修羅の覇道   作:せご曇(せごどん)

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正体

 

「…………」

 

ミシェルは、目を閉じたままのテオを見つめていた。

 

「…………」

 

何だか、とても懐かしいような…。初対面のはずなのに、何でだろう…。

 

 

 

「………テオ、元気でね」

 

 

 

「ん……?」

 

ずっと気を失っていたテオだが、ゆっくりと、ゆっくりと目を開いた。

 

「あ…! 気がついた?」

 

テオが目を覚まし、ミシェルはホッとした。安堵の笑みを浮かべた。

 

テオの目には、ミシェルが映る。

 

「……母さん…?」

 

「え……?」

 

「………」

 

テオはゆっくりと身体を起こす。少しばかり、ボーッとしていた。

だが、徐々に頭が冴えてくる。周りの光景が、最後に自分が見た光景とは違うものであり、彼は急いでミシェルの方を見た。

 

「ここは!?」

 

「あ、慌てないで……! ここは、ゼクトさんのお家よ…」

 

「……ゼクトさんの?」

 

そこでテオは、身体に痛みが無い事に気付く。ディヴァインとの戦闘で、彼の肉体は傷だらけだった。だが今は、血も流れていないし、辛くもなかった。

 

「あなたは、ゼクトさんに助けられて、この家にやって来たの。隣の部屋には、レイス君とフィーリアさんもいるわ」

 

「レイスとフィーリアが……」

 

「あ、私はミシェル=メイヤー。あなたは、テオ君だよね?」

 

「……はい。テオ=クランゼルです」

 

テオもまた、「メイヤー」という名前が気になったが、この場では何も聞かない事にした。

 

「私、ゼクトさんに伝えてくるね。ここで待っててね」

 

ミシェルは立ち上がると、部屋を出ていった。

 

 

 

「メイヤー……グレイドと何か関係が…?」

 

彼の脳裏には、グレイドの冷徹な顔が浮かんでいた。ミシェルが見せた柔和な笑顔は、それとは似ても似つかない。

 

「……」

 

ふと左に目を向けると、そこには写真が一つ立てられていた。幼い、灰色の髪の少女の隣に、同じく灰色の髪の大人の女性が立っている写真だ。

 

「……! あれは……」

 

テオが気になったのは、少女ではなく女性の方だった。立ち上がり、写真の方へ寄ろうとした。

 

すると、ノックの音が聞こえた。ガチャリとドアノブを握る音が聞こえ、扉が開かれるとミシェルの姿が見えた。後ろには、黒髪に黒いスーツの男・ゼクトが立っている。

 

「もう動いて大丈夫なのですか、テオ君」

 

「はい。……あなたが、ゼクト=レギレウスさんですか?」

 

「はい」

 

テオは、ゼクトの波動を注意深く観察した。

力強くも、滑らかな波動。とても洗練されている。

 

彼もまた、ゼクトの強さを肌で感じ取った。

 

「今は簡潔に話しましょう。君たちにはこれから、修行を積んでもらいます」

 

「…」

 

「先程、リリィさんを連れ去った男は、フィーリアさんの兄である、ワルツ=ゼルフォードです」

 

「ワルツ……」

 

白髪の男の姿が思い浮かぶ。リリィを攫う瞬間に見せた、邪悪で冷たい笑みが、彼の脳裏に刻まれていた。

 

「彼とは、近い内に激突する事になるでしょう。そして、彼だけではない」

 

「…?」

 

「グレイドも、行動を始めたようです」

 

「なっ…奴は今、この国に…!?」

 

「ワルツの話を信じるのなら」

 

ゼクトがグレイドの事を口にした瞬間、ミシェルの表情に陰りが見えた。

 

「グレイドもワルツも、只者ではない。純粋な実力もありますが、我々を仕留めるだけの、何らかの秘策があるはずです。確実に勝つためには、君たちの力が必要だ」

 

「………」

 

テオとグレイドの間にある力量差は、はっきり言ってとても大きい。そして、ゼクトの口ぶりからして、ワルツもまた、グレイドやゼクト自身と同格の力を持っている事は想像に難くない。

 

「やります」

 

だが、テオは怯まない。例えどれ程実力に差があっても、それで絶望し、歩みを止める事など許されない。彼は、揺るぎない信念を持っていた。

 

「良い眼だ。君には、特に期待しています。……修行は明日からです。今日は色々あったでしょうから、ゆっくりと身体を休めるように」

 

「はい」

 

そして、ゼクトは部屋から出て行った。その場には、テオとミシェルが残された。

 

 

 

「グレイドってね、私の弟なの」

 

「……!」

 

ミシェルの口から語られた事実に、テオは驚いた。

 

「メイヤー……と言っていたので、何か関わりはあると思いましたが」

 

「あの子は、私の2つ下で、10人兄弟の末っ子。なのに、家で一番強かった」

 

ミシェルは静かに目を閉じた。その表情は、どこか苦い過去を思い出しているかのような、心地の良さそうなものではなかった。

 

「私ね、波動が使えないの」

 

「……」

 

テオも、その事には気付いていた。ミシェルは、普通の人間の波動の流れをしていた。

 

「私には波動の才能が全く無くて……少しも使えなかった。家では、いつも兄たちにいじめられてた。家督争いのストレス発散として……」

 

「………」

 

「でもね、グレイドは私に何もしなかったんだ」

 

「……?」

 

「ただ眼中に無かっただけなんだと思う。波動も使えない、ただの弱い女の私に、興味が無かっただけ。……でも、家でたった一人、私をいじめなかったから、何だか味方がいるようで…嬉しかった」

 

「………」

 

何と返せば良いか、分からない。テオにとって、グレイドは討つべき敵である。倒さねば、仲間たちが殺される。そんな相手だ。

 

「グレイド………」

 

 

 

 

「あっ……あぁ………」

 

「………………」

 

いつかの記憶。ミシェルの辺りには、凄惨な死体が転がっていた。血の海と言ってもいい、地獄のような空間。ミシェルは膝から崩れ落ち、身体の震えを止められずにいる。

 

「ふん…所詮はこの程度か下臈共が…」

 

グレイドは心底つまらなさそうに、骸たちを見下ろしていた。

 

「あっ……グ……グレイド………っ」

 

 

 

 

「……どうしましたか」

 

「あっ、ううん。何でも無い。少し、昔を思い出してただけ……」

 

ミシェルは笑ってみせるが、明らかに作り笑いであった。その目は、哀しみの色をたたえていた。

 

「…俺の部屋、隣でしたね」

 

「うん。その隣の部屋には、レイス君たちがいるよ。目も覚めた事だし、顔を見せてあげて」

 

「はい。ありがとうございました」

 

テオは去り際に、またあの写真を見た。

 

写真に写る女性。テオにとって、彼女は……。

 

 

 

「……レイス、リリィは一体」

 

テオは、リリィの現状を見て、唖然としていた。いつもの元気のある姿ではなく、生気が無くなったかのような、弱々しい姿に成り果てたリリィ。

 

「……実は」

 

 

「……! ワルツが、リリィに…」

 

想像以上に深刻であった。昔から、心優しい性格のリリィ。そんな彼女が、ワルツにより人を殺めさせられた。

 

これ以上に無い程、彼女の心に重くのしかかっているはずだ。

 

「…リリィは、ワルツのせいだとは思わないだろう」

 

テオは、リリィの性格をよく知っている。彼女の場合、自分が人を傷つけたという事実だけで、この上なく心を痛める。ましてや、命を奪うなど…。

 

「レイス、俺も出来る限りの事はする。だが、本当にリリィの心の支えになってやれるのは、お前だ」

 

「テオ」

 

「……リリィは崩壊の寸前にいる。お前が、リリィの心を繋ぎ止めるんだ」

 

「…………」

 

 

「リリィ……」

 

扉の陰から、フィーリアもリリィの様子を見ていた。リリィの痛々しい姿に、彼女の心も痛む。

 

「ワルツ……!!」

 

そして、それと同時にワルツへの怒りも込み上げてくる。10年以上ぶりの再会。世界中を探しても見つからなかった兄と、遂に再会できた。

 

そのはずなのに、その兄が、リリィの心を破壊した。かつて、母にやったように…。

 

「許さない……!」

 

 

 

それからしばらく経った。夕食の時間になり、一同はリリィを除き、1階に下りていった。料理を作ったのはミシェルだった。

 

皆疲れているのか、気が休まらないのか、会話はあまり無かった。どこか寂しいとも言える夕食の時間であったが、食事を終えるとゼクトが話を切り出した。

 

「さて………ザークの事でしたね」

 

「……!」

 

レイスもテオもフィーリアも、表情が引き締まった。今まで、謎に包まれていたザーク。遂に、彼ついて、何かを知れる時が来たのだ。

 

「私も、ザークの全てを知っている訳ではない。ですが、彼が普通の人間とは全く異質な存在である事は知っています。これが、その証拠です」

 

「…?」

 

ゼクトは写真を1枚取り出した。色が無い、モノクロの写真。画質も、今に比べると良いとは言えない。

 

「これは、100年前に撮られた写真です」

 

「100年前…!?」

 

「その写真が、ザークと…」

 

ゼクトは、写真をレイスに渡す。テオとフィーリアも顔を寄せ、写真をよく見た。

 

「これは……」

 

写真には、2人の男女が写っていた。女は、顔を手で覆い、その場に崩れている。その後ろに、女を見下ろすかのように、男が立っていた。画質が悪いながらも、男が笑っている事は分かった。

 

「この男………ザーク!?」

 

「……!」

 

レイスとテオは気付いた。男の顔は、ザークのものと同じであった。あの時、彼らが見たザークの邪悪な笑みと、写真の男の笑みもそっくりであった。、

 

「これがザークなのね……。じゃあ、女の人は……」

 

「その女性は、『セシリア・ホルン』です」

 

「セシリア………」

 

「……! あの、世界三大悪女の!?」

 

 

セシリア・ホルン。100年前、当時王制であったホルロスの、最後の国王であった女。当時のホルロスでは、国王の権力が絶対的で、セシリアは強大な権力により国民に重税をかけ、各国に戦争を仕掛け、過剰なまでの思想統制を行い、反逆者と見なしたものを残虐な方法で公開処刑にするなど、悪虐の限りを尽くした。最終的に、原因は分からないが、セシリアは自殺し、それと同時にホルロスの王制は幕を閉じた。

現在に至るまで、世界中の人々から嫌われている、世界三大悪女の一人である。

 

しかし、写真のセシリアからは、そのような残酷な精神は読み取れなかった。むしろ、ひどく弱っている。

 

「100年前の写真に、どうしてザークが……」

 

当然の疑問。人間であるならば、100年間も姿を変えずに活動するなど、まず不可能。

 

「結論から言います。ザークは人間ではありません」

 

「…!?」

 

「より正確に言うと、我々のような人間ではない」

 

「ザークが、人間じゃない……?」

 

「どういう事ですか」

 

3人の視線が、ゼクトに集まる。

 

「その写真にあるように、ザークは100年以上前から、老いる事なく生きています。いかに優れた波動使いと言えど、これ程の長い時を老いずに生きる事は出来ない」

 

「………」

 

にわかには信じがたい話だが、事実として、ザークは写真そのままの見た目で、レイスたちの前に現れた。

 

「じゃあ、何でザークは、セシリア・ホルンの側に……」

 

「………」

 

ゼクトは、しばし黙った。何か、嫌な事を思い出すような、そんな表情であった。レイスたちが不思議そうな顔となると、口を開いた。

 

「セシリア・ホルンは世界三大悪女の一人。どこの国の歴史の授業でも、彼女は非難されるべき人間として扱われています。ですが、真実は違った」

 

「?」

 

「彼女は、自分の意志で行動していたのではない」

 

「え……」

 

「裏で、ザークが彼女を操っていたのです」

 

「……!?」

 

更に告げられた衝撃の事実。最悪の女王は、ザークによって操られていた。レイスたちは、少し頭の整理が追いついていない様子だった。

 

「操る……」

 

「何故、ザークはセシリアを?」

 

その中でも、テオだけは冷静に話を聞いていた。

 

「彼の目的は、結局分かりませんでした。…ですが、戦争を引き起こしたり、圧政を敷く事が彼の目的ではない。いずれにせよ、極めて不吉な存在と言えます」

 

「………」

 

少しだが明かされた、ザークの正体。グレイド、ワルツ、そしてザーク。立ちはだかる敵を前に、彼らは何を思うのか。

 

……彼らが相対するのは、その3人だけではない。

 

 

 

 

今から95年前、悪虐の女王・セシリア=ホルンは突如、自殺した。拳銃自殺であった。原因は不明。権力が覆される兆しは無く、あまりにも不自然な自殺であった。だが、数々の非道な行いに民衆の怒りは爆発し、彼女の遺体は民の前に吊るし上げられた。

 

セシリアの死により、王政に終止符が打たれた。新政府は民間人が主体となり、それから数々の制度に改革がもたらされるなど、ホルロスは再建の道を歩む事になる。

 

 

悪虐の女王の死は、民の団結を深めた。二度と同じ過ちを犯すまいと、改革に情熱を注ぐ礎となった。

 

故に、()()()()()()()()()()()()()()は、城を制圧した新政府の重鎮たちにより、無かった事にされた。

 

 

世界三大悪女の一人。その女が、最後に吐露した、心の内であった。

 

 

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。弱い私で、ごめんなさい。何も守れない、惨めな私でごめんなさい。生まれてきて、本当にごめんなさい。

 

もし、時が戻るのなら、もう二度と、こんな過ちは犯さない。こんなに、こんなに辛い未来があると知っていたなら…。

 

でも、もう全てが遅かった。私のせいで、私のせいで、多くの人が涙を流した。多くの人が、血を流した。

本当にごめんなさい。生まれてきて、本当にごめんなさい」

 

 

 

 

 

「ワルツ………」

 

その夜、フィーリアは眠れずにいた。

 

兄との再会。そして、その兄による残虐非道な行い。

 

────そして、叔母の仇を容易く殺した、豹変したレイス。

 

頭の中で、整理が出来なかった。今日という一日が、これ程過酷になるとは。

 

「……やっぱりダメね」

 

目を閉じても、まったく眠れる気配がしない。フィーリアは、夜風に当たる事にした。

 

部屋を出て、バルコニーに向かおうとする。ゼクトの屋敷の2階には、バルコニーが備わっていた。

 

だが、7つの部屋の1つの扉が開いている事に気付く。

 

「…? 何かしら……」

 

バルコニーへの通り道でもあるので、扉の方へと向かってみる。

それは、ゼクトの部屋であった。

 

「ここは…ゼクトさんの」

 

ゼクトの部屋の扉が、開けっ放しであった。人の部屋をじろじろ見るのも何なので、フィーリアはバルコニーへの足を進めようと思った。

 

だが、ふいにある物に目が行った。ゼクトの部屋の机に立ててあった写真だ。写真には、2人の人間が写っている。

 

黒髪の若い女と、同じく黒髪の少年。

 

「これは……」

 

満面の笑みを浮かべた若い女。青い瞳が印象に残る。その隣には、まだ子供ながらも、大人びた雰囲気の少年。

 

「これ、ゼクトさんかな…?」

 

ゼクトの部屋にあるのだから、恐らくそうなのだろう。では、隣の女は誰だろうか。

 

「綺麗な人……誰だろう…」

 

そんな事、分かるはずがない。ゼクトの昔の写真に写る人など、知りようが無い。だが、不思議と写真に見入ってしまった。女は一体…。

 

そのまま部屋にいても仕方がない。フィーリアは、写真を机に置いて、ゼクトの部屋を出た。

 

 

 

 

そして、バルコニーに出た。月明かりが差していて、夜なのに不思議と明るい感じがした。

 

「あれ……」

 

だが、そこには人影があった。ベンチに腰掛けている者が一人、月を眺めていた。

 

「ゼクトさん……?」

 

「ん……フィーリアさん」

 

ゼクトは顔を少しフィーリアの方へ向けると、再び月へと目を移した。

 

「眠れませんか」

 

「え?あ、はい……。色々あって………」

 

「…………」

 

フィーリアは、ゼクトの方まで寄っていった。

 

「隣……いいですか」

 

「どうぞ」

 

フィーリアは、ゼクトの隣に腰掛けた。彼女もまた、月を眺める。

青白い光を放つ、美しい月だった。

 

「………」

 

月はこんなにも綺麗なのに、心は晴れ晴れとしていない。ワルツとの再会、レイスの豹変、そして、リリィの崩壊。

 

「………ワルツのことですか」

 

ゼクトが、ゆっくりと語りかける。

 

「……はい」

 

「…………」

 

「ワルツは、私が7歳の時に、家を出て行ってしまったんです。理由も言わずに、ある日突然。お母様はひどく悲しんで……それからはずっと、暗くなって、身体も弱っていって…。お父様も、病気になって、亡くなってしまいました。だから、せめてお母様が亡くなる前に、もう一度ワルツに会わせてあげようと思って、世界中を探したんです。…でも、どこにもいなかった。それから、この国に帰って来て、レイスたちと出会って。……その矢先でした」

 

「……大変な思いをされたようですね」

 

「ワルツは、何であんなことを………」

 

「……最後に彼に会った時に、彼は既に良からぬ事を考えているようでした。もうずっと前から、彼の道は決まっていたのでしょう」

 

「それって、一体……」

 

「彼が何を考えていたのか、そこまでは分かりません。ですが、彼の中に何か底知れない闇のようなものを感じました」

 

「…………」

 

「……それだけではないのでしょう?」

 

「えっ……」

 

「ワルツの事だけではないのでしょう?」

 

「………」

 

ゼクトには、見抜かれていたようだ。フィーリアは、あの事を話すと決めた。

 

「実は、リリィが連れ去られた後、殺し屋が私たちの前に現れたんです。ワルツとは無関係みたいでしたが、その男は私の叔母様を殺した男でした」

 

「殺し屋…ですか」

 

「その男とは、私とレイスが闘いました。…でも、勝てなかった。レイスは殺される寸前のところまで追い詰められました」

 

「……」

 

「その時なんです。レイスの様子が急に変わって…」

 

「様子?」

 

「男は、攻撃の手を止めてレイスから離れました。思わずそうしてしまう程の凄みがあったんです」

 

「……」

 

「それから、レイスは『転禍為福の術』で自分の身体の傷を治しました」

 

「転禍為福の術を?」

 

「レイスは、使えるなんて一言も言ってませんでした。レイスが波動を習い始めたのは、2週間前。いくらなんでも、使えないはずです」

 

「……それで、その後は」

 

「レイスは身体を治すと、光の波動を放ちました。それも、普段のレイスの波動の、10倍以上は強い波動を…。レイスの波動は、光の波動ではありません。急に波動の性質が変わるなんて、聞いたことが無いです」

 

「……」

 

「それから、こう呟いたんです」

 

 

         「ゲルガ・ザーク」

 

 

「………!」

 

そこで、ゼクトの表情にわずかな変化が見られた。だが、すぐに元の表情に戻る。

 

「すると、レイスは風を操りました。レイスの能力は電気で、他の能力はありません。なのに、急にです。しかも、『ザーク』って…」

 

「………その後は」

 

「レイスは、男を圧倒しました。それも、甚振るように……。最後は、男を氷の能力で凍らせて、粉々に砕いて……殺しました」

 

「………」

 

「でも、その後レイスは、いつものレイスに戻りました。自分が何をやったのか、まるで覚えていないという様子で……」

 

「……そうでしたか」

 

「私、何が何だか……。叔母様の仇が討たれたと言うのに、それどころじゃなくて……。レイスに、一体何があったんですか…?」

 

「…………」

 

ゼクトは、しばらく黙ったままでいた。月明かりが、2人を仄かに照らす。ゼクトの神妙な顔と、フィーリアの不安げな顔が、夜空の下で明らかになる。

 

「……フィーリアさん」

 

「……はい」

 

「これからするお話は、他言無用でお願いします。他の3人には、決して口外しないで下さい」

 

「……………はい」

 

フィーリアの心臓の鼓動が早まった。ゼクトの言葉は、どこか鬼気迫るものがあった。

 

「先程、私はザークの正体について説明しました。少なくとも100年は生きていて、誰かを影で操って活動している。そして、その目的は不明」

 

「……」

 

「この話には、偽りはありません。実際に、彼の目的については未だに分かっていない。その出自も謎です」

 

「………」

 

「ですが、君たちには話していない事がある」

 

「……?」

 

フィーリアは、ゼクトの方を向いた。

 

「…………少し、昔話を聞いてもらえますか」

 

「え………」

 

フィーリアは、一瞬戸惑った。だが、続きを聞く事に専念した。

 

「私は子供の頃、聖煌流で学んでいました」

 

「聖煌流……レイスたちの?」

 

「そうです。その時、私より9つ上の、姉弟子がいました」

 

「………」

 

「彼女は、私の初恋の相手でした」

 

「………」

 

フィーリアの瞳が、少し揺れた。

 

「その人は、強く、優しかった。まるで、本当の弟のように、私に接してくれた。私の憧れの人でした」

 

「その人って……あの写真の人ですか」

 

「ん……」

 

「あ……すみません。部屋の扉が開いていたので、つい……」

 

「そうでしたか。構いません」

 

ゼクトは、月を見上げた。

 

「その通りです。あの写真に写る少年は私で、女性が今話している人です」

 

「……」

 

「いつまでも、あの日々は続くと思っていました。……ですが、それは叶わなかった」

 

「え……?」

 

「ある男により、私たちの日々は終わりを迎えた」

 

「それって……」

 

「……ザークです」

 

「………!」

 

「私は、子供の頃に彼と会っています。ザークこそが、あの日々を終わらせた張本人でした」

 

「でも、ザークはどうやって……」

 

「………」

 

ゼクトは、目を閉じた。彼は今、何を思っているのか。それは誰にも分からない。

 

ゆっくりと目を開ける。月は相変わらず、空高く地上を見下ろしていた。

 

「ここからの話は、特にレイス君には伝えないで下さい」

 

「…………はい」

 

「ザークは、あの人を次の標的にしたのです。ザークの権謀術数により、彼女はザークの手に堕ちた」

 

「…………」

 

「それから、あの人は私の前から姿を消した。……だが、今あの人が何をしているかは分かる」

 

「え?」

 

「波動使い殺し」

 

「……!?」

 

 

それは、17年前から、世界中の波動使いたちを殺している、正体不明の存在。

 

 

「彼女は今、そう呼ばれています」

 

「そんなっ……!?」

 

波動使い殺しの正体が、あの写真の女。それも、ゼクトの姉弟子であった人だ。

 

フィーリアの心臓の鼓動は、より一層早まった。

 

「で、でも、それが何でレイスに……」

 

「…………………」

 

「………ゼクトさん?」

 

「あの人は……」

 

 

 

「ゼクト君、私………っ」

 

 

 

 

「あの人は、レイス君のお母さんです」

 

「っ!?!?!?!?」

 

 

「名前は……アリス・リヒトワール」

 

 

静かな夜に、風になびく木の音が木霊した。

 

 

 

 

 

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