修羅の覇道   作:せご曇(せごどん)

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雷鳴の如く

テオの刀は、ジェクラの首に振り下ろされた。

 

「なにっ!?」

 

斬撃は、ジェクラに届くことはなかった。彼の首もとを、水がマフラーのように囲い、テオの刃を止めたのだった。

 

「波動能力か…」

 

「気配も完全に消していた…。お前は中々の逸材だ。惜しいよ…本当に惜しい」

 

テオはひとまず、ジェクラから距離を取った。ジェクラはテオを見つめて、口もとを歪めていた。

ジェクラが、ダントンと格が違う理由の一つ。彼もまた、波動能力者であった。

 

「水を操る波動能力…俺の能力とは相性が良くない」

 

テオは刀を構え直し、ジェクラの動向に警戒を強める。ジェクラは、ゆっくりとテオの方へと向かって行っていた。

 

「これで分かったか?今のお前たちでは、俺には勝てない。今なら遅くはない。俺たちの仲間になるんだ」

 

「くどいぞ!貴様たちと手を組むことはない!」

 

「うーむ………」

 

頭をポリポリと掻き、眉間にシワを寄せる。

そんなジェクラの背後には、レイスがいた。ボロボロになっても、残るエネルギーをフルに使い、ジェクラに攻撃しようとしていた。自分への注意が逸れている今がチャンスだと踏んでの行動だ。そのスピードはかなりのもので、生身のジェクラならば大ダメージは免れない程であった。

だが…。

 

「無駄だ」

 

レイスの拳を、水が絡みついて受け止めた。不意討ちには失敗。

腕に絡みついた水は、そのままレイスの顔全体を覆うように侵食していった。

 

「う…ぁ…っ…はな…せ!」

 

「レイス!」

 

頭部を完全に水で覆われてしまったレイスは、呼吸が出来なかった。レイスは苦しそうにもがくが、水であるが故に力ではどうにもならず、むしろもがくことでかえって息が苦しくなってしまっていた。

 

「ぁ……」

 

「貴様…!」

 

テオは怒りを露わにするが、ジェクラに向かっていくことはなかった。

ジェクラの水は、ただの取り留めのない水という訳ではない。一定の形を保つことができ、粘土のような感触にも変化が可能である。テオの能力は「炎」であるため、水には有効打とはならない。また、先程の不意討ちの斬撃が失敗したことからも、刀による攻撃も効果があるとは思えなかった。むしろ、刀を水で絡み取られ、レイスのように自由を奪われてしまうという最悪の事態すら考えられた。故に、その場から動けずにいる。親友が目の前で苦しんでいるにもかかわらずに、何もできないでいる。

 

「最後のチャンスだ。今、武器を捨てて俺たちの仲間に加わると言うのならば、このガキは解放してやる。この状況でまだ勝ち目があると思うほど、お前は馬鹿ではないだろう?」

 

「…」

 

状況はかなり悪かった。今すぐにレイスを解放したいが、波動使い殺しの一味に加わることなどできない。それはレイスも望まないことであった。

 

「く…そ……」

 

息が…。レイスの意識が、少しずつ薄れていく。いかに超人的な身体能力があろうとも、息を吸わなければ死んでしまう。レイスはまさに、命の終わりに近い所にいた。

 

 

 

薄れゆく意識と入れ替わるように、レイスの脳内にはある光景が浮かんでいた。

それは、育ての母・ローラや幼馴染・リリィの住むこの街の景色。生まれてから今日に至るまで、片時も忘れたことのない馴染み深い景色であった。

 

「何だろう、これ……」

「あぁ…ライムシティか………」

 

現実世界の絶望的な状況とは打って変わり、レイスの脳内は穏やかなものであった。どこまでも続いていそうな青く美しい空の下には、故郷・ライムシティがあった。

 

「俺、死んじゃうのかな…」

「死んだら、どこに行くのかな…」

 

天国って、あるのかな。そもそも、死後の世界っていうのが存在するのかな。

既に、死後の世界云々のことが頭を過ぎっていた。だが、どういうわけかすんなりと受け入れられる。自分はあと数十秒で死に、ライムシティには別れを告げる。

死後の世界があるのなら、シモンもいるのかもしれない。先生には、何と言おうか…。実の母、アリスには会いたくない。まだ生きていて欲しい。

 

そんなことを思っていると、不意に誰かに腕を掴まれる。はっとして後ろを振り返ると、リリィがいた。とても悲しそうな顔をしていた。

 

「レイくん…。死んじゃだめだよ」

 

「リリィ」

 

「あなたが死んだら…悲しむ人がたくさんいるんだよ!?」

 

「!」

 

鬼気迫るリリィの言葉に、レイスは引き戻された。

 

「そうだ、約束したじゃないか」

 

リリィと、絶対に死なないと約束した。

それに、ここで死んでしまったら、母もリリィもこの街も、迫りくる波動使いたちから守ることなどできない。

 

「俺は…死んじゃいけない…!」

 

 

 

 

「!」

 

走馬灯から、現実世界へと戻る。閉じそうだった目をカッと見開く。

 

「ん…?」

 

ジェクラが怪訝な目でレイスを見る。何か様子が変わった。

 

「俺は……死なないっ…!!!!」

 

「レイス…!」

 

次の瞬間、レイスの顔を覆っていた水が弾け飛んだ。

 

「何っ!?」

 

ジェクラは、レイスから距離を取る。明らかに、彼に何かが起こっている。

 

「これは…」

 

テオもジェクラも、レイスから目を離せなかった。

彼の身体から、バチバチと音をたてて弾けるそれは。

 

電気であった。レイスの身体から、電気が発せられていた。

 

「まさか、波動能力に目覚めたのか…!」

 

「これが…」

 

レイスは両手を見つめる。火花を散らすそれは、間違いなく電気であった。

 

「死に際になって、目覚めたか。これは厄介…!」

 

ジェクラは警戒を強め、レイスを見据える。波動能力に目覚めるケースの一つ、命の危機に瀕すること。死ぬ寸前となったレイスは、9日間の修行で遂に目覚めることのなかった波動能力を発現させたのだった。

 

「電気を操る…これが俺の波動能力か…!」

 

拳をギュッと握りしめ、顔を上げる。今、倒さなければならない相手はすぐそこにいる。

 

「さぁ、見せてみろ。お前の能力を…!」

 

「…いくぞ」

 

「!」

 

ジェクラの視界から、レイスの姿が消えた。

目に意識を集中させ、周囲を見回す。

すると、辛うじてレイスの姿を捉えられた。自身の左側で、拳を構えているレイスの姿。

 

「速い…!」

 

レイスのスピードが、格段に増していた。

レイスは、自身の能力の使い方を感覚で理解した。緊迫した戦闘の張り詰めた空気が、彼に力の使い方を教えたのだ。

 

今のは、電気によって身体に強力な刺激を与え、通常を遥かに凌ぐ速度での行動を可能にしたのだ。そのスピードは、ジェクラの可動速度を大きく上回っている。

 

「はぁぁぁぁあっ!!!!」

 

拳に全力の波動を込め、殴る。ただの波動ではない。能力によって電気に変化した波動が込められた、電撃である。

 

「ぐっ!!」

 

腕でのガードは間に合わない。ジェクラは胴体部分に波動を集め、防御の体勢を築く。

直撃。レイスの渾身の一撃は、ジェクラの腹部にしっかりと命中した。

 

ガードはできた。致命傷は避けられた。だが、血を吐くほどの威力の攻撃であった。更に、電気が込められていた。身体中がビリビリと痺れ、動きが固まってしまう。

 

「まだだ!!」

 

硬直したジェクラの横腹に、すかさず回し蹴りを喰らわせる。これにも電気が込められており、今度はジェクラの波動による防御も間に合わなかった。

 

ジェクラは、工場の壁を突き破り、勢いよくぶっ飛ばされた。先程とは立場が逆転している。

レイスは身体に電気を流し、再び高速で動き出した。

 

「くっ…!」

 

この能力の使い方には、弱点がある。強い刺激によって、通常よりも素早い動きを可能にする。言い換えれば、電気によって無理矢理身体を動かしているということだ。元々ダメージのあったレイスの身体は、痛みを感じ始めていた。

 

「まだだ…。もってくれ!あいつを倒すまでは!」

 

だが、踏ん張る。ここで攻撃の手を緩めてはならない。テオの能力がジェクラと相性が悪い以上、レイスがけりを着けるしかないのだ。

 

「この力…素晴らしい…」

 

吹っ飛ばされながら、ジェクラはレイスの強さに感激していた。自分が若い時は、これ程の強さは持ち得なかった。だが、今対峙している青年2人は、まさしく天才と呼べる才能。持っている。

 

「それだけに、惜しいな…」

 

ジェクラは身体を何度も回転させ、体勢を立て直す。そして、全身に波動を込め、完全に守りの構えを取っていた。

 

「さっきのお返しだぁ!!」

 

レイスは両手に電気を集め、ひたすらに殴打する。時が経つにつれ、速度は徐々に加速していき、彼らの周囲は電気がほとばしっていた。

しこたまパンチを浴びせてやっても、ジェクラは何とか踏ん張り、先程のように吹っ飛んだりはしなかった。今度は防御が十全な為、決め手となるダメージは与えられていない。

 

「はぁ…はぁ…」

 

遂に、レイスの攻撃を受け切った。レイスの息はあがり、電気は既に消え失せていた。

 

「かなり効いたぞ。まさか、これほどとは…ゴホッ」

 

とは言え、ジェクラの方も無傷ではない。血を吐き出し、口元を手で拭った。

 

ジェクラは、短時間でレイスの能力の弱点を見抜いた。能力の使用が、身体を酷使することを。それ故に、長時間の能力の使用は出来ず、短期決戦を仕掛けるしかないことを。

レイスは、能力発現前に一定以上のダメージを負っていた。それ故に、能力発現後の一時的な波動量の増加を加味しても、万全の状態ではなかった。そんな状態で身体を酷使する能力を使えば、ガス欠はすぐに訪れる。

 

だから、防御に徹した。レイスの波動が弱まるのを待った。水で防御すれば、逆に電気をよく通してしまい、ダメージが大きくなるので、通常の波動での防御に全神経を注いだ。

おかげで、今はジェクラの方が体力があった。

 

「もうお前の能力は終わりだ。これ以上の発動は出来まい…はぁっ!」

 

ジェクラは、掌を突き出し、水を発射した。水はレイスの身体全体を包みこみ、彼の動きを封じた。

 

「これで仮に電気を放っても無駄となった。放てば、電気はむしろ漏出し、お前の波動は尽きる」

 

またもや、身体の自由が奪われてしまったレイス。そのまま片膝を地についてしまう。

 

「小僧、お前の強さには敬意を表する。だが、最早お前に俺の提案を受け入れる気は無いとよく分かった。残念だが、ここで死ね」

 

ジェクラは心底残念そうに首を振る。そもそも、レイスもテオも初めから彼の主張は全否定しているのだから、今更といったところだが。

いずれにせよ、状況は再びジェクラに有利なものとなった。

 

かに思われた。

 

「だが、お前のことは忘れない。若き天才として、死ぬまで覚えておこう…」

 

勝利を確信したジェクラは、レイスが微妙に動いていることに気付かなかった。

ゆっくり、ゆっくりと水ごと身体を動かし、ジェクラに近付く。

 

そして、決めの一手に出た。

 

「捕まえた…!」

 

「なにっ!?」

 

レイスは、ジェクラに抱きついた。水を纏ったまま抱きついた。

何故、レイスは身動きが取れたのか。彼は、ジェクラが自身に水を放った際に、極めて薄く波動を全身に纏ったのだ。通常ならば、とても細かい調整が求められ、成し得ない技。そもそも、成す必要すらない技。だが、今のレイスは、激しく波動を消耗している。扱える波動自体が微弱であった。その為、多くの調整を要することなく薄い波動を、ジェクラに気付かれない程度の波動をその身に纏うことができた。それにより、水と自身の肉体との間に、本当にわずかだが隙間が生まれ、身体を少しずつならば動かすことが出来たのだ。そして、ある程度近付いた後に、全力を出して一気にジェクラに抱きついた。

 

「俺が電気を使い果たしたと思っただろ?引っかかったな…!」

 

「何だと…?」

 

「受け取れ!!最後の波動だ!!!!!」

 

ジェクラは、驚きのあまり水を消す暇もなかった。水に覆われたレイスに抱きつかれ、自身も水中にいるジェクラ。そんな彼に密着し、レイスは自身に残された最後の波動を全て電気に変え、身体から解き放った。

 

 

「うごぉあああああああああ!?!?!?」

 

「くぅぅう!!!!」

 

レイスの全身全霊の電撃が、ジェクラに容赦なく流れる。皮肉にも、自身の能力によって、敵の攻撃の威力が高まってしまっていた。

 

しばらく電撃をお見舞すると、2人を包んでいた水が蒸発するかのように消えていった。

ジェクラの波動能力が解けたのだ。

 

「はぁ……はぁ………きっつ…………」

 

レイスは両膝を付き、その場に突っ伏した。

 

「ぁ……ぁ……」

 

ジェクラは、今の電撃で完全に気を失い、倒れ込んだ。

レイスの勝利であった。

 

「何とか……勝てた………」

 

「レイス!」

 

後ろから、テオがやって来た。

 

「テオ………勝ったよ……」

 

辛そうではあるが、微笑みを浮かべてテオを見る。

そんなレイスを見て、テオもまた安堵の笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイスたちが熾烈な闘いを繰り広げる最中、ガルーダもまた戦闘の真っ只中にいた。

今、彼の目の前には、右腕を押さえた桃髪の女・クレアがいた。

彼らの周囲には、物言わぬ骸となったベリーとアルザスが転がってる。

ベリーは、胸に穴が空いており、虚ろな表情のままピクリとも動かない。心臓を剣で突かれたようであった。

アルザスは、首と胴が離れたところに転がっている。これもまた、剣によってスッパリと斬られていた。

 

「何よ…これ…!」

 

「だから、通してくれって言ったんだ」

 

クレアを見つめるガルーダの目は、レイスやテオに向けていたそれと同一の物かと疑いたくなる程に冷たかった。彼が握る剣からは、血が滴っている。ベリーとアルザス、そしてクレアの血である。

クレアは、何とかガルーダの斬撃から身を退いたが、右腕は斬られていた。彼女の右腕からも、大量の血が流れている。

 

「何なのよ、あなた!?」

 

クレアからは、最初に見せていた余裕は感じられなかった。

初め、ベリーとアルザスが攻撃を仕掛けた。2人が時間を稼いでいる間に、クレアが自身の「爆撃」の波動能力を高め、最後に一気にガルーダを爆殺する算段であった。

だが、結果はご覧の通り。ベリーとアルザスはガルーダによって即座に殺され、クレアもまた右腕を潰された。

 

「聖煌流の生き残りだよ。君が知ってるかは分からないけどね」

 

ガルーダが剣を構えると、クレアは跳び上がって彼から大幅に距離を確保する。

 

「まずいわ…!まさかこんなに強いなんて…。今は一度退却して…!」

 

「逃げる気か。でも、不安の種は確実に潰しておかないとね…」

 

ガルーダは両脚に波動を込めて、一気にクレアに斬りかかろうとした。

 

「ん…?」

 

だが、上空でクレアの背後に誰かが現れた。怪訝に思ったガルーダは、一度動きを止めた。

 

「誰だ?しかも、空に浮いている…?」

 

その者は、空に留まっていた。波動使いは、超人的な身体能力を持つ。だが、別に空を飛べる訳でもないし、宙に浮ける訳でもない。故に、ガルーダは訝しんだ。クレアの背後にいる、茶髪で長身の男に注目していた。

 

「どこへ行く気だ?」

 

「へっ?…あっ!?グレイド様…!」

 

その男こそが、ジェクラやクレアたちを統べる波動使い殺しの集団の長・グレイドであった。

 

「グレイド様…!あの男が…!あの男がベリーとアルザスを…」

 

クレアが指差した方向を、グレイドもまた向いた。

 

「ほう…。奴が、か」

 

グレイドは表情を変えず、ただそう呟いた。

 

「貴様は一度退き、体勢を立て直せ。俺はこれより、ジェクラが発見した波動使いと、下にいる男を始末する」

 

「はい…っ!」

 

そうしてクレアは、姿を消して行った。

 

「あれは…」

 

ガルーダ目を凝らしは、グレイドの服に描かれた模様を見た。龍が雄叫びをあげているかのような模様である。

 

「…!?まさか!?あれは御三家……メイヤー家の家紋か!?」

 

「ほう。貴様、メイヤーを知っているのか」

 

グレイドは地上に降りた。

 

「僕も、御三家とは縁があるんでね…」

 

「成る程な。ならば、冥土の土産に教えてやろう」

 

ガルーダは、構えを取る。目の前の男の力量を、瞬時に悟っていた。

 

「俺の名は、グレイド・メイヤー。メイヤー家の当主になるはずだった者…」

 

グレイドは、ニヤリと笑い、付け足した。

 

「だが、俺は当主にはならなかった。メイヤーの者どもは、俺が皆殺しにした」

 

グレイドの身体から、光を放つ波動が放たれた。

 

 

 

 

 




ジェクラ・オーグル

46歳。
20歳から波動の修行を始めた、ベテランの波動使い。
自身の波動を水に変える、水を操る波動能力者。これは単なる液体状の「水」を操るというだけでない。水を粘土やゴムのような固形に近い状態に変質させることも可能で、かなり応用が効く。防御に使えば、物理攻撃を主とする波動使い相手にはかなり優位に闘いを進めることが可能。
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