11月27日23時31分。
非道の波動使い・クレアとの死闘を終えたレイス、テオ、フィーリアは、一人残したリリィのもとへ戻った。
「リリィ」
「レイくん!」
リリィは、不安げであった表情から一変、レイスを見ると明るい表情になった。
だが、後ろにいる血だらけのテオとフィーリアを見て、彼女の表情は再び曇った。
「テオ君、フィーリアさん!?その怪我……」
「致命傷ではない。だが、あまり軽いものでもない。後で治してはくれないか」
「う、うん…それは勿論だけど……」
なんともやりきれない表情を浮かべる。
「鉄道の爆発のせいで、軽いパニック状態になってるわね。どの道、今日はあまり身動きも取れなさそうだから、どこかに泊まりましょう」
「でも、また波動使いが襲ってきたら、無関係の人たちまで巻き込むことになるんじゃないか?」
「……そうね。とりあえず、この駅からは出ましょう。どこか落ち着いた所で傷を治してから、後のことを考えた方がいい」
彼らは駅を出ると、街のどこかの裏路地へと入っていった。クレアによる爆破で、あちこちで火災が発生しており、パトカーや消防車、救急車が忙しなく走っている。
「レイくん、これって……」
「……」
「まさか、あの女の人が……?」
「……あいつは、破壊を楽しんでいるようだった。結局、どこに行ったのか分からないままだわ」
「!?じゃあ、また……」
「それは恐らくない。奴は凄まじい波動を使った反動で、しばらくはまともに波動…いや、闘うことすら出来ないだろう。トドメは刺せなかったが、奴による被害は一応食い止められた」
トドメを刺す、という物騒な単語にリリィは一瞬寒気を感じた。
「かく言う俺も、奴と闘っている際に自らに条件を課した。明日丸一日は、波動を操る事が出来ない」
「テオ君も……?」
そして、人通りが完全に途絶えた場所まで来られたので、彼らは立ち止まった。
「リリィ、2人を治せるか?」
「うん…」
リリィは、テオの身体に手を当て、治って欲しいと心で念じる。すると、テオの身体が光り輝き、彼の傷は消えていた。
「フィーリアさんも」
「ええ」
次に、フィーリアの身体に手を当て、心で念じる。フィーリアも同様に腕の傷が治っていた。
リリィは、本日で3度目の能力使用である。フィーリアの治療が終わると同時に、力無く地面に座り込んだ。レイスは素早くリリィに駆け寄り、彼女に肩を貸した。
「大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫だよ…。ちょっと疲れたみたい」
「失われた腕を治す程の凄まじい治癒能力。だが、そう何度も使えないらしいな」
「そうみたい…。1日3回が限界って感じかも」
リリィは小さい声でそう答えた。表情からも、疲労がよく分かる。
「今後の事を話しておく。あの女は、俺たちの事を狙っていた。つまり、敵の波動使いは、俺たちの動向をよく知っている」
「あいつ、グレイドの名前を呼んでいたから、グレイドの部下だったと思う」
レイスは、クレアが爆破の寸前に言っていた事を思い出した。
「グレイドの部下か。ならば、グレイドも俺たちがパキンスタにいる事を知っていてる、と考えるべきだろう。今回の事で、奴らが民間人の被害を全く厭わない事も分かった。だから、これからゼクトさんと合流するまでは、交通機関の使用は止める。極力人の多い所は避ける必要がある」
「ねぇ、グレイドってさっき言っていた、波動使い殺しの集団のボスの事?」
フィーリアは、グレイドの名前をレイスらのこれまでの動向を聞く際に、少しだけ耳にしていた。
「そうだ。俺たちはグレイドに完膚なきまでに敗れた。奴の実力は桁外れだ。奴との遭遇は、絶対に避けねばならない」
「成る程ね…。今は、グレイドの部下が、私たちを狙っているのね。………グレイドって、まさか」
「……それだけではないかもしれない」
「え?」
フィーリアがテオを見る。神妙な面持ちであった。レイスも見てみると、彼もまた何とも言えない表情を浮かべている。
「……実は、ザークっていう波動使いも、俺たちに接触してきたんだ。あいつも、グレイドぐらいのレベルだと思う。ザークは、俺たちがパキンスタに来る事も知っていたし、他にも俺たちの事を知ってるようだった」
「え……それって、どういう…」
「レイくん、ザークって…?」
「お前に俺たちを治すように言ってきた男だ」
リリィの問いかけに、テオが代わりに答える。
「奴はどういう訳か、グレイドから俺たちを助け出し、リリィの元まで運んだ。そして、リリィが波動使いになる切っ掛けを与えたんだ。パキンスタに行くまでは、俺たちに死なれては困るとも言っていた。目的が全く不明で、どう対処すれば良いか分からない」
リリィは、自身に波動を教えた黒紫色の髪の男を思い出した。ザークの名前を知るのは初めてであった。
レイスやテオの事を何故か知っている。だが、リリィは他にも心当たりがあった。ザークは、彼女の事も知っていた。彼女がレイスに密かに想いを寄せている事も、全くの初対面の筈なのに知っていたのだ。勿論、その事をこの場で話すつもりは無いが。
「ザークね……聞いた事は無いけど、それ程の実力者がそんなにいるなんてね。でも、あなたたちを助けたんでしょ?完全な敵なの?」
「それは…」
パキンスタにリリィを連れて行かなければ、彼女を殺す。ザークがそう告げた事は、リリィの手前で話す事は出来なかった。
「奴は味方ではない。それだけは確実だ。だが、グレイドとは違い、積極的に俺たちを狙う存在でも無いと言える。今は、グレイドたちに注意した方が良いだろう」
「何やら複雑なようね。でも、今後の方針は分かったわ。常に尾行や監視には警戒しましょう」
人との関わりは極力避ける。とは言え、全く避ける事は出来ないし、衣食住の確保は必要であった。
彼らはメレルシティから30分程歩き、人気の無い、小さいホテルを見つけたので、そこで宿泊する事にした。
日付は既に変わり、11月28日の午前0時47分であった。
「4人部屋はありますか?」
「4人部屋は……1部屋だけ空いていました」
「では、そこでお願いします」
テオはフロントでルームキーを受け取ると、3人を連れて宿泊部屋へと向かった。
宿泊部屋は、205号室。部屋に入ると、狭く短い廊下があった。そこを通り抜けると、あまり広くはない部屋に4つのベッドが並べられていた。かなりぎちぎちで、ベッド間の間隔はほぼ無いに等しい。
「狭いわね…。でも、しょうがないか」
「明日は、ここで丸一日休息を摂る。明後日、俺の波動が元に戻った時に出発し、シーラへと向かう。今日は、ゆっくりと休むんだ」
「うん、分かったよ……」
「ねぇ、シャワー浴びて良いかしら…?」
「俺も浴びたいな…」
「ああ。交代で浴びるとしよう」
レイスはテレビをつけた。この時間だが、ニュースはまだやっていた。
「メレルシティにて発生した爆発事故で、警察は…」
アナウンサーがそう語り始めた所で、レイスはテレビを切った。リリィの顔を見ると、暗い表情で俯いていた。テオもフィーリアも、あまり良い顔はしていない。
この手の情報を彼女に知らせるべきではないと思った。
シャワーには、フィーリア、リリィ、レイス、テオの順で入る事になった。
「じゃあ、先に入るわね…」
「うん」
「ゆっくりしていいからな」
「ありがとう」
3人は待ち時間、疲れていたのでベッドで横になる事にした。普段、表情にあまり変化の無いテオですら、疲れがはっきりと分かる顔であった。
「…私、何も起こらなければ良いな、って思ってたの」
ふと、リリィが語り始めた。
「フィーリアさんも加わって、仲間も増えて……このまま順調に行けるって、心の中では思ってたんだ」
「……」
2人は、何も言わない。
「それが、電車の中で、無関係の人まで巻き込んで、こんな事になるなんて………!」
リリィは布団をギュッと握りしめる。いつのまにか、彼女の目からは涙が流れていた。
「酷すぎるよ……!あんな…あんなに人を殺すなんて……!」
彼女の心は、既に限界であった。元々、穏やかで心優しい性格だ。目の前で人が何人も死ぬのを見て、心が何度も何度も抉られる気分であった。
「…………」
レイスもテオも、かけてやる言葉は無かった。何を言った所で、今の彼女には気休めにもならない。
リリィは、自身が危険に晒される事自体には、ある程度覚悟が出来ていた。実際に命懸けで闘うレイスとテオを見て、どこか励まされていた。
だが、これは違う。敵の波動使いが、自分たちを狙うついでに大量殺人を行う事については、全く考えていなかった。彼女に非は全く無いが、言い様のない罪悪感のようなものも感じていた。
「これからも……あんなことにっ……なるのかな…?」
「……させないさ」
レイスははっきりと言った。気休めでも何でもない、彼の純粋な意志であった。
「リリィ、お前は優しい心を持っている。だから、現状は辛く思えるだろう。…だが、はっきりと言うと、このような事態も覚悟しておく必要がある。敵は、それ程までに凶悪だ」
「うぅ……」
リリィはただ、どうする事もできない無力感や不安感に涙を流す事しか出来なかった。
「次、リリィ。入って良いわよ…」
フィーリアは浴室から出て、ベッドへと歩いて行った。バスローブを身に纏っており、顔はまだ少し赤い。
「うん…入るね」
そして、リリィが入れ替わりに浴室へ向かう。扉を閉める音がすると、少ししてシャワーが流れる音が聞こえた。
「フィーリア、ちょっと…」
レイスが、手を上下に動かす仕草で、小声でフィーリアを呼んだ。
フィーリアは浴室の方を少し見ると、レイスの近くへ寄った。
「…どうしたの?リリィには聞かれたくない事なの?」
「…うん。ザークの事、もう少し詳しく話しておきたいんだ」
「何かしら」
フィーリアは自身のベッドに腰掛ける。
「実は、ザークの波動は、物凄く不気味で、暗い感じだったんだ。雰囲気があるとか、そういうレベルじゃなくて…。グレイドの波動は、光り輝く波動だったらしい。フィーリア、何か知ってないか?」
「暗い感じの波動……光り輝く波動………まさか」
フィーリアの目が見開かれた。
「何か知っているのか」
テオも、2人の近くまで寄った。
「私は実際に見た事は無いんだけどね。昔、お母様から聞いた事があるの。波動使いには、極稀に普通の波動使いとは異質の波動を持つ者がいるって。それが、『光の波動』と『闇の波動』」
「光と……闇」
「血統とか才能は関係無くて、精神が大きく関わっているみたいなの。光の波動は、決して揺るがない強い意志を持つ者が発して、闇の波動はこれ以上になく強い負の感情を持つ者が発する。光とは言っても、別に善の心である必要は無いって言っていたわ。グレイドがまさにそれね」
「なるほど……」
「光の波動と闇の波動、この性質を帯びると、波動が強力になる、という事はあるのか」
「多分、あると思う。あまりはっきり言えなくてごめんなさい。光の波動使いも闇の波動使いも、本当に珍しい存在みたいなの。だから、詳しい事は私にもよく分からない。私の知ってる御三家の人間には、そのどちらもいなかったわ。……でも」
「でも?」
フィーリアは、少し考えるような仕草を見せ、続けた。
「グレイドって名前、思い出したわ。グレイドって、多分『グレイド・メイヤー』だと思う」
「グレイド……メイヤー?」
レイスもテオも、不思議そうな顔をしている。
「御三家は名前の通り3つの家に分かれているの。私の『ゼルフォード家』、これから会いに行くゼクトさんの『レギレウス家』、そして『メイヤー家』。メイヤー家にグレイドって人がいたのを思い出したの」
「茶髪で、背の高い男か?」
「……小さい頃に写真で少し見たぐらいだから確実じゃないけど、多分合ってる。その時、まだグレイドは10代…それも12歳ぐらいだったけど、当時から背は高かったと思うわ」
「グレイドが、御三家の……」
「メイヤー家は、レギレウス家よりも厳格な家風で、メイヤー家こそが波動使いの頂点、って感じの家なの。完全実力主義で、強い者が全てを制する。グレイド・メイヤーは、当時の次期当主と見なされる程の使い手と言われていたわ。しかも、末っ子なの」
「末弟で次期当主か……」
「でも、メイヤー家とは7年ぐらい前に、急に連絡が取れなくなったの。時世が時世ってのもあるかと思ったけど、完全に連絡が取れないなんておかしい。何かがメイヤー家にあったんだわ」
「……もしかして、波動使い殺しに全員……ってことは」
「………あり得なくはないわね。むしろ、可能性としては高いと思う。でも、グレイドだけは生きている。光の波動使いって事も考えると、本当に闘ったらまずい相手よ」
「…闇の波動使いのザークについては、心当たりは無いか?」
「……ごめんなさい。ザークについては分からないわ。でも、闇の波動使いで、グレイドレベル……そのザークが波動使い殺しという可能性も考えられるわね」
「ザークが……」
「ザークが波動使い殺しにしろ、そうでないにしろ、奴は俺たちに大きく関わる目的を持っている事になる。俺たちの行動全てが、奴の思い通り、という可能性も……」
「………」
場の空気は重くなった。良い方向に思考が巡る事は無かった。
「……グレイドはともかく、ザークについては単なる憶測に過ぎないわ。でも、味方じゃなさそうな事は分かった。一刻も早く、ゼクトさんと合流しましょう」
フィーリアが纏めたことで、負の思考の連鎖は一旦は断ち切られた。リリィが聞いていたら、不安感が一層強まってしまっていただろう。シャワーの音でレイスたちの話は聞こえていないので、そこだけは良かったと言うべきか。
光の波動と闇の波動。後に彼らは、これらを身に纏う強力な敵と相対する事になるが、それはまだ先の話である。
その後、リリィがシャワーを終えて、レイス、テオと浴びていった。レイスが浴びる頃には、フィーリアとリリィは既に布団を被り、眠っていた。レイスもシャワーを終えると、疲れがどっと押し寄せてきて、すぐさま床に就いた。
翌朝。11月28日の午前10時7分。彼らは泥のように眠り、10時を越して目覚めることになった。
ホテルでは食事は提供されない。彼らは、ホテルからすぐ近くにあるレストランに向かっていた。
「よく寝たね……」
「今の俺たちは、極力疲労を残すべきではない。眠るときは、眠った方が良い」
定食屋に入ると、他の客は見当たらなかった。カウンター席とテーブル席があったが、彼らはテーブル席に座った。
「ここに来るまでに波動使いは見当たらなかったわね。まだ私たちがここにいる事は分かってないと思う」
「良かった。今攻められたら、結構キツいからな。出来ればもう何も起きないで欲しいけど…」
「…」
リリィは俯いている。闘う事が前提となっている話に、心搔き暗されていた。
その後は、特に何事もなく食事を済ませ、ホテルへと戻った。昨日の物騒さが嘘のような、平穏な時間であった。無論、彼らの胸中は穏やかではなかったが。
部屋に戻ると、特にやる事も無いので各々ベッドに横になっていた。
「そういえばさ」
ふと、レイスが口を開いた。
「どうしたの?」
「フィーリアはどんな能力を使えるんだ?」
レイスは、フィーリアの波動能力を見ていなかった。
「俺は、電気を操る事が出来るんだけど」
「そういえば、レイスは知らなかったわね。私は、冷気。冷気を操る波動能力なの。冷気と言うか、氷の能力、って言って良いわね。ゼルフォード家では、代々この氷の波動能力を伝授しているわ」
「代々……そんな事もあるんだ」
「他の御三家には、そういう伝統的な能力は無いみたいなんだけどね。あっても、数代で終わりとか。お兄様……兄も、氷の波動能力者だったわ。私よりも、ずっと強かったけど…」
フィーリアの表情が、少し暗く見えた。
「…俺、ちょっと安心したんだ」
「え?」
レイスの言葉に、フィーリアは顔を上げた。
「この国に来て、急に波動使いに襲われて。でも、仲間が一人増えたから、心強かった。俺たちの為に命を懸けるって言ってくれた事、嬉しかったよ」
レイスの純粋な感謝の念が告げられた。フィーリアはそれを聞くと、何だかむず痒い気持ちになりつつも、嬉しく思った。
「…お礼を言うのは私の方よ。あの時、あなたが助けてくれなかったら、私は死んでた。あなたに助けられたのよ、ありがとう」
一時の平穏、一時の静けさ。
彼らの心は、まだ温もりを覚えていた。