修羅の覇道   作:せご曇(せごどん)

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当たり前が、一番幸せ

シモン先生が死んだ。

 

俺は今まで、身内や知り合いが死んだ経験をしたことがなかった。母はまだまだ若く、元気だし、友人だって皆ピンピンしている。それが、当たり前だった。テレビのニュースで誰が事故死したとか、殺されただとか、そういったことは同じ現実世界で起きていても、異世界で起きたことのように思えた。

 

でも、今は違う。目の前には、もう動かなくなった、傷だらけの先生の亡骸が横たわっている。先生はついさっきまで生きていた。俺と話していた。でも、もう二度と先生と話をすることはできない。俺の日常には「当たり前」だった先生は、最早この世には存在しなかった。

 

「くそぅ…何でだよ……!!」

 

理不尽な現実に対する怒りが滲み出る。とにかく悔しくて、悔しくて、涙が止まらない。

 

「はっ、リリィ…!!」

 

思い出した。リリィがすぐ側にいた。脚が瓦礫に挟まって動けないようだ。俺は急いで駆け寄り、瓦礫をどかす。

 

「挟まれていただけみたいだ…折れてはいない…!」

 

リリィに大きな怪我は無かったようで、安心した。だが、彼女はまだ気を失ったままだ。

 

「先生……」

 

街には激しい闘いの跡が残り、そこには無惨な先生の亡骸が。先生と闘っていたコールの姿は、どういう訳か見えなかったが、この場に留まり続けるのが良いこととは思えなかった。

俺はリリィをおぶり、その場を後にすることにした。去り際に、振り返って先生の顔を見た。先生は、微笑みながら死んでいった。安らかな死に顔だった。

 

「先生……今まで、ありがとう……ございました……っ!!!」

 

心から出た感謝の言葉だった。深々と先生に礼をして、俺はその場を去った。

先生……どうか安らかに………。

 

「うーん………」

 

長らく眠っていたような感覚がした。ぼんやりと意識が戻り、目を開ける。誰かの背中の上にいた。

 

「あれ…?私……?」

 

「!リリィ、気がついたか…?」

 

「え…?レイくん…?」

 

私は、レイくんにおぶられていたようだった。何で、彼が私を?そもそも、何で私は眠っていたの?記憶を少し遡ってみた。

 

「あっ……」

 

思い出した。私は、よく分からない内に逃げていて、よくわからない内に瓦礫に脚が挟まって、そして……。

 

誰かが、私の目の前で、お腹に何かを刺されて倒れたんだ。

「ひっ…!」

 

あの時の恐怖が蘇った。体が小刻みに震えて、寒気が止まらない。

 

「リリィ、落ち着け…!もう大丈夫だ。もう危機は去った…!」

 

「何が起きたの!?何であの人は…!?何でレイくんが私を!?それに、その服の血は何!?」

 

「……」

 

頭に思い浮かんだ疑問を次々とレイくんにぶつけたけど、レイくんは私から顔を背けるだけで、何も答えなかった。でも、彼の体が震えたのだけは感じた。

 

「あっ、ごめん……。……もう立てるから、大丈夫…」

 

いつまでもおぶってもらう訳にはいかない。私はレイくんの背中から降りて、自分の足で立った。少し痛んだけど、歩くのには問題無かった。

 

「リリィ、その質問だけど…」

 

そう言うと、レイくんは再び口を固く閉ざした。その表情には、やるせなさが感じられた。

 

「レイくん…?」

 

「ごめん……今は……!」

 

そして、彼の目から涙がこぼれ落ちた。

 

「どうしたの!?」

 

「俺は……!俺はぁっ……!!!!」

 

レイくんは膝から崩れ落ち、両手を地につけた。そして、大声をあげて泣いていた。

 

「大丈夫!?!?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

私は戸惑った。今まで彼が、こんな弱々しい姿を見せたことなんて無かった。どう声をかけても、彼の叫びは止まらなかった。私はただ、そんな彼を見つめることしかできなかった。

 

 

 

「大丈夫…?」

 

「あ、あぁ…もう大丈夫だ」

 

レイくんはしばらくして落ち着きを取り戻した。

 

「リリィ、あの人は」

 

「うん…」

 

「俺の道場の先生だ」

 

「えっ…」

 

レイくんが道場に通っているのは知っていた。でも、レイくんの先生には会ったことがなかった。まさか、あの人が先生だったなんて。

何よりも、その先生が、私の目の前で。

 

「うっ…」

 

吐き気に襲われた。あの人は、お腹を大きな槍のようなもので貫かれた。血もいっぱい出ていた。

 

「はぁ…はぁ…」

 

何とか、その場で吐くことだけは止められた。でも、口の中には、苦いくしょっぱい液体が。吐く寸前というサインだった。

 

「大丈夫か、リリィ」

 

声を出すと吐きそうなので、首を振って答えることしか出来なかった。

 

今度は私の方が弱ってしまった。

 

人があんな風に傷つくところなんて、見たことが無かった。膝を擦りむいて出血したとか、そんなレベルじゃない。串刺しにされて、そして彼の足もとにはおびただしい量の血が。

 

あの人は何故、あんなことになったのか。突然のことであの時は分からなかったけど、あの槍は私の向かってきていた。そして、レイくんの先生は、私の前に突然現れて、そして。

その後だ。あの人が串刺しにされてしまったのは。

 

「うぅっ!」

 

今度こそ我慢できず、吐いてしまった。吐瀉物が喉を通り、喉が焼ける感覚がする。あの人の血まみれの姿が頭から離れない。私は、胃がすっからかんになってしまう程に吐いた。

 

「リリィ…」

 

「ゴホッ…レイくん…」

 

私たちはお互いに、心に深い傷を負った。今日…11月15日は、私たちにとって、忘れられない、辛い日となってしまった。

 

 

帰り道は、お互いに無言だった。私もレイくんも、何も話す気にはなれなかった。私には、あそこでレイくんの先生が何をやっていたのか、何で街が壊されたのかは分からない。でも、はっきりと分かったことがある。それは、私を庇ってレイくんの先生が死んでしまったこと。

 

今日は、友達と遊ぶ予定だった。あの近辺で待ち合わせをする予定だった。なのに、あんなことに巻き込まれてしまった。

もうすぐ家だ。近所の公園の前を通ると、小さい子供が親とボール遊びをしていたり、犬の散歩をしている人たちを見た。何の変哲もない、普通の光景。でも、私には遠い世界のことのように思えた。

 

私、どんな顔をしているかな。お父さんもお母さんも、私の顔を見て何と言うかな。どう説明しよう。私、顔に出るタイプだから、嘘もつけそうにない。

 

「リリィ」

 

長い沈黙を破って、レイくんが口を開いた。

 

「なに?」

 

「先生が死んだのは、お前のせいじゃない」

 

「それは…」

 

「先生は、昔の修行仲間と闘っていたんだ。俺には、昔何があったか分からないけど、相手は先生を憎んでいた」

 

「…」

 

「先生はそいつに殺されたんだ。そいつは姿を消したから、そいつがどうなったのかは分からないけど」

 

「じゃあ、街が滅茶苦茶になったのは」

 

「2人が闘ったからだ」

 

闘った。2人の人間が闘って、あんなに街が滅茶苦茶になるの?でも、そんなことは気にならなかった。

私のせいじゃない。そうなんだと思いたい。私がどうこうとか、そんな話じゃないんだと思う。でも、それでも。私の心は、言いようのない罪悪感とか、後悔とか、否定的な感情で満ちていくのを感じた。

 

「難しいとは思う。でも、今日のことは忘れてほしい。リリィには、またいつものように笑って欲しい。じゃないと、俺…」

 

レイくんはそこで口を噤んだ。また沈黙が訪れる。

それから少しして、家の前まで着いた。

 

「リリィはここまでだな」

 

「うん」

 

「リリィ、どうか気を落とさないで」

 

「…うん」

 

そして、私たちは別れた。家の扉を開く手が、とても重く感じられた。

 

 

「ただいま」

 

俺は玄関の扉を開いて、家の中に入った。

 

「あれ?早かったね。今日は道場に行ったんじゃないの?」

 

リビングから母さんが顔を出した。

 

「!?どうしたのその血は!?何があったの!?」

 

先生を抱えた時についた血。母さんはそれを見て、血相を変えて部屋から飛び出して来た。

 

「あ、いや、これは…」

 

「怪我したの!?」

 

「違う…」

 

「じゃあ何なの!?」

 

「ごめん…。怪我はしてないよ、大丈夫」

 

「だったら、この血は…」

 

「…今は、話したくない。風呂に入ってもいいかな。その後で、話すから」

 

「…」

 

母さんは俺が怪我をしていないと知ってホッとしたようだ。

先生が殺された。先生を抱えた時に、この血がついた。そのまま正直に言ったら、どうなるだろうか。そもそも、どこから話せば良いのか。どれもこれも、現実離れし過ぎていて、話しようがない。

だから、少しでも現実から逃げたかった。

 

「とにかく、怪我じゃなくて良かった。お風呂は今から沸かすと時間がかかるけど」

 

「じゃあシャワーで良いよ」

 

風呂でもシャワーでも、どっちでもいい。俺はただ…。

風呂場で、手についた血を洗い流した。シモン先生の血。排水口に流れていく先生の血を見ると、心を抉られたような気分になる。

 

「先生、俺はどうすれば…」

 

最後に先生は言った。波動を極めろと。何故先生は、俺に波動を教えたのか。そして、先生が言っていた「あの人」とは誰なのか。

母さんは言っていた。母さんは、実は俺の本当の母親ではないと。母さんの姉が、俺の本当の母親で、俺が赤ん坊のときに死んだと話していた。そして、俺の父親もその時に一緒に死んでしまったらしい。

シモン先生は、俺の本当の両親のことを知っていたのか。

 

「分からない」

 

分からないことが多すぎる。何故、先生とコールは闘わなければならなかったのか。

 

 

 

「あの時くたばったと思っていたが、こんな所でコソコソ生きていたとはな」

「私は…私は武の道に進んだことを後悔していない。波動が悪だったんじゃない。波動の使い道を誤った、人間の心の弱さこそが、あの惨劇を引き起こしたんだ」

 

 

 

先生とコールの会話から、過去に聖煌流に何かが起こって、先生たちの仲を引き裂いたのは間違い無かった。

でも、先生はそのことについては、何も言わないで亡くなってしまった。

 

 

 

「波動は善ではない。だが悪でもない」

「君が波動を光へ導くんだ」

 

 

 

波動を光に導く。先生が俺に望んでいたのは、それだったのか。

俺の頭には、先生を喪った悲しさと、先生が残した疑問が入り混じり、もう何も分からなくなった。

でも、一つ言えることがある。

 

「恨んだりなんかしませんよ」

 

先生は、自分を恨んでも構わないと言った。でも、それだけはしない。先生は俺の、先生なのだから…。

 

 

シャワーを終えて風呂場から出た。結局、母さんにどうやって説明するかは全く思いつかなかった。

でも、母さんは何かを察してか、何も言わなくていいと言ってくれた。少しだけ、救われた感じがした。

昼食も夕食も、食べる気にはなれなかった。俺はそのまま、部屋に一日中籠もった。何も考えたくなかった。何も見たくなかった。

そして、眠ることもなく一日が過ぎ、11月15日は終わりを告げていった。

 

 

 

 

翌日、俺は学校に行った。本当は、誰とも会いたくなかったし、誰とも話す気力も無かった。でも、あのまま家に籠もっていたら、どんどんと俺の心は沈んでいってしまう気がした。

 

それは、先生が望んだことではないはずだ。まだ、何をするべきか、これから何が起こるのか全く分からないけど、ウジウジとしていることだけは違うと分かった。

今日ばかりは、リリィと待ち合わせをすることはなかった。でも、教室でリリィの姿を見た。何とか学校には来られたようだ。でも、何も話す気にはなれなかった。

同級生たちに話しかけられたが、力の無い返事しか出来なかった。何があったか分からないけど、元気出せよ。彼らの励ましの言葉は、素直に嬉しかったけど、まだ元気にはなれそうにないや。

 

朝のホームルームが終わると、担任の先生に話しかけられた。

 

「リヒトワール、昼休みに校長室に行ってくれ。校長先生がお話があると言っていた」

 

「校長先生が…?」

 

校長先生が、俺に何の用だろう。俺は分かった旨を先生に伝え、昼休みを待つことにした。

 

そして、昼休みになった。俺は教室を出て、校長室に向かった。思えば、校長室に入るのは初めてかもしれない。

ドアをノックすると、「どうぞ」と女の人の聞こえた。校長先生だ。

 

「失礼します」

 

俺はドアを開けて、校長室の中へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

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