2人の胸中や、いかに。
11月29日
人を殺した。
気づいたら、目の前には血溜まりができていた。
気づいたら、目の前で人が倒れていた。
気づいたら、目の前の人は、動かなくなっていた。
刺し傷が、一箇所、二箇所、三箇所、四箇所…………………。
数え切れないぐらい、いっぱい刺されていた。
これを、私がやったの………?
問いかけても問いかけても、私が殺したという答えだけが返ってくる。
「殺したのは、お前なんだな?」
男の人が、私に問いかけてくる。
「お前なんだな?」
私は、頷くことしかできなかった。
私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した
私は、人殺しだ。
?月?日
明るい空。綺麗な空気。
私は、レイくんと一緒にいた。近くには、川があった。小石が透けて見えるほど、澄み渡った川だった。
「リリィ、こっち来なよ!!」
レイくんは、川に入っていた。手を振って、私を呼んでる。
「待って! 今行くよ!!」
私も、レイくんのもとへ向かおうとした。
一歩、一歩と踏み出していく。そよ風が髪を揺らす。気持ち良い。とても気持ち良い。
こんな時間が、いつまでも続けば……。
でも、私が近づくと、レイくんはアイスクリームみたいにドロドロに溶けていなくなってしまった。
「え……?」
気づくと、楽園みたいなさっきの風景は、もうどこにも無かった。
赤黒い空。活気のない廃墟。
身震いしてしまうほど不気味なその場所で、私は女の人の姿を見た。
身体中刺し傷だらけで、物凄い量の血を流している。お腹にはぐちゃぐちゃの刺し傷がある。
「ひっ……! う"っ……」
吐き気が込み上げてくる。私はその場にうずくまって吐いた。
「かはっ…かはっ……」
足音が近づいてくる。女の人の足音だった。
「ねぇ」
女の人は、私に話しかけた。感情の籠もってない、虚ろな声だった。
「貴女のせいで、私の身体はぐちゃぐちゃよ」
「ぁ……うっ!」
女の人は、私の髪の毛を掴んだ。鋭い痛みが頭に走った。でも、そんな痛みは、すぐに消え去った。
「ここも、ここも、ここもここもここも……みんな貴女にやられたの…」
「ぁ……」
「物凄く痛かったわ。物凄く辛かったわ。でも、貴女はそんな事はお構いなしに、私を滅多刺しにして殺した」
「ぃ……ごめん……なさい………」
「貴女のせいで、私は死んだの」
「ごめんなさい……っ……」
「貴女さえ……貴女さえいなければ……」
「ごめんなさい………!」
私は、恐る恐る女の人の顔を見上げた。私の目に映ったその人は、女の人ではなかった。
金色の髪の、私の大好きな人。
「この」
レイくん。
お願い。その先は、言わないで。
「ヒトゴロシ」
11月30日
「はぁ……はぁ……はぁ………」
あれは……夢だったの………?
気づくと私は、涙と汗で顔がぐちゃぐちゃになっていた。
『ヒトゴロシ』
「うっ……!?」
吐きそうになり、慌てて口を押さえる。
レイくんの顔。レイくん声。そして、レイくんの言葉。
全てが、まるで本当の事のように、頭に残ってる。
「っ……」
頭をどれだけ振っても、あの夢の光景が消えない。忘れようとすればするほど、レイくんの声が鳴り響く。
『ヒトゴロシ』
『ヒトゴロシ』
『ヒトゴロシ』
「やめてやめてやめてやめて………っ!」
お願い。
もう、やめて。
夜になって、ドアをノックする音が聞こえた。
「リリィ、入っても良いか……?」
レイくんの声がした。
「……………………」
入ってきてほしい。一緒にいてほしい。
でも、その言葉は出なかった。こんな私に、人殺しの私に、レイくんと話す資格なんて、無い。
「入るぞ………」
でも、レイくんは入ってきた。私が何も言わなくても、入ってきてくれた。
私は、俯いたまま、顔を上げる事ができない。レイくんの顔を見る事が、できない。
「リリィ………俺は…………」
「………………」
「俺は、リリィを守れなかった………」
「………………」
「リリィを守るなんて言っておきながら、ワルツに攫われるのを止められなかった。 その結果、リリィは物凄く傷ついて…………本当にごめん」
………どうして。 どうして、レイくんが謝るの?
「俺が、弱かったからだ。 俺が弱いから、何も出来なかった」
……違うよ。 レイくんは弱くないよ。 レイくんは、何も悪くない。
頭で思い描いた言葉は、私の口から出ることはなかった。
それでも、レイくんは続けた。
「俺、強くなるよ。 今度こそ、誰も傷つけさせない。 もう二度と、リリィにこんな思いはさせない。 ………だから、これだけは覚えておいてくれ」
「……………」
すると、レイくんは、私の両肩に手を置いた。私は、ゆっくりと顔を上げるしかなかった。
目の前には、レイくんの顔があった。綺麗な赤い瞳は、私の両目をまっすぐと見て、決して逸れなかった。
「リリィは、人殺しじゃない。 今までのように……とは言わない。 でも、自分を責めないでくれ。 リリィは、何があっても、俺の大切な友達だ。 これからも、ずっと」
っ…………。
私はただ、その瞳に吸い寄せられるように、何もできなかった。
レイくんは部屋を出ていった。私は結局、レイくんに何も言う事ができなかった。
レイくんは、やっぱり優しかった。いつもの、優しくて強い、レイス=リヒトワールだった。
でも、今の私には…………。
「眩し………すぎるよ…………」
小さく漏れた声を聞いた人は、誰もいなかった。
☆
12月1日、午前7時。
私たちは既に、修行の真っ只中だった。レイスもテオも、全身に波動を込めて、意識を集中させている。
………レイスによると、リリィの様子は、相変わらず弱々しかったらしい。それでも、最後にはレイスの言葉に応じた。少しずつでも、着実に前へと進んでいる。
許せないのは、ワルツ。リリィにこんな想いをさせて、傷つけて…。絶対に、絶対に許してはいけない。お母様の為にも、ワルツだけは、絶対に……!
「……っ!」
片膝をつきそうになった。意識が乱れていたみたいだ。
集中しなくちゃ。 私とワルツの差は、誰よりも私が知っている。小さい時から、ワルツはずっと天才と言われ続けてきた。
でも、私は違う。ワルツみたいな、何千年に一度の天才なんかじゃない。血を這いずってでも、強くならないと……!
午前11時。
嘘…。
レイスとテオは、軽めの運動をこなしていた。腹筋や腕立て伏せなど、軽い運動。それでも、私にはまだ、到底出来ない。
術は一日中発動している。昨日は、私たち3人とも、寝るのでさえしんどかった。波動を展開したまま日常生活を送るなんて、今までした事がなかったからだ。
私はまだ、歩いたり座ったりするのが精一杯。
………またなの? また私は、置いていかれるの?
午後1時。
私は、まだ自由に動けないでいた。
レイスとテオは、立っている分には、もう辛くない所まできていた。
早い、早すぎる。 私も、こんな所で苦戦していては……!
「フィーリアさん」
焦りだした思考は、ゼクトさんの声で止まった。
「焦っているのですか?」
心臓の鼓動が速くなる。
「……レイスもテオも、もうあそこまで動けるようになっています。 私だけ、まだ自由に動けない」
「………」
「このままじゃ、私は何の役にも立てない…! みんなの足手まといに…」
「そこまでです」
「!」
ゼクトさんは、私の目をまっすぐ見ていた。そこまで見つめられると、何も言う事は出来ない。私は押し黙った。
「フィーリアさん、君が焦るのは、何故ですか?」
「え?」
それは。
「…今言った通り、私だけ修行がうまくいっていません。 このままだと、ワルツやグレイドと闘う時に、皆の足を引っ張る事に」
「足手まといになりたくない、それだけですか?」
「…」
「修行の進捗だけで言うのであれば、君も決して悪くはありません。 二日目にしてまともに立っていられるというだけで、並の波動使いは凌駕している。 それこそ、私がかつて見た、君ぐらいの年齢の波動使いと比べても、決して弱くはありません」
「……」
でも、それだけでは駄目だ。ワルツは、10歳の時点で、既に今の私よりも遥かに強かった。「普通より優れいている」では駄目だ。
その思いは、どうしても拭えない。
「………戦士に必要な三つの要素は、知っていますか?」
「え……」
「『心・技・体』です。 決して挫けない心。 鋭く磨き上げられた流麗なる技。 そして、鋼のような強い肉体」
「更にこの中で、最も重要なもの。それは『心』です。 昨日、『軸』の話はしましたね?」
「はい…」
「優れた波動使いは、こと『技・体』に関して注目される事が多い。 レギレウス家においても、いかに磨き上げられた技を繰り出せるか、いかに強靭な肉体を創り上げるかが話し合われてきました」
「…」
「ですが、結局は、最後に人間の強さを分けるものは『心』の強さです。 ……私には、9歳上の姉がいます」
「お姉さま…ですか?」
「はい」
ゼクトさんのお姉さま。 ゼクトさんは、目を閉じると、空を仰いだ。 どの姿には、どこか哀愁が漂っていた。
「ユミ=レギレウス。 聞いたことはありますか?」
「ユミ……あ」
どこかで聞いた事がある。かつて、レギレウス家の天才児、と言われていた事があったとか。
詳しいことは、よく覚えていない。でも、ゼクトさんのお姉さまだったなんて。
「私が生まれるまで、レギレウス家の次代当主筆頭候補でした。姉は、レギレウス家の苛酷な修行に耐え抜き、『メタ・ガンマ』の実力にまで上り詰めた」
「メタ・ガンマまで…」
凄いじゃない…。 メタ・ガンマなんて、お母様と同格の強さ。御三家の中でも、誉として持て囃される強さだ。…それなのに、どうしてゼクトさんは、悲しげなのだろうか。
「私が生まれるまで」…。 あっ。
「私が生まれると、家族たちの興味は私へと移りました。 私は、御三家の人間であっても数年以上を要する修行を、数か月で終えるなどして、多大なる期待を寄せられた。…しかし、姉を次代当主として推薦する声は、もう無くなっていました」
「…」
ユミさんもまた、優秀な兄弟の存在があったんだ。私と、ワルツのように…。
「それでも、私は姉を尊敬していました。 ひたむきに努力を怠らないその姿勢は、誇るべきものだった。 この人のように気高くありたいと、何度も思ったものです。 …しかし、実際は違っていた」
「…!」
「姉の親友は、アリスさんでした」
アリスさんが…?
「アリスさんは、ご両親が他界されて、聖煌流に引き取られたのです。一般人出身のアリスさんを、家の者は良く思っていませんでしたが、私とアリスさんは、同じくレギレウス家の出である聖煌流総師範のもとで修行をしていました。 姉は、その時にアリスさんと知り合ったのです」
「そうだったんですか…」
でも、アリスさんは「万能の天才」と言われた程の人だ。 …まさか。
「姉は、憂いていたのです。弟との差を。 そして、同い年であり、友人であるアリスさんとの差を」
「…!」
「『技・体』が優れていたはずの姉は、『心』で自分に負けてしまった。 私もアリスさんも、姉を慕っていた。 それでも、彼女は自分の中にある弱さに打ち負けてしまったのです。それから、姉は……ここからは、今はいいでしょう」
「…」
「フィーリアさん、ここにいる誰もが、君を足手まといだなどとは思っていません。 この世で数人しかいない、数少ない仲間の一人です。 しかし、一つ言うのであれば、君が迷いを吹っ切らなければ、我々は百の力を出せない、という事です」
「…」
「こればかりは、君自身の問題だ。 兄との因縁も、レイス君たちとの差も、全ては君の捉え方で変わる。 今すぐに答えを出せ、とは言いません。 ただ、君は一人ではない。辛くて、挫けそうになったら、仲間に頼りなさい。 姉も、一人で抱え込んでしまったがために、ああなってしまったのです。 頼る事は、決して恥ではない。 弱さも引っ括めて、自分といかに向き合えるかも、『心』の強さです」
「…分かり…ました」
ユミさんの事を話している時のゼクトさんは、ああも哀しげで。
ゼクトさんのような強い人でも、あんな顔をするんだ、と先ほどまでの焦っていた心は、一旦冷まされた。
私の身体は、まだ自由には動かない。でも、焦ってもそれは変わらない。今は、修行に専念しないと…!
いつ崩れてしまうか分からない私の心だけど、今はまだ崩させはしない…。