修羅の覇道   作:せご曇(せごどん)

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The Gambler①

リリィが、フィーリアの兄に攫われてしまった。

 

あまりにも突然の事で、レイスもフィーリアも、そしてテオでさえ理解が追いつかなかった。

 

そして、リリィを追うべく跳んだ矢先、謎の乱入者によって蹴り飛ばされ、レイスは今、住宅街に吹っ飛ばされた。建物の一部を貫通し、彼の側には瓦礫が転がっている。

 

「くぅ……何なんだ、今のは……!」

 

ダメージ自体は、それ程のものではない。だが、依然として何が起きたのかは分からない。彼の頭は増々混乱していた。

 

「!!今の音……」

 

彼から少し離れたところで、何かが地面に激突する音が聞こえた。

 

「何が起きてるんだよ……!」

 

 

 

「うーん、あんましダメージになってねぇな」

 

オレンジ髪の男が、レイスを見下ろしている。男の名は、セブンス・ラック。レイスとフィーリアの両者を、住宅街まで吹っ飛ばした張本人だ。

 

「にしてもあのガキ、中々やるなぁ。まだまだ伸び代あるって感じだ」

 

セブンスは、レイスの波動を見て、彼に眠る才能を感じ取る。

 

「それだけに……ここで終わるってのは残念だなぁ。ま、恨むなら、てめぇの不幸を恨んでくれや……」

 

セブンスは靴を整えると、その場から姿を消した。

 

 

 

「うぅ……何なの、今のは……?」

 

地上に激突したフィーリアもまた、混乱していた。突然、行方不明であった兄が目の前に現れた。そしてその兄が、何故かリリィを連れて行ってしまった。

 

もう訳が分からなかった。その最中、正体不明の男が乱入。当然、まともに対処する事は出来ず、男に投げ飛ばされてしまった。

 

「!!レイスは!?テオは!?」

 

2人と離れ離れになってしまった。詳しい事はまるで分からなかったが、フィーリアは自身の置かれた状況の悪さを悟る。

 

「近くにいるのは……レイス!まずは彼と合流しなきゃ…!」

 

そして、彼女はレイスのもとへと駆けていった。

 

 

 

「よぉ、レイス・リヒトワール君?」

 

「!?」

 

レイスが顔を上げると、目の前にはセブンスが立っていた。

 

「誰だお前は!?」

 

レイスは警戒心を隠さずに、怒鳴りつけるように叫んだ。

 

「そうだなぁ……俺は“The Gambler”……セブンス・ラックってんだ。宜しくな……とは言っても、短い付き合いになるがねぇ」

 

セブンスはタバコを取り出すと、マッチに火を点けて先端に灯した。

 

「ここ、禁煙区域だっけか?まぁ、やんちゃしといて今更だよなぁ」

 

セブンスは、自身の蹴りによって破壊された、住宅街の一部分を見てそう呟く。

 

「お前は誰だって聞いてんだよ!!!」

 

訳の分からない状況に苛立っているのか、セブンスの飄々とした態度に苛立っているのか、レイスの声は荒々しかった。

 

「んん……俺はなぁ」

 

タバコを口から離し、煙を吐く。白い煙は、すぐに見えなくなっていった。

 

「殺し屋だよ」

 

「!?」

 

「ハッ!」

 

セブンスはその場から、凄まじい瞬発力でバンチを放った。レイスの顔面を狙った、ストレートパンチだ。

 

レイスは首を傾け、紙一重でその突きを避けた。彼の背後にある壁は、今の一撃でバラバラに崩れてしまった。

 

「反射神経も悪くねぇ」

 

セブンスは次に、回し蹴りを放った。これをレイスは腕で弾く事でガード。まだまだセブンスの攻撃は続き、突き、蹴り、肘打ち等、肉弾戦を仕掛けた。

 

レイスはこれらをガードし、捌いていた。だが、波動でしっかりと防御しても、中々に響く攻撃であった。そこでレイスは、目の前の男・セブンスの力量を悟る。

 

「こいつ……強い!」

 

レイスの額から汗が流れ落ちる。

 

「それ!」

 

セブンスの強い踏み込みからの、勢いのある回し蹴り。レイスはこれを両腕で抱えるようにして抑え込んだ。

 

「ほお!」

 

そして、レイスは波動を放った。火花散らす、眩い電光である。電流は、セブンスの肉体を迸った。

 

「これは…!電気か!」

 

セブンスが脚を戻そうと力を込めるが、レイスも負けじと力を込めるので、中々に引き離せない。

 

「くぅ〜…きくぜ…!」

 

「俺はお前と闘う気は無い!!俺たちから手を引いてくれ!このままだとリリィが!」

 

「リリィ・テルヌーラか?」

 

「!?どうしてそれを…!」

 

レイスが驚いた事で、僅かに力が緩んだ。その隙をセブンスは見逃さず、残された足でレイスの顔を蹴った。踵蹴りである。それにより、レイスは再び吹っ飛ばされた。壁に激突し、土煙が立ち込める。

 

「ターゲットの周辺情報は、ある程度知らされてんのよ。まぁ、リリィはターゲットじゃねぇけどな」

 

「レイス!!」

 

セブンスが声のした方向を見ると、そこにはフィーリアがいた。瓦礫に埋もれるレイスを見て、驚いた顔をしている。

 

「やぁ、お嬢ちゃん。怪我は無かったか?」

 

セブンスはニカッと笑ってみせるが、フィーリアはそのセブンスを見て、すぐに敵だと判断した。氷の能力をナイフのように形取り、セブンスに切り掛かる。

 

「氷か!にしても、お嬢ちゃんべっぴんさんだな!良い嫁さんになるぜ?」

 

「ふざけないで!あなたの相手をしている暇は…!」

 

フィーリアによる攻撃は鋭かった。だが、セブンスはこれらを紙一重で避け、いなしていく。

 

だが、そのセブンスの動きが止まった。いや、止められた。彼の足もとがカチコチに凍らされたのだ。

 

「うおっ!?」

 

「はぁっ!!」

 

動けなくなったセブンスに、瓦礫から飛び出したレイスが電気の込もったパンチを喰らわせた。顔面にクリーンヒット、かなりの威力である。

 

「ぐわぁ!!」

 

セブンスは道路沿いに遠くまで吹っ飛ばされた。

 

「今のうちに、行きましょう!」

 

「ああ!」

 

セブンスが動けないでいる今がチャンスだと思い、レイスとフィーリアはその場を離れようとした。

 

 

「オイオイ、そりゃあないだろ?」

 

「!!」

 

吹っ飛ばされたセブンスは、すぐに起き上がった。

 

「クソっ!」

 

「何なの、あの男は…!」

 

セブンスはレイスたちの方へと駆けて行った。レイスもフィーリアも、それから逃れるべく走り出し、彼らは住宅街を抜けて川沿いの広い原っぱに行き着いた。

 

「レイス、あいつは…」

 

「殺し屋だって言ってた……誰かが俺たちに仕向けたんだ」

 

「…!」

 

「そういうこった」

 

不敵に笑うセブンス。レイスにもフィーリアにも、時間は無い。目の前の男を倒さなければ、リリィは追えない。そう判断した彼らは、早速次の行動に出た。

 

(こいつが何者で、誰が雇ったかなんて今はどうでもいい!今は…)

 

(リリィを連れ戻すことが先決よ!)

 

2人は別方向からの攻撃を図った。

 

「良いねぇ。若いヤツは血気盛んなぐらいが調度良い!」

 

フィーリアはまたも地面を凍らせようとするが、セブンスはそれを察知し、その場から跳んだ。それを見越したレイスは既に上空におり、電気を込めた踵落としを放つ。

 

セブンスはそれを両手を交差させて防御するも、勢いを殺し切れずに地上へと落とされる。地上のフィーリアは、既に氷の刃をいくつか作り出し、宙に展開しており、それをセブンスに集中して浴びせた。

 

「お!」

 

氷柱のような刃。直撃すればただでは済まない。

だが、セブンスはそれを全身に波動を纏い、防御した。

氷は弾かれ、深いダメージは負っていないように見えるが、セブンスの額から少し血が流れていた。

 

「今のはちょっと痛かったぜ?」

 

だが、彼に休む暇は与えられなかった。レイスは地上へと落ちながら、右手に強い電気の波動を込めており、バチバチと火花を散らしていた。

 

着地と同時に強く地を踏み込み、バネのように飛び立つ。

 

「…!」

 

そのスピードは凄まじく、セブンスは反応が遅れてしまった。

電光により輝くレイスの右腕は、目にも止まらぬ速さでセブンスの顔面を捉えた。

 

(ここらが潮時か………)

 

(捉えた!これで終わりだ……!!!)

 

レイスは、直撃を確信した。それ程までに、素早いパンチだった。当たれば、間違いなく気を失う。

 

そして、レイスの渾身の一撃が放たれた。

 

 

 

「おっと!!」

 

だが、それがセブンスに当たる事はなかった。

 

「…!?」

 

彼の高速の突きは、セブンスが首を傾けた事で、空を突く結果に終わった。

 

「ボディががら空きだ」

 

溜めの一撃。それを外したレイスは、動揺と反動により、セブンスへの反応が遅れてしまう。セブンスのアッパーが、レイスの鳩尾を鋭く殴り上げた。

 

「がっ!?」

 

薄手の防御に鋭い一撃。レイスは血を吐いた。そのレイスに、追撃が加えられる。セブンスは、張り手のように、波動を込めた手を突き出し、レイスの顔面に打ち付けた。それにより、レイスは川にまで吹っ飛ばされ、ザバンと音を立てて水へ落ちていった。

 

「レイス!?」

 

今のレイスの一撃で、完全に終わりだと思っていたフィーリアもまた、動揺を隠せずにいた。

 

「今のは危なかった。いやぁ…俺は実に運が良い」

 

「くっ…!」

 

セブンスを睨み付ける。彼はヘラヘラと笑っていた。

 

「それに……あぁ、俺はなんて運が良いんだ…こんな偶然あるか?」

 

「何を……言ってるの?」

 

フィーリアは怪訝な表情でセブンスを見つめる。

 

「同じ構え、同じ動き、同じ能力……。お前はターゲットじゃなかったが、予定変更だ。お前も殺る事にしたぜ」

 

セブンスは再び、タバコを取り出し、火を点けた。

 

「確か……7年前だったか?氷の波動能力を使う女を殺ったんだ、仕事でなぁ」

 

口から白い煙を吐き、ニヤニヤと笑う。

 

「あいつの動き、あいつの能力。お前によく似ていたよ」

 

「…!?」

 

フィーリアの顔が強張っていく。

 

「あの女、強かったなぁ…。ゼルフォードの女だった……分家筋だったがな」

 

「……まさか!?」

 

セブンスの言葉が、フィーリアの脳裏にある記憶を呼び起こした。思い出したくない、あの出来事の記憶を。

 

 

 

 

「フィーリア、辛いのは分かるけど、気を落としてはダメ…。あなたがしっかりして、姉様を助けないと」

 

7年前、フィーリアの叔母が殺害された。当主にしてフィーリアの母である、ソフィア=ゼルフォードの歳の離れた妹、ソニア=ゼルフォードである。当時は、波動使い殺しによる殺しも疑われたが、結局真相は分からず仕舞いだった。

 

ソニアは、フィーリアの兄が家を出て行った後、弱々しくなったソフィアに代わり、フィーリアに波動の稽古をつけていた。同居していた訳では無いが、彼女に相伝の氷の波動能力を含め、様々な事を教えた。

 

兄の出奔によって、フィーリア自身も落ち込んでいた。そんな彼女を、ソニアは勇気づけようとした。辛い彼女に寄り添ってくれた。そんなソニアは、フィーリアの姉ような存在であった。

 

 

 

「お前が……お前が叔母様を!!」

 

「やはり、お前、ゼルフォード家の女だったようだな。その面、あいつの面影がある。……でも、強さの方は、あちらに数段劣るかな」

 

ケラケラと笑いながら、タバコを靴で踏み潰した。

 

「死ぬ間際に、誰かの名前を呟いていたな。えぇと、確か……『フィーリア』だったか?」

 

「………っ!!」

 

フィーリアは、髪が逆立つかのような激しい怒りに震えた。

 

「許さない………許さないっ!!!」

 

「おっ?」

 

フィーリアの波動が高まった。怒りにより、通常時よりも鋭く、荒々しい波動が溢れ出る。

 

そして、彼女の氷の波動能力も、それに伴って強烈になっていた。彼女の周りは、円を描くように刺々しい氷が囲っていた。

 

「良いねぇ……ヒートアップしてやがる!いや、氷だからクールダウンか?」

 

フィーリアの突進の勢いは凄まじく、周りの氷は砕け散った。彼女は氷を槍の形状に変え、それをセブンスの首元に突き出した。

 

(この踏み込み…)

 

セブンスは、レイスの時のように首を傾ける。槍は彼を捉える事は無かったが、フィーリアの攻撃の手は止まない。

 

「はあああああああ!!!」

 

怒りにより鋭さを増したフィーリアの槍は、何度も何度も突き出された。

 

「ほれ」

 

セブンスは槍を掴むと、力でそれをどかしてみせた。フィーリアの体勢もそれによって崩れるが、それを逆に利用し、氷の短剣を作り出して彼の首元に振った。

 

(これは……)

 

「あぶねっ!?」

 

またもやこれを回避するセブンス。今度こそ、攻撃が空振りに終わったフィーリアは隙を作ってしまい、そこにセブンスの殴打が見舞われた。

レイス同様、川まで吹っ飛ばされ、水しぶきが舞い上がった。

 

「ふ〜……ヒヤヒヤさせやがって。初撃は良いが、それ以降はちょいと詰めが甘いなぁ。……今のでどれくらいだろうな」

 

 

 

 

 

「ぶはぁ!」

 

水から顔を上げたフィーリア。遠くには、仁王立ちをしているセブンスの姿がある。

 

「許さない……絶対に!」

 

「フィーリア!!」

 

怒り心頭に発するフィーリアの背後には、レイスの姿があった。口からは血を流していたが、まだダメージが酷い状態ではない。

 

「レイス!!あいつは叔母様の仇よ!あいつとの決着は私が……」

 

「落ち着け!!」

 

「!!」

 

レイスの一喝で、フィーリアは黙った。

 

「今は、リリィを助ける事が最優先だ。あいつが誰で、何をやったかは分からないけど、怒りに身を任せてどうにかなる相手じゃない…!」

 

フィーリアの目を見据えて、レイスは言った。揺るがない、真剣な眼差し。その目を見て、フィーリアは怒りで一杯だった頭が冷えた気がした。

 

「……そうね、今はそんな場合じゃなかったわ」

 

「あいつは、確かに強い。でも、さっきの俺の一撃は、あいつのスピードを上回ってた。確実にだ。なのに、あいつはそれを避けた」

 

「そこに、何かがあると思うの?」

 

「ああ。フィーリアは、あいつと闘って何か分かった事はあるか」

 

「……」

 

フィーリアは、先程怒りに身を任せてセブンスに攻めに行った時の光景を思い浮かべた。

レイスの言う通り、確かにセブンスは強敵だ。だが、絶対的でどうにもならない程の差があるようには思えない。先程の攻撃も、槍による初撃はセブンスにかすりもしないというのは奇妙に思えた。

だが、まだ確証は無い。

 

「確かに、妙に思える所はあったわ。避けられそうにない攻撃を、掠りもせずに避ける。これが何かヒントになるのかも」

 

「なるほど……。どの道、早く決着を着けなきゃならない。俺は、強めの技を何発かあいつに撃ってみる。それを見て、何か分かれば教えてくれ」

 

「分かったわ」

 

「おーーい!いつまでそうしてるんだ?」

 

川から出てこないレイスたちに痺れを切らしたのか、セブンスが大声で呼びかけて来た。

 

「言われなくても…!」

 

レイスは川から跳び上がり、セブンスに向かって行った。

 

「ヘイ!カモン!」

 

レイスはセブンスへ向かって蹴りを放ったが、セブンスはこれを難なく避ける。その後、レイスによる殴る、蹴るの打撃が続いたが、これらを的確に捌いていった。

 

(この程度なら避けられるのも分かる……でも、これはどうだ!)

 

その連撃の最中、レイスは波動を指先に集中させていた。人差し指と中指に溜められた電気の波動は、セブンスにより最後の蹴りを防がれた後に、彼の額を目掛けて放たれた。

 

(これは……当たるとまずいな!)

 

溜めによる電撃。これもまた、セブンスの可動速度を上回っていた。

 

「おらよっと!」

 

だが、セブンスは首を左に傾けてこれを回避。

 

(!!また避けた……)

 

またも攻撃を回避されたレイスは、セブンスへの疑念を強める。

直後に突き出されたセブンスの拳に、自身の拳をぶつかり合わせる。2人共弾かれ、互いに距離をとった。

 

「今のは危なかったぜ。やるなぁ、レイス」

 

セブンスは静かに笑っていた。

 

「また避けられた……。やっぱり、何かある」

 

レイスは、次の攻撃に移った。今度は、先程までとは少し違った攻撃である。

右手に電気を込め、セブンスの間合いへと詰め寄った。

 

「さて、今度はどうするんだ?」

 

セブンスは構えてこれを迎え撃とうとするが、レイスはその拳をセブンスに当てる事は無かった。

 

「何っ!」

 

拳から電気は放たれたが、攻撃の為に放たれた訳ではなかった。

電気は、セブンスの目元で激しく光った。かなり強い光であった。

 

「うおっ!?」

 

突然の目眩ましに、セブンスは両目を押さえた。

 

「チクショォ…味な真似を…」

 

波動使いと言えど、目を潰されれば相手の攻撃への対処はかなり鈍る。レイスは、目を瞑ったままキョロキョロと首を動かすセブンスに、波動を込めたパンチを放った。

 

(これなら当たる…!)

 

そしてレイスは、セブンスの顔面へ電気の殴打を叩きつけんとした。

 

「あ〜…こっちか?」

 

「なっ!?」

 

しかし、セブンスはヒョイと身体を動かし、レイスの攻撃を避けた。

 

(完全に当てたつもりだった……!!)

 

「えーと、ここか!」

 

セブンスは目を瞑り、周囲の状況もよく分からないといった動きであるのに、ただ拳を前へと突き出した。

 

「うぐぅ!?」

 

その拳は、なんとレイスの顔面へと直撃した。彼は大きく後退し、セブンスは少しずつ目を開け始めた。

 

「いやぁ…よくやるわ。今の攻撃は面白かった」

 

「レイス!」

 

フィーリアがレイスに寄って行った。

 

「フィーリア、やっぱりあいつの動き…!」

 

「ええ。あいつはさっき、確実に目をやられていた。それなのに、攻撃を避けるだけでなく、あなたの顔にパンチまで当てた。分かってやっていたようには見えなかったわ。偶然というか、当てずっぽうというか…」

 

「やっぱりそうだよな…」

 

「ここまで見て、あいつの能力が分かった気がするわ」

 

「本当か?」

 

フィーリアの脳裏には、先程のセブンスの言葉が思い浮かんだ。

 

 

「今のは危なかった。いやぁ…俺は実に『運が良い』」

「それに……あぁ、『俺はなんて運が良いんだ』…こんな偶然あるか?」

 

 

「あいつの能力は、多分『運』よ」

 

「『運』?」

 

レイスはフィーリアの顔を見る。

 

「今まで、致命傷になりうる攻撃は全て避けていた。自分のスピードを上回っていてもね。あれは実力で見切っていた訳では無いわ。『運』によって、たまたま当たらなかったというだけなの」

 

「『運』って…そんなもの能力に出来るのか?」

 

「波動能力の種類は無限にあるわ。『運』を操る能力があっても不思議じゃない」

 

「…でも、そんな能力があるなら、俺たちにはどうにも出来ないんじゃ」

 

「いいえ。『運』なんてとてつもないものを操る能力ならば、何かしらの条件があるはずよ。何でもかんでも『運』でどうにか出来るなんて、都合が良すぎる」

 

「その条件って…」

 

「『運』には限度がある、というものだと思うわ。『運』のゲージみたいなのがあって、『運』で危機を回避する度に、そのゲージが減っていく」

 

「そういう事か……じゃあ、『運』が尽きれば」

 

「私たちの勝ちよ…!」

 

フィーリアの考察を聞き終えたレイスは、電気の波動を全開放した。

 

「俺はあいつに、かなり危ない攻撃を仕掛け続ける。フィーリアは、あいつの『運』が尽きたと思ったら、そこに強力な一撃を与えて欲しい。俺の波動が、それまで保つか分からないからな…!」

 

「……分かったわ」

 

叔母の仇、その相手との決着を任された。フィーリアは深呼吸をすると、目を見開き、腕を突き出した。波動が高まる。やがて波動は弓の形となり、弦には矢がかけられていた。蒼い光を放つ、氷の矢である。矢からは異様な冷気が放たれており、更に桜の花びらのような雪が辺りを包み始めた。

 

ゼルフォード家相伝の秘奥義「桜雪(さくらゆき)」。

波動で氷の矢を生み出し、それを射る。極めてシンプルな技であるが、矢に射られた者は完全に凍りつく。防御は不能、避けるしかない強力な一撃である。

 

発動には、「閃」の技術を会得している事が求められる。

フィーリアは、「閃」を会得していない。「弾」は会得しているが、その応用に苦戦している段階であった。

だが、四の五の言う暇はない。ぶっつけ本番で、「桜雪」を成功させなければならない。

 

「やるしかないのよ……失敗は許されない!」

 

フィーリアは、これまでに無い程の集中力で波動を込める。

 

 

 

「ん?あの技……」

 

セブンスは、フィーリアの構え、フィーリアの波動を見て、記憶を探ってみる。

 

「…あれは!」

 

思い出した。ソニアとの闘いで、ソニアが最後に放とうとした大技であった。

 

「なるほどな…」

 

セブンスは口端を歪めた。

セブンスとの闘いで、ソニアは「桜雪」を放とうとした。しかし、その前に波動が底を尽き、それは叶わなかった。

 

「良いぜ、その技で俺を仕留めてみな」

 

 

セブンスは飛び立とうと身を屈めた。

 

「!」

 

だがその時、彼の頭上を何かが突いた。

レイスの膝であった。レイスは、彼の顔面に飛び膝蹴りを放っていたのだ。身を屈めた事で、図らずも攻撃は回避できたが、当たっていたら無事では済まなかった。

 

(こいつ…)

 

レイスから距離をとろうと、今度は左に大きく動いたが、その際に人差し指と中指を突き出したレイスの手が、耳元を掠めた。

 

(目潰し…?しかも、スピードが並じゃない。目で追えねぇ…)

 

次に、バク転で後退を図ったが、その際も動かなければレイスの正拳突きが鳩尾に命中しており、運良く躱す結果になった。

 

一連のセブンスの動きは、全てレイスの攻撃の直前に行われたものである。偶然にも攻撃を避けられたのは、まさに「運」であった。

 

(…!急所を狙ってやがる……まさか、気づいたか。俺の「豪運(トリプルセブン)」に!)

 

 

セブンス・ラックの波動能力「豪運(トリプルセブン)」。「運」を操る波動能力である。

命の危機が訪れたり、思わぬチャンスに巡り合った際に、危機を回避し、チャンスをものにすることができる。

 

しかし、強力な力であるが故に、発動には「条件」がある。彼は、日常生活において、不運に見舞われる事を条件に、有事の際の幸運を確約した。普段、鳥の糞が頭に降ってきたり、新品の服が車によってはねた泥水で台無しになったり、雷で自宅だけ停電になったり……様々な不幸が「毎日」、それも「何回も」起こる。その不幸の分だけ、幸運が積み重ねられ、戦闘において波動能力として運を呼び寄せる。

 

そして、フィーリアの見立て通り、運には限度がある。日々積み重ねられた運の総量を上回る運を消費させられれば、能力は使用出来なくなる。

 

レイスはそれを見越し、身体に多大な負担をかけることで、セブンスが目視できない速度での攻撃を可能にした。自分の力を超える力、その力が急所に直撃すれば、致命傷となる。そんな危険な攻撃を避け続けたら、残りの運はみるみるうちに減っていく。セブンスにとって、ジリ貧の闘いになる。

 

セブンス・ラックは、殺し屋であって、暗殺者ではない。死闘の末に掴み取る勝利、それこそが彼の望むものであった。そして彼は、自らの死すらもギャンブルとして楽しむ。彼は“The Gambler”。ギリギリの闘いは、彼の心を踊らせた。

 

「ハハッ!尚の事面白い!俺は、お前の波動が先に尽きる方に賭けるぜ!」

 

「はぁっ!!」

 

レイスの電光石火の猛撃は、セブンスの急所のみを狙い続けた。そのどれもが、セブンスの「運」によって躱される。

だが、セブンスの方も攻撃は仕掛けられない。レイスは速すぎて、通常の攻撃は当たらないし、仮に当てようものなら、運の残量は確実に減る。

 

「レイス……!」

 

フィーリアは、波動の制御に苦労していた。「閃」のレベルで波動を凝縮して練り上げるコツを、未だ掴めずにいる。

 

そのフィーリアに、かつての記憶が蘇った。

 

 

 

フィーリア・ゼルフォード11歳。7年前の記憶である。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「お疲れ様、フィーリア。今日はここまでね」

 

その場に倒れ込むフィーリアの汗を、タオルで拭う女性がいた。

彼女の叔母であるソニア・ゼルフォードだ。

 

「叔母様……はぁ……っ、『閃』って、とても大変なのね……はぁ…」

 

「そうね。あなたの歳で成功できる子なんて、まずいないんじゃないかしら?」

 

「……でも、お兄様は…」

 

「……あの子は、普通の才能じゃないのよ。別に、フィーリアに才能が無いって言ってる訳じゃないわ。でも、彼は歴代のゼルフォード家で見ても、頭一つ抜けてるの」

 

「………どうしたら、成功できるのかな」

 

「…大事なのは、集中力よ」

 

「集中?でも私、集中してるわ」

 

「ただの集中じゃないわ。自分以外…いえ、自分の時でさえ、止まってしまうと思えるほどの集中。頭の中は真っ白、雲ひとつない青空のように、空っぽにする。このレベルの集中が、子供には難しいのよね」

 

「……」

 

 

 

 

「叔母様……」

 

フィーリアの目の前には、叔母の仇がいる。先程まで、怒りに我を忘れかけていた。集中とはかけ離れた状態であった。

 

だが、目の前にはレイスがいる。身体の負担を顧みず、ただ一心不乱に闘うレイスがいる。時折、身体の痛みに顔を歪ませながらも、ただひたすらに攻撃を続けていた。

 

そんなレイスが、自分に最後の一撃を任せた。

 

レイスの苦労を無駄にする訳にはいかない。彼の信頼を、裏切る訳にはいかない。数日の付き合いではあるが、レイスの覚悟を心の底から理解出来たフィーリアは、思いに応えるべく、凄まじい集中を見せた。

 

「レイス……あなたの痛み、決して無駄にはしないわ!」

 

彼女の周りには、雪の花びらが舞い続ける。

 

 

 

 

(あと少しで、俺の波動が尽きる…!)

 

レイスの猛攻は、着実にセブンスの運を削っていた。しかし、彼の身体もまた削っていた。酷使し続けた肉体は悲鳴をあげる寸前まで来ていた。

 

だが、そこに転機が訪れる。

 

「ごわぁっ!?」

 

レイスのアッパーが、セブンスの鳩尾に直撃した。スピードの相まった一撃は、セブンスの腹を殴り上げる。

 

(直撃!!こいつの運はもう限界だ!)

 

宙に殴り飛ばされたセブンスの頭上に、レイスは既にいた。高速回転による踵落としをセブンスの頭へと叩きつける。凄まじい勢いで地上へと落下するセブンス。

 

「ぐあぁっ!?」

 

だが、レイスにも限界が訪れた。筋肉が強張り、全身に激しい痛みが走る。着地に失敗し、膝をつく。

 

「フィーリア!!今だ!!!」

 

レイスが叫んだ方向には、波動を練り上げた終えたフィーリアがいた。その様子はさながら雪女で、妖しげな雰囲気さえ纏っている。

 

「ありがとう……レイス」

 

「叔母様…見ててね」

 

 

フィーリアの見据える先には、立ち上がるもフラフラになったセブンスがいた。

 

「ゼルフォード家秘奥義……『桜雪』」

 

フィーリアは、矢を離した。

 

 

矢は凄まじいスピードでセブンスへと向かった。矢の軌跡には雪の桜が散っている。

 

「決まれ…!」

 

レイスは、矢を見ながら強く念じた。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

既にボロボロのセブンス。俯いた顔からは、表情は分からない。

 

その彼が、わずかに顔を上げた。

 

その顔には、笑みが浮かんでいた。わずかに口が動いたが、何を言っているかは分からない。

 

「!?」

 

フィーリアもレイスも、目を見開いた。レイスの攻撃が直撃し、完全に運は尽きたと思っていた。

 

それなのに、セブンスは首を動かし、「桜雪」を回避した。標的を失った「桜雪」は、一直線に突っ切って行き、電灯の一つに触れると、辺りを完全に凍り付かせた。

 

「ふぅ~おっかねぇ。あんなの当たってたらどうなったか、分からねぇな」

 

「どう…して……うっ!」

 

フィーリアはその場で膝をついた。「桜雪」を放った反動で、身体の自由がきかない。

 

 

「なんで、避けられるんだよ…!」

 

ついに膝すら力を失い、その場に倒れ込むレイス。その彼に、セブンスはゆっくりと近付いて行った。

 

「賭けは俺の勝ちだな」

 

セブンスは足に波動を込めると、レイスの腹を思い切り踏み潰した。

 

「ぐわぁあああああああああ!?!?」

 

あまりの痛みに、悲痛な叫びをあげる。

 

「お前の読み通り、俺の能力は『運』だ。そして、『運』には限りがある。そこまでは良い」

 

グリグリと足を動かし、レイスに痛みを加え続ける。

 

「チッチッ。だが、そこでバイアスがかかっちまったなぁ。今までやべぇ攻撃は全部避けたから、避けられなくなって『運』が尽きたと思ったんだろ?まだまだ甘ちゃんだぜ…」

 

セブンスはタバコを咥えた。

 

「才能の原石を潰しちまうのは何だか勿体ねぇ気もするが、これも仕事だ。止め刺させてもらうぜ」

 

セブンスはレイスの首を鷲掴みにすると、彼の身体ごと持ち上げた。

 

「ああっ…!?」

 

声にならない声が漏れる。首を掴む力は、徐々に強くなっていく。

 

「いや……いやぁ………」

 

あと少しで、レイスの首の骨は折れる。レイスは、死んでしまう。

 

「やめてぇ!?レイスを放して!!!レイスを放して!!!」

 

死ぬ寸前のレイスを見て、フィーリアは完全に取り乱していた。だが、彼女の波動も既に残り少ない。技の反動で動けない。

 

 

 

まさに、絶体絶命の状況となってしまった。

 

 

 

 

 

 

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