長編『元は宮廷魔術師、いま国賊。どうにかお城に帰りたい』2023.03/09   作:森岡幸一郎

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第一話『どうしてこうなったっ⁉あゝ懐かしき栄華の時』

 

 

【 魔法 】とは、科学技術の模倣元。

 

 

科学技術で成し()る全ての事柄は、魔法でも同様に実現しうる。

 

しかし、魔法で呼び起こせる現象は、化学には再現不可能な事の方が未だに多い。

 

 

【 魔法使い 】とは、魔の領域の理を以て、超常の現象を巻き起こす者達のこと。

 

 

 常人が逆立ちしたって真似できない、恐るべき未知の力を持った彼ら。

 

彼らの御業に人々は感謝の意を示し、憧れ、嫉妬し、憎み、恐れる。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ここはイングリース王国。

 

またの名を『魔法使いの国』。

 

この国がそう呼ばれる所以(ゆえん)は大きく分けて二つ。

 

一つは魔術師の名門貴族【アエイバロン家】の影響。

 

一つは世界最大規模の魔法魔術の教育・研究機関【王立魔法大学】の存在。

 

決して、国民全員が魔法使いのマジカル大国という訳ではない。

 

それ故に国民の魔法使いの割合はほんの一握り。

 

三割にも満たない。

 

国民の生活の根底に根付いているのは産業革命によってもたらされた機械文明であり、人々は空飛ぶホウキや巨大なトカゲに乗っているのではなく、ガソリンや石炭で動くオートモービルや蒸気機関車を利用している。

 

では、魔法使いたちは何をしているのか。

 

彼らの領分は、文字通り『()()()()()のよう』な事柄。

 

科学技術の視点から見れば、原理も論理も全くのデタラメ。

 

突拍子も無く、奇想天外。

 

物語のマクガフィンにもデウスエクスマキナにも成り得る、ミステリアスでスピリチュアルでファンタジックな代物。

 

それが魔法であり、魔法使いの領分である。

 

本物語の舞台である【魔法使い国 イングリース王国】は、それら魔法・魔法使いの水準が他国に比べて圧倒的に高く、その最たる例が【光明の徒アエイバロン】。

 

彼らは彼らの一族が遥か昔から脈々と発展させて来た無類の魔術を用い、王国最強の魔法使いの地位をほしいままにしている。

 

そしてそんな魔法・魔法使いの吹き溜まり・発生源・中心地・温床こそが【王立魔法大学】なのである。

 

 魔法大学と言えば……。

 

 

(1)

 

 

魔法大学と言えば、王国中から集まった数多くの著名なる魔法使いが、教員として在籍していることが有名である。

 

そのいずれもが特筆すべき奇天烈さを有しており、その中でもとびきり稀有な人物を紹介しよう。

 

その者の名は【ウイリアム・ウィルオウザウィスプ】という。

 

またの名を【送火の魔法使い】【陰火(スパンキー)】【魂の燈火(ゴースト・ライト)】【蒼炎(エサスダン)】【明かりに惑う(ピンケット)】【揺蕩う光(ジル・バーント・テール)

 

()の【古より迷える魂を導く一族】の末裔にしてウィルオウウィスプ家の現家長、【デヴォルの石炭】を領し、冥府と現世の橋渡しをする存在。

 

そう。

 

まさに今教壇に立ち、学生たちに傲岸不遜な態度で、講釈を垂れている男の事だ。

 

「いいかね諸君。霊界へ魂を送るという事は非常に困難を極める。決して生半可な事ではない。実際に、「送り火の魔法使い」たる吾輩の講義を聞いたからと言って、諸君らが冥界への門を開けるようなるわけではない事をあらかじめ、ここに明言しておこう。なにせそれは我が一族に伝わる秘術であり、まずこの【デヴォルの石炭】を持たない君たちには到底不可能な事なのだ。いち知識として頭に入れておきたまえ」

 

出席率7割の階段教室。

 

そこは分厚い暗幕によって日が遮られ、不気味に薄暗い。

 

天井から吊るされたしゃれこうべで装飾されたシャンデリアが、ロウソクの幽かな光をたたえている。

 

その、部屋を明るく照らすには足りない光によって、不気味な壁際の品々が怪しく映しだされる。

 

天井まで届く本棚にぎっしり詰まった古書や、破れ破れの羊皮紙に描かれた緻密な魔法陣と呪文。

 

多種多様な人外生物の骨格を用いた魔法的モニュメント。

 

そこにある学生もみな、室内にも関わらず真っ黒なローブを着込み、陰鬱とした様子。さながら魔女集会の様相を呈している。

 

そんな彼らに教鞭をふるう者。

 

年齢は60代前半。

 

いわゆるナイスミドルと呼べなくもない紳士的な風貌だが、その言動からは少しもナイスな要素が感じられない。

 

むしろ超高級仕立て屋(サヴィル・ロウ)の背広や胸にきらめく勲章の類がより一層の不快感を煽り立てる。学生や同僚教員からの人気は著しく低い。

 

が、(かれ)の一族に伝わる独自の秘術や、異界の石、「デヴォルの石炭」は若い魔法使いや老齢の研究者たちの興味関心を引くには充分魅力的であった。

 

デヴォルの石炭は、ウィルオウウィスプの伝説に登場する悪魔由来の地獄(つまり異界)の物体で、並々ならぬ莫大な力を有しているとされる。

 

それは今、教卓の上に置かれた専用の台座の上に、自慢げに飾られている。

 

大まかな外観は黒々とした角のある頭蓋骨。表面はゴツゴツと岩石のようであり、大きさも人間の物よりもやや小さい。

 

眼孔や尖った歯の隙間からは蒼白い炎を絶えず噴き出している。

 

普段はウィルが角燈(カンテラ)にいれて肌身離さず持ち歩いているので研究の機会はまず訪れない。

 

加えて、ウィルがこの石炭を用いて行う、彼の一族に伝わる死霊術の類は、現存する魔法使いでは行使することができない未知の魔法である。

 

研究家たちはこぞってこの未知を解き明かしたいと、何度も調査依頼を出しているが、その都度、散々渋った挙句追い返されている。

 

いつも自慢げに石炭を見せびらかし(決して触れさせてはくれないが)、自分の術の巧妙さを吹聴してまわる癖に、肝心の術は一切見せてはくれない。

 

「吾輩の技は主君たる王の為にこそありますれば。大道芸とは違うのだから、見せろと言われて、そう易々と披露できるものではない」とかなんとか言って。

 

みな歯がゆい思いをしてはいるが、誰もウィルには強く出られない。

 

彼の地位が高い事もあるが、一番は、もしも彼に目の敵にでもされれば、未知を解明する機会は二度と訪れないかもしれないから。

 

 

ウィルはご自慢のカイゼル髭を撫でながら、講義を続ける。

 

「霊界学の全ては、魂が何たるかを知るところから始まる。しかし、生きた霊を凡人が見る事は出来ない。魔法使いでも生まれながらにして見える者は稀である。吾輩は生まれつきはっきり見えるがね。そこでほとんどの場合は、幽霊を見る魔法を使う訳だが……えーっと霊視魔法のやり方は……」

 

それまでベラベラと喋り倒していた者が突如として言い淀み、学生たちの視線を集める。

 

ウィルの視線が泳ぎ、手持ち無沙汰にテキストを開いたり閉じたりしてから、

 

「これは吾輩の講義では今更解説しないっ。大学部生である諸君らなら既にこの手の魔法は修得しているだろうし、吾輩が今更教える事ではないので省略するっ」

 

そう早口でまくしたて、「オホン」と咳ばらいを一つ。

 

「むむ!」

 

そしてたまたま目についた、居眠りしている学生の頭をポカンとステッキでこづく。

 

「これ、寝るでない。一体だれの講義だと思っておるのか」

 

びっくりした学生がばッと起き上がり、「えっ、あ、すみません!」と咄嗟に頭を下げてペンケースの中身を床にぶちまける。

 

 

このようにウィルの秘術や石炭には皆、おおいに興味はあるものの、ウィルの中身のない自慢話を永遠と聞かされた挙句、いざ肝心なところに踏み込もうとすると話を逸らすスタイルのせいで、おおかたの学生はウィルの講義をまとも聞いてはいない。

 

多くの学生は先述の者のように居眠りをしているか、課題を持ち込んでやっつけているかのどちらか。

 

それ以外では、この老いぼれ魔法使いの背後に佇む、一抱え程もある巨大な黒猫を抱えた、小さな魔女をぼんやり見ているのが常である。

 

彼らの名誉の為にもあらかじめ言っておくが、彼らは決して幼女趣味の変質者予備軍という訳ではない。

 

この少女【ウインディ・バアルゼブル】もまた、ウィル同様に魔法学会に未曽有の動揺を巻き起こした歴史的大人物なのだ。

 

魔術師の家系の外の生まれでありながら、その才能を見込まれて学園長直々に孤児院へスカウトに足を運び、入学後も次々と飛び級を重ね、上級生に交じって首席で卒業。

 

魔法学校始まって以来の才女と謳われる。

 

その後は、魔術師組合の序列中位の魔術師であり王室付き魔法使いの一人であるウィルの一番弟子になるという、並々ならぬ経歴を持つ。

 

ファミリーネームは彼女自ら名付けた。

 

その魔法における圧倒的な才能と、大人顔負けの博識さから学生の間では話題沸騰の彼女である。

 

なので嫌味な老人を見ているよりは、期待の星たる彼女を見ている方がマシというのが学生たちの間で見解が一致している。

 

 

そんなこんなで講義は終わり、学生たちはやれやれといった様子で教室から出ていく。

 

ウィルは教卓の上に自慢げに置いていたデヴォルの石炭を台座から取って、特別製の角燈(カンテラ)にしまいこむと、さっさと部屋を出て行く。

 

その後ろをウィルの中折れ帽とコートを持ったウインディがてくてくついてくる。

 

モップのような黒猫は床におろされトテトテとついてくる。

 

そこへ、一人の学生が「ウィスプ先生!」とウィルを呼び止めた。

 

「ウィスプ先生っ、死霊系魔法応用特論について質問があるんですが」

 

それを聞いたウィルは眉をしかめて、髭をいじりながら、

 

「ウィスプ先生ではない。ウィルオウウィスプ先生と続けて呼びたまえ」

 

と訂正させる。

 

「し、失礼しました。それでこの、「27の月と傾いたティースプーンが及ぼす過食魂へのレモンハーブ現象」のところで分からない所があるのですが……」

 

学生は粛々と開いたテキストを差し出し、ウィルはばつが悪そうにそれを受け取って、複雑怪奇な魔法陣や呪文の文言、大量の月や歪んだスプーンが右往左往している挿絵を見て、ますます眉をしかめる。

 

「ああ……、これは一言ではとても説明できる問題ではないな。またゆっくりと時間がある時にでも教えてあげよう。それじゃあ」

 

そう言ってさっさと立ち去ろうとするウィル。しかしその背中に向けて、

 

「いつ頃が都合よろしいでしょうかっ?」

 

と尚も食い下がってかかる熱心な学生。

 

「う、うーん、今すぐにはとても分からないなぁ。君には追って連絡するようにしよう」

 

学生の方を振り返ることもなく、それだけ言ってズンズン廊下を進んでいくウィル。

 

「ではお名前を教えてください、後日連絡いたします。……それと、あの人に教えを請うのは時間の無駄ですよ」

 

ウインディは声を紙に書き起こす魔法を使って学生の連絡先を聞き出し、(いぶか)しむ彼をそのままに「それでは」と短く言ってウィルの跡を追っていく。

 

弟子が追い付いて来たのに気付いて、

 

「ウインディ君、君にはもうさっきの事象について説明していたかな?」

 

と兄貴風を吹かせるウィル。

 

「いえ、まだ教えてもらっておりません。しかし独学で昔調べましたので、学生の質問には答えられると思います」

 

淡々と答えるウインディ。

 

「なれば、この件は君に一任しよう。なに、人に教えるのも勉強になる。励みたまえ」

 

安心した様子で言うウィルに、

 

「分かりました」

 

とだけ答えるウインディ。

 

ウインディはついてくる毛むくじゃらと顔を合わせてから、呆れたように隣を歩く老人をじろっと見上げるが、当の老人は全く気にもかけずに前を向きなおす。

 

二人がそうやって廊下を進んでいくと、正面から廊下いっぱいに広がって歩く集団が見えてくる。

 

教室同様に廊下の大窓にはすべて暗幕が駆けられているが、集団が通る直前に黒子の者たちによって暗幕がバサァっと開かれ、通り過ぎる頃には再び閉められるという奇妙な光景が繰り広げられている。

 

一団の中心にいるのは、お洒落な丸眼鏡をかけた長身痩躯の二枚目の青年。

 

まぶしいくらいのゴールドの髪、ラフなジャケットスタイル。

 

周りには大勢の女生徒を引き連れ、廊下のど真ん中を我が物顔で闊歩している。

 

その青年を見たウィルは「うげえ」と舌を出し、ウインディは慇懃に頭を下げる。

 

ウィルらに気づいた青年は「ぃよお」と手を上げて気さくに挨拶をしてくる。

 

我が物顔も当然、彼こそがこの『王立魔法大学』の学園長であり、魔術師組合の元締め、王国軍の魔導師団を率いる筆頭魔導士官にして、名門アエイバロン家の現当主、太陽神アポロンの異名を冠する「蒼天の魔法使い」【アルベルト・A・アエイバロン】伯爵その人であるのだから。

 

「ふん、お貴族さまなら通行の迷惑くらい考えてもらいたいもんだね」

 

腰に手をあてて、早速突っかかりに行くウィル。

 

「やあ、ウインディご機嫌いかがかな? この偏屈じいさんに虐められてないかい」

 

どこから出したのか、キザに白いバラをウインディに送るアルベルト。

 

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます、アルベルト様」

 

ウインディもそれを受け取って、にこやかに微笑む。

 

「おいっ! 吾輩を無視するな!」

 

立ちはだかるウィルを無視して挨拶を交わす二人に文句を言うウィル。

 

「年寄りのおもりが嫌になったら、またいつでも僕のとこに戻っておいで。君なら大歓迎さ」

 

ウインディの手を取って、猫なで声を出すアルベルトは、年甲斐もなく騒ぎ立てるウィルに向き直り、

 

「おやおや、おじいちゃんどうしたのそんなに声を荒げて。昼ごはんは昨日食べたでしょう?」

 

やれやれと言ったように肩をすくめ、せっかく整った容姿を(いや)らしく歪めて、ウィルを小ばかにするアルベルト。

 

それを聞いてアルベルトを取り巻く女生徒がクスクス笑う。

 

「おのれ青二才が舐めた口を……」

 

カチンと来たウィルは角燈(カンテラ)についた煤汚れを指でぬぐって、アルベルトの白いジャケットに擦り付けようとする。

 

「な、何をするんだっ!?」

 

間一髪、その汚れた腕をつかんで寸でのところで防御するアルベルト。

 

「先に仕掛けたのはそっちだろうがっ、天罰じゃ!」

 

つかまれた腕にギリギリと力を籠め、アルベルトの服を汚そうとするウィル。

 

「キサマが天なものかッ! くらえ、ふぅーッ、ふぅーッ!」

 

反撃とばかりにアルベルトは、石炭の燃える炎に向かって息を吹きかけ、

 

「こらやめろ! 消えたらどうする!?」

 

ウィルは焦って角燈を頭の上に逃がすも、アルベルトはウィルによりすがって、しつこく角燈の火を消そうとする。

 

二人は格闘プロレスの締め技のように絡み合って、面白おかしいポーズになりながら攻防を続けていたが、やがて足を滑らせたウィルが態勢を崩し、アルベルトの純白の服にべったりと黒い手形がついてしまう。

 

 

「ひぃやぁぁあぁああッツ!! あっ? あっ!? あああ、ああああっ!!!!」

 

 

汚れを見て盛大に取り乱し、その場でぴょんぴょん飛び跳ねて、明らかに錯乱するアルベルト。

 

それをみた女生徒たちが、

 

「まあ大変っ、お召し物に煤汚れがっ」

「わたくしが拭いてさしあげますわ」

「ちょっとっ! ぬけがけしないでくださいまし!」

「どいてくださいッ、わたくしが先ですわッ!」

 

ここぞとばかりにハンカチを持ってアルベルトに詰め寄り、我先に汚れをぬぐおうとする。

 

しかしむやみやたらにハンカチを押し付けるもんだから、制服の汚れはますます広がって、それを目の当たりにしたアルベルトは

 

「────────────ッツ!!」

 

卒倒しそうになる。

 

すぐさま、お付きの者が飛んで来て新しい服に着替えさせ、

 

「旦那様、お気を確かに!」

 

といって頬を叩く。

 

下手人であるウィルはデヴォルの石炭の火が消えてないか入念に確認してから、醜態をさらすアルベルトを見て、

 

「はっはっは、ざまあみろ」

 

髭を撫でながら笑っている。

 

そんな二人を冷めた目で見つめるウインディ。

 

正気を取り戻したアルベルトは得意げなウィルを睨みながら、ジャケットの襟を正し、

 

「まったくこれだから沼の妖怪は。なんて人道に反することをするのかっ!」

 

負け惜しみをいうアルベルト、

 

「はっ! お坊ちゃまの方こそ、気を付けていただかなくては困りますね。この石炭がいかに貴重な品なのか、分からんでもあるまいにっ!」

 

それに嫌味を返すウィル。

 

一触即発。

 

二人はジリジリとにらみ合い、再び喧嘩を始めそうな勢いだったが、

 

「おっとこんな老いぼれの介護をしている暇はない。僕は忙しんだ」

 

急にアルベルトの方が冷静になり、メガネをクイッ、ウィルは競争相手を失ってバタンッと前に倒れる。

 

「君あてに国王陛下から召喚状だよん」

 

「陛下からッ!?」

 

ガバッと起き上がるウィルを、アルベルトは絨毯よろしく踏みつけて、()()()()()()()()()()懐から出した書状を渡そうとする。

 

が、上着のポケットに腕を突っ込んで書状を出そうとするも、

 

「あれ? ないぞ。どこいった」

 

そうやって上着をバサバサやっていると、背後から汚れたジャケットを持った付き人に、女生徒にもみくちゃにされてぐしゃぐしゃになった書状を差し出され、

 

「ああ、これこれ」

 

と手アイロンをかけて魔法で手紙を伸ばし、

 

「はいどうぞ。送火の魔法使いに渡しておいてね」

 

爽やかな笑顔で書状を手渡すアルベルト。

 

「んじゃあね。今日の黒星はいつか取り返すから。覚えてろよ沼ジジイっ!」

 

情緒不安定な語気で、ひらひら手を振りながら、陽光の中、またぞろ女生徒を率いて去っていくアルベルト。

 

背中に足跡をつけたウィルはウインディから手紙を受け取り、それを読んだのち飛び上がって喜んだ。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

手紙の内容は大体こうだった。

 

『最近になって、趣味の鹿狩りに行ったきり長年消息不明だった王様の兄君(プリンス・ジョン)の遺体が発見された。しかし占い師の言う事には、無念の死を遂げた兄君の魂は、未だこの世を彷徨っているという。そこで、送火の魔法使いたるウィルに招集が掛けられ、兄君の霊魂を呼び出して、最後のお別れを交わしたのち、無事天国に送って行って欲しい』

 

現国王は生前、兄君と大変親交が深かった。これは王室のみならず国民の大半が知っているほど周知の事実だった。

 

そして今回の任がどれだけ重要かは、この手紙が国王陛下の直筆である事が物語っている。

 

ウィルは狂喜した。髭もビンビン。

 

「はぁーっはっはっはっはっはっはっはっ! これで吾輩の名声はうなぎ登りだッ。国王陛下は泣いて感謝の意をしめし、王室からも賞賛の嵐。婚姻の申し出は引く手数多の選り取り見取り。魔術師組合での序列も上がって、さらなる尊敬を集める。吟遊詩人や画家たちはこぞって吾輩の超常の技を作品にすることであろう! 考えるだけで笑いが止まらんぞ、ヌアッーハッハッハッハッハッハッ!」

 

ウィルは午後の講義を急遽取りやめて、屋敷に帰ってすぐに謁見の準備を始めた。

 

仕立て屋や宝石商を呼び集め、使用人たちと晴れ着を合わせている。

 

そうして捕らぬ狸の皮算用な事ばかり言っている。

 

付き合わされるウインディはたまったものではなかったが、そこはエリート世渡り上手、

 

「師匠なら間違いないですよっ!」

「さすが師匠、憧れちゃうなぁ~」

「『ターニップは振り返れば芽が出てる*1』ですねっ!」

 

いつにない愛想のよさでウィルの機嫌を取っていく。

 

興奮冷めやらないウィルだったが、その背後に立つ少女、ウインディもまた内心穏やかではなかった。

 

笑顔を作ってその気のないお世辞を吐いてはいたが、口蜜腹剣、その笑顔の裏にはとても9歳の少女が浮かべたものとは思えないほど、野心に燃えた表情が浮かべられていた。

 

『やるなら今日だ』

 

ここはウィルオウウィスプ家のお屋敷、その衣裳部屋。

 

ウイリアムは鏡の前で当日着ていく服を選んでる。

 

使用人たちはウイリアムの世話でてんてこまい。

 

デヴォルの石炭は、角燈に入れっぱなしで、机の上に放りっぱなし。

 

そう。ここが分水嶺。

 

ここで少しでも振り返って弟子の犯行に気がついていれば、あんな苦労はしなくて済んだのに。

 

おバカなウィル。

 

なあんにも気付いてない。

 

ウインディはウィルの目を盗んで、隠し持っていたロウソクに石炭の火を移す。

 

そこへ、

 

「のうっ、これとこれどっちの色がいいと思う?」

 

突如ウィルが振り返り、ほとんど同じ色に見える仕立て屋の生地を体の前に掲げて、ウインディに尋ねる。

 

「右のほうがお似合いですよ」

 

けろっとした顔で答えるウインディ。

 

後ろ手にはすでに火を移したロウソクが燃えている。

 

「じゃろっ! 吾輩もそう思っていたところじゃ。そら見ろ弟子もああいっておる、この色で作るのだ」

 

仕立て屋を負かして上機嫌なウィル。師匠を出し抜いて微笑むウインディ。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

それから時間が経って、今日は謁見の日。

 

玉座の間への廊下をおめかしして、るんるんで進むウィル。

 

王様の話を聞き漏らすことが無いよう『耳が遠くならない魔法の耳飾り』を付け、来賓からの印象をよくするため『実際の歳より若く見える魔法の指輪』を3個はめてマイナス15歳、万が一に備えて『絶対に転ばない魔法の靴』と『腰痛を抑える魔法のコルセット』をを付けている。

 

そして一番大事な、角燈(カンテラ)を組み込んだ長杖(スタッフ)

 

お洒落アンティークな街灯のような形のこれを、悠々肩に担いで歩くウィル。

 

ウィルの身長ほどもある柄に、結び付けられた旗幟がひらひらとまっている。

 

そしてその旗幟に描かれた「嘆く骸骨」の紋章と、「Its time for a Coffin break.」の洒落も一緒に。

 

それを照らすのは、柄の先で燭台の様に枝分かれしたトンガリ燈會(ランタン)

 

そうして侍るそれらに囲まれるようにして、一等高い先端部分に虎の子の角燈が()()()()()()

 

黒々とした悪魔の様な異形の手型の土台に。彷徨う亡者を冥途へ導くウィルにとってはこれが仕事道具。

 

次いでその後ろ姿に付き従うウインディもまた、洒落たパーティードレスで着飾って、野望を腹に据えて若干浮かれ気味。

 

犯行の隙を伺う為に『視野を広げる魔法』と『他人の視界を共有する魔法の疑似網膜』を付け、犯行を行いやすくする為に『自分が盲点になる術式』を自身に書き込み、計画の成功率を上げるための『幸運の呪符』を懐に忍ばせ、来賓からの印象をよくするため『実際の歳より大きく見える魔法のチャーム』を付けている。

 

そして一番大事な、デヴォルの石炭の火を移したあのロウソクも燈會(ランタン)に入れてしっかり懐中に。

 

用意周到、準備は万端。万全の態勢で満を持して、ウィルは盛大に玉座の間への扉を開け放つ。

 

おしゃべりをしていた来賓たちは一斉に静まり返り、開かれた道を歩きながら得意げな顔のウィル。

 

そんなウィルを多くの魔法使いたちが好奇の目で見ている。

 

彼らは『古の時代より迷魂を導きし一族』の秘術を一目見ようと王国中から集まっていた。

 

「ほお、あれが『迷いの火』ですかな。話と違って随分若いように見えますが」

「どうせ、歳をごまかす魔法を使っているんでしょう」

「あの見栄っ張りの爺さんらしいですなぁ」

 

ウィルを知らない魔法使いはその威風堂々な態度に威厳を感じ、ウィルをよく知る魔法使いはもう見飽きてうんざりしている。

 

「ところで、あの後ろにいるのは……」

「例の【小さな探究者(ソロモン)】の二つ名を冠された少女ですな」

「噂によれば『ガイーシャの書』を翻訳したみせたとか」

「それはすごいっ、まだ(とお)にもなっておらんのでしょう? いやあ将来がたのしみだ」

 

どこに行ってもウィルよりウインディの評判の方がいい。

 

ウィルはそのまま歩みを進め、来賓の魔法使いたちが立ち並ぶ道を抜けると、正面には大人が寝そべられるほどの石の台座が見えてくる。

 

そしてそのさらに向こうの奥まった場所には立派な玉座がそびえ、玉座の前には、近衛騎士団団長や筆頭魔導士官のアルベルトが仁王のように立ちふさがっている。

 

ウィルはノーブル(やんごとない生まれ)な御歴々に向かって、わざとらしく頭を下げてまわってから、その石台座の前に立つ。

 

立ったところで喇叭(ラッパ)が高らかにならされ、

 

「アンブロシウス三世陛下のおなありい~」

 

皆がひれ伏し、王様が姫様を伴ってやってくる。

 

それと同時に豪奢な棺桶が運び込まれ、ウィルの前の台座の上に置かれる。

 

棺の中には王様の兄君の遺体が入っている。王様は、ウィルに向かって言葉を投げかけ始める。

 

「ウィルオウウィスプ卿、余は兄上に一言別れの言葉を送りたいと思っておる。常ならば死せる者と言葉を交わす事はできはしない。しかしそちがおるなら話は別だ。ひとたびこの世の理を破り死者との邂逅を成してほしい。そして【送り火】の名の通り、兄上の魂を極楽へと導いてもらいたい」

 

王様の悲痛な願いを聞いてウィルは畏まってさらに平伏する。

 

「御意に。陛下の心中お察しいたします。委細このウイリアム・ウィルオウウィスプにお任せください。今すぐに殿下の魂を御呼び致します。すぐに儀式の準備をば」

 

そういって街灯のような長杖を棺の上に掲げて呪文を唱え始める。

 

 

  『暗闇(くらがり)を彷徨う愚者の燈(イグニス・ファトス)

 

   お前を誘って森の中

 

   血を吸う鬼が待ち受ける

 

   火付き尻尾のジル・バーント・テイル

 

   ヒンキー・パンクに騙されないで』

 

 

集った魔法使いたちが揃って前かがみになり、ウィルの秘術に見入っている。

「呪文詠唱とは随分古めかしい魔法様式ですな」

「なにせ『古の時代より』と冠される程ですからな」

「実に興味深い」

 

掲げた長杖の、枝分かれした小さな照明から先端部に鎮座した角燈へと、順々に炎が大きく強くなっていく。

 

旗幟もバサバサと舞っている。

 

そうして噴き出した青い炎が渦を巻き、棺桶を幾重にも囲んで魔方陣を象っていく。

 

次第に陣の中央には、【 門 】のような輪郭が浮き上がっていき、ゆっくりとその扉が開かれる。

 

 

  『もう、聞く耳を持たない者よ

 

   もう、応える口を持たない者よ

 

   貴殿の名は【恵み深い者】

 

   彷徨う火に従って、疾くこの場に現れよ

 

   冥府の門はこれより開かれり』

 

 

ウインディが気配を消す魔法を使って周囲の目をそらす。

 

そしてウィルが呪文を唱えるのに合わせてランタンから例のロウソクを取り出して握りしめ、ブツブツウィルと同じ呪文を唱え始める。

 

ただし対象の名前は別の者にして。

 

集まった魔法使いたちは異界を一目見ようと、席を乗り出して門の中を覗こうとする。

 

その扉の先は辺獄。

 

あの世でもこの世でもない境目の場所。

 

何の明かりもない真っ暗闇が延々と広がっている。

 

そのなかでぽつんと、一筋のランタンの明かりが見える。

 

  『さあ、おいで

 

  【×××××(深い(暗い)森)】と【□○○(滞在する 聖者 沼沢)】と【▼▼≒▲▼(墓標 1つきり 走る(逃げる))*2

 

   はもう越えたよ』

 

ウィルが呪文を唱え終わると、突然、なんの前ぶりもなしに門の中の闇の中から白い、ほとんど骨のような朽ちかけの腕が『バッ!』と勢いよく突き出てきたかと思うと、門の中から【何か】を掴んで現世に放りだす。

 

放りだされたモノを見て、魔法使いたちは「おおーっ」と驚嘆の声を漏らす。

 

降霊の儀式は終わり、ウィルが厳かな身振りで杖をくゆらせ、再び炎を使って門を閉じる。

 

ウィルは、

 

「おいでになりました」

 

とだけ言って頭を深く下げ、後ろにそそくさと下げる。

 

しかし王様や貴族はきょとんとしており、キョロキョロ辺りを見回している。

 

ハッと気づいたアルベルトが、腰に差している王笏(おうしゃく)型の魔法の杖を引き抜いて、王様に霊視の魔法をかける。

 

とたん、魔法にかけられた王様は玉座を立ちあがり「おおっ!」と驚嘆の声を漏らす。

 

王様の目には、棺に腰かける壮年の男性の姿がはっきりと見えている。

 

アルベルトは、部下に指示を出してその他見えない者達にも同様の魔法をかけさせる。

 

王様は、

 

「あ、兄上なのか……?」

 

恐る恐る声をかける。

 

が、帰ってきた返事は、

 

「いよおぅっ! ってぇ、あんたダレぇ?? どおっかでみたカオだなぁ……。ええっと、ダレだっけかぁー。ひっく、うえー。ああーここぁどこだ? 俺ぁ死んじまったはずなんだがなぁ……」

 

呂律も回っていない、べろんべろんに酔っぱらった男の酒焼けしたしゃがれた声だった。

 

その声を聞いてさしものウィルも顔を跳ね上げ、髭も逆立つ、眼前の髭もじゃ酔いどれを見、それ越しにすっかり面食らった様子の王の顔を見る。

 

呆気に取られて、強気なヒゲがだらりんと下に落ち込む。

 

怖いものなしの酔いどれ幽霊は、驚いて固まった王様にがっちり肩を組んでかかる。

 

「そぉうだッ! 思い出したッ! あんたはぁー ……(明後日の方向に目をやりながらしばらく考え)……ええっとぉ……(うとうと白目をむき始める)……やっぱり忘れた」

 

あまりの無礼な態度に、見かねた貴族連中が立ち上がり、

 

「キサマ一体どういうつもりだ!」

「冗談では済まされんぞッ!」

「これは陛下に対する、いや国家に対する侮辱行為だ!」

 

ウィルを怒鳴りつける。

 

「え!? いや、しかし、わがは……いや私はっ」

 

ウィルは全く事態が呑み込めず、え? え? と取り乱しまくっている。

 

「やっぱりあいつインチキだったんだな」

「普段から偉そうにしやがって、ほんとは魂を導くなんてできないんだろうっ!」

「おまえなんか魔法使いの風上にもおけやしないっ!」

「それのどこが王族の人間なんだっ!」

 

後ろに立ち並ぶ魔法使いたちもが、次々にウィルに野次を飛ばし始める。

 

「待ってくれっ! 吾輩は確かに殿下の霊魂をっ……」

 

ウィルが弁解の言葉を並べ立てていると突然、

 

「×××~♪(卑猥なフレーズ) ××××~♪(すごく卑猥なフレーズ) ××××××~♪(耳を引き千切りたくなるレベルの卑猥なフレーズ)」

 

猥褻(わいせつ)な歌を酔いどれ幽霊が時場所お構いなしに大声で歌い始める。

 

それを聞いて貴族たちはますます眉をしかめ、顔を真っ赤にしながら口々にウィルを怒鳴りつける。

 

儀式に参列していた姫さまだけがその歌を聞いてケラケラ笑っている。

 

ウィルは一斉に責め立てられ頭が真っ白になっていき、『まずいぞぉ、このままでは吾輩の名声が地に落ちてしまう。しかし吾輩はちゃんと殿下の霊魂を呼び寄せたはず。しかしあれはどう見ても殿下には見えない……一体どういうことなんだぁ……』ぐるぐる考えている内に、ハッと一つの結論にたどり着き、王様に向かって、

 

「そうだ陛下っ! お忘れでございますか? 生前殿下は天下に名高い酒豪であったはず」

 

ふざけた進言を述べ、次は酔いどれ幽霊に向かって、

 

「おやおや殿下ぁ、死んでからもお酒ですかぁ? 本当にお好きですねえ。殿下にかかれば酒の湧く泉も一日もあれば干上がってしまうでしょうねぇ~。ほらほらよくご覧になってください、このご尊顔を。あなたの弟のリチャードくんですよ~、ほおら早く思い出してくださ~い」

 

王様の側に、よだれをべとべと垂らす汚い幽霊の顔をむりくり向けて、王の顔を間近で見させる。

 

そうしてへらへらしているウィルに、初めは困惑していた王様の顔もだんだん険しくなっていく。

 

それとは対照に、酔いどれ幽霊は白目を剥きながら、ぐーぐーいびきをかいて船を漕いでいる。どこまでもマイペース。

 

「茶番はもう結構だ。この者を捕えよッ!」

 

王様は遂に堪忍袋の緒が切れ、大声を出して衛兵を呼びつける。

 

衛兵隊長が「ピィィッ!」と笛を鳴らし、ひかえていた近衛兵がゾロゾロ玉座の間になだれ込み、ウィルを取り囲む。

 

ウインディはさっと身を引いて来賓たちに隠れる。

 

「構えっ!」

 

先陣きってなだれ込んできた近衛騎士団の副団長が合図を出し、近衛たちがライフル銃をウィルに向かって付きつける。

 

銃口を向けられたウィルは、

 

「陛下っ、そんなっ。お待ちくださいっ、これはきっと何かの間違いなのです。どうか(わたくし)めにもう一度チャンスをっ」

 

尚も釈明しようとするウィル。

 

王様の目を懇願するように見つめるが、近衛兵がジリジリと詰め寄ってくるから、しょうがなく牽制の為に杖を構える。

 

それを見てアルベルトが一歩前へ踏み出し、「問答無用(もんどうむよぉ)っ! 石炭没収ッ!」とおちゃらけた口調で指示をだす。

 

「おのれアルベルトッ!」

 

ウィルは奪われてなるまいと長杖を抱きしめるも、近衛たちは銃を下ろして一斉にウィルに飛びついてくる。

 

そうして押し合いへし合いしている内に「あッ、おい触るんな、ヤメロォ!」ウィルはあっさり杖を奪われてしまう。

 

 

「おいコラ返せ! それがないと吾輩は!」

 

ウィルは必死に抵抗するも、杖を奪った兵士はどんどん遠ざかっていく。

 

ついにウィルは羽交い絞めにされ、数段高いところでふんぞり返っている近衛隊長とアルベルトの前に突き出される。

 

アルベルトが得意げに腰を折って、

 

「石炭はもらった。かんねんせぇ」

 

憎たらし気に勝ち誇る。

 

「頼むっ、石炭を返してくれ、あれがないとワシは!」

 

恥も外聞も捨てさり、弱弱しく懇願するウィル。それを見てアルベルトがいやらしげに口元を歪める。

 

「それはできない相談だ。かくいう僕も一魔法使いとしてあの石炭には大いに興味があってね」

 

ウィルは悔しそうに歯ぎしりをし、「グワァッ!」アルベルトに噛みつこうとするがアルベルトが体を戻しただけで簡単にかわされ、衛兵によって後ろに後退させられる。

それを見た騎士団長から、

 

「あまり咎人(とがびと)を刺激しないようにしてください」

 

とメガネをかけ直すアルベルトは、おしかりを受けてしまう。

 

 

ウィルの頭の中はかつてないほどぐるぐると回転し、この状況をいかに打破するべきをずっと考えていた。

 

『まずいぞぉ、ますますまずい。このままでは王族侮辱罪とかで最悪死刑にもなりかねない。しかし石炭がない事には吾輩にはどうしようも…………それにまずはこの邪魔な衛兵どもから逃げねば……』どうしようっどうしようっと考えている内に、遂に衛兵が動き出し、牢屋に連行されて行かれそうになる。

 

ウィルは焦って、

 

「は、離せえッ! 吾輩は無罪じゃっ!」

 

せめて動かせる頭をブンブン振って最後の抵抗をする。

 

すると、振り乱した髪の毛が偶然にも衛兵の兜の隙間に入り込み、衛兵の眼球に直撃。

 

衛兵は、

 

「うわっ目がっ」

 

と拘束の手を緩め、

 

「しめた!」

 

ウィルが脱出。

 

すぐさま涙を流す衛兵からサーベルをぬきとって王様の兄の棺桶の上によじ登り、台座に立ってへっぴり腰で周囲を威嚇する。

 

衛兵らはライフル銃を向けて牽制するが、彼らにはそこまでしかできない。

 

相手は魔法使い、一体何をどうやって攻撃をしてくるのか分かったものではない。

 

もし万が一むやみに発砲したらどんな事になるか予想もつかない。

 

一方でウィルも無数の銃口を向けられ心臓がバクバクいっており、冷や汗をかきながらも石炭を奪った衛兵を見つけ、ゆっくり台座を降りてその衛兵に近づいていく。

 

目を付けられた衛兵は、鬼の形相で迫りくる魔法使いを見て

 

「杖なんかとるんじゃなかった」

 

と後悔し、儚い走馬灯が脳裏を駆け巡る。

 

二人はお互いに及び腰。

 

ウィルは頼りなく剣を突き出し、衛兵は涙ながらに長杖を抱きしめる。

 

「な、頼むからその杖をこっちによこしなさい、ね、頼むから、ほんと、頼むからっ」

 

震える声で衛兵に呼びかけるが、衛兵は駄々をこねる子供のように「ううん。ううん」と口を堅くつぐんでいる。

 

ウィルが杖を掴んで引っ張ろうとするも、衛兵はかたくなにそれを離そうとせず、二人はおもちゃを取り合う子供のように程の低い押し問答を繰り広げている。

 

そんな緊張状態が

 

「ボンッ!」

 

いきなり瓦解させられる。

 

ウィルの足元で小さな爆発が起こり、ウィルは派手に吹き飛んで取り囲んでいた衛兵の集団に激突する。

 

何が起こったのかと衛兵らが周囲を見渡していると、

 

「おじいちゃん、往生際はよくしなきゃ」

 

宙空(ちゅうくう)に立つアルベルトが、指を拳銃の形にしてウィルに向けている。

 

そしてその人差し指からは硝煙が立ち込めている。

 

「あいたたた」と頭を押さえているウィルの前に、ふわり、アルベルトが着地し、人差し指の銃口をウィルに向ける。

 

丸メガネがキラリ反射し、アルベルトの切れ長の目を映す。

 

ウィルもとうとう年貢の納め時。

 

ここで一巻の終わりかと思い、腹を半ばくくりそうになったその時、視界の端で、もう一つ見覚えのある青い炎が揺らめいた。

 

 

ウインディはそれまでうまい事、気配を消していたのだが、突如としてアルベルトに吹き飛ばされたウィルが、ウインディが隠れている方向に飛んで来て、その衝撃でついうっかりロウソクを入れた燈會(ランタン)を落っことしてしまったのだ。

 

ウィルは、ウインディが落としたものだとはつゆ知らず、目の前に現れた好機に飛びついてかかる。

 

溺れる者は藁をもつかむ。

 

さすがウィルオウウィスプの面目躍如。

 

すかさず燈會からこぼれたロウソクをひっつかんで、炎を操り石炭を奪い返そうとするが、目の前ではアルベルトがいつ取り出したのか、より殺意の高い、十八番(メインウェポン)である黄金の長弓を構えてウィルを狙い、その奥ではすでに石炭奪取衛兵が玉座の間を脱出するところであった。

 

数人に護衛されながら部屋を出ていく衛兵と、目の前の弓矢を構えるアルベルトを交互に見る。

 

「うんぐぬぬぬぬぬぬ…………」

 

ウィルはこれでもかというくらい眉をしかめて、奥歯を噛みしめ、

 

「おのれぇっ、これで勝ったと思うなよっつ!!」

 

と捨て台詞を吐いて、ロウソクの火を使って速攻で冥府の門を開きその中に飛び込んで逃走。

 

静寂に包まれる玉座の間。

 

構えた弓矢を下ろし、

 

「あらら。逃げちゃった」

 

きょとん、としているアルベルト。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

延々と続く暗がりを、僅かなロウソクを頼りに歩いていくウィル。

 

髭もすっかり萎えている。

 

さすがにここまで追手は来ることはないが、これからどうしたものか、ウィルは途方に暮れてその場に座り込んでしまう。

 

すっかり意気消沈していると、遠くの方から明るい音楽が聞こえてくる気がした。

 

まさかそんなわけあるまい、と思って顔を上げて周囲に気を配ると確かに、でたらめだが明るい音楽が聞こえてくる。

 

立ち上がって周囲を見渡すと、何もない事が存在証明のはずの辺獄に、大きな明かりが見える。

 

人生の袋小路に立たされたウィルは、もはや行く当ても無く、その光に向かって歩き出した。

 

 

意外や意外、そこは【移動遊園地】だった。

 

ポップコーンに綿菓子、アイスクリームにドーナッツ、様々な屋台が立ち並び、大通りをガイコツピエロたちのパレードが横断し、楽団が高らかに音楽をかき鳴らす。

 

踊りくるう骨たちに、楽しそうに騒ぎ立てるお客(骸骨)たち。

 

きらびやかな電飾が闇の中で一層の輝きを放ち、メリーゴーランドが周り、観覧車が天までそびえている。

 

サーカス小屋では骨ライオンが火の輪をくぐり、曲芸師たちが玉乗りや綱渡りなど見事な芸を演じている。

 

とても辺獄とは思えないほどの賑わい具合。

 

「どこだ、ここは?」

 

ウィルは話に聞いていた場所とのあまりにギャップに驚き、自分がどこに来てしまったのか一瞬分からなくなっていたが、そこへ

 

「おーい」

 

という聞き覚えのある呼び声を聴いて我に返った。

 

「ウォルターおじさんっ!?」

 

声をかけて来たのは数年まえに他界した親戚の『ウォルター・ウィルオウウィスプ』だった。

 

「よおウイリー、お前も遂にこっちに来ちまったのけ?」

 

肉がすっかり削げ落ちた骸面(むくろづら)

 

それに新大陸の死者の祭りのように華やかな化粧を施し、大変陽気なご様子。

 

手には並々注がれたグラスを持って、頭にはファンシーなパーティーハットをかぶっている。

 

「嗚呼、お前が死んでここに飛ばされるってこたぁ、まだ神様は俺たちを許してねぇってことだなぁ。一体いつになりゃ俺たちは天国に行けるんだか。せめて地獄で裁いてくれたら、生まれ変われるのによぉ」

 

ウォルターおじさんは、がっかりした様子でベンチに腰掛けうなだれ始めるが、ウィルの、

 

「いやぁ、吾輩はまだ死んだわけでは……」

 

という発言を聞いて、

 

「なにっ! そうなのか!? それを早く言わんか、びっくりしたわい。そういえばお前は骨になっておらんな。ガッハッハッハッ」

 

と豪快に笑い飛ばし、酒をグイっとあおる。

 

しかしすぐ我に返って、

 

「んん? じゃあ、どうしてお前さんはこっちに来ておるんだ?」

 

ウィルは苦い顔をして、言葉に詰まっていると、

 

「あれ? お前ウイリアムじゃないかい?」

 

後ろから女性に声をかけられる。

 

「おうヴィルマっ、お前のせがれが来てるぞっ!」

 

ウォルターおじさんが女性の名前、つまりウィルの母親の名前『ヴィルマ・ウィルオウウィスプ』を呼んで声をかけるもんだから、ウィルは驚いて後ろを振り返る。

 

するとそこには一人の女性が赤い風船を持って立っており、驚いた顔でウィルを見ている。当然、ガイコツの姿だったが。

 

「母さんっ!」

「ウイリアムっ!」

 

二人の親子は感動の再会を果たし、互いに抱き合う。

 

「お前もとうとうこっちにきちまったんだねぇ。よく頑張って生きたねぇ」

 

ウィルの母は、しくしく泣きながらウィルを一層つよくだきしめる。

 

「いやあ、まあ、ははは……」

 

ウィルは訂正するのも野暮だと思って愛想笑い浮かばせる。

 

そこへ、

 

「やあ! ウイリーッ久しぶりだな!」

 

若いガイコツ男性が声をかけて来た。

 

「父さん!」

 

ウィルは早くに死んだ父『ワトソン・ウィルオウウィスプ』を見て目を見開いて驚くが、父はさっぱりしたもので、

 

「お前も随分、歳とったなぁ。すっかりジイさんだ。破傷風で死んじまった父さんより、もう年上なんじゃないのか? はっはっは」

 

気さくに笑っている。

 

そして年若い女性が「ちょっとぉ、笑えないわよワトソン」と肘で男性をつつく。

 

ウィルは未だに困惑していたが、とりあえず目の前にいるのが身内という事で安心することができた。

 

ウィルは二人の様子を乾いた笑いで見送り、

 

「それでここはどこなの?」

 

と改めて尋ねた

 

母親は最初あっけらかんとしていたが、やがて得心いったようで、ここがどこなのかを説明し始めた。

 

 

知っての通りここは辺獄。

 

彼岸でも此岸でもない境目の世界。

 

ウィルオウウィスプの吹き溜まり。

 

罪業を背負った彼らはもれなく辺獄に送られる。

 

どこにも行く事が出来ず、いつ許されるのかもわからない免罪の時を待ち続ける彼らは、とうとう待ちくたびれてこっちでも自分たちの町を作ることにした。

 

お墓のお供え物や、葬式の時に棺桶に入れられる物を材料に、長い時間をかけて延々と街を作り続け、今は遊びどころの遊園地を作っている。

 

だが、万が一死んでからこんな楽しい生活が待っていると、生きている内に知ってしまえば、子孫たちは絶対に贖罪(しょくざい)をほっぽり出して先祖同様悪事に走ることは間違いない。

 

彼らはそういう一族。

 

故に辺獄が栄えているなんてことは若いウィルオウウィスプには絶対に内緒。彼らには自らの務めだけに集中してもらって、年老いてきてもう贖罪は無理かなっと思われた時、辺獄のウィルオウウィスプが枕元に立って持ってきてほしい品々や建材を伝えて物資を補給する。

 

それから若いウィルオウウィスプは、「辺獄の門を開くのはいいけど、中には絶対に入っちゃダメ」という固い掟を教え込み、堕落を防ぐ。

 

こういった独特の風習がここ半世紀の間で発生していた。

 

 

「だから母さんの葬式の時、回転木馬とかトウモロコシを大量に墓に詰めたのか」

 

ウィルが納得言っていると「そゆこと~」と母親がニコニコしている。

 

「でも、おかしいはね。あんたいつ死んじゃったの? あんたが死にそうになったときは母さんが枕元に立つはずだったのに。まさか不慮の事故!? まあ可哀そうに」

 

勝手に盛り上がっている母親に、

 

「いやあ、吾輩まだ死んだわけでは……」

 

めんぼくなさそうに頭をかいてると、母親の表情が険しくなって、

 

「ええっ、じゃあアンタまだ生きてるのにこっちに入ってきちゃったの!? それは御法度だとあれほど教えたでしょう! まったくこの子はしょうがないんだから、大体アンタはね、一族の掟なんて屁とも思わないで約束を破ってばっかりだったのに、いい年してまだアンタはっ!」

 

説教をまくしたてる母親。それをばつが悪そうに聞いているウィル。

 

そこへまたしても父親が助け舟を出してくれる。

 

「まあまあ母さん、ウイリーだってここに来ちゃいけない事は分かっているはずなんだからさ、ここに来たのはよっぽど理由があったんだよ。まずはウイリーの言い分を聞こうじゃないか」

 

ウィルは、幼い時に死んだ父親がずっと生きてくれていれば、生前もたくさん助け舟を出してくれたのに、と改めて父親の死をいまさら悔やんだ。そして、ウィルは事のあらましを、母親が死んでから王室付き魔法使いになり、今回の不祥事を起こすところまでを物語った。

 

 

「ええっ! ご先祖様の石炭をダシに王様に取り入った!? しかもそれをとられちゃったってッ!?」

 

驚き呆れる母親。

 

「ははは、【迷魂を導きし一族】とはよくいったもんだ。ただの咎人(とがびと)の子孫なのに」

 

笑う父親。

 

「しかし、宮廷魔術師とは出世したもんだなぁ。ウイリー、お前魔法なんて使えたんだな」

 

感心する叔父。

 

「でも、ほらっ! 森でくすぶってる頃より、表に出て有名になった分たくさん迷魂が訪ねて来たし、務めはちゃんと果たしてるよ」

 

弁解するウィル。

 

「だが、王族侮辱罪ともなると最悪死刑は免れないかもなぁ。おいウイリーお前嫁さんは? 子供はいるのか?」

 

心配する叔父に、気まずそうに眼をそらすウィル。

 

「アンタまだ結婚してないの!? どうするのもう六十過ぎのおじいちゃんよ!? いいわ母さんがいい子を探してあげる。えーっとぉ、ウィッテンバーグさんちのホイットニーちゃんは…………、森でクマに食べられちゃったし、(遠くでクマの着ぐるみとハグしているホイットニーが見える)ウインチェスターさんの所のヴァルブルガちゃんは………、沼で溺れちゃったし(さっきからずっと射的屋で同じ賞品を狙っているヴァルブルガの姿が見える)ウィークスさんちのホワイトちゃんは…………、崖から落ちちゃったし(頭上のローラーコースターからホワイトの悲鳴が聞こえる)一体どうするの!? ウィルオウウィスプの村にはもう誰もいないわよ!?」

 

取り乱す母親。

 

「だから吾輩は村を出たんだよ母さん。母さんが死んじゃって、村にはもう吾輩しかいなくなっちゃたから」

 

危機的状況を全く理解していないウィル。

 

「あなたウィルオウウィスプの最後の一人なのよ!?」

 

衝撃の事実。

 

ウィルオウウィスプ絶滅寸前。母親がすっかりうろたえていると、父親が、

 

「とりあえず僕たちだけでは決められない。族長の所に行ってみよう」

 

そう提案し、こぞって【ウィル・オブ・ザ・ウィスプ】を尋ねに行く。

 

 

あちこち聞いて、一行が行きついたのはローラーコースターだった。

 

「イエーイッ! Foooーッ! いやあ最近の遊びは楽しいねぇ! 500年前にはこんなのなかたっよ!」

 

ちょうどコースターが終着駅にとまって、杖を突いた老人が若い女の子を連れ立って降りてくるところだった。

 

コツコツと杖をついて正面の位置関係を把握しながら、出口に立っているウィルの父親に杖が当たると

 

「いや、すまないね、長い事暗がりにいるとだんだん目が不自由になってくるんだ」

 

と明後日の方を見ながら謝って、若い女の子に連れられながら去って行こうとする。

 

「族長、お待ちを。ワトソンです。ぜひ族長のお知恵をお借りしたく参上いたしまいた」

 

父親は族長の正面に立って話しかける。

 

「おお、ワトソンか。まあまあ楽に楽に。とりあえずそこの酒場にでも入るか?」

 

一行は族長の誘いで近場のパブに入り酒盛りをはじめ、ウィルはもう一度初めから事のあらましを話し、母親は強くことの重大性を訴え、族長はうーんと深く考え込んだ。

 

「とりあえずは安心して身を隠せるところを探すんじゃ。悪い事をしたら逃げて隠れろ。好機を待て。ワシが領主の屋敷から金を盗んだときはそれで助かった」

 

何も褒められたことではない事を、大層に語って、なぜか皆がありがたがっている。

 

「その次は、いずれ村に山賊とかならず者が来るからそいつらやっつけるんじゃ。そうすれば罪は帳消しになって村の英雄であるワシを咎める事はできない」

 

「なるほど。その次は」食い気味にあいずちを打つ父親。

 

「その次は、うまく口車でだますんじゃ。あの時はたしか、「盗賊が領主様のお宝を狙っていたので安全な場所に隠しておきました」とかそういった事を言ったかな。それで、やっつけた輩をその時の盗賊と言って突き出したから、無事にことなきをえた。あ、そうそうこの時お宝をちょろまかしてはならんぞ。どうせ褒美としていくらかもらえるからそれで我慢するのじゃ。欲張ってはならんぞ。どうせ空き巣にでも入ればそうそう死にはせん」

 

「なるほど。さすがご先祖さま」

 

神妙な面持ちで聞く父親。母親も叔父も大して不信には思わず、当然のような顔をして聞いている。その中でウィルだけが不信感を抱いていた。

 

 

『親の因果が子に報ゆ』とは言うが『カエルの子も、またカエル』、悪たれの子孫もまた悪たれという度し難い現実。ウィルオウウィスプのような呪われた一族が平気な顔して、俗世間に受け入れられるわけがない。

 

当然のように迫害され、社会を追われるのは目に見える。もともと手癖の悪い連中だったというのもあるが……。

 

そうして人があまり寄り付かない深い森や沼地、時にはうら寂しい墓地などに居を構え、そこを通る旅人や行商人を襲って生計を立てていた。

 

篝火(かがりび)に誘われる羽虫のごとく、ランプの光に誘われてきた人間の身ぐるみをはぎ、時には若い女性をさらって花嫁にしたりなど、ウィルオウウィスプの血族は笑い事じゃない犯罪者集団だったのだ。

 

これが森や沼地で見る明かりの正体。

 

闇夜に浮かぶ明かりについて行ってはいけないというのも納得の話。

 

いくら魂をあの世に導いても、ちっとも罪が消えないわけだ。

 

幼いころのウィルはそういった追い剥ぎ家業にはまだ加担しておらず、加えてそんな稼業をずっと続けられるわけもなく、最近は衰退気味。

 

でもそのお陰で、三つ子の魂百まで、ウィルの魂は未だ穢れてはいなかった。

 

 

犯罪の手口を享受しあう一行を、軽蔑のまなざしで見るウィル。

 

そんなウィルに、

 

「そうだっ! いい隠れ家を知っているぞ」

 

突然、族長がにじり寄ってきて、テーブルの上で酒瓶やグラスを並べて場所の説明を始める。

 

「ええと、ここがお城で(ビスケットの缶を置き)、これが首都だ(缶の右側にウイスキーの瓶を置く)で、隠れ家はこのお城からずうと西に行ったところにある(隠れ家と思わしき場所にフィッシュ&チップスの皿を置く)」

 

それをみたウィルは眉をしかめて、

 

『見えてないのにこの位置関係はあってるのだろうか。そもそもそれは何百年前の話なんだ』

 

疑ってかかっていると、

 

「お前さん、まだ火は絶やしておらんのじゃろ?」

 

とまっすぐ蝋燭を指さしていうからウィルはびっくりした。

 

「懐かしい温もりじゃ。その火があれば万時うまくいく。それは導きの火。愚者を導く燈(イグニス・ファトス)だ。我々ウィルオウウィスプを救ってくれる火だ」

 

族長はそれまでのひょうひょうとした声ではなく、どっしりとした重みのある声でそうウィルに語り掛けた。

 

「そうともっ、いつだってこの火が追い剥ぎしやすい旅人を教えてくれた」

 

叔父がムードを壊す事を言い、

 

「母さんを誘拐する時もこの火が運命の人だって教えてくれたしな」

 

便乗しずらい事を父親が言い、なぜか母親が顔を赤らめている。

 

ウィルがそんな連中をいぶかしんでいると、

 

「そうじゃ、ワシが隠れ家の場所に門を開いてやろう」

 

願ってもない提案を族長がし、一行は「ありがたや、ありがたや」と言って店を出る。

 

 

店を出てどこへ行くのかと思ってみんなでゾロゾロ族長について行くと、族長は遊園地の広場の真ん中で足を止めた。

 

族長は広場の真ん中に建てられた噴水のへりに、えっちらおっちらよじ登って、

 

「おぅーいーみんな聞いてくれやぁー」

 

と道行く皆を呼び止める。

 

なんだなんだと集まってきた一族の者らに、族長は隣に立つウィルを示しながら、

 

「これはワシらの遠い子孫のウイリアムじゃっ! ウィル坊はなんと王様に仕えとってな、じゃが最近王様の顔に泥を塗ってしまって、今は晴れて国賊の身の上なのじゃ」

 

 ウィルの失態を赤裸々に暴露し始める。

 

「あらあらまあまあ、立派になって。追い剥ぎが天下の国賊なんて」

「さすが俺らの一族だ。悪さのスケールが(ちげ)ぇわな」

「俺らの血ってそんな長いこと続いとったんかいな」

 

それを聞いた一族はめいめいに不審な感想をくちばしっている。

 

「そこでじゃ皆の衆、ここは一つ可愛い孫にみんなでカンパしようじゃないか」

 

族長の提案にウィルオウウィスプの一族の面々はこころよく賛成し、手持ちの品を寄付してくる。まずは、何をもっても先立つ金子(盗品)が帽子にどっさり。

 

ポップコーンや綿あめなんかのお菓子に、衣服(ピエロとか動物の着ぐるみ)、使い道がないけどとりあえず高価だから奪ってきた魔導具の数々。

 

それらを大きなカバンにじゃんじゃん詰められウィルの周りに並べられていく。

 

右手に風船、左手に綿あめ、頭にはファンシーなウサギの耳を付けたウィルは、救援物資が増えて行くたびに、目を見開いてびっくりしている。

 

生まれてこのかた、こんなに人に優しくされたことがあっただろうか。

 

ウィルが家族の優しさに感激していると、族長が近寄ってきて「火ぃ貸して」とロウソクを指さして手のひらを向けてくる。

 

素直にロウソクを渡すと族長は、揺れる火の青白い先端を摘まむようにして、空中いっぱいに門を描く。

 

描かれた丸い輪郭の門の向こうに、現世の世界が、日もとっぷり暮れて、枝葉の隙間から月が明るく照らす深い森が見える。

 

族長に返却されたロウソクを、

 

「ウイリー、これに入れていきなさい」

 

と母親がよこした丸燈(ランプ)に入れて持つ。

 

その後次々と救援物資のリュックや鞄を抱え、しみじみ一族のみんなを最後に見渡し、

 

「がんばれよぉー」

「嫁さん見つけろー」

「殺されそうになったらまたこっちに逃げておいでぇー」

「ならず者を待つんじゃぞぉー」

 

と皆にエールを送られながら門をくぐる。

 

門をくぐったところであっさり門は閉じられた。

 

一人になって途端に恐ろしくなってきたウィル。

 

さっきまでの楽し気な喧騒はどこへやら、目の前にはしんと静まり返った薄暗い森が広がっている。

 

フクロウとか鳴いてる。

 

クマが出たらどうしよう。

 

オオカミが出たら死んでしまう。

 

それにいわゆるワープゲート、辺獄の門を使って瞬間移動したもんだから、ここがどこか皆目見当つかない。

 

族長の信用ならない地図を信用するなら、お城からだいぶ西に来たはずで、ここいらはなんにもなかったはず。

 

小さな集落とか探せばあるだろうけど、お尋ね者の身の上でそんなところいけやしない。

 

いい隠れ家とは、まさか山小屋とかだろうか。

 

ここ何十年も王宮で贅沢三昧だったのに、そんな野人みたいな生活できるだろうか。

 

それに加えて、好機を待つとは一体どうすればいいのか。

 

このままでは山小屋で衰弱死してしまう未来がありありと見える。

 

ああ、懐かしき栄華の日々よ、なにゆえ私を見捨てたもうた。

 

ウィルの未来はお先真っ暗、その上すすんでいく獣道もお先真っ暗。

 

鬱々とした考えが頭をよぎる。

 

そうして頭にウサ耳を付けて暗い森を進んでいくと、目の前に朽ちかけた看板が現れる。

 

雨風にさらされすっかり自然に帰ろうとするそれには、ぎりぎり読める文字で、

 

『この先、【 FAFROTSKIES(ファフロツキーズ)】に注意!』

 

と書いてある。

 

「なんのこっちゃ」

 

不可解な内容にウィルは大して気にも留めずそのまま獣道を進んでいく。

 

すると次第に、森が開け、そこだけぽっかりと樹木がはげた岩肌の空間に出る。

 

「ここの事か?」

 

開けた空間のちょうど中央、不自然に盛り上がった岩肌上に一軒の小屋のようなものがある。

 

それは山小屋とも倉庫とも呼ぶには小さすぎ、大きさは、いうなれば仮説トイレくらいのもの。

 

扉を開けるとすぐに壁があるような、人一人が入ってそれで終わり、のようななんとも奇妙な建築物未満のものが丘の上にポツンと建ち尽くしている。

 

「ここに住むのは無理だろう」

 

とはいえ一応扉を開けるみると、

 

「あ、階段がある」

 

なんと地下へと続いていく階段が。

 

「吾輩、洞窟なんぞで野宿したくないぞ……」

 

不安な気持ちに駆られながら、石造りの階段へ一歩踏み出す。

 

「虫とか出たら嫌だなぁ……」

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

思ったより短い階段を下りた先には、存外に広い空間が広がっていた。

 

それも岩盤がむき出しの穴ぐらなどではなく、きちんと装飾された洋間が。

 

ウィルは一層不信感を強めながら、その洋間の中を照らしていく。

 

床は板張り、部屋の中央には大きな一枚板のテーブルが、くすんだ絨毯の上に鎮座している。

 

その上には豪奢なシャンデリアが吊るされて、クモの巣にまみれている。テーブルの横には石窯と一体になった暖炉や手押しポンプがついた流しが埃をかぶっている。

 

その反対の壁際には本棚や飾り棚がひしめいており、床のあちらこちらに山積みになった書物が散乱している。

 

「煙突は……? 詰まっておらんな」

 

ウィルは煙突の中を覗いて、僅かな月あかりが差しているのを確認してから、そばに備蓄してあった薪を暖炉にくべてロウソクの火を移す。

 

次第に火床の上で、蒼い炎がごうごうと燃え始める。

 

暖炉の明かりで洋間が照らされ、ぼんやり全容が見てくる。

 

手をかざして暖を取っていると、ふとあることに気づく。

 

「んん? 地下室なのに窓があるのは妙だな」

 

確かに暖炉の隣にある流し台の上と反対の壁に、木枠の大窓が埋め込まれている。

 

が、外は真っ暗でその様子はうかがえない。

 

そして部屋の奥、下りてきた階段の正面には、半螺旋階段とそれに続くロフトのような空間が見られる。

 

とりあえずウィルは階段をあがって何があるかを確認しに行く。

 

「変わった空間だな」

 

ウィルはロフトを一目見てそう思った。

 

形はドームを縦切りしたような円錐形。

 

一見テラスのようにも見えるが、窓の類は一切ない。

 

そのうえ、窓はおろか真っ白い壁には何の装飾も施されてはいなかった。

 

洋間には絵画や観葉植物が飾ってあるのに。

 

真っ白い壁が弧を描いて天井まで続いている。

 

その天井には照明の類もつけられていない。

 

洋間のシャンデリアの光が届かないとも言えないが、ここが地下である関係上、このロフトはなんとも薄暗い陰惨な場所になってしまう。

 

まあ、木箱や樽、細々とした雑貨の類が散乱していることから、ここはその利便性の悪さゆえに物置になっていたことは想像に難くない。

 

「んん? なんだこれは?」

 

ウィルはその白い壁を凝視して、首をかしげる。

 

壁の素材が分からない。

 

石材か木材か、その判別すらできない。

 

表面はツルツルしており、白磁の陶器を彷彿とさせる。

 

継ぎ目の跡も一切見られない。

 

「卵の殻とか、骨に見えなくも……ない?」

 

ウィルは触らぬ神に祟りなし、よく分からない物は放っておこうと、ロフトを後にする。

 

半螺旋階段を下りる途中で階段下に扉を見つけ、

 

「ほかにも部屋があるのか。意外と広いな」

 

と念の為、他の部屋も見に行ってみる。

 

家の中を見て回ったが、そこはずいぶん年季の入った廃墟のようだった。

 

扉の先には、洋間同様、埃を被った長い廊下がどこまでも広がっている。

 

廊下にはたくさんの扉が建ち並んでおり、そのほとんどが固く施錠されており、中を見る事は叶わない。

 

旅館(ホテル)でもないのに、全ての扉に『書庫』や『倉庫』、『バスルーム』など丁寧に名札が張られており、几帳面だなとウィルは思った。

 

しかし中には『畑』や『サンルーム』と書かれた地下では意味がない部屋も存在し、「変な家」とウィルは肩をすくめる。

 

探索していくと、いくつか鍵が破壊されて開く扉があったが、それは全て(ニセ)ドアで、開けたらすぐに石壁がそびえているだけだった。

 

ウィルは「なんだ、見栄っ張りめ」と悪態をつき、再び洋間に戻る。

 

「さて、これからどうしたもんか……」

 

ウィルはため息をついて、暖炉の前に置かれたソファに寝転がる。

 

ぼんやり暖炉の火を見つめていると、だんだん眠くなってきて、目がとろんとしてくる。

 

大きなあくびを一つ。

 

「今日はもう寝よう」

 

眠気には勝てず、そのまま寝てしまいたいが、目の前で燃え盛っている暖炉をそのままにもできない。

 

かといって消してしまうのはいろいろ怖い。

 

「はあ、面倒だー」

 

暖炉に置かれている【吹子(ふいご)】に手を触れ、もう片方の手でロウソクを握って、呪文を唱える。

 

 

『墓場で揺蕩(たゆた)う火の着いた尻尾

 

   血を吸う鬼へ誘う蒼白の火

 

暗闇(くらがり)に浮かぶ愚者の燈(イグニス・ファトス)

 

 

ロウソクの炎が生き物のようにのたうち、ふいごがガタガタと震え始める。

 

 

  『旅人の残り香を寄り集めて

 

   役目を終えた者を思い出せ

 

   お前は魂の【擬い物(イミテーション)

 

   お前は誰でもない

 

   お前に器と仕事をくれてやる

 

   彷徨う火に従って、疾くこの場に参上せよ

 

   冥府の門はこれより開かれり』

 

 

震える『ふいご』から人間の身体と手足がむくむくと生え、みるみる内に大人台の大きさになっていく。

 

 

  『さあ、来い

 

  【×××××(深い(暗い)森)】と【□○○(滞在する 聖者 沼沢)】と【▼▼≒▲▼(墓標 1つきり 走る(逃げる))

 

   は遥か後方』

 

 

洋服を着込んだ【ふいご頭】は、胸に手をあて、ウィルに(こうべ)を垂れる。

 

 

傀儡(くぐつ)に命じる。お前は朝まで暖炉の世話をしろ。間違っても吾輩を焼死させるなよ。あと、この部屋の、ふわあぁぁ、部屋の掃除もしとけ……」

 

言ってからすぐ、ウィルはぐうぐうといびきをかいて寝てしまった。

 

取り残されたふいご頭は、自分の頭を使って暖炉に空気を送り、薪の量を調節し、火加減を適度に調整する。

 

火が落ち着いてきたのを見届けたふいご頭は、部屋の片づけにとりかかった。

 

 

暖炉の火は徐々に安定し始め、薪がぱちぱち心地よい音をたてている。

 

それに呼応して暖炉に刻まれた紋章が、【翼を生やした魚】の紋章が光を放ち始める。

 

紋章が光り始めると同時、真っ赤になった薪の中に、紋章と同じ翼魚を模した一本の【鍵】がその姿形(すがたかたち)を成していく。

 

そしてこれが、文字通り勝利への鍵。

 

ウィルが掴んだ一筋の好機。

 

一発逆転、起死回生、捲土重来の初めの一歩。

 

そんな事とはつゆ知らず、ウィルはいまだに夢の中。

 

今日の儀式でみごと、降霊術を成功させて、王様や魔法使いたちから目一杯褒められる夢を見てニヤニヤしている。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ウィルは妙な浮遊感を感じて目を覚ます。

 

寝ぼけまなこをこすって辺りを見渡すと、妙に部屋の中が明るい事に気が()まる。

 

窓から日光が差し込んでいて、特にロフト側からの光が強い。

 

暖炉の前には役目を終えたふいご頭が、頭だけを残して消えていた。

 

部屋は綺麗に埃や蜘蛛の巣が取り払われ、床に散乱していた雑貨も整頓されている。

 

目の前に映るのは程よく燃える暖炉の火。

 

その炎の中に何か、炭や灰ではない塊が落ちている。

 

寝ぼけた頭で何も考えずにそれを取ろうとして、「熱ッ!」と、火傷して一気に目が覚める。

 

灰搔き棒でひっかけてとると、それは魚の形をした鍵だった。

 

「なんじゃこりゃ?」

 

昨日、鍵に気づかずにそのまま暖炉に火を入れてしまったのだろうか? 

 

「まあ、ええか」

 

なんの気にも留めず、鍵をソファに放り投げる。

 

そして窓の外に青空が見える事に、

 

「ええっーッツ!! 空ッ!? はあっーッツ!?」

 

今更ながらに仰天し、流し台によじ登って窓の外を凝視する。

 

一面の雲海が広がっている。水平線まで雲で満ち満ちている。

 

ウィルは自分の目が信じられず、家中の開かない扉をガチャガチャと引っ張って周り、ニセドアにひっかっかて八つ当たり気味に扉を壁に叩きつけ、なんの収穫も無く、家中を駆けずり回って再び洋間に戻る。

 

洋間に戻って、入ってきた階段を駆け上がり、扉を開けると、そこは空の上。【空飛ぶ石の魚】の上だった。

 

「はあッ!?」

 

昨日入ってきた小屋は魚の頭の上。

 

 

 

「 「 なっ!? なんじゃぁこりゃぁあああああああッツ!!!! 」 」

 

 

 

ウインディは憤慨して、デヴォルの石炭の入った角燈(カンテラ)を床に叩きつける。

 

使い魔の黒猫がびっくりして逃げ出していく。

 

「なによこれっ、ぜっんぜん門が開けらんないじゃないのよッ!」

 

ウィルを上手いこと追放したウインディは、上手いこと『送火の魔法使い』の後釜に座り込んで、二代目『送火』を継承し、【送火の魔女】を拝命。彼女の腹に潜む野心を慰めるにたる【ある計画】の第一段階はまんまと上手く行ったが、その次が上手く行かない。

 

それ故に、もともと短い堪忍袋の緒が切れて、乗っ取ったウィルの屋敷で暴れるウインディ。

 

「おのれクソジジイの分際でェ……まったく忌々しい!! 捨てたゴミが捨ててから必要になるとはッ!!」

 

そうやって荒れるウインディ。

 

そこへ、

 

『コンッ、コンッ、コンッ』

 

扉をノックする音がし、

 

「お嬢様、お客様がお見えです」

 

と、使用人が客人を連れてくる。

 

「ああんっ!? 誰だっ、こんな朝っぱらから非常識なッ」

 

しかし機嫌の悪いウインディ。

 

そんな彼女の元へ、

 

「おはよ。朝からご機嫌斜めかな、送火の魔女さん」

 

扉を開け、アルベルト筆頭魔導士官が入ってくる。

 

「おっとっとっ……」

 

そうして一歩踏み出した足がウィルの背広を踏み、次いで散らかり放題の部屋の真ん中に君臨するウインディに目を向ける。

 

「あっ……、」

 

ウインディはアルベルトと目が合って硬直する。

 

大股を開き、いかり肩でフローリングに角燈を投げつけたその姿のままで。

 

まずいと思ったウインディはそのポーズのまま、急いで指を『パチンッ』と一鳴らし。

 

するとたちどころに散らかり放題だった部屋の雑貨が宙に浮き、恥ずかし気にそそくさと元の位置に飛んで戻っていく。

 

ウインディによって破壊され、荒らされ、半壊気味だったウィルの部屋は、まばたきをする間に新居同様に。

 

そんなウインディを見てアルベルトは、

 

「はっはっはっは、相変わらずおてんばだねぇー」

 

とにこやかに言いながら、片付いた床を踏んでウインディに歩み寄る。

 

ウインディは「オホホホ」と苦笑いを浮かべている。

 

アルベルトはそんなウインディに、

 

「早速だが、もう朝刊は読んだ?」

 

と今朝の新聞を差し出す。

 

「あの爺さん今、中々面白い事になってるよ」

 

ウインディは(うやうや)しくそれを受け取って、腕を目一杯伸ばして新聞を開く。

 

そして目に飛び込んできた見出しを見て、

 

「ええっ、あのファフロツキーズがっ!?」

 

目を向いて驚く。

 

アルベルトはウインディの手から新聞をとって、自分でもしみじみと見返す。

 

そしてそれをひっくり返してウインディに改めて見せつける。

 

デカデカと新聞の一面を飾る『雲海を泳ぐ魚影と、その頭上の小屋で慌てふためいてる老人の写真』を。

 

「学会はまさに混乱のドツボっ! どこもかしこも死人が生きかえったみたいな騒ぎだよっ」

 

アルベルトは心底愉快そうに、まるで他人事のように言い放つ。

 

ウインディはすぐには現実を受け止められないといった様子。

 

それなのにウキウキのアルベルトを見て、ウインディはげんなりした表情を浮かべる。

 

それでもアルベルトはお構いなし。

 

「それからね~」

 

いつの間にか新聞を掲げる役はウインディの使用人に交代され、アルベルトはその横に立って「えーとっぉー」ファフロツキーズの記事に指を這わせている。

 

ウインディがその指を追っていくと「ここだっ!」、ピシャリと記事の終わりの方に指が打たれる。

 

ウインディがその記事を覗き込んで内容を読んでいくと、

 

「『この事態の急変を重く見た王国政府は、『送火の魔法使い捕縛用特設分隊』を組織し、その隊長に【王国近衛騎士団副団長サー・ユスティアス・アレクサンドラ】を任命する』ゥッツ!!!?」

 

などと書かれており、最後に書かれた名前を呼んでウインディは絶句する。

 

即座に、「本当ですか先生っ!?」とアルベルトに事実確認をとる。

 

ウインディの驚きようと言ったら、思わずアルベルトを昔の呼び方で呼んでしまう程。

 

「まあいくら老頭児(ろーとる)一人が相手と言えど、市警では厳しいだろうからね」

 

アルベルトはウインディの疑問に答え、そんでもって改めて新たな波乱の予感に、小躍りしそうなぐらい上機嫌になり、

 

「これは荒れるねっ! しばらくは退屈しないぞぉ。まったくっ、とんでもなく面白くなってきたァッ!!」

 

そして実際に手拍子を打って軽くステップを踏み、小躍りしている。

 

対してウインディは使用人から新聞を奪い取り、目をギョロギョロさせて記事に目を走らせる。

 

どこをどう読んでも、ウインディの計画の手間が何十倍にも増えた事に変わりはなかった。

 

新聞をくしゃくしゃになるほど握りしめ、歯をギリギリ鳴らして眉間に皺を寄せ、

 

「まったく悪運だけは強いジジイだわっ……」

 

と、アルベルトに聞こえない声量で毒を吐く。

 

 

 

 

次回、〈第二話『スリーピー・ウォーロック』〉に続く。

*1
【ターニップは振り返れば芽が出てる】成長の早いカブ野菜になぞらえて、芽が出るのが早い → とんとん拍子に出世する、という意味のアイルランドの古いことわざ。(なんて、全部ウソ。こんなことわざない。カブの成長が早いのはホント)

*2
この文言に該当する「言葉」と「発音」が存在しないため、大まかな意味だけを読み仮名として記す。

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