穢れなき虜囚   作:ヤン・デ・レェ

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NEW FACES

 

 

 

港に着くと、フロイドと一緒に乗ってきたコンテナ船より一回り小さな船に乗り込んだ。乗船規定云々の説明を聞き流し、もっといえばトイレの場所だけ覚えてから、俺達の新しいボスとお目見えした。

 

向かった先、共用スペースに集まったのは俺とレーム、それから黒人の筋肉モリモリマッチョマンの知的な眼鏡と真っ白い子供の四人だった。

 

「成るほど…達、ねえ。」

 

レームは俺がもう一人お嬢さんがいると思い込んでいたことに笑っていたらしい。

 

「だろ?新しいメンバーもここに呼んでたんだ。その内もっと増やしていく予定だが…記念すべき第一号だ、紹介しよう!新メンバーのウィリアム・ネルソン君だ。」

 

レームに促されて紹介されると、ウィリアムと呼ばれたやけに腰の低い黒人の男性が俺の前に進み出た。よかった~、フロイドの娘だと聞かされていたのにとんだ勘違いじゃなくて。案の定、白い方が俺のボスらしい。

 

「初めまして!お噂はかねがねッ…み、ミスター・コッポラ!」

 

ウィリアム君は俺に対しても礼儀正しく挨拶してくれた。だが、なんでみんな俺の名前にミスターを付けたがるんだ?それに噂って…。

 

「…初めまして、ああっと、そのミスターはよしてくれ。自分じゃないみたいな気がするんでな。それに、お噂ってなあ…俺に言われても困っちまう。ま、気軽にジタンって呼んでくれよ。よろしく…えーと、君のことは、何て呼べばいいかな?」

 

悪い噂じゃないことを期待しつつ、俺はウィルソン君に右手を出した。

 

「あ?え?え?…レームさん、本当にこの方が?」

 

恐る恐るだが彼は俺の右手を握り返してくれた。だが、にしては物凄く警戒されたことが引っかかった。

 

「ん?へへっ…お前さんもその口か、ああ、確かにコイツがジタン・コッポラだ。今は、まあスイッチがオフの状態だと考えてくれ。ヤるときゃヤる奴さ。」

 

ウィルソン君がちらちらとレームの方に視線を遣ると、レームはレームでニヤニヤしながら俺にだけ聞こえないぐらいの声で何か囁いていた。おい!俺の悪口じゃないだろうな!?

 

「は、はぁ…わかりました。こちらこそ、よろしくお願いします!私の事は是非、ワイリと。ジタンさん。」

 

どうやら悪口じゃなかったらしい。俺達は改めて握手をして、それから互いの愛称を交換した。ワイリ君には素直に好感を抱いた。何というか、好青年って感じだな。

 

「OK、ワイリ。んで、ワイリと一緒に居るそのちっこくて白いのが…。」

 

俺達がワイワイやってる横で、壁に寄りかかり腕を組んでだんまりを決め込んでいた、お人形さんみたいな子供に、俺が視線を向けると、俺の言葉が言い切られる前にその子が口を開いた。

 

「初対面に対して、随分な言い草だなジタン・コッポラ…実在していたことには驚きだが、期待外れも良い所だ。」

 

睨まれた。澄んだ青い目だった。肌も髪も真っ白い子供だが、可愛らしいのは今のところ外見だけみたいだ。キッと音が聞こえてきそうだった。確かに、俺が悪いな。俺が頭を下げると、少女はそっぽを向いて返したので、黙って頭を上げた。うーん。ツンツンのツンである。チェキータの人懐っこさを分けてやりたい。

 

「…ああ、我らが新しいボスだ。」

 

俺の途切れた言葉をレームが拾ってくれた。新しいボス。若くてもボスはボスだ。俺は気を取り直して手を差し出した。

 

「よろしくな、こっちは期待されてたことに驚いてるよ。それで、名前は?」

 

少女は俺の手を一瞥すると、腕を組んだまま、俺の顔も見ずに言った。

 

「…ココ。ココ・ヘクマティアルだ。好きに呼べばいい。」

 

なるほど、中々の近寄りがたさだ。これを<尖ってる>と受け取るかどうか、はさておき、俺はじっくり時間を掛けて彼女の言葉に返した。

 

「そうか、ならココと呼ばせて貰おうか。俺の名前は、知ってるようだが一応名乗ろう、ジタン・コッポラだ。よろしく、ココ。」

 

手をもう一度差し出してみるが…残念ながら彼女が俺の手を握ることは無かった。見かねたレームが手を叩き、この顔合わせを締めくくった。

 

「ようっし!自己紹介は済んだな?今はともかく仕事の時は仲良くしろよ?頼むぜワイリ、ジタン、ココ。」

 

レームが俺達を見回すと、それぞれ頷き応えた。これから仲でも深めないか?という空気を期待したのだが、ココは俺達を置いてさっさと自室に向かって足を向けた。

 

「問題ない、レーム。私もそこは弁えている。」そう言い残して帰っていったココを見送った俺達が、三人だけになってすぐ新しいボスに対する感想が自然と零れるのは仕方がないことだった。

 

ワイリは一粒汗を浮かべて「はっはは…これはまた、随分と。」なんて言っていた。微笑ましいより、予想を超えてきたことへの驚きが勝った感じだ。

 

初対面の俺ですら温厚で好青年だという感触を抱いたワイリ君は少し不安を感じるくらいが正常だろうが、俺からすると子守の必要があるのか、その方が心配になった。

 

「それにしても、スレたやっちゃのぉ~。レーム、そういや俺は何すんだあ?」

 

ココへの第一印象はともかく、あの子のお守をするように言いつけられていた俺は、自分が具体的に何をするのか、今更になって不安になって来た。気づけば口に出ていたようで、レームも少し目を見開き、すぐに思案顔になった。

 

「あッ。言ってなかったっけ。」

 

ギクリッ!と気づいて欲しくなかった様子のレーム。

 

「フロイドも子守だとしか…。」

 

俺は素直に伝えたが、レームもレームで詳しく知らなかったようだ。煙草の煙を吐き出すと、ワイリにもアイデアを募りだした。我らがチームリーダー殿は適当である。良くも悪くも。

 

「はあ~、そうだな。そうなると、だが事務って訳にもイカんしなあ。ワイリ!なんかつかず離れずって役職で、イイの思いつかねえか?」

 

案を問われたワイリは、突然のことなのに真剣に考えてくれているようだった。俺もない頭をこねくり回してみる。

 

「護衛ではだめなんですか?」と言うワイリ。

 

ストレートな意見だが、俺は顔を顰めた。だってそうだろう?俺は自分の事を漁師だと思ってる身元不明の一般人だぜ?ここに居ることだって何のマグレなのか。そもそもこれは子守なのだ。護衛は俺の仕事じゃない気がするぜ。

 

ワイリの案にはレームも「それだとちょっとなあ…。」と首を傾げた。

 

ダメ出しにも物ともせず、考えること暫く。庭が無いのに庭師やら、免許無いのに運転手やら、色々案が出たがしっくりくるのは中々出ず、結局ボディガードに落ち着きそうになった時だった。

 

「あ!家庭教師とかはどうでしょう?」

 

ワイリ君のひらめきは、それは今日一番にナイスなアイデアだと、その場の全員が思った。だが、少し考えて直ぐに俺は自分の学歴がさっぱりだということに思い至り、レームに向かって首を振った。

 

「選りにもよって教師か!?学校通ったこともないんだぞ!?」

 

俺の反応に明るい顔だったワイリ君が萎びてしまった。ごめんなさい。

 

「ダメでしたか…。」

 

申し訳なくなったが、これも没だろう…そう思っていたら、レーム、彼がまたしても類稀なる適当さを遺憾なく発揮して、ワイリの案に満足そうに頷いた。

 

「…いや、いいなソレ!」

 

まさかの合格に俺は身を乗り出した。

 

「おい!レーム、正気かよ!」

 

俺の不安そうな顔を見たレームは、歯を出してニシシと悪い顔を作った。あ、ダメだこれ。

 

「へっへへ、何も普通のお勉強するわけじゃあねえんだ。人生の家庭教師ってところだ!どうだ?寧ろお前さんほどの適任はいないぜ?」

 

レームは「肩の荷が下りたぜ~。」なんて言って、伸びをしている。どうやらこれで決まりみたいだ。

 

「…わかったよ。給料分は働くよ。」

 

俺は諦めて家庭教師をすることを受け入れたが、自信など皆無だった。何せ、今後どうすればあのお嬢さんと仲良くやっていけるもんか、マトモな案は一つだって持っていないのだ。

 

だが、レームはタバコを噛み噛み、俺を面白がるように見つめながら言った。

 

「へへッ…今はそれでいいんじゃねーの?始めるまでは億劫でも、案外適役だったりするもんだ。」

 

レームの言葉に俺はまた上手く言いくるめられたような気がしたが、その迷いもワイリの笑い声でどっかへ飛んで行ってしまった。

 

「はっはっはっはっ!確かに、先のことは想像もつきませんからね!ジタンさんなら、きっといい先生になれますよ。」

 

陽気×2である。無口な俺一人じゃあ手に負えないぜ。ワイリは心底そのとおりだと言ってくれるようで、俺は乗せられてしまった自覚はあるものの、家庭教師として頑張る気になった。

 

「ワイリまで…まあ、やってみるよ。気長に、な。」

 

俺が頷いて、持ち直したのを見届けたレームは、ズボンのポッケから銀色の小物を二つ、ゴトリと机の上に置いた。

 

「ああ。…それと、忘れるところだったが、コイツを持っとけ。」

 

レームの手がはけると、そこには二つのライターがあった。無印のZIPPOか。俺はなんだか懐かしい気持ちになった。

 

「ライターですか?」

 

ワイリが一つ手に取ると、何か特別なもんでもないかと、真剣な目で見聞し始めた。

 

「ああ。ここぞという時、擦るんだな。時には神頼みもしてみるもんだ。」

 

レームはもう一つを俺に渡し、ワイリの見聞が終わるのを待った。

 

「レームさんらしくもない…何か特別な意味でも?」

 

顔を上げたワイリは苦笑いだった。どうやら彼の眼から見て、こいつは何変哲の無い代物だったらしい。レームはワイリの疑問をうんうん聞いてから、ライターを指差してニヤリと笑って言った。

 

「秘密兵器さ。とっておきのな。だが、濫用はおすすめしない。」

 

ワイリの怪訝な顔を見ると、俺だけが理解できないとかじゃなかったらしい。何だろう、秘密兵器って…。

 

「ライター?秘密兵器?…まあ、御守りだと思って持っておきます。」

 

俺もワイリももやもやしたままだったが、役立つとレームが断言するくらいだから持っておくことにした。俺が自分のライターを手で弄んでいると、レームがそっとライターを擦ろうとしていた俺の手を停めてから、言った。

 

「ああ、そうしてくれ。それと…ココの分はジタンが持っといてくれ。アンタが今日から、ココの保護者代表ってわけだ。」

 

レームの言葉にポカーンとなったのも束の間、俺はふと疑問を思い出したので、レームの秘密兵器とやらを俺達の顔の前まで持ち上げて言った。

 

「おう。にしても、フロイドと言い、ライターになんかジンクスでもあんのか?」

 

俺の知らないことなんて、自分のことも含めて山ほどある。自分のことはなんとなく、聞かない方が良い気がする…だが、それはともかく折角預かるにしてもジンクスくらい聞いても罰は当たるまい。

 

俺に聴かれたレームは、少し遠い目をしてから、目の前の俺に語り掛けるみたいに言った。

 

「誰だって命は惜しい。そんなもんだ。」

 

俺に言ってるってのに、レームの奴は俺を見ていないような…単なる気のせいか?

 

「レームやフロイドでも、そんなもんかね…。」

 

「ああ、そんなもんさ。」

 

何となく焦点の合わないレームの視線に耐えかねて、俺はライターをポケットにしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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