穢れなき虜囚   作:ヤン・デ・レェ

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INNOCENT ARMS DEALERS

ジタン・コッポラ。

 

それは名前であり、記号に過ぎないものだった。それは彼本人が誰よりも理解していた。だが、現実にはその名前を耳にしただけで震えあがってしまう者もいる程だ。名前が、音が、記号が、明確な質量を伴うほどに、それほどまでに、彼は死を踏みしめて、これまで生きて来た。

 

だからこそ、荒んだ人生を送って来たジタンにとって、戦う事ではなく守ることや教えることを求められたフロイドの子供達や、彼らの私兵と共に過ごした時間は新鮮な経験であり、何よりも、望んでいた<普通の生活>の到来を予感させるような毎日だった。

 

家庭教師となったジタンは、ココ・ヘクマティアルと出逢い、あれから約13年間、兵士としてではなく、人生の家庭教師として、また一人の家族として、武器商人と旅をした。

 

ココの兄であるキャスパー・ヘクマティアルとの出逢いを翌年、恒例のチェキータとの再会の際に果たしてからは、純粋な時間で13年の内の三分の一をキャスパーと、三分の二をココと、HCLI社本部から派遣される家庭教師という肩書で、共に過ごしたことになる。

 

 

長い時間と数多の苦楽を共にしたジタンには、この兄妹の差異と共通点と言うモノが、次第に見えて来るようになった。

 

外見は誰もが口を揃え、「双子でもないのにソックリだ」と言うほどよく似ている。プラチナブロンドの、光の反射によって時には新雪のように無垢な白銀に煌めく美しい髪も、陽ざしに弱く繊細な白い肌も、全てを見透かすような澄んだ空色の瞳も、まったく同じだ。

 

また、ココもキャスパーも武器商人としての適性を、若くして見事に発現させ、幼くしてそのノウハウを叩き込まれた経験も相乗し、十代前半時点においても大口の取引をいくつか成功させた程の手腕を有する点も共通していた。

 

しかし、ジタンはこの二人が全くの別物であることを、極めてプライベートな時間を共有する度に実感してきた。

 

先ず何よりも、衣服や装飾品、自動車などへの<こだわり>や好みが全く異なるのである。このことは二人とも明らかに差異が現れており、ジタンの言葉を借りれば

 

「ココとは腕時計の好みも車の趣味も合ったが、キャスパーとは合わなかった」らしく、ココが質実剛健な腕時計や頑丈でタフな欧米の車を好むのに対して、キャスパーは腕時計なら華美で派手なもの、車両なら燃費やコストパフォーマンスのいい日本車などを好む傾向があった。

 

食事に関しても二人には違いがある。二人ともファストフードを好む点は同じだが、ココは会食形式でもそつ無く熟し、料理を味わうことにも余念が無いのに対し、キャスパーは堅苦しい場での食事を嫌い、また同じ物ばかりを食べる嫌いがあるのだ。

 

そして、最も二人の違いを感じる部分は人材登用と武器商人としてのポリシーにあった。

 

人材登用に関して、ココは13年間に、初期メンバーだったレームとワイリとジタンに加え、更に7人を仲間に加えた。順に、バルメことソフィア・ヴェルマー、マオ、ルツ、ウゴ、エッカート、トージョ、そしてアールの7人である。全員が全員一癖も二癖もあるが、その実力は折り紙付きの、一流の人材だった。

 

ココの人材登用の特徴は、その都度何か直感的なものに従い、まるで少女が美しい花を摘んで来て花冠を作るように、見る人に依れば無分別ともとれる基準で忠実に選別を行った。武器商人として戦場の現実に直面してきたのだから、その人間性になにか重篤な欠陥をきたしていてもおかしくはなかった。だが、依然として瞳と魂を腐らせずにココはこれまで成長を重ね、武器商人として生きて来た。彼女の人生の半分以上を見届けて来たジタンは、捨て猫を次々に拾ってくるような彼女の習性を、しばしば「少女らしい」或いは「無邪気な愛らしさがある」と評した。

 

ジタンの言葉には切なさと安堵が混じる。何故ならば、ココは武器商人としての自分を酷く憎んでいるからだ。より正確に言えば、彼女は戦争や軍隊、武器そのものを誰よりも強く憎悪し軽蔑している。理由は明白であり、ココ・ヘクマティアルは余りにも武器商人に向いていなかったのだ。この言葉を聞くと、まるで適性が無かった様に聞こえるが、実際は逆であり誰よりも商人としての適性は抜きんでていた。だが、その精神は武器商人として戦場で生きるには、余りにも高潔で気高く、正義感に溢れ純粋で、敏感で優しく、そして誰よりも強く賢かった。

 

ココ・ヘクマティアルは、商人に徹することができるほど冷酷ではなく、また確信犯に成り切れるほど恥知らずではなかった。才能が有り、権力があり、財力があり、武力があり…否、持っていたからこそ彼女は商人としての自分を憎まずにはいられなかったのだろう。持っていながらも、世界を変えることのなんと難しいことか。

 

ありきたりな言葉だが、天才としての自覚程、ココ・ヘクマティアルを苦しめるものは無かったはずだ。無力に生まれていれば、アドルフ・アイヒマンの様に陳腐な悪に徹していられただろう。或いは思慮を欠いて生まれることが出来たならば、ロベスピエールの様に確信犯と成り、革命を起こし粗暴にも世界を壊して回ることもできただろう。だが、彼女は賢明であり謙虚だった。よりよい方法があることを知っていて、その方法を模索する能力があった。彼女は逃げたくても逃げられない、逃げたいのに逃げたくないジレンマに絶えず襲われる他なかった。

 

ココ・ヘクマティアルのポリシーは、世界平和の為に武器を売ること。ジレンマの末の、粗削りだが、誰よりも純粋な理由だった。

 

 

 

対して、兄であるキャスパーはココ以上に、自身の基準と言うモノに厳格である。キャスパーの登用した人材は最初期から彼を守って来たチェキータと、翌年から数年、数カ月ごとに休日や仕事での行動を共にしてきたジタンを除き、他に三名だけである。順に、エドガー、アラン、ポーの三人だ。

 

彼らを登用した理由を聞くと、キャスパーは恐らくこのように答えるだろう。

 

「彼らは自分の価値と、僕のビジネスを理解している」と。

 

キャスパーのポリシーは、商人としての達観した自覚とそこに生甲斐を見出していることである。彼は、幼少期から続けて来た武器商人という職業に対して、幾つもの葛藤の末に、自分自身の中での納得と赦しを見出したのである。武器そのものとの和解、或いは停戦と呼んでもいいかもしれない。

 

キャスパーは自分自身を一人の武器商人として以上に、一人のビジネスマンかつ一人の商人として定義するようになった。ネゴシエーションの場に暴力を持ち込むことに対する気後れなどない、しかしそこには理由がある。キャスパーからしてみれば、自分自身の才覚を遺憾なく発揮できる場所、自分の生きる居場所を商売の場に設定し、その商品が偶然にも武器だった、という訳である。ビジネスに従事するものの最重要課題は利益の追求であり、その為に利用できる手段が、武器を扱う者の場合は外ならぬ商品そのものだった…これも、キャスパーに言わせれば「効果的なデモンストレーション」のようなものなのかもしれない。

 

戦場であれどこであれ商人として自分を定義している彼は、覚悟を決めた人間の一人だ。彼は自ら選んだ商人の生き方に忠実であり、そのためにビジネス上の約束事、契約に対しては岩のように頑固である。柔軟性を持ち合わせていないわけではない。一度結んだ契約を、意地でも履行する覚悟を持つ者、だと言う事だ。

 

故に、キャスパーの覚悟に則った命令に忠実に従うことのできる、そんな人材を彼は選び自分の身近に置いた。実力もさることながら、キャスパーの私兵はキャスパー同様に契約や仕事に忠実であり、例え少年兵や若い女が相手であっても、全員が全員、迷わず引き金を引くことが出来る、堅牢な精神と思考を有している。

 

一見、無邪気で子供らしいキャスパーだが、ココと比較すれば彼の方が遥かに<大人びている>ことがわかるだろう。そこには決して短絡的で安易な無邪気さではなく、自ら選んだ道を全力で満喫し、駆け抜けるための気概に満ち溢れている。キャスパーの思考を、ココは否定も肯定もしないが、その逞しさや大人びた感性に対して羨望を抱くのかもしれない。

 

キャスパーのポリシーは商人として生きること。その為に守るべきものは守り、倒すべきものは完膚なきまでに叩き潰す。良くも悪くも容赦を知らない生き方だ。ジタンはキャスパーのこういう所を気に入っていた。キャスパーと食事をしたり、話したりするたびに、ココが妹でキャスパーが兄である理由が、何となくわかった気になるのだ。

 

 

 

ここで、もう一人の武器商人の話をしよう。HCLI社総帥フロイド・ヘクマティアルについてだ。

 

ココ・ヘクマティアルとキャスパー・ヘクマティアルの父、フロイドのことをジタンは覚えていない。正確には自分を漁師か何かだと思い込んでいるジタンにとっては初対面でも、戦場から戦場へ渡り歩いていた頃のジタンにとっては幾度となくその命を助けた相手である。

 

遡ること40年近く昔のこと、当時10代後半だったジタンがアフリカの海賊の掃討作戦に駆り出された時のことだった。海賊の拠点を掃討中に立ち入った家屋に、両手両足を拘束された子供がいた。顔も髪も真っ白い、美しい空色の澄んだ瞳の、不思議な子供であった。

 

直後に海岸線から入り江に迂回し溯上した敵のボートが現れた。固定された機銃による激しい銃撃に晒されて、気を抜けば命を落とす状況下であったにもかかわらず、戦闘の最中にジタンはこの子供を保護し、庇いながら非戦闘地域まで送り届けたことがあった。

 

その子供がフロイドであり、その後貿易商人として頭角を現す頃には、ジタンもまた一角の人物として軍事と暗部の界隈ではその名を知らぬ者のいない存在になっていた。

 

そして、何の数奇か二人はしばしば出くわした。二度目は思い出深いアフリカで再会し、そこでビジネスパートナーとしてフロイドは信頼を得ることに成功し、互いの名前を交換した。

 

その後も三度目、四度目…と、フロイドとジタンは顔を合わせた。ヨーロッパやアジアでも、日本でさえ、二人は偶然にも遭遇し、次第に互いの存在を強く意識するようになっていった。

 

ジタンからすればフロイドは依頼主の一人であると同時に、奇特な商人という認識だった。だが、ジタンの意識するしないに関係なく、ジタンはフロイドの危機を幾度となく救った。それは気まぐれや、偶然の一致だった場合もあるが、それだけではなかったはずである。ジタンは、その精神の底の何処かで、あの日、気まぐれに救った幼い少年の命が、目の前で奪われることに筆舌に尽くし難い拒絶を感じていたに違いなかった。故に、彼は気まぐれに、利益にも名声にもならなくとも、全身全霊を尽くしてフロイドの命を死の淵から何度も掬い上げたのだ。

 

ジタンの自覚なき依存とも、執心ともとれる行動は、フロイドにもまた強い影響を遺した。フロイドはジタンとは違い、はっきりとジタンと言う一個人に対する強い執着を自覚し、またその容体を良く理解しようと試みて来た。

 

結果、フロイドの自覚した執着は、それは熱烈な恋慕にも似た、一種の崇拝だった。フロイドはアメコミのヒーローの様な、超法規的に悪党を抹殺する爽快感や、正義を決して自認せずまた自覚もしない姿に擦れた感性を満たされる感覚、そして戦場に縛り付けられたその生き方に、自分には決して出来ないその生き方に、生まれて初めて純粋に感動したのである。

 

彼はジタン・コッポラという傷だらけのダークヒーローを応援する、一人の追っかけでありオタクでもあった。そして、このことがフロイドとジタンを再び結び付けるきっかけとなった。

 

フロイドは商人として達観する一方で、自ら選んで陳腐な商人、確信犯的商人になることを選び、これをポリシーとした。それは彼の子供達を含む圧倒的多数の他者からすれば、理解し難い冷酷さを覚えるかもしれない。しかし、一方でフロイドは誰よりも優秀な商人として、資本家として大成することが出来た。そして、世界の暗部に対しても、妥協と和解することを選んだ。妥協も和解も、フロイドの中では諦念とは全く異なるものであり、フロイドが選んだのは正義か悪かの二元論ではなく、ジタンと言う第三の意志であり、これは言うなれば神の見えざる手に善悪生死の判断を、商人としての正誤は無論、自らの生死すらも委ねようという意味だった。

 

フロイドは自分から進んで正義だとか慈悲だとか、そう言ったものを捨て去り、代わりに心の平穏を手にした。煩わされることが無くなった彼は、意図せず自らの人間臭さを取り戻した。

 

そして、運命の再会とも言えるジタンとのアフリカでの三度目の遭遇に際して、フロイドはジタンを自身の護衛として雇う一方で、自分を一般人だと言い張るもう一人のジタンの意志を尊重し事務としての職と生活を保障した。

 

フロイドの良く知るジタンは護衛として、フロイドも知らない普通の人間のジタンは家族の様な友達の様な存在として、フロイドを支えた。彼らはレームとチェキータを合わせた四人で3年ほど旅をし、その中でジタンと言う男の歪な心身を知ると共に、仲間としてこの愛すべき大人少年兵を理解しようと努力を重ねた。同じ時間と苦楽を共にして、ジタンの望みも、苦悩も知った上で、フロイドは彼に自分の子供たちを託すことを決めた。

 

親心というには過剰かもしれないが、フロイドはジタンは子供たちを決して見捨てることは無いだろうと考えて、またジタンの心を癒すヒントになることを願い、我が子二人と、過去に囚われた一人の男の背を押して、新しい旅路へと送り出した。

 

 

 

フロイド・ヘクマティアルとキャスパー・ヘクマティアル、そしてココ・ヘクマティアル。

 

ジタン・コッポラは三人の武器商人と旅をしてきた。だが、未だ彼の心は過去に囚われたまま、自らを赦すこともできずにいた。

 

何か、何かが足りない。武器を売る者だけでは、それだけではこの男のバラバラに張り裂けた心と体を、優しく丁寧に縫い合わせ、再び前へと進ませてやることは出来ない。どれだけ美味しいものを食べても、どれだけの栄誉を浴びても、どれだけ美しい女性を自分の虜に堕としても、それでもジタンの頭の中で蜷局を巻く人格の内のどれか一つが別々に満たされ、癒されるばかりなのだ。

 

癒しの種はとうの昔に蒔かれている。ならば、あとは傷口を縫合し、ジタンの身と心を一つに繋げてやれる楔が必要なのだ。

 

だが、ジタンを赦してやれるのはジタンだけなのも確かなこと。或いは、未だ封印されているジタンの記憶に、原点に寄り添ってくれる誰かが必要だった。

 

そして、その誰かはジタンと同じ、穢れなき虜囚でなければならない。無垢な兵士。鏡写しの誰かとの新しい思い出が、ジタンに前へと進むための力を与えてくれるはずだから。

 

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