ! あるデュエルを目撃している。
ジャック
好感度レベル1。子供は庇護されるべきだという点では幼馴染と意見が一致している。だからこそ遊星が勧誘目的で少女をチームの拠点に連れて来たり、結果的に自分以外のメンバー全員が新しい仲間として受け入れてしまっていることが気に食わない。行き場のない感情が渦巻いている。