正義の名のもとに   作:李座空

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峠の交錯(9)

「ボス、しっかりしテヨ、ボス!」

「目を覚ましてヨ、ボス!」

 遠くに喧噪が聞こえ、目を覚ました。

 定まらない視界一杯に、同じ三区を走っていたフォーリナのメンバー。その周囲にはギャラリー達だろうか。誰もが、不安な表情を浮かべている。

「……オマエ、ら」

 身を起こそうとして、ブリッツは顔を顰めた。全身に鋭痛がはしり、思うように起き上がれない。その様子に、子分達は一層心配そうにして各々リーダーを抱きかかえようとする。

「無理に起きるト、体を痛めてしまうワ」

「動いちゃダメダ!」

 労わる言葉を次々に浴び、徐々にブリッツは何が起きたかを把握してきた。

 自分達は負けた、あのシルクジャスティスに。完敗だった。

 最終コーナーでの捨て身の戦法も完璧に読み切られた。ダブルクラッシュの狙いは空振りに終わり、まんまと自分だけがガードレールに激突し転倒。衝撃で気を失い、そして今に至る。

 周囲の状況からみて、気を失っていたのは数分だろうか。その間に全て決したに違いなかった。すっかり萎れたメンバーの様子や、動揺を露わにするギャラリー達の姿からも見て取れる。

 峠の無敗は、潰えた。策謀に塗れた儚い栄華は、間も無く訪れる夜明けとともに消え去ろうとしている。

「……大丈夫?どこか折ったりしてない?」

「よければ救急車、呼ぶぞ」

 ブリッツが聞き慣れない声が二つ。首をもたげると、青毛と赤毛のウマ娘が遠巻きに様子を窺っている。その声に反応した周りの子分達は、威嚇するように二人を睨み返していた。即座に、シルクのリレー面子かと思い当たる。ランナイジェルとアルダッツだ。

「ウルサイ!気安く声、カケルナ!」

「ユー達の施しなぞフヨーダ!」

「……そう邪険にしなくてもいいじゃない。純粋に心配してるんだってば」

「そうだぞ、そうだぞ!」

「知った風なクチ聞きやがっテ……!」

「勝ったからってイイ気になってんじゃないワヨ……!」

 気が立っている子分達が捲し立て、一気に険悪なムードが立ち込める。

「やめろ」ブリッツは手を挙げてそれを制した。

「デ、デモ。ボス」

「いいから……もうやめろ」

 いつもと違うリーダーの声色で察したのか、子分達は喧嘩腰をすぐに引っ込めて元通り萎れた。

 少し場も落ち着いたようで、ランとダッツも胸を撫で下ろした様子だ。

「で、大丈夫なの?リーダーさん」

「やっぱり救急車呼ぼうか?」

「……要らん。今まで散々相手を転かしてきた奴が、自分だけ助けてもらおうなど、そんな虫がいい話はない」

 云いながら、ブリッツはおもむろに立ち上がった。だが声は掠れ、手足は産まれたての仔馬のように小刻みに震えている。転倒のダメージは少なからずあるようだ。

 案の定、思うように踏ん張れずに倒れ込みそうになる。そこへすかさず子分達が支えに入った。

「ボス!」

「無茶しないデ!」

「お前ら……」

 離せ、とは言えなかった。平時のブリッツなら子分達をそう一喝しただろうが、心身ともに消耗した今は逆にその優しさが沁みた。自分達に転倒させられた者達は、こうした救いの手を差し伸べられることも無かったに違いない。あらためて、犯してきた過ちの重さを思い知る。

「……お前ら、すまなかった。ワタシは自分のエゴを通すため、お前らを利用してきた。凍結路で転倒させるなんて策を、お前らにまで強いた……」

 自ずと、ブリッツの口から懺悔の言葉が零れた。フォーリナのメンバー達は、穏忍自重の面差しで聞き入っていた。彼女らもまた、いつかこういう時が来ると覚悟していたのかもしれない。

「責任は全てワタシにある。汚名は全部引き受ける。だから、ワタシは今日限りでフォーリナを抜ける。迷惑をかけてすまなかった、あとは……」

「イヤだヨ、そんなノ!」「ボスだけの責任なモンカ!」

「いいや、もう決めた事だ」

「辞めるなんていうナヨー!」「行かないデ!」

 なんだ、こいつら――まるで赤子のように子分達に喚かれ、ブリッツは戸惑う。辞意表明に反発や引留めは少なからずあるとは思っていたが、この反応は想定以上だ。

 うぬぼれかもしれないが、理由は容易に察しがつく。思っていた以上にこいつらは、自分を慕ってくれているのか――。

 困った様子のブリッツに、ランがウインクして口添えしてくる。

「その子達、あなたが転倒した後、レースも中断して介抱してたのよ。……いい仲間じゃない。もっとよく話し合ってから決めてもよくないかしら」

「そうだな、それがいいぞ」分かっているのかいないのか、ダッツは一人うんうんと頷いた。

 レースを中断してでも自分を介抱した、それはすなわち、子分達は無敗に拘りレースを続行するよりも、ブリッツの救護を優先したことを意味する。ブリッツは何かを噛みしめるような面持ちで、その場にうずくまりしばらくの間、黙した。

 やがて周囲のメンバー達にだけ聞こえるように小声を発すると、それで活気を取り戻したメンバー達に肩を貸されて立ち上がった。

 何となく、もう大丈夫そうだとランとダッツは思った。峠でのフォーリナの悪しきやり口は根絶され、続発していた転倒事故も、それにより悲しい思いをする者も、今後はなくなるだろう。これにて一件落着と相成った。

 メンバー達に支えられその場を引き揚げるブリッツは、ふと思い出したようにコースを振り返る。自分が転倒した最終コーナー、その少し先にあるゴールの方から、冷たい夜明けの風に乗って人声が響いてくる。フォーリナがトップでゴールインするのを待ちわびていたギャラリー達のものだろう。今頃、ゴール地点はどんな騒ぎになっているのだろうか。

 これからはまっとうな声援を受けられるよう、一から再出発せねばならない。さもなくば、あのスカウトに顔向け出来ないな。ブリッツは密かに心中で思った。

 それにしてもだ。フォーリナを完全に出し抜き、その全容を暴き、峠の無敗を打ち破っていったシルクに、あらためてブリッツは感服する。毒気を抜かれたといってもいい。

「凄い奴だったな、アイツ一体何者なんだ……?」

 誰にともなく呟きながら、ブリッツは絶えず聞こえてくるゴールからの喧噪に耳を傾けていた。

 彼女はまだ知る由も無い。そのゴール地点で、驚くべき事態が起きていたことを。

 

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