テオからの提案…最早忠告や警告と言ってもいいような内容であった。俺だけの問題ではない。俺の家族や、友人たちにも関係するようなことだった。だが、俺は…。
「すまん、ちょっといきなりのことで…」
分かった、一緒に修行しよう。共に波動使いたちと闘おう。今の俺には、そんな風に即断出来るほどの思い切りの良さは無かった。
「…そうか。確かに、突然のことだったな。すまなかった」
「お前が謝ることじゃない」
テオの表情に変化は無かった。
「そろそろ戻ろう、リリィが変に思う」
「あ、あぁ…そうだな」
俺は…俺は、どうすべきなんだろうか。
俺の頭の中は、靄で覆われていたようだった。
「そろそろ出るか」
テオは席に戻ると、そう告げた。確かに、もう食事は終わったし、久々の再会は十分に楽しめた。だが、それだけではない。俺の表情が、少し暗いものとなっていたのに、テオは気づいていた。リリィも少し気になっているのかもしれない。このまま店にいても、あまり良くないと判断したのだろう。昨日から、色んな人に気を遣われてばかりだ。何だか申し訳ない気分になる。
「ありがとうございました〜」
店を出ると、完全に真っ暗になっていた。店に着くときにはもうだいぶ暗くなっていたので、当たり前ではあった。夜は結構冷える。俺はポケットに手を突っ込んだ。
「今日は楽しかったよ!」
リリィは満面の笑みを浮かべていた。
「俺も楽しかったよ。久々にお前と会えて良かった」
久々にテオに会えたことは、本当に良かったと思っている。
「俺もだ。元気なお前たちの姿が見られて良かった」
テオも珍しく、柔らかい表情を浮かべた。
「途中までは同じ道だし、一緒に帰ろうぜ」
俺は、久しぶりに3人揃って帰ることを提案した。
「うん!帰ろう!」
「そうだな」
3人並んで歩き出す俺たちを、夜の月明かりがほのかに照らしていた。
「あれが……この街にいる波動使いか。黒髪は確実だが、金髪の方は…」
この時の俺たちは、迫る脅威に気付いていなかった。
テオの家は、俺たちの家までのルートと途中までは同じであった。もうすぐ、テオとも別れる。俺の頭には、先程テオに言われたことが思い浮かんだ。
もう俺は、日常には戻れないのだろうか?そもそも、先生の道場での修行は「日常」であったのか?波動を知ったのはつい数日前とはいえ、先生は俺にを波動使いにさせるために、俺を入門させたのだ。
俺が入門した時点で既に、それまでの「日常」にはさらばを告げていたのではないか。
そもそも俺は、何故こんなことを考えている?皆に危険が及ぶかもしれないんだ。俺が闘って、守るべきなんじゃないのか?先生だって、それを望んでいたはずだ。俺は何を迷っているんだ。
「テオ、あのさ…」
よし、言おう。俺も共に闘う。そう言うべきだ。
「どうした?」
突然、先生の最期の光景が脳裏を過ぎった。血まみれの、無惨な亡骸。生命の灯火が消え失せるその瞬間。
「いや、その…」
俺は意気地なしだ…。覚悟なんて無い、腰抜け野郎だ。
自分の悲惨な最期まで勝手に想像してしまい、そこから先の言葉が出なかった。
そんな俺たちを、住宅の屋根の上から見下ろす者がいた。
「…!危ないっ!」
突如、何かが空中から落ちてきた。俺はそれが俺たちにぶつかる直前に気付き、リリィの腕を引っ張って避けた。
「うわぁ!?」
リリィは、何が起きたのか分かっていなかった。
「テオは!?」
「大丈夫だ」
テオも気付いたようで、紙一重で避けていた。地面をよく見ると、砕けていた。相当な威力だった。当たれば、かなり危なかった。
そして、落下してきたのは、なんと人間であった。しかも、落ちてきた、というよりは、俺たちを潰すために勢いよく踏みつけてきた感じだった。
「な、なに………?」
リリィの目が大きく見開かれていた。まずい、彼女を早く安全な所へと逃さないと…!
「何か雰囲気をぶち壊したみたいな感じだな。ま、いっか」
男は、脚についた土煙を軽く払うと、俺たちの顔を見回した。
「まさか、こいつ…!」
波動使いか。
「お前、波動使いだな」
男は俺を見てそう言った。
「そっちの黒い髪の奴は遠くからでも分かったが、お前はこうして近づかないと確信できなかった。その感じだと、まだそう鍛えてはないようだな」
「え…?波動…?」
リリィには、男の言っていることが分からない。ただただ困惑させるだけだった。
「まぁ良いさ。その方が好都合。悪いがお前たち3人には死んでもらう。そこの女はとばっちりかもしれないけどな」
男は口元を歪めて笑った。
「テオ、まさかこいつが…!」
「違う。こいつじゃない」
この男が、何百人もの波動使いを殺した張本人というわけではないのか。だが、どの道危険な奴には変わりない。何より、こいつはリリィまで殺すつもりでいる。それだけは防がなければ…!
「レイス、リリィを連れて逃げろ。こいつの相手は俺がする」
「ほお…」
男はテオの方を向くと、嘲るかのように彼を見据えた。
「ガキが、この俺の相手を…?」
「行け!」
俺はリリィの手を掴んで、全速力で走り出した。
「逃がすと思うのか?」
男は、俺たちを逃すまいと追ってくる。そう思っていた。
しかし…。
「ぐあっ!!」
奴が俺を追ってくることはなかった。鈍い男と共に、男が壁に叩きつけられたからだ。
俺は走りざまに後ろを振り返った。テオが、男を殴り飛ばしたのだ。そして、テオの拳は、何か明るいものに包まれていた。
炎だ。暗い夜道に、真っ赤な炎が燃え盛っていた。
☆
「いってぇぇ……」
レイス等を襲った男・ダントンは、勢いよく壁に殴りつけられた。ただ殴られたのではない。炎を纏った拳に殴られたのだ。ダントンの頬は、火傷を負っていた。
「ガキが…」
「お前は例の波動使いではない。不意討ちとはいえ、この程度の攻撃も避けられない奴が、千を超える波動使いを手にかけることなどできない」
するとテオは、長物を袋から取り出した。出てきたのは竹刀ではない。黒い鞘に収まった黒い柄。柄を握り、鞘を抜くと、美しい銀色の刃が姿を現した。
真剣だ。テオは、真剣を持ち歩いていたのだ。
「一発当てたからって調子に乗るなよ…たかがお前程度のクソガキが…」
「御託は良い。ケリを着けるぞ」
テオが構えると、銀色の刃が紅く輝く。真剣に炎を纏わせたのだ。
「くたばれ、小僧!!」
☆
俺たちは走った。テオたちが見えなくなっても、とにかく走り続けた。
「はぁ…はぁ…」
かなり遠くまで走ってきた。リリィは、息も絶え絶えであった。
「レイ………くん………」
彼女は、少し咳き込んだ。呼吸をする暇もない程に、必死で走ったのだ。
「取り敢えず、ここまで来れば大丈夫のはずだ…」
いずれにせよ、今はリリィは走れそうにない。少し落ち着く必要があった。
そして、やっとリリィがまともに話せるぐらいになった。
「テオくんは…!?」
「…あいつなら大丈夫だと思う」
「何で、そう思うの?あの人、人間とは思えないよ。あんな勢いよく飛び降りてきて、無傷だなんて…」
「それは…」
「レイくん、あれ、何だったの?」
「…」
波動使いだ。それも、俺たちを殺そうとしていた波動使い。
「『波動』って、一体何のこと?何で、あの人は私たちのことを殺そうと…」
「…」
どう答えれば良いか、分からなかった。
いや、もう隠すことは出来そうにない。俺は正直に全てを話すことにした。
「『波動』は…」
俺は、全てを話した。「波動」のこと。先生のこと。昨日のこと。校長先生と話したこと。そして、テオが波動使いであったということ。内に秘めていた全てを吐き出すように、リリィに打ち明けた。
「そんな話が…」
リリィは驚きを隠せない顔だった。当然の反応だ。全てが現実離れしている。
「レイくんの先生も、波動使い。昔の修行仲間と闘って、それで…」
「…」
重い沈黙が生まれた。折角、テオと会えて楽しかったのに。全てがぶち壊しになってしまった。
「あいつは」
「あいつは言っていたんだ。その波動使いが、いつか俺たちに勘付いて殺しに来るかもしれないって。でも、殺しに来たのはその波動使いじゃなくて、全く訳の分からない奴だった。俺にはもう、何が何だか…」
本当に、何も分からなかった。
そこで、俺はコールが言っていたことを思い出した。
「そこでだ。身も心もズタズタにされた俺は、あることを考えた。もう好き勝手生きようってな。聖煌流だけじゃない。世界中の波動使いたちにも、俺と同じように思ってる奴らがいるんだぜ?波動なんてのは所詮、破壊の道具だったんだよ」
「まさか…!」
「なに…?」
「その波動使いに殺されると思った世界中の波動使いが、自暴自棄になっているのかもしれない」
「自暴自棄…」
「コールが言っていたんだ。あいつ自身も、もう殺されるかもしれないと怯えるのはもう嫌だから、最後に好き勝手生きようって」
「そんな…!」
もしそうなら、俺たちの敵は、その波動使いだけではないことになる。心が朽ちてしまった波動使いたちが、民間人も巻き込んで無茶苦茶に大暴れするってことも…。
「くそっ、何でそんなことに…!」
今、テオが闘っている相手も、そんな波動使いの一人なのかもしれない。
「テオ君…!!」
無力な俺たちは、テオの無事を祈ることしかできなかった。
☆
「あがぁっ!?」
そんなレイスとリリィの心配とは裏腹に、テオには傷ひとつついていなかった。
そして、たった今、彼はその手に握った火炎の剣で、ダントンを袈裟斬りにした。
ダントンは波動使いであったが、それだけであった。彼は、波動による肉体強化と、それによる肉弾戦しかできなかったのだ。シモンやコールのような、波動能力は操れなかった。
それが悪い、というのではない。波動による肉体強化は、極めて強力な武器になる。熟練の波動使いは、能力を使わずとも、並の波動能力使いを下すことなど容易であるからだ。
しかし、ダントンにはそれ程の熟練度は無かった。シモンやコールには遥かに劣る、下級の波動使いであった。
そしてテオは、波動を炎に変えて操る波動能力者。才能に満ち溢れていて、わずか一年で波動能力を顕現させるという、ダイヤの原石であった。
ダントンの肉弾戦・殴る蹴るのステゴロ戦法は、テオの冷静な戦闘スタイルには軽くいなされ、逆にその斬撃の起点とされてしまっていた。
結果、今に至る。ダントンは30歳前後であったが、一回りも若いテオに完敗。残酷な才能の差を見せつけられてしまった。
「お前の敗けだ」
テオは、倒れたダントンの首に刃先を向けた。雌雄は決した。
「お前には、いくつか聞きたいことがある」
「ぐぅ…」
痛みで身動きが取れないダントンだが、テオは刀を収めなかった。
「誰の指示で来た?」
ダントンは一瞬、驚いたような表情をした。
「お前は、自棄になった波動使いではない。それならば、わざわざ波動使いと闘おうなどとは思わない。無力な民間人を殺すはずだ」
現在、ある波動使いによって世界中の波動使いたちは命を狙われている。その為、心が壊れてしまった波動使いが無差別に人を襲うことは一応ある。ただ、そういった者たちは、決まって民間人を殺していた。波動使いならば、力無き民間人を殺すのは容易であるし、それを快感だと感じてしまう、堕ちた波動使いも確かにいた。そもそも、波動使いに殺されるのが嫌だから逃げ回っていたのに、波動使いと闘おうなどというのは本末転である。そういった波動使いは、言っては悪いがあまり才能が無い。精神も強くはない。例え相手が高校生だとしても、波動使いと闘いたいなどとは毛頭思っていない。
コールは、極めて特殊なケースと言える。彼は、自暴自棄になった結果、かつての自身と決別する、自身が波動使いとなった原因であるシモンに復讐(逆恨みではあるが)をしようと思い立った為に、波動使いのシモンと闘ったのただ。
ダントンは、わざわざ波動使いのテオを選んで襲いかかってきた。レイスのことも、波動使いだと薄々分かっていて近づいてきた。更に、ダントンの目には絶望ではなく希望が見られた。ただの堕ちた波動使いではない。テオは、彼の師範から教えてもらった「別の脅威」の情報も合わせて、ダントンを何者かが仕向けた刺客だと判断した。
「な、なんのことだよ…」
「とぼけるか。ならば」
テオは、刀を逆さまにし、柄を両手で握った。そのまま腕を振り下ろせば、刀はダントンの首を串刺しにするだろう。
「!?」
ダントンはビビった。彼は最初、テオのことを舐めていた。いくら波動使いとはいえ、相手は高校生。才能の無い自分でも、負けることはないだろうと思っていた。
しかし、目の前の男の目は、高校生の目ではなかった。自分を殺すのに、躊躇も無いと思わせるだけの殺気を含んでいた。
まずい。返答を誤れば、俺は殺される。ダントンは慌てて口を開いた。
「わ、分かった!!分かったよ!!何でも答えるから!!」
「それでいい」
殺気は薄れたが、刀は構えたままだ。このまま、テオの尋問が始まると思われたが…。
「!?ぐぅうあっ!!?!?!」
突然、ダントンが胸を押さえて苦しみ始めた。
「何…?」
テオは警戒を強めた。演技ではない。何かがヤバい。
「何で……何で俺がぁ!!!???」
「こいつ、一体…!」
「ちくしょおおおおおおおお!!!!!」
すると、ダントンの体は光り輝き、そして爆発した。爆弾が爆発したのと同じ光景だ。
「くっ」
テオは距離を取っていたので、爆発には巻き込まれなかったが、ダントンから情報を聞き出すことは出来なくなった。
「これは…最早、一刻の猶予も無いな…!」
テオは険しい表情を浮かべると、刀を鞘に収め、その場を立ち去った。
波動使いによる犯罪
超人的な身体能力を持つ波動使いは、一般人を容易に殺すことも可能である。それを制御できる者も一般人にはほぼいないので、波動を悪の道に用いようとする輩も時にはいたが、かつては堕ちた波動使いを秘密裏に処刑する機関が存在していた為、表立って罪を犯す波動使いはあまりいなかった。
現在はとある事情でその機関は機能しておらず、「波動使い殺し」による殺戮を止める者はいない。