ナイトサイト
中東某国の港湾都市にて、時刻は20:00を回った頃、HCLI社が所有する社員保養施設ではその日細やかな送別会が開かれていた。
主催者はフロイド、主賓はジタンであった。ホテルを改装した施設には厳重な警備が敷かれており、周囲は北側に市街地の夜景、南側には広大な海と殺風景なコンテナの群れに囲まれていたが、会場内ではそんなことは気にも留めず、ある程度気心の知れた四人が他の職員を省いて寛いでいた。
高級ホテルの立食形式で用意された料理を、ベッドの上やソファの上何かで、思い思いに食べている四人の間には寂しさなど微塵もない。しかし少し浮かれ気味なのは間違いない。
壁掛けのテレビは真黒のままなのに、エスニックな味付けで腹を壊した所為かテレビの前に一人で瓶ビールばかり飲んでいたレームは、そのことに目を付けられて、珍しく酔って饒舌のフロイドに絡まれていた。
冷たい目つきのまま赤ら顔のフロイドと苦笑いのレームが白い革張りのソファで仲良く隣り合っていた。海運の巨人と言われるだけあって中東の物も食べ慣れているらしい、ラクダの肉の蒸し焼きだと紹介されたガツンと来るスパイスの効いたそれを、フロイドは気負いなく手掴みで口に運んでいた。その厳格で冷酷な仮面を今日ばかりは脱いで見せたことにはチェキータも驚いていたが、これもジタンのお陰だろうとレームは思った。いよいよ肩まで組まれた。用意された舶来のボルドーワインの品評を高らかに始めたフロイドが自分の子供に戦場で武器を商いさせようと企む悪人とは…とても思えまい。
野郎二人の喧騒から少し離れた所で、上機嫌で大皿に山と盛られた料理に舌鼓を打っていたチェキータはそんな二人をベッドの上で胡坐をかいて眺めていた。目元はいつものように薄い笑みを浮かべており、頬が膨らむほど料理を詰め込んでもぐもぐ咀嚼していること以外は何時もの様に、何を考えているのか見当もつかない。
中東あたりでよく食べられるインドのナンにも似たパンに、よく煮こまれスプーンで押せばほろほろと崩れるまで柔らかくなった羊肉を乗せてかぶりついた。溢れてパンの端を滴る肉汁が五つ星ホテルのベッドシーツを汚すが、誰も気にも留めない。ボウルに盛られていた羊肉のシチューを一人で食べ切ってしまったらしい。空になった皿でスプーンの音がカランと響いた。口の端に残っていたパンのカスをペロッと舐めとる仕草まで、一部始終を見届けたジタンは、「よく食べるなあ」と感嘆を零した。
ベッドの脇の卓には平べったいパンとひよこ豆のコロッケ半切れの盛られた木の籠、ケバブ数切れと付け合わせのヨーグルトソースの載った白い陶の平皿、ウイスキーが半分まで注がれたシンプルなロックグラスが置かれていた。ベッドから降りたところにジタンは居た。スツールに座り、ダブルベッドの真横から、上に陣取ったチェキ―タの大食を肴に、フォークでゆっくりと夕食を摘み、明日のことを考えていた。
送別会と称するには賑やかしの欠けた時間だったが、ノスタルジックな心地に浸りながら四人だけで二時間ほど楽しく過ごしてから、その日は解散となった。
フロイドを部屋に送り届けた三人は部屋に戻ると、明日の朝、ココ・ヘクマティアルの監督兼護衛を任せられるレームとジタン、キャスパー・ヘクマティアルの監督兼護衛を任せられるチェキータに分かれて、お互いの新しいボスがどんな子供なのか、レームが選ぶ追加のメンバーはどんな奴になるのか、などについて話し合った。
滅多なことは言わない。少しは弁えている三人でも、気持ちが大きくなっている今は少し舌の滑りが良すぎた。レームとチェキータはお互いの新しいボスに対して、フロイドがそのまま小さくなったような、よく言えば早熟で利発な子供、悪く言えば可愛げのない擦れた子供を思い浮かべた。二人の予想は概ね当たっていたが、ジタンが予想する番になると、彼はやけに優しい顔つきになって考え込んでしまった。黙り込んでぼーっとしているジタンを見かねた二人は話題を新しいメンバーに変えることにした。
酔いが回って来たレームは陽気になって、どんな新顔が来るのか、ヒントを交えながら当ててみるように言って笑った。
チェキータが「同い年の老兵じゃない?」と言うと、レームは自分は「まだ若い」と言い返した。すると今度はジタンが「ソイツは俺と会ったことあるか?」と聞き、これに「なら死人ね。」とチェキータが即答すると、豹変する自分を知らない幸せな男ジタン当人を除いて、鋭いジョークに二人とも大笑いに笑った。
不謹慎な発言でレームも不覚にも笑ってしまったが、笑いすぎて目元に浮かんできた涙を拭ってから、「いいや、会ったことはない。でもアンタのことは知ってる奴だよ。」と答えた。人の名前も顔もサッパリ覚えていないオモテのジタンは首を傾げてしまった。
レームの足元に転がるビールの瓶が10本目を数える前に、彼は酔いつぶれてテレビ前のウッドテーブルに突っ伏した。ぐごごご…と寝息が聞こえて来てチェキータとジタンは顔を見合わせた。
三人の中で一番に陽気な顔が脱落したことで、二次会は自然とお開きになった。レームを担いで部屋に届けに行ったチェキータを見送り、ジタンは潮風を感じられる南側のベランダに出ると、手すりに肘を置いて深呼吸をした。すっかり氷の解けたウイスキーを呷った彼は、それから自分にあてがわれた部屋に向かい、電気を消した。
真夜中のことだった。タオルケットだけを巻き付けて、小さく丸くなって眠るジタンのベッドに足を掛ける者がいた。ギシ…ギシ…とスプリングがか細く鳴き、誰かの大きな影がジタンの真上で、身体をまたいで立った。
窓の外では海に注いだ月の光が反射して、分厚い雲の隙間を縫って闇の中、海原を白いストロボがチカチカと光っているように見えた。
生来のものか、その誰かの瞳にはハイライトの明るさが無かった。子供の頃からの特徴なのか、誰かは気にしたこともないが。そんな黒々と沈殿した澱のような色の光を吸い込んで離さない黒目が、キリッとした横長に縁どられた目元で際立っていた。
大きな瞳は黒い満月のようだ。一定のリズムで刻まれる鼓動と呼吸には特別な変化は無い。いつも通りの拍を刻んでいた。いつも通りの。人を殺す時のもの、誰かと一緒に食事をするときのもの。いつ何時であれ同じリズムを。
大きな影が一歩、摺り足でベッドの上を進んだ。と同時にジタンは寝返りを打ち、彼は仰向けになった。そして影は背を丸めて、腰を眠ったままのジタンの腹の上に落とした。
まだ眠ったままのジタンの顔を真上から至近距離で覗くように、両手をジタンの頭の両脇について体をゆっくりと倒すと、窓から注いでいた月の光が大きな影の頭に当たった。スキッとした青白い月光が照らし出したのはチェキータだった。
上半身には黒の半袖シャツだけを纏い、下半身には光沢のある紺のシルクで編まれた薄手のローライズのショーツだけだった。無防備な二の腕や透き通った白く匂い立つような首筋とくっきりと浮かぶ胸元から鎖骨に滲む影、その影に深く刻まれた豊かな谷間、服の上からでもわかる浮き出た腹筋の緩やかな盛り上がり、ショーツとシャツの狭間から見える背筋に沿って尾てい骨に辿り着くしなやかな反りのシルエット、ショーツが食い込んで肉感的な味を想起させる腰回りの嫋やかさ、眩しくさらけ出された筋肉質ながらも脂肪の柔らかさを保った腿と脹脛、磨かれた爪の先の光沢に至るまで、月光を一杯に浴びた白くきめ細やかな肌は、戦士にあるまじき色気を纏い、その身の全てが強く女を意識させた。
卓越した戦闘能力を秘めた肉体はよく鍛えこまれていたが、確かに柔らかく。それは天性生まれ持った美体を最大限生かせる範囲に、絶妙な均衡で維持された逞しさと美しさの共存だった。自室でシャワーを浴びて来たのか、潤いを湛えた肌の表面に当たった光が砕けるたびに、その破片がラメ入りのパウダーとなって彼女の晒された肌を飾る様は、神々しくも艶めかしかった。
チェキータはしばらくの間じっとジタンの寝顔を、寝息が当たるほどの近さで見つめていた。数分か、数十分か。チェキータはシャツの胸ポケットからおもむろにライターを取り出した。そして、ジタンの耳元から少し離したところで蓋を弾くと、フリントを擦り上げた。
<<カシュンッ!>>
独特の音と共に火がボボッと灯り、月以外照明の無い部屋の中を暖かく照らした。ライターに芽生えた火を見守る間もなく、
<<カシンッ…>>
という金属の蓋が閉じる音が響くと、火の加護が失われ再び暗がりを招き入れた。
「…」
ほんのりと青白い夜の視界の中、チェキータはじっとジタンを見つめていた。
そして、月さえもが分厚い雲の彼方に消え失せた頃、沈黙と共に、男の瞼が開いた。
ヨルムンガンドの中で一番好きなキャラクターは誰だろう。やっぱり…皆、それぞれ好きなんだよな、なんだかんだで。
因みに今作のヒロインは複数なので、それぞれに明確なポジションがあります。序列が無い分、それぞれとの関係性や思い出などなどをがっちり書くぜ。
既に理解してしまった方も知るかもしれませんが、チェキータさんは最古参正妻ポジションです。本二次創作内で戦闘力と正妻力の貫録で彼女に比肩する者は居ないでしょう。