キレてないよ
奴隷として売られた気分は最悪だった。
コイツら…本ッ当に野蛮極まりないのだ。俺はウンザリしていた。
もとより自分が何者なのかもわからなかったのだ。自分が元から奴隷だったとしても驚かない。だが、待遇というものがある。俺はどうにも自分に降りかかる理不尽と言うものが我慢できないらしい。
汚い檻の中にすし詰めにされて、立ったまま垂れ流し状態で何日も過ごした。バイヤーが来るまでの数日間、俺は碌な食事も与えられずに、それどころか水浴びもできなかった。
このクソ暑いアフリカで日影どころか太陽の真下で晒された。鉄製の錆びまくってる鉄格子に、狭いもんだから体を無理やり押し付けられる。火炙りにされてる気分だった。
ぜ、絶対に許さねぇ…全員<殺してやる>……は?俺、今あいつらのことを殺そうと思ったのか?
唐突すぎる殺意に実感が湧かなかった。
いや、確かにこんな目にあわされれば相手を殺したくなるだろうが…記憶をなくす前の俺は漁師じゃなかったのか?
このとき抱いた殺意は余りにも自然だった。すとんと体の奥に嵌る感じ。任せれば体が勝手に動いてくれそうなくらい、俺は冷静になれた。
結局、俺は誰も殺さなかった。犬でも食わない虫の湧いた雑炊を吐きもせず飲み干した。奴隷の日常を経験して得た唯一の収穫は、俺の肉体が明らかに頑丈だってことぐらいだった。何を食わせられても腹も壊さないし、不味すぎる筈の食事を飲み干しても俺の体は拒絶反応を示さず、実に素直に腹に納めた。…前の俺はどんなもんを食らってきたんだ?心配になった。
日がな一日ずっと海賊たちを観察していた。すると、面白いことが分かった。
アイツらどいつもこいつも口に煙草を咥えて、四六時中ふかしているのだが、不思議なことにコイツらがタバコに火を付けている瞬間を俺は見たことが無い。んんん???どういうコトなんだってばよ。
指でも弾いて火花を散らせてるのか?それとも…火を付ける瞬間に限って俺は意識が無いのか?
謎は解けなかったがもう一つ、収穫があった。なんと、俺だけいつの間にか手足の拘束が外れていたのだ。流石にバレて撃たれたくないので正直に「縄が緩い」と言って、見張りの奴に結ばせるのだが…この不思議な縄抜けが何度も繰り返されたのだ。
結果、俺は今こうして拘束なしでバイヤーの目の前に並べられているという訳である。殺されなかった訳?顔が良すぎたんだとよ。
「Mr.ヘクマティヤール、悪いが今回は現物での取引になりそうだ。次は必ずダイヤモンドを用意する。不服なら少しの現金もある。」
「話になりませんな。ところで…そこの男は何者ですか?貴方が私に渡したこの、契約不履行甚だしい納品書にもそこの男のことに関しては書かれていませんでしたが…。」
「契約不履行?…あんた、少しは状況を考えたらどうだ?白髪のジュードが…。」
「口を慎んでいただきたい…それと、私の質問に答えて貰おうか。」
「ぺっ!舐めやがって、どうだっていいだろう!?さてはいちゃもん付けて武器を売らないつもりかよ?えぇッ!?」
「まずは質問に答えてくれ。」
「ふざけやがって!この野郎!こっちが特別にオマケを付けてやろうってんだから黙って受け取れや!それから好きに調べやがれ!俺達だってコイツのこたぁ知らねぇんだよ!」
取引相手はどうやら白人らしい。海賊の頭の屈強な黒人を相手にしても動じていなかった。大した胆力だった。
だが、険悪な空気のまま話は進み、手持ちの現金も全てつける代わりに次回の取引の確約と、次回は必ずダイアモンドと現金で支払うことで合意することになったらしい。バイヤーの前に引き出される直前にホースで適当に体の汚れを落とされただけだから相当臭うはずなんだが…向こうの白人も、その護衛らしき男女二人組も顔を顰めてはいるがそれだけだ。
まぁ、危険な橋をこれまでも渡って来たんだろうなぁ。
商談が終わり、物の引き渡しも完了したころだった。
白銀頭のバイヤーの護衛、その男の方がおもむろにタバコを咥えたのだ。
「…ありゃ…さっき海に落っことしちゃったから着かねぇや…。まったく、ツいてないね。」
「?」
俺は不思議な心境になった。「あれ?普通に火を着けてる場面をこの目で視てるんだが…」と。
これまでの自分の不思議体験は全て俺の妄想か単なる白昼夢だったのかと…そう思った時だった。
…カシッ…カシッ……カシュンッ!
「やっと着いた…ぜ…!?」
男のライターに火が灯った瞬間。俺の視界は真っ赤に染まった。