穢れなき虜囚   作:ヤン・デ・レェ

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邂逅その3

 

 

「……」

 

先ほどまでの饒舌さはなく、ただただ美しい容貌に何の変哲の無い光を湛えた瞳が二つ、半壊した小屋の中からジタンを見遣る三人のことを見つめていた。

 

「これよ、これ…ジタンはこうでなくちゃ。嫌に饒舌だから人が変わったのかと思ったわよ。」

 

チェキータの独り言にレームは反応せず、目の前の得体のしれない莫大な存在に視線を固定して離さない。

 

「……チェキか……」

 

チェキータの声に反応したのは、なんとジタンだった。彼はポツリとそう零したきり沈黙したが、チェキータは能天気に心底楽し気に、引き金に掛けていない方の手で、アロハポーズを作りジタンへ向けて掲げた。

 

すると、ジタンも当然の如くアロハポーズにした手を掲げて、ゆらゆらと揺らした。

 

「……久しいな、フロイド……」

 

アロハポーズに律儀に返してから、ジタンはフロイドに目を向けた。

 

「お、お久しぶりです…ミスター・コッポラ。その、先ほどは部下が失礼を…。」

 

弱弱しい態度で立ち上がり頭を下げようとするフロイドをジタンは手で制した。

 

「……いや、いい……」

 

ジタンの表面上は穏やかな声に身を引き締めつつフロイドは顔を上げた。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

「……相談がある……」

 

感謝の言葉を言ったのも束の間、ジタンの<相談>に背筋を伸ばしたフロイドは冷や汗を隠さずに、本交渉に臨んだ。

 

「謝罪などいらぬ。貴様の命で償え。」とか言われたらフロイドは殺される前に恐怖のあまり悶死するかもしれない。

 

「なんでしょうか?」

 

「……俺を雇え……」

 

恐る恐る尋ねると、予想の斜め上の答えが返って来た。

 

「「「え゜ッッ!?」」」

 

チェキータまで、一同が気の抜ける声を上げた。緊張感が白けて、どことなくコメディチックな雰囲気に呑まれそうになるが、忘れるなかれ周囲には未だに死体が散乱している。

 

「……今、一文無しでな……」

 

「あ、え、えっと…それは構いませんが…えぇと、よろしいのですか?」

 

血生臭い就職面接に戸惑いつつも、経営者でもあるフロイドは緊張が解けて倒れそうな足にむち打ち話を詰めようとした。

 

「……なにが?……」

 

「…本国に御帰りにならずよろしいのですか?恐縮ですが合衆国迄安全にお送りすることも可能ですが…。」

 

本来、死んだことになっているジタン・コッポラ。彼が実は生きているなどと言う状況は、国際情勢に如何程の衝撃をあたえるだろうか。その情報が流出すればデマであれ真実であれ瞬時に自社の株価が大暴落も急上昇もし得る程、なのは間違いないだろう。

 

「……疲れたんだ……」

 

「ハイ……。その、ではどのような内容で?」

 

「……衣食住だけだ……」

 

気を遣った質問を投げかけてみれば、意外にもジタンは本国への帰還を望んでいなかった。理由は彼を知る者にとっては遅すぎる程の、彼を知らない者にとってはあまりにも陳腐すぎる理由だったが。

 

「で、では職務に関しましては……」

 

「……当面護衛のみ……」

 

衣食住と娯楽などの保証さえすれば、大国の大統領すら暗殺できる最強無敵の矛が手に入る、そんな信じられない現実に直面してフロイドは良くも悪くも夢見心地であった。

 

例え攻撃的な活躍が望めなくとも、世界の首脳や資産家が挙って巨額を積んでも気に入らなければ断るような、そんな人材のヘッドハントに成功してしまったのである。フロイドは最早半ば水に浮いているような状態でジタンとの商談成功を噛みしめていた。商談と呼ぶには、いささか一方的過ぎたものではあったが。

 

「……畏まりました。で、ではそのように…。あと、その、この二人はご存じかと思いますが私の護衛として雇っていまして…。」

 

「……安心しろ、チェキに襲われかけたから放り投げただけだ。……」

 

「は、はぁ…。」

 

一難去った今しかないと、自分はあくまでも雇っただけでありレームやチェキータの独断専行だから自分は勘弁してくれという旨の弁明を試みたフロイドは、自分にも二人にも何事も起こらなかった事実に驚き、ジタンの寛容に困惑した。

 

「……今日から、よろしく……」

 

「…はい。ようこそHCLIへ、我々はミスター・コッポラを歓迎します!」

 

ジタンの方からよろしくされたフロイドの驚きは空を飛ぶ勢いだったが、彼は非凡の胆力を発揮して堂々たる挨拶を披露した。

 

気を取り直して挨拶すると、握手の為にジタンは敢えて右手を差し出した。フロイドは思考するまでもなく反射的にその手を取った。これにて商談成立である。

 

「……あぁ、それと……」

 

「はい…何か必要なものがあればなんなりと。」

 

肩の荷が下りたような心地も束の間、ジタンは握手している手を引いてフロイドに一つ頼みがあることを伝える。早速の注文に気を引き締めたフロイドに、ジタンは耳打ちするように言った。

 

「……ライターを……」

 

「ライターですか?おい、レーム。」

 

ライター。つまり着火具である。今この場においてタバコを常飲しているのは一人しかいなかった。フロイドは根元まで吸いきる直前のタバコをふかしていたレームに声を掛けた。

 

「おぅ…ほらよ、どうぞ。」

 

「……ありがとう……」

 

「あら?ジタンってタバコ苦手だったわよね?」

 

レームがライターを手渡した瞬間。チェキータがそう言った。

 

「……フッ…答え合わせだ……」

 

チェキータの言葉を聞き、ジタンはこの時初めて口角を僅かに上げて、悪戯が成功した時のような無邪気な笑みを浮かべたのである。

 

<<カシュンッ!>>

 

蓋を弾き、石が擦り合わされ、ZIPPOライターが明かりをともす瞬間の音が響いた。

 

 

 

「…んん?あれ?服がある…なんでだ?チェキータに身包み剥されるとこだったのに…それに銃向けられてるし、いやさっきもか…フロイド、こりゃどういう状況だよ?なんでそんなに驚いてんだ?」

 

ライターの音が鳴るのと同時にジタンは先ほどまでの無口さはどこへやら、実に饒舌に言葉を発すると、自身を見つめて目を見開く三人の表情を見て、自身の置かれた状況の特異さに首を傾げた。

 

「ああぁ!?そ、そういうことか!ナッ!?…この中でタバコを吸うのは、レームお前だけだな。」

 

謎が解けたフロイドは騒動の元凶になってしまったレームを眼でどついてから、安堵と呆れの含まれた重い息を吐いた。

 

「なるほどね…ふふ、アナタって相変わらず楽しいヒトね。」

 

チェキータは案の定嬉しそうにニマニマとジタンを見つめていた。類稀なサプライズに投げ飛ばされたことに少しも腹を立てた素振りすら見せずに大喜びの様子であった。

 

「…なんだ、つ、つまり今回の一件、はじめから俺の所為ってワケかよぉ?…こいつは、まいったぜ。まったく。」

 

ジタンの言葉、フロイドからの視線、そしてチェキータのニヤニヤでレームも状況を察した。ジタンから返されたライターを手で弄びつつ、なんてこったと気まずそうに頭を掻いていた。

 

「んんん??」

 

「えいッ!ふふ、案外饒舌なジタンも悪くないかも。ギャップ萌えかしら?」

 

困惑するジタン。突っ立っていた彼の頬肉をつまんで伸ばしたりしていたチェキータは、これからの仕事が待ちきれない様子で頭一つ大きい彼に横から抱き着いた。

 

「…まぁ、丸く収まったのなら何よりだ。ところで、結局アンタら俺を買ってくれるのか?海賊は死んじまったし他の奴隷もいないからな、できれば一緒に連れて行ってくれると助かるよ。」

 

背が高くても線が細いジタンは、クマに覆い被さられる様にチェキータに埋もれつつ、終始淡々とした無表情で言い切った。

 

銃を降ろして話を聞いていたレームとフロイドは互いに顔を見合わせると肩を竦めた。

 

「はぁ、それはもう、是非よろしくお願いします。」

 

「あぁ、アンタが味方なら心強い。こちらこそよろしく。」

 

「また一緒ね。何年振りかしら…暴れてくれそうにないのだけは残念ねぇ。」

 

「おぉ、なにすんのか知らんけど。これからよろしく!フロイド、レーム、チェキータ。」

 

フロイドは慇懃無礼に、レームは敬意を込めつつフランクに、そしてチェキータはただただ純粋に嬉しくて仕方がない様子で、そしてジタンは<全く意味わかんないけど見た感じオッケー>の精神で新たな仕事仲間へと最初の挨拶をぶちかました。

 

 

 

こうしてジタン・コッポラの第二の人生はその驚異の修正力により、またしても血と硝煙の尽きない戦場へと誘われていった。

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