謎食いの探偵 作:火西善二郎
犯人は北見沙弥だと指さした桜子。
だけど、本人も何処か納得言ってないように見える。
(俺みたいに、声を変えて腹話術………?)
いや、今の声は間違いなく桜子の口から出ていた。それに、納得してない推理の代役を務めるとは思えない。
「な、何なのいきなり!? 私が犯人ですって!?」
「あ、いや………」
「その通り! 先生は貴方の用意した密室トリックを見抜き、犯人は貴方だと確信したのです」
ニコヤカな笑みで、桜子に食って掛かる沙弥の叫びを受け流す泉とかいう男。
「お、おい本当なのかね米原さん。密室の謎が解けたって」
「ええ。この程度のトリックわざわざ自分の口から言うまでもないと、僕に説明役をさせてくれるそうですがね」
「勝手なこと言わないで! そんな方法、貴方なんかに解るって言うの!?」
「僕にはわかりませんよ。でも先生は解ってます……」
ニコニコと貼り付けたような笑みを崩さない。
「刑事さん! 大体、あの部屋を開けられたのは桜子さんだけって杏奈が言ってたんでしょ!? なら、怪しいのは彼女じゃない! そんな彼女の言う事を信じるの!?」
「そこももちろん解いてますよ。沙弥さん、貴方は先生に用があるから来てくれと言い、しかしなんでもないと返したらしいですね。その時扉には封筒が貼ってあったとか」
「そ、それが何だって言うのよ…………」
「その時に貴方は手に入れたんですよ。杏奈さんの部屋の扉を開ける鍵を」
『鍵』………アレのことか。自分もそこまで辿り着いて居るが………。
「鍵って、カードキーは杏奈さんが持っていてマスターキーも………」
「そんなもの必要ありませんよ。その鍵を見せれば、杏奈さんから開けてくれるんですから」
「それはどういう………?」
と、その時インターホンが鳴る。
「これが鍵の正体です。除いてみれば解りますよ」
半信半疑ながら覗き穴から外を覗き見る目暮警部。
「!? 泉さん!?」
覗き穴の向こうに写っていたのは笑顔で手を振る泉だった。しかし泉は部屋の中。慌てて扉を開くと、携帯を持った鑑識がたっていた。
携帯に映るのは、泉の動画。
「こ、これは………」
「つまりこういうことです」
と、泉は説明を始める。
まず桜子に杏奈の事で話しておきたいことがあると呼び出し、504号室というホテル故に真上の604号室と人の景色が同じ場所に呼び出す。
そこでスマホを封筒に入れ扉に貼り付けておくことで、桜子が扉の前で呼び鈴を鳴らす映像が取れるという訳だ。
「先生に扉をぶつけたようですね? 封筒に顔を近づけた先生を見て、慌てて回収しなくてはと開いたのでしょう?」
もし桜子に封筒に触られ、中にスマホがあったことが知られたらその映像を使って扉を開けさせたことがバレてしまう。
「で、でも………カードキーはどうなのよ!? このホテルはオートロックじゃない、犯行後にどうやってあの部屋から出て鍵を閉めたの!?」
「簡単ですよ。このラジコンヘリを使えばいい」
「…………あ!」
と、沙弥が元太達のケーキにぶつけたのと同じ、小型のラジコンヘリを取り出す泉。コナンもようやくトリックに気付いた。
「ホテルから借りたマスターキーで実践しましょう。まずはプロペラのロータシャフトに糸を付け、そちらにカードキーを軽くテープで止めます。次にヘリのテールにも別の糸をつけておく」
そして最後に、ヘリコプターを床に軽くテープでは貼り付ける。
「あとは簡単。糸を持って外に出て、鍵をかけるだけです」
扉の隙間に引っかからないよう、予め隙間から中に入れておきヘリのプロペラを回す。糸を巻ききればその勢いでカードが外れる。外からは確認できないから大体でいいだろう。
「後はテールについている方の糸を強く引っ張れば、ヘリを扉の前に持っていき糸だけを回収できるというわけです。カードについていたクリームは沙弥さんが阿笠さん達と知り合う結果になったというヘリが落ちたケーキでしょう」
「な、なるほど………」
「し、しかしそのヘリは何処にあるのかね?」
「そ、そーよ! そのトリックなら、別に私じゃなくてもできるでしょ!?」
目暮警部の言葉に叫ぶ沙弥。たしかに、明確な証拠がなければトリックを証明したところで彼女の犯行とは言えない。
「帽子、部屋に入る時帽子掛けに掛けようとして一度落としたそうですね? 何故すぐ出ていくのに帽子をかけようとしたのですか?」
「そ、それは………癖で……そういうことってありますよね!?」
「え、ええ………」
剣幕に押されつい肯定してしまう高木。
「しかしほら、こうして内側に貼られた両面テープに糸の絡みついたラジコンヘリが」
と、部屋に立てかけてあった帽子をひっくり返す泉。処分する暇もなく、テープもついている。調べれば彼女の指紋も出てくるだろう。
「ち、違う! 私じゃない!! そ、その両面テープは帽子がズレにくいように元々貼っていたもので……」
「ほう! スタッフに会う時には被っていたのに、この大きさの異物に気づかなかったと?」
「き……気づかなかったのよ! だいたい、それなら杏奈を殺した凶器はどこなの!? 私、それらしいもの持ってませんよね?」
凶器は細い棒状のもの。それなりの長さが必要なそれは、確かにこの場には無いように見える。
「そんなもの先生がこの部屋に訪れた瞬間に見つけています」
「な!?」
「本当かね?」
「え、あ……」
目暮警部の視線に目が泳ぐ桜子。少なくとも彼女にはわからない。
「今回の事件は秘密をバラされることを恐れた沙弥さんの衝動的な殺人。凶器は杏奈さんの部屋のものを使ったと見ていいでしょう。そして二人のブログを見れば杏奈さんの部屋にあるはずで、沙弥さんの部屋にないものがあるでしょう?」
「そ、それは一体…………」
「自撮り棒だよ」
高木の疑問に答えたのはコナンだった。
「だよね、お兄さん」
「ええ、先生もそうだと言っています」
「………………」
「じ、自撮り棒?」
年代的に話についていけない目暮警部が困惑し、しかし高木がそうか! と叫んだ。
「携帯用の便利グッズです。こうやって伸ばすと遠くからでも写真が…………!?」
伸ばした自撮り棒にはべっとりと血が付いていたのを見て言葉を失う高木。
「杏奈さんの写真は自撮りが多く、逆に沙弥さんは風景や動物、誰かに取ってもらった写真。自撮り棒を必要としません…」
なのにこの部屋にある。そして、恐らく杏奈の血。
彼女の部屋で手頃なドンキとして使用したのだろう。
「つまり沙弥さんはこの写真……『サヤノトシハ29サイ』の暗号が隠された写真を見て杏奈さんの部屋に向かったのです」
「え」
「そんな理由で人を殺したのかね!?」
目暮警部の言葉に違う、と叫ぼうとしたコナン。と、不意に沙弥がマスクを取り出しサイン用に持ち歩いているのかマスクで✕印をつけ口元を隠す。
「秘密って、大切ですよね」
「………………」
唐突な言葉に誰もが固まる。泉だけが目を細めていた。
「だけど一度でも人の秘密をバラし、人を追い落とす快楽を知った人間の口はさらに軽くなります」
「ふむ、だろうな。俺も彼奴等の浮気バラして殺し合わせるの楽しかった」
ボソリと桜子にしか聞こえない声量で呟く泉。
「だからこそ! その快楽を知ろうとする者に罰を与えたの! これは私以外にもいずれ彼女の被害に合う誰かを守る尊い行いなの!!」
豹変、とでも言おうか。マスクで口元を隠しただけなのに別人の顔に見えそうなほど、空気が変わる。
「これは事件の後にしか動けない警察には出来ない──」
「御託は良い」
泉はどうでも良さそうに呟く。
「杏奈さんが用意した暗号はそれでも、馬鹿なお前にそれが解けると思っていない…………と、先生が仰ってます」
「ちょ…………」
「本当の犯行動機もわかってますよ? 暗号に使われた漫画『君にふる』の横、『恋のヒット&ラン』……日本では野球用語。しかし外国──」
と、沙弥が高木の手から自撮り棒を奪い泉に向かって振り上げる。
「秘密を漏らす者には罰を……!!」
「くだらん」
ピンと指で自撮り棒を弾くとへし折れた自撮り棒が高木の側を通り抜け壁に突き刺さる。
根本からへし折れた自撮り棒を見て呆然と立ち尽くす沙弥。
「おや、人を一人殴り殺したことで脆くなっていたのでしょうか? いやぁ、咄嗟に庇った腕に少し痛みが走る程度で済んでよかった」
(んなわけあるか!)
人一人殴り殺せる強度の自撮り棒が壊れるほど脆くなっていたら形がもっと歪んで、縮めるなんてできるはずがない。
「因みにヒット&ランは外国ではひき逃げ。彼女は誰かを轢いたんでしょう」
「ち、ちが………」
「野球で言えば一か八かの勝負で、先生に出くわすとは可哀想に」
ガクリと項垂れる沙弥。
いただきます
瞬間、場にあった何かが確かに消失したのを桜子は感じた。舌なめずりをする泉………ミミングスの口の周りに何時の間にか現れた入れ墨のような文様は桜子以外に気付かれることなく消えていく。
「そうそう、確かブログ順位で負けたら丸坊主、でしたか? どちらのブログもすぐ閉鎖させるでしょうが、人殺しの貴方からは閉鎖前に多くの人が離れるでしょう」
ポンと放心している沙弥の肩に手を置き、何かを取り出す泉はそのまま立ち去る。
魔界777ツ
「腕はいいのだが如何せん良い鋏を持っていないのでな、毛根と毛の強度が足らないと腕を発揮できんのだ」
鋏を持った耳の長い小人が沙弥の頭に立ち、刃毀れだらけの鋏で髪の毛を切ろうとする。当然ブチブチと嫌な音を立てながら髪の音が根本から抜けていく。
「あああああああああああ!?」
「な、何だいきなり!?」
「おや、急に髪の毛が抜けて。ストレスでしょうか? 罪の意識があったんですねえ」
頭を抑え藻掻く沙弥だが、
「さあ行きましょう先生」
もう用は無いとばかりに扉を開ける扉を開ける泉。と…………
「中からスゲェ悲鳴してるけど大丈夫か?」
「事件はどうなったの?」
子供達が出迎えた。
「もちろん、この名探偵米原桜子が解決したよ!」
「名探偵!? 桜子さんが!?」
「えー! もう解いちゃったのぉ〜?」
「俺達の出番無しかよ」
人が死んだというのに、自分達が事件に関われなかったことを嘆く子供達。なる程、なんとも作り物めいた世界だ。
「犯人は誰だったんだ?」
「北見沙弥さんだよ」
「え〜!? すっごく優しいお姉さんだったのに!」
「よ、よく解りましたね桜子さん」
「え、あ………うん………」
なんと答えればいいかと困る桜子。と、泉はふと視線に気付く。
「…………………」
「どうかしたかな?」
「っ……いいえ」
茶髪の少女が何やら見つめていたが、直ぐに目を逸らされた。
結局、全部あの化け物の掌の上。
探偵役なんて押し付けられたけど、やったのは犯人を指差しただけ。本当に、何で自分なんて必要だったのだろう。
そんなふうに考えながら眠りにつく桜子。
「ん、あれ…………外が………?」
外が騒がしい。電話も鳴ってる? なんだろう? と電話に出る。
『ちょっと桜子! これどういうこと!?』
聞こえてきた声は幼馴染の三池苗子。
「こ、これって?」
『テレビテレビ! チャンネルは──』
疑問に思いながらもテレビを付けチャンネルを変える桜子。
『と、警察が手間取った密室事件を見事に解いた米原桜子さんは、過去にも二度殺人事件に遭遇したそうです』
『そのうち1つはあの毛利小五郎探偵の──』
テレビに自分の顔が写っていた。
「…………なにこれ?」
『桜子、有名人の殺人事件を解いたんでしょ? 口止めしなかったから………』
「………………」
まさか、窓の外って………。
『大丈夫? 家にマスコミが来てるかも…………』
「…………………」
恐る恐るカーテンを開ける。
『………桜子?』
「…………居る」
テレビを見れば美人名探偵だなんだと囃し立てられている。
「どうしよう」
「何を落ち込む。これでお前の元に事件が舞い込む。お前の巻き込まれ体質と合わせてさぞや上質な謎が集まるだろう」
「………え?」
『どうしたの桜子?』
聞こえてきた声に振り返ると、何時の間にかテレビに起用に座るミミングスの姿。
「あ、いや…………外に知り合いがいた気がして。というか、どうしよ」
『取り敢えずこっちで注意喚起は出すと思うけど………』
「う、うん……じゃあ切るね」
通話を切り、改めてミミングスに向き直る桜子。
「な、何しに来たの?」
「それはやはり助手として先生のお手伝いを!」
「助手に先生って………わ、私はもう探偵役なんてやらないから!」
「…………稼げるのに?」
「稼げたって、昨日みたいな危険なことに………」
「危険? この俺がいるんだ、人間相手に危険になる方が稀だぞ。ほら、昨日のように口の中に手を突っ込まれたくなかったら探偵やりますと言え」
この男は………!
ムッと顔を顰める桜子。人を殺して、その罪を隠そうとする嘘が暴かれるのは確かに良いことだろう。だがそれはそれ、これはこれだ…
「とにかく、口の中に手を突っ込まれようと探偵なんてやらないからね!」
「そうか………」
と、落ち込むような声。言いすぎてしまっただろうか?
「では手を口に突っ込もう」
手袋をとったその手の指は、毒の雫がついた蠍の尾、牙から毒を流す毒蛇、カチカチ歯を鳴らす百足、同じく音を鳴らす蟹のハサミ、鋭いナイフだった。
「すいません、やっぱり探偵やります」
桜子は力に屈した。