穢れなき虜囚   作:ヤン・デ・レェ

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アパッチその4

<<キキンッ!…シュボッ!…カキッ…チンッ!>>

 

3度目の開閉で、レームは初めて着火した。躊躇いがちに石を擦るとタバコの先を炙った。一口ふかし、芽生えた火を少しの間見つめた。それからゆっくりと押し戻すように態々反対の手を使い蓋を閉じた。

 

しばらくレームもフロイドも言葉を発さなかった。当然だが何も起こらなかった。独特のオイルの香りが鼻に衝いた。

 

「どちらもミスタージタンの理想像なのだろうな…望まずして極めた理想と、望んでいたが得られなかった理想…二つの理想の自分なのだろう…先日社員検診の時にミスタージタンを診た医師とカウンセラーの所感、その受け売りに過ぎんが…。」

 

葉巻の煙に巻かれるフロイドがぼんやりと船窓から外を見ながら言った。何時の間に立っていたようだ。

 

「そうだ…あの話、本当か?」

 

レームは自分で思う以上に長く火を見つめていたことに気恥ずかしくなり、話題を変えた。

 

「…子供達の話か?」

 

フロイドは船窓の外を見たまま言った。

 

「あぁ…俺はともかく、チェキの奴とジタンを離すのはお勧めしないぜ?それに、自分の護衛は如何すんだ?新しいのを雇うのか?」

 

煙を吐き出してレームは矢継ぎ早にフロイドに問いかけた。

 

「あぁ…その件ならミスタージタンには許可を貰ったんだ。ココの…娘の御守りを頼んだら快諾してくれたよ、子供のことは嫌いじゃないらしい。」

 

煙を味わいながら、「レームも変なことを気にするものだ」と思いつつフロイドは軽々答えた。

 

「へっへへ…それ以上に、アイツは子守の方がのんびりできると考えてるのさ。で、チェキの方は?」

 

レームはくしゃりと笑って、いかにもオモテのジタンが快諾しそうな一見簡単そうな依頼内容に笑いを零した。

 

「……チェキータにはキャスパーについて貰おうと考えてる。」

 

フロイドはチェキータの話では、一転声を潜めるように答えた。

 

「おいおい…俺とジタンが嬢ちゃんについて、チェキだけ坊主と一緒かよ…荒れないかねぇ?」

 

レームは汗を一筋垂らして自分の憂慮が現実になりそうだと思った。

 

「こればかりは、お互い成長して欲しいのでな。レーム…そもそもお前が不甲斐ないからなんだぞ?ミスタージタンが来てからチェキータは四六時中あの人にべったりだ。」

 

要するに、フロイドなりにスーパースターを盗られたことへの意趣返し兼ジタンにバカンスを提供しようと考えた結果らしい。無論それらが全てではないだろう。海運の巨人は伊達ではない。しかし、ジタンへの配慮は確かに含まれていそうである。

 

「あぁ、スティッキーマインみたいにべったりだな。へっへへ、文字通り<地雷>だな。」

 

痛い所を突かれた筈が、全く頓着しないどころか心底面白そうなレームの様子にフロイドはため息を吐いた。

 

「笑いごとか!お前たちは結婚していたんだろう?レーム、お前が不甲斐ない所為で私のミスタージタンが、よよ…よッ!!よりにもよって!間男みたいじゃないかッ!」

 

当人以外にとってはしょうもない案件で余程悩んだらしい。フロイドは真剣な面持ちで指摘した。

 

「俺に言うなよフロイドさん。そもそも…常識に則った結婚じゃないからお互い問題ないだろ。俺にもアイツやジタンのことは理解できるもんと出来ないもんがあるんだ。チェキータもジタンも独自の恋愛観っつーか、愛情論っつーかで生きてるんだ。ノーマルな俺にゃぁさっぱりさ。」

 

自分と結婚を繰り返しているチェキータのことは当然ながら嫌いではない、互いに信頼しているし好意もある。

 

だが、殊にジタン・コッポラと言う人間が関係するとチェキータは人が変わる。豹変すると言っても過言ではないだろう。戦闘力や殺人技術で全人類の上から数えた方が早いオンナの藪蛇に手を突っ込もうなど…レームは怖いもの知らずでも命知らずではない。

 

「…頼りないことだ。だが、この話は置いておく。私の護衛は心配不要だ。暫くデスクだしネゴにしても欧米中心、基本的には代理を派遣するからな。それに、アフリカとアジアの販路は子供たちに任せることにした。先日の海賊とのネゴもそもそもは下見を兼ねていた。」

 

衝撃の決断に、流石の歴戦の超神兵レーム・ブリックもタバコを落としかけた。

 

「お前とチェキータだけなら分けられなかったかもしれんが…そこにミスタージタンが加わるなら別だ。少し早いが、実地で勉強させることにしたよ。」

 

十歳未満の子供二人に数十億ドル規模の市場を二つ、軽々ポンと任せるところは流石歴戦の大商人。その胆力と覚悟には恐れ入るほかなかった。

 

「……自分のガキを10年と経たずに戦地に放り込むたぁ、アンタも大概イカれてるぜ。」

 

今すぐに全権を渡すわけではない。だとしても、お遊びの様に上手くいく類の代物ではないのだ。命がけ。文字通り骨も返ってこないことも在り得る業界なのだ。

 

「どうとでも言え、私は私の仕事に忠実なだけだ。それに…あの子たちにとっても自分の子供への情すら知らない父親より、ずっと傍に居てくれるミスタージタンのような男や、常識的な君との方が家族というものについて深く学べるだろう。」

 

レームの言葉は正に忘れた筈の常識に裏打ちされた苦言であった分、レームにしろフロイドにしろ自らが身を置く世界の歪さ醜さを再認識することになったのは言うまでも無い。

 

「あと、人選についてはキャスパーの母や姉代わりに制御できる人材としてチェキータを、ココの父や兄代わりとして頼れるように君とミスタージタンを選んだ。新しい人材の登用などは君に任せる。ココ名義でPMCを作っておく、取締役は君がすると言い。あと…彼のことはフリーとしてHCLIの直轄に回す。これならキャスパーの援護に向かわせる口実が作れる。チェキータも文句はないだろう?」

 

レームはタバコを咥えたまま敬礼をして返した。彼なりの誠意であり、現時点での上官であるフロイドの采配に不満が無いことを表明するための切り替え、業務上の線引きでもあった。

 

「子供達をしっかり頼んだよ。将来の後継者だからね。」

 

海運の巨人フロイド・ヘクマティアルはそう言って話を締めた。半ばほどまで吸った葉巻を惜しげもなく潰してから、彼はレームを遺して部屋を後にした。

 

 

 

その日、ジタン・コッポラはHCLI社の辞令を受領した。

 

新しい護衛対象としてココ・ヘクマティアル並びにキャスパー・ヘクマティアルが彼のリストに追加された。

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