斬 殺 サムライ・ダークネス   作:馬路まんじ……?

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プロローグ ―開幕、明治妖《あやかし》斬殺譚―
1:四条シオンの斬殺


 

 

「――シオンッ! 次は俺の家で薪割りをやれッ!」

「――今度は(わし)の家で水汲みだ!」

「――うちの洗濯もお願いしますよっ!」

 

「はい」

 

 村人たちの要求に、俺は大人しく頷いた。

 

 俺、四条 シオンには身寄りがない。

 父親はどうしようもない極悪人だったらしく、俺が赤子だった頃に『新選組』なる者たちにより斬刑。母は失踪してしまったらしい。

 

 そして取り残されたのが、罪人の子であるこの俺だ。

 

 他に親類もいないらしく、今はこの寒村で雑用をこなし、食料を頂いている身だった。

 

「シオン、時間が出来たら山菜を取ってこい。村の三十三世帯、全てにいきわたる量をだ!」

 

「はい」

 

 ……泥濘(ぬかる)んだ道を独り歩き、人々の要望を叶えて回る。

 木々に覆われた山間のこの村は、常に曇っているかのように暗い影に覆われていた。

 朝露に濡れた地面はいつまでも乾かず、襤褸(ぼろ)草鞋(わらじ)に泥を沁みつけ重くする。疲れた足がさらに動かし辛くなる。

 

「ぼうっとしてるな! さっさと働けッ!」

 

「はい」

 

 厳しい言葉と共に石をぶつけられる。

 されど文句は一切ない。俺が十五になるまで生きてこれたのは、村のみんなに食べさせてもらってきたおかげなのだから。

 

 

 

 今日も仕事の礼として、労働した家の者から残飯を顔に投げつけられた。

 

「そらグズッ、食事を恵んでもらった感謝は!?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 あぁ、村のみんなありがとう。

 こんな無能な屑を働かせてくれて、養ってくれてありがとう。

 

「俺はとても、幸せです」

 

 愛に溢れたみんなのことが大好きだ。

 俺は確かな感謝を胸に、今日も勤労に励むのだった。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 ――雨の降りしきる夜のこと。俺は野ざらしの牢の中にいた。

 

 別に悪いことをしたわけじゃない。

 村の広場に置かれた、小さな木組みの牢。そこが俺の(ねぐら)だからだ。

 

「ありがたいな……」

 

 降り込む雨に濡れながら呟く。

 こんな無能な俺に住む場所を与えてくれたみんなは、なんて優しいのだろうかと。

 野ざらしの寒さに身体が震えるが、それは俺が弱いからだ。全ては俺が悪いのだ。

 

 

 それなのに――十年ほど前の俺は、自分の扱いに不平不満を言っていたっけか。

 

 

 思い返せば恥ずかしくて堪らないな。あの頃の俺はきっと狂っていたんだ。

 そんなどうしようもない馬鹿で屑で恩知らずな餓鬼(おれ)を、拳を振るってまで教育してくれた村人たちに感謝だ。

 みんなのおかげで、俺はとても幸せだよ。

 

「いつか、みんなに……お返しを……」

 

 そうして、降りしきる雨に耐えていた――その時。

 

 

「――おやおやおや。文明開化の世だからって、奴隷制度を取り入れてるとはねぇ」

 

 

 若い男の声が響くや、雨が身を打つのを止めた。

 

「え……?」

 

 一体なんだと顔を上げる。

 すると、いつの間にか牢の前には、俺に傘を差しだした長身の男性が立っていた。

 

「やぁ。ご機嫌よう、少年」

 

 ……目を引く風貌をした人だった。

 この世のゴミな俺に美醜を判ずる権利などないが、彼の細くて柔和な顔付きは、村人たちとはまるで違うモノだ。

 それに、纏っている服装は……たしか“すーつ”と言ったか。

 ときおり訪れる行商人が『異国で流行りの服装だ』と喧伝していた時があった。

 何やら死ぬほど高いらしく、村人たちは誰も買わなかったが……。

 

「少年。その扱いを見る限り、ここの連中は道徳意識(モラル)の欠片もないみたいだねェ?」

 

「もらる……?」

 

 俺が不勉強なせいゆえか、言葉の意味はわからない。

 だが、村人たちをよく言っていないのは確かだった。

 

「誰かは存じませんが……みなを悪く言わないで欲しい。俺のような無能は、食わせてもらってるだけ幸せで……」

 

「うはっ!」

 

 言い切る前に、男が笑った。

 

「おいおいおい! 家畜以下の扱いをされているというのに、村人を庇うのか!? 尊厳(プライド)が完全に死んでるなぁ!」

 

 ここの連中はよほど教育熱心らしい、と。彼は笑いながら目を細めた。

 

「あぁ、申し遅れた。――僕の名は安倍 清明(あべのせいめい)。血筋が少し偉大なだけの、顔が良いだけの男だよ」

 

「せいめい……?」

 

 聞いたことがある名前だった。たしか村の子供たちが、そんな名を名乗って妖怪退治ごっこをしていたか。

 ちなみに妖怪役は通りすがりの俺だった。思いっきり石を投げつけられた。

 

「それで、キミは?」

 

「……四条 シオン。血筋が(けが)れた犯罪者の、顔も良くない無能なゴミです」

 

 そう名乗ると、清明さんとやらは「いや顔は……まぁいいか」と呟いたのち、一呼吸。

 真剣な目で俺を見つめてきた。

 

「断言するよ、シオンくん。この生活を続けていたら――キミは遠からず、死ぬだろう」

 

 ふむ。

 

「なぁ、それは嫌だと思わないかい? 生きていたいとは思わないかい?」

 

 ふむ……?

 

「……別に、なんとも思いません。俺のようなゴミが死んだとしても、誰も困る者はいないだろう。死体もそこらに捨ててくれれば、村の者たちを手間取らせることもなく」

 

「わかった、もういい。……キミは完全に散らされてるな」

 

 はぁと溜め息を吐く清明さん。

 どうやらおかしなことを言ってしまったらしい。やはり駄目なんだな、俺は。

 

「僕は善人じゃないからねぇ。見ず知らずの相手(キミ)に対して、『生き足掻いてみろ』とは言わない。その言葉は、いつかキミの前に現れるかもしれない、よっぽどの()()()()に言われるといい」

 

 ――ただ、と。彼は言葉を続けながら、懐から小さな玉を取り出した。

 

 なんだ、あれは? 石ころ程度の硝子(ガラス)玉の中に、白と黒の金魚が泳いでいる……?

 

 

「四条 シオン。キミの『才能』、潰すには惜しい」

 

  

 次の瞬間、彼は硝子玉を指で弾いてきた。

 ソレは牢の隙間を抜け、俺の口内へと飛び込む……!

 

「んぐっ!? げほッ!」

 

 思わず嚥下してしまい(むせ)る。

 しかし、どれだけ咳をしても硝子玉は出てこなかった。まるで身体の中で消えてしまったようだ……。

 

「っ、清明さん、何を飲ませた……?」

 

「『陰陽魚』さ。説明は――長くなるから拒否(パス)

 

「ぱす……」

 

 ……言葉はわからないが、意味は分かった。

 要するに、面倒くさいから話したくないということか。

 

「まぁざっくり言うと、キミの魂魄に『特別な力』を宿す玉ってとこだ。希少品なんだぜ~?」

 

 魂魄に……力を……?

 言っている意味は分からないが……。

 

「……なぜ、そんなモノを俺に?」

 

「言っただろう。キミには、才能があると」

 

 “陰陽魚(ソレ)を与えるに相応しい、至上の才能が”――と。

 

 彼はそう続けると、用は済んだとばかりに踵を返した。

 差し出されていた傘も戻され、再び雨が俺にかかる。

 

「いくら才能があろうとも、熱意がなければ発揮はされない。そして僕が与えた力も、熱意がなければ応えない」

 

 歩み去っていく安倍 清明。

 彼は近くに停められていた鉄の二輪車――確か“ばいく”なるモノ――に跨った。

 

「ゆえに少年。今は熱意なき天才(バケモノ)よ」

 

 そして最後に、こちらに横顔を向けて微笑む。

 

「いつかキミが『生き足掻こう』と決めた時、その熱意を全力で燃やしてごらん」

 

 

 “そしたらきっと 素敵なコトが起こるだろうぜ――!”

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 夜が明けた。

 降りしきる雨は止んだものの、空気は湿気に濡れそぼり、冷たい朝霧が立ち込めていた。

 

「けほっ、こほ……!」

 

 その中で俺は呻いていた。

 どうやら雨に当たり続けたことで、体調を崩してしまったらしい。

 先ほどからずっと咳が止まらなかった。

 

「こんな生活を続けていたら、遠からず死ぬだろう、か……」

 

 ……あの男の言う通りかもしれない。

 これまで何度か熱を出したことはあったが、今日は格段に身体が辛い。全身は震えるほど寒いのに、肺の部分だけが異様に熱くて痛かった。

 

「うッ、げほッ!」

 

 ひときわ大きな咳が出る。

 すると、唾に混じって大量の血が噴き漏れた……!

 

「はぁ……そうか、いよいよ身体が限界なのか……」

 

 頑丈さだけが取り柄だったんだけどな。

 ああ、これじゃあ――村人たちに奉仕できないじゃないか。

 それが何よりも辛かった。

 

「俺は屑だ。俺は無能だ。俺は価値のない存在だ。働かなければ、生きてる意味すらないんだ……」

 

 これまで何度も、村の者たちに教育されてきた教えだ。

 それによると俺はいよいよ、死んだほうがいい存在になってしまったらしい。

 

 そう考えると、なぜか気が楽になった。

 全身から力が抜け、その場に倒れ伏してしまう。

 

「あぁ……」

 

 ――視界が低くなったおかげで、ふと気付いた。

 生い茂る草木の中、小さな黒い蟷螂(カマキリ)が、自身よりも大きな雀を(ついば)んでいたのだ。

 

 蟷螂の身体はボロボロだった。ぶっくりとした腹からは、体液が滲み溢れていた。

 

 ああ……もしかしたらこの蟷螂は、俺のように残飯を拾って食べているのではなく、襲ってきた強敵(すずめ)を返り討ちにして食べているのかもしれない。

 なんという生への執着なのだろう。

 それに比べて……、

 

 

「……なぁ、清明さん。こんな状態になっても、俺は何とも思わないよ……」

 

 

 安倍 清明――あの長身の男は言っていた。

 

 “『生き足掻こう』と決めた時、その熱意を全力で燃やしてごらん”――と。

 

 しかし瀕死の身になっても、生きたいという気持ちは一切湧かなかった。

 熱意なんてモノはなく、心も身体も冷え切っていくばかりだ。

 

「彼は、俺にナニカの才能があると言っていたが……」

 

 こんな無能に、才能なんてあるわけないだろう。

 そう自嘲気味に笑った……その時。

 

「おいシオンよッ、何を寝ておるッ!」

 

 ――声と共に、太い脚が目の前の地面を踏みしめた。

 それはちょうど、黒蟷螂がいた場所だった。

 振り下ろされた足の下で、ブチッという音が生々しく響く。

 

「ッ、あぁクソッ、何か踏んだわ! ともかくシオンよ、労働の時間じゃぞ!」

 

 乱雑に牢を開けてくる男。

 彼こそ、この村の偉大な村長様だ。俺の『管理』を取り仕切っているのもこの方だ。

 

「早く出て仕事を……む。お前、血を吐いたのか?」

 

 地面に撒かれた血反吐を見る村長。

 驚くのも一瞬で、彼は「そうか、ついに壊れたか」と呟いた。

 

「ならば処分せねばならんな。ついてこい、シオン。お前をとある場所に連れていく」

 

「……はい」

 

 異論なんて、あるわけなかった。

 俺は牢から這いずり出ると、身を引きながら村長の後についていく。

 

「取ってくる物があるからな、途中で儂の屋敷に寄るぞ。あぁ、もちろんお前は外で待っていろよ? 家の中で死にでもされたら、堪らんわ」

 

 フンッと鼻を鳴らす村長。

 そんな彼に必死についていこうとする中――俺はふと、先ほど踏まれた黒蟷螂を振り返った。

 

「……」

 

 当然のように、黒蟷螂は踏み潰されて死んでいた。

 自慢の(かま)もグチャグチャだ。必死に生き足掻いていたのに、とてもあっけない最期だった。

 結局コイツは、何も残せず死んだのだなと……そう思いながら、踵を返さんとした時だ。

 

「あ……?」

 

 ふいにビクビクと蠢く、黒蟷螂の死体。

 そして、その潰れた腹部から――純白の寄生虫(ハリガネムシ)が、咲き誇るように這い出してきた。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 

 ――村を出る時、何人かの村の男たちがついてきてくれることになった。

 もちろん俺のような屑を心配してくれたわけじゃない。俺の最期を見て、笑いたいそうだ。

 幸せだな。こんな俺でも、死に様でなら人を笑顔に出来るらしい。

 

「ほれッ、さっさと歩け!」

 

 村長たちに続き、裏山の中を歩いていく。

 病み切った身に山道は辛いが、文句を言う権利などない。

 弱音の代わりに血を吐きながら、必死に彼らに付き従う。

 

 そして。

 

「ついたぞ、シオン。ここがお前の死に場所じゃ」

 

 ――連れられてきたのは、朽ちた大樹の前だった。

 なんとも異様だ。樹の根元にはぼっかりと(うろ)が空き、地の底に向かって大穴が開いていた。

 さらに、

 

 

『――オォ、信心深き者よ。新たな贄を持ってきたか』

 

 

 厳かな声が、穴の奥底より響いた。

 

「オォ、偉大なる地の神(チノカミ)様よ……! 此度の贄は、いと年若き男にございます。どうかお納めくださいませ……ッ!」

 

 手を合わせて祈る村長。村の大人たちもそれに合わせて大穴を拝む。

 

「村長、今の声は……?」

 

「あぁ、冥途の土産に教えてやろう。――この洞の底には古来より、地の豊穣を司る神様がおわしているのだよ……!」

 

 神様……だと?

 

「そんな存在が、実在するのですか……?」

 

「応ともよ。まぁお姿は見たことがないが、ともかく神はとても懐深いお方でなぁ。呆けた老人や、産まれ損なった子供。そんな者たちも贄として認めてくれるがゆえ、村しても大助かりしているのじゃよ……!」

 

 貴様のような病人もなぁ、と村長は俺を見てほくそ笑む。

 

 なるほど。そうして俺も贄として、地の豊穣を約束させるわけか。

 

「さてシオンよ。贄とするからには立派に飾らせなければならんなぁ」

 

 彼がそう言うと、男たちが俺の肩に何かを羽織らせた。

 そして両腰に、二本のある物を紐で括りつけられる。

 ……これらは……。

 

「黒紋羽織に、打刀と脇差じゃよ。そして最後にこれを渡そう」

 

 村長は懐から白布のようなものを取り出し、俺の首にゆるりと巻き付けた。

 これは、首巻か。羽織といい刀といい、明らかに上等な品だ。まさか死にゆく俺を飾るために、こんなものを送ってくれるなんて。

 

「……ありがとうございます、皆様。この恩義は死んでも忘れません」

 

 

 そう礼を言った瞬間――村長や男たちが、ゲラゲラッとけたたましい嘲笑をあげた。

 

 

「わははははははッ! 安心せよ、四条 シオンッ! 礼を言われる覚えはないわ! なにせソレらは――お前の父『四条 鳴命(ナルミ)』から殺して奪ったモノだからのォ」

 

「え?」

 

 俺の、父。

 処刑されたという罪人の父から、殺して奪った……?

 

「あぁ、お前の父は流れ者の元(さむらい)でなぁ。ある日、理由は知らんが赤子のお前を連れて村にやってきた」

 

 村長は語る。罪人などとんでもない、アレは本当に立派な男だったと。

 語りながら、俺の手首を掴んで大穴まで向かっていく。

 

「流石は元お侍様。所作も、容姿も、雰囲気も、儂らとはまるで違っていた。ゆえに村の女たちも(とりこ)でなぁ。それが悔しゅうて悔しゅうて、あまりにも惨めになるものだから――つい、殺してしまったわ……!」

 

 大穴の淵に、立たされる。

 穴の奥底は光も届かぬ暗黒だった。

 

「女たちからは責められたがな。じゃが、ヤツの持っていた大量の金銭をばら撒いた上、“鳴命(アレ)の息子を奴隷にしてよい”と触れを出してからは、何も言わなくなったわい……!」

 

 下劣な笑みを浮かべる村長。

 お前の立派な言葉遣いも、鳴命に似せるべく女衆が()()()()成果だろう、と言葉を続ける。

 次に彼は、皺がれた手で俺の両肩を掴んできた。まるで慈しむように羽織の上から肩を撫でてくる。

 

「あぁ……なぁおいシオンよ。これで終わりと思うと、儂は心が張り裂けそうじゃ……! お前を殺したかった気持ちもあるが、もっと生かして、もっと嬲りたい気持ちもあるんじゃァ……ッ!」

 

 心からの悲痛な声。それと同時に、撫でる指先に力が込められる。俺の身体が、奈落へと押される。

 

「お武士様の子であるお前を、もっと苦しめたかったッ! この寒村の取るに足らない農夫(わし)らの手でッ、お前をもっと壊したかったッ! じゃが、病んでしまったからにはッ……!」

 

 

 

 そして――とんっ、と。

 

 

「では、死ぬがよいシオン」

 

 

 村長は俺を、穴の底へと突き飛ばした。

 

「アハッ――ガハハハハアハッ! アァッ、ヤツの衣装を取っておいてよかった! ヤツそっくりに育ってくれて本当によかったッ! おかげでッ、鳴命(アレ)を殺した時の快感をっ、もう一度味わえるわァァアアアアーーーーーッッッ!!!」

 

 頭上より響く喜悦の喝采。

 闇に堕ちゆく中、村人たちの笑い声だけが降り注ぎ続けた――。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 

「ぐッ……」

 

 一体どれだけの高さから落ちたのか……。

 俺はどうにか生きていたものの、全身から血を噴き出していた。

 胸に違和感を感じて触ってみると、折れた肋骨が皮膚を破って突き出ていた……。

 

 そして。

 

嗚呼(アア)ァ、ずいぶんと哀れな小僧よのォ……!』

 

 邪悪な男の声と共に、いくつもの青い火の玉が灯った。

 

 それにより露わとなる闇の中。

 

 俺の落ちた場所は、まさに地獄のごとく数多の骸骨が転がっており――

 

 

『もう苦しむ必要はないぞ。この、“九尾(きゅうび)の妖狐”様が食ろうてやるからなぁ……ッ!』

 

 

 ――眼前には神などではなく、九本もの尾を生やした巨大な白狐の姿があった……!

 

「……九尾の妖狐、だと? 地の神(チノカミ)様とやらではないのか……?」

 

『ワハハハッ! そんなものは人間に贄を捧げさせるため名乗っただけよッ! 厳かな語り口で地の底から喋るだけで騙されおって。人間とはまこと愚かよなァ!』

 

 嘲笑を響かせる化け狐。こんな存在が世界にいたことに驚きだ。

 そして、こいつが豊穣の神ではなかったということは……。

 

「俺は、無駄死にするんだな。意味なくお前に食われるんだな」

 

『あぁそうとも。……穴の淵でのやり取りは聞いておったぞ。侍の子、四条 シオンとやら。貴様は村人たちに親を殺されたらしいなァ? そして奴隷にされた上、最後は(われ)に食われて終わりか』

 

 九尾の赤眼が細められる。

 凶悪な牙の覗く口が、にたにたと歪んだ。

 

『グヒヒヒヒヒッ! 悔しいよなァ!? 悲しいよなァ!? ほれシオンよッ、怨みの叫びを吼え散らかしてみよッ! 命乞いの一つでもしてみろッ! 我は活きのいい獲物が大好きだからなァッ!』

 

 ほれほれッと妖狐は俺に慟哭を求める。

 ……だけど、悪いな。

 

「すまない九尾。別に、悔しくも悲しくもないんだよ」

 

『……は?』

 

「村長たちを恨んじゃいないし、生きたいなんて思ってないからな」

 

『…………はァッ!?』

 

 俺の答えに、九尾はなぜか激怒した。

 

『おまッ――貴様ッ、そんなわけがないだろうがッ! 家族を奪われ、尊厳を奪われ、こんなところに突き落とされたのだぞッ!?』

 

「そうだな」

 

『我なら全力で怨嗟するわッ! そして必ずや生き足掻いてッ、復讐すると吼えて見せるわ! それをッ……この腑抜けがァアッ!!!』

 

 瞬間、白狐の尾の一本が急激に伸びる。

 それはこちらに迫りながら先が尖り、大槍となって俺の腹に突き刺さった――!

 

「ぐはッッッ!?」

 

 ――いくつもの臓腑が、背を突き破って身体から出た。

 そのまま蹴られた小石のように俺は吹き飛び、岩盤に突き当たって動けなくなる。

 

『ほぉれッ、いよいよ身体も()()()になってしまったなぁ!? さぁシオンよ。取り繕わずに“生きたい”と叫べよ。こんな運命を与えた村人と共に、復讐してやると吼えてみろよッ!』

 

 ……尾を戻しながら叫ぶ九尾。

 だが、その要望には応えられそうになかった。

 

「ごめん、な……駄目なんだよ、俺。もう、そういう気持ちとか……思い出すことも、出来ないんだよ……」

 

 身体がとても寒かった。大量の臓器と血液をなくしたのだから当然だ。

 でも、そうじゃなくても、俺はもうずっと空っぽだった気がする。

 腹の中に詰まっていたモノは全部、とっくに腐って抜け落ちていた気がする。

 

「だから……すまない、九尾……。お前の、期待に応えれなく、て……――」

 

 かくして迎える、終わりの時。俺が意識を手放そうとした……その時。

 

『このッ、腹の立つ餓鬼(ガキ)がァァアアアッ!』

 

 突如として九尾が巨大な四肢を上げ、地面を強く叩いたのだ。

 

『貴様も(オス)なら、やられたらやり返せッ! そのためにッ!』

 

 赤き眼が俺を睨む。

 本気の激情が浴びせかけられる。

 

『四条 シオンよ! このまま終わって堪るかとッ――運命に噛み付き、()()()()()()()()!』

 

「――ッッッ!」

 

 ドクンッ、と。止まりかけていたはずの心臓が高鳴った……!

 ああ……いま、こいつは俺に、なんと言った……?

 こいつは、こいつは……、

 

 

「生き足掻け、と。そう俺に……命じてくれたのか……?」

 

 

 ――否定の言葉は、何度も貰ってきた。

 無能だ、屑だ、お前は人間失格だ。役立たなければ生きる価値もない存在だと言われてきた。

 駄目になったらさっさと死ねと、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――何度も言われてきた。

 

 なのに。

 

「なぁ、九尾……」

 

 気付けば俺は立ち上がっていた。

 身体はほとんど死んでいるのに、やけに足が軽かった。

 血潮は足りないはずなのに――なぜか胸が、熱かった。

 

「お前は、俺に生きろと言ってくるんだな。無条件で、俺の存在を認めてくれるんだな……!」

 

 ……こんなに嬉しいことはない……!

 

 あぁうれしいな、うれしいな。

 ありがとう九尾、今気づいたよ。村人たちに生かされてることをありがたく思い、『感謝』の情を捧げてきたが、あれは感謝じゃなくてゴミだ。

 真の感謝とは、いまお前へと捧げているような熱い想いだったんだ……!

 

『なっ、立っただと!? その傷で、馬鹿なっ……』

 

「もちろん立つさ。お前への友情を力にな」

 

『友情ッ!?』

 

 なぜか驚愕する友が可愛い。さらに気力が湧き上がってくる。

 

 さぁ九尾よ、お前はこうも言っていたな。

 “貴様も雄なら、やられたらやり返せ”――と。

 

 あぁいいとも。

 

「やってやるさ」

 

 両腰に差した刀の柄を、逆手に握り込む。

 侍だった父が残したという二本の刀だ。初めて握ったはずなのに、妙に手に馴染む気がした。

 

 そして……。

 

 “――清明さん。俺、わかったよ。熱意ってヤツが何なのか……!”

 

 胸に渦巻く激しい炎。死んだ身体さえ突き動かす感情。これが、熱意。

 それを自覚した瞬間――俺の中で、『力』が疼いた。

 呼び寄せるための『言霊(ことだま)』が、胸の奥より脳裏に浮かぶ。

 

『ッ、何なのだ貴様はっ!? 我は活きがよい餌を喰いたいだけだッ! 貴様などもうッ、死ね!』

 

 照れ隠しの言葉を叫びながら、再び尾の大槍を伸ばしてくる九尾。

 その切っ先が俺を貫かんとする刹那、闇の中に吼え叫ぶ。

 

「――巫装(ぶそう)展開――!」

 

 魂魄に刻まれた斬魔の異能。

 九尾がくれた熱意を糧に、ソレを今こそ解放しよう!

 

 

「狂い()け、術式巫装(じゅつしきぶそう)黒刃々斬(クロハバキ)】――!」

 

 

 瞬間、尾の大槍が千の肉片となって千切れ飛ぶ。

 奈落の底に地の雨が降り、九尾が可愛い絶叫を上げた。

 

 

『グギャァアアアアアアアアアーーーーッッッ!!? 貴様ッ、その力は!? その姿はァッ!?』

 

 

 剥かれた瞳が俺を映す。

 そこには、禍々しき漆黒の双刃を逆手に抜いた、俺の姿があった。

 さらに、顔の右上半部を隠すような仮面までもが現れている。

 仮面の様相は、角を尖らせた鬼か。あるいは……触角を伸ばした、『黒蟷螂』と言ったところか。

 

『それは、術式巫装ッ!? その身や武具に破魔の力を宿す、陰陽師どもの異能力ではないか……ッ!』

 

 なぜソレをそこらの餓鬼(ガキ)がと、九尾は呻いた。

 

「ああ、ある人に貰った力でな。使うのがこれが初めてだが……」

 

 刃の切っ先を九尾に向ける。

 闇の中においてなお黒き刀身。そこから放たれる禍々しい気は、まさに尋常のモノではない証拠だ。

 これなら行ける。これなら斬れる。巨大な化け物の九尾に対し、きっと()()()()()()()()

 

「では――行くぞ」

 

 全力で地を蹴り、一気に駆ける。

 過ぎていく風が気持ちいい。腹から出る血が尾を引いていくのが面白い。

 熱意を以って身体を動かすのは、初めてだ。俺は自然と笑ってしまう……!

 

『ヒッ!? なんだ貴様はっ、来るなァッ!』

 

 再び尾の大槍を伸ばす九尾。今度は一本ではなく、残る八本を乱れ突きに放ってきた。

 あぁ、全くもって容赦がない。(もてあそ)ぶために拳を振るってきた村人たちとは大違いだ。

 

「ふは」

 

 この身に感じる全力の殺意。

 つまりは今、九尾も俺のことを、本気で想ってくれているんだ……!

 

「応えてやるぞ、九尾――!」

 

 叫んだ瞬間、仮面を纏った右目の視界に変化が起きた。高速で迫る大槍の群れが、まるで止まっているかのようにはっきりと見えたのだ。

 ああ、これが巫装とやらの能力(チカラ)か。おかげで九尾の下に辿り着けそうだ――!

 

「斬る」

 

 そして、黒刀絶閃。二つの刃を無尽に振るい、大槍の群れを一瞬にして斬り刻んだ。

 

『ハッ、ハァッ!?』

 

 ああ、とても不思議な感覚だった。巫装を纏って起こった変化は、せいぜい視力が良くなった程度だ。肉体的に強くなったわけではない。

 なのに、振るう刃が驚くほどに軽やかだった。

 直感的に判るのだ。どのような筋肉の動きで刀を振れば、最高速度で斬れるのか。

 どのような角度からどのような軌道で刃を入れれば、最効率で斬り刻めるのか。

 知覚全てが斬撃行為に極まっていく……!

 

『アッ、アッ、アァァアアッ!? 来るなッ、来るなッ、来るなァアアアッ!』

 

 大口を開けて吼える九尾。

 彼は鮮やかな口腔の奥から、蒼い炎を放射した。

 

『妖術解放【獄葬炎】ーーーーッ!』

 

 視界を埋める絶死の灼熱。奈落に散った骸の山が灰となって消し飛んでいく。

 つまりは骨すら残らぬ熱量ということか。

 だが、

 

「斬る」

 

 俺は一切怯まない。迫る炎に真正面から飛びかかり、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ハァアアアッ!?』

 

 やってみれば簡単なことだ。二刀を連続して振るい、瞬間的に空気の壁を寸分違わず二重両断。それによって一瞬生じる『真空波』を起こし続ければいい。

 

「斬る、斬る、斬る、斬るッ――!」

 

 そして生まれる斬撃結界。炎の地獄を一切合切斬り刻み、進んで進んで進んで進む。

 

『なっ、なっ、なんだ貴様はなんだ貴様はなんだ貴様はなんだ貴様はッ!』

 

 九尾はまだまだ諦めない。さらに炎を激しくさせた。斬る。

 

『わッ、我は知らぬぞッ! 術式巫装はモノによって、身体強化や特殊な異能を使い手に宿すというが……ッ!』

 

 九尾の猛攻は止まらない。いつの間にやら再生していた尾を振るい、炎と合わせて俺を襲った。

 だが、斬る。右の刃で真空波を維持して炎を滅斬。空いた左手で再び尾槍を肉片に。

 経験を積んでさらに加速した俺の腕なら造作もない。

 

『剣術が上手くなるだけの能力など聞いたことがないッ! もしも貴様の()()がッ、ただの才能によるものだとすれば……ッ!』

 

 ついに攻撃の嵐を突破した。行くぞ九尾、もうお前と俺の仲を阻めるものは何もない。

 さっきから意識は眩むけど。内臓も血も出し切った俺は、もう数秒後には死ぬけれど。それでも。

 

「斬るッ!」

 

 ――斬撃飛翔。

 俺は眼前の大気を斬り裂き、裂かれた筋を空気が埋めていく現象を利用。

 刹那の気流の道へと飛び込み、高速で加速して飛び掛かった――!

 

 

『まさに貴様はッ、人類最悪の才能の持ち主ッ! あぁ貴様は、“斬殺”の天才(バケモノ)だ――ッ!』

 

 

 そして――脳天一閃。

 俺の刃は九尾の頭部に突き刺さり……その生命を、終わらせたのだった。

 

 

「――斬った」

 

 





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