きさらぎ駅の駅員なんですがもう限界かもしれない 作:おひょひょ
いつも通り駅を見回っている最中の事だった。
「……あら」
ホームの片隅に転がっているそれを見つけて手を伸ばす。少し薄汚れてはいるが可愛らしいうさぎのぬいぐるみだった。ぽんぽんと表面に付いている埃を払い、そっと抱いて連れて行く。
「お疲れ様です」
この駅には様々な物が流れ着く。
先の八尺様のような人ならざるものを初めとして、このぬいぐるみのようにもう誰も必要としなくなったものまで。そういった物は表の世界から一旦この駅を経由してまた何処かへと流れていく。
表の世界で度々話題になる『動き出す人形』や『髪が伸びる人形』なんてものは、何があっても
それで私はきさらぎ駅に流れ着く彼らの事を好ましく思っている。悔いの一つすら残さず、自分の役割を果たせたという事だから。
だから別にこれは私に課せられた仕事ではないのだけれど、それでも彼らがこの場所を離れる間くらいまでは世話をしてあげたいのだ。
うさぎのぬいぐるみを駅の一角に作った彼らの為のスペースに置く。そこには同じようにもう誰からも忘れ去られた人形や玩具が並んでいる。目を離して暫くすると、それらは消えている事もある。もしかしたら自分達を必要とする誰かの所へまた旅立っているのかもしれない。
丁度空いていた隙間にぬいぐるみを置いて、駅員室に戻ろうとした時。あの気配を感じてげんなりとする。
思った通り、駅員室に程近いベンチで昼寝をかましているバカがいた。
近頃はこのきさらぎ駅をもう単なる移動手段ではなく、人がいない自分の秘密基地ぐらいに思っているのではなかろうか。私がその気になれば手遅れになるまで此処に居させる事だってできるんだぞ。まあ、そんな事はしないのだけれど。
私の足音で目が覚めたのか、大きく伸びをして彼は身体を起こす。
「あ、どうも。こんちわ」
「……はあ。こんにちは」
人懐っこそうな笑顔にハシビロコウのような据わった目を向ける。
もしかするとこのバカは来るなと言うから来るのではないか、と私は最近睨んでいた。数日に渡る観察の末、この悔という青年は恐らく小学生男子とほぼ等しい精神構造をしているという分析結果が出ている。寧ろ幼児と言ってもいいかもしれない。気になったものにはすぐ手を伸ばし、後先を考えない。十中八九喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプだろう。
という訳で今日の目標はなるべく構わず、騒がず、急かさず、こんな場所にいてもつまらないなとこの男に認識させてやるのだ。
「いやあ、家帰ってもやる事ないんすよ。ここめっちゃ涼しくて過ごしやすいし」
「忠告しておきますけどね、あまりここに長居していたら戻れなくなりますよ」
本当に本心からの忠告である。別にこのバカがどうなろうと知った事ではないのだが、それでも後味が悪くなるのは私の望む事でもない。
「それは困るな……分かりました、じゃあ1時間! 1日1時間だけ!」
本当に困っているのだろうか。そんなゲームは1日1時間みたいなノリで言われても私が困るのだが。
「所で駅員さん、ここWi-Fiってないんすか? 今月もうデータ使い切っちゃってカッツカツなんですよ」
「本っっっっっ当…………………………に図々しいですね、お客様。ある訳ないでしょう、そんなもの」
きさらぎ駅の中は意外な事にネット自体は通っている。原典である『はすみ』の話でも電話が通じたくらいだ。地図アプリなどは流石に意味を成さないが。
全く最近の若者は、と腕を組む。私の時にはスマホだのそんな物はなかったというのに。悔と名乗る青年はぼやきながら、そのまま端末を空中に向けて暫く辺りをうろうろとしていた。
「あ、なんだWi-Fiあるじゃないですか。でも駅員さん、パスワードはかけた方がいいっすよ。不用心不用心」
「ちょっ、えっ、嘘」
ひったくるようにしてバカのスマホを食い入るように見つめる。本当だった。
なんか『Kisaragi-stationdayo』とかいうやたらフレンドリーなWi-Fiが電波3本でばっちり飛んでいる。知らなかった、そんなの。
時代の移り変わりに遠い目をしながらスマホを彼に返す。まあ駅自体も現代風になっているし、有り得ない事ではないのかもしれない。
……いけない、最近このバカのペースが自分にも移りつつある。
それで暫くは玩具を与えられた幼児のように大人しくしていたのだが、突然彼が泣きそうな声を上げた。
「げ、充電なくなった……駅員さん、申し訳ないんすけどコンセントって……」
「盗電は犯罪ですよ」
「ちぇっ、まあそうっすよね」
そう言ったはいいものの、やはり手持ち無沙汰なのか彼は鞄から何かをがさごそと取り出して遊び始めた。あれは……組木細工だろうか。撫で回す事で一部が飛び出たりその形を変化させている。立体パズルのようなものだろう。見かけによらずこの青年も知性的な遊びの一つくらいはできるらしい。
……ん?
「それ、りりり、リンフォンじゃないですか!? どこでそんな危なっかしい物……!」
彼が手にしている"モノ"に気付き、瞬時に後ずさる。八尺様に負けず劣らずヤバいそれに震えが止まらない。
「メ○カリでレア物のスニーカーが異様に安く出てて。秒で買ったんすけど届いた靴箱の中にそれが入ってたんですよ。多分詐欺なんすけど相手のアカウント消えてたしマジムカつきません?」
「あ、近付けないで近付けないで!!」
リンフォン。
きさらぎ駅や八尺様と並んで殿堂入りと称される都市伝説の一つだ。
パズルのような組木細工で『熊』『鷹』『魚』の順に変形させられるようになっている。しかしそのパズルこそ怪異の本質で、それを解いている内に不審な着信が入るようになったり怪現象に見舞われてしまう。
魚まで完成させた時に何が起こるかは知られていないが、リンフォン自体が『凝縮された極小サイズの地獄』と表現されている事から推して知るべしだろう。
「あの、そのお客様。えっとですね、最近身の回りでおかしな事があったりしませんか……?」
「あー、なんか彼方? って人から着信が来るようになりましたね。『解き方ちゃんと書いてあるだろ』とか『せめて熊くらいは完成させてくれ』とか。よく分かんないっすけど。俺こういうの得意じゃないんすよね」
芸は身を助くとよく言うが、バカも身を助けるらしい。
「駅員さんこれ何か知ってるんですか? ねえねえ教えて教えて」としつこく尋ねてくるので、仕方なく備え付けてある黒板に
「はあ……それはリンフォンと言うんですけれど、綴りとしては『RINFONE』になります。これを並べ替えると……もう分かりますね?」
「分かんないっす」
「地獄を英語で言うと?」
「……JIGOKU?」
「
ここまで説明してやってもまだ首を捻っている。マジかこいつ、絶対外国語の必修を落としているに違いない。
「まあそんな感じでね、全然解けないからメ○カリで売り直すか今度ガス止まった時に燃やして暖でも取ろうかなって」
よく見れば彼の手の中のリンフォンが恐れるようにぶるぶると震えている。
「お願いだからやめてください、本当。いらないなら私が買い取りますから」
「駅員さんこれ欲しいんですか? そんならあげますよ、いつもお世話になってるし」
そう言いながら私の手を取って組木細工をぽんと握らせてくる。久々に感じた人の体温に少しぼんやりとした隙に、彼は軽快に鞄を手に取って電車に飛び乗った。
「じゃ、電車来たんで。そんじゃ駅員さんまた明日〜」
八尺様を手懐け、リンフォンに微塵も揺るがない。字面だけで見ると何処の霊能力者だという感じである。
嵐が過ぎ去ったような疲労感にぐったりとしながら、隣の椅子にリンフォンを置いて「……大変でしたね」と語り掛けてみる。
返事こそなかったが憔悴しきったかのようにこてん、と少し転がった。