<<カシュンッ!>>
炎がオイルを吸った先端に着火するより早く。
<<キンッ!>>
甲高い音と共にライターの蓋が落ちた。
「敵発見!!急げ、補足しろ!」
「ハッ!!小銃ごときで何が出来る!!挽肉にしてやる!」
「補足完了、射撃はじめ!!」
敵パイロットと射手の咆哮が機内で響いた。
高度がぐんぐん低下して、管制塔の頂上に辿り着いた瞬間、真正面に30mm機関砲の銃口が向いている状態が完成していた。
そして、ジタンの口元から零れたタバコが地面に落下するより早く。
<<ドドドゥッ!!!ドドウンッ!!>>
彼は30mm機関砲のマズルフラッシュが瞬く中を縫い、半壊した管制塔に駆け上り、むき出しの管制室だったものから飛び降りた。
階段と瓦礫を駆け上がる最中にベルトから組み立てた総チタニウム製の錐、先端の切っ先をタングステンで加工した総重量1kgを越えるベルトバックルから変身した、その凶器をジタンは平然と30mm機関砲の給弾機関部に突き立てた。
<<プシュン!!>>
ガスの吹き抜けるような音が響くのを待たずに、ジタンはそのまま深々と突き刺した錐から手を離して重力に任せて落下した。
落下距離高度30m。ジタンは素早くレームから借りたM4を構えるや、フルオート射撃で装填されてあるマガジンを撃ち尽くした。
「奴を撃て!!撃ち殺せ!!」
「ハッ!!」
カチ…カチ…
「おい!どうした!?何故撃たん!!」
「クソッ!!野郎ッ!チェーンベルトをッ!!」
「んなッ!?バカな!」
「クソッ!機長、ミサイルを!ミサイルで吹き飛ばしましょう!!」
給弾ベルトを砕くように強引に差し込まれたチタニウムの直棒。射撃の為に必要な機構を信じがたい方法で阻害され、作動しない射撃ボタン。業を煮やした機内では遂にミサイルの使用が決断された。
しかし、彼らがミサイルの照準を設定している最中に甲高い打撃音が機内に響く。
「な、なんだ!?」
「見てください!奴です!!」
射手が指差した先には火花を散らすミサイルポッドがあった。
<<パララララッ!!パララララッ!!>>
至近距離からアサルトライフルの5.56×45mmNATO弾を30発。寸分狂わず撃ち込まれた先。
標的はミサイルポッド及びそのすぐ隣に懸架されていたAGM-114ヘルファイヤミサイルだった。
<<グワッ!!ブッシュウウウ……!ギュルルルル…ゥゥゥ…>>
「ッつ…うわ、うわあぁぁぁぁ…!!?」
「メーデー!メーデー!ぎゃあぁぁぁぁ!!??」
引火し、暴発したヘルファイに煽られたアパッチは不細工な回転を始めた。機内ではミサイルの爆発で防弾板が融解、装甲が剥離しガラスも破砕していた。火の手が機内の操縦士と射手を襲い、空飛ぶ戦車は数秒足らずで灼熱の棺桶と化した。
「……チェキ…大事ないな。行くぞ…あと10分で迎えが来る。ランデブーポイントへ急ぐぞ……」
撃ち尽くしたM4を肩に掛けなおし、転がりながらケガ一つなく着地してみせたジタンは駆け足でチェキータの元へと駆け寄った。
声を掛けた瞬間、背後でアパッチが墜落し、地面へ激突した。
<<ドッ!!ボファ!!グガァァンッ!!>>
墜落現場の滑走路の真ん中では大爆発、次いで残存火薬にも引火し次々に爆発が起きた。爆炎が吹き上がり、距離があると言うのに肌を焼くような熱で汗が噴き出した。
ジタンは放出品のカラシニコフ小銃弾痕だらけの崩れかかった壁に凭れていたチェキータをゆっくりと抱き起すと、空回りして回転しながら飛び出したヘリのブレードを遠回りに避けながら進んだ。
「……事務仕事だと聞いていたんだがな…ウソの付き方が尋常じゃないぞ。今度からは対応可能な事務員を選ぶことだ……」
フロイドとレームの元へと向かう途中、ウラに還ったジタンは常よりは饒舌にチェキータと言葉を交わしていた。
「ふふ…こんな事務員どこにも居ないわよ…。」
彼なりの冗談なのか、それとも本気なのか。灼熱の中で汗一つ浮かばない平然無比の美貌を誇るジタンとは対照的に、チェキータはケガの痛みと爆発の熱で冷や汗と脂汗を幾筋も垂らしながら言葉を紡いだ。
「……まぁな、事務員に救われるPMCもここだけだろうしな……」
「事務仕事だから安心してついてらっしゃい」…そう言われてついてきたことへの小さな意趣返しのつもりで皮肉を言い合った。
ふと、立ち止まったチェキータに従う形で、彼女に肩を貸すジタンも立ち止まりチェキータのことを伺った。
「……傷が深いのか?……」
首を振るチェキータ。彼女らしくもない。駄々っ子みたいな素振りだった。
俯きがちな顔を覗くと、目を細めて痛みを忘れたように楽しそうな、けれど切なそうな表情を浮かべていた。
「…ねぇ、ずっとこのままじゃダメ?」
しな垂れて頭を預けられた。痛みの所為か、生温く荒い吐息が首筋で籠る。肩に掛けられた腕が、その腕を離さぬように握るジタンの手に伸びた。
重ねられた手は、傷口を応急処置した時に付着したチェキータ自身の血で塗れている。鮮烈な赤から黒々として所々に砂埃が混じった茶けた色合いに変わった手の平。
情緒の欠片も無いシチュエーションだったが、チェキータの手は温かく、その温もりはジタンの深く深くに遺されてきたこれまでの拭い難い過激で無慈悲な半生に束の間、輝く温かい思い出を思い出させた。
「……少し疲れたんだ。だから、しばらく表のままでいたい……」
過激だが、それでも捨てがたい時間だった。チェキータが言った<このまま>は、オモテの自分をこのまま忘れてしまおうという誘いだった。
だがジタンは余りにも働きすぎていて、その場で即断できるほどの情熱を戦場に馳せるには気力が足りなかった。
「そう…いいわ、私はどっちも好きだから。いたた…ふふっ…痛いわ~痛くて歩けないわね?どうしましょう?ふふっ…ケガが思ったより深かったみたいね。これじゃあ、歩けそうもないわ~。ね?どうしたらいいのかしら?」
重ねた血塗れの手を赤子をあやす様な慈しみに溢れた手つきで撫でられたチェキータは、自身の誘いが断られたというのにほんの少しも落胆も失望も見せなかった。
彼女がジタンと出逢ったのは20歳より前のことで、彼女が初めて人を殺した時には既に同じ戦場で同じ釜の飯を食べ同じベッドで互いの身を抱き合って眠っていた仲だ。
誰よりも長い関係性を持っていることが誇らしくも疑いのない彼女にとって、ジタンとのことは今更好き嫌いなどという単純な指標で割り切れるような浅い関係性ではないのだ。それこそ、血の繋がった家族以上に、別々の場所に居ても必ず再会できると確信し合う間柄なのだから。
「……そうか…なら抱いて行くぞ…フロイド達が待ってる……」
チェキータはあからさまに傷を痛がり、ジタンも演技と本音が混じるチェキータの言葉に喜んで乗っかり、彼女の腰に手を回した。
「よろしくお願いするわ…ありがとう。」
「……家族なら、当然のことだ……」
その手際の良さや軽々とした所作とは裏腹に頗る丁寧に横抱きにされたチェキータは彼の為すままに身を任せた。
手を振るレームとフロイドの姿が見える頃、彼女は上体を起こした。胸をひしゃげさせジタンの視界の半分を温もりと母性で埋め尽くしながら、首に腕を回し彼のシャツの胸ポケットを探った。
「それじゃ、<またね>おやすみなさいジタン。」
レームの寄こしたZIPPOを取り出した彼女は、ほんのり口角が上がった…わかる者にしかわからない…穏やかな笑顔のジタンの胸元でライターの蓋を打ち上げてフリントを