レイスたちの前に姿を現した男。
彼こそが、レイスたちがこの国に来て会おうと思っていた張本人、ゼクト=レギレウスであった。
(この人が、ゼクトさん……)
レイスは、ゼクトから流れる波動を注意深く観察する。
(……!?)
瞬間、レイスに戦慄走る。
(な、何だよ、これ……!?)
同様の衝撃が、フィーリアにも訪れていた。
(嘘でしょ…!? この波動……格が……格が違うっ……)
2人は悟った。目の前にいるワルツと同様に、ゼクトという男もまた、遥か強者。自分たちでは比較にもならない程の、圧倒的な波動の持ち主。
そのゼクトが、レイスとフィーリアの方を向いた。
「君は……君が、レイス君ですか?」
「え…?は、はい……」
「そうですか…」
ゼクトは少しだけ黙ると、次の言葉を発した。
「そこの金髪の子を連れて、ここから脱出してください」
「え…?」
「彼は、私と闘うつもりのようです」
ゼクトが向いている方には、邪な笑顔を浮かべたワルツがいた。
「そういう事だ……」
ワルツはそう言うと、その場から飛び立った。天井が荒々しく砕かれ、その破片が落ちてくる。
「!! 危ないっ!!」
その破片が、リリィの頭上にあり、レイスは急いで彼女を助けようと前へと出た。
「……」
だが、その前に、既にリリィはレイスの前にいた。
「あっ……」
「彼女は無事です。命に別状はありません。さぁ、早く……」
今、リリィを助けたのはゼクトであった。一連の動きが、まるで見えなかった。
「これが、ゼクトさん……」
リリィは依然として、虚ろな顔のまま、ピクリとも反応を示さない。
「レイス、今は……」
「あ、あぁ……」
気になる事は沢山あるが、ともあれ、レイスとフィーリアは、リリィを連れて、建物から出ていくのであった。
「……」
ひとり、部屋に残ったゼクトは、部屋の惨状を観察した後、ワルツに突き破られた天井の穴に目を向けた。
「ここまで、とは…」
そして、ゼクトもまた飛び上がる。即座に屋上へと到達し、ゼクトは仁王立ちをしているワルツと対面した。
「こうして会うのは10年以上ぶりか?お互い、随分と落ちぶれたモンだよなぁ」
「……」
「まぁ、俺は現状に満足してるが……お前はどうかな?」
「満足している……そう見えますか」
「見えんなぁ………」
ワルツは小さく笑いをこぼす。
「お前も知っているんだろう?波動使い殺しの正体を……」
「……」
「気の毒だったなぁ……クククッ」
笑いと同時に、ワルツの闇の波動が高まった。
「さぁ、再会の喜びを分かち合おうか……」
次の瞬間、ワルツの姿が消えた。
そして、強い衝撃が、屋上を中心に辺りへと伝っていく。
「……ハッ」
「……」
ワルツは肘打ちを放っていた。並の波動使いであれば、完全に頭部を粉々に破壊されている威力である。
だが、ゼクトはそれを掌で受け止めていた。
ワルツは肘を引っ込めると、マシンガンのように素早く、激しい打撃へと打って出る。
突き、蹴り、掌底、足払い。それらは至極滑らかな動きでありながら、強力な闇の波動により凄まじい威力である。
しかし、ゼクトもまた強者。それらの打撃を、全て的確に防ぎ、受け流している。
「ハハハッ!! 衰えちゃいないようだな!!」
「……」
最後に放たれた正拳突きに、ゼクトも拳を突き出して応酬。凄まじい轟音が鳴り響いた。
「クククッ……」
レイスたちは、建物から外へ出て移動している最中であった。
「リリィ!! リリィ!! くそっ……」
リリィの肩を担ぎながら、彼女に呼びかけるレイス。だが、レイスの声にさえ、リリィは全く反応を示さなかった。
「あいつは……あいつはリリィに何をしたんだよ……!!」
まるで、死人。普段のリリィとは打って変わり、活気を全く感じさせない虚ろな表情は、レイスを不安にさせていた。
「ワルツ……!」
フィーリアもまた、ワルツがしたであろう悪虐非道の行為に怒りを滲ませていた。
「!!」
すると、遠くから轟音が鳴り響いた。
「これは……」
「ゼクトさんと…ワルツの闘いね……!」
振り返ってみるが、建物の様子はもう見えない。だが、彼らが熾烈な闘いを繰り広げている事は容易に想像が出来た。
「まずは…テオの所へ行こう。あいつも傷ついている……」
「そうね……」
レイスはリリィを背負うと、テオがいた方へと向かい、飛び立っていった。
「ワルツ……!」
フィーリアもまた、それに続いて飛び立った。
「安心したぜ。波動から離れたとは言っても、実力の方は健在のようだなぁ」
「……」
ワルツはどこか満足気にしている。
「じゃあ、こいつはどうする……?」
すると、辺りの温度が急激に低下していく。ワルツの手に、槍が形作られていく。ただの槍ではない。氷の槍だ。
ワルツはそれに闇の波動を纏わせ、ゼクトに向かって突進する。
槍による突きは、全てゼクトの急所ばかりを狙っている。その攻撃の一つ一つには、全くの容赦が無い。完全に、相手を殺すつもりの動きであった。
しかし、ゼクトはそれらを全て躱す。かすりもしていない。そんなゼクトを見て、ワルツは増々愉悦を感じていた。
そして、転機が訪れる。ワルツは、素早く能力を発動し、ゼクトの足場を完全に凍らせた。
「…!」
ゼクトの足元はカチコチに凍りついており、身動きが取れなくなる。
「そら!」
その一瞬の隙を突き、ワルツは槍をゼクトの右肩に刺す事に成功した。大量の血が吹き出した。
「ハハッ!!」
ワルツは攻撃の手を緩めない。闇の波動を拳に纏わせると、ひたすらにゼクトの顔を殴った。
血まみれになったゼクトを掴み、膝蹴りを鳩尾にクリーンヒットさせる。ゼクトは血を吐き、その場にうずくまる。
そんな彼に、無慈悲な追撃。ワルツは少し跳ぶと、踵に波動を込め、回転しながらゼクトに叩き付けた。
ゼクトは凄まじい勢いで建物の地上まで、落とされていく。屋上には、下の階まで連なる大穴が空き、下にはボロボロになったゼクトがいた。
「………妙な手応えだな」
ワルツは、そのまま動かないゼクトを上から見下ろしながら、奇妙な違和感を覚えていた。
「…誰と闘っているのですか?」
「!!」
ワルツが振り向くと、そこには拳を構えたゼクトがいた。ゼクトの殴打がワルツの顔面に命中。ワルツは仰け反り、フラフラとした足取りのまま後退する。口端から血が流れている。
「……幻術か」
ワルツは血を拭うと、ニヤリと笑った。
「あそこまでリアルな幻を創り出すとは、流石だな」
「貴方が空けた穴は、幻ではありませんがね」
ゼクトは眼鏡を人差し指で持ち上げる。
「今、俺が話しているゼクト=レギレウスも、本物ではないかもしれない訳か」
「さぁ……貴方自身で確かめてみては?」
すると、ゼクトほ屈んだ。屈んだ姿勢のまま、足をバネのように使って地を発ち、高速でワルツに接近。
「どこまでが幻で、どこまでが実体か…」
ゼクトの攻撃もまた、鋭く、激しいものであった。それらの攻撃を躱し、捌き、受け止める。
(この感触……どれが偽かは分からんな)
ゼクトの突きがワルツの眼前にまでやって来ていた。
ワルツはそれを手で受け止め、力を込めた。断じて放さないという強固な意志を感じる。
そして、そのまま腕を引き寄せて、彼の顔面に拳を叩き付けようとした。
「!!」
だが、攻撃を受けたのはワルツであった。
ゼクトの蹴りが、ワルツの腕に直撃。彼は、ワルツの背後にいた。
「おっ…!」
ワルツは崩れかけた体勢を逆手に取り、回し蹴りをゼクトに放つ。
しかし、蹴りは空を切った。そして、ワルツの腹部に衝撃が走る。ゼクトの掌底が命中していた。
(五感……触覚のある程度までもが、能力の手中って事か)
ワルツは足に力を込めて、後退に歯止めをかけた。
「想像以上の力だな。まさか、ここまでの幻とは……」
「……」
押されているのはワルツのはずなのに、彼は不敵な笑みを崩さない。
「
またもや、ワルツはゼクトに向かって行った。
だが、今度は少し様子が違う。
ワルツは再び、攻めに入った。殴打、手刀、回し蹴りなど、速く鋭く攻めていく。しかしそれらの攻撃は、ゼクトには直撃しない。全て避けるか捌かれている。
(来るか……)
すると、ワルツが攻撃を止めた。
そして、次の瞬間には、ワルツの目の前にいたゼクトは消えていた。
「!!」
本物のゼクトは、ワルツの背後にいた。
「そこだ!」
邪悪な笑みを浮かべたワルツは、足に闇の波動を込め、自身の背後を目掛けて回し蹴り放った。
ゼクトもまたこれに蹴りを放つことで威力を相殺し、バク転をして体勢を立て直した。
「クククク……どうやら、これなら幻も消え失せるって証明されたな」
「……」
「中々楽しめたぜ。今日はこれにてお開きだ……目的も達成できたしな」
「このまま逃がすとでも?」
「無駄だ。
ワルツは、確信を持って言い切った。
「何故なら、俺の成……」
「……!」
ゼクトの顔つきが変わった。
「おっと。ここから先は、秘密事項だ。まぁ、そんな訳で、ここで決着を着けるつもりは無い」
ワルツはゼクトに背を向けた。
「そうそう、グレイドもここに来てると思うぜ。これからが楽しみだなぁ……御三家集結ってやつだ」
「グレイドが……」
「じゃあな。フィーリアを宜しく頼むぜ……」
ワルツは建物から飛び降り、姿を消した。
「……もう時間は残されていないな」
ゼクトもまた、屋上から姿を消した。
「お……おお……!!」
目を見開き、口を歪めているのは、黒紫色の髪の男・ザーク。彼の表情からは、歓喜が見て取れた。
「ハハハハ!!! 波動が漲るぜ……」
そんな彼の側にいるのは、袴の女である。彼の様子を見て、女は険しい表情となる。
「心が崩れていくのを感じるなぁ……リリィ……ククゥ」
「…! あなた、リリィさんを……!」
女の表情に、怒りが表れた。
「言ってなかったなぁ…。ユミはもう止めて、リリィに変えたんだよ。親友が呪縛から解放されたんだ……嬉しいだろ?」
「……」
女の表情は、依然険しいままだ。
「それとも……もう親友じゃないか?あんな事を引き起こしたから、もうお友達じゃねぇか?カカッ!」
「………っ」
「もうあの女は用済みだ。どうするかは任せるぜ……生かすも、殺すも、てめぇの自由だ……」
ザークは女の肩に手をポンと置くが、女はすぐにそれを払った。
「嫌われてるねぇ……」
そんな女を見て、ザークはニヤニヤと笑いながら、その場を去って行った。
女は拳を握りしめ、その場に立ち尽くしていた。