俺は、ガルーダさんと共に道場の中に入った。
シモン先生の道場と同じように、かなり年季の入った道場であった。目立つのを避けるために、地味な雰囲気にしているのだろうか?
「師範」
振り向くと、テオがいた。
「やぁ、テオ」
ガルーダさんはニコニコと笑っていた。見た目からして、年齢は20代後半といったところか。結構若い。また、シモン先生と比べると、結構ノリが軽い人のようだ。
「レイス、来たか」
「あぁ。少し道に迷ったけどな…」
「俺も最初は迷った」
テオも迷っていたのか。やはり、立地は良くないと思う。
「役者は揃ったね」
ガルーダさんはうんうんと頷くと、俺の方を向いた。
「レイス君、シモンさんから君の話は聞いていたよ。かなりのセンスを持っているみたいだね」
「先生とお知り合いだったんですか?」
「うん。歳は離れていたけど、同じ聖煌流だったからね。そうそう、伝えきゃならないことがあった」
ガルーダさんは、少し真剣な表情になる。
「昨日、テオから刺客の話は聞いたよ。聖煌流殺しの他にも、おっかない波動使いたちがいるのは知っているかな?」
「はい。テオから少し聞きました」
「でね、そいつらは近い内…そうだな、一週間から二週間の内に、また襲いに来る可能性が高いね」
「…!そんなに早くに、ですか」
「うーん、これは嫌な事実だけどね。今度は、偵察ではなく殺しに来ると思うよ」
「…」
本当に時間は残されていなかった。
「でも、心配することはない。僕が、一週間で何年分もの修行をしたのと同じぐらい鍛えるからね。その代わり、ちょっとハードになるけど」
「お願いします!俺を鍛えてください!」
一週間で何年分もの修行。それならば、その波動使いたちに勝つことも出来るかもしれない。
「良い返事だ。じゃあ早速、修行を始めるよ」
「聖煌流は、武芸百般に通じている。聖煌流の頂点に立つ者は、あらゆる武器を扱い、あらゆる波動能力に対応できたって話だよ。僕の得意分野は剣術と拳法だから、百般とはいかないけどね…」
ガルーダさんは少し残念そうな顔をした。その2つを扱えるだけでも凄いと思う。
それに、拳法が扱えるのなら、俺の修行にもかなりプラスになるはずだ。
「じゃあ早速、レイス君。波動を放出させてみてくれるかな?」
「はい」
俺は深呼吸をし、シモン先生に教えられたように、波動を体外に放出させる。
「ふむふむ。じゃあ今度は、全力で放出させてみて」
全力で。今は、体の力を抜いているが、力むということだろうか。俺は、全身の筋肉に力を込めて、体内にあるエネルギーを一気に放出するイメージを浮かべた。
「んんっ…!」
「なるほど」
結構疲れる。ガルーダさんは、すぐに止めるように指示を出し、顎に手を当てて何かを考えていた。
「中々良かったよ。波動を知って数日で、放出のポイントはバッチリ押さえている。天性の素質だね」
面と向かってそう褒められると、何だか照れてしまう。
「じゃあ今度は、波動を体の特定の部位に集中させられるかのテストだ。やったことあるかな?」
「いえ、やったことは…」
「なるほどね。初めてで難しいとは思うけど、こんな風に、言われた場所に集中させてみて」
ガルーダさんは大の字になると、波動を体から放出させる。
「右手」
すると、右手に波動が集中していた。
左手、左足、右足、と集中させる部位を変えていた。
「分かったかな?」
「はい」
「よし、じゃあ始めるよ。あ、大の字になる必要は無いからね」
「左手」
俺は、左手に波動を集中させるイメージをした。
「あれ…」
だが、中々上手くいかない。10秒程して、ようやく左手に波動が集まった。
「右足」
今度は右足。意識を集中させるも、これも時間がかかった。
「腹」
腹…。へその辺りだろうか。かなり難しい。今度は20秒程かかってしまった。
「OK、分かったよ」
すると、どっと疲れが押し寄せてきた。冬なのに、まるで真夏の炎天下にいたかのような汗が流れた。こんなに疲れたのは、いつぶりだろう…。
「波動の放出については、文句無しだね。だけど、波動の集中に関しては、改善が必要だ。波動の集中は、戦闘において、特定の部位からの攻撃の威力を高めたり、防御に使えたりする。だから、確実にマスターしなきゃならない技術なんだ」
「波動の集中…」
かなり難しかった。
「時間をかければ出来るんだから、かなり上出来だとは思うよ。でも、これをあと3日以内にスムーズにできるようになる必要がある」
「やります。それが必要なことならば…!」
「良い心掛けだ。疲れたと思うから、水分補給をするといい。それと、暫くは泊まり込みってことにしたいんだけど、大丈夫かな?」
「じゃあ、母に電話してきます」
「うん。頼んだよ」
「という訳だから、今日から一週間から二週間、道場で泊まり込みで修行をすることになったんだけど」
「分かったわ。あ、着替えとかはどうするの?」
「ガルーダさんが用意してくれるって言ってた。生活に必要なものは、用意してくれるって」
「そうなの。それはありがたいわね。じゃあ、しっかり修行するのよ」
母さんはすんなり受け入れてくれた。
俺は水筒の水を飲むと、タオルで汗を拭った。
波動…簡単ではなさそうだ。昔からスポーツは大概上手くいったけど、波動も同じようにいくとは限らない。気を引き締めなければ。
俺は立ち上がると、ガルーダさんの元へと向かった。
「ガルーダさん、もう十分休みました。続けてください」
「やる気十分。感心感心♪」
ガルーダさんは嬉しそうだった。
「テオの方は…」
俺はふと、テオが気になった。ガルーダさんは俺に付きっきりだから、テオは修行ができないんじゃないか。
「テオなら大丈夫だよ。もう教えることは大体教えたしね。今は、基礎的な部分のおさらいの為に自習してもらってる感じかな?」
「レイス、俺のことは気にするな。お前は自分の修行に全集中するんだ」
テオもそう言っていたので、お言葉に甘えて俺は自分のことだけを考えることにした。
「さっきも言ったけど、君は時間をかければ特定の部位に波動を集中させられる。問題は、スピーディにそれをやれるかどうかなんだ。それで、今から言う修行法を実践してほしい」
ガルーダさんは、移動式ホワイトボードを俺の前まで押してきた。黒いマジックペンで、人体の大まかな図を描き、右手・右足・左手・左足に丸をつける。
「今日は、最も根本的なこれらの部分に波動を集中させる修行だ。それぞれ、10分間ずつ波動を集中させてほしい。そうすることで、波動を集中させる感覚を体に覚えさせるんだ」
なるほど。結構地道な修行だ。
「左手、左足、右足、右手の順に、合計40分。それが終わったら20分休憩して、また繰り返す。今が大体18時だから、20時までの2時間。2セットだ。やれるかな?」
「はい、やります」
「グッド!じゃあ今から始めるよ。あ、体勢はどんなのでもいいよ。座ってもいいし、立ってても良い」
座ると、何だか集中力が途切れそうなので、俺は立ったままやることにした。
「じゃあよーい、スタート!!」
先生はタイマーをセットし、ホワイトボードに貼り付けた。
俺は波動を左手に集中させる。時間はかかったが、集中させることはできた。左手に凄まじい活力を感じる。これを10分か。
何もしない10分というのは、結構長い。普段、お喋りをしたり、テレビを観たり、何かをやっている時は、10分などあっという間に過ぎてしまうのに、ただ立っているだけだと、長かった。
時計に目をやる。残り6分42秒。まだ半分すら過ぎていないのか。もう左手に疲労を感じる。だが、こんな所で折れてはだめだ。俺は、強くならなくちゃいけないんだ。俺は自分の中に闘志を燃やし、意識を修行に全集中させた。
そして、タイマーが鳴った。
「はーい、じゃあ次は左足!」
すぐに左足へと波動を込める。まだすんなりとはいかない。また10分、頑張るんだ。
そして、右足・右手と修行は進み、40分が経過した。
「よーし、終わり!一旦休憩だよ〜」
ガルーダさんの話が終わると同時に、俺は床に座り込んだ。結構キツかった。肉体的な疲労もあるが、意識を集中させる必要があったので、精神的にも何だか疲れていた。
「今はゆっくり休んでね」
ガルーダさんが水筒に水を補充してくれたので、俺はそれをガブガブと飲んだ。
本当に冬かと思いたくなる程に、体が熱かった。でも、確かに疲れるけれど、何だかサッパリした気分でもあった。
これが、「波動」か。本当に、生命のエネルギーって感じだった。
「どうだ、師範の修行は」
テオが、俺の隣に来て座った。
「キツイよ。でも、確かに手応えは感じる」
「お前が今やっている修行は、普通の波動使いならば早くて半年、長ければ1年か2年修行してから移るステージだ」
「そうだったのか。でも、それなら俺は大事な所を飛ばしてるってことなんじゃ…」
「それはないよ」
ガルーダさんも、俺の元へやって来た。
「並の修行者じゃ、自分に眠る波動を呼び起こすのに相当な時間がかかるんだ。何ヶ月もかかってようやく感じ取れたら、今度はそれを体から放出させる修行をしなきゃいけない。君はなんと1日で自覚と放出をマスターしたみたいだから、本当に根本的な部分は出来ているんだ」
まさか、そんなに時間がかかるなんて。
「だから、誇って良いよ。君は天才だ。テオと同じで、教え甲斐がありそうだよ」
そして、あっという間に20分は過ぎた。休憩時間は終わり、俺は立ち上がって修行を再開する。
左手に波動を集中。今度は、5秒ほどで集中させられた。
「お!良いねぇ。かなり飲み込みが早いね」
何というか、コツのようなものを掴んだ気がする。これならば、本当に3日でマスター出来るかもしれない…!俺は嬉しかった。
そして、先程のように40分間の修行が終了した。
「ふぅ……」
かなり疲れた。でも、充実していた。集中させる感覚が、何となく分かってきた。
「お疲れ様〜。これから夕飯だよ〜」
食事はガルーダさんが作っているようだ。腹は結構減っていた。俺たちは、少し遅めの夕食を摂ることにした。
ガルーダさんのご飯は、結構美味しかった。昔から自分でご飯を作っているらしく、そのおかげのようだ。栄養バランスも考えられていて、精力を蓄えられそうだ。
夕食の後は、風呂に入った。稽古場は古かったが、浴室はわりと新しかった。ちゃんと、現代的な設計になっていて、シャワー機もあった。俺は、修行でかなり流れたをシャワーで洗い流し、湯船に浸かった。
気持ちがいい…。極楽極楽、と言いたくなるような気持ちの良さだった。
俺は、試しに右手に波動を集中させてみた。3秒。さっきよりも早くなっている。まだ修行を初めて数時間だが、しっかりと成長できた気がする。
本当に、俺には才能があるんだろうか。母・アリスも天才と言われていたらしい。母さんも、こんな感じに修行したのかな。今も生きているのかな。
写真で見た実の母・アリスは、母さんのローラとそっくりだった。双子だから、当然ではあるが。髪の色は黒だったので、俺の父が金髪だったのだろうか。
2人はどうなったのか。今も生きているなら、一度会ってみたいな。
俺は湯船で、会ったことは無い実の両親のことを思い浮かべた。
浴槽を出て寝室へと向かうと、ガルーダさんが着替えを用意してくれていた。
「大体のサイズは揃えてあるから、大丈夫だと思うよ」
用意周到な人だな、と思った。実際、俺の体のサイズに合う服がちゃんとあった。
時計を見ると、21時半だった。
「早いとは思うけど、今日はもうお休みだよ。明日からは朝6時に起きてもらう。だから、今からしっかりと寝てもらって、体力を養ってほしいんだ。休むのも修行の内だからね」
テオは先に風呂に入っていたので、もう布団の準備を済ませていた。今は、刀の手入れをしている。
俺も布団を押し入れから出して、床に敷いた。確かに、今日はもう疲れた。今夜はぐっすり眠れそうだ。
俺は歯を磨いて、体を少しほぐす。寝る前の準備体操のようなものだ。
そして、消灯の時間となった。
「じゃあテオ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
俺はおやすみと言いつつも、真っ暗な部屋の中で波動集中の練習をしていた。
「右手、左足、右手、左手…」
脳内で集中部位を呟き、練習する。かなりスムーズになってきた。これらの部位ならば、3秒以内に集中させられる。
正直、一日でこれ程進展するとは思っていなかったから、自分でも驚いていた。
これならば、もっと強くなれる。俺は、希望を膨らませて、清々しい気持ちで意識を闇へと落としていった。
波動
「波動」とは、人間に限らず、草花や動物など、あらゆる生命体が持つ生命エネルギーである。
「波動使い」として修行を続けられる者は、生まれながらにして波動の量が普通の人間よりも多い者が殆どである。波動の量が多い者は、波動を自覚し、操る段階に至っていなくとも、通常の人間より遥かに高い身体能力を有する。
極稀に、波動の量は一般人並であるが、何らかの出来事により波動を操れるようになるケースもある。
修行により自身に眠る波動を自覚し、波動を身体から放出させることから、波動使いとしての人生が始まる。
ただ身体から浮き上がらせた波動は、湯気のように見える。波動使いではない普通の人間にも、波動を見ることは可能である。
波動を身体の一部分に集中させると、その部分の強度が上昇し、攻撃力や防御力が増す。一方で、それ以外の部分の波動は薄いものとなるので、戦闘においてはどこを強化するのか、適切な判断が求められる。