タフネス系乙女ゲー主人公VS一般転生モブ兄妹VS出遅れたイケメンども。 作:はめるん用
悩む真白、とりあえず無難に会話ができそうな大地と静流に土属性と水属性のトレーニングを依頼。紅蓮と風魔はなんか雰囲気が怖そうなのでパス安定との判断だ。顔の良さ? それで鬼が倒せるなら笑えばいいと思うよ。
さて、基本は結跏趺坐による精神統一。大地と静流がそれぞれ得意とする属性の霊気をゆっくりと放出し、その流れや変化を真白が探って感じ取れるようにするという実に真っ当なトレーニング内容となっている。
同じ時間を使って迷宮で鬼を殴れば……と思わないこともないが、前衛で戦う無銘兄妹を鮮やかに支援して勝利に導く黄龍の巫女という幻想に憧れる部分も多少は持っているのでモチベーションは低くない。この“いかにも修行中”という雰囲気もなかなか
あと、彼方が所有している属性が付与された武器スキル『清流剣』と『濁流剣』を習得し、戦利品のエーテル結晶で生まれ変わった相棒『銀星の大太刀』で使ってみたいという理由もある。
黄龍の巫女として、やはり属性攻撃のひとつやふたつ扱えなければ不甲斐ないというもの。火と風については必要になってから考えても遅くはない。決して紅蓮と風魔に話しかけるのが面倒なワケではない。
「……フッフッフ♪ 兄貴、ついに始まったッスよ。ここからが本当の鬼切姫ッス。朝比奈先輩が最初に選んだのは水属性と土属性ッスから、回復や防御系のスキルが強化されるッスね!」
「メインキャラだし一応お前から見たら先輩なんだから名前で呼んであげるくらいはしてあげて? しかし白虎の大地と玄武の静流を選ぶとはなぁ。てっきり火力を求めて朱雀の紅蓮を選ぶと思っていたけど……紆余曲折具合がクラインの壺並みだったけど、これならちゃんと巫女として成長してくれそうだな」
彼方がイメージする巫女と真白がイメージする巫女の姿にどの程度の誤差が生じているかはともかく、メインヒロインと攻略対象が一緒にトレーニングをしている姿を物陰から眺める無銘兄妹は実に楽しそうな不審者であった。
どうしても苦手な部分は彼方に手伝ってもらいはしたものの、魔法スキル主体の後方支援ビルドでなんとか鬼切姫シリーズを攻略していた凪菜にとっては感動ものの光景である。好きな作品の中に異世界転生、これを超える推し活はあり得ないと断言できるレベルでアオハルてぇてぇエンジョイ中なのだ。
対する兄貴のほうは微笑ましく見守る程度の控え目な感動しか抱いていない。もともとシステム部分が面白くて鬼切姫をプレイしていたので、シナリオへの思い入れは妹ほど強くはないのだろう。仮に平和のために恋愛要素が必須であれば少しは気にしたのかもしれないが、ソロ攻略も想定されている鬼切姫は四神の侍を1度もパーティーに加えなくてもクリアできるので気を張る理由がない。
「兄貴、もう諦めたほうがいいッスよ。朝比奈先輩、間違いなく物理ビルドの因子が入り込んでるッス。そりゃウチだって心配ッスけど、こーゆーのは本人の意志が大事ッスからねぇ。転生者が口出しするのはダメなほうのフラグってのがラノベの主流ッス」
「原作知識を使うためにシナリオの流れを操作しようとして結局失敗するヤツな。そもそも転生者なんてイレギュラーが発生している時点で原作再現なんてムリだろ」
「あの名シーンを生で拝みたいッ!! という気持ちならウチにも痛いほどわかるッスよ? でも、せっかくの異世界転生ッスから、システムで制御されていない人たちがどんな生き方をするのかワクワクして見てるのも楽しいッスよ! ……なんかいまのセリフ、黒幕系の神様キャラっぽい上から目線みたいな感じッスね。──ハッ!! ウチに与えられたロールは黒幕キャラだった可能性が微レ存ッ!?」
「安心しろ。もしそうなら俺がチェーンソーで黙らせてやる。兄の愛でバラバラになれ」
「なんて美しい兄妹愛、涙が出るッス。しかしチェーンソーに神聖属性へのダメボが付いてたのには元ネタがあると知ったときの驚きときたら……これで左腕だけ重装備にして黒炎系のスキルを使えばゾンビパウダーごっこもできて2倍お得ッスね!」
「朝比奈がそれやりだしたらヒロインの概念がさらに行方不明になるな。……いや、もし黄龍さまがゲームと同じ性格してたらゲラゲラ笑いながら手ェ叩いて大喜びするかもしれん。さすがに四神の侍とパーティー組んだらムチャな戦い方はしないと信じたいが、どうだろうな~」
黄龍の巫女の左右を白虎と玄武の加護を持つ侍が固めている。これこそ本来あるべき光景であり、ロースター前に並べられた白米とカルビとロースのように美しい配置であるとさえ感じられた。
ちなみに彼方の中では真面目で丁寧な性格の静流がロースでちょっとおバカだけど真っ直ぐな性格の大地がカルビに置き換わっている。
ともかく。
今後は彼らがパーティーメンバーとなって迷宮を攻略していくことになるだろう。となれば自分の役目は寄り道要素ぐらいなもの。腕試しか、素材集めか、新しい武器の試し斬りあたりか。
一応、彼方としては友人としてそれなりに良好な関係を築けたつもりなので、新しくパーティーを組むからといっていきなりスパッと戦力外通告をされることはないハズと期待している。
もっとも、仮にそうなったとしても全迷宮の攻略という野望に集中するだけだが。最新作のDLCで追加されていた、世界の深淵に触れるような危険な迷宮に単身挑んでみたりするのも男の子のロマンなのだ。
「しかしアレだな。朝比奈があの4人と行動すれば目立つというか、かなり注目されるよな?」
「そりゃあ当然……ははぁ~ん? さては兄貴、朝比奈先輩たちを隠れ蓑にして『アレ』をやるつもりッスね?」
「当たり前だろ。こちとら前世の記憶を持ち越した転生者サマなんだ、知識チートはガンガン使っていかないとなぁ?」
「フッフッフ……お主も悪よのぉ~。もちろんウチも連れていってもらうッスよ! まだまだ再現してみたい装備は山ほどあるんスから!」
「任せろ。それじゃあ早速用意だけしておくか。鬼切姫のお楽しみのひとつ『パワーレベリング』と『素材マラソン』の本格的な準備をな……ッ!」
鬼切姫は行動するだけで武器適性や属性適性に経験値が加算される。それは空振りも含まれるのだが、やはり格上の相手と戦っているときが一番成長できるシステムになっている。
ならば序盤の迷宮を必要最低限の適性で乗り切り、後半の強敵を相手に一気に適性レベルを上げるプレイスタイルが生まれたのも自然な流れというもの。
もちろん順番に迷宮を攻略しなければ次の迷宮に入る許可は得られないのだが、それはあくまで“学園から転送できる迷宮”の話だ。転生者である彼方と凪菜は現時点で学園が把握していないような、それこそ政府ですら発見できていない迷宮をいくつも知っている。
これまでは下手に動いて悪目立ちする可能性を考えて控え目に潜っていたが、黄龍の巫女と四神の侍パーティーという話題性を利用すれば人知れずガンガン攻略することも不可能ではない。
無銘兄妹は知っている。特別な加護など持たなくても、折れない心と度胸さえあれば、この世界は凡人でも強くなれることを。
「兄貴、ウチは『ギガブレイク』のスキルを編み出す夢を諦めるつもりはないッスよ。そのための雷属性、あとそのための剣適性ッス」
「俺は……そうだな、とりあえず様子を見ながらのんびり素材集めでも楽しもうかねぇ。ボスキャラたちに挨拶に行ってボコボコにされるのもいいな。結局アレよ、俺みたいな凡人は負け戦のほうが学びも多いからな」
何十回、何百回と格上の鬼たちに返り討ちにされ続ければ少しは強くなれるだろう。そんな気軽さで隠しダンジョンへ挑むことを決めてしまった彼方だが、あらゆる武器、あらゆる属性のエキスパートである裏ボスたちから戦いを学ぶという行為がどのような意味を持つのかについては……残念ながらきちんと把握していなかった。
この世界は、折れない心と度胸さえあれば、凡人でも無限に強くなってしまうのだ。
結跏趺坐(けっかふざ)
インド人がテレポートで移動するときのあのポーズ。簡単そうに見えるかもしれないが関節を痛める可能性があるので真似するときは気を付けよう。