「ねぇ、おじい様!」
「────や、どうした?」
粉雪がパラパラと降る冬ある日。黒髪の少女と老人が、縁側に座っていた。老人は白髪だが、どこか若々しい印象を感じさせる。
「私、おじい様の誕生日にマフラーを編んだの」
「ワシの為に?それは嬉しいのぉ」
老人は茶を飲むと、少女の方を見て微笑んだ。
「上手く編めたか分からないけど、巻いてくれたらうれしいな…」
少女は、手にマフラーを持ち、それを老人に手渡した。マフラーは青い糸で編まれていて、所々ぎこちない編まれ方とはなっていたが、一生懸命に編まれた事が分かる物であった。
「ホホホ、ありがとう。大事に使わしてもらうとするかのう」
老人は早速、マフラーを首に巻いた。少女は、老人に礼を言われた事が嬉しく、柔らかい笑みを浮かべる。
「おじい様、今年で130歳なんでしょ?」
「そうじゃのぉ……早いものじゃな」
「いつまでも長生きしてね、おじい様!」
「ホホ。お主も、もうじき18になるのう。ここに来たときはまだ子供じゃったのに、随分と綺麗になったものじゃ」
「もう…おじい様やめて。恥ずかしいわ……」
「ホホホ……」
「……ん」
夢は覚め、女は目をゆっくりと開いた。辺りは薄暗いが、眩しい光も同時に感じる。女は、映画館の中にいた。上映中に眠っていたのだ。
あまり人気のない映画なのか、観客は10人程であった。他の観客にも、あくびをしていたり、居眠りをしている者がいる。
「夢……だったのね……」
女は、どこか切なげな表情であった。
「よお、お目覚めか?」
女が隣の席を見ると、黒紫色の髪の男・ザークが座っていた。
「いい夢でも見ていたのか?なんか嬉しそうな顔だったぜ」
「……あなたに寝顔を見られるなんて、最低だわ」
「ハハッ!お気に召さなかったか?」
女は、ザークに対して敵意をむき出しにしていた。彼を少し睨むと、すぐに彼から視線を外し、スクリーンの方に目を向けた。
「今更映画を観てどうするんだよ?寝てたんだから内容なんて分からねぇだろ」
「あなたの顔を見るよりは遥かに良いわ」
「嫌われてるねぇ…。少し悲しいぜ」
言葉とは裏腹に、ザークはニヤリと笑みを浮かべている。
「黙りなさい。あなたとはこれっぽっちも口をききたくないの」
「そうか?じゃあ一方的に話しかけるとするか」
女は、ザークを無視してスクリーンを眺めたままだ。
「グレイド・メイヤーの最後の部下だが、派手に暴れたようだな。死者数は3000超え……クククッ、災害レベルだな」
「……」
女は、その話を聞くと眉間にしわを寄せた。
「とは言っても、所詮は凡人だ。才能の原石には勝てなかったなぁ。凡人の一生は天才の一瞬に敵わねぇ、お前ならよく分かるだろ?」
「……何が言いたいの」
「口はききたくないんじゃねぇのか?……続きだ。あいつらにはこれから場数を踏んでもらう。既に殺し屋2人を雇い、仕向けた。うまくいけば、眠っている
「……」
女は、険しい表情を浮かべていた。
「オイオイ、そんなに怒るなって。死にはしねぇよ。死なれたら俺も困るんでね。テオの方はどうなるか分からんがな」
「……最低ね」
「ククッ…そいつはどうも……」
そう言うと、ザークもスクリーンの方に目を向け始めた。スクリーンには、父親と思われる男性が包丁を握り、とても複雑な顔で息子と思われる幼い子供に近付くシーンが映っていた。
映画で、父親と子供は頭のおかしい男に軟禁された。そして、父親は決断を迫られる。自分が死ぬか、子供を殺して自分は生き延びるか。現在のシーンは、その決断が下される直前のシーンだ。
「この映画の結末、知ってるか?最後、父親はガキを殺すんだよ。包丁で滅多刺しにしてな……。ククッ、最低の親だろ?」
「………っ」
女は席をバッと立ち上がり、そのままシアターから出て行ってしまった。
「あーあ。行っちまったよ……」
映画館はショッピングモールの中にあった。3階建てのショッピングモールで、広さはかなりある。平日で、時刻は昼頃だが、人の数もそれなりにあった。映画館を出た女は、エスカレーターに乗って、そのままモールを出ようとしていた。
だが、1階の方で悲鳴が聞こえた。エスカレーターに乗りながら、女は悲鳴がした方を見る。人々が上を向いていたので女も上を向いた。
すると、何故かは分からないがガラス天井の一部が崩れ、1階に破片が落ちる所であった。人々は逃げ惑うが、落下先には幼い男の子がいた。腰が抜けたのか、動けないでいる。
「……!」
女はそれを見ると、エスカレーターから飛び降り、素早く男の子の方へと向かっていった。
そして、破片が男の子に降り注ぐ直前に、男の子を抱えてそれを免れる。
「え…?え……」
男の子は、何があったのか分からない様子で、キョロキョロと首を振っていた。
「危なかった……大丈夫?怪我はない?」
女は優しい声で男の子に問いかけた。
「あ…う、うん。どこもいたくないよ…」
「そう…。良かった」
すると、男の子の母親が駆け寄ってきた。女は男の子から腕を放し、男の子は母親へと走っていく。
「ありがとうございます……ありがとうございます……!」
母親は頭を深々と下げ、女に例を言った。
しばらくすると、係員がやって来てガラスの処理が行われる事となった。
「ありがとう、おねえさん!」
男の子は、女に手を振りながら、その場から離れていった。女もそれに応じながら、手を振った。柔和な笑みを浮かべていた。
「ほお……良い事してやったな」
「……」
女の顔は、その声を聞くとすぐに険しくなっていった。女の後ろには、邪な微笑みを浮かべるザークがいた。
「優しいじゃねぇか。ガキを助けてやるなんてよ」
「…白々しいわね。自分でやったくせに」
ザークはニタニタと笑いながら、女の肩に手を置いた。
「その優しさを、あいつらにも分けてやれれば良かったのになぁ?同じ命なんだぜ?」
「……っ」
女はザークの手を振り払い、歩き始めた。
「……そうだ、あのガキと女を嬲」
ザークがそこまで言うと、女は振り返ってザークをこれでもかと睨みつけた。その表情からは、どこか必死であるかのような印象も見受けられる。並の使い手ならば、身動きが取れなくなる程の気迫であった。
「怖い怖い……。まぁ、今日は
「……」
女の睨みを軽く受け流し、ザークはその場から消えた。
「……おじい様……グレン………!」
その場に残された女の表情は、悲しげなものであった。
「昨日、パキンスタ共和国のメレルシティにて起きた爆発事故で、パキンスタ警察当局は、死傷者数・行方不明者数の合計は、現時点で3000人を超えるとの発表をしました。今後の………」
交差点の大型ビジョンに、アナウンサーがクレアによる爆破の報道が映し出されている。
「……ほう。パキンスタか」
それを見ている男は、グレイド・メイヤー。不敵に笑いながら、人混みの中に姿を消していった。
どこかのビルのオフィス。若い男2人が、デスクに座って話をしている。
「先輩、聞きましたか?昨日の爆破事故。結構近くじゃないですか。俺、今日の出勤凄く怖かったですよ」
金髪の男が、少し困った顔で語っている。
「ええ。まさかあのような悲惨な事故が起きるとは、思ってもいませんでしたよ」
そう答えるのは、黒髪に眼鏡をかけたスーツの若い男。顔立ちは整っていて、体格も良い。若いはずなのに、どこか達観したような落ち着いた雰囲気が感じられる。
「じゃあ俺、先帰ります。お疲れ様でした」
「はい。気をつけて帰ってください。私は残りの仕事を済ませます」
金髪の男は、そう言うと荷物を持ち、オフィスから出て行った。
「………あれは事故ではない。波動使いによるものだ」
黒髪の男は、手を組み、そこに顎を乗せる。目の前のパソコンには、爆破事故についてのネット記事が表示されている。
「
「……私は、波動の世界からは抜け出せないというのか」
男は、神妙な面持ちで、画面を眺めるのであった。