「あなたたちは、何をしにパキンスタに来たの?」
フィーリアに旅の目的を尋ねられたレイスは、これまでの事を話した。約2週間前から続く、波動使いとの闘争について説明をする。
「そう…。あなたたちも、大変だったのね」
師匠の死、瀕死の重症を負ったことなどを説明され、フィーリアは同情の視線を向けた。
「それで、俺たちはゼクト・レギレウスさんに会う事にしたんだ。もう、俺たちの仲間と言える人は、殆どいないから」
「それと、ゼクトさんを通じて、ゼルフォード家の協力を得ろとも言われている」
「ゼルフォード家の…?」
フィーリアはテオの顔を見るが、すぐに少し暗い表情となる。
「ごめんなさい。今のゼルフォード家では、あまり力になれそうにないわ…」
「え…何かあったのか?」
「ええ。少し、事情が…」
フィーリアは、歯切れの悪そうな顔をしている。
「私はね、行方不明の兄を探してるの」
「お兄さんを?」
リリィとフィーリアの目が合った。
「私の兄は、11年前に突然家を出て行っちゃったの。私がまだ7歳の時、兄は13歳の時ね」
「まだ子供の頃に、家出…。何でまた、そんな事を」
「分からない。結局あいつは、私たちに何も言わなかった。その後、兄を溺愛していたお母様は、精神的に弱っちゃってね…。お父様も病気になって、5年前に亡くなったわ。当主はお母様だったんだけど、弱りきったお母様は、もう当主としての役割は果たせなくなった。ここ数年で体調も急激に悪くなって、もうあまり長くないって…」
フィーリアの視線が下に沈む。
「それで、私は兄を探す事にしたの。あんな男でも、お母様にとってはこの世界で最も愛してる男だから。せめて、最後にもう一度だけ、会わせてあげたくて。でも、結局兄の手がかりすら掴めなかった。今は、里帰りもかねて、もう一度この国を調べようと思って戻って来たわ」
「フィーリアさん…」
リリィは、フィーリアの旅の目的を聞き、心が痛んだ。
「だから、ゼルフォード家に協力は頼めない、という事か」
「ええ。分家の方になら頼めるかもしれないけど、有力な波動使いはいないわ…。その波動使い殺しの集団と闘えるような人は、もう…」
「そうか…」
テオは目を瞑り、気難しい顔をする。頼みの綱が一つ消えてしまった。しかし、どうしようもない事だ。
「でも…」
「?」
「私なら、私だけなら、協力する事が出来る」
「え、でもフィーリアは…」
「確かに、兄は探したい。兄を、お母様に会わせたい。でも、心のどこかでは諦めている自分もいるの。もう生きているかも分からないのに、どうやって探すんだ、って」
「…」
「今、目の前に波動の事で苦しんでるあなたたちがいる。お母様なら、きっと助けてあげて、って言うと思うわ。あの人は、優しい人だから…。私に今出来ること、それは助けを必要とするあなたたちの力になることよ」
「…良いのか。本来、この闘いにはお前は全く関係無い。命の危険もある」
テオの冷たい声に、リリィは少し怖さを感じた。
だが、フィーリアは怖気づかない。
「良いわ。私だって、小さい頃から波動の修行を積んでる。兄程とはいかないけど、御三家の波動使いとして闘えると思ってるわ」
「…」
しばし沈黙が続く。テオはレイスとリリィを見る。レイスは、フィーリアをまっすぐと見据えている。リリィは、命を懸けるとまで言ったフィーリアに気圧されたのか、おどおどしていた。
「フィーリアさんは…怖くないの…?」
「…怖くない、と言えば嘘になる。でも、ここで闘わずに見過ごすのは、私が納得できないの」
「…」
リリィは、フィーリアの強い意志を凄いと思った。自分にも、これぐらい強い心があれば、と思った。
「俺は、フィーリアが協力してくれるなら嬉しいよ。今は、少しでも協力者が欲しいんだ」
「俺も同意見だ」
「私は…フィーリアさんが、それで良いなら…」
「決まりね。私も、あなたたちの旅に同行するわ。宜しくね、皆」
3人の旅は、4人の旅になった。フィーリア・ゼルフォード。御三家の一角、ゼルフォード家の娘が、波動の戦乱に一歩踏み入る。
11月27日、20時41分。レイスらの前には、エレーカ国際空港駅発の電車があった。
「よし、この電車に乗って行こう」
レイスらは、車両に乗り込む。この駅では、まだ人があまりいない。
「これから、どういう計画で行くつもりなの?」
フィーリアは、レイスらの旅の計画を尋ねた。
「今日は、シーラ駅に着いたら、そこでホテルに泊まる。明日になったら、ゼクトさんの勤め先に行き、合流したいと思っている」
「ゼクトさんね…。話で少し聞いた事があるけど、レギレウス家の次期当主だった人よ。家を出て行ったとは聞いたけど、何があったのかしら…」
「今は波動の世界を離れ、一般人として過ごしているという。レイスの名前を出したら、協力する気を見せたらしい」
「レイスの?何故かしら。もしかして、親戚だったりする?」
「いや、分からないなぁ。レギレウスって名前自体、この前知ったばかりだし…」
「レギレウス家ってね、血統主義っていうか、由緒正しい血筋の波動使いしか認めない、って感じの家なの」
「そうなのか?」
「ええ。だから、代々続く波動の家系とかじゃないと、レギレウス家の人間とは結婚出来ないらしいわ。ゼクトさんは、そういう窮屈な家の雰囲気が嫌になったのかも…」
「なんか複雑だね…。ゼクトさんは、どんな人なのかな…?」
そうしていると、次の駅のアナウンスが流れる。
「次は、ミテーネ駅に停まります…」
電車は、ミテーネ駅にて停車した。それなりの人数の乗客が乗り込み、車内の人口密度は先程よりも高まった。
ドアが閉まり、電車は再び動き出す。
「次の駅ぐらいから、結構混み始めるわよ。私、今のうちに飲み物買ってくるね」
「車内に自動販売機があるのか?」
「うん。珍しいでしょ?」
「じゃあ俺も、何か買いに行くよ。喉乾いてたし」
レイスとフィーリアは、車内自動販売機まで行く事にした。
「俺はいい。行ってきてくれ」
「私もいいよ。ここで待ってるね」
「じゃあ行きましょう」
「うん」
電車は、15両。3両目、8両目、13両目にトイレと自動販売機がある、珍しい設計の電車であった。
彼らは、乗っていた6両目から、8両目の自動販売機まで移動している。
「レイスたちって、ホルロスから来たんでしょ?ホルロスのどこから来たの?」
「ライムシティって所だよ。多分、知らないと思うけど」
「ライムシティ…。そういえば、次はホルロスの首都を探そうと思っていたの。首都の街を検索した時に、見かけたかも…」
「そうだったんだ。でも、あの街に波動使いはもういないらしいよ。お兄さんも波動使いなんだよな?」
「ええ。兄は次期当主になる予定だったの。波動に関しては、私よりも上手だったわ。今はどうなっているか、分からないけど…」
硬化を投入し、欲しい飲み物を選ぶ。フィーリアは、紅茶を選んだ。
「俺は何にしようかな…」
レイスは、食べ物や飲み物を選ぶ時に、少し迷うタイプであった。今も、目の前の飲み物の陳列を見て、何を買おうかと考え込んでいる。
「迷う?」
「うーん…。まぁ、あんまりここで考えてもしょうがないか」
「次は、メレル駅に停まります…」
気付けば、次の停車駅を告げる車内アナウンスが聞こえた。飲み物を買いに出てから、それなりの時間が経っていたようだ。
「いっけね、もう次の駅だ。ここから混むんだよな…」
「そうよ。早く買って、急いでテオたちの所に戻りましょう」
結局、ミルクティーを買うことに決めた。硬化を投入し、飲み物の下にあるボタンを押した。ボトン、と飲み物が落下する音が聞こえる。
レイスたちは8両目から出て、テオとリリィのもとに戻ろうとするが、その前に電車は駅に着いてしまった。窓ガラスから見た感じ、確かに乗客は増えそうだと分かる程の人数が、ホームに立っていた。
「あ、もう着いちゃった…」
「まあ、人が多いとちょっと不便だけど、そんなに距離もないから車両を一つ移るぐらい大丈夫だと思うわ」
人がどっと車内に入ってくる。車内は窮屈になるが、2人は少し強引に進んでいた。
「すみません、通ります…すみません、通ります…」
すると、彼らの前に桃髪の女が見えた。
「すみません、ちょっと通ります…」
彼らは
「………め」
「え?」
フィーリアは、女に話しかけられたと思って振返った。
「……めよ」
「あの…何か言いましたか?」
「フィーリア?」
女の呟きは、徐々にはっきりと聞こえるようになった。
「フフフ……私の全ては、グレイド様のためにあるの……」
すると、桃髪の女は裂けるような笑みを浮かべた。その赤い瞳には光が無く、正気とは思えない程の狂気を感じられた。
「…!?」
そこでレイスは、初めて桃髪の女の事をただ者ではないと感じた。
「え…?な、何……?」
フィーリアは、突然の事で少し戸惑っていた。だが、それも一瞬。次の瞬間には、桃髪の女から爆発的な波動の高まりを感じた。
「!?」
そしてフィーリアも、女の力に気付いた。
「嘘…!?波動使いの波動の流れは全く感じなかった…!それなのに、どうして……!?」
彼女は、あまりにも突然の事で女に対する警戒が遅れる。
「うわっ!?」
「ぎゃっ!?」
高められた波動は、他の乗客を押しやり、彼らは車両の壁にぎゅうぎゅうに押し付けられる形となった。結果、レイスたちの周りに円状の空白が生まれることになる。
「ハハハハハハハハッ!!!グレイド様!!見ててくださいね!!私の勇姿を!!!」
桃髪の女は、クレア。レイスらとの面識は無い。故に、彼らは彼女が敵であると見抜けなかった。
クレアは、両手に波動を込める。ギラギラと燃えるような波動だ。そして、その高まり方は異常であった。
「皆、死になさいっ!!!!!」
そして、クレアの波動は、臨界点を迎えた。
「フィーリア!!危ないっ!!」
「……っあ!!」
レイスは、咄嗟にフィーリアの腕を引っ張り、胸の内に寄せる。そして、波動を全身に全力で込めて、クレアに背を向ける。フィーリアを庇う形となっていた。
辺りが閃光に包まれる。
そして、車両は大爆発を起こした。
電車は、トンネルの中を走っていた。だが、大爆発により、車両は全壊。真っ暗なはずのトンネルは、メラメラと燃える炎の明かりによって内部が見える。もっとも、凄惨な光景なのでとても見られたものではない。
「ぅ……」
フィーリアは、ほんの少しだけ気を失っていた。彼らは、爆発によって見るも無惨な光景となった電車がある位置からは、少し離れた所に吹き飛ばされていた。
そして、フィーリアは自身の上に何かが覆いかぶさっているのを感じる。そして、自身の左腕が、何かべっとりとしたものを塗りたくられたような不快な感覚に見舞われていることにも気づく。
自身に目立った傷はない。せいぜいかすり傷程度で、身体を動かすのには全く問題が無い。
だが、今自分の上には、何があるのか…。
「……え」
思考が止まる。目の前の状況を脳が理解するのに、遅れが生じている。
だが、程なくして現在の状況と脳の理解とが一致した。
今、フィーリアの上に覆いかぶさっているもの。それは、他ならぬレイスであった。
彼女の左腕が感じ取った不快な感覚。それは、血のべたついた感覚であった。
そして、大量の血が、怪我もしていないフィーリアに付着している理由。それは、その血が彼女のものではなく、レイスのものであったからだ。
そして、彼が血を流している理由。それは…彼が、右腕を失っていたからだ。
フィーリアの上に横たわるレイス。彼には、右腕が無かった。
彼女は思い出した。クレアが爆発を引き起こした時に、呆気にとられて波動で身を守れなかった事を。
そして、レイスがそんな自分を庇い、代わりに防御した事を。
「あ……あぁ………」
彼女の震えた声は、誰にも届かなかった。