かなりキツかったけど、なんとかジェクラを倒すことができた。
土壇場になって、俺に波動能力が目覚めた。電気を操る波動能力。先生やテオとの模擬戦では発現の感覚も掴めなかったけど、実戦で何とか操ることができた。
かなりの強敵だった。もし俺に発現した能力が電気じゃなかったら、ジェクラの水には対抗できなかったかもしれない。そして何よりも恐ろしいことは、このレベルの相手がまだ何人も、何十人も残っている可能性があることだ。そいつらがやって来たら、また全員倒さなければならない。
「立てるか」
テオが俺に手を差し伸べた。かなり消耗しているから、立つのも辛かった。俺はテオの手を取り、立ち上がる。
「ありがとう」
「気にするな。こいつは、このまま師範の所に連れて行こう。こいつらの仲間の情報を聞き出すんだ」
俺たちの前には、気を失ったジェクラがいた。死んではいない。でも、かなりのダメージだ。目が覚めても、もうさっきのように波動を使うことは出来ないだろう。
だが、気を緩めてはだめだ。まだこいつの仲間がこの街にいるかもしれない。取り敢えず俺たちは、この場を離れることにした。
「ほう。ジェクラを下したか」
「!!」
どこかからか声がした。男の声だ。俺たちは辺りを見回すが、人の姿は見当たらない。
「まさか小僧に負けるとはな」
上だ。上空を見上げると、男が空にいた。空を飛んでいる?これも波動能力か。
だが、俺たちが男の方を向くと、すぐに男の姿が消えた。そして、何かの衝撃音が聞こえる。何かが砕けるような音だ。
「なっ!?」
男は、ジェクラの首を膝で潰していた。今の音は、ジェクラの首が砕ける音だったのか。
「敗者には死だ」
「お前…!」
「…お前がグレイドか」
テオが言った名前。ジェクラの言っていた、波動使い殺しの集団のリーダーのことか。目の前の男が、そうなのか。
「俺の名を知っているとはな」
立ち上がるグレイドの右手に、何かがあるのに気付いた。そして、俺たちはすぐにそれが何であるかが分かった。朝まで一緒にいた人。ガルーダさんの顔が見えた。
まさか、これは……!!!
「っ!ガルーダさん!?!?」
「師範!!」
ガルーダさんの首だった。首から下が無い。まさか、この男が…!
「知己か。ならば、くれてやろう」
グレイドは、ガルーダさんの首を軽い勢いでこちらに放り投げた。
俺は、唐突の出来事であった為に、グレイドに対する警戒が遅れていた。
そして、ガルーダさんに視線が移っていると、視界からグレイドが消えた。
「!?」
俺は、反射的に身体を波動で守っていた。頭の中では、まだ状況が整理できていなかったが、身体が勝手に動いた。残り少ない波動を電気に変えて、全身を守っていた。
「ゴアァアッ!?」
腹に強い衝撃。何かがボキボキと折れる音。口から吐き出た大量の血。
グレイドの拳が、俺の腹に命中していた。波動のガードをもろともせずに、俺に直撃していた。
「お粗末」
グレイドの見下すような冷たい目だけが、薄れゆく意識の中ではっきりと見えた。
☆
グレイドは、一撃でレイスを仕留めた。レイスの波動のガードをもろともせずに、腹部に強烈な殴打を喰らわせて戦闘不能にした。
「電気か。下らん」
グレイドは、拳に纏わりついたレイスの電気を、自身の波動で完全に打ち消した。手に痺れも全く見られない。
「貴様…」
「貴様の方は冷静だな。この金髪の小僧よりは出来そうだ」
小僧、小僧と言っているが、グレイドもかなり若い。25歳前後といったところである。
テオは、既に刀を構えていた。満身創痍であったレイスとは違い、テオはジェクラとの戦闘をほぼ無傷で終えている。極限まで研ぎ澄まされた緊張感も相まって、戦闘への準備は整っていた。
だが、同時に彼は戦慄していた。
「何だ…こいつのこの波動は…!」
グレイドを流れる波動は、あまりにも強かった。今の自分とレイスの波動を合わせても到底敵う強さでも量でもない。そして、以前に見たガルーダの全力の波動と比較しても、グレイドの方が遥かに強かった。
「力量差を悟ったか」
「…」
足元には、師・ガルーダの首が転がっている。にもかかわらず、テオの構えは揺らいでいなかった。
「良いだろう。歳の割には聡い貴様に敬意を評して、少し手合わせをしてやる。殺すのはそれからだ」
グレイドは口端を歪めてそう言った。
「こいつと真っ向から闘っても、勝ち目は万に一つも無い…。何とか隙を作り出して、レイスを連れて逃げねば…!」
テオは、逃げに全力を投じるつもりであった。その判断は正しい。彼の読み通り、グレイドと今のテオでは、天と地ほどの力の差がある。幸い、グレイドは機嫌が良いのか、レイスもテオもすぐには殺す気が無い。グレイドのわずかな心の隙を突き、この場を退散する。それだけが、彼らが生き残る唯一の道であった。
テオは、刃に炎を纏わせた。
「炎、それが貴様の能力か。見せてみろ」
グレイドは不敵に笑っている。
「はぁッ!」
刀をがっちりと握りしめ、テオはグレイドへと猛進していった。だが、その刃がグレイドを斬ることはなかった。テオは、初めからグレイドを狙っていない。グレイドの足元に鋒を振り下ろすと、爆発が起きた。
彼は、能力の応用による「爆破」を狙っていた。テオの場合、操るのは「炎」。純粋な炎である。そのため、ただそれだけでは燃えて終わりだ。だが、彼はその能力を生かした技の修行に取り組んでいた。
炎を一点に集中させ、それを一気に解き放つと爆発を起こすことが可能であると分かったのだ。波動は消耗するが、威力には期待できる。今回の場合は、目眩ましとしての使用であった。
間髪入れず、彼は地に刀を突き立て、刃に炎を纏わせる。そして、そこら中に炎を撒き散らした。かなりの規模であり、一般人が見れば大火事として悲鳴があがる程であった。
「これで俺たちの正確な位置は分からなくなった筈だ。今のうちにレイスを…」
テオはレイスを担ぐと、脚に波動を込めて全力で飛び立った。一刻も早く、グレイドから離れねばならなかった。
テオは、工場地帯から抜けるすぐそこまで来た。
だが、現実は厳しかった。
「成る程。もとより俺と一戦交えるつもりは無かったということか。賢明だな」
「!?」
テオは珍しく青ざめた。額を冷や汗が伝い、身体は硬直した。
「だがな、小僧。圧倒的な力の差は、小細工で埋まるものではないのだ」
テオは何とか振り向くが、振り向きざまに顔に殴打を浴びせられた。担いでいたレイスもろとも、吹っ飛ばされる。
「よもやこの程度の突きでは死ぬまい。足掻いてみせろ、小僧!」
テオらが壁に激突した方から煙が舞っている。だが、煙が広がる前にテオは飛び出し、反撃に出た。刀を大きく振り、今度こそグレイドを狙った。
「なっ!?」
しかし、グレイドはそれを左手の人差し指一本で受け止めた。指は斬れるどころか、血の一滴たりとも流れていない。完全に防がれた。
「ふん!!」
グレイドは刀を弾き飛ばすと、テオの右腕に拳を突き出した。
鈍い音が聞こえた。骨が砕ける音だった。
「ぁっ!?」
テオの右腕は砕かれた。たらんと垂れるその腕は、最早戦闘には生かせない。テオの利き腕は右であるので、その意味でもかなりの痛手であった。
「何だ?貧弱極まりない。ガルーダとかいうあの男は、それなりに闘えていたぞ」
「くっ…!」
そして、グレイドがテオの視界から消えた。次の瞬間には、グレイドによる蹴りの連撃が待っていた。何十発、何百発。冷酷なグレイドの蹴りは、テオの全身を砕いていき、最早再起不能のレベルにまでなっていた。
そしてテオは、グレイドの前に無残に倒れてしまう。
「…何という虚弱。この程度の力で、俺を迎え撃つつもりでいたのか」
グレイドはテオを蹴り飛ばす。ゴロゴロと転がるが、鈍いうめき声があがるだけで、動くことはなかった。
「興が醒めたわ。殺すか」
グレイドの右手に、光が灯る。そしてその光は、剣の形へと変わっていく。手から直接生えた、柄の無い剣のような様相である。
「死ね」
グレイドが右手を振り上げ、テオの首にその光の刃を振り下ろそうとした瞬間。
「…ん?」
グレイドは、背後に何かを感じ取った。
「何者かがいるな…?」
グレイドはそのわずかな気配のみで、自分たち意外に誰かがいることを察知した。
そして、気付けば目の前にいたテオが消えていた。
「何…?」
流石に、こればかりは何が起こったのかが分からなかった。
だが、程なくして目の前にその「何者か」が現れた。
黒紫の髪の毛の男だ。その足元には、レイスとテオが置かれていた。
「貴様…」
グレイドは男を睨みつける。そして、同時に男の力を悟る。
かなりの強者である。レイスやテオは勿論、ガルーダよりも遥か格上。自身と同格かもしれない程の強者であった。
そして、何よりもグレイドの目を引いたのは、男の身体に流れる波動。それは、通常の人間に流れる波動とは全く異なっているもの。
「…闇の波動か」
「ほお。闇の波動を知ってるのか。そういうてめぇは、光の波動使いのようだなぁ」
男の口調は軽々しかった。その口は大きく歪み、邪悪な笑みを作っていた。
「何故小僧らを庇う?」
「こっちにも事情ってモンがあるのさ…」
「事情、か」
グレイドは男を睨みつけたままである。今にも戦闘に発展しそうなほどに張り詰めた空気であった。
「おぉ、怖い怖い。まぁ落ち着けって。ここで貴様と
男は「まぁまぁ」といった風に両手を開いていた。そのふざけた態度が、グレイドの癇に障っていた。
「今日のところはお開き、ってことにしようぜ。そうだ、名前ぐらいは教えておいてやるよ」
男は手を腰にあて、仁王立ちをした。
「俺はザーク。よろしく頼むぜ」
ザークは不気味に笑うと、地面に置かれたレイスとテオを肩に担いだ。
「貴様、生きて帰れると思うのか?」
グレイドの両手には、波動の剣が眩いばかりの光を放っていた。レイスやテオと闘った時とは異なり、その波動にはいささかの忽略も見受けられなかった。
「焦らずとも、そのうち
ザークはグレイドに背を向けて歩き始めた。先程まで殺気に満ちていたグレイドであったが、急に闘う気が失せた。ザークが闘いに全く応じる気が無いと悟り、決着は着けられないと考え始めたのだ。
「あぁ、そうそう。てめぇの下っ端共、元気か?ツラ見せてやると、喜ぶだろうぜ?クククク…」
ザークは、不敵な笑いと共に闇へと消えていった。
「…まさか、奴があの波動使い殺しか?」
残されたグレイドの呟きは、夜風と共に吹かれていくようであった。
ザーク。この男の出現が、レイスたちの運命を大きく歪めることを、彼らはまだ知らない。