レイス・テオ・フィーリアの3人は、庭の中央に集まっていた。彼らの前には、ゼクトが立っている。これから、修行が始まろうという時であった。
「修行に入る前に、君たちの実力を実際に試してみたいです。これから1人ずつ、私と模擬戦をして貰います」
「はい」
「その際、力を加減したり、急所を避けたりはしないで下さい」
「え」
レイスは、少し戸惑いを覚えた。が、ゼクトはそのまま続けた。
「これから私たちが相手にするグレイド・ワルツは、恐らく私に近い実力です。そして彼らは、君たちを殺すことに一切の躊躇いも感じません」
「……」
それは、グレイドと闘ったレイスとテオには、疑いようの無い事実であった。そして、ワルツのあの不気味な波動を感じ取ったフィーリアもまた、その点に何ら疑問は無い。
「こちらも、彼らに対して慈悲を持ってはならない。確実に仕留める、その心意気での攻撃が必要です。なので、この模擬戦も、私を殺すつもりで闘って下さい」
「はい」
最初は、レイスであった。レイスはゼクトの前に立つと、波動を解放し、力を高めていく。
「では、始め」
レイスは、ゼクトの開始の合図と同時に、足を電気の波動で刺激し、高速で前へと駆けていった。
そして、同じく電気で刺激された拳を、ゼクトの顔面に叩き込もうとする。
(スピードはかなりのもの…)
ゼクトはそれを難なく躱す。だが、レイスの攻撃は止まらない。高速で繰り出される打撃は、ゼクトの指示通り、ゼクトに鋭いダメージを与えるべく、急所を含めて満遍なく打ち砕かんとする。
(威力もある。電気による肉体の強制加速…)
そこでゼクトは、はじめて反撃に出た。レイスの攻撃と攻撃の合間の、一瞬の隙を突いて、肘打ちを繰り出したのだ。
「!?」
(動きが読めなかった!?)
既に肘は顔面の目の前にある。ここから避けることは不可能と判断したレイスは、顔に波動を込めて、防御力を高めた。
肘打ちは命中。鋭い痛みが、レイスの顔に広がる。
(防御してもこの威力…! しかも、全力じゃない…!)
(予想外の攻撃にも冷静に、合理的に対処できている…。これが波動を学んで2週間の動きか…?)
レイスは崩れかけた体勢を逆手に取る。逆立ちの体勢となると、脚を素早く回転させ、ゼクトの腕を狙った。
今度のゼクトは、それを喰らった。あえて喰らったという感じだが、ゼクトを後方に退ける事に成功する。
(戦闘センスは抜群……流石、アリスさんの息子だ)
「レイス君」
「はい」
「電気で肉体を強化し続けて下さい。最大まで強化したら、そのまま攻撃を。持続力を見てみたいです」
「分かりました……!」
すると、レイスの身体から、バチバチと激しいスパークが迸った。
「…………」
フィーリアは、レイスの力を見て内心驚いていた。
(本当に2週間なの…? こんなの、何年も修行して、ようやく得られる力……)
レイスの秘めたる才能は、予想以上かもしれない。だが、それと同時に、懸念もあった。
(あの男との闘いでも、レイスは電気で身体を無理矢理動かした。でも、長もちはしなかった…)
「さあ、来て下さい」
「はいッ!!」
レイスの初速は、凄まじかった。テオもフィーリアも、反応が少し遅れた程であった。
(速い…!)
(あの時よりも、速くなっている気がするわ…!)
そして、ゼクトも同様の感想を抱いた。
(成る程。スピードはかなりのものだ。そこも、あの人と……)
凄まじい速度と、波動により強化された拳による突きが、ゼクトの頬に触れんとしている。
「!!」
しかし、殴打がゼクトに命中する事は無かった。紙一重でそれを躱したのだ。
(避けられた…! このスピードでも…!)
だが、すぐに思考を切り替える。次には、高速の回し蹴り。それもまた躱したゼクトは、両の拳に波動を込めた。
(…! 来る!!)
ゼクトは、高速のパンチで反撃に打って出た。レイスはそれを躱し、捌き、なんとか直撃を避けていた。
(重い…! これが、ゼクトさんの波動…)
攻撃を防ぎつつも、内部に響くような鈍い痛みに、顔をしかめるレイス。
このままではジリ貧になると判断した彼は、ゼクトの突きを一度、全力で弾く。その際に生じた、わずかな自由を生かし、その場から動いた。
(スピードで撹乱するつもりか…)
ゼクトの読み通り、レイスの目的はスピードを生かした、ゼクトの意識の撹乱。身体を動かす度に、どんどん加速していく。
(まだだ! まだ、加速が足りない…! 最大速度まで持って行って、最大火力の一撃に賭ける…!)
レイスのスピードはどんどん速くなっていき、いつしか彼らの周囲には突風が吹いていた。
(ここまで速くなるなんて……でも、逆に言えばこれは…)
驚きと不安が入り混じったフィーリア。
(レイス、今のお前の力はどれ程なのか)
テオは、ただ冷静に、レイスの動きを見ていた。
(今だッ……!)
レイスの速度が最大に達した。今の持てる力を全て乗せた、乾坤一擲の一撃。まるで雷のように稲妻を走らせる拳で、ゼクトを狙い撃つ。
轟音が、館中に鳴り響いた。ゼクトとレイスの周囲には煙が立ち込め、2人の姿は隠れる。
「レイスっ!」
「………」
そして、煙が晴れていった。そこには、レイスの拳を指一本で受け止めるゼクトの姿があった。
「嘘…でしょ…?」
フィーリアは、今度こそ驚きを隠せずにいた。レイスの攻撃の威力は、明らかに高かった。少なくとも自分がまともに喰らえば、重傷は避けられないと思える程には、凄まじい威力が込められていた。
それを、ゼクトは指一本で止めてしまった。しかも、指は折れてなどいない。
「はぁ……はぁ……ぐぁっ……」
レイスは、身体を酷使したせいか、膝を地に突いた。
「2週間でこれですか……上も上の出来です」
「はぁ……はぁ……でも……ゼクトさんには……」
「…………」
ゼクトの純粋な称賛も、レイスにとっては素直に喜べるものではなかった。間違いなく、自分の全身全霊であった。それが、指一本で受け止められてしまった。
ゼクトは、レイスの胸に手を当てると、波動を彼に流した。転禍為福の術であった。それにより、悲鳴をあげていた身体中の筋肉が、一気に安らいでいく。
「あ……ありがとう、ございます」
「立てますか」
「はい」
ゼクトの手を取り、立ち上がる。
「君の事がよく分かりました。体術、状況判断の面は、申し分ない。既に今のレベルで完成されていると言えます」
「本当ですか…」
「はい。これは嘘偽りのない事実です。課題点は、波動の練度と、それに伴う肉体の強度です」
「練度と強度、ですか」
「電気によって、肉体を強化する。この考え自体は、誤りではありません。実際に、身体能力は飛躍的に向上しています。しかし、長時間の戦闘となると、今の君では、苦戦を強いられる事になる」
「………」
「身体に無理強いをしている訳ですから、長もちしないのは当然に思えるでしょう。ですが、実はそうではない。波動の総量そのものを増大させられれば、肉体の強度も比例して高まる。そうなれば、今の全力を3割…いや、2割の力で出せるようになる」
「2割で……?」
「全力の場合でも、今よりも遥かに長い時間、肉体を強化したままの戦闘が可能になります。そうなれば、これ以上に強力な事はありません」
「なるほど……」
「次に、波動の練度です。これは経験が不足している面が強いでしょうが、波動の特性を生かしきれていません」
「特性、ですか」
「肉体を強化する、というだけならば、通常の波動の延長線上のものでしかありません。そこに電気の特性が上乗せされたところで、肉弾戦そのものを封じられてしまえば、何も出来なくなります」
「………」
「君の攻撃は、打撃一辺倒です。だが、電気によって出来ることは、それだけではない。例えば、電気そのものを生かした攻撃が可能なはずです」
「雷みたいな攻撃……ですか」
「そうです。電気による攻撃は、殺傷能力が極めて高い。特性を完全に生かせば、相手の腕や脚は簡単に吹っ飛びます」
「………」
少し物騒な話だが、レイスはそのまま聞き続けた。
「腕や脚の欠損は、戦闘において致命的です。相手は、そういった電撃も頭に入れつつ、闘わなければならなくなる。検討事項が増えるのです。そうなれば、君の攻撃に対して、後手に回る場面が必ず訪れる」
「レパートリーを増やす、という事ですかね」
「そうです。そして、その一環として『弾』や『閃』といった技術を身に着けて貰います。具体的な内容は、後で詳しく説明しましょう」
レイスがゼクトの前から離れていく。その後ろ姿を見ながら、ゼクトは思った。
(あのスピード…レイス君も、速さで攻めるタイプか。親子は似るもの…か?)
そして、次にフィーリアの方を見た。
「次に、フィーリアさん」
「はい」
フィーリアは呼ばれると、ゼクトの前まで出た。
(私の力が、どこまで通用するのか……)
先日のセブンスとの戦闘で、フィーリアは奥義「桜雪」をはじめて成功させた。だが、それでもワルツとの実力差は相当なものだと感じていた。ワルツも当然、「桜雪」を使えるのだから。
少し緊張しながらも、しっかりと相手のゼクトから目を離さずにいた。
「では、はじめ」
ゼクトの合図と同時に、フィーリアは彼の足場を凍らせた。ゼクトはそれを避けるべく後方へと跳ぶ。
跳んだ先には、極めて鋭利な氷柱があった。このままだと、串刺しになる。
しかし、ゼクトはそれに気付いていた。通常では考えられない動きで身体を拗らせ、氷柱を綺麗に避けて着地する。
「あんな動き…!?」
フィーリアが驚いたのも束の間。彼女は次の攻撃へと打って出る。氷の槍を作ると、それを握ってゼクトの近くへ回り込むように駆けていく。
「……」
ゼクトは、ただそれを立って待っていた。
フィーリアは、槍を力一杯突いた。ゼクトは、当然のようにこれを避ける。だが、それこそがフィーリアの狙いであった。
「今だ…!」
ゼクトが回避の為に動いた事で、フィーリアが先程駆け巡りながら地面に撒いていた氷の波動が反応する。ゼクトの足元は、完全に凍りついており、彼は身動きが取れなくなった。
「……」
フィーリアは、すぐさま次の攻撃に移ろうとしていた。だが…。
「なっ…!」
ゼクトは、波動を身体から発散させ、強引に足場の氷を破壊した。
簡単には止められない事は知っていた。だが、少しの足止めにすらならないとは。フィーリアが驚きを禁じ得ないでいる内に、ゼクトは既に彼女の間合いに詰め寄っていた。
「…!? 速……」
ゼクトは動きが固まったフィーリアに、打撃を数発浴びせた。鋭い痛みがフィーリアの身体へと広がっていく。
「あっ……」
防御が間に合わず、ダメージが肉体に色濃く残る。フィーリアはその場で片膝を着いた。
「フィーリアさん」
ゼクトは、そのフィーリアに畳み掛ける事はなかった。彼女に静かに語りかける。
「次は、純粋な近接戦闘の動きが見たいです。私に仕掛けてきて下さい」
彼女に転禍為福の術をかけ、先程与えたダメージを回復させるゼクト。
「っ………」
フィーリアの中に、込み上げるものがあった。彼女はゆっくりと立ち上がると、身体に波動を込めてゼクトへと向かっていった。
最初に見せたのは回し蹴り。右足の先には、氷の波動により生み出された鋭利な氷刃があった。
ゼクトはこれを難なく避ける。氷はすぐさま消え、フィーリアは次の攻撃に出る。
氷により殺傷能力を上げられたフィーリアの近接技は、しかしゼクトには一度も命中しない。
(分かっていたわ…! でも、こんなに差があるなんて……! これじゃあ、ワルツには……)
ゼクトは、はじめて手を動かし、フィーリアの拳を止めた。
「フィーリアさん」
「…! は、はい」
「焦りが見えます。闘いに集中出来ていません」
「……すみません」
「私との力量差を憂いているのですか」
「………」
フィーリアは俯いた。ゼクトとの圧倒的な差。そして、恐らくゼクトと同格と思われるワルツとの差。それが、フィーリアに重くのしかかっていた。
「君の実力は把握できました。君の強みは、何事も一定以上の水準でこなせる事です」
「………」
「基礎は出来ている。動きは卒のないもので、綺麗にまとまっているとも言えるでしょう」
「………」
だが、それは裏を返せば。フィーリアは既に、自身の弱点に気付かされた。
「反面、尖った強みというものが欠けている事が弱点です。例えば、全ての技能がそれぞれ、100点満点中70点、といった感じでしょうか」
「器用貧乏……という事ですか」
「悪く言えばそうなります」
「ワルツや…グレイドや…ゼクトさんは、120点の実力ですか」
「……」
「正直に…答えて下さい」
「……恐らくは、そうでしょう。彼らの能力については分かりませんが、それを差し引いても基本技術から応用技術まで含め、並ではない」
「……」
「君の課題は、基礎力の増強です。また、先程の氷をまぶす技ですが、波動の気配が残っていました。全てを隠すことは不可能ですが、少なくとも相手の気をひかない程度には気配を抑える必要があります。『空』の習得はまだですね?」
「…はい」
「空」は、フィーリアがとても苦手としている技術だ。フィーリアの表情に陰りが一層見られた。
「地道に鍛えていく必要があります。決して、背伸びをしようとは思わないで下さい。そして、兄と自分を比較しないように」
フィーリアは、ゆっくりとゼクトを見上げた。ゼクトの表情は、少し複雑なもので、彼女は不意を突かれた思いとなる。
「はっきりと言うと、ワルツの方が、君よりも才能では優れている。これは事実です」
「それは…分かっています」
「ですが、君は君の考えに基づいて、ワルツと闘うと決めた。それならば、比較をして一喜一憂をしている暇など微塵もありません。優れていようが、劣っていようが、勝たなければならないのです」
「……」
「才能の優劣が、勝敗を分けるものではない。ただ一つ言える事は、自分の中に揺るぎない軸が無ければ、その才能も生かせない」
「軸……」
自分に問いかける。何があっても、意志を曲げずに、ワルツと、兄と闘えるか。昨日は闘うと言ったが、本当に出来るのか。
(闘って、それから…?)
そもそも、何故闘うのか?
母を悲しませたからか?リリィに外道な仕打ちを行ったからか?レイス達と敵対しているからか?
兄を殺して、母は喜ぶのか? 母は今でも兄を愛しているから、気を病んでいるのではないか?
考えれば考える程に、「闘う理由」というものを見つけるのが難しくなるように思えた。
(いえ、駄目よ! こんなんじゃ…。 私に迷ってる暇なんて無いんだから…)
フィーリアは目をぎゅっと瞑り、雑念を打ち消そうとした。
去っていくフィーリアの後ろ姿を見ながら、ゼクトは自嘲していた。
(「軸」か。よくも抜け抜けと言えたものだな。全てから逃げ出した半端者が)
ゼクトの脳裏には、最後にアリスが見せた涙が、そして、あの日からの自身の姉の顔が浮かんでいた。
(「軸」があれば、私もアリスさんも、そして姉さんも、ああなることは無かったのだろうか)
レギレウス家歴代最強とも言われ、大いなる期待を寄せられた自分。「万能の天才」と呼ばれ、波動世界の最強の存在とも言われたアリス。そして、自分が生まれるまでは次期当主とされた、一流の波動使いであった姉・ユミ。
最早、かつての栄光は見られなかった。
(だが、そんな私に、最後の機会が巡って来た。たとえここで死のうとも、私は彼らの力となる。そして、アリスさんを…)
「最後に、テオ君」
「はい」
テオは、ゼクトの前に出た。
(彼は、3人の中で頭一つ抜けているな)
ゼクトは、テオの波動を見て、その強さを理解した。レイスに勝るとも劣らない才能、先日のディヴァインとの闘いでたどり着いた、波動使いとしての高みの境地。
「テオ君、君は波動の基礎と応用技術、それと聖煌流の技はどれ程会得していますか」
「『弾』『閃』『空』、転禍為福の術。聖煌流の技では、『暁』を会得しています。一度しか実践していませんが、『
「嘘…」
フィーリアは、舌を巻いた。会得している技術の豊富さもそうだが、一番は「極果」だ。「極果」とは、波動能力の「究極」。能力としての完成形である。本来、波動を学んで1年半そこいらの青年が、安々とたどり着ける境地ではない
「『極果』ですか。成る程。1年とそこらでそれ程の練度ならば、実に大したものです」
「……」
「君については、『極果』の強さが知りたい。最大出力での君の『極果』を、私にぶつけて下さい」
「分かりました。フゥゥゥ……」
テオは息を整えると、静かに波動を身体から放出する。湯気のような波動は、やがてメラメラと燃え盛る炎となり、テオの周りを包んでいく。
「凄いな、テオは。前よりもずっと強くなってる…」
レイスは、この数日でのテオの成長に驚いていた。ディヴァインとの死闘は、テオのレベルを格段に上げていた。
「……」
フィーリアは、ただ黙ってその様子を見ていた。
テオは右手を前に差し出すと、波動をそこに集中させた。燃え盛る炎の勢いは、一層激しいものとなる。
「極果『
テオの最大火力の奥義「龍煌閃」が放たれた。名の通り、放たれた爆炎は龍の形となった。太陽の如く燃える龍は、ゼクトを大口で喰らい、呑み込む。宙高く舞った龍は、次第に光り輝いていき、凄まじい閃光を伴って爆発した。
「くっ…!」
「なんて威力なの…!」
地上でその様子を見ていたレイスとフィーリアは、その圧巻の火力に度肝を抜かれた。
仮に、自分たちが「龍煌閃」を喰らったら、確実に死ぬ。そう思わせるだけのエネルギーを秘めていた。
「………」
だが、当のテオは、神妙な面持ちで上空を見ていた。煙を破って地上へと落下するシルエットが一つ。ゼクトのものだ。ゼクトは、そのまま3人のもとへと降り立った。
「嘘……無傷……?」
フィーリアが、大きく揺れていた。確かに、テオの技は破壊的な威力であったはずだ。
だが、眼の前のゼクトは、全くダメージを負った様子を見せていない。
「いえ、無傷ではありませんよ」
ゼクトは、左手を開き、3人に見せた。少し焦げており、煙が立ち上がっていた。
(……! こんなの、ほぼ無傷みたいなものじゃない…)
「私は、波動で身を守りました。それでも、傷を負った。2度目の発動でこの威力であれば、文句無しの出来です。発展の余地が十分に残されているのですから」
ゼクトは「転禍為福の術」で焦げた左手を治癒する。あの凄まじい威力の技が、こうも簡単に帳消しにされてしまったのかと、レイスとフィーリアは何とも言えない気分となる。
「課題は…出力の向上、ただ一点でしょうか。技の形としては、これで完成されています。後は、君自身の波動を強化することで、技の出力を向上させる。至ってシンプルです」
「はい」
自分の全力の技がゼクトに通用しないと分かった今でも、テオの心は揺らいでいない。彼は、修行によって強くなった未来の自分を見据えていた。
「これで、全員の実力の確認は済みました。ここからは、実際に修行に移ります。皆さん、私の前へ来て下さい」
ゼクトに言われた通りに、3人は彼の前へと寄った。
「今から、皆さんにはある術をかけます」
「術?」
「聖煌流の上位の修行者に用いられる、修行の為の術です。この術をかけられると、君たちの身体はとても重く感じられるでしょう」
「重く…」
「勿論、ただ重くする事が目的ではありません。波動を開放し続ける事で、なんとか重さに耐え、動く事が出来ます。常に全力で開放する必要があるので、非常に過酷な修行にはなりますが…耐え抜けば、今の全力を2割の力で出せるようになります」
レイスは、先程ゼクトに言われた事を思い出した。
「この事だったのか…」
「波動自体が根本的に強化されなければ、強力な波動使いと闘う事は出来ません。さて……皆さん、覚悟は出来ましたか?」
「はい」
テオは、静かに、されど力強く答える。
「やります」
フィーリアは、決意を示す為に、真っすぐとゼクトを見て言った。
「出来ています」
レイスは、気持ちを引き締め、はっきりと答えた。
「良い返事です。…では、これから私が言う事に対して『応じよう』と答えて下さい。他人を束縛する術ゆえ、発動には相手の了承が求められるのです」
ゼクトは手を前へと突き出すと、厳かに口を開いた。
「我、汝らと『
「応じよう」
3人がそう答えると、ゼクトから放たれた波動が、彼らの身体に入り込んでいった。
「っ!?」
ゼクトの波動が身体に流れた瞬間、フィーリアはその場に片膝を着いた。
「この重さはっ…!?」
「ぐっ…!」
レイスは大股になり、なんとか踏ん張っていた。
「く…!!」
テオもまた、身体が地に吸い寄せられそうになるのに必死に抗っている。
「身体で耐えようとしてはなりません。波動を開放するのです」
「波動…を……」
レイスは、その身から波動を浮かび上がらせた。湯気のように沸き立つそれは、程なくして勢いを伴って肉体から放出される。レイスの、全力の波動であった。
「……」
重さに少し耐えられるようになり、レイスはゆっくりと身体を起こした。だが、立っているのがやっとといった感じだ。
他の2人も同様に、波動を全力で開放して、なんとか真っすぐに立つ事が出来た。
「今日から、その重さに耐えられるまでは、体術や技の修行はせずに、ただ波動を開放してもらいます。これが、先程言った『基礎的な』修行です」
「は、波動が途絶えたら、どうなるんですか…?」
レイスが少し荒い息で尋ねる。
「波動が底を尽いたら、術も自動で、一時的に解除されます。少し休んだ後に、私が波動を分け与えますから、再び修行を再開して下さい」
「その…私たち3人分の波動は、ゼクトさん1人で負担するんでふすか…?」
「そうです。私の波動の総量ならば、君たちに分け与えても問題はありません。ですから、そこの心配はしないで下さい。…それと、術の解除の方法ですが、先程の波動切れによる解除は一時的なもので、完全な解除ではありません。術そのものを解除するには、君たちが心の中で解除を強く願う必要があります。術の解除は、修行の終わりを意味します。そのタイミングは…皆さんが各自で考えて下さい。もっとも…」
ゼクトは3人の瞳を見ると、微かに笑った。
「皆さん、心得ているようですがね」
(笑った…)
レイスは、ゼクトと出会ってから今まで、彼が笑った所を見ていなかった。
だが、今はじめて、ゼクトが笑った。少し近寄り難いような、厳格な雰囲気があったゼクトだったが、レイスは距離が少し縮まったように感じた。
11月29日午後21時28分。
レイスたちが修行に汗を流しているこの時、最凶最悪の事態が起きようとしていた。
グレイド・メイヤーはパキンスタ国内の私有地にプライベートジェット機を着陸させ、コックピットから降りていた。
「ここに来るのは、久しいな」
夜風が、グレイドの髪を揺らしている。
「奴らの正確な位置は掴めん。チッ、あの下臈共も、死ぬにはいささか早かったか?」
グレイドは舌打ちをしたが、次の瞬間にはかつての配下たちの事は考えていなかった。
「まぁ良い。いずれは分かる事だ」
グレイドは静かに足を進めていくが、不意に立ち止まった。
「……貴様、何者だ」
グレイドは振り向かなかったが、確かに殺意を込めて問うた。
「ほぉ……お前も気付いたか。流石、元次期当主サマだ……」
すると、ある男が姿を現した。白髪で色白の、黒い服を纏った狂人。リリィの精神を破壊し、ゼクトにも引けを取らない実力を見せた、元ゼルフォード家次代当主、ワルツ=ゼルフォード。
ワルツは不敵に笑いながら、グレイドに近付いていく。
「何…?ワルツだと…?」
グレイドは、そこで振り向いた。眼の前には、最後に顔を合わせた時から、遥かに成長したワルツがいた。
「久しぶりだなぁ、グレイド。かれこれ12年ぶりくらいか?」
「貴様、生きていたのか。消息を絶ったとは聞いていたが……あの女に殺された訳ではなかったようだな」
「『あの女』ねぇ。ま、アリスには襲われちゃいないさ…」
「ほう。貴様も気付いていたか。『波動使い殺し』の正体に」
「まぁな…。だが、『波動使い殺し』と言うなら、お前もその一人だろ?」
「ふん…」
カカ、と笑うワルツを、グレイドは睨むように見つめていた。
「何故ここが分かった?」
「メイヤー家…いや、御三家の私有地は押さえてんのさ。何が起こるか分からないんでね…。例の鉄道の件で嗅ぎつけてきたんだろ?となれば、着地するのはここだわな…」
「………」
「オイオイ、かつての『友』との再会だぜ?もうちっと喜んでくれても、罰は当たらねぇってモンさ…」
「『友』か」
グレイドはわずかに口端を歪めた。
「確かに、貴様はそうかもしれんな。…だが」
グレイドは波動を高める。暗い夜に、輝く波動の眩い光が灯った。
「『友』であるのならば…いや、『友』であるからこそ、我が覇道の為、この俺が直々に手を下してやるのが礼儀というものではないか?」
「ほぉ……」
ワルツは歪んだ笑みを浮かべると、闇夜をより黒に染める、寒気のするような不気味な闇の波動を放った。
両者、互いに波動を開放している。まさに、一触即発の、緊張感の漂う瞬間。
だが…。
「ハッ」
ワルツは、突如開放していた波動を消した。
「…何?」
「ここでお前と殺り合うのもそれなりに面白そうだが、今回はそいつが目的じゃねぇ」
「……」
あのグレイドの前で波動の展開を解くなど、自殺行為。にも拘らずに、ワルツは波動を消した。敵前で鎧を捨てるかの如き愚行は、かえってグレイドの興味を誘った。
「良かろう。聞かせろ」
グレイドも一旦は波動の展開を解いた。
「そうだな、まずお前は、アリスについてどこまで知っている?」
「アリス=リヒトワール。『万能の天才』と呼ばれるも、17年前に突如として姿を消した…。あの女と顔を合わせたのはあの日のみだ、仔細は心得ていない」
「成る程な。じゃあ、アリスと一緒にいる、闇の波動使いの男は知っているかな?」
「…ザークの事か」
「ほぉ、知ってんのか」
「数度、相まみえただけだ」
「まぁ、アイツの話は後だ。じゃあ、アリスに息子がいるってのは、知ってるか?」
「…何?」
「これは知らなかったようだなぁ…ケケッ。……お前がついこの前ボコボコにした、あの金髪のガキだよ」
「あの小僧が?…貴様、あの場にいたのか」
「遠くから見てただけさ…。あのガキの名前は、『レイス=リヒトワール』。つい2週間くらい前に波動の修行を始めた、期待のルーキーだ」
「2週間…? 何故、この時世に?」
「さぁ、そこまではな…。で、ここからが本番だ」
「ほう」
「アリスに会ったって事は、アイツの性格も知ってるだろ? アイツは、自らの意志で殺しをやっていない。大方、ザークが関係してるんだろうが、そんな事はどうでもいい」
「……」
「お優しい心のアリスお嬢、そしてその息子のレイス君……これは利用出来るとは思わねぇか?」
「…何が言いたい?」
「俺と手を組め、グレイド。これから、面白いものが見られる……」
「……貴様と組んで、この俺に何の得がある? 生憎、俺は貴様のような悪趣味は持ち合わせていない。アリスとレイス、両者共に殺すまでだ。無論、貴様もな」
「まぁそう言うな…。……お前の『
「成道」。その言葉を聞いた瞬間に、グレイドの目の色が変わった。
「貴様………」
「睨むなよ。お前の「成道」が何なのかは分からねぇからよ。ただ、あの時アリスに向かって出そうとしていたな? だが、そこに突如ザークが現れた。で、お前は「成道」を一瞬で解除した。条件か何かは知らねぇがな。……お前、今は使えねぇんじゃねぇか?」
「………」
「その万全ではない状態で、アリスと
「貴様は、何がしたい?」
「ようやく気が乗ったか。……ここじゃなんだ。場所を変えねぇか? 良い酒を出す店を知ってるぜ…」
「………良いだろう」
「よぉし。そうこなくっちゃな。あ、そうだ。お前には教えてやるよ、俺の『成道』を」
「何…?」
「俺の『成道』はな─────────────────」
「ほう…」
そう呟いたグレイドは、不敵な笑みを浮かべていた。
「そういうワケだ。お前と殺り合っても意味は無えってモンよ」
「……クククッ、クハハハハハ!!!」
グレイドの高笑いが木霊した。
「やはり、貴様は気狂いであったな。……良かろう、貴様と組んでやる。我が覇道の、最後の余興だ…」
「そうそう、そうでなくちゃなぁ…。クヒャハハハハハ!!!」
最凶と最狂。混ざってはならない光と闇が、今交差した…。