タフネス系乙女ゲー主人公VS一般転生モブ兄妹VS出遅れたイケメンども。 作:はめるん用
1年ぶりなので初投稿です。
寿永四年、冬。
武蔵国にて。
暖を取るため自由に放たれヒラヒラと舞う、蝶々の姿をした火の精霊【
ひとりは日ノ本守護の御役目にて東の守護を任された侍たちを纏め上げる総大将・源頼朝の実弟にして家臣でもある疾風の剣士【源義経】と言う。
ひとりは日ノ本守護の御役目にて西の守護をたくされた侍たちを従える総大将・平清盛の甥にして家臣でもある雷光の武士【平教経】と言う。
そして、その正面にて若武者たちから渡された手紙を読み終えて────ふぅ、と胸中の感情ごと吐き出すように白い息を見せたのは。
「……そうか。奥州は、落ちたか。秀衡のジィさんも丈夫で死にそうにないチャンバラ上手だったのにな。奥州の兵どもだって俺の部下ほどじゃないが、決して弱い連中ではなかったと思うが。ま、民を護って討死なら武士の本懐ってなモンだろうよ」
黄金の都と名高い奥州の雄にして、民草の日々のため鬼を討つ北の侍たちの纏め役。武士としても術士としてもマルチロールな活躍で生涯現役と豪語していた練達の老将・藤原秀衡の訃報を聞いたとは思えない朗らかさでその男が、東国にて豪将と名高い【木曽義仲】が、まったく仕方のないジジイだと笑いながら────俯いたままのふたりに声をかけた。
「牛若、それに国盛。ご苦労だったな。ジジイのことは残念だが、生き残った人間をちゃんと連れ帰ってきただけでも大金星だ。後始末はオレが引き受ける。お前たちは次に備えてしっかりと休んでおけよ? 迷宮から鬼が溢れてくることはあったが、今回のはどうにも……まぁ、根拠なんてありゃしねぇが、どうも気になるっつーか、気に入らねぇっつーか」
「……奥州奪還、動くんでしょ。なら、僕と義経も」
「まぁまぁ、取り敢えず落ち着け。な? 疲れたままゴチャゴチャ考えたって名案は浮かばねぇよ。判断は冷えた頭で下だせって、さんざん教えてやったべ」
「しかし、義仲様! 私たちは秀衡様に恩義が」
「わかってる、わぁ〜ってるよ。お前らは恩人の死に様を見てるんだもんな? その怒りは、憤りは……役目とは言え、後を託されたとは言え、逃げ出したって事実が辛ェことぐらいはな。お前らの苦悩はお前らのモノだが、それでも少しは理解してやれる」
「でしたら……ッ!」
「だったら……ッ!」
「仮に、動くとしても……まずは情報だな。鬼どもの動きがわからん状況で兵は動かせん。補給線も確保せにゃならんし、そもそも武器や兵糧の準備だって時間が必要だ。つーか、なによりも真っ先に避難してきた民の食うもの寝るとこ住むところを用意してやらねぇとダメだし」
「……それでも、防衛線の構築は必要でしょ。時間稼ぎなんてどれだけやっても困ることは無い。僕と義経に兵を貸してよ。少しは役に立てるからさ」
「……偵察だけでは鬼たちの力量を正確に推し量ることはできません。実際に刃を交えねばわからないこともあります。私と教経が命と言う名の盾となり鬼たちの侵攻を防いでみせます。その間に義仲様は奥州奪還に向けた御出陣の準備を」
「うんうん、そうだね若武者だけあってキミらもやる気マンマンだね。わかるよ? オレも昔はそうだったから。だけど物事には順序ってモノがあって、まぁ、自分が動くのはもちろん、人を動かすってのは大変なワケ。だからさ? ────黙れよ、ガキども」
「「────ッ?!」」
それはスキルの類ではない、木曽義仲という人物の覇気。
義経も教経もひとりの武人として上澄みと言える、それこそ天賦の才を弛まぬ努力で磨き続けたそれは義仲すらも超えるだろう。
加え、幼少の頃より立場に見合う知識と責任を学んできた彼らは、必要であれば後方より兵を動かし戦う将としても有能であった。
なんなら彼らは奥州の地にて人の住む世界がこの世の地獄へと変貌するさまを見せつけられている。感情を持つ普通の人間であれば完全には捨てられないであろう功名心や自尊心の欠片もバキバキに粉砕されているし、その上で無辜の民を護るため地獄に戻らねばならぬと申し出るのだから侍としての意地と責任感も申し分無いと言えるだろう。
だが、それはそれ。立場が違えば責任の重みは全く違って当たり前なのだ。どれだけ真面目で優秀で一生懸命でもバイトリーダーに求められる視点と責任能力は店長とは違うのである。兵を“借りて”戦うつもりの義経と教経では、兵の家族の生活を十年先まで考えて動かねばならない義仲の覚悟を押し切ることなど逆立ちしようが空中回転しようが望めない。
無論、義仲とて秀衡の死を当然のこととして受け入れたワケではない。迂闊に京を離れることができない頼朝から託された武蔵国を、そこに暮らす人々を護るために、必要だからこそ“助けない”という判断を下したのだ。
かつての義仲であれば違った。悪ガキを集めてお山の大将気分のままであれば、いの一番に秀衡を助けるため供を望む者だけ集めて駆け出していた。だが、そうはならなかった。そうはなれなかった。悪タレどものリーダーとしての日々は良くも悪くも義仲に様々な気付きを与えてしまったから。
秀衡と、その一族が命と引き換えに遺したモノを。生き延びて逃げ延びた民と兵たちを、そして……未来を託すに足る、若き侍ふたりを。
その意味を理解できぬ莫迦のままであれば、莫迦のままでいることを許されていたのであれば、そもそも蝦夷の地に不穏な妖気アリと噂が流れた時点で海を渡っていたことだろう。
「おい! 誰か!」
「────はッ! こちらに」
「牛若と国盛に風呂と、メシと、それから寝床だ。すぐにな。グズグズするようなら蹴り飛ばして叩き込め。……これは、命令だバカども。わかるか? オレらぁ、いま、鬼と人間との戦争やってんだよ。そしてオレはここの天辺の指示役だ。そいつに逆らう意味がわかんねぇってんなら、テメェらを逆賊として扱うことになる」
「……わかり、ました」
「……わかったよ」
義仲がそうであるように、義経と教経にも部下を率いて戦った経験がある。ならば必要なときに必要な命令に従えない者が、それが良かれと思っての勝手な判断でも見逃すワケにはいかないと知っている。
なによりお世辞にも行儀の良い手本などとは言えないが、それでも幼少の頃より自分たちの世話をなにかと焼いてくれた兄貴分をこれ以上困らせるのは躊躇われた。自分たちが理屈ではなく感情で物を申しているという自覚があるので尚のこと。
どうにかこうにか不満を飲み込み引き下がるふたりを見送り、静けさを取り戻した部屋にひとり残る義仲に。
「アナタ、随分と慕われてるじゃない。ヤンチャな弟がふたりもいるとお兄ちゃんは大変ね?」
「そうでもねぇよ。オレが秀衡のジジィにかけっぱなしのまま終わっちまった迷惑に比べりゃカワイイもんだ」
一見すれば中性的な美丈夫、しかし昼の光を透かしても煌々と妖しく瞬く紅眼はソレが人ではないことを教えている。
「なぁ、実はお前が今回の黒幕だったりしない? それならここで決着できてオレも皆も幸せになれるんだけど」
「残念だけどアタシ、集団行動ってニガテなのよね」
「そうか。ま、人間の営みに好んで交ざり込んでるようなヤツがわざわざ騒ぎ起こすってのも変な話だ」
「あら、アッサリ信じるのね?」
「疑う理由がねェからな」
「そう。蝦夷の鬼門は陽動よ。本命はおそらく南かしら? 少なくとも京の都付近はあり得ないわね」
「けっ、公家連中は気楽で羨ましいこった。平家の妖怪ジジィはともかく、頼朝の心労を考えると涙が出るぜ。……陽動、陽動か。本命じゃなくて。つまりは囮としてコキ使われてる連中に奥州は喰い尽くされたワケか」
苦虫を噛み潰したような表情のまま、しかし武将としての冷静な部分は鬼側の行動を正しく評価する。
戦力の分散、分断。京の都から離れた位置へ、武蔵国の軍勢を少しでも引き寄せる。
それだけではない。逃げ延びた奥州の人々を保護するための人員も必要であるし、不足する物資を輸送するにも護衛が必要となる。
人が大勢動けばそこに必ず混乱が生まれるだろう。
そのタイミングで南方に新たな鬼門が現れたとなれば、それが罠である可能性を考え備える余裕も無くなるだろう。
1度目は失敗しているという“大義名分”が拙速を肯定し、ただただ自分たちの心労を安らげるために上の人間は出兵を決定するだろう。
100万の大軍も統率が乱れれば烏合の衆でしかない。各個撃破の繰り返しで壊滅してそのまま京の都まで攻め落とされたのでは、ここで奥州を見捨てて武蔵国の守りを固めた意味がなくなってしまう。
さらには。
「平泉が落とされた、ってのもマズいんだよなぁ〜。秀衡のジジィが管理していた北の都だぞ? 鬼への備えが不充分だったとは思えねぇ。ってことは、つまりそれは……誰かが、手引きをしたかもしれねぇってことだ」
「アタシみたいに人の世に交ざることを楽しむ鬼がいるんだもの、鬼の力に魅入られた人間がいたとして不思議じゃないでしょ」
「クソボケ生臭坊主やゴミカス公家野郎どもが我が身可愛さに玄武の巫女を京の都に縛り付けるからこんなことになるんだ。素直に北の守護を任せておきゃいいってのに。テメェらのほうがよっぽど裏切り者として活躍してるって、わからんかね?」
奥州が、平泉が、藤原秀衡が、敗走する。
いったい何故?
もしかして、と。必ず誰かが言い始める。
そうでなければ誰かに言わされる。
他者の足を引っ張ることで出世した者が誰も彼も同じ手段を選ぶと思い込むように、他者を裏切ることで利益を得ていた者はそう思い込む。自分だけが生き残るために、あるいは自分だけが財を得るために、鬼の側へ裏切った者がいる……と。
真に恐るべきは鬼仙や鬼神に非ず。
目に見えぬ“疑心暗鬼”こそ恐れるべし。
「しかし動かんワケにも、な。むしろバカが余計な首を突っ込んでくる前に防衛線を完成させるためにも、オレの権限で動かせる人間を率先させて動かさにゃならん。どっかの誰かさんが手伝ってくれりゃ、少しは楽ができるんだがなぁ〜?」
「これで人が滅ぶなら、それが人間という種の限界ってワケ。大人しく弱肉強食の掟に従い死に絶えなさい」
「ハッ! それもそうだ。悪かったな、アホなこと聞いて」
「ま……これから死ぬ友人の頼みを断るんだもの、少しぐらいは助けてあげてもいいわよ? この先、またアナタみたいに面白い人間と出会えたら、そのときは人間の味方をしてあげてもいいわ」
「あんまり期待しないほうがいいぞ? この木曽義仲に匹敵する武辺者なんて千年先まで生まれちゃこねぇよ」
惜しい。
それは850年ぐらい後の日本に産まれている。
多少の
「ハイハイ、負けず嫌い負けず嫌い。……じゃあね。アナタが人として無事に死ねることを祈ってるわ」
とぷり、と。
鬼が影の中へ消えた。
「……もういいだろ牛頭丸。お前、本当にヤツのこと嫌いだよな。別にコレといって目立つ悪さはしてないじゃん」
『フンッ。そんなことは知っている。アレから妖気は感じても邪気までは感じんからな。だがそれとコレとは別だ』
義仲の対面にどしりと胡座で現れた火と土の神霊【牛頭丸】が面白くないという態度を1ミリも隠すことなく鼻を鳴らす。
厄除けの権能を持つ牛頭天王の分霊でもある彼にしてみれば、力無き民草にとって歩いているだけで毒をばら撒くことになる鬼の自由など認められるモノではないのだろう。
それを言い出したら日ノ本の神霊には悪鬼羅刹が変じた者も大勢いるだろうに、と口には出さなくても苦笑いぐらいはこぼれるもの。
それこそ清盛が海外との貿易に力を入れていることもあって、大陸のほうはもちろん南蛮や天竺から流れ着いてそのまま馴染んだパターンがどれほどあるものか。
「取り敢えず、このクソ忙しい中でアイツと剣を交えずに済むならそれでいい。決着がお預けのままってのは、ちと未練ではあるが……な」
『ならば黄泉戦に祈りを捧げるか?』
「冗談だろ? これから部下どもに死ぬまで戦えと命令せにゃならんのだぜ? せめて一緒に死んでやるぐらいのことはしてやらないと格好がつかんだろうが」
『相変わらず器用なのか不器用なのかわからん男だな、貴様は』
「オレはオレだ。それ以外の生き方なんぞ知らん。死ぬのは怖いが、自分を見失うのも怖い。ただそれだけの、臆病者だよ。木曽義仲という侍はな」
『……義高のことは、任されよう。と、言いたいところではあるが、それも状況が許せばの話だがな。貴様が意地を通すというのなら、ワシもそれに付き合うぐらいはしてやろう』
「父親としては、力を使い果たして封印状態になる前に義高のトコに移ってくれたほうがありがてぇんだが」
『む……。そう言われると、いや、しかしだな? ワシにも戦神としての立場というものがだな……鬼を前にして逃げるのは、その、なんだ。別に貴様の頼みを聞きたくないワケではないが』
「クックック……ッ! 悪かったよ、困らせるようなこと言っちまって。義高のことなら気にするな。ひとまず牛若と国盛に押し付けて、奴らを縛り付ける楔にするさ」
『悪辣だな。遺言を盾にするつもりか』
「こんなところで可愛い弟分を犬死させるワケにゃいかん。北の鬼門が陽動なら、この先の、本命の戦で必ずアイツらの力が必要になる。きっと秀衡のジジィだってそのつもりで逃がしたハズだ」
『後を託すことができる、というのも考えものだな』
「そこは命の使いドコロを心得ている、と褒めて欲しいところだね」
そのうち目次の先頭まで動かす予定。