ウマ娘じゃないよ。ほんとだよー   作:パンダコパンダ

6 / 7
無気力教師と願望

 コントレイルは危なげなくメイクデビューを勝ち、東京スポーツ杯ジュニアSも完勝した。次は年末、ジュニア級のG1であるホープフルステークスへと向かうらしい。

 

 トレーナーである父の徹底管理のもと、順調に育つコントレイル。

 

 対する僕は、国語資料室へ向かおうとして階段を登る最中、そんな彼女に壁ドンされていた。

 

「何か言いたいことはありますか? イナナキ先生。いや、名無しの権平さん?」

 

「うん。どういう状況? それに名無しの権平って?」

 

 唯一の救いはここが人通りの少ない階段であったこと。

 誰か他の生徒たちに見られていたら黄色い声を挙げられてただろう。なんせ、生徒が教師に迫っているんだから。

 

「惚けるつもりなの? あの日君がまとわせていたタバコと同じ匂いがしてて、背格好も似ている。喋らなかったのは、男の声だとバレたくなかった。違うの?」

 

「まるで意味がわからない」

 

「これ、君だよね」

 

 見せられたウマホの画面に映っていたのは、一人でターフで走る誰かの映像。これは以前、わざわざ学生寮から一番遠い場所まで行って走った時のやつだと思う。秋川理事長に頼んで遠いところでやったやつ。

 

「うん。僕じゃないよ。人間の僕にはこんな長い距離をこんなスピードじゃ走れない」

 

 そう言いながら、どうやってこの壁ドンから抜けるかを考えていた。

 おそらく、僕の力であれば抜けることはできると思う。思うのだが、力づくで行くのは生徒相手に良くない。さらに今いる場所は4階と5階の途中になる踊り場。何かの拍子で階段から転落してしまう可能性だってある。

 

「この人物が君じゃない。そう言うんだったら僕もそれでいいんだけど……」

 

「うん。どういうこと?」

 

「キミと僕。どこか共通点がある。もしくはウマソウルに影響を与えている。そんな感覚ってない?」

 

 あるかないかで言えばある。僕は前世のダービーで、僕のいた世界のコントレイルを倒している。それに、あの雨の日に走った時に感じた妙な懐かしさを感じていた。

 

「ないね。僕がウマ娘だったらあったかもしれないけど、僕はウマ娘じゃない。ただの教師イナナキだ」

 

「それもなんだよねー。なんでか知らないけど、イナナキという名前を知ってる気がするんだよね。教科の担当になったはずもないのに」

 

 並行世界のことなのに、魂通しが引っ張りあってる? そんな非科学的なことが? とも思うが、そもそも僕自身がこの世界に存在している時点で非科学的だ。なら、可能性としてはあるかもしれない。

 

「で? そもそもな話、コントレイル。君は何がしたい。名無しの権兵衛っていうのの正体探しなのか、僕との何かしらのつながりを探しているのか」

 

「どちらかというと後かな? あの日キミに感じた懐かしさや悔しさに答えが欲しい。その答えが、僕をあの人と同じ無敗三冠に。さらにその先に繋がっている気がするんだ。それに、もう僕の中だと、キミは名無しの権兵衛だから」

 

 もう確定なんだ。追い詰めたりとかはしないんだ。まあ、されても困るだけだけど。

 

「一教師として生徒が何か考えてるのであれば、それが正しい方向であれば僕は応援するだけ。良い?」

 

「ええ。今はその程度でいいよ。僕は僕でキミことを調べますし、キミが何かしたくなるよう結果で見せるだけ。まずはホープフルステークスから。皐月賞までは100%僕の距離だしね。んじゃ、バイバイ」

 

 なんか、勝手に納得されて勝手に帰って行った。嵐じゃん。

 

「繋がりねぇ……。そもそも一回しか走ってないし、何かしら感情を向けるほどの存在か? 僕って」

 

 でもまあ、ちゃんと僕がウマ娘だったら走ってみたいよな。多分。

 

 一回しか巡り会わなかった相手を偶然と捉えるか、運命と捉えるか。もちろん僕は指示されるがまま走っていたし、僕と張り合えるやつがいなかったから他の馬は偶然としか思ってなかったけど。

 

 真正面からぶつかり合う府中の2400。

 

 スタートと同時にハナを奪ってハイペースを作る僕は、後続に3馬身の差をつけて大欅を抜け、その後方でコントレイルは息を潜める。

 直線に入ると同時に位置を押し上げたコントレイルが、僕の真横についた瞬間、僕たちは末脚を使って坂を気にせず加速する。3ハロンぐらいの直線勝負。この世界のコントレイルに勝つことは余裕だろう。大人としての意地があるし、手を抜くなんてあり得ない。

 ただ、この世界じゃそれは許されない。戦う舞台にすら上がれない。

 

 僕が人だから。あれ? 結局のところって僕、走る環境が欲しい? それとも、コントレイルと走りたい?

 

 この体が嫌なはずなのに、僕はどうしたいんだ?

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「んで? なんでいるんです? 沖野トレーナー」

 

「いやー。なんていうか。夜中散歩してたら誰かターフの方に向かって歩いてるから、行き詰まったトレーナーかと思ってな。んで? 一体どうしたんだ?」

 

 夜中。僕はなんとなしに走る気分でもなくなってただブラブラとターフへ歩いてきていた。思うのはコントレイルのこと。彼女がなぜ僕に近づいてきたのか、感情を向けるのかを考えていた。

 

「なんか悩んでんだったら話聞くぜ? 言いたくないなら飲みに行ってもいい」

 

「いや、別に悩み事があるとか言ってないでしょう」

 

「いやいやいや。どう見ても悩んでますの体勢だろ」

 

 体勢? と思って考えて見れば、ラチに肘を置いて前屈みになり、飲みかけの缶コーヒーを手に持っているという、確かにザ・悩んでますの体勢をしていた。

 

「ただの教師がこんな時間にこんな場所で悩んでるのは珍しいだろ。生徒関係か?」

 

「まあ、はい」

 

 彼女に対して、僕から何かする理由やメリットを感じない。したところで何かあると思えない。

 存在が許されない世界に紛れ込んでしまった僕は、何かこの世界に影響を与えちゃいけないんだと思う。

 

「コントレイル。無敗三冠になれると思いますか?」

 

「んぁ? ああ、今話題のやつな。萩谷さんの秘蔵っ子だろ? どうだろうなぁ。どう見てもマイラー寄りな体だし、ダービーはまあまあ、菊花賞は難しいだろ」

 

 そう言えば、僕はどう言う評価だったんだろう。

 走りやすいのは2200だったけど、1600は余裕で、2400も問題なく走れた。菊花賞は確か3000だから長距離だけど、その長距離を僕は走れるんだろうか? まあ、メロディーレーンも弟も長距離が得意だし、問題ない気もするけど……。

 

「コントレイルが菊花賞で勝つには、スタミナの底上げと、展開がはまる運が必要だな」

 

 沖野トレーナーの認識は、コントレイル自身が自分で言っていたことと同じ。

 

「なんだ? コントレイルに気になることでもあんのか?」

 

「ええ、昔の知人に似てまして。でもまあ、似てるだけの別人なんで、僕から何かするわけでもないんですけど」

 

「はは。んじゃあ時々話し相手になる程度でいいだろ。案外馬鹿にならないもんでよ。トレーニングと全く関係ない話ができる相手って。教師なら、そう言うの得意だろ」

 

「得意が得意じゃないかで言うと……。得意じゃないですね。苦手です」

 

 そんなんで教師務まんのかぁ? なんて笑う彼と一緒に、僕も笑う。

 ひとしきり笑った後、残っていた缶コーヒーを飲み干した僕は聞いてみる。

 

「以前、2400メートルを2分何秒で走れる生徒が〜。って言ってた話、覚えてますか?」

 

「ああ。バッチリな。まさか、見つかったか!?」

 

 勢いよく僕の方へ振り向き、唾がかかりそうな距離まで詰め寄ってきた沖野トレーナーを、僕は手で距離を作る。

 

「いや、生徒には見つからなかったです。生徒には」

 

「生徒には? ってことは、引退したウマ娘か?」

 

「違います。僕です」

 

「は?」

 

 惚けて口から飴を落とした沖野トレーナーに、僕はもう一度、自分が2400メートルを2分20秒台で走る正体不明のランナーが自分であることを告げた。

 

「でもおまえ、男だろ?」

 

「はい。もちろん」

 

「性転換したウマ娘とかじゃないだろ? 尻尾とか無いし」

 

「はい」

 

 ウマ娘じゃないよ。ほんとだよー。とふざけながら言って見れば、沖野トレーナーが急に真面目な顔をした。

 

「なんでそんなこと言い始めた? 何が目的だ? ウマ娘じゃ無いのになんであんなスピードで走れる」

 

「なんかよくわからないんですよね。現状も何もかも。気づいたら言ってました。理由は……、まあ、そうですね。コントレイルがいるからって事で」

 

「なんかあるのか?」

 

「多分ね? 僕の前世がウマ娘なんですよ。んで、その前世ではコントレイルと競い合う存在だった。でも、今世になったら男になってしまったから、ウマ娘じゃ無いけどウマ娘並みの速度で走れる」

 

 競走馬の話したところで伝わらないから、一旦ウマ娘で通す。うん。

 

「それを俺が信じると思うか?」

 

「東条トレーナーから聞いてます。あなたはウマ娘の脚を触って状態を確認したりすると。実際、初めて会った時僕の足を気にしてたでしょう?」

 

 それはそうだが。と言う沖野トレーナー。だが、実際問題僕の前世を信じるかどうかはわからないだろ? なんて言う。

 

「あなたは信じる他ない。僕のスピードを目の当たりにして、僕の幻影を追いかけた。前世であなたとの絡みはなかったけど、あの日走った僕の姿を、あなたは心の中に入れた。存在したんだ。僕が」

 

 たった三か月。その時間だけ走り、大差で勝ち続けた僕の旅路は、ニンゲンたちにはどう見えただろう。理由付けが好きな種族だ。きっと、存在を証明したかったとかなんとか言い出すに決まってる。

 

「今の僕じゃレースに出れないし、ただの人? まあ、人間に負けると生徒たちがウマ娘に負けるよりも傷つくと思って秘密にしてたんですけど、コントレイルにならまあいいかな? って、半分八つ当たりみたいなもんだけど」

 

 今のコントレイルなら潰しても良い気がする。という気持ち。

 

「担当してない子の話だからなんとも言えないが、お前の行動がコントレイルのためになるって言うなら、俺は何もしないが……」

 

「あー。なんかもう全部どうでもよくなってきた。走れるとか走れないとか、ウマ娘とかウマ娘じゃないとか。どうせ走りたい気持ちは変わんねぇんだよなぁ」

 

 うん。アイツが皐月賞に勝ったら、とりあえず一回ちゃんと走ろう。ちゃんと準備して、ちゃんと自分の気持ちを整えるためにも。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。