<<カシュンッ!>>
粒子が大気を叩く硬質な音と共に、ジタンは寝起きのような表情で目をパチクリと瞬かせた。
「んん??あれ?あぁ、またコレか…お、チェキじゃん…此処は?俺達死んだのか?それともレーム達だけ?」
三途の川か地獄の入口か、ファッキンホットな現場でのんびりしいなオモテのジタンが優しい笑顔のチェキに声を掛けた。
「いいえ、今回も何とかなったわ…貴方のお陰よ。」
愛おしそうに血みどろの指で頬や目元を撫でられてジタンはくすぐったそうな表情を浮かべた。
「んむうッ!?」
撫でる手指はそのまま、万力の如く力がこもったかと思えばガッシリホールドされて唇を奪われた。
「ン~…ふふ、今回の分のお礼よ。さ、行きましょ、フロイド達はアッチよ。」
両手が塞がっていたこともあり、ポヤンとした表情で彼女を見つめていたジタンに、なんでもないような調子で擽ったく笑いかけたチェキータは火のないタバコを噛みだしたレームを指差して先を促した。
「お、おお。そーだな。そうしよう。」
我に返ったジタンが歩みを再開すると、遠くで回転翼の駆動音が響いてきた。
「迎えが来たみてぇだな、はぁ…仕事は散々だったが、アンタのお陰でまた生き残れたな…全く、アンタといると退屈しねぇぜ。ま、今回もお互いお疲れ様ってこった。そら、早いとこ帰ってビールでも飲もう。」
迎えのヘリが滑走路上にホバリングで高度を下げていくのを見上げながら、レームがしみじみとジタンに語り掛けた。
「はぁ…散々だってことには同意するぜ。あと、いつも言ってるけど俺はビールみたいに苦い酒は飲まないんだっちゅーに!」
湿っぽような、どこかしら茶化すような調子のレームに同意しつつ、ジタンはそのノリに乗って軽妙に返した。
「わはははは!!知ってる知ってる!お前、苦いと涙目になるもんなぁッ!!あっはははは!」
絶体絶命の状況下から脱し、またフロイドの表情から敵の増援は本部の部隊が殲滅なり牽制なりしてくれたお陰で心配いらないことを知り、開放感を感じてるのだ。そんな状況での仲間の軽口になら乗っておくのが戦場の醍醐味だろう。
「笑うんじゃない!イイ年した俺が涙目とか言うな言うな!恥ずかしいだろうが!」
さらっと弱点を晒されたことに明るい声を上げた。テンポの良いやり取りに興じていると、一足先に救護班の手当てを受けてヘリに乗り込んでいたチェキータから声が掛かった。そろそろ離陸だ。
「ジタ~ン?レーム~?置いてくわよ~!」
「いま行くーーっ!!」
伸びをグーっと一つしたジタンが最後にヘリに乗り込むとすぐさま高度が上昇した。荒涼としたアフリカの大地を照らす真っ赤な夕焼けに機体の背を焼かれながら、ジタン達四人は今回も無事に
後日、アフリカの某大都市の一角でライターの石を擦る音が響き、過熱するアフリカの炎に油を注いでいた武器商人が一人消えた。
彼に関わった者、彼を知る者達の手元からは彼の存在や経歴を証明するあらゆる資料が喪失し、彼を彼だと証明する全ての記録が抹消された。FBIのブラックリスト上に保存されていたプロファイリングやCIAのデータベースは無論、銀行預金から所有不動産、果てはビデオのレンタルからクレジットカードの利用履歴に至るまで。古代ローマ人も真っ青の仕打ちだった。
すべての後に遺されたのは、身元不明の遺体が一つ。死因は眼窩を貫通して届いた細い棒状の凶器による脳破壊だった。死に化粧と防腐処理まで施された死体は自宅の寝室で眠るように安置されていた。彼が何者で、彼が何を成し遂げて来たのか…そのことを知る者は誰一人として存在しなかった。
帰って来た家、大型輸送船の船室にフロイドとレームの二人が居た。
今回受けた損害はウラのジタンの活躍で、敵対していた武器商人の資産を接収して大幅にプラスになったが、それとこれとは別だった。損失したものの始末書が上がって来たので決済の確認をしたりとやることが山積みだった。部下と手分けしてもこれなのだから、本部に戻るまでは船上こそ正にフロイドの戦場だった。
「はぁ…まったくどうしてこうも物騒なことになるのか…。いや、無事で済んだのだが…。」
草臥れたフロイドがすっかり冷めたコーヒーを顔を顰めて飲み干しながら零した。萎えぎみの雇主を肴に、レームは旨そうにタバコをふかした。
フロイドの言葉も最もで、ジタンをチームに入れてからは今回のような絶体絶命の状況が割と頻発していた。戦場とトラブルを引き寄せる重力のようなものを纏っているのかと思うほどだが、同時に結果的には大きく成功や黒字に導き、またフロイド自身は本来のポーカーフェイスを忘れて死ぬような思いを毎回しつつも一度として傷一つ負わずに生還してきていたのだ。
「へへへ…全く、ジタン、あいつやっぱりサイボーグかなんかなんじゃねぇのぉ?小銃と鉄の棒っきれだけでアパッチ堕としてチェキータ抱いて走って戻って来るたぁ…いやぁ、本当に大したモンだぜ。」
口元を覆うように人差し指と中指でタバコを挟むと、レームは愉快そうな調子で語った。
「…ライターもちゃんと帰って来たんだろう?」
回していたペンを落として、フロイドがレームに聞いた。
「あぁ、無事だった。相変わらず、不思議な力のお陰だな。」
正にその通り、不思議な力と言うほかなかった。だが、全て少なくともこの二人を含む者たちにとっては決して牙を剥いたことのない力だった。
「心理学…いや精神科学的なカラクリだとは思うのだが…はぁ、またしてもあの人に助けられたな。」
背もたれに背を預けたフロイドは無機質な船室に場違いな黒檀製デスクの引き出しから葉巻を取り出して言った。
「なぁ…ずっと気になってたんだが、始めっからスイッチ入れないのはどうしてなんだ?そのほうが仕事も楽に済むんだがなぁ…。」
俯き吸い口をカットするフロイドにレームは問うた。
「…レーム、ミスタージタンは決して、決して望んで今の様になった訳ではないぞ。…あの人はもう覚えていまい、しかし私ははっきりと、あの人が幼い私を助けてくれた時に語ったことを覚えている。」
レームの問いにフロイドは顔を上げなかった。だが、いやに熱のこもった真剣な声をレームは聞いた。
「…ありきたりな悲劇は俺は腹いっぱいだぜ?」
軍人として、元デルタフォースとして働いてきたレームは、この業界に参入する以前からその手の悲劇には見飽きていた。
「ありきたりなものか…だが、悲劇ではある。この世の理不尽を憎み、理不尽を自らが体現することで自分から奪われることを拒むに至ったのだ。その過程は壮絶なもので然るべきだろう…だが、悪いなレーム、私もまだ死にたくない。許しも出ていないのに話すことは出来ない。」
だがレームの淡々とした様子を気にすることもなく、フロイドは折角炙った葉巻にも口を付けずに、ただ語った。
「へぇ…要するに、戦場からは正直おさらばしたかった…ってことか?」
レームとてジタンの伝説的所業は既知、いやリアルタイムで体験すらした世代なのだから詮索はしない。例えどれだけ興味関心があったとしても、例え今や平凡で温厚な男に人格が挿げ変わっていたとしても。
なぜならジタン・コッポラの心底には依然として生ける伝説が全盛の儘に彷徨を続けているのだから。
「まぁ、そうなるな…。だが、おそらくあの日の<9.11の奇跡>は単なる偶然だったのだろう。結果的に記憶を喪失したことは事実で、その証拠にライターで人格は元に戻っても自分にまつわる詳細な情報を何一つミスタージタンは覚えていない。」
そこで初めてフロイドは葉巻を一口燻らせた。
「着火でウラに還り、鎮火でオモテに返る。」
レームは吸いきったタバコを携帯灰皿に納めると、新しいタバコを咥えた。
<<キキンッ!カシンッ!>>
<<キキンッ!カシンッ!>>
そして着火はせずに、愛用のZIPPOの蓋だけ開閉して弄んだ。