さっきまで、私の隣にミシェルさんがいた。
ミシェルさんは、私に寄り添うと言ってくれた。何もない、人殺しの私のそばにいてくれると言った。
でも、私はそんなミシェルさんに、何も言えなかった。ただ、黙っている事しか出来なかった。
お礼の一つも言えない、自分が嫌になる。
「……………」
もう、日が沈んでいた。今日も、何もせずに一日が過ぎていく。
ずっとベッドの上にいたからか、外の景色を見たくなった。広い、広い外の世界を見れば、少しでも私は、自分を…。
地面に足をつけて、立ち上がる。
ゆっくりと足を進めて、窓の外を眺める。
暗い。
暗いけど、やっぱり空は綺麗だ。どの国にいても、空は綺麗って本当だったんだ。
お父さんも、お母さんも、同じ空を見ているのかな。
娘が人を殺したなんて知ったら、二人はなんて思うかな。
凄く、悲しむと思う。
私は…私は、二人にどんな顔をして…。
「……うっ」
涙が込み上げてきた。
どうして、どうして私は…。
「え…?」
そんな私の目に、レイくんが映った。誰かと話している。
…フィーリアさんだ。
遠くからでも分かる。何だか、楽しそうな雰囲気だった。
まだ会ってから長くはないけど、二人の間には信頼関係が存在していた。
当たり前だ。
命がけで闘う仲間なんだ。ただの、足手まといの私なんかより、ずっと…。
「なんで…?」
なんで、こんなに胸が痛むの…?
二人が仲良くなるのは、当たり前なのに。フィーリアさんは、私なんかよりもずっとすごい人なのに…。
どうして、心が締めつけられる感じがするの…?
「最低だよ…最低だよ、私……っ」
足の力が抜ける。自分のなにもかもが、嫌になる。
「うぅっ……うぁぁぁ………」
私は、ただ泣くことしかできなかった。
☆
12月1日、21時18分。
レイスたちは、今も波動を全身から放出させ、修行の真っただ中。
すっかり暗くなった夜空からは、ほのかに雪が降っていた。一粒一粒は小さい、されど綺麗な粉雪であった。
「……」
夜の公園に、アリス=リヒトワールは佇んでいた。その姿からは、哀愁が漂っており、白い息が漏れていた。
「そういえば、初めてあの人と会った日も…」
アリスは、金髪の男の姿を思い浮かべた。かつて愛し合った、最愛の男性。彼女の夫であった男だ。
「こんな風に雪が降っていたわね…」
彼女に過るは、男との数々の思い出。男と出会ってから、人生がより楽しくなった。永遠に、この人と一緒にいたいと思った。いや、永遠に共にいられると思っていた。
それは、ただの願望に過ぎなかった。現実は、二人を決して祝福しなかった。
「…どうして」
「どうして、こんな事に……」
美しい思い出は、全て過去のもの。
過去を思い出せば思い出すほど、現在との対比が、アリスの心を串刺しにする。
しかし、過去を消してしまえば、ただの殺戮の日々しか残らなくなってしまう。
「っ…………」
視界が濁ってきた。涙を拭えど、血にまみれたこの手は拭えない。
今朝も、かつて殺してきた人間たちの夢を見た。命乞いをしてきた親子がいた。
「この子だけは、この子だけは…」と、幼い息子を助けようと、助けを乞うた母親は、頭から波動の剣で串刺しにして殺した。
状況を把握できず、ただ足を震わせている男の子。写真で見た、レイスの幼い頃の姿と重なり、心臓が恐ろしい程にバクバクとしていた。手を動かすまいと、必死に歯を食いしばった。
だが、心とは無関係に、身体は動いた。次の瞬間には、男の子は細切れにされて死んでいた。
ただ、そこら中に付着した赤黒い血と、生臭い鉄の臭いだけが、その場に残っていた。
目覚めと同時に吐きそうになった。最悪の目覚めであった。
最近、このような悪夢が酷く続く。ただでさえ傷だらけのアリスの心は、更に深く傷ついていく。
「……あの人か」
そんなアリスを、遠くから眺める女がいた。
「ちゃんと、読んでね」
「………!」
アリスは、少し後退した。足元には、一本の矢が刺さっている。
「これは…!」
どこから射たのか。自分を狙う人間の気配は、一切感じなかった。
よく矢を見ると、何か紙のようなものが紐でくくりつけられていた。
アリスを害するために射られた矢ではなかったようだ。
「…………」
アリスは、矢まで寄ると、しゃがんで紐をほどいた。紙は折りたたまれており、広げてみる。
紙には、以下の文章が書かれていた。
「万能の天才」にして「波動使い殺し」であるアリス=リヒトワールへ、元ゼルフォード家第48代当主筆頭候補たるワルツ=ゼルフォードが、決闘を申し込む。
時は、今より四日の後、
拒めば、メレルシティの人間を皆殺しにする。くれぐれも、賢明な判断を期待したい。
「…………」
手紙は、ワルツからアリスへと向けられた、果たし状であった。決闘を拒めば、メレルシティの人間が殺される。御三家の当主の候補となる程の波動使いであれば、はったりで済む話ではない。
「ワルツ=ゼルフォード……」
相手は、自分の事をよく知っている。その上で、挑戦状を叩きつけてきた。
間違いなく、自身に近しい波動使いである。仮に市街地で闘えば、尋常ではない一般人の被害を出す事になる。
決闘の場所に指定されているのは、「
そこでの闘いとなれば、一般人の被害は出ないと思われる。
「……もしかしたら」
自分は、そこで死ぬかもしれない。
そうすれば、この苦しみから…。
最早、アリスの心は限界であった。
「良かった。ちゃんと読んでくれたみたいだね」
矢を射た女は、アリスが手紙を読んだ事を確認すると、次の瞬間には、その姿は地に吸い込まれるようにして消えた。
一体、何者なのか。その正体が明らかになるのは、そう遠くない。
『手紙、読んでもらえてたよ』
ワルツのスマホには、あるメッセージが表示されていた。アリスに矢を射た女からのメッセージである。
「ほほお。そいつは良かった」
ワルツはにやりと笑う。
「何だ」
隣にいたグレイドが、その様子を見て問いかける。
「アリスへの宣戦布告が済んだ。これで、アイツと闘う事が出来るぜ、ククク…」
「左様か。フッ、これで少しは面白くなるか」
「さて、どんな技を使うのか……楽しみだなァ……クハハッ!」
最凶と最狂が、最強へと挑む。
世紀の大激戦が、今始まろうとしていた。