修羅の覇道   作:せご曇(せごどん)

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災害の痕

ゼクトとワルツの闘いは、一旦は幕引きとなった。

 

レイスたちは、ひとまずテオのもとへと向かっている。テオの傷は、かなり酷かった。既に身動きが取れるレベルではない。

 

そんな彼らの前に、一瞬にして誰かが現れた。

 

「…!?」

 

レイスもフィーリアも、瞬間、不意を突かれた感触を覚えたが、現れた人物を見て緊張が解けた。

 

「ゼクトさん……ですよね」

 

「はい」

 

現れたのは、他でもない、ゼクトであった。この国にやって来た理由。それは、彼に会う事だ。その張本人が、目の前にいる。

 

「あの黒い髪の青年は、テオ君ですか?」

 

「え……テオの事を知っているんですか……?」

 

「詳しい話は、私の車でしましょうか」

 

ゼクトは、すぐ近くにある車を指さした。

 

 

 

 

 

「テオ君ならこの中にいます」

 

車は、リムジンとまでは言わないが、縦長の高級車であった。ゼクトは、後部座席のドアを開ける。

 

「…! テオ!!」

 

先程彼に会った時に見えた身体の傷は、消えていた。だが、まだ意識は無いようであった。

 

「彼の傷は、私が治療しました。意識の方も、直に戻るでしょう」

 

「治療って…そんな事が…」

 

「……転禍為福の術、ですか?」

 

「知っているのですか」

 

ゼクトは、フィーリアの方を見た。

 

「私も、御三家…ゼルフォード家の人間なんです。波動で肉体を治癒できる技があると、以前聞かされました」

 

「君が…。その通りです」

 

フィーリアはそれを聞き、改めてゼクトという男の実力を確認した。

 

転禍為福の術は、波動の応用技術の中でも最上位に位置する。それこそ、類まれなる才能を持っていなければ、会得は困難と言える。

 

「金髪の子も、後部座席に乗せてください。これから私の家に向かいます」

 

ゼクトは運転席に座り、車にエンジンをかける。助手席にはフィーリア、後部座席にはレイス・テオ・リリィが乗る事になった。

 

「自己紹介がまだでしたね。私は、ゼクト=レギレウスです」

 

「あ、俺もまだしてなかった。俺は、レイス=リヒトワールです。黒髪の奴は、テオ=クランゼルで、金髪の方はリリィ=テルヌーラです…」

 

まだ目を覚ましていないテオと、茫然自失の状態のリリィに代わり、レイスが2人の紹介もした。

 

「私は、フィーリア=ゼルフォードです」

 

「君たちの事は、ガルーダ君からある程度聞いていました。私のもとに来たという事は、彼は既に……」

 

「……」

 

レイスは俯いた。

 

「これからの事を簡潔に説明します」

 

レイスもフィーリアも、ゼクトに視線を向ける。

 

「君たちには、しばらく私のもとで修行をしてもらいます。状況は、私が思ったよりも悪いようだ」

 

「状況…?」

 

「一昨日の鉄道爆破事故……いえ、波動使いによる大量爆殺事件」

 

「…!」

 

「気付いていたんですか…?」

 

「そして、ワルツによる襲撃。これらは全て、君たちを狙ったものではないですか?」

 

「それは……」

 

クレアによる爆殺、殺し屋セブンスとディヴァインの強襲、ワルツの出現。これらは全て、レイスたちを巡って起きた出来事であった。

 

「何で、知ってるんですか…?」

 

フィーリアがゼクトに問う。

 

「それは後々。 そして、ワルツによると、現在メイヤー家元次期当主のグレイド・メイヤーもこの国に来ているといいます」

 

「グレイドが!?」

 

レイスの表情が険しくなった。

 

彼は一度、グレイドに殺されかけている。そして、絶対に出会ってはならないと、先日も話していた所であった。

 

「知っているのですか」

 

「…はい。俺とテオは一度、グレイドに負けています」

 

「グレイドと闘ったのですか?」

 

「はい。それで、殺されかけたんです」

 

「そうでしたか…。でも、どうやって生き延びたのですか? 彼が、みすみす見逃すとは思えない」

 

「それは……」

 

レイスの脳裏には、黒紫色の髪の、不気味な波動を放つ男・ザークの姿が浮かんだ。

 

「ザーク、っていう波動使いが、俺たちを助けたんです」

 

 

レイスからは、運転しているゼクトの後ろ姿しか見えない。だが、助手席にいるフィーリアは、確かに見た。

 

「ザーク」という名を聞いた瞬間の、ゼクトの表情の変化を。表情はすぐに通常のものに戻ったが、フィーリアは何かが引っ掛かった思いであった。

 

「ゼクトさん、ザークって、知ってますか?」

 

「……」

 

ゼクトは黙したままだった。

 

だが、少ししてレイスの質問に答えた。

 

「えぇ、知っています」

 

「えっ!?」

 

「……!」

 

レイスとフィーリアの目が見開かれた。

 

「ザークは、実際に君たちの前に現れた。何か君たちを害する行為はありませんでしたか?」

 

「それは……」

 

ザークは、現時点ではレイスたちに直接的な被害は与えていない。だが、レイスは確かに言われた。パキンスタに行かなければ、リリィの事を殺すと。

 

本気かどうかは分からない。だが、これでザークが味方ではないとだけは分かった。

 

「リリィを……」

 

「リリィさんを?」

 

「グレイドから俺たちを逃したのはザークです。でも、その後に、俺たちの傷を治してくれたのはリリィなんです」

 

「そうでしたか」

 

「でも、そのリリィに波動を教えたのは、ザークなんです」

 

「……」

 

「俺たちは、リリィに波動の使い方は教えていない。でも、ザークがリリィに能力の使い方を教えたようで、それで俺たちは助かったんです。……でも、リリィの波動能力が治療能力だって、どうして知っていたかは分からない……」

 

「……なるほど」

 

「何か、分かったんですか?」

 

フィーリアが尋ねるが、ゼクトはまたもや黙っていた。

 

「……私の家で、詳しい事はお話しましょう。ただ、これではっきりした」

 

「…?」

 

「ザーク、グレイド、ワルツ。この三者は、間違いなく我々の敵です。そして、各々が何らかの企みを持っている」

 

「……」

 

「そして、彼らの計画は今、それぞれが転換点を迎えています。近い内、劇的な抗争に発展する可能性が極めて高い」

 

「……!」

 

レイスとフィーリアの顔が引き攣った。

 

「彼らは結託はしていないが、個々の戦闘力は極めて高いです。私一人で、彼ら全員を対処するのは厳しいでしょう」

 

「……だから、私たちがその戦力差を埋めるぐらいに、強くなる必要がある……ってことですね」

 

「そうです」

 

「……」

 

レイスの脳裏には、あの3人の姿が浮かんでいた。それぞれ、実力は凡そ互角に見えたが、問題はそこではない。

 

格が違った。今のレイスでは、傷の一つもつけられずに殺される。それ程の実力差が、あの三者と彼にはあった。

 

「君たちは、類稀なる才能を秘めている。ですが、まだ圧倒的に修練が不足しています。どれ程の猶予が残されているかは分かりませんが、時が来るまで、その才能を最大限まで引き出す必要がある」

 

「……」

 

残された時間は少ない。彼らは今、何を思うのか。

 

 

 

 

 

それから2時間ほどして、レイスたちは、ゼクトの家に着いた。

 

その間、テオはまだ目覚めなかったし、リリィも気を持ち直す事は無かった。

 

「……」

 

レイスとフィーリアは、やるせない気持ちで、リリィを見つめた。

 

完全なる放心状態。心がすっぽりと抜け落ちてしまった、人形のような状態に見える。

 

「リリィ……くそっ」

 

血だらけのリリィ。

 

リリィが人殺しなんてするはずがない。そう思っている。だが、リリィの血に染まった服が、レイスを残酷な現実に引き留める。

 

「レイス君……修行だけでなく、彼女の心のケアも、君には頼む事になりそうです」

 

「ゼクトさん…」

 

「彼女の意志で人を殺めた訳ではないでしょう。恐らく、ワルツの何らかの能力が関係しているはずです。ですが……」

 

「……」

 

レイスは俯いた。

 

「彼女は、自分が人を殺めたと思っている。罪の意識で、心が崩れてしまったのです」

 

「……」

 

「友人である君が、彼女を救うしかない。今日は、彼女と一緒にいてあげて下さい」

 

「……勿論、そのつもりです」

 

車から下りると、ゼクトの家が目の前にあった。

 

「これが……」

 

ゼクトの家を一言で表すのならば「豪邸」であった。

 

広大な庭に、荘厳でありながら、優雅な趣のある屋敷。

 

「凄く、広いですね……」

 

フィーリアも、その広さに舌を巻いていた。

 

「部屋はいくつもあります。皆さんには、それぞれ個室を用意します。その他の生活必需品も、こちらが用意するので、その点で心配はありません」

 

「ありがとうございます」

 

「ただ、ご家族の方には連絡して下さい。私の見立てでは、1ヶ月以上は修行にかかる」

 

「1ヶ月…」

 

「グレイドたちが、そんなに待ってくれるんですか…?」

 

フィーリアは、少し不安げな目でゼクトを見る。

 

「……恐らく、大丈夫でしょう」

 

「どうして、そう言えるんですか」

 

「……ザークの存在です」

 

「ザーク…!」

 

レイスとフィーリアの目つきが変わる。

 

「ひとまず、家に入りましょう。今は、テオ君とリリィさんを」

 

そして、リリィはレイスが背負い、テオはゼクトが抱える事となった。

 

屋敷の門扉は、黒かった。ゼクトは、インターホンの横にある薄い金属板のような装置に指を当てると、数字を打ち込み始めた。

 

 

「それは…」

 

「家に入るには、指紋認証とナンバーの打ち込みが必要です。後で、君たちの指紋も登録させて下さい」

 

解錠すると、門は自動で開き、屋敷への道へと繋がった。

 

「こんなの、テレビや映画でしか見たこと無い…」

 

レイスは、改めてゼクトの家の広さに驚いていた。

 

門扉から本邸の玄関までは少し距離があった。道は一本道になっており、両サイドには庭が広がっていた。だが、豪邸の庭のイメージとは異なり、どこか飾り気の無い、寂しい景色とも言えた。

 

フィーリアは、辺りを見回して気になる事があった。現在、庭にはゼクトたち以外には人がいない。これだけ広い屋敷なのに、家事手伝いに従事する人がいないというのは、少し妙であった。

 

「あの…お手伝いさんとかは、いないんですか?」

 

「元々はいましたが、今は全員、休暇を与える形で屋敷から離れてもらっています。一人を除いて」

 

「一人?」

 

「住み込みで働いてもらっている女性がいるんです。彼女の事も、後で紹介します」

 

そうこうしている内に、屋敷は近くに見えてきて、正面玄関まで辿り着いた。2階建ての屋敷は、それこそ絵画や映画で見るような、上流階級の屋敷、といった見た目である。大きな扉が、彼らの目の前にあった。ゼクトは、扉に手をかけ、引いた。

 

「これが、私の家です」

 

ゼクトの家の中は、全体的にレトロな雰囲気を感じさせた。ひと昔前の貴族の館のような、気品と歴史を感じさせる。だが、そこに明るさはあまり見られなかった。荘厳、とまではいかないまでも、どこか堅い印象も受けられる。

 

「私と皆さんの部屋は2階にあります。まずは、荷物を下ろしてきて下さい」

 

「ゼクトさん」

 

すると、彼らの前に一人の女性がやって来た。グレーの髪の、若い女性だった。

 

「おかえりなさい…」

 

「あの、ゼクトさん。この人は……」

 

「彼女が、先程言っていた女性です」

 

メイド服の女性は、レイスたちの方を見た。気を失ったテオや、虚ろな表情のリリィを見て、女性は少し驚いた表情をした。

 

「その2人は……」

 

「ミシェルさん、この子を上の部屋で寝かせたいのですが…」

 

女性は、ミシェルと呼ばれていた。ゼクトは、テオを抱えたまま階段まで歩き出した。レイスたちも、それに続く。

 

「目を覚ますまで、側にいてもらえますか」

 

「はい…。では、ひとまず私の部屋で寝かせてあげましょう」

 

2階まで上ると、そこからは直線に道が広がっていた。ここも相変わらず、雰囲気のある場所だった。通路には、扉がいくつもある。扉の中は個室になっており、7部屋あった。ミシェルは、自分の部屋の扉を開くと、ゼクトは室内のベッドにテオを寝かせた。

 

「皆さんの部屋は、どこでも自由に選んでくれて構いません。夕食の時間まで、今は休んで下さい。特に、フィーリアさん」

 

「は、はい」

 

「君もテオ君と同じで、短時間で大量の波動を消耗した。身体をしっかりと休めておいて下さい」

 

「分かりました」

 

 

ゼクトは部屋を出ると、1階へと下りていった。ミシェルは、レイスたちに顔を向ける。

 

「……」

 

レイスは、ミシェルの顔を見ると、何かを感じた。どこか、テオと……。

 

「あ、自己紹介がまだでしたね…。俺は、レイス=リヒトワールと言います」

 

「フィーリア=ゼルフォードです」

 

「レイス君に、フィーリアさんね。私は、ミシェルと言います。ミシェル=メイヤー…」

 

「メイヤー!?」

 

レイスとフィーリアの目が見開かれた。

 

「あ、すみません…」

 

思っていたよりも大きな声が出てしまったレイス。

 

「あの……グレイド=メイヤーって、知ってますか?」

 

レイスは恐る恐る尋ねる。グレイド、という名を聞くと、ミシェルの目が少しずつ見開かれていくのが分かった。

 

「グレイドを、知ってるの…?」

 

「えぇっと……」

 

レイスは、言葉に詰まった。今の口ぶりからして、ミシェルがグレイドと何らかの関わりがある事は分かったからだ。

 

「……グレイドは、私の弟なの」

 

「え!?」

 

 

 

 

それ以上の事は、今は話さなかった。

 

ミシェルからは、波動使いの波動を感じなかった。ワルツのように、「亜空」を使っている気配も無い。波動使いではない、普通の女性であった。

 

彼らは、それぞれ自分の部屋を選び、室内へと入っていった。部屋の並びは、ゼクト・ミシェル・テオ・レイス・リリィ・フィーリアの順となった。

 

 

「……」

 

レイスは今、リリィの側にいる。リリィは依然として、うんともすんとも言わない。虚ろな目は、彼女の心がどこまでも沈んでいきそうな、そんな暗さを感じさせた。

 

「リリィ…」

 

「……」

 

レイスは、リリィの手を取った。リリィの手を優しく、しかし、しっかりと握った。

 

リリィの顔が、ほんの僅かだが動いた。

 

「こんなふうに手が触れるのは、いつぶりだろうな」

 

「……」

 

「もう、随分と前の感じがするよ」

 

レイスは、窓から外の景色を眺める。日差しが、レイスには少し眩しかった。

 

「リリィ……俺は、リリィの事を守れなかった」

 

「……」

 

「リリィには絶対、辛い思いはさせないって思ってたのに、こんなに傷つける事になった」

 

歯を食いしばり、神妙な表情を浮かべる。

 

「俺が弱いからだ。俺がもっと強ければ、リリィをこんな目に遭わせずに済んだ……!」

 

「……」

 

「だから俺、強くなるよ。もう、手遅れかもしれない。リリィの苦しみは、それでどうにかなる訳じゃないと思う。でも…」

 

「……」

 

「もう二度と、リリィに辛い思いはさせない。リリィの事は、絶対に守ってみせる」

 

「…………」

 

リリィの表情に変化はない。だが、その瞳から、そっと涙が流れ落ちていた。

 

「…!? リリィ……」

 

レイスは、リリィの手が動いたのを感じた。弱い力だが、彼女のもまた、彼の手を握っていた。

 

「………………」

 

彼女の沈むだけだった心が、ほんの少しだけ動かされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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