穢れなき虜囚   作:ヤン・デ・レェ

14 / 26
*凌辱など戦時下の不快な描写多数。この次の話を呼んでもストーリーに致命的な欠落は生じない。ジタン・コッポラという二次創作上の主人公の過去を知りたい場合にのみ読むことをお勧めする。


穢れなき虜囚その1

ジタンは夢を見ていた。体が熱くて熱くて仕方なかった。逃げたくて、でも離れがたい。だからジタンは藻掻いた。自分のことを掻きむしる。自分のことを捕まえてしまって離さない誰かにしがみついて、爪を立てた。ジタンは泣いていた。傷つけたくなくて、でもすぐにでもその場から離れなくちゃと、必死に暴れた。暴れても、ずっと離さずに抱いていて欲しかった。掴まえて居て欲しかった。でも離れなくちゃならなかった。一人に、孤独になりたかった。ならないと、ならないと…

 

 

「僕は、どうなってしまうんだろう?」

 

 

 

ジタン・コッポラが生まれたのは50年代から60年代後半だった。民族と宗教を巡って争うある紛争地帯の直中で生を受けた。戦火に呑まれた町角で産声を上げたジタンの両親は戦闘に巻き込まれて死んだ。運よく助け出されたジタンを育てたのは、母と姉だった。全員に血の繋がりなどなかったが、ジタンは二人を母と呼び、姉と呼び慕った。そして彼女達もまたジタンに出来得る限りの愛情を注いで育てた。

 

ジタンの人生はまだこの時、始終平穏なものであった。銃を握ることも無ければ、戦争に焼け出されることもなく、彼は5歳まですくすくと成長した。

 

だが彼の人生を変えた一日は突然起こった。ある日、ジタンは母と呼び慕う女性に言いつけられ、庭先に植える花の種を買いに向かった。決して裕福な暮らしではなかったが、ジタンとその家族は品や希望を捨てることを嫌った。どんな状況下でも、何か希望や美しいもの心安らぐものを、この場合は目と鼻で愛でることを好んだ。ジタンは花が好きでも嫌いでもなかったが、家族が花を愛でる姿を好んでいた。

 

利発な子に育ったジタンは、言いつけられた通りに花の種を買い、寄り道もせず家に帰った。

 

 

しかし、家に帰る途中でジタンは何者かにより後頭部を強打され、意識を失った。そして、再び目を覚ました時、ジタンはトラックに積まれ揺られていた。何が起こったのか理解するより先に、積み荷として何処か砂漠の中で降ろされた。

 

周囲を見渡すが数人の銃で武装した大人以外には、自分のように困惑し怯える子供が十数人いるばかりだった。自分の置かれた状況が異常であること以外、何もわからない彼らの手に押し付けられるようにナイフが配られた。全員に行き渡ったのを見計らって、ベレー帽を被った男が言った。子供同士で殺し合え、と。

 

生き残った者にだけ戦士として食料と武器を与える。そう、ジタン達は命じられた。

 

女も男も関係なく、五歳から十歳くらいまでの子供たちが殺し合いを命じられて、言われた通りに出来るわけが無かった。だから、動けずにいる子供たちの中から数人を引きずり出した大人たちは、彼らを押さえつけて、その手に握らせたナイフを押さえつけたもう一人の子供の胸に突き立てさせたのだ。目の前でデモンストレーションを見せつけると、子供たちは泣き出したり、慄いたり。それでも誰も動かなかった。

 

すると、先ほど無理やり自分の手で子供を殺させられた子供に、また一人子供を殺させた。その子供の意志とは関係なく、大人たちは嫌がる子供の手にナイフを握らせ、もう一人が押さえつける子供の腹や心臓を突き刺した。手に伝わる感触と血や臓物の濃い匂いで、その場にいる子供や、刺した子供が嘔吐した。

 

惨状は子供たちが狂ったように互いを刺し合うまで続けられた。あの後も何人もの子供を、無理やりに殺すように仕向けられた少年は、血走った目のまま、その場で立ち尽くしていた。そして、それから一時間も経たないうちに血みどろの子供たちの死体が辺り一面に散乱する地獄が出来上がった。

 

「全員死んでる。」「発破を掛け過ぎたな。」「残ったのは突っ立ってたコイツだけだ。」

 

大人たちはそう言い、最後までただただ立ち尽くしていることしかできなかった少年を戦士として教育することに決めた。頭に麻袋を被せられ、少年は再びトラックに積まれて何処かへと連れ去られた。来るときは満杯だったトラックには、今や少年しか載っていなかった。

 

 

 

少年はそれから、過酷な虐待を受けながら戦士として人をより多く殺すための教育を受けた。少年は当初殴られても無気力だったが、次第に何も言わずに従順に言われたことを言われた通りに実践する様になっていった。数年間の教練を通じて、少年は体術に関しては大人数人を相手取ることが出来る程に、射撃の腕なら重機関銃を使用しての2000mの超長距離狙撃も可能な程の腕前へと成長していた。皮肉にも少年には天性の才能があったのだ。戦うことに対しての、人を殺すことに関わる全てに対して少年は天才的であり、また万能選手だった。

 

10歳になった少年は初めての戦場に送り込まれた。そして、そこで家族と再会した。変わり果てた母は小銃弾を数発、至近距離で重要な臓器に撃ち込まれて殺されてしまった。膵臓や肝臓の破裂、直接の死因は出血性ショックだろう。亡骸を見ても、少年は泣かなかった。なぜなら、彼女を撃ったのは少年だったのだから。

 

命じられた。だから、少年は言われた通りに引き金を引いたのである。そして、誰の手も借りずに生まれて初めて一人の命を奪ったのだ。

 

少年が姉と呼び慕っていた女性は、捕虜として連行され、ゲリラの兵士たちによる苛烈な凌辱に晒された。少年はその有様を、棒立ちで見守っていた。泣きもせず笑いもせず。

 

その様子を見た、少年を戦士に仕立てて誇らしげなベレー帽のリーダーから関係でもあるのかと問われれば、少年は何も言わず、ただ頷いた。「全員で輪姦(まわ)した後で好きにしろ。」と言われると、少年は再び頷いた。

 

そして、全員が用を足し、立ち去った後で、誰もいない檻の中に入った少年は、姉と呼び慕っていた女性の傍に座りこんだ。

 

少年は全身を穢され、度重なる乱暴と凌辱により股から血を流す女性を見つめていた。女性と少年の足の裏はどちらも真っ黒に汚れている。爪の間には奥まで泥が詰まっていた。

 

何もしない人影に顔を上げた女性は、泣き腫らし、暴行により青や紫の痣に囲まれた目を微かに開き驚いた様子だった。

 

二人は少しの間、ほんの少しの間見つめ合っていた。そして、女性は少年に縋りつくや、静かに嗚咽と涙を流したのだ。しかし、その涙は自身の境遇を憂い、媚び諂う涙ではない。命乞いの涙でもない。紛れもなく、憐憫と憤怒の涙であった。

 

女性は少年の手や腕を見た。其処には古傷と並んで、真新しい火傷の跡が点々と遺っていた。一目で、煙草を押し付けられたものなのだと分かる。女性は傷跡を撫でながら、言い聞かせるように言った。

 

「ここに居たのね。心配したのよ。痛かったでしょう。怖かったでしょう。」

 

何度も重ねるように、女性は言った。少年は涙を流さなかったが、自分に縋りつく女性の背中にゆっくりと手を伸ばした。

 

女性は少年の手を拒まず、少年も女性から頭を背中を撫でられることを拒まなかった。

 

少年は小さな、小さな声で言った。

 

「母さんを殺したんだ。撃てと言われたから。」

 

突き放す様に少年は言った。さっきまで自分を温かく撫でていた女性の手が止まると、少年は歯を食いしばり拳をにぎりしめ、身構えた。だが、罵声も拳も飛んでは来なかった。

 

「貴方は悪くないの。だから、帰ってらっしゃい。ここから逃げて、どこか遠くへ行きなさい。そこで、普通に暮らしなさい。」

 

姉はただそう言い、少年を抱きしめた。少年は深く息を吸った。不潔な体液の饐えた臭気に咽そうになった。体の正直な反応で、少年の目元に涙が浮かんだ。欠伸を嚙み殺すように、少年の顔が歪む。

 

 

 

翌日。女性は遺体になって発見された。死因は首にある酸素を脳に送る血管を圧迫されたことによる窒息死だった。全身に泥と糞尿が塗られ、体はバラバラに切断され、乳房も切り取られていた。それから、女性の首から上も綺麗サッパリ無くなっていた。

 

ベレー帽の男は部下の性処理のための恰好の道具を失い腹を立てた。そして、部下もまたこんなフザケタことを仕出かした不届き者をとっちめてやろうと犯人捜しを始めた。大事になるかと思いきや、犯人は直ぐに見つかった。

 

野ざらしの無人の小屋のすぐ傍で、少年が野火をしていたのを発見した兵士が、事件のことを話すと、自分がやったのだと正直に白状したのである。野火で燃やしていたのは女性の頭、それから少年があの日買いに行って持ったままだった花の種だった。

 

皆の楽しみを奪ったことで、少年は殴る蹴るの暴力は勿論、少年が殺した女性の代わりとして兵士の性欲を解消するための役目を強いられた。このころになると、幼い頃から玉の御子のように美しかった少年は、そのケが無い者でも惹かれるような、ゾッとする美貌に成長しており、この土地では珍しい白くきめ細やかな肌もまた、兵士たちの情欲を呷った。戦士として酷使してきたがために肉付きも最悪だったが、経験のない少年は痛がり、泣き叫んだため、その反応に少年を犯した兵士たちは強い征服感と雄としての優越感を感じていた。少年は戦士としても、性処理の道具としても好評を博した。

 

 

少年は昼間は戦場に立ち敵を殺し、夜は兵士の穢れを全身で受け止める毎日を送るようになった。少年は次第に少しの泣き声も上げなくなって、ただただ死んだ目をする様になった。虐めても面白くないと、兵士たちが飽きたため、早めに全てが終わり解放されると、少年は全身に纏わりつく想像を絶する汚穢を、近くに流れる濁った河の水で口の中まで洗い流してから、姉の元に通った。毎晩、毎晩。

 

女性の遺体は、野晒しにされていたが、野火をしていた場所に少年が毎晩少しずつ深い深い穴を掘り、そこに埋めた。埋める頃には蛆が湧いていて、腐臭も強烈だった。だから埋める前に一匹残らず、その蛆を取ってやって、それから布をかき集めて縫った袋で丁寧に包んでやった。自分の着ている襤褸よりもうんと上等な死に装束だった。一晩埋めずに、その隣で夜を明かし、朝日が差し込み二人を照らす頃に、少年は彼女を埋めた。

 

毎晩、身体をキレイにしてから彼女の元に通う。そこで、少年は野火を起こし、二人でただ静かに夜を越す。新聞や厚紙をほぐして重ねたものを身に巻き付けて。小さく丸まって眠るのだ。

 

 

 

少年が完全に壊れてから、少年はもっと強くなった。戦場に出れば出る程、少年は強くなった。そして、最前線での縦横無尽の活躍により、戦線を100キロ押し上げたと賞賛され、政府軍から100万ドルの懸賞金を掛けられるまでになっていた。もはや誰も少年を性処理の道具として扱えるものは居なくなっていた。

 

だが、少年が変わることはなかった。彼は言われるがままに敵を殺し、言われるがままに飯を食った。そして毎晩彼女の腕の中で眠った。野火の跡で、まだ熱の死んでいない温い地面を寝床に、少年は毎晩、彼女に抱かれる夢を見ていた。

 

そして、遂にその時がやって来た。超大国が政府軍の支援に乗り出し、それまでゲリラを支援していた超大国がその手を引いたのだ。最早ゲリラが磨り潰されるのは時間の問題だった。

 

 

少年が戦火で産声を上げてから15年が経っていた。熱狂と殺戮は圧倒的な火力によりゲリラが掃討されることで急速に、しかし一時的な鎮火へと向かった。最前線で戦い続けていた少年は狙い撃ちにされ、彼が所属する部隊は完全に包囲されていた。ベレー帽の男は既に戦死し、少年を知る他の兵士たちも皆、次から次に、弾を吸い寄せるように死んでいった。あっという間に味方が死に絶えた戦場で、重機関銃や戦車の砲口が少年の逃げ込んだ場所へと照準を合わせていた。

 

 

負傷し、全身血塗れの少年は、何故か死にたいとは思えなかった。寧ろ生き延びるには今しかないと思ったのだ。

 

最早誰も自分のことを知る者は居なかった。全員死んでいたから。つまり、逆を言えば誰も少年を縛る者もいないはずだ。少年は必死に走った。鬱蒼としたジャングルをひた走った。敵の大隊が差し向けられ、戦闘機による機銃掃射やナパーム弾を投下され、それでも少年は生きていた。全身火傷と銃創と裂傷…そのほかにも数えきれない傷を負っていた。それでも少年の心臓は鼓動を続け、足は行き先が分からずとも動き続け彷徨を躊躇わなかった。

 

荒い息で逃げまどい、彷徨い、三日三晩駆け続けた果てに、少年は彼女の元に帰って来た。姉の眠る場所に。

 

最早逃げ道はなく、包囲の半径は100mを切っていた。ネズミ一匹逃げられない。少年も、例え逃げ道が残されていたとしてもこれ以上は動けそうもなかった。

 

一歩、二歩進み、足は止まる。

 

腰が足が震え、膝が笑う。だらりと垂れた腕に両手を突き出す力もなく、つんのめるように体が傾く。

 

膝を着く。

 

やっとの思いで頬を地面に向け直してから、倒れ伏した。

 

土埃と、それから灰が舞った。

 

野火の跡。あの晩の跡。彼女の眠る、真上だった。あの日、優しく微笑む彼女の首に手を掛けて殺した。彼女は抵抗しなかった。死ぬ直前まで自分に謝っていた。頭を、肩を撫でてくれた。力が抜けて手がだらりと垂れた後、もう誰にも汚されないようにした。もう何十回も、何百回もさせられてきたことだったから、人間の体を解体するのなんて簡単なことだった。容易いもので、女性の柔らかい筋骨なら尚更だった。筋に沿い骨を避け、するすると豚や牛を捌くみたいに切り分けた。目を瞑っていても出来るだろう。

 

悲鳴一つ上げずに死んだ彼女の顔は、窒息死だから苦痛で歪んでいた。蒼褪めていて、不気味な黄色を薄っすら滲ませた、乾いた蝋のような死人の顔だ。内臓ばかりが熱くて、今バラバラに切り分けたばかりの部位を、一から組み立てたら起き上がってくれないものか。皮膚と筋肉の下の熱が、彼女がまだ自分を死んだものとは思っていない様に感じた。

 

首の骨の隙間を縫って首を落とした。美しい切断面を視れば、きっとあの世があっても綺麗に縫い合わせることに苦労はしないはずだ。腕や足だってそうだ。きっと綺麗に直して貰えるよ。

 

首だけを抱えて、野火を焚き、彼女と別れた。まだ何処かで帰ることが出来ると、元通りに生きられると考えていた自分とも別れた。油紙に包まれたヒマワリの種と一緒に彼女の頭を焼いてしまった。彼女の頭は小さくて、でもうんと重たかった。真っ白い骨も灰に返るまで、一晩掛けて焼いた。油紙がオブラートを水に溶かす様に、砂糖が焼けるみたいに小さく縮みながら焦げて消えていく様を見ていた。夜が明けるまでもなく、彼女は灰へと還り、僕には本当に人を殺すこと以外の何もかもが無くなってしまった。意味を持たなくなり、希望も生きる術も、自分自身の価値すらも見いだせなくなってしまった。そのことが一等虚しく、堪らなく悲しかった。天へと送り出すつもりで野火を焚いた。逃げようと思ったけど、自分は逃げなかった。意地だったのかな、それとも贖罪だったのか。身一つで償う方法など知らなかったから、彼女と同じ苦痛に身を晒すことに迷いはなかったなあ。

 

灰を愛おしそうに撫でると、野火の炭屑の中に小さな白い欠片があった。土と灰をほじくって、出てきたものを拾った。骨かと思えば、それは種だった。白と黒の種。ヒマワリの種だった。おつかいで、言いつけられた通りに頼んで、自分が買った花の種だった。

 

種を握ったまま、少年はもう一度立ち上がった。そして、また歩き出した。死ねないのだ、死ぬわけにはいかないのだ。まだ彼女の願いを、こんな自分に望んでくれた願いを叶えていないのだから。

 

 

<<ズキューーーーンッ!>>

 

 

少年が立ち上がった時、彼の頭に衝撃が加わった。暗転する視界。全てが黒く塗りつぶされる直前、遅れて銃声が聞こえて来た。

 

 

 

 

 

 




もう怖くないよ、怖くないんだ、ママ。
僕はもう大丈夫だよ、だから安心して、ママ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。