記憶を失う前、俺は何をしていたのだろう。自分自身のこと、自分に関わる誰かのこと…何もかも思い出せない。
あぁ…でも、確かに凄く大事なものがあった気がするのは何故なんだろう。
俺に遺されていたのは着ていたスーツと、指に嵌められた指環だけだった。
あと、自分の名前…指環の内側に彫ってあった名前…。
それによれば、俺の名はジタン・コッポラというらしい。
目を覚ますと何処かの寝台の上だった。黒人の水夫に補助されながら抱き起されて説明を受けた。
ここは船の上で、船長曰く俺は遠洋漁業船に漂流している所を拾われたらしい。
見つかった時の俺は酷い有様で、全身傷だらけだったそうだ。中でも両手両足の骨折が酷かったらしい。
「まるで空から降ってきて海に叩きつけられたみたいだ」とは船長の談だった。
あと「よくあのケガで生きていたな」とも繰り返し言われた。
俺は運が相当良いらしい。
持ち物は何もなく、おまけに記憶も無かったせいで自分の名前しか分からない。俺は説明を受けずとも自分が厄介者であることを理解していた。
しかしいきなり船から追い出されても生きていけない。俺が拾われたのは数日前。かなり眠っていたせいで、港は遥か彼方だ。無理を承知で頼みこんだ。「俺をここで働かせてください」と。
船長は仕方ないことだと快諾してくれたし、ゲンを担ぐ船乗りたちも運の良い俺を歓迎してくれた。
こうして、何一つ自分のことは分からなかったが、俺の第二の人生が幕を開けた。
「あぁ…あの時の船員たちは俺を運が良いとかっていってたっけなぁ…。」
「こら!そこ、喋るんじゃねぇ!!死にたくなかったら黙ってろ!」
数カ月後、俺は<貨物>として縄を打たれていた。空を見上げながら呟くと、厳しい声でお叱りを受けた。
あれから一週間も経たずに俺は船上での生活に慣れた。自分はもしかして漁師だったのかな?と思うほどにな。
一か月が過ぎるころには船長の次に頼られるほど人望を集めていた。自分はもしかして漁船の船長だったのかな?と思うほどにな。
商品以外の魚を食べる時だって初見で三枚におろして皆を驚かせてしまった。いや、俺が一番驚いたのだが。
順調に海の男になりつつあった俺だが…多分、漁師じゃないかな?と確信し始めていた。というのも、俺は海の生活に適性が高すぎるし、おまけに言葉に何不自由しないのだ。これは完全に七つの海を股にかけた冒険家とかだったんじゃないか、と思った訳である。
ココロオドル自分の過去への妄想。順風満帆な漁稼ぎ。俺が終生の稼業を漁師に設定しようかと言う時、その事件は起こったのだ。
「じゃあ、代金は受け取ったから。あとは頼むよ。」
「あぁ、任せてくれ。しっかり元は取らせて貰うよ。こっちだと白人は高いからな。」
俺達が向かっていたアフリカの某国近海に入った途端、武装したボートが接舷してきたんだ。そして向こうから自動小銃をもった黒人が乗り込んでくるのを船のデッキで認めた途端、船長が副船長を射殺した。
デッキに集められた船員は全員が初めから<貨物>だったらしい。船長と、俺から距離を置いていた数人の航海士や漁師が海賊共のグルだった訳だ。
唯一副船長だけは別で、船を所有していた会社の意向でねじ込まれたらしい。気の毒に殺されてしまったがな。
俺達は数人ずつに纏められてボートに移された。
ははは…まさか、拾われた船が選りにもよって人身売買のための奴隷船だったとはなぁ…俺は運が相当悪いらしい。