タフネス系乙女ゲー主人公VS一般転生モブ兄妹VS出遅れたイケメンども。 作:はめるん用
貪狼の迷宮は全部で6階層で構成されており、ゲームではひとつの階層をクリアするごとに新しいシステムが解放される仕組みになっていた。
最後の第6階層にダンジョン要素は無く、人狼型のボス『牙狼鬼』と戦うためのエリアのみ。森林に侵食された闘技場は遮蔽物が存在しないため真向勝負となるのだが、アクションゲームに自信がないプレイヤーでもパーティーメンバーのモブキャラたちをしっかり育成して補助系の魔法スキルを丁寧に使えばそれほど苦戦することなく倒せるように調整されている。
そして貪狼の迷宮を踏破することにより、いよいよ四神の加護を持つ攻略対象の侍たちとの交流が始まるのだ。まずは一緒にトレーニングを繰り返し、それぞれのキャラクターが得意とする適性レベルを上げることで同行者を頼むことができるようになる。ここからが本当の鬼切姫の始まりと言えるだろう。
さて、そんな序盤の締め括りを担う牙狼鬼を相手に我らが主人公である朝比奈真白は単身で挑むこと現在11回目の殴り込みの真っ最中である。
別になにか切実な理由などは無い。ただ真白のフロンティアスピリッツがメラメラと燃え上がった結果、牙狼鬼を相手に腕試しすることになったのだ。
パーティーを組んでのダンジョン攻略は充実した時間ではあるのだが、如何せんメンバーが強すぎて自分の成長 がイマイチ実感できなかった。
贅沢な悩みではあることは百も承知。しかしこのままではほかの3人に、特にダンジョン初挑戦から支えてくれている無銘彼方に助けてもらわなければ戦えないような情けない巫女になってしまうかもしれない。
ならばどうする?
せや、ソロでダンジョンに突撃したろ!
とはいえ、さすがに無断で実行しては心配をかけてしまう。まずは自分の気持ちをしっかりと彼方に伝えて相談してみよう。危険だからと止められるかもしれないが、そこは誠心誠意なんとか説得するしかない。
フンス! と気合いを入れて彼方と待ち合わせた真白であったが、返ってきたのは「もったいないから蓄えたエーテルちゃんと使いきってから行けよ」と非常にアッサリとした肯定であった。
彼方が危惧していたのはあくまで“右も左もわからないような状況でソロ攻略を強要される”という状況である。すでに第5階層まで攻略済みのこの状況であれば、腕試しのためにひとりでダンジョンに向かうことに反対する理由は別に無い。
これには相談した真白もニッコリである。事情が事情なだけに、この場面で心配されても「お前は弱いんだからムリするな」とナメられているようにしか受け取れなかっただろう。
善は急げと第6階層に意気揚々と乗り込みあっという間に八つ裂きにされてダンジョンから吐き出されたものの、信頼している相手からの後押しに支えられた真白のやる気は松岡○造よりも熱く燃えている。牙狼鬼のエーテル結晶をこの手に掴むまで、彼女に後退という選択肢は存在しないのだ!
◇◆◇◆
『カァァァァッ!!』
「甘いよッ!」
人狼、あるいは獣人タイプの鬼である牙狼鬼の動きは素早く簡単に見切れるものではないが、一撃の火力はそこまで大きくない。重装備の防御力と、いつものように彼方のスキル一覧から獲得したパッシブスキル『受け流し・弱』のダメージ軽減効果を合わせればいまの真白のレベルでも余裕をもって耐えられる。
さんざん負けながら学習したおかげで反撃もかなりの確率で成功するようになった。さすがにまともに防御した状態から斧を振るうのは難しく、凪菜のように盾を用意すればよかったかと思わなくもないが。
『シィィィヤァッ!!』
「うひゃあッ!?」
回し蹴り! これは受けきれないッ!
ゴロンと地面を転がる真白。なんとも情けない避け方だと思いつつも、どれだけみっともなくても負けるよりはいいとすっかり割り切っている。
大丈夫だ朝比奈真白! たぶんその避け方は見る人によっては普通としか思わないし、顔についた泥を親指で弾く動作は充分格好いいぞ!
一進一退の攻防が続き、白染めの変わりの大鎧に傷と汚れが増える。
だが、牙狼鬼の身体もダメージの蓄積により再生能力が低下して血が流れ始めている。
このままではこちらのスタミナが先に尽きるかもしれない。スタミナ切れまで死なずにいられたら、それはそれで成長の証ではあるが……負けるのは普通に悔しいのでイヤだ。ジリ貧で押し切られるぐらいなら相討ち覚悟で攻めたほうがまだ納得できるというもの。
「ファイトッ! おーッ!!」
斧の武器スキル『ウォークライ』を発動し攻撃力を高め、そのまま勢い任せに殴りかかるが──その一撃は牙狼鬼に届くことはなく、鋭い爪により弾かれた。
──否。
「ぎッ……いぃぃぃあッ!!」
『ゴァッ!?』
迷宮の支配者クラスというだけあって知性も多少は持ち合わせていたのだろう。故に牙狼鬼は真白が手にしていたバトルアクスを弾き飛ばしたことで慢心してしまったのだ。
その代償として脇腹に受けた一撃は鬼の再生能力を容易く超えていた。気合一閃、武器スロットから呼び出した『大太刀』は見事に牙狼鬼の肉に喰らいついたのだ!
ちなみに真白が新しい武器に大太刀を選んだ理由は大きくて強そうで格好いいからである!
獣の瞬発力もこうなっては形無しだ。重い鎧で身を固めているとはいえ動かない相手に追撃を外すほど間抜けではない。渾身の力を拳に漲らせ、鬼の脇腹に食い込んだ大太刀を思いっきり殴り付けた!
バキリ、と。あばらの砕ける音と感触。だが牙狼鬼とてこの程度で大人しくなるほど潔くはない。真白の肩を鎧ごと引き千切ってやると言わんばかりに鷲掴みにする!
爪が食い込み、血が流れる。
「まだ……まだぁッ!!」
『ゴッ……パァ……』
さらにもう一撃、痛みなど知ったことかと拳を叩き込む。今度は心ノ臓まで届いたのか、鋭い牙の隙間から血飛沫が舞う。
『ガ……アァァァァッ!!!!』
「────ッ!?」
咆哮。音と衝撃。そして鈍いのか鋭いのかもわからない、熱いのか冷たいのかの区別もつかない痛み。タップリと時間をかけて鎖骨に噛み付かれたのだと気が付いたが、もとより相討ち覚悟であり全身が昂っているこの状態でいちいち怯むワケがない。
身体に残っている霊気を全て振り絞るように、足の指1本に至るまで総動員し大地を掴み、これでダメならこのまま喰われてやると腹を括り、最後の一撃を大太刀に見舞い──。
『ボ……』
ついに、命に届いた。
左腕の感覚はすっかり無くなってダラリと肩から垂れ下がっている。右腕で抱き寄せるように大太刀を握り支えとし、頬を濡らす鬼の血を拭うこともできないままに、それでも気力に満ちた瞳で牙狼鬼が崩れていく姿を見届ける。
やがてその場に迷宮の支配者との戦いに勝利したことの証である“特別なエーテル結晶”が横たわり、ようやく自分が生き残ったのだと理解した真白は──。
「勝ッッッッたぁぁぁぁッ! やっと勝てたよぉ~~~~ッ! えへ、えへへ……これで私も少しは巫女らしく痛ァッ!? え、肩ッ!? 肩がメッチャ痛いし腕が動かないんだけどぉッ!? た、た、たぁ、たぁすけてぇ~彼方くぅ~ん……私いまとってもピンチだよぉぉぉぉ……。あ、転送が始まった……こ、これで、たす、かる、よぉぅぁ……」
これぞ勝者の特権! 黄龍の巫女(仮)朝比奈真白、大地を背にして余裕の勝利宣言! これにて貪狼の迷宮“踏破完了”である!
もちろん弾かれたバトルアクスとドロップしたエーテル結晶はちゃんと真白の所有物として自動的にお持ち帰りなのでご安心である!
アクティブスキルとパッシブスキルの意味を間違えてないか不安になってわざわざ調べたのはナイショの話。