穢れなき虜囚   作:ヤン・デ・レェ

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夜襲

あの晩、重傷の基地司令が戻って来るなり、僕たち兵士を集めて言った。

 

「副司令は死んだ。記者と名乗っていたヤツはHCLI社の手先だった。」

 

周囲の兵士たちはその事実に驚いていたみたいだったけど、僕はそんなことよりも子供たちのことが心配だった。僕が子供たちのことについて聞くと、司令は血のにじむ頭に包帯を巻かれながら言った。

 

「副司令が死んだ場所で視た、生きていた筈だが…黒尽くめの男に連れ去られた。アイツが敵だったのかは分からない。だが、警戒すべき相手だった。基地の守りを固めろ。」

 

この時の僕にはそれだけで十分だった。これからそのHCLIとの戦いになったとして、どちらの人間かもわからないその黒尽くめの男を見つけられるかは分からないけれど、それでもあの子たちを攫った男が好い人間だとは思えなかった。

 

だから、見つけたら真っ先に僕が撃つと、そう誓ったんだ。

 

徹夜で基地の守りを固めることになって、僕は巡回の兵に選ばれた。そして僕は立てたばかりの誓いを果たすことになった。

 

 

 

 

深夜、二人一組で巡回していると、僕と組んでいた兵士が叫んだ。

 

「視ろッ!あそこ!マルカとモーリスだ!生きてたんだ!」

 

死んだと思っていた二人は生きていて、僕の姿を認めると真直ぐこっちに走って来る。その姿が見えて、僕はとっさに走り出しそうになって、それから二人の後ろに酷い怪我を負った黒尽くめの男を見つけた。

 

僕は頭に血が昇って、どうしてマルカとモーリスに何もせずに帰してくれたのかとか、そういう大事なことをすべて頭の中から忘れてしまっていた。僕はその男の悍ましい迄の、執念の様なものに恐怖していたんだと思う。緊張のあまりブレる銃身を貨物の箱の上に置いて固定した。

 

「ジョナサン!ダメーーーッ!!」

 

マルカの声が聞こえた時には、僕は引き金を引いていた。

 

僕の放った弾丸は吸い込まれるように男の頭に向かった。

 

バきゃっ。

 

頭蓋が砕ける音と共に、男の体がゆっくりと崩れ落ちた。

 

やった。仇をとったんだ。

 

そう思った矢先、僕はマルカに頬を打たれた。すぐそばまで来ていたのに、気づくのに時間がかかった。

 

彼女は怒っていた。それから、涙を浮かべたまま何も言わずに倒れた男の元迄走って行ってしまった。モーリスも一緒だった。酷く泣いていて、いつもなら泣き止んでくれるのに、僕がどれだけ慰めても泣き止んでくれなかった。

 

結局、基地司令の命令でマルカとモーリスは男の死体から引き離された。二人は無事に基地に収容された。僕は、手柄を上げたと司令に褒められたけど、泣いてるマルカとモーリスを見ているのが辛くて、ちっとも嬉しくなんかなかった。

 

人を撃って嬉しくないなら…僕はまだマトモなのだろうか。

 

そんなことを思いながら、僕は残りの時間をぼんやりとした気持ちのまま過ごした。

 

巡回の当番を交代して僕がベッドに入るころだった、基地の上空に真っ黒い攻撃ヘリが現れたのは。

 

 

 

 

動かなくなった人を見たのは何回目だろう。そんな益体の無いことを考えてしまった。

 

ジタンさんは僕にとって兄のような存在だった。根が真面目なのか、時々適当になり過ぎる僕をチェキータさんと並んでよく支えてくれた。不思議な人で、文字通り人が変わると怠惰でお人好しなのが、まるっきり変わった。映画の中から現れたと言われても納得するほどの凄腕だった。

 

彼の手腕に救われて、僕も僕の仲間達も今のところはどんな危険なヤマを越えても軽傷で済んでいた。チェキータさんのお墨付きを疑って、父に向けられない反抗期をあの人に向けていた頃が懐かしかった。

 

父というより兄で、人生においては教師でもあった。僕は常に教えを乞う側で、彼は基本は優しくのんびりとした調子で、人が変わると的確かつ端的に物事の道理や、世の不条理への対策方法を教授してくれた。少し色っぽ過ぎるのが玉に瑕だと、チェキータさんはよく言ってたっけ。確かにその通りで、僕の初恋も多分風呂上がりのあの人が奪っていったに違いない。

 

大人になって、人の死体を見ても吐かなくなった。死体の腐った臭いもへっちゃら…勿論、凄く臭いんだよ?でも、気にならなくなってしまった。

 

果たしてこの変化を喜んでいいのか、嘆くべきなのか僕にはわからない。けれど、少なくとも今だけはあの頃に戻ってしまいそうだった。初めて死体を見て、その臭いを嗅いで吐いてしまった日のように。

 

 

 

 

ジタン・コッポラだったものが発見されたのは偶然だった。それが幸運なのか、その判断は人によりけりだったが。

 

見つかった遺体は野晒しにされていて、既に蛆虫が湧いていた。鳥類に啄まれもしており、およそ生きている様には見えなかった。

 

頭部は酷いもので、黄色い脳漿がとくとくと灯油のように溢れていた。血と泥とで滅茶苦茶になっており、戦闘服の背中部分は火傷と鉄の粒子でズタズタに裂けていた。例え生きていても一生の傷が遺るだろう。足は折れていて骨が露出し血が吹いていた、墜落現場から考えればここまで歩いてこれたという事実すら奇跡では説明できない程だった。

 

砕け散りそうなジタンの肉体を発見したのはチェキータだった。

 

「機体直下ッ!!」

 

彼女は金切声でそう叫ぶと、それっきり一言も発さなかった。応急処置用のキットと自動小銃を抱えて、ヘリの減速も待たずに降下したのだ。

 

エドガー、アラン、ポーの反応は能面の様だった。余りの有様に言葉を失っていた。そして、この惨状で尚生きているジタンの生命力に、或いは死ねない現実に酷く畏敬の念を感じている様子だった。余りの事態にエドガーなど最初に十字を切ろうとして、アランとポーにどつかれる程であった。

 

そして、最後に降り立ったキャスパーの反応は他の四人よりもなお静かだった。血走った眼をしたチェキータが応急処置に奔走する横で、無駄なことは何も言わずにただ増援と救護設備の整ったヘリを要請していた。

 

死んでいるのではないか、とは誰も言わなかった。戦場を家とする彼らにとっても、ジタンという頼もしくも目の離せない男のことは常以上に思いやる価値のある存在なのだと、態度で示している様だった。

 

恐ろしく粛々とした段取りでジタンはヘリに収容され、次いで近辺で最大の病院に緊急搬送され入院が決まった。

 

あのジタンがこの有様であるという事実は少なくない衝撃を、HCLI社各所に与える可能性があった為に隠匿された。これにはフロイドも思わず眉を顰めつつも、納得して判を押したという。

 

 

 

 

瀕死のジタンを収容した直後、キャスパーとその私兵部隊は救護ヘリと並んで要請していた攻撃ヘリに乗り換えて件の基地への夜襲を決行した。

 

しかし、この段でもまだキャスパーは冷静であった。恐ろしいまでに冷静に、彼は基地の無血状態での無力化を私兵たちに命じたのである。殺害許可を与えないだけで、任務の難易度は跳ね上がることは言うまでもない。しかし、私兵たちは納得して各々の役割を演じた。

 

 

 

 

最初に抑えられたのは指揮所と電源設備だった。

 

ヘリのホバリングが聞こえるのに警報が鳴らない。異常事態だと感じて枕元に立てかけていた銃を手に取った。と同時に、電気が落ちた。完全な闇に呑まれた基地内では物音が一瞬、完全になくなった。

 

それからすぐ、銃声が鳴り始めた。恐ろしく機械的で、断続的に鳴る銃声に背筋が凍った。少しずつ近づいて来る。

 

一度銃声が鳴るたびに、味方がケガの痛みに喘ぐ声が増えていった。僕はまず子供たちを隠すために司令の元まで行こうとして、そこで電源が戻った。司令を先頭に通信士官と子供達が投降している列だった。

 

最初に抑えられていたんだということを理解して、それから真直ぐ武器庫に向かったけれど、そこには大柄な黒尽くめの兵士が僕を待ち構えていた。

 

「貴方ね…少年兵は一人だけなんですもんね。」

 

声からして女の人だった。しなやかで鋭い気配…狼の様だと思った。

 

「…。」

 

僕が緊張と、隙を窺いつつも動けないでいると、相手の方が話しかけてきた。

 

「だんまりかしら?お姉さんね、ちょっと怒ってるの。可愛い子供でも手加減できないかも…。」

 

苛立っているような声音で、背筋がゾクリとした。腰を低く、小銃の引き金に指を掛けた所で相手が動いた。

 

「うわぁぁぁッ!!」

 

横薙ぎに連射した弾丸は全て外れていて、代わりに一歩半で彼女のナイフが銃に届いた。

 

「はい、おしまい。動かないでね、大事なのはこれからだから。」

 

小銃の機関部に差し込まれ、一瞬で部品をいくつか破壊されたことを理解する前に僕の首筋にナイフのブレードが添えられていた。

 

「あ、あぁ…。」

 

僕は首が圧迫されるのに抵抗しようとしたけど無駄だった。僕の意識は女の手で簡単に奪われてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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