長編『元は宮廷魔術師、いま国賊。どうにかお城に帰りたい』2023.03/09   作:森岡幸一郎

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最終話『捲土重来、起死回生。呉越同舟の大団円ッ!』

 

 

(12)

 

 

ファフロツキーズの使用人たちは、姫がいなくなってしまった事に、ご主人(ウィル)が思いの外落ち込んでいる(さま)に驚いていた。

 

あの騒がしいカイゼル髭も、ずっと大人しくしている。

 

話す相手がいないから口数が少なくなり、一緒に食べる相手がいないから食も細くなったウィル。

 

しかしその分魔法の研究・開発に没頭し、作戦の準備は着々と進んでいった。

 

姫と一緒に勉強した日々を糧として、自分でも散々勉強して、その知識量は魔法大学でも十分通用するほどに。

 

以前のように学生の質問をはぐらかすこともないだろう。

 

その勉強熱心さは異常なほどで、時には自分一人ではどうにもならない所は、野良の魔法使いを空中誘拐(キャトルミューティレーション)して助言を求める程。

 

故にここ数週間で王国内の魔法使いが謎の失踪を遂げる事件が多発している。

 

数日後ひょっこり帰ってきた被害者は事件の事をなんにも覚えておらず、事件はいずれも迷宮入り。

 

しかし姫だけは、ウィルの仕業だと感づいており、新聞に書かれていた「どこの誰(どんな魔法使い)が誘拐されたのか」を見て、ウィルの進捗具合を予想して一人でワクワクしていた。

 

当の姫は、これまでの行方不明期間を、

 

「港町での騒動の時、ジュリィ(付き人)とはぐれたから、国中をウロウロ一人旅していた」

 

という言い訳をまかり通し、ウィルの誘拐罪は棄却された。

 

しかしさすがの王様もこれは看過することはできず、王子の誕生一周年祭まで、お城の塔に姫様付き魔法使い共々幽閉されることになった。

 

ウィルはその時の、

 

『エレオノーラ王女100日間の家出 国王陛下激怒!』

 

の新聞記事を切り取って工房に飾ってある。

 

ウィルにとって、姫の存在は意外に大きかった。

 

ウィルは決して一般的ではない環境で育った為、他人との関係は「馬鹿にして、優越感を得る」のみだった。

 

そこへ来て、姫は持ちつ持たれつ対等な人間関係をウィルに経験させ、ウィルの価値観を変えるに至った。

 

今もウィルは()()()()()()を取り戻す為、作戦準備に奮闘している。

 

使用人たちは、ウィルの行動の補佐はできるが、姫の代わりにはなれない。

 

主人の役に立つことを使命とする彼らにとって、それはやや心苦しいものであった。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

モヤモヤした空気がファフロツキーズの中に充満しながら、あっという間に数日が経った。

 

今日は王子の誕生一周年祭の前日。

 

すなわち、ウィルの作戦実行の前日。

 

 

数々の試作ゴーレムの過程を経て、遂に完成した

 

【 | S G – 6 2 – I 2 5 《ギガント・ゴーレム & グレムリン・スパンデュール》 】

 

見た目こそI8(時計塔時点)とさして変わらないが、その内部機構は大幅に見直され、武装の数も質も桁違い。

 

あのユスティアス分隊長はおろか、筆頭魔導士官アルベルト・アエイバロンにさえ勝利できうるほど。

 

それに対抗しうるウィルの武装も飛躍して充実。

 

ファフロツキーズ内に残された古代魔法文明の遺物と、姫に教わった現代魔術をウィルの持つ「愚者の燈」を使って力技で実用に漕ぎ付けた、底意地の悪い混沌(ハイブリッド)魔導具の数々。

 

杖に水晶、植物に魔導書、薬品もどっさり蓄え明日に望む。

 

そして忘れちゃいけない、舞台衣装。

 

明日という晴れの舞台の為の特別誂えのお洋服。

 

一番お気にサヴィル・ロウの三つ揃えと、自らを覆い、外から来る危害から自分を守るための『ウィルオウウィスプ柄袖付きマント』、悪魔の意匠を借り、知恵をもたらしてくれる『つば広のトンガリ帽子』その他、五感を底上げする耳飾り・指輪・靴など。

 

最早、若作りなどはしていない。

 

それらの最終チェックだけで、前日はあっという間に日が暮れる。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

晩御飯の時間。

 

久しぶりに洋間のテーブルに着くウィル。

 

近頃はずっと格納庫にこもりっきりで、食事はずっと足場の上で済ましていた。

 

でも今日は違う。

 

今日は成功の前祝い。

 

机にはきちんとクロスを引き、花も飾り、キャンドルも焚く。

 

ソムリエ役のカボチャ頭が持ってきた食前酒を舐めながら、蝶ネクタイを付けたウエイター役のカボチャ頭がメニューを持ってくる。

 

今日はいつものカボチャ料理ではなく奮発して高級ステーキを焼いて、年代物の葡萄酒も栓を抜く。

 

と、そうはなから決めていたのにわざわざメニューを見て、あれこれウエイターに尋ねる一連のモーションを取る。

 

そうしてフレンチレストランを十分気どった後、真剣に吟味した結果、ステーキに決定。

 

カボチャ頭が慇懃に下がってウィルは再び一人に。

 

運ばれてきた前菜をつつきながら、テーブルに肘をつき、対岸の、いつも姫が座っていた席をぼんやり眺める……。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

しばらくしてコック帽アタマが自信満々にメインデッシュを洋間に運んで来る。

 

が、そこにウィルの姿はなかった。

 

誰もいない洋間。

 

ウィルがさっきまで座っていたであろう席は椅子が引かれたまま放置され、テーブルの上も食器が一人で放置されている。

 

主人がおらず困惑したコック帽アタマは、あわてて同族を緊急招集。

 

頭シリーズ総出でウィルを捜索する。

 

何処を見ても、パタパタと元気に走り回る姫の姿を思い出す。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

────。

 

一通り家の中を探し回ったアタマ達。

 

「カボボッ!(みつけたっ!)」

 

そうして半時ほど主人を探していると、一匹のカボチャ頭がウィルを発見。

 

ウィルは格納庫に居た。

 

間接照明だけで薄暗い中、ゴーレムの周りに設けられた足場の上で一人紫煙をくゆらせる。

 

そこはいつの日かウィルと姫が試作ゴーレムの完成を眺める為に用意した、簡易的なティーテーブル。

 

格納庫の隅から、それを見ていたたまれなくなったアタマたちはお互いに顔を見合わせ、何事か了承しあう。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

一人黄昏るウィル。

 

すると突然、バッと格納庫の照明が着き、次いで、

 

『カンッカンッカンッカンッツ!』

 

とアタマたちがフライパンや鍋など調理器具を叩いてパレードを開催して行進してくる。

 

大量のごちそうを担いで紙吹雪を撒き散らしながら。

 

先頭にはスカートを履いて金髪のカツラを被ったカボチャ頭がクルクル踊っている。

 

驚くウィル。

 

手すりから乗り出し、

 

「な、なんだっおまえたち、故障か!?」

 

ウィルがいぶかしんでいると、全員が隊列を崩し、ふいご頭が吹く笛の根に合わせて並んで文字を作り始める。

 

『N・O・T・L・I・K・E(らしくない)』

 

それを見たウィルの顔は、

 

「ニタアァァ」

 

と一瞬でほころび、

 

「はっ、生意気な事をっ!」

 

と強がりを言っていつもの調子に戻るウィル。髭も同様にピンッと立つ。

 

そして足場の手すりの上に飛び乗って、腕を振り上げる。

 

「者共聞くがよい! 明日こそ待ちに待った約束の日っ! 我らが技術の結晶【スケープゴート】(名前を呼ばれた二体の目に『ぐぽーん』と光が宿り、ウィルの背後で立ち上がる)を使い見事、栄華の日々に返り咲くッツ!」

 

「わあーっ!」

 

とパレードから歓声が上がり、拍手が巻き起こる。

 

ウィルは歓声を制することなく、起動したゴーレムの手のひらに乗って、担ぎ上げられ、

 

「今日は前祝いだ! 無礼講だ! 飲めや歌え、存分にハメを外せっ!」

 

とパレードをあおっている。

 

 

今夜のファフロツキーズはどんちゃん騒ぎ。

 

老いぼれ魔法使いを筆頭に、カボチャのお化けや家具アタマ、巨大なゴーレムらが踊って歌って、騒ぎたてている。

 

その様子を倉庫の隅で眺めているドブネズミ。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

「ついに明日。楽しい明日がやってくる」

 

その頃、姫も同じくして晩御飯時。

 

幽閉されている塔の窓辺で一人笑って、アンテナを振っている姫。

 

それを家臣が運んできた晩御飯を受け取った姫様付き魔法使いが、

 

「なぁに笑ってるの。気持ち悪いわねぇ」

 

と白い眼を向けている。

 

そんな二人を窓の外から眺めている一羽のカラス。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

「三か月の遅延。短いようで長かったわね」

 

部屋に閉じこもるウインディは黒猫の瞳を覗き込みながら、一人つぶやく。

 

「ついに明日、ようやく憂さが晴れる。誰もかれもがわたしの前にひざまずくのよ」

 

そう言って、蒼く燃え盛る石炭に淀んだ視線を送っていた。

 

その背後。ウインディを見ないようにして、酒をあおる浮遊霊。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

さあ、ついにその時。

 

朝から王国はお祭り騒ぎ。

 

なんといっても今日は第一王子の生後半年を祝う祭日なのだから。

 

親バカというなかれ、今の国王は残念ながらなかなか子宝に恵まれず、長い間子供はおてんば姫一人きりだった。

 

だがいよいよ男子が生まれ、王様も奥方も家臣らも大喜び。

 

それはもう祝日を増やすほどに。

 

王城には近縁遠縁問わず王族たちが集結し、徳の高い聖職者や自国はもちろん各国首脳までもが大勢招待され、城下街は観光客であふれていた。

 

王族が嬉しいのは勿論のこと、商売人は稼ぎ時だと精を出し、逆に労働者は朝から赤ら顔で酒に酔いしれている。

 

そして。

 

彼らとは全く異なる期待で胸を躍らせている者たちが、あっちに、こっちに。

 

 

本日、王国の中心となっているのは王城の中でもとびきり大きな大広間。

 

喜び事があるときは必ず使われる宴会の間を、王子が生まれた事を記念して王様が改築させた、まさに今日と言う日の為にあつらえた場所。

 

天井いっぱいにはめ込まれた色彩豊かなステンドグラスは、聖母に抱かれた王子をモチーフに作られており、壁に開けられた大窓は巨人が出入りできそうなほど巨大で、王子が生まれた時に咲いていた黄水仙(ダファディル)の柄のカーテンがかけてある。

 

今は国の要人で広間はごった煮。

 

それ故に警備は万全中の万全。

 

今日だけは、「ウィルオウウィスプ捕縛分隊」のユスティアス分隊長が、「近衛騎士団」副団長に復帰しており、のみならず筆頭魔導士官率いる魔導士団やウインディ含む王室付き魔法使いなど、王国の主戦力が勢ぞろいしている。

 

そんな強者(つわもの)たちにがっちり守られて、招待客は奥まった位置にある玉座へと列を築いている。

 

彼らは王様と王妃と王女に(こうべ)を垂れたのち、その前に置かれたゆりかごの中を覗き込んで、すやすや眠る王子に謁見していく。

 

国家の長たるもの、こういう場でこそ威厳を示さねばならないのに、姫はさっきから要人たちとの挨拶もそこそこにキョロキョロそわそわ、一向に落ち着かない様子で、ひいきのスノーマン(ウイリアム)の到着を待ちわびている。

 

そんなだから王様に、

 

「こらっ、じっとしておらんかっ」

 

と怒られている。

 

王族への挨拶を済ました客たちは用意されたごちそうに群がっている。

 

無数に並んだテーブルの上に置かれた無数の美食たち。

 

それらを受け取りグラス片手にVIPたちが談笑している。

 

その中で一人だけパーティ参加者の平均年齢を大幅に下げる者が。

 

談笑する相手もおらず、壁の花を気取っている一人の少女。

 

ウインディは一応TPOに合わせてパーティードレスで着飾り、よそった氷菓子(シャーベット)をちまちま食べている。

 

そうして野望の為の要石(ウィルオウウィスプの末裔)が来るのを今か今かと待ち構えている。

 

 

 

「カボッ」

 

そんな大広間を、窓の外から覗いている怪しげな影が。

 

ウィルの使い魔「カボチャ頭」が一匹、現代で言うところのテレビカメラの様なものを持って大広間の中を撮影している。

 

そのカメラから延びる黒い管(ケーブル)はそのまま遥か上空までつながっており、それを通して城内の様子を中継していた。

 

 

 

「ふんふんなるほど、この辺りに人が集まってて……王子さまはぁーっと……」

 

お城の遥か上空。

 

雲の上を浮遊しているファフロツキーズの操縦席で、ウィルはカボチャ頭から送られてくる映像とにらめっこしながらゴーレムを投下する場所を探していた。

 

 

 

窓辺に見知ったカボチャ頭を発見した姫は、

 

「あっ!」

 

と喜んでカボチャ頭に向かって、

 

「やっほぉー」

 

と、手をヒラヒラ振る。

 

謁見中に明後日の方向に向かって手を振る姫をいぶかしんだ王様が、

 

「どうかしたのか?」

 

と姫に声をかけ、姫が手を振る方向を覗き込む。

 

 

 

その様子をモニター越しに見ていたウィルは、

 

「まずい!」

 

と、急いで垂下銃塔のカボチャ頭たちに言って、カメラごと下のカボチャ頭をヒョイっと引き上げさせる。

 

 

 

何か見えたような気がするが王様は、見間違いだろうと思って、

 

「よそ見しないっ」

 

と姫をたしなめる。

 

姫は、

 

「ごめんなさーい」

 

と気の無い返事をしながら、再び窓辺に吊り下げられたカボチャ頭に向かって小さく手を振る。

 

 

 

「あのバカ……」

 

とウィルはニヤニヤしながら文句を言っている。

 

そうして、お城の見取り図に「ここだな」と印をつけ、ゴーレム投下の余波で権力者たちが怪我をしないようにバリアを張る魔法を唱える。

 

 

 

「うん?」

 

大広間では、急に守りの魔法が付されたことに魔法使いたちが驚いている。

 

この場で感づいていないのはモグリの者だけ。

 

 

 

ウィルは手から燃え落ちる「守りの呪符」を捨て去り、魚型の鍵が繋がったルービックキューブをいじって、格納庫と下腹部ハッチを繋ぎ合わす。

 

そして勢いよく鍵をひねって、

 

「捲土重来ッツ!」

 

ゴーレムを投下する。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

大広間で魔法使いたちが突然の防御魔法の展開に驚いていると、

 

 

『ドォ、ッッシィィィーーンッツ!!!!』

 

 

と何か巨大なモノが天井のステンドグラスをぶち破って落ちてきた。

 

広間は騒然。

 

皆突然の出来事に何が起きたのか、何が落ちて来たのかさえも把握しかねている。

 

舞い上がる粉塵をかき分けて巨人ゴーレムがその姿を現す。

 

身長が二階建てバス以上もある巨大体躯。

 

その風貌は、言うなれば岩石ゴリラ。

 

しゃくれた顎に四角い頭、三角形の尖った目で広間全体を睨みつける。

 

鉱石製の寸胴の身体には、古代土器を思わせる紋様が全身を這っており、背中からは大小様々な煙突がにょきにょき生えて、黒煙や蒸気を吐き散らす。

 

牛馬の胴の様に太い腕を振り上げ、肩に乗る鉄仮面を被った黒い小鬼の妖精が「ウギャウギャ」と笑う。

 

それらを見て「キタァァァッー!!」と心の中で叫ぶ姫。

 

 

分かりやすい危険を目の当たりにして招待客たちはパニックを起こす。

 

逃げ惑うそれらと入れ替わるようにして近衛兵たちが広間になだれ込んでくる。

 

そして先手必勝、なだれ込んだ勢いのまま抜刀し、ゴーレムに皆で群がっていくが、群がったそばからゴーレムの巨椀に薙ぎ払われていく。

 

まるで歯が立たない。

 

奥まった玉座では王様や大臣たちが、王子のおわすゆりかごにかぶさって必死に守ろうとしているのに対し、姫は、

 

「そこだ! 行けっ! やれやれぇ!」

 

とファイティングポーズを取って拳を振っている。

 

「まあ、なんてはしたない!」

 

と王妃が目を覆い、大臣らがお姫様付き魔法使いのジュリィを睨む。

 

「あたしのせいじゃありませんよ!」

 

とジュリィは弁解をはかる。

 

そうやって近衛兵たちがいいようにあしらわれていると、

 

「やいやいやいっ!」

 

と声を張り合あげてユスティアス分隊長の兄、近衛騎士団の団長が前に出て来た。

 

それを見た王様は、

 

「おおっ、騎士団長! 早うっ、助けてたもう!」

 

と喜びの声を上げている。

 

出張ってきたのは分隊長と同じ深紅の髪を持つ大男。騎士団の制服を豪快に着崩し、さながら野武士のごとき。

 

「おめぇっちが今世間を騒がせているっていう「小鬼(グレムリン)」と「でいだらぼっち(ゴーレム)」だな! 若様をお祝いする祭りの日に押しかけてくるたぁ、ふてえ野郎だ! このおれっちが成敗してくれる!」

 

などと息巻いて、なんともエキゾチックな物言いでグレムリン&ゴーレムに喧嘩をふっかける。

 

ゴーレムに群がっていた近衛兵が退き、両者の間に道を開ける。

 

逃げ惑っていた招待客も、世紀の対決を見届けようといったん足を止める。

 

 

……睨みあう両者。

 

 

最初に火蓋切ったのは騎士団長。

 

「デヤアアアアアッツ!」

 

雄叫びを上げながらゴーレムに斬りかかる。

 

身の丈以上もある大太刀を軽々振り上げ、襲い来るゴーレムの拳めがけて振り下ろす。

 

『ガキィィンッ!』

 

しかし騎士団長ご自慢の大太刀はゴーレムの指に刃があたった瞬間、根元からぽっきり折れ、長い刀身が弾け飛ぶ。

 

「ッツ!!!! アッと驚く為五郎ぉ〜〜」

 

騎士団長は刀身がきれいさっぱりなくなった愛刀をまじまじと見て度肝を抜かれている。

 

片やゴーレムの拳には傷一つ着いていない。それを見て怖気づく近衛兵たち。招待客も踵を返して逃走を再開する。

 

 

すっかり意気消沈する騎士団長に向かってゴーレムが、再度殴りかかろうとしたそこへ、

 

「兄上っ! 一度お下がりをっ!」

 

そう言って我らがサー・ユスティアス副団長がゴーレムの拳を細っこいサーベル一本、片腕一本で弾き飛ばす。

 

パンチをはじかれてたじろぐゴーレム。近衛兵に引きずられて早くも退場する騎士団長。もう出番はない。

 

全身にサーベルを装備した副団長は、両の手に剣を構え、

 

「よくも兄上をっ! 仇をとってやるっ!」

 

再び世紀の対決。

 

 

「グウウォォオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!」

 

 

雄叫びを上げるゴーレム。迫りくる副団長。

 

ゴーレムは格段に性能アップされた機構で嵐のような連撃を副団長に叩きこむが、副隊長はその全てをサーベルで流しきり、あまつさえ反撃を加えてくる。

 

グレムリン&ゴーレムにとっては、一度敗走した相手であり、今回はリベンジのチャンスであったが、まるで歯が立たない。

 

しかしそれは相手も同じ。

 

副団長にとっては国の平和を脅かす怨敵。

 

しかも一度取り逃がしている。

 

最近はウィルオウウィスプにも逃げられっぱなしで、ここらでなにかしら成果を上げたい。

 

が、今回はいつぞやと違って一振りで腕を斬り飛ばすという訳にはいかないようで。

 

副団長が猛烈なパンチのラッシュの隙間を縫うようにして、繰り出した反撃は、軒並み兄の大太刀と同じ末路をたどっている。

 

すぐさま新しいサーベルを抜くも、両者、完全な膠着状態。

 

お互いの攻撃が通用しない。

 

埒が明かないと思った副団長はゴーレムの拳を下方向へ受け流して、床にめり込ませる。

 

瞬時に横合いから迫りくる残りの拳をひらりと避け、めり込んだ腕を足場にゴーレムを駆け上がる。

 

狙うは肩口のグレムリン。

 

副団長とゴーレムが凄まじい攻防を繰り広げている間、グレムリンはその目をかっぴらいて両者の動きを観察し、リアルタイムでゴーレムの動きを最適化していた。

 

副団長もゴーレムと斬り結んでいく内、徐々にゴーレムのパンチのキレが上がっていくのを感じ取っており、

 

「グレムリンがゴーレムを操っている」

 

という部下のかつての言葉を思い出し、なればと、まずはグレムリンを先に始末しようと飛び掛かる。

 

危うしグレムリンッ! 副団長の刃がグレムリンの首を斬り飛ばそうと差し迫ったその時、

 

 

『ボフンッツ!!』

 

 

辺り一面に白靄(しろもや)が噴き上がり、副団長の身体が宙を舞い、壁に向かって大きく吹き飛ばされる。

 

「ッツ!?」

 

何をされたか分からない副団長。

 

広間の壁に叩きつけられる前に、サーベルを壁に突き立てながら受け身を取り、くるりんと中空で一回転して地面に降り立つ副団長。

 

何をされたと思ってグレムリンを見返すと、そこには副団長がいた位置に向かって真っすぐ腕を突き出すグレムリンの姿が。

 

その手の平、五指の先には空洞が穿たれている。

 

グレムリンは冷や汗を流しながらも自身の装備が効果的なのを分かって、その穴からスチームのような物をこれ見よがしに二度三度噴出させる。

 

よくよく見るとその噴射口は全身に開いており、プシュプシュと蒸気を発している。

 

「っく、あれではまともに近寄れんぞ……」

 

苦い顔をする副団長。

 

そこへ、分隊の副隊長がやってきて、

 

「隊長っ、ライフルを使いましょう! 鉄砲隊はすでに準備できていますっ」

 

と提案するが、

 

「ダメだ! まだ来賓方の避難が完全ではないし、それに陛下たちがまだ逃げきれていないっ」

 

と副団長はさらに苦い顔をする。

 

王様たちがいるのは広間のやや奥まった位置にある玉座。

 

ゴーレムはちょうどその前に陣取っており、ちょうど騎士団と王様の真ん中にゴーレムが立ちふさがっている。

 

万が一流れ弾や跳弾を考えると下手に銃を持ち出す事は出来ない。

 

 

近衛騎士団が手をこまねいていると、

 

「ここは……僕の出番かなッ☆」

 

と筆頭魔導士官アルベルト・アエイバロンが、魔法使いたちを引き連れて参上。

 

それを見た王様は、

 

「おおっ、アエイバロン卿! 早うっ、助けてたもう!」

 

と歓喜している。

 

「今日が晴れだったことを恨むんだね」

 

背後に控える使い魔の白ネズミから王笏を受け取り、【二匹の蛇が絡みついた黄金の長弓】に変形。

 

さらにアルベルトの部下たちが周囲の窓を全て開け放ち、外に控えたグリフィンが大鏡を持って陽光をアルベルトに反射させる。

 

三六〇度全身に陽光を浴びるアルベルトが、弓矢をまっすぐゴーレムに向かって構え、一子相伝の呪文を唱え始める。

 

それを見た老魔法使いたちが、

 

「おお! あれが天下に名高いアエイバロン家の秘奥義ですな!」

「つい先日もインヴァネスの湖周辺を更地に変えたとか」

「ついにアポロンビームがこの目で見れるっ!」

 

と年甲斐も無くはしゃいでいる。

 

戦車の砲塔よりも物騒な物を向けられ、わたわたと取り乱すグレムリン&ゴーレム。

 

あまりの威圧感と恐怖のストレスに耐えかねた巨人ゴーレムは次第に、

 

「オエッ、オエッ」

 

嘔吐(えず)きだし、遂には喉奥に仕込まれたノズルから緑色の吐瀉物をアルベルトに向かって勢いよく吐きつける。

 

その光景を見た副隊長をはじめとする、ファフロツキーズに突入した面々は潔癖症を発症したアルベルトの取り乱し様をフラッシュバックし、思わず駆け付けようと体が先に動く。

 

が、

 

「そう何度も同じ手を食うもんかっ!」

 

アルベルトは構えた弓を下ろし、(弓と弦の間に瞬時に腕を通して)吐瀉物に向かって両腕を掲げる。

 

吐瀉物はアルベルトに届く少し手前で、何か透明な壁に阻まれるように飛び散り、四散したそばから液状部分は蒸発し、個体部分は乾燥してボロボロと崩れ落ちていった。

 

グレムリン&ゴーレムは、ウィルに授けられた対筆頭魔導士官用のリーサルウェポンを攻略され、度肝を抜かれるが、すぐにもう一つの機能を思い出して実行に移す。

 

「ウギャギャ、ギャ、ギャギャッギャッ」

 

グレムリンが【 ()()()()()()() 】に指示を出すと、巨人ゴーレムの口から噴射されていた緑の吐瀉物、改め「ヘドロゴーレム」が波打って流れが何本にも枝分かれし、右から左から、上から下から、はたまた背後から、四方八方、アルベルトを包み込むように襲い掛かる。

 

さすがに防ぎきれまいとグレムリンは思ったが、

 

「なんのっ!!  僕を舐めるなよっ!」

 

アルベルトはさらに熱量を上げ、大陸舞踊のように腕を振り回して、迫り来るヘドロゴーレムを軒並み干上がらせていく。

 

ヘドロはただの一滴もアルベルトに降りかかる事はなく、降り注いだ形のまま軒並み乾燥していった。

 

副団長ら近衛兵たち、並み居る魔法使いたちは筆頭魔導士官の実力を目の当たりにし感服している。

 

が、乾いたヘドロの上にさらにヘドロが覆い被さり、次第にアルベルトはヘドロに包囲され、ヘドロの(まゆ)に包み込まれてしまった。

 

当然、乾いているとはいえアルベルトはヘドロに触る事が出来ない。

 

「助けてぇぇぇーーーーッツ!!」

 

ヘドロの繭を砕けず、中に囚われてしまうアルベルト。

 

「ウギャギャギャギャッギャギャギャ!」

「オッオッオッオッオッオッオッ!」

 

その情けない姿を見て大爆笑するグレムリン&ゴーレム。

 

アルベルトを助け出そうと、白ネズミや魔導師団、近衛兵たちが駆け寄るが、

 

「ウギャギャ(おおっとっと)」

 

グレムリンは即座にゴーレムに思念を伝達し、左手のトリモチガンを構えさせる。

 

ゴーレムの左腕は肘から十字にバックリ裂け、中に仕込まれた銃身を三つに束ねたガトリング砲が姿を現す。

 

『ブパパパパパパパパパッッ』

 

と大口径の砲門から、【 奴隷の王冠(コルディセプス・シネンシス) :Mini 】の種を含んだトリモチがアルベルトの繭を砕いていた連中を片端からからめとっていき、魔法使いはキノコを生やしてぐったりとしている。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

全ての障害を排除せしめたグレムリン&ゴーレムは、のっそりと王様らに向き直り、さも邪悪そうに王子の眠るゆりかごに向かって歩みを進める。

 

最後の砦とばかりに大臣たちが立ち塞がり、

 

「王よっ! お逃げください」

 

とかっこいい事を叫んでいる。

 

お姫様付き魔法使いが放った分身体も大臣らごと軽くあしらわれ、ゆりかごに覆い被さる王族も払いのけられ、遂に悪辣なるグレムリン&ゴーレムは王子を誘拐せしめる。

 

目を覚まし、鳴き声を上げる王子。

 

その声を聞き、王様が最後の力を振り絞って立ち上がる。

 

そして落ちていたサーベルを取って果敢にもゴーレムに立ち向かうも、奮闘空しく敗北を喫する。

 

二体は王子をさらい、グレムリンは「ウギャウギャ」嘲笑い、ゴーレムは踵を返してそのまま退散しようとする。

 

「我が子よぉぉぉ……」

 

王様は地面に伏して、ゴーレムの背中に手を伸ばす。

 

近衛騎士の雑兵(ぞうひょう)では屈強な巨人に到底太刀打ちできず、精鋭たちも妖精の悪知恵の前には足をすくわれてしまう。

 

当然、政治にのみ長けた王族では賊を討ち取る事が出来ない。

 

「誰か……、誰か王子をぉぉ……」

 

王様の意識が途絶えかけたその時、

 

 

「ウォリャァァアァアアアァアアッッツツ!!!!!!」

 

 

雄叫びと共に、空から舞い降りる【謎の老魔法使い】

 

携えた炎刃の(ツルギ)でゴーレムの腕を焼き切り落とす。

 

ゴーレムは悲鳴を上げ、壁を突き破って屋外へと逃げ出していく。

 

切り取られた腕から王子を抱き上げ感涙する王様へ、

 

「おお、我が子よぉ」

 

引き渡す謎の老魔法使い。

 

蒼紺の魔法装束を全身にまとった彼の、その顔をトンガリ帽子の隙間から覗き見た王様は、

 

「そ、そなたはっ!」

 

と目を見張る。

 

謎の老魔法使いは帽子を取ってその場で跪き、

 

「ご無沙汰しておりました陛下。送火の魔法使い【ウイリアム・ウィルオウザウィスプ】、王国の窮地とあってここに参上つかまつりました」

 

そう言って深々と頭を下げる。

 

複雑な表情の王様の後ろでニコニコ顔を隠し切れない姫の姿が上目に見え、呼応して口角が上げるウィル。

 

その傍ら、広間の天井に開いた穴から一筋のロープが垂らされ、それをつたって数十体のカボチャ頭たちが下りてくる。

 

カボチャ頭たちはトコトコ歩いて、トリモチに絡めとられた近衛兵や魔導師団にお湯をかけて救出し、ヘドロの卵に囚われたアルベルトも解放してやる。

 

王様は物珍しい生き物を見て、ずっとそれらの所業を眺めている。

 

さらにその傍ら、大広間を飛び出したグレムリン&ゴーレムは中庭に逃亡し、わらわらと群がってくる残りの雑多な近衛兵らに囲まれそれらを蹴散らしている。

 

ウィルはすっくと立ちあがり、広間の壁に開いた大穴から中庭を見下ろす。

 

ウィルがゴーレムの腕を切り落としたにも関わらず、それでも近衛兵たちは手も足も出ず鎧袖一触に。

 

ウィルはそれを満足げに眺めて、

 

「陛下っ、恐れながら進言いたします」

 

と言って振り返る。

 

ウィルの思惑が分からず混乱する王様に、ウィルは、

 

「お見受けしたところ、近衛の者だけでは(こと)(ほか)苦戦している様子。

 

(王様の後ろで、トリモチから解放されつつある分隊長が「はぁっ!?」と一言ありそうな顔をこっちに向けている)

 

一つここは(わたくし)めが行って、見事ゴーレムを退治してご覧に入れましょう。そして……、その暁には吾輩の復権をお約束していただきたく」

 

と王様に持ちかける。

 

そこへさっきまで伸びていた大臣たちがやってきて、

 

「陛下っ、相手は元臣下といえど今は天下の大罪人、その事をくれぐれもお忘れなきようっ」

 

と反対の声を上げる。

 

が、王様は腕の中の王子の無邪気な笑顔を見て、

 

「おぬしならあれらに勝利できると申すか?」

 

と尋ねる。

 

ウィルは、「無論でございます」と、意気揚々、自信満々に答える。

 

続けて、

 

「わたくしは、城を追われたあの日から、なんとかっ、この汚名を返上することはできないかと考えておりました。そんな折、あの暴走ゴーレムと悪辣妖精の噂を聞きつけ、必ずや国家に害する存在になるだろうと目星を付け、追っ手から逃げながらも今日(こんにち)まで彼奴(きゃつ)らの調査をして参りました」

 

などとうそぶく。

 

姫がここぞとばかりに、

 

「あたしはいいと思うわっ!」

 

と賛成しウィルを後押しする。

 

王様は、「お前は黙っとれ」と牽制するが、

 

これまでどこに隠れていたのか、ウィルの弟子、二代目「送火」ウインディ・バアルゼブルもひょっこり顔を出し、

 

「陛下、わたくしからも是非お願いいたします。先代に贖罪の機会をお与えください」

 

とこれがウィルを援護する。

 

弟子の思わぬ援護射撃にマヌケなウィルは顔をほころばせて喜ぶ。

 

王様はウインディに、

 

そなた(稀代の天才)でも、巨人(あれ)には敵わないと申すか?」

 

と尋ねるも、ウインディは、

 

「おそれながら陛下、彼ですらあの(ザマ)ですので」

 

と、ヘドロの繭から解放され、叫び出しそうなのを我慢して一目散にバスルームに走り去るアルベルトのうしろ姿を指さす。

 

それでも大臣らは、

 

「陛下はやまりますなっ」

 

と反対の姿勢を崩さず、そこに副団長までも合流し、

 

「陛下、今すぐそいつを逮捕しましょう!」

 

と騒いでいる。

 

それでも王様は中庭から響く近衛たちの悲鳴を聞き、再び腕の中ではしゃぐ無邪気な王子の笑顔を見て、

 

「ウイリアム・ウィルオウウィスプよ、おぬしに贖罪の機会を与える。見事あの巨人と妖精を討伐し、己が名誉を挽回してみせよ」

 

と命令を下す。

 

ウィルは、

 

「待ってましたっ!」

 

とは言わなかったが、その心境は満面の笑みとなって顔に表れていた。

 

そして羽織ったマントを芝居がかった様子でド派手にひるがえし、

 

仰せのままに(イエス・ユアマジェスティ)

 

と感傷たっぷりに跪く。

 

 

 

それで、立ち上がったウィルは、

 

「では、討伐にあたって石炭の返還を……」

 

とウインディに向かって平手を差し出すが、ウインディは後ろ手にランタンを隠してしまう。

 

「返還をっ!」

 

とウィルがしつこく詰め寄るも、

 

「石炭は巨人を倒した後に返す」

 

と王様に釘を刺されてしまう。

 

ウィルは、

 

「し、しかし陛下……」

 

と尚も追いすがろうとするが、王様が『ビシッ!』と中庭を無言で指さし、ウィルは不満そうに唇を突き出して、のそのそゴーレムのぶち破った穴へ向かう。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

お城の中庭は、かつてウィルが捕縛隊を迷わせた箱庭よりもずっと広い。

 

堅牢な石壁とお城によって四方囲まれ、さながら今は闘技場(コロッセオ)のよう。

 

城壁の廊下に来賓たちが早く逃げればいいものを野次馬根性で集まってきて、ウィルとグレムリン&ゴーレムの闘いを見物している。

 

お庭のスタイルは、先代の国王が美食の国から嫁いできたお妃の文化にならって、芝生や花壇で幾何学的な模様を全面にあしらえた、シンメトリーの大型庭園。

 

庭の中心にそびえる大きな噴水に加え、動物型樹木(トピアリー)や王族の彫像、樹林(ボスケ)などのちょっとした林まである。

 

二人(正確には一人と二体)が戦うスペースは十分。

 

ウィルとグレムリン&ゴーレムは外連味(けれんみ)たっぷりに一進一退の攻防戦を繰り広げ、右へ左へビュンビュン飛び回ってド派手なプロレスを公演していた。

 

試作ゴーレム戦では、急場しのぎの「工具アタマ」の猟犬を使ったが、今回は見栄えも重視。

 

騎士道精神あふれる「銀甲冑」を傀儡(くぐつ)とし、グレムリン&ゴーレムを追い立てる。

 

追い立てたところでウィルは【 彷徨う子宮(インヴィディア) 】や【 育ち行く万雷(クラドグラム) 】など派手な魔法を使って、オーディエンスを沸かせる。

 

ゴーレムは全身に樹上の焦げ跡(リヒテンベルク図形)を付け、そこを爆破されて次第に身体を削られていく。

 

やられっぱなしではつまらないので、グレムリン&ゴーレムも負けじと反撃。

 

銀甲冑を殴り飛ばし、胸をガバッ! と開いて砲門を飛び出させる。

 

次いで超簡易版アポロンビームのような破壊光線をウィルに向かって発射。

 

大広間のテラスでその戦闘を観戦していた王様や大臣らは思わず息を飲むが、ウィルは腰の中杖(ロッド)を引き抜いて、地面に勢いよく突き立てる。

 

すると地面に刺さった杖の先端からカボチャのツルが生え出し、瞬く間にウィルを大きなカボチャで覆ってしまう。

 

試作ゴーレム戦で何度も死にかけた教訓をもとに作られた、新しい守りの魔導具【 刃毀れ(サメノハ) 】。

 

放たれた破壊光線はカボチャの堅皮にぶつかって四散し、消えていく。

 

ゴーレムが光線を出し切ったところで、ウィルはカボチャの守りを解く。

 

中のウィルは全くの無傷。

 

それからも両者の小競り合いは続き、ウィルは頃合いを見てグレムリン&ゴーレムに終幕の合図を送る。

 

それを受け取った二体は見るからに弱ったモーション、片膝を突いたり息を荒げてみたりして、瀕死を演出。

 

ウィルは二体の【 疑似的な霊魂(インスタント・ソウル) 】を抜き取って、腰にぶら下げた藁人形に移し替え、抜け殻になったグレムリン&ゴーレムに【蜂】でトドメを刺す。

 

無数の破裂する蜂に刺され、ド派手な爆炎に包まれるゴーレム。

 

その光景をテラスに集った王族含め、多くのオーディエンスが見守っていた。

 

避難していた招待客たちに、戦闘の邪魔になるだろうと下がっていた近衛騎士たち。

 

彼らは中庭の戦闘を見て、ここしばらく国をざわつかせていた国賊の善行に戸惑っていた。

 

「お尋ね者が巨人を倒したぞ」

「ウィルオウウィスプは天下にあだなす賊ではなかったのか?」

「しかし王子様を取り返してくれた……」

「王女殿下もあんなに喜んでおられる」

 

お城のテラスや中庭に集まる民衆たちは、ウィルの立場と目的が呑み込めずに困惑していた。

 

しかし、飛びあがって喜ぶ姫や、元国賊に向かって、

 

「大儀である」

 

と称賛の拍手を送る王様を見て、招待客たちや臣下の者もウィルに拍手を送る。

 

 

 

しかしそれら民衆の背後で。

 

「……これで終わりでは困るのです」

 

大広間の影の中でウインディがボソッとつぶやく。

 

 

 

四方八方から賞賛され、有頂天になって喜ぶウィル。

 

 

 

その背後で、地に伏していたゴーレムが突如『ムクリ』と、起き上がる。

 

 

 

ギョッとするウィルと、

 

「まだ生きてるぞ!」

 

と再び逃げ惑う群衆。

 

ウィルは、

 

「そんなはずはっ!?」

 

と腰にぶら下げた藁人形二体を見るが、そこにはしっかりとグレムリン&ゴーレムの魂が宿っており、「自分たちじゃないっ!」と首を振っている。

 

ではどういうことだと再びゴーレムに向き直る。

 

 

逃げ惑う群衆の只中(ただなか)で、ニヤリと笑うウインディ。

 

元来、ウィルが得意とする傀儡魔法やゴーレム生成はそう難しい術ではない。

 

ただただ手間がかかって面倒なだけ、それなら人を雇った方が早いというだけ。

 

ある程度の実力を持った魔法使いなら実行に移すのは容易い。

 

それが、稀代の天才少女ともなれば、赤子の手をひねるよりも簡単な事。

 

 

新たにウインディの作った『 疑似的な霊魂(インスタント・ソウル) 』を取り込んで、巨人ゴーレムは復活を果たす。

 

(グレムリンは死んだまま。肩からポトリと落ちる)

 

中身を入れたら次はそれに見合った器を。

 

ゴーレムは全身からボキボキという音を立てて、膨れ上がりその姿形をウインディ好みに変化させていく。

 

まずは失った腕が生え変わる。

 

断面がゾワゾワと盛り上がって腕が生え、強靱な大鉈へと姿を変える。

 

もう片方の残った腕は手の平が指を呑み込み棘の生えた鉄球へ。

 

次いで土器模様の体躯の上には、堅牢なトカゲの様な爬虫類の鱗がビッシリと覆い尽くし、さらに四角い頭は首ごと正面に伸びあがり、さながらトカゲのようなドラゴンのような面立ちになり、口元に並ぶ乱杭歯の隙間からは苛烈な炎が漏れ出ている。

 

そうして生まれた【 竜人(レプティリアン)ゴーレム 】

 

 

「ピィギャャアァァァァァゴォォォォォォォオオオオッッツツ!!!!!!」

 

 

奇怪な鳴き声を発しながら、ウィルに向かって飛び掛かってくる。

 

副団長もかくやと思われる電光石火の連撃。

 

大鉈と鉄球の猛攻。

 

ウィルが避けた側からすぐ次の攻撃が来る。

 

反撃の隙も無い。

 

その上、地面にめり込む大鉈や鉄球は大地に惨たらしい亀裂を走らせ、ウィルがなんとか展開させた『刃毀れ』さえも力任せにドカドカ殴りつけ、その名前とは裏腹に真っ二つに砕かれてしまう。

 

ウィルは完全に逃げの一手。

 

銀甲冑を囮にしようとも、鉈の一振りで、鉄球の一撃でワンパンKO、再起不能にされてしまう。

 

それを見たウィルは、もうなりふり構っていられず、アタマ(イヌ)を出して騎乗し、距離を取って遠隔からのヒット&アウェイ作戦に転じる。

 

最大火力の『育ち行く万雷』や『彷徨う子宮:蜂』を幾重にも重ねて竜人ゴーレムにぶつけるが、頑丈な鱗の前にはまるで歯が立たない。

 

それならば、まずはその力を奪おうと、一切の規制無し、自然原種そのままのえげつない吸収力を誇る【 奴隷の王冠(コルディセプス・シネンシス) 】の胞子を放つ。

 

風に乗り一塊となって竜人ゴーレムに襲い掛かる胞子。

 

さすがの竜人ゴーレムもそれは危険と悟ったのか口から猛火を吐きつけ、胞子は全焼。

 

無残にも胞子は黒煙となって焼け落ちていく。

 

ウィルは歯を食いしばって、竜人ゴーレムを睨みつける。

 

一体全体、何がどう転んでこんな突然変異を遂げたのか、皆目見当がつかない。

 

全くの予定外。

 

それでも眼前の敵は実に興味深い機構をしている。

 

ただの脳筋パワーのゴリ押しマシンではなく、全体のバランスがきちんと統制されているから、それ故にあのパワーとスピード、頑丈さが生み出されている。

 

明らかに自分の作ったモノより出来がいい…………

 

ぜひ分解してみたいッ! 

 

ウィルがこれまで勉強を重ねてきたのは、(ひとえ)にお城に帰る為。

 

魔法は復権の為の道具であり、自分の権威の根幹をなすだけの物だった。

 

しかし姫と一緒に研究していく内、一人で試行錯誤を重ねていく内、ウィルは【魔法】というものの奥深さにすっかり魅了されてしまった。

 

元来好奇心は強い方で、ウィルオウウィスプの村を飛び出してお城にやってきたのもそのせいかもしれない。

 

ウィルはサっと振り返り、ゴーレムに次いで広間のテラスを仰ぎ見る。

 

そこでは姫が、目を爛々と輝かせ、頭のアンテナも絶好調、手すりを乗り越えんばかりの勢いで竜人ゴーレムに見入っていた。

 

そんな姫を見たウィルにもその笑みは伝播し、

 

「お前なら、そうだろうなっ」

 

と口角をあげ、対峙する竜人ゴーレムに向き直り、移し火入りの丸燈(ランプ)を取り付けた街灯長杖(スタッフ)を突きつける。

 

「何故かは分らんがずいぶんと立派に育ったものだ…………、ちょうどいい。エナへの手土産にしてくれるわっ!!」

 

そうして、ウィルが竜人ゴーレムに対して大見得を切っている所へ、

 

「師匠! これをお使いくださいッ!」

 

と、ウインディが広間の窓から【デヴォルの石炭】の入った角燈(カンテラ)を投げてよこしてくる。

 

「おおっ!」

 

ウィルはそれを上手いことキャッチ。

 

すぐさま長杖先端部の丸燈(ランプ)と角燈を取り換える。

 

「丸焼きにしてくれるっ」

 

ウィルは長杖をまっすぐ竜人ゴーレムにつきつけ、呪文を唱え始める。

 

 

   『暗闇(くらがり)を彷徨う愚者の燈(イグニス・ファトス)

 

    お前を誘って森の中

 

    血を吸う鬼が待ち受ける

 

    火付き尻尾のジル・バーント・テイル

 

    ヒンキー・パンクに騙されないで』

 

 

大鉈を振りかぶり、猛突進してくる竜人ゴーレム。

 

それをウィルは、長杖を構えるのとは逆の手で『刃毀れ』の魔導具を複数展開。

 

庭園を掘り返し、無数に大地から湧き出てくる硬質の巨大カボチャが障害物となって、竜人ゴーレムの速度を奪っていく。

 

 

   『其れは 罪業を照らしだす灯り、罪人を焼く炎

 

    踊る踊る 悪魔は踊る

 

    彷徨う火を伝って、地獄の業火を顕現す

 

    冥府の門はこれより開かれり』

 

 

竜人ゴーレムはもうあと一歩でウィルに手が届きそう、という所で地面から飛び出してきた『刃毀れ』に跳ね飛ばされる。

 

すかさず受け身を取るも、間髪入れず巨大なカボチャが寄り集まってきて竜人ゴーレムとおしくらまんじゅう。

 

竜人ゴーレムは死に物狂いでカボチャを粉砕していくが、次々生えて来てキリがない。

 

 

   『さあ、来いっ

 

   【×××××(深い(暗い)森)】と【□○○(滞在する 聖者 沼沢)】と【▼▼≒▲▼(墓標 1つきり 走る(逃げる))

 

    を飛び越えてッ!』

 

 

角燈から噴き出た蒼い炎が、巨大カボチャに飲み込まれるゴーレムの足元に、魔法の陣をしていく。

 

何重にも敷かれた幾何学模様の陣の中央には【門】のような図形が描かれ、それがゆっくりと開く。

 

門の中は延々と広がる暗闇(くらがり)、そんな暗闇の中にポツンともう一つ【大門】が現れる。

 

苦悶の表情を浮かべた亡者で縁どられた地獄の門。

 

その大門は、暗闇の門がゆっくりと不吉に開いたのに対し、中に内包していた物が溢れ出んばかりの勢いで跳ね開けられ、その奥からは赫いような黒いようななんとも禍々しい、溶岩(マグマ)のような業火が猛々と噴き出してくる。

 

炎に充てられてカボチャは一瞬で融解。

 

瞬時に中のゴーレムを業火が覆い尽くし、みるみる体表面が焦げ付いていく。

 

 

「ピィギャャアァァァァァゴォォォォォォォオオオオッッツツ!!!!!!」

 

 

断末魔を上げ、みるみるボロ炭と化していく竜人ゴーレム。

 

地獄の業火が門から噴き出たのはほんの少しの間だったが、陣から立ち昇る火柱は、王城の尖塔の高さを優に超え、天の雲に届かんばかりの勢いだった。

 

おおかたの猛火を吐き出したのか、大門からは炎が溢れ出て来なくなり、ただただ真っ黒に焼け焦げた竜人ゴーレムが、白目を剥いて、天を仰ぎ、身体をボロボロ崩しながら、その場に膝から崩れ落ちる。

 

竜人ゴーレムは見るからに再起不能。ピクリとも動かない。

 

それを見た群衆の一人が、

 

「倒したのか……?」

 

と思わず不安の声を漏らすが、ゴーレムは何の反応も示さない。

 

ウィルが長杖を天高く掲げ、勝利宣言をすると、観客から一斉に歓声が響き渡る。

 

城中から歓声が聞こえ、帽子を投げたり、紙吹雪をまいたりして喜んでいる。

 

王様もホッと一息。

 

姫もウィルが使った凄まじい魔法を見て大興奮。

 

一件落着、めでたしめでたし、

 

…………かに思われたが、彼女の計画はここからが始まり。

 

バカみたいに騒ぐ民衆を飛び越え、ウインディはホウキに乗って一人中庭へ。

 

それをみたウィルは感極まった一番弟子が胸に飛び込んで来たのかと思って両腕を広げるが、そんなハッピーな事はなく、すれ違いざま、ようやく帰ってきた石炭付きの長杖をひったくられてしまう。

 

「ああっ!」

 

とウィルが声を上げるよりも早く、ウインディはゴーレムの足元で閉じようとする『地獄の大門』と『辺獄の門』、魔方陣の四隅に、『サッ!』と呪符を突き刺した杭を打ち付ける。

 

それによって、門も陣も途中で閉じるのを止めてしまう。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

一同は、今度は何事かと思って中庭の中央を凝視する。

 

激しい戦闘の末ことごとく破壊され、左右対称だった大型庭園。

 

オブジェも並木も軒並み踏み倒され、通路も花壇も地割れによって大きな亀裂が入っている。

 

そんな廃墟に等しい場所の中央で真っ黒に焼け焦げた竜人ゴーレムが膝を着いて倒れ伏す。

 

その足元に広がる奇怪な魔法陣。

 

そして、それら全てを、ホウキの上から睥睨(へいげい)する幼い魔女。

 

全ての視線が彼女に釘付けに。

 

ウインディはウィルの長杖をオーケストラの指揮者の様に振りかざし、ケープの中から人皮装丁(にんぴそうてい)の黒い魔術書を取り出して、何事か人外の言葉で呪文を唱え始める。

 

 

   『ロスコォ ルソバスマゴア エゴ*1

   (我、汝に契約を求める者也)

 

    ソブ ルキフェル エラミシド ノクエム

    (汝、神に頭を垂れず、忠誠を誓わず、光を退ける者よ)』

 

    

すると、ゴーレムの足元から一匹の大蛇が現れ、それがウィルの陣の上をするすると這いまわってウインディの魔法陣の素体となる。

 

大蛇によって縁どられた陣の中に逆向(さかむ)きの五芒星が姿を現し、ウインディの指揮のもと、不吉な図形が陣の中に浮かび上がっていく。

 

 

   『アルルルツフシド ネブ

   (今こそ来たれ、人の地へ)

 

    エゴ ルキフェル エラミシド メクノ

   (我、神に頭を垂れず、忠誠を誓わず、光を厭う者也)』

 

 

招待客や大臣などは悪寒を走らせ身体が硬直していたが、魔法使いの何人かはウインディが何をしようとしているか勘づき始め、

 

「本当にそんなことができるのか」

 

と期待と不安で胸をいっぱいにしている。

 

そうやって観客はただ黙し、状況の移ろいを見届けているだけだったが、突如、城の影から真っ黒な塊が空を飛んでやってきた。

 

「あ、あれはっつ!?」

 

王国首相が指さす先には、おびただしい数の雑貨、

 

不気味な紋章が描かれた複数枚の羊皮紙、

くすんだ瓶に入った香油、

毒々しいキャンドルたち、

鏡面が真っ黒に塗りつぶされた丸い鏡。

その他束ねられた薬草や枝の数々。

 

が、大群を成して空を漂っており、さながら蝗の大移動。

 

それらは次第にウインディの周りに侍りだす。

 

そして順々に大蛇の囲う悪魔の星(逆五芒星)の中に吸い込まれていく。

 

 

   『サチスムス エゴ。スネイデボニ エウキュア

   (我は汝の(ともがら)。主に刃向かう者也)

 

    ノクテム レクティカ ロスカオ ルソバスマゴア エゴ

   (夜の同伴者よ、今こそ我と契りを結ばん)』

 

 

間近で見ていたウィルは、

 

「何の真似だ、ウインディっ!」

 

と怒鳴りつけるが、ウインディは聞く耳を持たない。

 

蛇の胴体にはウインディの唱えた呪文の文言が見た事もないような異質な文字で刻まれていく。

 

それがとうとう尾の先まで到達したとき、陣全体が光を放ち、こじあけられた門がガタガタと揺れ始める。

 

「出でよデーモンッ! 我が招呼びかけに応えろっ!」

 

途端、門の中から紫紺の煙焔(えんえん)が噴き上がり、死んだ竜人ゴーレムを包み込む。

 

「デーモンよっ私と契約しろっ! 

 

この場にいる人間を全員お前への生贄として捧げる。

 

王族に貴族、政治家連中に戦士に魔法使い、聖職者まで喰いたい放題だ! 

 

そしてその引き換えとして、【異界(地獄)の力】を私に与え給へっ!」

 

ウインディはそう高らかに公言。

 

貴族たちはみな唖然としている。

 

彼女が今何をしたのか、何を言っているのか、そして今から何をやろうとしているのか、全く理解が追いつかない。

 

状況が呑み込めない。

 

本当に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

 

対して魔法使いたちは、ウインディがやろうとしている事の恐ろしさを理解し次々と野次を飛ばす。

 

でも、恐ろしいので中庭に出て自ら対峙しようという勇者は居なかった。

 

そして、遂に一同は伝承の中でかろうじて知るレベルの、存在との邂逅を果たす。

 

炎と煙の渦をかき分け、炭化した巨人の腕がにゅっと出てくる。

 

そしてボロボロと崩れる鱗。

 

崩れた鱗を押しのけるように、その下から真っ黒な濡れ烏の羽毛が生い茂っていく。

 

鉄球や鉈のような見え透いた凶器は消え去り、巨椀は(しぼ)み、代わりに猿のような節榑立(ふしぐれだ)った人間の指に生え変わる。

 

とうとう羽毛に覆われた寸胴の胴体が現れ、その全身が見える。

 

頭は、すっかり肉が削げ落ち白骨化したトカゲの頭。

 

山羊のように捻じれくた角を生やし、眼孔には怪しい光が揺蕩っている。

 

背中からは蝙蝠の様な膜の翼を広げ、尻尾は鯨や鯱のようなヒレが生え、地面をパタパタと打っている。

 

なんとも醜悪な混合獣(キメラ)、異形のデーモンであった。

 

『その願い、聞き入れよう』

 

白骨の口が開き、その場にいる人間全員の頭の中に直接デーモンの声が響き渡る。

 

その声の不快さといったら筆舌に尽くしがたい。

 

さながら、こめかみから脳を直接締め上げられているかの様。

 

そして言語として聞き取れる最低音の野太く低い声。

 

その世にも恐ろしい声に一同、肝を潰す。

 

ゴーレムぐらいの輩であれば、とりあえず逃げ出すことができたが、デーモンとなれば話は別。

 

あまりの恐怖に腰を抜かし、気を失い泡を吹いてバタバタ倒れ始める。

 

「はぁーっはっはっはっはっはっはっはっ!!!! 

 

次はわたしが虐げる番っ。

 

何もかもをぐっちゃぐちゃにしてやるわっ! 

 

全てがわたしの前に跪くっつ!!

 

ヒィッヒィッヒィッヒィッヒィッヒィッヒィッツ!!!!」

 

デーモンの声を聞いて笑っているのはウインディ一人だけ。

 

まるで人が変わった様。

 

いや。

 

むしろこっちが本性か。

 

気分がいいウインディは、群衆と同じく唖然としているウィルに向かって、

 

「ご苦労だったわねウィルオウウィスプ。オマエが地獄の門を開いてくれたおかげで、デーモンを呼び寄せる事が出来たわ。その功績に免じてオマエだけは命を取らないであげてもよくってよ?」

 

と慈悲を与えようとする。

 

「どうせ、力も持っていないただの老いぼれの魂なんて、デーモンもいらないでしょうから」

 

ウィルはウインディの言葉にハッとして、

 

「おっ! おまおまおま、お前っ! めったな事言う、いういういうもんじゃないっ! ゆ、ゆうにことかいて、力がない……なんてホラを吹きおって! 国王陛下ッ! デタラメじゃすからっ! あんなの根も葉もないデタラメですからッ!!」

 

と、明らかに取り乱し、デーモンに気を取られてウィルの事など眼中にない王様に向かってギャーギャー弁解を叫んでいる。

 

そんなウィルをサッと中庭に居た近衛兵の一人が後ろから首根っこを引っ張り、

 

「ああ!? は、放せっ! 吾輩はっ、吾輩はっ!」

 

と騒ぐウィルをお城のテラスの下の壁際へ移動。

 

直後すぐに、

 

「撃てぇッーーッツ!!」

 

と副団長が号令を下し、城壁に設置された大砲が中庭のデーモンに向かって一斉に発射される。

 

据え置きの大砲に加え、武器庫から引っ張り出されてきた重機関銃、さらに歩兵によるライフル銃の集中砲火を喰らって爆炎に包まれるデーモン。

 

ウインディはガレキを浮かび上がらせ甲殻にして身を守っている。

 

そうして数分間の一斉射撃の後。

 

周囲に火薬の臭いが充満し、黒色火薬を使っている訳でもないのに中庭が舞い上がった粉塵で満たされる。

 

その場にいる皆が、これで倒しきれるとは思っていなかったが、これが人間の最大火力。

 

これ以上撃てる手がない。

 

副団長が苦い顔をして、粉塵舞い散る中庭を凝視していると、その粉塵を突き破るように蜂の巣になったガレキが飛んできて、城壁の上の大砲を押しつぶす。

 

次いでウインディの、

 

「鉛の玉では死なないよ。オマエら以外ッ」

 

という声が響き渡り、充満する粉塵が少女の手のひとかきで、一瞬で、嘘のように消え去る。

 

中庭では、全くの無傷のウインディとデーモンが仲良く並んで屹立している。

 

「さあ、まずは誰から行こうかしら。活きのいい軍人? それとも脂ののった魔法使い? いきなり王族か貴族でもいいわね」

 

とウインディが集まった群衆を値踏みしていると、デーモンはのっそりその空虚な双眸をテラスにいる王様や姫たちに向ける。

 

虚ろな視線を向けられて、さすがのおてんば姫も息をのみ、王様は縮みあがって王子をしっかりと抱きとめる。

 

「あら、いきなりブランド肉? いいわっ、たんと召し上がれっ!」

 

ウインディはクスクスと無邪気に笑い、テラスでは副団長やようやっと着替え終わったアルベルトが王様や姫の周りに控え守護している。

 

一方で壁にへばりついていたウィルは、未だに放心状態で、

 

「まずいまずい、このままでは全ての作戦がパァーだ。早く身の潔白をっ。それにあのデーモン。ウインディの奴、よくもまあ、こんな大それた事をしでかしたもんじゃ。ああ、早く全部何とかしないと……。いやぁ? そもそもデーモン退治は吾輩の仕事ではないんじゃなかろうか? むしろ悪魔を呼んで新しい石炭とか貰えるなら、この国にこだわる必要ないのでは? それで前みたいに隣国の王様にでも売り込んでしまえば……」

 

という考えが頭をよぎっていた。

 

そして、何とはなしに見上げた先で、

 

「全てをわたしに跪かせてやる」

 

ウインディは再びガレキを浮かび上がらせ、その矛先をテラスにいる王様らに着きつける。

 

次いでデーモンは背中から無数に猿の腕を生やし、それら触腕を伸ばして生贄を捕らえようとする。

 

どす黒い魔の手とガレキ弾が王様とエレオノーラ姫に届こうとした、その時、雷光一閃。

 

『バァリバリバリバリバリバリバリバリッッッツ!!!!』

 

という雷鳴轟音と共に蒼白の(いかづち)がテラスの前を横切り、触腕とガレキ弾を吹き飛ばす。

 

姫が反射的に雷撃の発生源に目を向けると、そこには魔法の杖を天に向かって構えるウィル爺の姿が。

 

「分かっておらんな我が一番弟子よ。お前に教えてやろう。名誉とは、地位とは、権力とは、それを認める聴衆があってこそ。誰もいないガレキの上でいくら威張っても意味がない」

 

ウインディは眉間に皺をよせ、不機嫌そうにウィルを睨みつける。

 

「そう、独りきりでは意味がないのだ」

 

ウィルはいろいろ悩んでいたみたいだったが、姫のピンチを受けて咄嗟にいつかの一人ぼっちだった晩餐会がフラッシュバックし、気づけば身体が勝手に動いていた。

 

それに対して、ウインディは、

 

「わたしは誰にも認められなくてもいい。否が応でも思い知らせてやるまで」

 

と言い、孤児院時代を思い出していた。

 

ウインディはウィルから奪った長杖から角燈(カンテラ)を引きちぎり

 

(長杖は投げ捨てる)、

 

「そんなに死に急ぎたいなら、オマエを一番に殺してやるわ」

 

とデヴォルの石炭の炎を噴き上げさせる。

 

ウィルは打ち捨てられた長杖とロウソク入りの丸燈(ランプ)を拾って組み合わせ、ウインディに突きつける。

 

「『 憎まれっ子世に憚る(An ill stake standeth longest) 』と言ってな、その上吾輩はウィルオウウィスプ(藁にも縋る愚か者)、往生際は人一倍悪いぞっ」

 

そうやって上手いこと言ってやったという顔をウインディに、向けるウィル。

 

ウインディはしょうもない洒落を聞いて眉間の皺に加えて目まで細め始める。

 

そんなこんなでいざ、最終決戦。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

デーモンはその後もするすると真っ黒な猿の腕(触腕)を伸ばして、来賓たちを捕まえようとする。

 

城内を逃げ惑う民衆。

 

自衛手段を持たない王族や政治家たち、『奴隷の王冠(コルディセプス・シネンシス)』にすっかり力を吸い取られた魔法使いたちがデーモンの魔の手に追い回される。

 

それをすかさず近衛兵たちが守護する。

 

中庭ではウィルが、その魔の手を根元から断ち切ろうと、雷や火を吐いていたが、ことごとくウインディによって邪魔されている。

 

「血迷ったかウインディッ、一体何が気に入らんと言うんだッ」

ウィルが噴き上がらせた炎を、

 

「全部ッ! 何もかもが気に入らないッ!」

ウインディは壊れた噴水の水を噴き上がらせて相殺する。

 

王様と姫は、アルベルトと副団長によって守られていたが、それもさすがに限界。

 

いくら副団長が脳筋ゴリラと言えども、「未来から来た殺人ロボット」ではないからして、捌いても捌いてもキリがない触腕に圧倒されていた。

 

一方のアルベルトもいくら無限の力を有していようとも、その力の根源足るお天道様はデーモンが現れてからこっち、ずっと雲行きが悪くて隠れっぱなし。

 

あまつさえヘドロの卵に包まれて大ダメージを受け、アポロンビームも尻切れトンボ、かつての威力はない。

 

そしてついに、

 

「キャァーーッ!!」

「は、はなすぞよぉ!」

 

二人がうちもらした触腕によって姫と王様がさらわれてしまったッ!

 

「エナァッッツ!!」

 

ウインディと小競り合っていたウィルがすかさず振り返る。

 

大口を開けて王様と姫を向かい入れようとするデーモン。

 

「こぉなくそぉぉうッツ!!」

 

ウィルは残り少ない『刃毀れ』を展開。

 

デーモンの足元から勢いよく巨大カボチャが生え出し、姫を食べようとしていたデーモンを押しのけ突き飛ばす。

 

すぐにアルベルトの放った精一杯のビームが姫と王様を絡めとる触腕を切断。

 

ウィルが『刃毀れ』を展開する僅かな隙をついて、ウインディが燃えるガレキ弾をぶつけようとするが、横合いからすっ飛んできた分隊長がそれをサーベル二本を犠牲に軌道をそらして受け流す。

 

眉をひそめるウインディ、驚くウィル。

 

副団長は「礼などいらんっ!」と短く言って、刃こぼれしきったサーベルを捨て、腰から新品を抜き放つ。

 

「ああっもうっ! 忌々しいっつ!」

 

怒ったウインディ。

 

烈火のごとくキレ散らかす。

 

力任せに崩れた城壁をこそぎ取ってガレキ弾を再装填。

 

めたらやったらにウィルらに撃ち込んでくる。

 

その背後では、起き上がったデーモンが再び触腕を伸ばそうとしていた。

 

ガレキ弾の対処に追われていたウィルに駆け寄ってきた姫が、

 

「ウィル爺、結界をっ!」

 

と指示を飛ばす。

 

仰せのままに(イエス・ユアマジェスティ)ッ!」

 

ウィルはすぐさまマントの結び目を解き、空に向かってマントを放り投げる。

 

ウィルの『彷徨う鬼火(ウィルオウウィスプ)』柄の外套が世界を包み込む。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

途端、世界は一変。

 

陽は沈んで月が昇る。

 

昼の世界は一転して夜の世界へ。

 

曇天渦巻いていた空はすっかり晴れ渡り、大きな大きな三日月が天の中央に鎮座している。

 

それを飾り立てるように赤や緑や金の星々が散りばめられ、荘厳な運河を形成している。

 

さらに周囲を見渡せば、中庭を囲んでいた城壁はそのまま鬱蒼とした深い森へと姿を変え、木立ちの間の暗闇には無数の墓石が点在している。

 

芝生やレンガで覆われていた足元は、靴が一気に沈み込み、中庭は一瞬にして蛍の飛び交うぬかるんだ湿地帯に入れ替わってしまった。

 

まさに『ウィルオウウィスプ』が出てきそうな場所。

 

生贄を捕まえようと伸ばしたデーモンの触腕は、空を()き、星空や森の中で空気を掴んでいる。

 

「なんで昼間じゃないんだっ、僕の魔法が使えないじゃないかっつ!」

 

と、王様を守るために降りて来たアルベルトがウィルに苦言を呈し、

 

「しょうがなかろおっ、これが吾輩の心象領域なんじゃからっ!」

 

ウィルが、2枚目のマントをファフロツキーズから取り寄せながら、アルベルトに抗議し返す。

 

ウインディは、結界内を苛立たし気に見渡しながら、

 

「ああああっもおッツ! ああもおっ、ああもおっ! どうして邪魔ばっかりするのッ! 全員ブチ殺してやるッツ!!」

 

癇癪を起して髪を逆立てる。

 

デヴォルの石炭をゴウゴウと燃やし、全身に力を込め始める。

 

王子を抱きかかえる王様の盾になるようにして、副団長とアルベルトが両脇に控え、最前列にウィルと()()立ちはだかる。

 

「おいっ、お前はあっちだろうっ!」

 

自分の隣にさも当然のようにいる姫を二度見し、ウィルは王様の方を指さして、姫に立ち位置について文句を付ける。

 

しかし姫は、

 

「あたしも一緒にたたかうわ!」

 

と息巻いている。

 

それを聞いてウィルは即座に、

 

「ダメダメっ、もしお前が悪魔に喰われたらどうする! 吾輩の首が飛ぶわっ」

 

と再び後方を指さすも、姫は、

 

「大丈夫よっ、あたしの事はあなたが守ってくれるし、ウィル爺の事はあたしがしっかりカバーするからっ!」

 

などと妙な理屈をこねる。

 

それを聞いて呆れが止まらないウィル。

 

悪口と説得の言葉が喉元で大渋滞を起こしている。

 

ウィルは真剣な表情をして、

 

「いいか、これまでのマヌケ相手の追い掛けっことは訳が違うんだぞ。

 

(「マヌケ相手」の所で背後の副団長とアルベルトを指さし、二人が「はああっ!?」とつっかかる)

 

今度は本当に死ぬかもしれないんだ。分かっておるのか?」

 

と最後の忠告をする。

 

ウィルの真面目ぶった優等生の言いぐさを聞いて姫は、不満そう目つきになる。

 

「そんなこと言うなら、ウィル爺の秘密みんなにバラしちゃうよ?」

 

そして誰に似たのか悪党ヅラでウィルを脅しにかかる。

 

「ッ!? お、おまえって奴はッ!! 吾輩はお前の事を思えばこそっ!!」

 

ウィルは予想外の切り返しに、慌てふためき頭を抱える。

 

姫はそれを見てクスクスと笑い、「うっそぉ~」とウィルをからかう。

 

「ふざけとる場合かッ」

 

ウィルは顔を真っ赤にして姫を咎める。

 

しかし姫は喚くウィルをさえぎり、一転、落ち着いた声音で、

 

「あたしも一緒にたたかうよウィル爺。でも大丈夫、心配しないで。あたしはこんなところで死んだりしないから」

 

と繰り返し同じ事を言う。

 

今度もウィルをまっすぐ見返して、きっぱりと。

 

「だってあたしはまだ夢の途中なんだもの。まだあたしの冒険は終わらないわ」

 

全くの無根拠。一種いわゆる所の根性論。

 

それでも自信に満ち溢れ、決意の堅そうな姫を見て、ウィルは一文字口。

 

頭の中ではグルグルとデーモンに立ち向かう危険性を説明しようと文章を組み立てるが、そのどれもが眼前でらんらんと輝く目の光を取り除けるとは思えない。

 

ウィルはダランと腕ごと体を前に倒すと同時、「はぁぁああ~」肺の空気を空にする程のため息をつく。

 

空気の抜けた人形のように、ウィルの上半身はひしゃげて地面に向かって垂れ下がる。

 

その態勢のまま、

 

「どうせ無理矢理に引き離したところでお前は絶対に帰って来る……」

 

自分に言い聞かせるように一人ごちる。

 

姫も「そうそう、絶っ対に帰ってくるよぉ♪」と同調している。

 

ウィルは顔を上げずに目線だけ動かしてやる気満々の姫を一瞥し、吐き出したため息を吸い戻すように深呼吸して上半身を起こす。

 

「いいかっ、(姫の眉間にビシッと指を突き立て)お前はあくまで吾輩のサポートだ。手柄は渡さん。矢面には吾輩が立つ。お前は吾輩の引き立て役なのだ。その条件が飲めるなら、吾輩の隣に立つことを許そう」

 

そんな言い方しかできない、素直じゃないウィル。

 

ウィルの本心などは逃亡同居生活の末、先刻御承知である姫は、

 

「しょうがないなぁー、もおー」

 

とニヤニヤしながらウィルの顔を見返している。

 

バツが悪そうに眼を背けるウィル。

 

姫はウィルの目線の先へチョロチョロ動き回りウィルを困らせている。

 

そんな風にじゃれ合っている二人の間に割って入ろうとする王様を、分隊長と筆頭魔導士官が食い止めていた。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

作戦はいつもの通り。

 

姫と白ミミズクの機動力とウィルの魔道具による高火力のヒット&アウェイ戦法。

 

副団長とアルベルトは後衛で王様と王子の安全を死守する。

 

一方のウインディは、ぬかるんだ沼地ではガレキ弾を確保できず、周囲に広がる森の木々を無理やり引き抜き、石炭の火をまとわせてミサイルさながらウィルと姫に撃ち込んでいく。

 

デーモンは変わらず直立不動、触腕だけを伸ばし姫や王様を捕まえようとする。

 

現状、両陣営の攻防は一進一退。

 

デーモンの触腕は、副団長とアルベルトの二柱に阻まれ一向に王様へは届かない。

 

飛び回る姫にも速度で追いつけずにいる。

 

ウインディの山火事ミサイルはウィルの【蜂】によってことごとくが撃ち落され、幹に仕込んだ『炸裂の魔法』の作用で、尖った木片を撒き散らす攻撃も姫がまとう風圧の前では無効化されていた。

 

かといってウィルらの攻撃もウインディ&デーモンには効果はいまひとつで、致命傷足りえていなかった。

 

ウィルの手加減なしの魔道具攻撃もデーモンは全く意に返さず、ウインディはさすが天才、何百ものあらゆる魔法を駆使してことごとくこれを回避。

 

さらにウィルが貴重なリトルファフロツキーズを一匹消費しての『地獄の門』解放からの【地獄の炎】を出す。

 

ウィルの必殺技をデーモンに直で喰らわせたにも関わらず、これが一番効果がなかった。

 

マグマの様な獄炎を頭から被ったのに、デーモンはけろっとした顔でのっそりウィルを見返している。

 

「なぁんぬッツ!?」

 

おったまウィル。

 

すかさずアルベルトが、

 

「アホかっ! 火の中に住んでる奴に火が効くかッツ!!」

 

ツッコミを入れる。

 

「じゃあ、どうしろっちゅうんじゃっ! 吾輩は系統的に火の魔法使いなんだぞっ!」

 

それにウィルが怒鳴り返す。

 

「とにかく依り代を壊すんだ! そうすれば悪魔はこの世界に居られなくなるっ!」

 

そう言ってアルベルトは僅かな光を集めて、渾身ビームを一発かまそうとするもウインディが差し向けた山火事ミサイルすら貫通できず、デーモンに届く前に雲散霧消してしまう。

 

アルベルトは悔しそうに歯ぎしりし、

 

「お前がやれ!」

 

とウィルを指さす。

 

指さされたウィルは、今の自分の装備を見回しながら、

 

「壊すたって……お前……どおやるんだよ……」

 

と、途方に暮れている。

 

ウィルがヒゲを撫でながら考え込んでいると、

 

「余裕そうだなっ、ジジイッ!」

 

とウインディが蒼く燃え盛る大木2本を撃ち込んでくる。

 

完全に油断していたウィルは回避が遅れ、間近に迫った2本の山火事ミサイルを見て、思わず走馬灯的な物がよぎったりなんかしていた。

 

が、寸でのところで姫の放った白ミミズクがウィルとミサイルの間に入って、両の翼を大きく羽ばたかせ二つのサイクロンを発生させる。

 

まっすぐ突っ込んできたミサイルはサイクロンに飲み込まれて、勢いを殺されウィルの左右に吐き出される。

 

九死に一生を得たウィルに向かって、風サーフィンで飛び交う姫が親指を立てて飛び去って行く。

 

ウィルも力無く親指を立て返す。

 

 

そこで、はたと天啓を得る。

 

ウインディはデヴォルの石炭の膨大な力を自分の魔法に上乗せして、実力以上の力を発揮している。

 

なれば自分もそれに倣ってデヴォルの石炭の力を魔導具と合わせれば、デーモンにダメージを与えられるかもしれない。

 

 

光明(こうみょう)が見えたとばかりに表情が明るくなるウィルだったが、杖先のランプに目を向けた途端、

 

「ああっ!」

 

と驚愕。

 

一体いつからそんな事になっていたのか分からないが、ランプのガラスに大きな穴が開いて、中のロウソクが真ん中からポッキリ折れている。

 

折れた先はランプの中に転がっており、肝心要の【愚者の燈(イグニス・ファトス)】は完全に消え去っている。

 

勝利の糸口がせっかく見つかった矢先、それはすぐさま閉じられた。

 

これまで寄る辺にしていたものが消失し、冷え切ったランプを握りしめて硬直するウィル。

 

それとは対照的に、これまで動かざること山の如しだったデーモンに遂に動きが。

 

生贄たちが抵抗しまくるのでさすがに策を変えたのか、

 

 

 

「ギュウウァァアアアアアアアアアアアアアアアアォオオオオオッツ!!!!!!」

 

 

 

腹を底から揺さぶるような野太い雄叫びを一声上げたのち、際限なく伸ばし続けていた触腕を引っ込める。

 

デーモンはゆっくりそのガイコツの口を開き、牙の隙間から青い炎を漏れださせる。

 

すると、ぬかるんだ泥沼の至る所がブクブク、グツグツと煮たぎってきて次のコマでは、極太のマグマの様な火柱が土泥を押しのけて天高く噴き上がる。

 

あっちこっちから噴き出る火柱マグマにウィルは、「うわっつ」腰を抜かし、アルベルトはとっさに守りの魔法を唱え、姫はするりするりと器用に回避していく。

 

が、火柱は根元からぐんにゃり折れ曲がり、うねうねのたうって、

 

「ええっ! あたし!? こっちこないでよ!」

 

星空を飛び回る姫をしつこく追い立てる。

 

次いで火柱は王様の付近でも湧き出て、蛇の鎌首のように先端をもたげて、生贄たる王様を見据える。

 

炎の大蛇が近づくにつれてアルベルトの守りの魔法がチリチリと燃え落ちる。

 

大蛇が姫と王様、二人を呑み込もうとその大口を開く。

 

王様も姫も炎に包まれかけて、目をつむり、歯を食いしばって覚悟を決める。

 

腰を抜かしていたウィルはそれを目の当たりにして咄嗟に、()()()()()()うねる炎の首根っこを掴んで引き戻す様な動作をとる。

 

すると驚くべきかな、炎の噴流はピタリと動きを止めてしまった。

 

ウインディはようやっとデーモンが本気を出したと思って邪魔をせず、吹き出るマグマを見てこの力が手に入るとワクワクしていたが、ウィルの所業を見て唖然。

 

そしてそれをやってのけたウィルも唖然としていた。

 

それからウィルは両腕で一本ずつ持ってる炎の濁流をクネクネ上下させたりして、それを自分がコントロールできることの手応えを感じ取る。

 

そして、

 

「あっ、なるほどっ!」

 

と合点がいったように手を打ち付ける。

 

それに合わせて噴流同士がぶつかりあう。

 

それで飛び散った火の粉を払いのけて、副団長が

 

「危ないわっ」

 

と怒る。

 

ウィルは魔法こそ使えないが、火を操る事は血筋柄できたりする。

 

それも地獄の炎ともなれば、コンロの火よりも親しみ深い。

 

なんならコンロの火力調整をミスって、料理を焦がす。

 

「よおし! そうとなれば話は早いっ、この火を利用してウインディから石炭を奪い返すぞっ!」

 

ロウソクが折れてしまった以上、『愚者の燈(イグニス・ファトス)』はウインディにとられた分しかない。

 

ウィルは手の中で炎をこねくり回して「(サソリ)」の形にしてデーモンに襲い掛からせる。

 

自分(デーモン)と同じくらいの背丈のサソリが三匹、燃え盛るハサミや毒針尻尾を振り上げて群がってくる。

 

たまらずデーモンは火蠍に()()かられる。

 

「次次ィッ!」

 

ウィルは歌うように言って、炎の柱の中から何かを引き上げるようにして、

 

愚者の燈(イグニス・ファトス)が、冥府の門を開く。傀儡共よ、いざ参れ。諸々はすでに抜けさったッ!』

 

と呪文を唱える。

 

すると炎の中に魔方陣と門が出現、その中からなんと身体は人間、頭が家具で出来た異形の者がゾロゾロ現れる。

 

次いでカボチャ頭が数匹。

 

「よぉしっ、上手くいったぞっ」

 

これまで「辺獄の門」は「愚者の燈」でしか開いたことがなかったが、近縁の「地獄の炎」ならもしやと思ってやってみたら、これがドンピシャ。

 

上手いこと門は開き、ファフロツキーズの中の家具アタマ達を呼び出すことに成功した。

 

ウィルは飛び跳ねて喜ぶ。

 

姫もまた久しぶりの顔ぶれに喜んでいた。

 

しかし異形の存在に免疫のない王様やアルベルト、ウインディなどは奇妙な生き物が現れて驚いていたが、家具アタマたちだって驚いていた。

 

なぜ非戦闘員の我々が、こんな戦場のど真ん中に呼びつけられるのか?

 

訳が分からないといった風に、困惑する家具アタマたちにウィルは、

 

「ここが正念場だっ、手札もほとんど残っておらん出し惜しみもできんっ。背に腹は代えられんっ、総力戦じゃッ! お前たちっ、バカ弟子から石炭を奪い返すのだッツ!」

 

と偉そうに命令を下す。

 

「コイツ正気か?」

 

と家具アタマはお互いの顔を見合わすが、主人の命令とあれば仕方がない……と納得する。

 

ガタイのいいクローゼット野郎を先頭に、みんなでスクラムを組んで、自分達を睨みつけているおさげの少女に向かって突撃を開始する。

 

「インテリアまで私の前に立ちはだかるというのかッツ!!」

 

カチキレたウインディは、再び森の木々を引き抜いて炎をまとわせ、家具アタマ達に撃って投げつけてくる。

 

家具アタマたちは何の魔法も使えないし、騎士(ナイト)の様な戦闘技能も無い。

 

尻尾を撒いて逃げるか、回避行動を取ろうか逡巡している時、

 

「まっすぐ進めっ!」

 

と空からウィルの声が。

 

ウィルはいつの間にやら姫の風サーフィンのうしろに乗っかり、星空を駆け回っていた。

 

姫の風サーフィンが山火事ミサイルとすれ違い、その暴風によってミサイルの威力が削がれて、火も消し止められる、そこへウィルが間髪入れず『彷徨う子宮(インヴィディア)』を叩き込んでミサイルを撃ち落とす。

 

そうして、

 

「援護は任せろぉ~」

 

と他人事のように言って飛び去る。

 

 家具アタマたちはため息をつきながらも、ミサイルを撃ち尽くした今がチャンスと、一気に距離を詰める。

 

そして、

 

「攻撃開始!」

 

とばかりにふいご頭がウインディに向かって(ちり)を吹き付け、照明アタマが目くらましを食らわせる。

 

「ああもおっ! 雑兵の分際(ブンザイ)でっ!」

 

ホウキの上で目をこするウインディは、ランタンの火を槍や剣に(かたど)らせて家具アタマたちに撃ち出す。

 

「おおっとっとっと!」

 

瞬時に姫とウィルが横切って炎の武器をかき消すが、利口なウインディはそれぞれの発射タイミングを遅らせ、その甲斐あってウィルと姫は最後尾の槍を一本消し漏らす。

 

ただの槍一本でも家具アタマたちにとっては致命傷。

 

あわや直撃かと盾にされているクローゼット野郎が顔を覆ったが、

 

「私に任せろっ」

 

とばかりにクローゼットの上にコック帽アタマが飛び乗り、巨大な中華鍋を構えて撃ち込まれた槍を見事はじき返す。

 

それの後を追うようにしてカボチャ頭が洗濯板アタマをてこにしてウインディに向かって飛び掛かる。

 

ホウキのしっぽにしがみつき、ウインディにまとわりつき、使い魔の猫と格闘するカボチャ頭たち。

 

「なああっ、もう邪魔っ!」

 

帽子の上に登ってこようとするカボチャ頭を振りほどこうとするウインディ。

 

ウインディがカボチャ頭たちに気を取られている隙に距離を詰める家具アタマたち。

 

組体操のように肩車をして段を作り、頂上に立つ目録アタマがウインディの持つランタンに手を伸ばす。

 

しかしウインディはそれを見下ろし、

 

「おふざけはお終いよ」

 

冷たく言い放ち、カボチャ頭を掴んで紙切れの様に引き裂く。

 

次いでランタンの中の石炭を奮い立たせ、純粋な「愚者の燈(イグニス・ファトス)」の火球を灯して家具アタマたちに向かって放つ。

 

姫とウィルが助太刀しようと、一足飛びに速力を上げるが、

 

「オマエたち鬱陶しいのっ!」

 

とウインディは引き千切ったカボチャ頭の「カボチャ頭」を弾丸のようにウィルらに向かって撃ち放つ。

 

「うがッぁっ」

 

正面に立つ姫が頭を下げて回避したことで、背後のウィルの顔面に直撃。

 

鼻血を噴いて白目を剥いて落下するウィル。

 

「ああっウィル爺っ!」

 

姫は急いで風サーフィンを急旋回させて、ウィルの回収に向かう。

 

ウィルらの救出が間に合わず、家具アタマたちは無念にも炎に包まれる。

 

蒼炎の中で異形の影がゆらゆらと揺れ動く。

 

ウインディはそれを見下ろしながら、

 

「はんっ、誰にもわたしの邪魔はさせないわ」

 

ホウキの尻尾を振って、かろうじて引っかかっていた目録アタマの手を振り払う。

 

しかしその手はしぶとくホウキの柄を握りこみ、一向に離れる気配を見せない。

 

ウインディは力任せにホウキをブンブン振ってその黒炭(くろずみ)の手を引き離そうとしたが、直後、空飛ぶホウキが下方に力強く引っ張られギョっとする。

 

見ればウインディの足元では燃え盛る炎に包まれながらも、その中で家具アタマたちは尚も立ち上がり、『蜘蛛の糸』さながらお互いに寄り縋って、ウインディに向かって崩れ落ちる手を伸ばしている。

 

勝負はビビった方が負け。

 

その執念おぞましい姿にウインディは、

 

「ヒィっ」

 

と一瞬でも怖気づく。

 

その一瞬の隙をついて、ウインディの手に未だ掴まれていた、引き裂かれ途中のカボチャ頭が裂けた手でウインディから【デヴォルの石炭】が入ったランタンをもぎとって奪い取る。

 

すぐさまそれを、落下の途中、姫にローブの裾を掴まれて真っ逆さまになったウィルに投げ渡す。

 

ウィルはそれをパッと受け取って、

 

「でかしたっ!」

 

と使用人たちを褒めたたえる。

 

その言葉を聞いた家具アタマやカボチャ頭たちは、僅かに微笑み、静かに燃え落ちる。

 

 

ウィルはそれを見届け、街灯長杖の先に【デヴォルの石炭】の入ったカンテラを取り付け、姫の風サーフィンから、ウインディの正面にスタッと降り立つ。

 

心底不愉快そうな顔をするウインディ。

 

その背後では足止めをしていた火蠍をようやく退けたデーモンが、態勢を立て直し、自分たちに立ちはだかる魔法使いを見据える。

 

ウインディとデーモンを眼前に据え、ウィルは芝居がかった様子でローブの裾をバサァーッ! と大仰にはためかせ、長杖の枝分かれした先端をウインディとデーモン向かってに突きつけて、帽子のつばを指で掴んで目深に被る。

 

そして、

 

 

 

「宮廷魔術師、送火の魔法使い、【ウイリアム・ウィルオウザウィスプ】。推して参るッ」

 

 

 

とかっこよく見得をきり、

 

「よっ、待ってましたっ送り火屋っ!」

 

その背後を姫が飛び去り様に、大向こう(掛け声)を投げかける。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ウインディは奥歯を噛み砕かんばかりに歯をギリギリと噛み締めてウィルを睨みつける。

 

「偽物の癖にっ! ただ石炭の力に頼っているだけのインチキジジイめッ! そんな奴にわたしの野望は阻まれないっ! わたしの苦痛は押し負けないッツ!」

 

直後空高くホウキで飛び上がり、懐から出した力の秘薬の瓶をグッと一飲み。

 

さながら重量挙げのように両腕に力を込めて、周囲の森の木々を何十本も根こそぎ引き抜く。

 

木の根に絡んだ土砂も一緒に巻き上げられ、ウインディによって大地が空に持ち上げられたようだった。

 

その凄まじい力を見て、同じ魔法使いの姫も、筆頭魔導士官のアルベルトでさえ、目を剥いて開いた口が塞がらないでいた。

 

湿地帯の泥水を滴らせる樹木を空一杯に展開し、

 

「逝ねジジイッ!」

 

その全てをウィルに向かって撃ち放つウインディ。

 

空襲さながら無数の根こそぎ樹木ミサイルがウィルを襲う。

 

またしてもウィル絶体絶命。

 

これだけの質量があるものは姫の突風でもなんともできない。

 

「ウィル爺ッ!」

 

ミサイルが直撃寸前。

 

それでも大見得の態勢のまま微動だにしないウィルを見て姫はたまらず声を上げる。

 

「もうダメっ」

 

ウィルが押しつぶされる瞬間を見たくないと目をつむる姫。

 

アルベルト、副団長、王様も思わず顔を背ける。

 

その直後、大量の樹木がぶつかり合う、

 

『ズガガガガガッツ!!!!』

 

という音が湿地帯内に響き渡る、かと思われた。

 

が、辺りは一切の静寂。蛙飛び込む沼の音さえ聞こえてくる。

 

そしてウィルは全くの無傷。

 

未だに大見得のポーズを取っている。

 

それだけでなく、撃ち込まれたはずの大量の根こそぎ樹木ミサイルも一切見当たらない。

 

撃ち落とすにしても、打ち返すにしてもそういった反撃の痕跡は一切ない。

 

訳が分からないといった様子の姫たち。

 

そこへ、

 

『ギィーバッタン』

 

という門が閉じられる音がして、ウィルの長杖に向かって蒼く燃える炎の超大型魔方陣がシュンっと収束される。

 

次いで、強力な魔法を使って息も絶え絶えのウインディが地上に降りてくる。

 

「……ハァ……ハァ……、インチキジジイがァ…………」

 

肩で息をするウインディ。鼻血が一筋。

 

「すごいよウィル爺っつ! 一体どんな魔法を使ったの!?」

 

満身創痍のウインディに向かってドヤ顔を向けるウィルへ、姫が飛びついてきて御業(みわざ)の解説を求める。

 

「やめろ、引っ付くなっ! 陛下が見てる! 首が飛ぶ!」

 

王様の虚無的な視線を受けて、ミサイルよりも命の危険を感じるウィル。

 

姫の取り付いた腕をブンブン振りながら、

 

「辺獄の門を開いて、全部あっちに送っただけだっ! 大したことはしておらん!」

 

種明かしをするウィル。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

一方の辺獄では、

 

「あんれまー、空から森っこが落ちてきたべェー」

「まあたヴィルマんとこのウイリーが現世で暴れとんだべなぁ」

「んでも、こんだけ木があれば族長の言ってたふりゅーふぉーげるが作れるんでねえのか?」

「んだんだ新しいあとらくしょんさ、こさえるだぁ」

 

と、資材が手に入って喜んでいた。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

空を飛ぶ力も残っていないウインディは、

 

「悪魔よ……、早く……、早くアイツらを……」

 

ホウキを杖にして寄りすがり、鼻血をぬぐって契約遂行を急かす。

 

デーモンは頷くでもなく、へとへとのウインディに視線を送り、続いて正面に立ちはだかるウィルらに視線を移す。

 

デーモンは黒い息を吐きながらガイコツの口をゆっくりと開く。

 

喉から漏れ出る黒煙に火花が混ざり始め、煙が炎に変わった途端デーモンの口から沼から噴き出ていたマグマの様な炎の噴流が吐き付けられる。

 

デーモンの口という発射口によって収束された炎は一瞬でウィルとそれにひっつく姫の元まで届く。

 

両者危うしっ! 

 

しかし今度も避けようとしないウィル。

 

姫をローブ越しに抱き寄せて庇い、長杖を泥沼から何かを引っ張り上げるようにして振り上げる。

 

「出でよ【 億万の軍勢(ミリオン・レギオン) 】」

 

デーモンの業火を阻むようにして湿地帯の地面が盛り上がり巨大な壁となる。

 

炎は土泥の壁に阻まれてウィルと姫には届かない。

 

さらには、盛り上がった粘土質の泥塊からはみるみる手足が生えて、5体の【粘土ゴーレム】に生まれ変わる。

 

彼らは城壁の如くウィルとデーモンの間に立ち塞がり、その業火を一身に浴びて、体表面がみるみる固まり鎧のようになっていく。

 

羽化した虫が身体を固めるように、炎にあぶられて硬化した粘土ゴーレムたちは次々に沼を駆けデーモンに殴りかかっていく。

 

屈強な粘土ゴーレムによってタコ殴りにされるデーモン。

 

デーモンは粘土ゴーレムと格闘を始める。

 

 

続いて、ウィルは被っていたトンガリ帽子を頭から取り、奇術師(マジシャン)のようにひっくり返して、長杖を器用に動かし帽子のふちをポンと叩く。

 

すると帽子の中から緑の葉を付けたツルがうねうねとあふれ出し、オレンジの丸いカボチャがわらわら実っていく。

 

カボチャは実ったそばから手足が生え、何百体ものカボチャ頭の軍団となり隊列を組む。

 

ウィルの口笛を合図に粘土ゴーレム同様、デーモンに向かって突撃して行く。

 

頭に残ったツルを鞭のようにしならせ、デーモンに取り付いてそれでぶっ叩く。

 

 

姫はウィルが次々と生み出す多彩で無際限の使い魔たちに目をらんらん輝かせ、頭のアンテナをとんがらせている。

 

 

さらにウィルは、ウインディの森林破壊によって丸裸にされた森に向かい、残された墓石を長杖の石突(いしづき)で次々『コンコンコンっ』とノックしていく。

 

すると墓石の下の土が盛り上がって墓石を押しのけ、白骨の死体たちが土を掘り返して蘇る。

 

ガイコツ達は揃って錆び錆びの甲冑や刀剣を装備し、よろぉりゆらぁりと寄り集まっていく。

 

そうしてウィルがデーモンに向かって長杖を突きつけると同時「行進(マーチ)ッ!」、デーモンに向かってガチャガチャコツコツ骨と鎧を鳴らして、デーモンに斬りかかっていく。

 

 

ウィルは年の割には俊敏に沼地を動き回り、バトントワリングの様に長杖をくるくる投げて回して上機嫌。

 

取り返した【デヴォルの石炭】の力にものを言わて、無尽蔵に『疑似的な霊魂(インスタント・ソウル)』を生み出しながら、泥沼の粘土に、帽子の中のカボチャの種に、墓の下のガイコツたちに分け与えまくる。

 

そうして、

 

 

   『今こそ彼の問いかけに答えようっ

 

    我らはレギオン

 

    名はレギオン

 

    そう、大群であるが故に

 

    億万の軍勢(ミリオン・レギオン)ッツ!!』

 

 

ウィルは傀儡魔法の奥義『億万の軍勢(ミリオン・レギオン)』の呪文を高らかに謳いあげる。

 

獲物に群がる蟻のようなレギオンによって、デーモンは埋め尽くされている。

 

ゴーレムを一匹殴り飛ばしても、次の瞬間には別のゴーレムのレンガの様な拳が炸裂し、足元ではカボチャ頭たちがデーモンに噛みついたり、羽毛をむしったりしている。

 

骸骨騎士はバラバラに砕いても、すぐにパズルのように寄り集まって、斬りかかってくる。

 

姫はその圧倒的な様を見て、

 

「やっちゃえっ! やっちゃえっ!」

 

とその場でこぶしを突き出して喜んでいる。

 

さらに、泥沼の中から、灰が寄り集まって家具アタマ達も息を吹き返し、

 

「ああーっ、死ぬかと思ったぁッ!」

 

と起き上がっている。

 

副団長と王様たちはウィルの猛撃に唖然としている。

 

特にアルベルトはそのでたらめな魔法に目をむいて驚いている。

 

デーモンが苦戦している様を見て、ウインディは眉間に皺を寄せ、唇を歪めて犬歯を覗かせる。

 

ウィルの軍団がデーモンを蹂躙している間に、ある程度息を整えていたが、まだ強い魔法が使える程ではない。

 

誰かの心象領域、結界の中では世界は目に見えて不平等になる。

 

世界の全部は領域の持ち主の都合のいいように構成され、別の誰かにとってなくてはならない物がなかったりする。

 

アルベルトの例が顕著。

 

故に、ウインディにとっても力の回復が遅く、これまでのようなふるまいはできなかった。

 

ウインディは抱きかかえた黒猫の頭を人撫でし、

 

「【トロイ・メライ】、石炭を奪い返してっ!」

 

ウィルを指さして指示を言い渡す。

 

ウインディもさっきまでのウィル同様、最早手札がない。

 

命令された使い魔の黒猫は、ウインディの腕の中からぴょんっと飛び降り、ぶるぶると体を振って、瞬時に何倍も身体を巨大化させる。

 

その上、もうワンセット足が生えて来て、額に三つめの眼が開き、尻尾が分かれて二股に増える。

 

黒猫は、デーモンよりゴーレムより巨大な『化け猫』へと姿を変えた。黒猫(トロイ・メライ)は膨らませた尻尾を尻ごと持ち上げ、牙を剥き出しにしてウィルに襲いかかる。

 

未だレギオンを増産し続けていたウィルは、毛を逆立てて飛び掛かてきたにゃんこを見て、ニヤリと笑い、闘牛士さながら「オォーレェッ!」とローブをひるがえす。

 

黒猫ははためくマント(の中のキノコ柄の扉)にすっぽり吸い込まれ、嘘みたいに姿を消す。

 

そしてウィルは自分の頭の上の帽子をゆっくりと持ち上げると、ウィルの頭の上には籠に入れられて、元の大きさに戻った黒猫の姿が。

 

使い魔の猫は主に向かって申し訳なさそうに「にゃーん」となく。

 

ウィルはそれを姫へと手渡し、ウインディは自身の虎の子が敗れ去った事で、恨みがましい眼で二人を睨みつける。

 

その時、

 

 

「ギュウウァァアアアアアアアアアアアアアアアアォオオオオオッツ!!!!!!」

 

 

召喚されて以降延々とされるがままにリンチされていたデーモンは、もうさすがに堪忍袋の緒が切れたのか、がむしゃらに両腕を振り回し、レギオン達を払いのけ始める。

 

巨人ゴーレム由来の巨椀を身体に不釣り合いなほど肥大化させ、さながら全身の筋肉を腕に一点集中して集めたような貯水タンクのような剛腕を振りかざす。

 

そのはちきれんばかりの筋肉を詰めた腕で、粘土ゴーレムを引き裂き、カボチャ頭を叩き割り、ガイコツ騎士をすり潰す。

 

これまでののっそりとした動きとはうって変わって、その風貌にふさわしい獣の如き俊敏さで、ウィルに向かって殴りかかる。

 

その(コブシ)は、巨人ゴーレムのそれはおろか、ウインディの時計塔ガレキ弾をも余裕でしのぐパワーをほこっていた。

 

ウィルはまたしても辺獄の門を開いて攻撃を受け流すのかと思いきや、長杖を地面に差して両手を自由にする。

 

それから足元で産まれたばかりのカボチャ頭を掴んで持ち上げ、【三觭龍を模した腕輪】へと変化させ、それを手首から肩口まで何個も作ってはめ込む。

 

そうして腰を落とし、腕輪をはめた右腕を引き絞って、デーモンのコブシを迎え撃つ姿勢をとる。

 

戦闘のプロである副団長は、ヒョロガリのウィルの自殺行為を見て、

 

「無茶だっ!」

 

と叫んで、自らサーベルを取って助太刀に発とうとするが時すでに遅し。

 

デーモンの拳は副団長よりも圧倒的に早い。

 

凶悪な拳を振りかざすデーモン。

 

「セイィッ、ヤァッ!」

 

ウィルはデーモンの拳にパンチを返し、それを易々と受け止める。

 

拮抗する拳と拳。

 

いや、ウィルの拳がわずかにデーモンの拳を押し返している。

 

デーモンは押し返されそうになる腕にギリギリと力を込め、ウィルを殴りつぶそうとするが、まるで拳が動かない。

 

ウィルはニヤリと口角を上げ、あいた左腕で腰から、先端に大きな琥珀を掴んだ中杖(ロッド)を引き抜く。

 

それをチアリーディングのバトンのようにくるくると回し、先端の琥珀からとろぉーりとオレンジ色の水飴のような液体を滴らせる。

 

それを杖をくゆらせて上手に集め、後ろ手に大きく振りかぶったところで、地面に突き立てた長杖の先端のランタンから青い炎が溢れ出て、『彷徨う子宮』にまとわりつく。

 

ウィルはそれを勢いよく、

 

「ドォラァッ!」

 

デーモンの横顔に向かって叩きつける。

 

顔面にべったりオレンジの水飴がへばりつき、蒼い火花が散走(ちばし)ったかと思うと瞬時に大爆発。

 

デーモンを盛大に吹っ飛ばす。

 

これで『彷徨う子宮(インヴィディア)』は打ち止め。

 

デーモンに叩きつけたことで中杖がぽっきり折れてしまった。

 

吹っ飛ばしたところで、ウィルがはめていた腕輪がボロボロと崩れ、塵となって消えていく。

 

ウィルはその塵を払いながら、

 

「やっぱり急造品はモロいなぁ。それとも負荷が大きすぎたのか……どっちだと思う?」

 

ブツブツ一人思案し、そばに居た姫に意見を求める。

 

姫は頬に手を当て、

 

「うーん、どっちもじゃない?」

 

と答える。

 

吹き飛ばされたデーモンは顔周りから橙煙を噴き上げながらも尚、立ち上がる。

 

そのガイコツ(ヅラ)には焦げ跡こそついていたが、砕け散る事はおろか、ひび割れさえ走っていなかった。

 

「存外に硬いなぁ」

 

ウィルはそれを見て楽しそうに笑い、腰のベルトから水晶塊を取り出して、長杖を引き抜いて水晶と長杖を身体の前で交差させる。

 

水晶塊は、『バチバチッ』短く放電した後、『ピカッ!』と一際明るく発光し『バァリバリバリバリバリバリバリバリッッッツ!!!!』無数に枝分かれした極太(ごくぶと)の稲妻がデーモンに噛みつきにかかる。

 

しかもそれは従来の綺麗な青色ではなく、赤黒い凶悪な雷。

 

さすがのデーモンも羽毛を飛び散らせて、体表面に樹上の焦げ跡(リヒテンベルク図形)を刻みつけられる。

 

全身からバチッバチッと黒い稲妻を(ほとばし)らせながら、ヨロヨロ起き上がろうとする。

 

ウィルはデーモンが弱っているのを見逃さなかった。

 

砕けた水晶塊を投げ捨て、間髪入れず、長杖から炎を噴き上がらせ、

 

「【ファフロツキーズ】ッツ!!」

 

デーモンの足元に特大の門を開き、愛しの我が家(ホーム・スイート・ホーム)を召喚する。

 

デーモンは足元から飛び出してきた石の魚に突き上げられて、星空高くに打ち上げられる。

 

「ハァーッハッハッハッハハッハッハッハッハッ、イィーっひっひっひっひッツ!!」

 

ウィルは狂ったように高笑いしながら、長杖をくるくる回して魚の玄関扉を出現させ、ファフロツキーズのコックピットへ入っていく。

 

それを見て姫も、

 

「あたしもっ!」

 

と急いでウィルの後を追って扉の中へ駆け込んで行く。

 

その後を家具アタマたちがついて行く。

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

王様や副団長、アルベルトやウインディが見上げる夜空では、まるで魚が獲物をむさぼるように、成す術の無いデーモンをファフロツキーズが蹂躙していた。

 

デーモンは持ち前のコウモリのような翼を広げて、必死に態勢を立て直そうとしていたが、全くもってその猶予を与えられない。

 

天高くに打ち上げられて、その落下の最中(さなか)、右から左から休む間も無くファフロツキーズの巨体に体当たりを仕掛けられる。

 

古生代の怪魚(ダンクルオステウス)のような頑強な頭が何度何度もぶち当たり、翼に取り付けられたプロペラで切り刻まれ、骨ばった尾鰭で弾かれる。

 

そうしていよいよ地面が近づいてくると、ファフロツキーズにかぶりつかれて再び三日月の御許(みもと)まで連れて行かれる。

 

そして身動きできない自由落下の最中、一方的に攻撃される。以下これ繰り返し。

 

ファフロツキーズはいいようにデーモンを手玉にとりながら、

 

「ハーッハッハッハッハッ! 一八〇度艦反転ッ! ヨーソローッ!」

 

ウィルは操縦席に座って、舵輪をぐるぐる回して大はしゃぎ。

 

姫もその隣で、

 

「アイアイキャプテンッ!」

 

ウィルの指示に従ってノリノリでレバーをあげたりさげたりしている。

 

ファフロツキーズは、とても石でできた遥か(いにしえ)の遺跡とは思えないほどのしなやかな動きで、本物の生きた魚のようにデーモンを襲う。

 

満点の星空と三日月を背景に、巨大魚が哀れな悪魔を楽し気に貪り食う。

 

しばらくウィルらの猛攻が続いた所で、ウィルはぴたりと舵輪を止め、

 

「よおぅしっ! そろそろトドメとしゃれ込むぞっ!」

 

と姫に呼びかけ、

 

「みなごろしじゃいっ!」

 

姫もせわしなくレバーを動かしながらギアチェンジさせてウィルに応える。

 

ファフロツキーズはまだ地面まで距離があるにも関わらず、デーモンにかぶりつき、犬がおもちゃをくわえて振り回すように頭をブンブン左右に激しく振って、その勢いのまま地面に向かって投げつける。

 

泥水を撒き散らして、ぬかるんだ地面に深くめり込むデーモン。

 

ファフロツキーズは空中で静止し、デーモンに向かって、硬石で覆われたその口を開く。

 

舌の上には長杖を弓の様に構えたウィルの姿が。

 

ウィルは「ニタアァァ」と頬を歪ませる。

 

片手で長杖を構え、結び付けた旗幟を弦に見立てて、矢を引き絞るようなモーションを取る。

 

 

   『輝かりしはその御名よ

 

    天陽の化身 恩寵を広める者 雷の子

 

    詩と美と救いの使徒を崇め奉れ』

 

 

角燈から青い炎が噴き上がり、弦たる旗幟にまとわりついて行く。

 

次いでウィルの指からはまっすぐ青い炎の矢がつがえられ、ビシっとデーモンに向けられる。

 

ウィルの首に繋げられた淡い緑色の管(ケーブル)も、ドクンドクン波打って超常の力を送り込む。

 

アルベルトは遠視の魔法がかけられたメガネ越しに非常に、既視感のある呪文と弓を見て、冷や汗が止まらない。

 

 

   『私は生まれてすぐに、母を傷つけた地母神(ピュートン)をディロスの島で射殺(いころ)した

 

    私たち姉弟を卑しんだニオベには、その子共十四人を皆殺しにする事で罰とした

 

    私の敬虔なる仕者を捕らえた、愚鈍なアカイアの軍勢をこの矢一本で殲滅した』

 

 

ファフロツキーズの開いた口の中から何重にも魔方陣が展開されていき、その中央には蛇の絡まる太陽を模した紋章が浮かび上がる。

 

アルベルトは「うそうそうそうそっ!」と頭を抱えたり、顔を手で覆ったりして現実から目を背けている。

 

 

   『黄金の弓矢は男を殺し、白銀の弓矢は女を殺す

 

    その矢は病魔を振りまき その矢は治癒を振りまく

 

    この矢は制裁の矢、死に逝く光』

 

 

ウィルは、

 

「アルベルトッ、ビィィームッ!」

 

と必殺技の名前を叫んで、炎の矢を撃ち放つ。

 

「そんな名前じゃないっ!」

 

というアルベルトのツッコミも意に返さず、極太の【  破  壊  光  線(レーザービーム)  】が泥沼に沈むデーモンに撃ち込まれる。

 

アルベルトは、

 

「ああああーッツ!!!! 僕の魔法がぁぁぁッ!! 一子相伝の秘術なのにぃッ!!」

 

と叫んでいる。

 

夜空に巣食う翼魚が吐き出した光の筋は、沼地を深々と突き刺さし、(えぐ)りこみ、悪魔を封焼き尽くす。

 

そうして、ひとしきりアルベルトビームを撃ち終わり、ファフロツキーズを夜空に残して、姫とウィルが地上に帰ってくる。

 

沼地深くに埋め込まれたデーモンは完全に沈黙。

 

爆心地のような深い穴からは、絶えることなく煙がたちこめている。

 

王様は戦いの決着を見て、立ち上がり、ウィルを褒め称えようと近寄ってくる。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

王様はウィルの手を取って賞賛し、副団長も不服ながらウィルを認めるような目を向け、姫は飛び跳ねてウィルの勝利を喜び、アルベルトはウィルに飛び掛からん勢いで騒いでいる。

 

すっかり天狗になったウィルは、高笑いをしている。

 

打って変わって独り取り残されるウインディ。

 

服が汚れるのも気にせずに、泥沼にペタリと座り込んで唇をわなわなと震わせ、デーモンの埋まる穴ぼこを見つめている。

 

そんなウインディに気付いた姫は、黒猫を籠から解放し、すっかり意気消沈するウインディに歩み寄っていく。

 

 

 

が、その時。

 

 

 

突如として地面が、

 

『ゴゴゴゴゴゴゴッ!』

 

激しく揺れ動き、ウィルら全員がよろめきだす。

 

それから背後に嫌な気配を感じて、一同デーモンの埋まる奈落の方向を見る。

 

すると案の定、羽毛が焼け焦げてより醜悪さを増したデーモンの腕が、白煙をかき分けて這い出て来ていた。

 

「うっそぉ……」

 

あきれ顔にウィルに対し、ウインディは涙をぬぐって喜色満面。

 

地表に上り詰めたデーモンは、四つん這いになって前足を地面に深く埋め込んで固定し、ノータイムで、これまでとは桁違いの地獄の業火をウィルらに向かって吐きつけてくる。

 

「危ないっ!」

 

ウィルは即座に粘土ゴーレムを生み出してこれを防御。

 

王様は今度は機会を逃がすまいと嫌がる姫の腕を掴んで、アルベルトと副団長を伴って、さらに後方へ離脱。

 

本気を出したデーモンの火力は凄まじく、粘土ゴーレムはすぐに焼き上がって、表面が赤白く焼け付き、全身がひび割れ始める。

 

ウィルは粘土ゴーレムを重ね合わせて、地獄の業火を防いでいるが、足元にある土泥の量にも限りがある。

 

全てを焼き上げられては、再びゴーレムは作れない。

 

しかしデーモンも白骨頭がゴーレム同様熱を帯びて、赤白く変色し始める。

 

我慢比べ開戦かと思いきや、デーモンの方が先に

 

「バクンッ!」

 

と口を閉じて業火を断ち切り、腕を泥から引っこ抜いて即座に肉弾戦に持ち込んでくる。

 

粘土ゴーレムを殴り飛ばし、ウィルの元まで一直線。

 

今度は腕輪を作る時間も無く、

 

──それを見た姫がせめてもと思い、

 

「グラちゃん行ってっ!」

 

白ミミズクをウィルに(つか)わせる──

 

ウィルは白ミミズクの起こす風をまとって逃げの一手を強いられる。

 

デーモンの繰り出す猛攻にウィルは魔法を使う隙がない。

 

ウィルの足跡がついたばかりのぬかるみに、次の瞬間にはデーモンの巨大な握りこぶしの跡が上書きされていく。

 

地面を蹴ってエビのように、後ろ向きに飛び回るウィル。

 

ウィルはこのままでは埒が明かないと、こぶしが降り注ぐぎりぎりまで地面を踏みしめ、一気に跳躍。

 

殴りかかるデーモンを飛び越え、拳と入れ違いになる形でその背後へと降り立つ。

 

デーモンが振り向くよりも早く、大地に魔法をかけ再び粘土ゴーレムを複数生成。

 

即座に振り返ったデーモンがゴーレムと取っ組み合いを始める。

 

しかし生まれたばかりの粘土ゴーレムはやわやわふにゃふにゃなのですぐに打倒されてしまう。

 

しかし僅かでも時間稼ぎができれば、それで(おん)の字。

 

ウィルはデーモンの真横に門を開いてファフロツキーズを召喚。

 

猛スピードで現れたファフロツキーズはさながら特急列車。

 

時速何百キロでデーモンを跳ね飛ばそうとする。

 

が、なんという馬鹿力であることか、デーモンはその怪力をもってしてファフロツキーズを受け止めてしまう。

 

ファフロツキーズは、未だ門から全身を出せずに頭だけが飛び出している。

 

空を見上げれば、残ったファフロツキーズの半身が門からはみ出ているのが見える。

 

かつて、フィヨルドを舞台にアルベルト部隊との逃亡劇を演じた時並みにエンジンを全開、最大戦速で体当たりをしているのに、にもかかわらず、デーモンはファフロツキーズを徐々に押し返しつつある。

 

驚きを隠せないウィルだったが、頭を振って次の策をひねり出す。

 

そして即座に【億万の軍勢(ミリオン・レギオン)】を召喚。

 

ファフロツキーズと押し問答を繰り広げるデーモンに対峙させるが、焼け石に水。

 

デーモンは最早、意にも返さない。

 

「うんぐぬぬぬ……、ならばこうだっ!」

 

ウィルはファフロツキーズを引っ込めて、長杖を横なぎに振って門を閉じる。

 

寄る辺を失ったデーモンは勢いのまま前にどしんと倒れる。

 

間髪入れずウィルは街灯長杖を地面に突き立て、

 

「これでも喰らえッツ!」

 

倒れ伏すデーモンの真下に辺獄の門を開き、その中からありったけの【愚者の燈(イグニス・ファトス)】を浴びせかける。

 

地獄の炎が効かないのであれば、そこからさらに等級が上がるか異なるかする(詳しくはウィルは知らない)純粋な魔の力を宿す炎ならもしかしたら効果があるかもしれない。

 

どの道、魔導具のストックは無くなってしまった。

 

ウィルは神妙な面持ちで、噴き上がる蒼い炎を見つめる。

 

するとそこへ、

 

「ウィル爺っ!」

 

アルベルトに抱えられて避難していたはずの姫が駆け寄ってくる。

 

避難している最中、姫はアルベルトの腕の中で散々暴れ、靴に着いた泥がアルベルトの顔に飛び立ったことでこれ脱出。

 

悶えるアルベルトや「戻ってこぉーいッツ」と叫ぶ王様や副団長を取り残してウィルの隣へ舞い戻る。

 

姫は蒼い炎の中でうずくまるデーモンを見て、

 

「グラちゃんっ!」

 

追い打ちをかけるように白ミミズクにサイクロンを起こさせる。

 

サイクロンは噴き上がる『愚者の燈』を呑み込み、燃え盛る竜巻へ。

 

新鮮な空気を取り込んで『愚者の燈』はぐんぐん火力を上げる。

 

その上、姫の使い魔の白ミミズク『グラウコービス』はかなり上等な使い魔に分類されているので、それが巻き起こしたサイクロンもかなり上質な魔の力を含んでいる。

 

故に【愚者の燈:サイクロン】は、それも相まってより一層力を強めるていく。

 

デーモンは渦巻く蒼火のなかで、耐え忍ぶかのようにうずくまっている。

 

そしてその体表面はチリチリと焼け上がり、確実にダメージが入っているのが見てとれる。

 

さすがのデーモンも度重なる猛攻に疲労困憊していると見え、ついにまともに攻撃が入り始めた。

 

勝利は目前。

 

ウィルと姫は力を合わせ、さらに火力を上げていく。

 

だがそこにっ!

 

 

 

「コンナトコロデ終ワッテたまるかぁっーーッツ!!!!!!」

 

 

 

ウインディが沼地の泥水を浮かび上がらせて、愚者の燈に押し付けて消火しにかかるっ!

 

 

帽子も落とし、おさげも片方ほどけかけ、今日と言う晴れの日の為の一張羅は泥で汚れて黒ずんでいる。

 

魔法の使い過ぎで息も()()え、今も限界を超えて魔法を行使しているため、鼻血が止まらない。

 

「よせウインディっ! 死んでしまうっ!」

 

ウィルは立場を忘れてウインディに駆け寄ろうとするが、黒猫に阻まれる。

 

「黙れェッ! オマエらに分かってたまるものかっ! わたしがこれまでどれだけ虐げられてきたかっ、こんな力を持って生まれてどれだけ苦労してきたかっ!」

 

ウインディは超高温の火柱へ、火傷を負うことも恐れず泥水の塊を押し付ける。

 

「オマエらみたいに、ぬくぬく生きてきた奴らに邪魔なんかされないっ」

 

押し当てた側から蒸発して行く泥水を周囲の沼から絶えず吸い取り、それに呼応してウインディの流血の量が増えて行く。

 

「オマエらバカ共もっ、あの掃き溜めの連中もっ、()りっぱなしカス親もっ! 何もかもを見返してやるんだッ!」

 

修羅の様なウインディの姿を見てウィルは、思わず息を飲む。姫も思いつめた顔をウインディに向ける。

 

そこへ、姫を追ってやってきた王様や副団長、アルベルトが合流し、前者同様、修羅に成り果てた僅か十歳の少女の姿を見てのきなみ言葉を失ってしまう。

 

「……魔法なんて嫌いだっ、オマエらもみんな嫌いだっ……、みんな見返してやるっ……ッツ!」

 

ウインディは、渾身の力を込めて、『愚者の燈』を消し止める。

 

デーモンは炭化した羽毛を払いのけ、のっそり立ち上がる。

 

そうして、ウィル越しに生贄(王様や姫)を見据える。

 

ウインディも、空中で何かを持ち上げるような身振りをし、すり潰された骸骨騎士の刀剣や突槍を浮遊させ、自分の周りに控えさせる。

 

それに呼応して、ウィルは長杖を構え、後方でアルベルトや副団長も臨戦態勢をとる。

 

ただ姫だけが、息も絶え絶えのウインディをまっすぐ見つめていた。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

どれだけの攻撃を与えても、しぶとく立ち上がって向かって来る両者。

 

姫は今、ウインディの事をとても不憫に思っていた。

 

彼女とは直接接点こそなかったが、それでも彼女の輝かしい経歴や才能の噂は常に姫の耳に入っていた。

 

血筋の外で産まれた新しい始祖。

 

筆頭魔導士官による学園へのスカウト、そして飛び級に次ぐ飛び級。

 

史上最年少で宮廷魔術師へ就任。

 

才能に恵まれ、それを活かす力も持っている。

 

まるで物語の主人公。姫にとってウインディの存在は、自身の目指す冒険譚を地で行く存在であり、フィクションをノンフィクションたら占める存在だった。

 

しかしその裏側にこれほどの苦悩を抱えていたなんて……。

 

姫はウインディの心をどうにか救ってあげたいと思った。自身が憧れる大魔法使いならきっとそうしたに違いない。

 

しかしどうやってウインディを止める事が出来るだろうか?

 

きっとデーモンを完全に倒しきるまでは、ウインディは限界を超えて立ち上がってくるだろう。

 

やはりデーモンを打倒すことがまずもって急務。

 

さっきのウィル爺との合わせ技で、デーモンにかなりのダメージを与える事が出来た。

 

でも、あと最後の一押しが足りない。

 

もっと高い火力を出す為にあと一つ何か……。

 

思案を巡らせるうちに、はっ! と『一本の魔法の杖』の存在が頭の中をよぎる。

 

大魔法使いアンブロシウス(ひいお爺様)の杖だっ!」

 

姫は名案が思いついたとばかりに手を打つ。

 

思い立ったが吉日。

 

「ウィル爺、ちょっと一人で持ちこたえてっ!」

 

「ええっ!? せめてフクロウはおいてってッ!」

 

ウインディとデーモンを一人で相手するウィルを残して、姫はすぐさま王様の元へ取って返す。

 

「お父様っ! 宝物庫のカギっ! 早くカギ出してっ!」

 

姫は王様に飛び込んで、王様の全身をまさぐって鍵束を探し始める。

 

王様はくすぐったくて吹き出し、

 

「こ、こらっ、やめなさいっ、はしたないぞっ! なんで今宝物庫に用があるのだっ!?」

 

姫の目的が分からず狼狽する。

 

姫は、王様の服の中からガバッと顔を上げ、

 

「ひいお爺様の杖っ! あの杖があれば悪魔も倒せるかもっ!」

 

と簡潔に目的を説明する。

 

王様は一瞬で合点がいったが、

 

「しかしお前、あれはお前が一人前の魔法使いになった時に受け継ぐともうしていたではないか……?」

 

真面目に姫の言葉を覚えていた王様は、姫の心変わりに確認を取る。

 

「いいのっ! 『背に腹は代えられない』でしょっ!」

 

そうして姫はニヤリと笑い、その既視感のある笑みを見て王様は、あんまり娘にそういう顔はしてほしくないなぁと思う。

 

王様はため息をついて鍵束を渡し、姫は、

 

「ありがとうっお父様っ!」

 

と言って森に向かってかけていく。

 

それを見て王様は、

 

「あっ、これ、エレーナッ!」

 

呼び止め、

 

「外に出るならマイケルも連れて行ってやっておくれ」

 

と腕の中の王子を見せる。

 

すかさず副団長は、

 

「では陛下もご一緒に」

 

と進言するが、

 

「いや。余はこの戦いを見届けねばならない」

 

と血反吐を吐いているウインディに目を向ける。

 

姫は王様から弟を預かって、森へ。

 

「ウィル爺っ! 結界開けてっ!」

 

と、ウインディが撃ち込んでくる億万の骸骨騎士の剣槍を焼き払い、間髪入れず殴りかかってくるデーモンの拳を瞬時に腕輪を作って弾き飛ばすウィルに、さらにオーバーワークを強いる。

 

「無茶言うなっ! カバーが抜けるなら代わりを置いて行けっ!」

 

ウィルの悲痛な叫びを聞いて、アルベルトが渋々「では僕が」と名乗りを上げる。

 

そして、

 

「とはいえウィル爺、僕もあんまり力は残ってないぞっ」

 

と、ウインディの残骸武器弾を弾き飛ばしながらウィルの隣に立つアルベルト。

 

ウィルは援護に来たアルベルトに向かって、

 

「お前が「ウィル爺」って呼ぶなっ。それに力が少ないならその『泥を弾く魔法』とか『ちょっと体が浮いて靴が汚れない魔法』を()めろっ! 戦闘に全部まわせっ!」

 

とクレームをつける。

 

飛び跳ねる泥水が全て身体の数センチ手前で阻まれ、ガラリヤ湖伝説よろしく沼の上に立つ、戦闘の最中にあって未だ軍服に染み一つないアルベルトは、

 

「何をバカなことをっ。僕にとっては生命線に等しい」

 

などと豪語する。

 

ウィルは、

 

「チィぃッ!!」

 

とこれみよがしに舌打ちをかまし、姫の方角に向かって暗幕をめくるように腕を持ち上げ、

 

「エナっなるべく早く帰ってこい、こいつは使いもんにならんかもしれんからなっ」

 

と結界を一部解く。

 

永遠に広がるような湿地帯に三角の亀裂が入る。

 

その中には陽の光が降り注ぐお城の中庭が見える。

 

姫は、

 

「おっけぇっーッ! 学園長(アルベルト)先生が泥まみれになる頃には戻ってくるぅっ!」

 

と言い残しアルベルトは

 

「ちょっと姫様ぁっ!?」

 

と困惑顔。

 

「逃がすかッ!」

 

息巻くウインディは杖を振りかざして、錆び錆びの刺突剣(レイピア)を姫に向かって撃ち込む。

 

しかしそれは分隊長の投げ放ったサーベルによって撃墜され、姫はその隙になんなく結界の外へ。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

結界の外では、既に来賓の避難を済ませた近衛騎士団や魔法使いたちが集まって中の様子を危惧していた。

 

結界は外から見ると、表と裏を逆にした大きなローブが、サーカステントのように屹立しているように見える。

 

これが展開されて三十分余り、中の様子は皆目分からない。

 

何人かの勇気ある近衛兵や魔導士が上司の助太刀に行こうとしたが、別の小心者に、

 

「これは被害を最小限にする為にモノなのだから、中に入って犬死するのは主人らの意思に背くのでは?」

 

という意見で心を揺るがされ、一同は中に入る事を迷っていた。

 

 

そうやって大の大人が揃ってウジウジしていると、突然、王子を抱えた姫が飛び出してくる。

 

周囲は驚きの声を上げ、姫を囲んで歓待するが、当の姫は夜の世界から日向の世界へ飛び出して来た事で目がくらみ、それどころではない。

 

そこへ群衆を押しのけながら、姫様付き魔法使いジュリィ・フィリオクエが駆け寄ってきて、

 

「まあっあなた無事なのっ!? 怪我はない? 陛下たちは大丈夫? それにあの娘は……」

 

と質問攻めにするが、姫に、

 

「マイケルをお願いっ!」

 

と王子を手渡され、姫はそのまま城内へ駆け込んで行ってしまう。

 

「ちょ、ちょっとあなたどこ行くのよっ!?」

 

ジュリィはまたしても置いてけぼりにされそうになるが、

 

「あらっ大臣、ちょうど好いところにっ、王子様をお願いしますわっ」

 

と、ちょうど近場に居た大臣に王子を預け、

 

「今度は逃がさないわよぉぉーーッ!!」

 

と姫の後を追ってお城の中へ。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

お城の広い廊下の中で、無数に開かれた通路の前で二の足を踏む姫。

 

「早く早くっ! 宝物庫はこっちでしょおっ!」

 

ジュリィは道中で事情は把握済み。故に姫を急かすのだったが、当の本人は、

 

「そっちだと遠回りになるよぉ! ええっと、ええっとっ、あそこからこう行って、右に曲がってこう行けばぁ……」

 

と、空に指を向けて、どこをどう行ったら一番近道になるかと逡巡している。

 

「じゃ、じゃあこっちの廊下じゃないっ!?」

 

とジュリィが別の通路を指さすと、

 

「ぅおおーいお嬢さんがたぁ。うぇっぷ。何かお探しかなぁ~?」

 

と、頭上から酔っぱらった声が聞こえる。

 

咄嗟に二人が声のする方向を仰げば、酒瓶を抱えたいつぞやの酩酊幽霊がふらふら浮かんで琥珀色の瓶を(あお)っていた。

 

「シッシッ、今は酔っ払いの相手してる暇はないのっ」

 

ジュリィは虫を払うようにつっけんどんな態度を取るが、

 

「あたしたち宝物庫に一番早く行ける道を探してるのっ」

 

姫は正直に答える。

 

「おおおっ! それならおれ知ってるよぉん~、ついてきなぁ~、ヒィックっ」

 

と幽霊は酒臭い息を吐きながら、ふよふよとどこかへ飛んでいく。

 

姫は何も疑わずに、酔っ払いの案内について行くが、ジュリィは不安がぬぐえず、

 

「ほんとに大丈夫? あなたお城の中分かってんのぉ?」

 

と念を押すが、酩酊幽霊は、

 

「だいじょぶ、だいじょぶ。おれぁもぉう長いこと、ここに住んでんだぁ。どこをどお行けば、どこにいけるかぐらい、バァッチリよぉ~」

 

と呂律の回らない口調で言い、壁の中をすり抜けていこうとする。

 

「ちょっとぉっ、言ったそばからもおっ! あたしたち幽霊じゃないからそんな所通れないわよっ!」

 

ジュリィはすかさず酩酊幽霊を怒鳴りつけ、ルート編集を要求。

 

「あー、わるい、わるい。じゃあ、こっちこっち」

 

酩酊幽霊は額縁にかかった王様の兄君(ジョン・アンブロシウス)の肖像画から顔を出し、天井にかかったシャンデリアを潜り抜けながらビュンビュン飛んでいく。

 

「もお、事は一刻を争うのよっ、これで間違ってたらタダじゃおかないんだからっ」

 

とジュリィは文句を吐くが、姫がついて行くのでしょうがない。

 

二人は長い廊下を走って酩酊幽霊を追いかける。

 

酩酊幽霊は空中を海獺(ラッコ)のように背泳ぎしながら、

 

「にしてもあのお嬢ちゃんもかわいそうだよなぁ」

 

と、突然話題を振ってくる。

 

ジュリィの「何よ突然」という冷たい反応を聞くより早く、

 

「おらぁ、ここ最近あのお嬢ちゃんに()()いてたからよく知ってんだが、あらぁ相当不幸な星の元に生まれちまった子だぜぇ…………、おらぁ、生きてた頃は、それなりに贅沢な暮らしをしてたりしたが、俺らみたいなやつのせいであの子は苦しんだのかと思うと、自分が情けなくなってくるよ……」

 

酔っ払い特有の自分語りを始める。

 

「おれはおめぇらが悪魔に喰われちまうとこなんか微塵もみたかねぇが、あの娘が今回の事で罰を喰らうところも見たかねぇ」

 

酩酊幽霊の言葉に思う所がある姫。

 

「もし俺がお前さんを案内することで、あの子の不利になるようなことになるなら……」

 

酩酊幽霊の心の吐露を聞いてジュリィは、

 

「まさかっ! じゃあ嘘の道を……っ!!!?」

 

と顔に手を当てて(おのの)くが、姫はそんな心配微塵もせずに、

 

「大丈夫っ! ウインディちゃんに酷いことはしないってあたし約束するわっ」

 

と酩酊幽霊の不安を拭い去る。

 

その言葉を聞いて酩酊幽霊も酔いの覚めた真剣な眼差しで、

 

「あの子の事、よろしく頼むぜ」

 

とウインディの命運を託す。

 

それにウインディはニコっと微笑み返す。

 

 

そうして一同は宝物庫へ着き、大量の宝石に目がくらんでいるジュリィをほおっておいて、姫は一目散に曾祖父の肖像画の下に置かれたガラスケースの元へ。

 

『鍵開けの魔法』で施錠を解き、中から本物のドラゴンの角から削り出した蒼白の杖を取り出す。

 

姫はそれを手に取った瞬間、頭の髪がビィインッ! とそり立ち、その膨大な力を感じて一瞬慄いたが、それと同時にこれなら悪魔を倒せるという自信も得た。

 

そしてそれを持って早々に中庭へと赴く。

 

 

酩酊幽霊は二人の背中を見送りながら、

 

「あの子がもっと早くにあの子と出会っていれば……」

 

そう言って酒瓶に口を付ける。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

結界の中ではウィルとアルベルトが入れ替わり立ち代わりでゴーレムとウインディの攻撃を防いでいた。

 

デーモンは全身が酷く()(ただ)れているにも関わらず、未だにそのパワーとスピードは健在。

 

ウィルとアルベルトを激しく消耗させていた。

 

しかし一番瀕死なのはウインディ。

 

力の使い過ぎでいつ意識が飛んでもおかしくない状態になっていた。

 

それでもウインディは無理矢理にでも力を絞り出し、野望の為に手を伸ばす。

 

その様を見て、アルベルトは、

 

「ウインディッ! これ以上は本当に死んでしまう」

 

と湿地帯に散乱するウインディの武器になりそうな物を先に支配下に置いてかき集めながら、ウインディを抑制しようとする。

 

がウインディは、

 

「うるさいっうるさいっ、黙っててっ!」

 

聞く耳を持たず、対アルベルト用に泥玉を形成する。

 

アルベルトはそれに二重の意味で顔をしかめる。

 

 

そんなところへ、

 

「おまたせっ!」

 

と姫が戦場に舞い戻ってくる。ジュリィも連れて。

 

待ちわびたとばかりに歓喜の表情を浮かべる一同。

 

すかさずデーモンは触腕をダース単位で複数伸ばし、姫を喰らおうとするが、姫は咄嗟に『大魔法使いの杖』を構える。

 

すると視界いっぱいに広がる触腕は姫らに届く前にみるみる()()し、そのひび割れは根元まで瞬時に到達し、あっというまに触腕が木っ端みじんに砕け散る。

 

「……。強ぉーい……」

 

姫とジュリィは、あまりに強力な魔法に開いた口が塞がらない。

 

 

姫は気を取り直して、

 

「さあみんなっ、『悪魔を窯焼き』にするよッ!」

 

と高らかに宣言する。

 

 

「ウィル爺っ! もう一回【億万の軍勢(ミリオン・レギオン)】を出してっ! 出し惜しみは無しでっ!」

 

姫の指示にウィルは、

 

仰せのままに(イエス・ユアマジェスティ)ッ!」

 

と残った粘土をかき集め、帽子の中の種も残らず芽吹かせ、骸骨騎士も全員叩き起こして、最後の『数人の小隊(ミリオン・レギオン)』を召喚する。

 

「ジュリィはそれをもっと増やしてっ!」

 

まさか自分が呼ばれるとは思ってなかったジュリィは慌てて前線に出て、ウィルの『数人の小隊』が生み出された傍から【増殖の魔法】を使って倍々に増やしていった。

 

その様子をウインディとデーモンが黙ってみているはずも無く、

 

「もう邪魔しないでッツ!!」

 

武器のストックがないウインディは、泥沼に浮かんでいた鋭利な木片を姫に向かって撃ち込む。

 

が、それは筆頭魔導士官によって容易に撃墜されてしまい、ウインディはその攻撃を最後に、鼻血を吹いてその場に倒れ伏してしまう。

 

「ウインディッ!」

 

アルベルトは急いでウインディに駆け寄り、彼女を抱き上げ、治癒の魔法をかけながら、

 

「これを食わせろっ!」

 

ウィルが投げてよこした『絶叫する根っこ』を千切ってウインディの口に押し込む。

 

デーモンはそれに構わず、ウィルとジュリィに地獄の炎を吐きつけるが、姫の放った突風によっていともたやすく消し返され、あまつさえその風に余波によって天高く巻き上げられてしまう。

 

ウィルはそれを見て、

 

「吾輩の魔法、必要か? もうあの杖だけで倒してしまえそうじゃが」

 

とジュリィに向かってボソッと呟き、

 

「ホントよね」

 

とジュリィも賛同する。

 

それでもウィルは、

 

「出したぞっエナッ!」

 

と召喚完了を姫に報告。

 

「おっけぇーい。まずはガイコツ達で悪魔を足止めしてっ!」

 

姫がそう言うやいなやあつらえた様に、ウィルらの前にデーモンが空から落下してくる。

 

「よおしっ行進(マーチ)ッ!」

 

ウィルは寝起きの骸骨騎士たちをけしかけ、デーモンを起き上がらせまいとする。

 

「先生っ! 木ぃッ!」

 

役割を与えられたアルベルトは湿地帯に残った樹木をウインディよろしく浮遊の魔法で引き抜いて、四角四面に空中で器用に材木に加工、先のとがった杭を横たわるデーモンの周りに突き刺し、起き上がれないように固定する。

 

「ウィル爺っ、次はそれをゴーレムとカボチャちゃんたちで囲って【炉窯】にしてっ!」

 

材木の隙間から骸骨騎士にめった刺しにされているデーモンを取り囲むように、粘土ゴーレムが肩を組み、それをカボチャ頭たちが頭のツルで縛って固定。

 

隙間を埋めるように何層にもゴーレムが取り付いて、その肩や頭の上に組体操のようにさらに乗っかり、お互いが重なり合って合体、巨大な『炉』となっていく。

 

中ではデーモンが閉じ込められないように、材木をへし折りガイコツ達を払いのけ、必死に壁を殴って脱出しようとするも、殴った壁からさらに殴り返され、その間も炉はどんどん補強されていく。

 

「はい点火ッツ!」

 

ウィルは炉内に辺獄の門を開き、【愚者の燈(イグニス・ファトス)】を放出。

 

窮屈な炉の中で炎は最大効率でデーモンを焼き尽くす。その上、姫の【大魔法使いの杖】で各段にパワーアップした大風が炉の中に絶えず吹き荒れ、炉の頭頂部から突き出た煙突から火の粉をボウボウ噴き上げている。

 

しばらくは、デーモンが炉から抜け出そうと壁を叩いている音がしていたが、それもすぐに鳴り止んで遂には「ボォー」という炎の音だけがあたりを満たしていた。

 

意識を取り戻したウインディはアルベルトに抱き留められ、悲壮な目で自らの野望が燃え尽きていく様を見つめていた。

 

 

 

          ⁂   ⁂   ⁂

 

 

 

ウィルはもう大丈夫だろうと、姫や王様の了承を経て結界を解く。

 

辺りに陽の光が差し込み、明るい世界が勝利の実感をより一層かきたてた。

 

中庭に待機していた、近衛の者や魔導士たちは突如として結界が解けたことと、中庭の中央に巨大な炉窯が屹立している事にびっくらこく。

 

近衛たちは副団長の元に駆け寄って上司を称え、事のあらましの説明を求める。

 

同様に魔導士らは筆頭魔導士官の元に駆け寄るが、その膝で横たわるウインディの哀れな姿を見て顔を暗くする。

 

王様は大臣から王子を受け取って、改めて、悪魔討伐の要であったウィルを賞賛し、姫の成長に涙を流す。

 

 

一同がそうしてすっかり勝利ムードに包まれていると『ボフンッ!』と炉の煙突から火の粉に混じって黒い靄のようなモノが飛び出してくる。

 

それは地面を漂って、中庭の隅に転がっていた悪戯妖精(グレムリン・スパンデュール)の抜け殻に入ってむっくり起き上がる。

 

まだ悪魔が生きてるっ! 

 

とウィルらは再び臨戦態勢を取り、アルベルトによってある程度復活したウインディがガバッと起き上がり顔をほころばす。

 

しかし悪魔は開口一番、

 

「ひやぁぁ~、ほんまかなあんでぇ、こらぁ……」

 

と大きなため息をついて、グレムリンについていた土を払いながらウィルらに近寄ってくる。

 

「ほんま、わて生贄もらえるゆーから、わざわざ地獄から()んしはりましたのに、こぉない抵抗されたら食えるもんも食えんっちゅうねん」

 

悪魔はでたらめに訛った喋り方をしながら、ぐちぐちと文句を吐く。

 

ウィルはあっけにとられ、

 

「な、なんだお前……」

 

と思わず率直な感想を口走る。

 

すると悪魔は、

 

「あ、わては地獄の悪魔どす。いごよろしゅう」

 

と慇懃に帽子を取るようなそぶりをして頭を下げる。

 

そして頭を持ち上げてウィルの顔を見るなり、

 

「あら? あんさんどっかで見た事ある顔だすな?……(しばし黙考の後)……あっ! あんさんもしかして、ウイリアムはんやあらしまへん? なんや人間の癖にバンバンバンバン地獄の火ぃ使うから、これおかしいなぁ、と思たんですけどウイリアムはんなら納得ですわぁ~。いつ辺獄から出所しはりましたん? って、ヤカマシワッ! 犯罪者かっちゅうねん、ハハハっ」

 

と勘違いをしながら一人でずっと喋っている。

 

ウィルが自分は「ウィル・オブザウィスプ」の子孫だと訂正すると、

 

「ああっ、お孫はんでっか!? ああーえろぉ大きいなりましたなぁー、初めて()おた時はこんなんでしたのになぁ」

 

と喜んで、指を開いて豆粒の様なサイズを示す。

 

ウィルは絶対に初対面だと思いつつも、話をさえぎる機会が見つからず、悪魔は延々と話したおす。

 

「いやぁ、あんたのお爺はんはわての命の恩人ですねん。あの人がおらんかったらわて、聖職者(坊さん)に往生させらてしもて、こない悪さもしてられまへんわ、はっはっは」

 

悪魔の話は長く一向に終わる気配がない。

 

周囲に集まった兵士や臣下の者も、これが本当にあの恐ろしかったデーモンなのかと、やや恐怖が薄れかけていた。

 

「せやけど、あんたのお爺はんもお母ちゃんお父ちゃんも気の毒になぁ。わては極楽がええとこやこれっぽちも思わへんけど、それでもあんな退屈なところ(辺獄)にずっと閉じ込められるっちゅうのは中々しんどいでっせぇ。神はんもいけずな事いわんと、前科千百八万犯くらい逆にすぱっと許したってくれたらええのになぁ……。まあっ、わてにできる事はないかもしれへんけど、これも何かの縁や。なんか困ったことがあったらな、あんさんも何でもわてに相談しなさい、お安うすときまっせぇ~」

 

そう言って悪魔はウィルの肩をぽんぽんと叩き、ウィルは気のいい親戚のおじさんにあった時のように、「ああ、はい」「それはもう」「ええ、はい」とすっかりたじたじになっている。

 

そのあと悪魔はウィルにおあいそし、自分の対戦相手に声をかけに行く。

 

「お嬢ちゃん、若いのになかなかガッツがありまんなぁ~。わてには分かるっ。お嬢ちゃんみたいな人が新しい時代を作っていくんや。わてかて伊達(ダテ)に長ぉう生きとる訳やおまへん。自信持ちやぁ~。あ、なんか困ったことがあったらおじさんに連絡してちょうだい。お嬢ちゃんだったら格安で言う事聞いたげるさかい」

 

と姫に名刺を渡して、人道を踏み外させようとし、

 

「姉さん、あんたごっつ強いなぁ~。わて最後まであんたにだけは勝てる気がせんかったでぇ。それでも人の身ぃにはどうしても限界があるさかい、身の丈を超える力が欲しなったらいつでもわて呼んでやぁ。なんぼでも姉さんのこと強ぉしたりまっせ」

 

副団長にも名刺を渡して、人道を踏み外させようとし、

 

「あ、これはこれは王様陛下、いつもお世話になっとります。いやぁ、あんさんの事食べられへんで残念どすわぁ、王様ごっつ美味しそうですのにぃ~。お子さんらとセットで食べたかったわぁ~」

 

王様にも名刺を渡して、恐ろしいことを言って震え上がらせ、

 

「兄ちゃんにもわての名刺あげるさかい。なんかあったら連絡して」

 

アルベルトにも名刺を配る。

 

そうして、一通り悪の道に誘ったところで、これまでの飄々とした態度とは打って変わり、アルベルトの膝の上に横たわるウインディをキィッ、と睨みつける。

 

「お嬢ちゃん、ほんま困りますなぁ……。わてらと契約しよう思たんなら、生贄はちゃんとすぐに食べられるようにしといてもらわんと困りますがなぁ。ああー、例えばやな。ふんじばっておくとかぁ、気絶させておくとかぁ。それが気遣いっちゅもんでっせぇ? ステーキ食おう思て入った店で、さあ牛と戦こうてください言う店、あんさん聞いたことあらへんやろ? それと一緒ですわ」

 

と、ウインディにクレームをつける。

 

アルベルトの介抱によって幾分、気力を取り戻したウインディは、

 

「はぁっ!? 悪魔のくせになんて情けないのっ! 抵抗する人間の一人や二人軽く憑り殺したらどうなのよっ!」

 

 体に残る倦怠感をものともせず悪魔に言い返す。

 

それを聞いた悪魔も、

 

「はっ、よおいいますなぁ! せやからわて、あんさんと一緒に戦いましたやんっ! なかなかここまでのサービスしてくれる悪魔やそうそうおらしまへんでっ! それでも入れ物の方が先壊れてしもたんやから、しょうがないですやんっ」

 

負けじと言い返す。

 

ウインディは野望が阻まれたことに加え、この悪魔のしょうもなさに怒りがこみ上げ、

 

「この役立たずっ! オマエも嫌いだっ!」

 

と暴言を吐きつける。

 

すると悪魔は、眉間に皺を寄せ、

 

「ほうかっ! ほなら好きにしたらええわっ、わては帰らさせてもらいますわっ!」

 

と言い残し、ドロンっ! 

 

と嘘のように消えてしまう。

 

後には、力なく横たわるグレムリンだけが残されていた。

 

 

途端、全ての望みがついえた事を目の当たりにしたウインディは、遂に涙がこみ上げ、

 

「う、う、うわああああああああああああああああああんっつ!!!!!!」

 

と年相応に幼子(おさなご)のように、大声をあげて泣き出してしまう。

 

アルベルトや姫の差し伸べる手を、魔法のホウキをブンブン振り回して払いのけ、

 

「魔法なんて嫌いだぁーっ、魔法使いなんて嫌いだぁーっ、みんな嫌いだぁーっ!」

 

と駄々をこねている。

 

そこへウィルが長杖を姫に預けて、前に出て来る。

 

「こらっ、ウインディっ! いい加減にしなさいっ!」

 

そしてげんこつを食らわせる。

 

ウインディは途端に泣き叫ぶのを止め、へたりこんだままウィルを見上げて睨みつける。

 

ウィルは腰に手をあてて、

 

「いいかっウインディ! お前にタメになる話をしてやるから心して聞けっ!

 

(スゥーと息を吸い込み)

 

まずなっ、この世に加害者なんて奴らは存在しないっ!

 

どれだけお前が卑屈な態度をとろうとも、奴らは決して己が罪を意識したりはせんっ。

 

むしろ愉悦感を募って、よけいに攻撃してくるぞ。

 

悲しいかなこれが現実だ。お前の行為は全くの無駄。意味がほとんど無いと言ってもいい。

 

(ウインディは一層ウィルを睨みつける。が、時折目線をそらす)

 

故にっ! これからは、お前は前向きに生きるのだ。これまでの事など気にしてはならん。

 

(途端、口調が柔らかくなるウィル)

 

吾輩を見ろ。

 

(泥だらけの一張羅をひるがえし、腕を広げてウインディに自分の姿を見せびらかす)

 

吾輩は昔のことなんぞなぁんにも気にしておらん。

 

ついさっきお前に殺されかけた事さえもな。

 

時計塔でつっかかって来た事も、

 

(ウインディに顔を近づけ、小声で「吾輩のゴーレムをいじったことも」)

 

特別に水に流してやろう! 寛大になっ!」

 

ふんぞり返るウィルを恨みがましい眼でウインディは睨み、

 

「それだけじゃないわ……。わたしはあんたをハメたのよ。降霊術を邪魔して関係無い幽霊を召喚させて、城から追い出した。あんたが大好きな地位も権力も、このわたしが全部うばったのよ。元はと言えば全部わたしが仕組んだの。……それでもあんたは……」

 

「それでも!」

 

言い淀むウインディの言葉尻をさえぎるように、ウィルは言葉を被せる。

 

「それでも、吾輩はお前を恨んだりはせん。

 

なぜなら吾輩は、どんなめに会おうとも必ず此処に帰ってくるからだ」

 

ウィルはそうはっきり宣言する。

 

次いで、ウィルはしゃがみこんでウインディの頭を撫でながら、

 

「お前さんには天性の魔法の才能がある。

 

お前が幾ら魔法を嫌おうとも、お前をこれまで生かしてきたのはその魔法なのだ。

 

魔法使いという生き物は皆この力の深淵を覗きたくて仕方がないらしいぞ。

 

吾輩も今回の逃亡生活の中でそれがよぉーく分かった。

 

魔法とは実に面白いっ!

 

(大仰に長杖(スタッフ)を天に振りかざし、空を仰ぎ見る)

 

お前も心のどこかでそう思っていたから、これほどの魔女になれたのだろう?

 

お前は賢い子だ。

 

だからお前はこれから復讐などという非生産的な事の為に魔法を磨くのは止めて、自分の好きなように、心の赴くまま、魔法に従事しないさい」

 

と、高らかにご高説を垂れる。

 

ウィルが初めてまともな事を言ったと、周囲の人間たちは度肝を抜かれている。

 

ウィルの説教を聞いてウインディは、ぐすんぐすんと鼻をすすり、不服そうにウィルを睨みながら、

 

「クソジジイ……」

 

と悪態をつく。

*1
古の言語。文字の表記も言葉の発音も失われて久しい。ウインディが現代翻訳した『ガイーシャの書』がこの言語で書かれている。丸括弧内は、原文そのままの意味ではなく、作者による意訳。

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