修羅の覇道   作:せご曇(せごどん)

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あの甘酸っぱい日々は

 

満点の青空。今でも覚えている。とても美しく、澄み渡った空。

ある夏の日だった。

 

「ゼクト君…………私……っ」

 

鮮明に脳裏に焼き付いている。「万能の天才」と呼ばれた、私の憧れの人の、あの顔が。綺麗な青い瞳は、暗く濁っていた。その双眸からは、静かに涙が流れていた。あのような弱々しいアリスさんは、見たことが無かった。

 

「ごめんなさい……っ」

 

「………何故、謝るのです」

 

「私……もう………」

 

「アリスさん?」

 

「ごめんね、ゼクト君……。さようなら…………」

 

それが、彼女と交わした、最後の言葉であった。

 

「…! 待って下さい、アリスさん!!」

 

 

次の瞬間には、彼女の姿は消えていた。それと入れ替わるように、あの邪悪な男の姿があった。

 

「クククッ……」

 

「ザーク……!」

 

「そういうこった。どうだ? 初恋の女を寝取られた気分はよ……といっても、既にあいつは結婚してたな。お疲れ」

 

「アリスさんに何をした?」

 

「そいつを教えてやる義理はねぇな。……ただ、奴はこれからこう呼ばれるだろうぜ。世界を股に掛ける『波動使い殺し』ってな!」

 

「!!」

 

「あばよ、レギレウスのガキ。てめぇが大人になったら、また会えるかもな……」

 

そして、ザークもその場から姿を消した。

 

私の頭では、喧しい蝉の音が、ただそれだけが世界の全てであるかのように鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

「波動使い殺しが、レイスの……!?」

 

「はい」

 

フィーリアの顔には、明らかに動揺が見て取れた。目は大きく見開かれ、その瞳は揺らいでいる。

 

「アリスさんが姿を消した後から、波動使いが殺されるようになりました。波動使いだけではない。一部で、謎の死を遂げた人々が現れるようになった。これも、アリスさんによるものです」

 

「そんな………」

 

フィーリアは俯く。

 

「で、でも! 今の話だと、殺しているのはアリスさんの意志じゃ……」

 

「……その通りです。彼女は、間違っても自分の意志で人を殺すような人じゃない。全て、ザークが彼女を操っているからでしょう」

 

「………」

 

だから、良いという訳ではない。

 

「ですが、アリスさんはそうは思わない。今も、罪の意識に苛まれているはずです。意志とは無関係に、人を殺し続けている事実は存在します」

 

「っ…………」

 

「レイス君が口にした『ザーク』という言葉と、『ザーク』という男。無関係ではないでしょう。ザークがレイス君と接触したのも、そこに理由があるはずです」

 

「………」

 

フィーリアは、煮え切らない思いで溢れた。ザークと共に行動しているアリスの存在は、彼女にとっても、そしてレイスたちにとっても、大きな壁であった。

 

「……君に話すべきか、迷いました」

 

「…………」

 

「結局、私が話したことは、慰めにも何にもならなかった。それどころか、君に不安の種を植え付ける結果になったかもしれません」

 

「そんなことは…」

 

無いと言えば、嘘になる。

 

「……レイス君とザークの関係。そして、アリスさんの存在。これらは、全て繋がっているように思えます。長い時を生きているザークが、遂に転換点を迎えた。そう思えてなりません」

 

「ザークが、大きく打って出る……と」

 

「グレイドとワルツの動向も要注意ですが、最も警戒すべきは、恐らくザーク。レイス君の件は、恐らく突発的なものでしょう。原因は不明ですが、彼に眠る『何か』が自由に動き回る事はない。もし可能ならば、レイス君が元に戻ることなど、ありえませんから」

 

「そう……ですか」

 

「今日はもう遅い。そろそろ、部屋に戻りましょうか」

 

「……はい」

 

そうして、フィーリアとゼクトは腰を上げた。

 

「あの」

 

「? 何ですか」

 

フィーリアは、どうしても聞かずにはいられなかった。

 

「何で、私に話したんですか。…アリスさんのこと」

 

「………」

 

しばしの沈黙。冷たい空気が、フィーリアの頬を刺激する。

 

「私の、身勝手です」

 

「身勝手……?」

 

「あの人は、人殺しとして生きることとなった。そして、その苦しみを知っているのは、私だけでした。……彼女のせいではないと、誰かに知ってほしかった。そんな私の、我儘です」

 

「…………」

 

「勝手が過ぎましたね」

 

「いえ、そんな…」

 

ゼクトは、扉に向かって歩き始めた。フィーリアもそれに続く。2人の足取りが違っていたのは、なにゆえか。

 

 

 

 

 

 

11月30日。午前6時。レイスたちは、ゼクトの家にて、初めての朝を迎えた。

 

「………」

 

まだ、辺りは暗い。冬の早朝は、「朝」である事を感じさせない。

 

「これから、始まるのか」

 

グレイド、ワルツ、そしてザーク。彼よりも遥かに強い3人。果たして、勝てるだろうか。

 

「いや、そんなんじゃ駄目だ」

 

両手で頬をパシッと叩き、気合を入れる。勝てるか、じゃない。勝たないと駄目なんだ。負ければ、リリィも殺されてしまう。

 

そんな事は、絶対にさせない。

 

 

 

「………」

 

テオは、ミシェルの事を思い浮かべていた。

 

「何故俺は、あの人を……」

 

テオは、ミシェルとある人物を重ねていた。それは、彼の母。幼い頃に病で亡くなった、彼の母親である。

夢から覚めた時、たまたま重なって見えたのか。それとも…?

 

「……今は、そんな事を気にしている場合じゃないな」

 

刀を携え、部屋の扉を開けた。

 

 

 

 

「………」

 

フィーリアは、煮え切らない思いで目覚めた。ゼクトから聞かされた真実。それは、俄かには信じ難い話であった。

 

「アリスさん……」

 

写真に写っていた、穏やかな面持ちのアリス。その彼女が、世界中の波動使いを殺している。

そして、何よりもそのような強い人と、敵対するかもしれない。不安要素は、山ほどあった。

 

「駄目よ…!気持ちを切り替えなきゃ…!」

 

首をブンブンと振り、雑念を振り払う。相手が誰であろうと、今の自分には、立ち止まっている余裕は無いのだ。

 

相手がたとえ、レイスの母親でも。相手がたとえ、自分の兄でも…。

 

 

 

そして、リリィは…。

 

 

「……………っ」

 

布団にうずくまる彼女の身体は、小刻みに震えていた。

 

悪夢だ。彼女は、クレアを殺したトラウマを、夢でも体験していた。

実際に、殺害する瞬間の記憶は無い。だが、夢の中では、包丁を握った自身が、命乞いをするクレアを何度も何度も、繰り返し刺していた。

まるで、殺しを愉しんでいるかのように…。

 

 

「ぁ…………いや……っ……!!」

 

誰かの命を奪った事実は、彼女の脳裏にこれでもかと刻まれている。その事実は、彼女の心を徹底的に甚振っている。

 

リリィの絶望は、未だ拭い去れない。

 

 

 

 

ゼクトは、彼らが目を覚ます1時間程前から、1階にある書庫で、いくつかの本を読んでいた。

 

いや、正確には本ではない。本に挟まっていた、ある手紙である。

そこに書かれてある文字は、現代ではどの国においても、地域においても使われていない。過去の文字、それも古代文字である。

 

ゼクトは、大学時代に考古学を学んでいた。およそ2000年前の、ある国の歴史である。

 

それは、「古アルデニア王国」。2000年前に、広大な地域を支配していた一大王国。20年程前に、何を意味しているのか分からない、謎の碑文が見つかり、考古学の世界でしばし注目を浴びた。

 

だが、世界でただ一人。碑文の先の内容を知る事が出来た人間がいた。それが、ゼクトである。

彼が読んでいる手紙は、碑文があった遺跡の近くで見つかった。ある箱の中に入れられ、そして地中深くに埋められていた。

 

何故、誰も気が付かなかったのか。それは、ただ地面に埋まっていたからではない。その箱が、()()()()()()()()()()()()()である。視覚的に見えなくなっていたそれは、しかし波動の気配は完全には隠されていなかった。もっとも、とても微細な気配なので、かなりの使い手でなければ、気付けないようになっていた。

 

つまり、波動使いに向けられた、古代の人間からのメッセージであったのだ。そのような物を普通の人間に見せるべきではないと判断したゼクトは、誰にも伝えないまま、今日に至った。

 

手紙の内容は、当時のゼクトにはよく分からなかった。だが、フィーリアの話を聞き、ゼクトはこの手紙の事を思い出したのだ。

 

文字は、当時の筆記体であったのか、書き手の個性なのか、どこか書き崩された所があり、非常に読みにくかった。また、古代アルデニアの文字は、全てが解読されている訳ではないので、部分的にしか内容は理解できなかった。

 

その読み取れた部分には、以下の文字があった。「2000年」「封印」「滅亡」「王」そして、「転生」。手紙の最後に書かれていた名前は、「バジル・クラウス」。

 

「クラウス……御三家の前身の名前だ。あの時から気になっていたが、まさかこれは…」

 

ゼクトの目には、「転生」の文字が映っている。

 

「私の考え過ぎか…? だが、この手紙とザークには、何か繋がりがあるように思えてならない」

 

世界でただ、彼だけが知る手紙。

 

 

 

この手紙は、後に世界の存亡に関わる、極めて重大な事柄に触れていたと明らかになる。そして、その日は…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこかの公園。

 

袴の女…………アリス・リヒトワールは、ベンチに座って空を見上げていた。早朝はまだ暗く、かなり冷える。アリスの息が、白く見える。

 

彼女の側には、黒紫色の髪の男、ザークがいない。たまに、姿を消す時があるが、何をやっているのかは分からない。いや、どうでも良かった。

 

彼女の手には、2枚の写真が握られていた。1枚は、ある日のゼクトと撮った写真。そしてもう1枚は、レイスと、彼女の双子の妹、レイスの育ての母親であるローラ・リヒトワールが写る写真。レイスが誕生日ケーキのロウソクの火を消す瞬間であり、ロウソクは「17」の形となっている。17歳の誕生日の写真であった。

 

 

「ゼクト君、今頃どうしてるかな………」

 

最後に見たゼクトは、まだ子供であったが、今はとっくに大人になっている。色々あったが、自分の事は忘れて、生きていて欲しいと思っていた。

 

「レイス………」

 

写真に写るレイスは、とても幸せそうだった。隣のローラも、レイスの誕生日を心から祝っているようで、本当の親子のように見えた。

 

極めつけは、写真の左上に書かれた赤い文字。ザークが書いたものだが、これがアリスの心を抉った。

 

 

 

「生みの親より 育ての親」

 

 

 

「っ…………!」

 

アリスの目に、薄っすらと涙が浮かんだ。

 

「もう、嫌……」

「あの時に、戻りたい…! あの時を、あの時を…!」

 

「そいつは出来ねぇな…」ザークの声が、聞こえた気がした。

 

「誰か…私を…殺して……」

 

 

彼女の心を支える者は、誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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