修羅の覇道   作:せご曇(せごどん)

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乾杯

成道(じょうどう)」。

 

極果(きょくが)」が、波動能力の「究極」を意味するのだとしたら、「成道」は、波動能力の「超越」を意味する。

血の滲むような修練の末、波動使いが至る自身の波動の最終到達地点こそが、「極果」である。あくまでも最終到達地点であるため、その効果は、能力の枠組みの中に納まる。

一方で「成道」は、いかなる修行を重ねても、たどり着く事は出来ない。きっかけは何でも良いが、自身の精神に途轍もない影響を与える経験や、決して揺らぐ事のない強い意志。それらにより、波動使いは「成道」へと至る。

その能力効果は、通常時に波動使いが用いる能力の枠組みを超えている。まさに「超越」。

その会得経緯の特殊さ故に、「成道」へと至った波動使いは極めて少ない。そもそも、通常の波動使いには、存在すらも認知されていない。

 

「俺が『成道』に至ったのは、6歳の頃だった。あの時、あまりにも美しいモノを見てしまった…。それが、俺がこんな畜生の道に進んだキッカケだったって事さ、ククク…」

 

パキンスタ共和国内でも随一の高級ホテルのレストランで、ワルツは夜景を眺めながら語った。

 

「仔細は聞かないでおこう。聞いたところで、貴様の事だ。正気の沙汰ではない、狂乱の経緯である事は、火を見るより明らか」

 

ワルツと相席しているのは、グレイド。同じく、腕を組んで夜景を見下ろしていた。

 

「違いねぇな」

 

ワルツは軽く笑うと、握っているグラスの中にある、濁り気の全く無いワインをあおった。

 

「『デル・マロ・パキンスタ』。どうかな、味は。1本で400万ルネ…高いぜ。このホテルとは縁があってな、特別に取っておいてもらってたんだよ」

 

「…悪くない」

 

「ほお。お気に召したか?」

 

「俺は下等な安酒は口にせん。この酒は、口にして不快にならんという点で、及第点だ。…だが」

 

「お?」

 

「あの日、六歳(むつ)程であった俺が飲み干した、あの酒。あれに勝るものには、未だに出会えていない…」

 

「ガキが酒を飲むなよ」

 

グレイドの脳裏には、6歳の頃に、自室で月を眺めながら飲んだ、あの酒の記憶が過る。あの時、その傍らには、彼より少し年上の少女がいたが、グレイドはその少女の事は思い起こしていなかった。

 

「そうそう、アイツだ、アイツ」

 

「ん?」

 

ワルツは、何かを思い出したかのようにグレイドに語り掛ける。

 

「クレアって女、知ってるか?」

 

「…あの売女か。それがどうした」

 

「クレア」。レイスらと対峙し、鉄道やビルを爆破して近年稀に見る規模の死傷者数を出した波動使いの女。「条件」によって二度と波動を使う事は出来なくなり、ワルツの快楽の為に利用され、リリィによって殺された桃髪の悪女。

 

「この前、この国でやんちゃしてよ。何千人かを巻き込む大事件を起こしたんだが、気付いてたか?」

 

「やはりあの女であったか。なにゆえ、然る狂行へと駆り立てられたかは、俺の知るところではないがな」

 

グレイドは、ワイングラスを口へと運ぶ。

 

「やっぱ、お前の命令じゃあないって事だな」

 

「無論だ」

 

「なるほどね…。 で、そのクレアなんだが」

 

ワルツは口もとを歪ませる。

 

「俺の『愉しみ』の為に利用させてもらったぜ。最後は、闘う事もできねぇ娘にめった刺しにされて死んだな。あれはたまらなく面白かった…。 構わねぇよな?」

 

「ふん」

 

グレイドは、鼻で軽く笑うと、グラスをテーブルに置いた。

 

「馬鹿馬鹿しい。既に死んだ者について論じたところで、何の意味がある? そのような下らない事後報告が、貴様の話したい事ではあるまい?」

 

「冷たいねぇ…。 もう少し部下を労わってやるとかはないのか?」

 

「いずれは俺が殺すつもりであった。 むしろ、手間が省けたといったところか」

 

クレアにとって、グレイドは神であり、最愛の男。しかし、グレイドにとっては数ある手駒の一つであり、いずれ手にかける予定であったに過ぎないただの女。

 

「そうかい。 じゃあ、本題に移るとするか…」

 

ワルツもまたグラスを置き、腕を組んだ。

 

「クレアだがよ、闘えない女に殺されたって言ったよな。 それは、アイツが自分に『条件』を課していたからだ。条件の内容は、『今後一生の波動を封じる代わりに、一時的に莫大な波動を手にする事』だ。 それで、ただの女になったアイツは、殺されちまったって事さ」

 

「ん…?」

 

グレイドは、今の話を聞いて疑問符を浮かべた。

 

「俺は、奴にそのような命令は下していない。俺が下した命令は、指定合流地点へと赴き、戦闘態勢を立て直す事だ。 そもそも俺は、アリス=リヒトワールによって下郎どもが皆殺しにされた節、奴もどこかで討たれたと考えていた」

 

「そう。 アイツは、お前の命令で動いていたんじゃない。 アイツにそんな条件を課させた奴が、別にいる」

 

「…」

 

「あの女にはわずかにだが、闇の波動の痕跡が見られた。本当にわずかだがな…。闇の波動を使う第三勢力。 考えられるのは、アイツらだけだろ?」

 

「アリス=リヒトワール…そして、ザーク」

 

グレイドは、悲しげな表情を浮かべたアリスと、邪悪な表情で笑うザークを思い浮かべた。

 

「アリス=リヒトワールは、理由は定かではないが、不本意に波動使いを殺めている。加えて、推定されるこれまでの奴の所業を鑑みるに、このような回りくどい行動に出る理由も思い当たらん。 そうなれば…ザークか」

 

「ビンゴ」

 

ワルツは再びグラスを手に取ると、手を軽く揺らし始めた。グラスの中では、ワインがゆらゆらと気味の良い動きを見せる。

 

「戦闘力という観点で言えば、ザークもまた、民間人を皆殺しにする事など容易い。 しかし、奴は何やら奇特な目的を持っている。ただの殺戮が目当てではなかろう。 此度の行動にも、奴の目的が関係しているな」

 

「ザークの最終目的が何なのかは、俺にも分からねぇ。 だが、今回の目的が何なのかはおおよそ見当がつく…」

 

「ほう。 興味深いな、聞かせろ」

 

グレイドがはじめて、ワルツの話に食いついた。

 

「レイスたちの心を折る事だ」

 

「何…?」

 

グレイドの怪訝な顔をよそに、ワルツは続けた。

 

「ザークは、以前からレイスに何らかの役割を持たせている。 俺がアリスとザークを発見したのは3年ぐらい前だが、その時には既に、だ。 あの様子だと、レイスが生まれた時から、ザークの計画は決まっていたみたいだな。 で、最近レイスたちには、立て続けに悲劇が起こった。奴らは今まで、闘いだとかとは無縁の世界で生きてきたから、急なイベントの数々で、既に心はズタボロさ」

 

ワルツは愉快そうにワインを口にする。

 

「酒の味が、いつもより美味い…」

 

「ただ、奴らの意志を挫く事が目的か?」

 

「いや、続きがある。 あの後、レイスと直接会ったが…心は折れるどころか、むしろ強くなったようだ。 一度折る事で、より強い精神を育てようっていう算段だったんだろうな」

 

「わざわざそのような回りくどい手法を選ぶとは、余程の計画という事か」

 

「一体何を企んでいるのやら…」

 

ワルツは、グラスに残ったワインを飲み干すと、目つきを変えた。

 

「アリスの戦闘力は、波動使いの中でもダントツだ。当然、『デルタ』だろうな………」

 

 

波動使いは、その強さによって階級分けされている。

 

「アルファ」。波動使いではない一般人、そしてそれと同等と見なされる程の、非力な波動使い。リリィは、ここに該当する。

 

「ベータ」。一般人は遥かに凌ぐ力を持つが、波動使いの中では並、または並以下に分類される波動使い。かつて、テオと対峙したダントンや、レイスの師匠であるシモン、シモンと殺し合ったコール、通常時のクレアはこれに分類される。

 

「ガンマ」。波動使いの中でも精鋭と言える、才能のある波動使い。御三家などの名家の出の波動使いは、多くがこのレベルである。テオの師匠であるガルーダ、レイス・テオと対峙したジェクラ、フィーリアの叔母であるソニア=ゼルフォード、レイスとフィーリアと対峙したセブンス、テオと対峙したディヴァイン、そして正気を失ったクレアはこれに分類される。

 

「メタ・ガンマ」。御三家の中でも、当主として名を残す程の「天才」の波動使い。ガンマまでの波動使いとは、強さの格が違う。

フィーリア=ゼルフォードの母親にして、ゼルフォード家の先代当主であるソフィア=ゼルフォードは、これに分類される。

 

 

 

そして、「デルタ」。超一流の波動使いである「メタ・ガンマ」と比しても、別格の実力を持つ、波動使いの頂点に位置する高み。千年、二千年に一度の逸材と言われる程の超越者。世界に一人いるだけでも、「力」の均衡を大きく揺るがしてしまう、絶対的な存在。

元ゼルフォード家次代当主・ワルツ=ゼルフォード、最後のメイヤー家当主・グレイド=メイヤー、元レギレウス家次代当主・ゼクト=レギレウス。彼らは、「デルタ」に分類されている。

そして、「万能の天才」アリス=リヒトワールも…。

 

 

「無論、そうだろう。あの女と直に相見え、奴の実力は感知した。この俺をもってしても、容易に殺せる使い手ではない」

 

「ほお。お前さんがそこまで言うなんてな。プライドが許さねぇ、ってのは無いのか」

 

「事実を述べたまでだ。そこに感情の介在する余地があるのか?」

 

「良いねぇ。お前のそういう所が好きだぜ……。話を戻すか」

 

ワルツは、頬杖をついた。

 

「そんなアリスが、ザークの言いなりになっている。ザークの能力なんだろうが、だとしてもアリスが、だ。ここから分かる事は二つ」

「一つは、ザークもまた『デルタ』の実力を持っている。どんな強力な特殊能力でも、能力者自身が貧弱なら格上には通用しない……そして」

 

ワルツは、ニヤリと口もとを歪めた。どす黒い内心がすぐに分かる、邪な笑みであった。

 

「アリス=リヒトワールは、『鉄人』ではあるが『鉄心』ではない、という事だ」

 

「…」

 

グレイドもまた、身体を前に持ってくる。

 

「波動使いでも何でもない、一般人の家庭出身ながら、どの名家の波動使いよりも優れた才能を持っていた。だからこその『万能の天才』なんだろうが………この『一般人出身』ってのがミソだ」

「俺たち波動使いの家系の人間は、ガキの頃から戦闘教育を徹底的に叩き込まれる。家庭環境も、どこか張り詰めたモンさ。御三家は特にな。…まぁ、ゼルフォード家は他二家と違ってかな〜り優しいが…」

 

「優しい……か。 貴様が、な」

 

「俺は例外さ…。 で、そういうガキから殺伐とした環境で育った波動使いと比べ、アリスはぬるま湯で育った。家督争いの為に切った張ったの蹴落とし合いをする事もなければ、周囲からの期待やら失望やらでストレス抱える事も無かっただろうよ。それだけ親に愛されてたって事だろうが、そのせいで感性は一般人のまま育っちまった」

 

「…」

 

「それは、アイツが波動の世界に入っても変わらなかった。アリスは親が死んだとか何とかで、聖煌流総師範のゴルド=レギレウスに引き取られてる。そこで波動の才能を開花させたワケだが……ジジイはおっとりしててな。それまで同様、無償の愛を受け続けた……。あのパーティで会って話した時、アリスの印象は『優しい女』だったが、それだけじゃあ、波動使いの心持ちとしては足りねぇぜ……」

 

「……つまり、あの女の心の弱さにこそ、つけ入る隙があると」

 

「そうだ。俺はよ、アリスがある集落の人間を皆殺しにする所を見たことがある。……最後に赤ん坊にトドメを刺した時の、アリスの顔はたまらなく良かった………その後、涙をボロボロ流して泣き崩れる姿は……あぁ、今思い出しても素晴らしいなぁ…クヒハハッ……!」

 

「…」

 

「おっと失礼……。笑いが込み上げてきちまったぜ。 アリスには、レイスというガキまでいる。あの性格だ、相当な子煩悩だろう。……これを使わない手はねぇよな? レイスは何やら、ザークの目的にも関係しているしよ」

 

「レイス=リヒトワールを用いて、アリス=リヒトワールの心を破壊し、ザーク諸共葬り去る、か」

 

「そうだ。………だが、その前にお前自身に関係する事も話しておきたくてな」

 

「何……?」

 

唐突に話題が自身に置き換わり、グレイドは眉をひそめた。

 

「お前はガキの頃から今まで、随分とお堅い人生を歩んできた。 それこそ、闘いの愉悦だとかってのを知らねぇ人生をだ。 そうだろ?」

 

「…」

 

「俺もまぁ、似たようなモンだ。同じ年頃の波動使いなんて相手にもならなかったし、天才ってのも楽しいだけのものじゃねぇな」

 

「………アリス=リヒトワールと一戦交えようというのか」

 

「ご明察……ククッ」

 

「よもや貴様が『闘いの愉悦』など、戦狂いの如き戯言を言いよるとはな」

 

「『闘いの』って所に拘る必要は無いさ…。だがな、せっかくだからお前にも知って貰いたいんだよ。 デカい壁にぶち当たった時に沸き起こる、『昂ぶり』ってヤツをよ。 このまま波動使いを皆殺しにしちまったら、お前はきっと、『昂ぶり』を知らずに死んでいく」

 

ワルツのニヤついた顔を不快そうに見るグレイド。だが、その胸中は、ワルツの言葉を「戯言」と切り捨てていた先ほどのものとは、異なっていた。

 

「『昂ぶり』を知らぬなど、知った風な口をきくものだ。 …だが、アリス=リヒトワールはいずれ殺さねばならぬ女。 『万能の天才』の力の程を見定める事は、やぶさかではない」

 

気付くとグレイドの口角は吊り上がっていた。ワルツに触発されてか、それとも…?

 

「御三家の異端児が二人、『万能の天才』と拳を交える。 こんな面白ぇカードは、そうそうに見られないぜ。 …運が良けりゃあ」

 

「アリス=リヒトワールをその場で始末できる、か」

 

「ああ。 もっとも、そうなっちゃあ俺としては興ざめだが…俺もアリスの力には興味があるんでね。 この矛盾した感情に、どうケリをつけようか…ケケッ」

 

ワルツの静かな笑い声が止むと同時に、グレイドの方から、電話の着信音が聞こえた。

 

「ん?」

 

ワルツが不思議そうな顔をする。グレイドは携帯電話を取り出すと、そのまま耳元へと持っていった。

 

「俺だ」

 

『メイヤー様、夜分遅くに申し訳ございません』

 

電話からは、女性の声が聞こえた。

 

「良い。 要件を話せ」

 

『開発の進捗状況について、お伝えする事が…』

 

「…分かった。 数分後に掛けなおす」

 

すると、グレイドは通話を切り、電話をしまった。

 

「何だ、今の? お前の恋人か?」

 

「ほざけ。 俺は宇宙船の開発を主導する立場にある。 その進捗に関し、話があるとのことだ」

 

「宇宙船?」

 

ワルツは、益々不思議そうな表情を浮かべる。

 

「後に話す。 しばし席を外すぞ」

 

「何だかよく分からんが、いってらっしゃい」

 

グレイドは、席を立つと、歩いてその場を離れていった。

 

すると、今度はワルツの電話が鳴った。

 

「あ? 今度は俺かよ」

 

彼は電話を取り出し、通話に応じた。

 

『もしもし?』

 

電話越しからは、またもや女性の声が聞こえる。グレイドの相手とは異なり、どこか親しげな印象が見受けられる。

 

「よぉ、俺だ。 どうした?」

 

『グレイド君との話はつけられたの?』

 

「おう、バッチリだ。 アリスと()るって話になったぜ。クククッ!」

 

『へー、良かったね。 じゃあ、私も準備を始めても良いかな?』

 

「ああ。 構わないぜ」

 

『分かったよ。 あと一応聞くけど、私の事はグレイド君には言ってないんだよね?』

 

「おう。 サプライズってヤツさ」

 

『まぁ、君の事だから大丈夫だとは思うけど。 じゃ、またね、ワルツ』

 

「またな」

 

ワルツは通話を切ると、邪悪な笑みを浮かべた。

 

「クフフフフッ…。 盛り上がってきたじゃないか。 あぁ、待ち遠しいぜ、アリス…」

 

女性は誰なのか。 グレイドも知らないその存在は、ただワルツだけが知っていた。

 

 

しばらくすると、グレイドがワルツのもとへと戻って来た。

 

「よぉ、お話は終わったか?」

 

「あぁ。10日後よりしばらくの間、俺が直々に開発に着手する事となった」

 

「へぇ~…。 宇宙船の開発とか、お前頭良いんだな。 そういや、飛行機も自分で操縦してたか。 それはいつ終わるか分からないのか?」

 

「未定だ。 目下は、波動使い共の始末より、優先すべき事項とも言える」

 

「そこまでなのか。 でもまぁ、詳しいことは別に良いや。 その10日後よりも前に、アリスと闘る、ってことで良いのかな?」

 

「その認識で構わん」

 

グレイドにとって、かなりの重要事項。その前に、アリスとの闘いを始めようとしている。

決して、アリスの実力を軽くは見ていない。だが、その闘いで自身が命を落とすなどとも思っていない。グレイドの確かな自信が表れていた。

 

「よしきた。 んじゃ、どうやってアリスと落ち合うかだが…俺は特別なルートでアイツの居場所を知っていてな。そこは俺に任せてもらおうか…」

 

「ふん、良かろう」

 

「OKOK。 愉しくなってきたなァ…」

 

ワルツは、グラスにワインを注いだ。グレイドもまた、空のグラスにワインを注ぐ。

 

「じゃあ、この素晴らしい夜に」

 

 

乾杯。

 

 

 

 

 

 

 

 

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